横浜地方裁判所 昭和35年(わ)1255号 判決 1961年4月27日
被告人 工藤重信
昭一二・四・七生 無職
主文
被告人を死刑に処する。
押収にかかる男物腕時計一個(昭和三五年押第七六五号の四)折箱一個(同号の五)女物腕時計一個(同号の六)はいずれも被害者佐藤潔に還付する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は農業を営む工藤嘉之助同スナの三男に生れ、両親の許で育てられ本籍地において小、中学校を卒業後被告人の姉の夫三浦千市方に赴き大工を見習いその後三年余り東京、北海道に働きに行く等して漸く一人前の大工となつたがその間飲酒をおぼえ、郷里の小学校々舎建築工事に稼働中女生徒を強姦しようとしたり或いはオートバイを盗んだ廉で警察に検挙せられ昭和三三年三月七日青森地方裁判所弘前支部で強姦未遂、窃盗罪により懲役二年に処せられて服役し、同三四年八月二五日盛岡刑務所を仮出獄後偶々被告人の兄が入会していた宗教団体立正交成会の行事のため同人と共に上京して来た際同会の信者の世話で同年九月初め項から神奈川県相模原市上鶴間三五一四番地大工職木幡正助方に日給六五〇円の約束で大工として住込み働くようになつたが、同三五年四月頃から余り仕事に精を出さなくなり給料の前借り等して飲酒遊興に耽り同年六月二一日頃泥酔の揚句他人を殴打する等の暴行に及んだため相模原警察署に保護されたことがあつてからは毎日仕事にも行かず無為の日を過していたのみならず衣服その他の所持品を入質して得た金員を酒代等に充て時に外泊することもあつたところ、同年七月四日頃右木幡方を無断家出して失職して後は飲み屋等に泊りその間飲食代金等に窮したところから順次左記各犯行に及んだものであつて
〔編注、第一乃至第五、第一〇、第一一は事実を抄記。〕
第一、〔同年七月七日午後八時頃、軽自動二輪車一台(時価五万円位相当)を窃取〕
第二、〔同年同月一〇午前一一時頃、寸借名下に現金七〇〇円を騙取〕
第三、〔同年同月一一日午前九時頃、背広一着外衣類雑品六点(時価合計六、四〇〇円位相当)及び現金三〇〇円位を窃取〕
第四、〔前同日午前一一時頃、寸借名下に現金一、〇〇〇円を騙取〕
第五、〔前同日午後二時三〇分頃、寸借名下に現金二、〇〇〇円を騙取〕
第六、同年同月一二日正午頃、相模原市上鶴間二、三一三番地渋谷芳久方において、同人に対し、前同様真実返済の意思及び能力がないに拘わらずこれある如く装い、「交通事故を起して子供を怪我させ病院に連れて行くのだが、金が足りないから三、〇〇〇円貸してもらいたい、今夜必ず返す。」旨虚構の事実を申し向け、同人をしてその旨誤信させよつて即時同所において、
同人より寸借名下に現金三、〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取し
第七、前同日午後一〇時三〇分頃、同市淵野那九六七番地附近路上にいずれも駐車中の河本嘉輔所有の小型軽四輪自動車内より同人所有の工具類一組(時価八〇〇円位相当)外二点と、同人所有の自動車内より右の大型貨物上杉嘉樹所大型第二種運転免許証外二点をそれぞれ窃取し
第八
(一) 右犯行当時の所持金は僅かに二〇〇円足らずに過ぎなかつたところ同日午後一一時頃同年六月二一日頃からお客として出入していた同市淵野辺九七五番地飲食店「バンビ」の附近路上で同店の経営者佐藤すて(死亡当時五〇年)と出会い同女から「一杯飲まないか」と声をかけられるや予て同女がお客から受け取つた飲食代金を帯の間に入れるのを数回目撃していて常時相当額の現金を身につけていることを知つており、且つ偶々前日同女から同飲食店で働く女給の斡旋方を依頼されていたことを想起し、これが周旋を口実に同女を甘言をもつて人通りのない淋しい場所へ誘い出して右斡旋料の交付方を要求し、若し同女がこれに応じないときは敢て同女から金員を強取しようと企て、同女に対し、「昨日話のあつた女の子を連れて来て待たせておるから、一寸遠いけれども一緒に行つて呉れ。」