横浜地方裁判所 昭和36年(ソ)9号 決定 1962年4月19日
抗告人 島津みさを 外一名
相手方 渡辺なつ 外四名
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人等の負担とする。
理由
抗告人等代理人は「原決定を取消す。相手方等の申請を却下する。」との裁判を求め、その理由の要旨は別紙記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
本件記録によれば、相手方等を申立人とし、申立外島津昭吉を相手方とする横浜簡易裁判所昭和三十三年(イ)第五〇号建物収去等和解申立事件につき昭和三十三年七月十九日作成された和解調書の和解条項第二項に基き、相手方等は昭和三十六年六月十三日原裁判所に建物取毀命令の申請をなし、原裁判所はこれに対し同年七月四日その決定をなしたが、和解調書正本は昭和三十四年三月十一日横浜市磯子区森町六百七十八番地島津昭吉宛に送達され、同所において申立外北原幹六が同居人として之を受領したところ、島津昭吉は、之より先昭和二十八年一月二十八日同市金沢区町屋町百四十一番地に転居していたことを認めることができる。それ故、右和解調書正本の送達は島津昭吉の住所にあらざる場所において為された違法があるといわなければならない。
しかしながら、民事訴訟法第五百六十条、第五百二十八条第一項が訴訟上の和解による強制執行につき債務名義たる和解調書を執行開始前または同時に送達すべき旨規定しているのはもつぱら債務者にその執行がいかなる債務名義に基いてなされるのかを予知せしめ、その利益保護の措置を講ずる機会を与える趣旨に出たものと解すべく、執行開始の要件としての右債務名義の送達は必ずしもその正本の送達あるを要せず民事訴訟法第百六十四条第一項によりその謄本の送達あるをもつて足りるものというべきである。
本件においては本件記録によれば、島津昭吉は昭和三十六年一月七日死亡し、抗告人島津みさをは配偶者として、又抗告人たかは直系尊属として共同して島津昭吉の相続人となつたため抗告人等に対し、同年六月九日右承継の事実を証明する書面の謄本とともに承継執行文付の前記和解調書の謄本の送達が為されたことを認めることができるから、抗告人等に対する執行開始の要件としての債務名義の送達は右をもつて足りるものといわねばならない。その他本件記録を精査するも原決定にはなんら不当または違法の点を見出すことができない。
よつて、民事訴訟法第四百十四条、第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 松尾巌 三和田大士 鈴木健嗣朗)
即時抗告の理由
一、原決定は抗告人等の被承継人島津昭吉、相手方等間の横浜簡易裁判所昭和三十三年(イ)第五〇号建物収去等和解申立事件の和解調書正本が昭和三十四年三月十一日右島津昭吉に送達されていることを前提としてなされているが、右正本は昭吉に送達されていないものである。
すなわち、昭吉は昭和二十八年一月二十八日横浜市磯子区森町六百七十八番地から同市金沢区町屋町百四十一番地へ転居しそれ以後、森町六百七十八番地には居住していなかつた。それにもかかわらず和解申立書は森町六百七十八番地島津昭吉宛に発送され、同所において北原幹夫が同居人として昭和三十三年七月十五日受領したが右幹夫は同居人でもなく昭吉のため受領する権限を有するものでもなかつた。幹夫は和解申立書を昭吉に交付せず、したがつて、昭吉は自己に対し和解申立がなされていることも知らず、昭和三十三年七月十九日和解期日に出頭しなかつたが、右期日に昭吉が出頭したものとして和解が成立した(この点は代理権欠缺を理由に再審若しくは請求異議訴訟を提起する予定である)。そして右期日に成立した和解調書正本は、和解申立書と同様に森町六百七十八番地島津昭吉宛に発送され、同所において北原幹六が同居人として昭和三十四年三月十一日受領したが右幹六は同居人でもなく、昭吉のため受領する権限を有するものでもなかつた。
二、以上のように執行開始の要件である和解調書正本の送達がないのにかかわらずなされた原決定は執行法上違法であるので取消を求めるため即時抗告をする。