と虚言を弄して同女を誘い出し、同日午後一一時三〇分頃前に木幡方から大工として働きに来たことがあつて附近の地理に明るい同市淵野辺一七三番地の一の附近に人家のない路上に至るや、「女の子を世話してやるのだからいくらかくれ。」と金員の交付方を要求したが男勝りの同女から「じようだんじやない。」とすげなく拒絶されたため事ここに及んでは同女を殺害してでも金員を強取しようと決意し、突如同所において右すての背後よりその襟首をつかんで同女を道路脇草原の上に仰向けに引倒してその上にのしかかり、右膝を同女の腹部につき、右手をもつてその頸部を押しつけて力一杯絞めつけ、更に仮死状態に陥つた同女の胸部を靴穿きのままで数回踏みつけて強圧し、よつて同女をして窒息及び心臓破裂により同所で即死させた上、所持金を物色したが、偶々同女が現金を所持していなかつたため金員強取の目的を遂げず
(二) 前記犯行直後、右犯行の発覚を虞れこれを隠蔽するため、右佐藤すての死体を前記場所より約三六米東南方に位する同市淵野辺一七二番地所在植田邦雄所有の容易に人目につかない桑畑の奥に引きずり込みその場にこれを放置し、もつてその死体を遺棄し
第九、同年同月一三日午前一時頃、前記飲食店「バンビ」こと佐藤すて方において、佐藤潔所有の現金約二万円及び男物腕時計(昭和三五年押第七六五号の四)女物腕時計(同号の六)各一個、缶詰詰合せ一箱(同号の五はその空箱)(時価合計五、〇〇〇円位相当)を窃取し
第一〇、〔同年同月一七日正午頃、トランジスターラジオ一台及び腕時計一個(時価合計九、五〇〇円位相当)を窃取〕
第一一、〔同年同月一八日午前一〇時頃、短靴一足、男物ズボン一本(時価合計七、〇〇〇円位相当)及び現金五、〇〇〇円を窃取〕
第一二、同年同月二二日午後一〇時過ぎ頃、金員強取の目的で短刀一振(昭和三五年押第七六五号の九)を携帯して八王子市樽原町一、〇五八番地中村カツ子(当三六年)方へ赴き、鞘を払い抜身の短刀を持つて同家表側の雨戸をはずして屋内に侵入し折柄電気の明りでこれを見た右カツ子が驚いて叫び声を挙げるや同女を六畳間に突き倒し、右手で頸部を絞めつける等の暴行を加え、その反抗を抑圧し金員を強取しようとしたが、偶々その時表入口附近に人の気配を感じたので、突嗟に同女に顔を知られた上は同女を殺害して逃走するに如かずと決意し、その場に在り合わせた風呂敷(同号の一〇)を紐状にまるめこれで同女の頸部を強く縛つて逃走したが同女の叫び声を聞きつけた近隣の者達によつて早期に発見せられたため、同女に対し加療約一〇箇月を要した前頸部絞扼による脳内出血等の傷害を負わせたが殺害の目的を遂げなかつた
ものである。
(証拠の標目)(略)
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は判示第八及び第一二の各犯行当時被告人は心神耗弱の状態にあつた旨主張するけれども、医師土井正徳作成の精神鑑定書及び被告人の当公廷における供述態度等に鑑みれば右各犯行当時被告人はいわゆる普通の精神状態にあつたものであつて是非善悪の弁識能力に欠くるところがあつたものとは到底認められないので、弁護人の右主張はこれを採用しない。
(法令の適用)
被告人の判示所為中窃盗の点は各刑法第二三五条に、詐欺の点は各同法第二四六条第一項に、強盗殺人の点は同法第二四〇条後段に、死体遺棄の点は同法第一九〇条に、住居侵入の点は同法第一三〇条、罰金等臨時措置法第二条第三条に、強盗殺人未遂の点は刑法第二四〇条後段、第二四三条にそれぞれ該当するところ右住居侵入と強盗殺人未遂の所為は互いに手段結果の関係にあるので同法第五四条第一項後段第一〇条により重き強盗殺人未遂罪の刑に従い以上は同法第四五条前段の併合罪であるところ、その犯情について審案するに被告人の本件犯行は昭和三五年七月七日頃より同月二二日頃までの僅か半月余の間に強盗殺人、同未遂の二罪を含む合計一二回に及ぶもので、その動機たるやいずれも被告人の低俗な遊興費を得るためであり右累次の犯行によつて獲た金員はすべて前記木幡方を無断家出した後、毎日飲酒に耽溺することに濫費されている始末であるかその間右飲酒、遊興の資に窮した結果、被告人が右強盗殺人、同未遂の兇悪犯罪を相次いで敢行した刑事責任は極めて重大であるといわなければならない。先ず本件強盗殺人の犯行を観るに僅か二〇日余の間、店にお客として出入していたという関係だけで被告人に絶対の信頼をよせていた被害者佐藤すてを甘言をもつて深夜、相当距離のところまで誘い出した上全く抵抗力のない同女を残忍、非道な手段で惨殺し剰え自己の犯行を隠蔽するためその死体を三〇数米引ずつて行つて附近の桑畑内に放置しその足で大胆にも被害者方店舗に立ち戻つているばかりでなく被害者の夫が右犯行を気付いているか否やを確めた上更に同女から当夜は帰つて来ない旨の伝言があつたように申し向けて同人を信用させしかも同店で飲酒までしているのであるが若し被告人に良心の一片だにあれば到底かような行動はとり得ないところであるといわなければならない。しかるに被告人が用意周到且つ大胆不敵なかかる行動を敢えてとつたことはとりもなおさず被告人の悪性の重大さを如実に示したものと言い得るのであるが、これに加えて被告人は右被害者方店舗において金品を奪取するの挙に出で、しかもその金員で同店及び附近の飲み屋等で殆んど夜を徹して飲酒遊興に耽り毫も悔悟の情を示すところがないのである。尤も右犯行後被告人の母親の写真の裏に「お母さん許して下さい」との文字を記しいささか反省の色を示しているようであるがそれもつかの間、それから一〇日後には再び本件強盗殺人未遂の同種犯行を重ねているのであつて幸いにその犯行の直後近隣の者達によつて発見せられ被害者中村カツ子は急遽最寄りの病院に収容手当を加えられたため辛じて一命を取り止めたものの今少し発見が遅れておれば同女もまた不帰の客となつていたであろうことは想像するに難くないのであつて全く膚に粟する想いを禁じ得ない。これを要するに被告人には人命尊重の念更になく自己の目的を達するためには手段を選ばないという最も危険な性格の所有者であつて社会の一員としての適格を有しない者といわざるを得ないのである。被告人の手によりあえなく生命を奪われた佐藤すては大学及び高校に通学中の子息二名の生長を楽しみに飲食店を経営しその学資を独力で稼ぎ一人で一家の生計を維持していた者であるところ思わざる不幸に遭遇しその遺族なかんずく右子息らに対して及ぼした悲歎絶望の情を思い他面社会に与えた大きな不安に思いを至すとき被告人の刑事責任の重大なことは今更多言を要しないところであつてその犯情において毫も酌量の余地は存しない。よつて強盗殺人罪について所定刑中死刑を選択して処断するのが相当であるから同法第四六条第一項本文に従い他の刑を科さずに被告人を死刑に処し押収にかかる男物腕時計一個(昭和三五年押第七六五号の四)折箱一個(同号の五)女物腕時計一個(同号の六)はいずれも判示第九の犯行によつて得た賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから刑事訴訟法第三四七条第一項により被害者佐藤潔にこれを還付することとし訴訟費用については同法第一八一条第一項但書によりこれを被告人に負担させないこととする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 松本勝夫 松沢二郎 井上隆晴)