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横浜地方裁判所 昭和36年(ワ)873号 判決 1962年12月17日

判   決

原告

中島徹

被告

東京芝浦電気株式会社

右代表者代表取締役

岩下文雄

右訴訟代理人弁護士

中沢喜一

右当事者間の昭和三六年(ワ)第八七三号新株発行無効確認事件につき当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

「被告会社が昭和三六年四月一日野村証券株式会社に対して発行した一、〇二〇万株、山一証券株式会社、日興証券株式会社、大和証券株式会社に対してそれぞれ発行した各六六〇万株の新株発行はこれを無効とする。

訴訟費用は、被告会社の負担とする。」との判決

二  被告

主文一、二項同旨の判決

第二  当事者の主張

一  原告

(一)  請求原因

(1) 原告は、昭和三六年六月五日訴外渡瀬良より被告会社の新株一〇〇株の譲渡を受けた株主である。

(2) 被告会社は、昭和三六年四月一日新株式三、〇〇〇万株を発行した。

(3) しかし、右新株の発行は次のとおり有効な株主総会の決議を経ないでなされたものである。

(イ) 被告会社の取締役会は公募による新株式発行の件に関し

昭和三五年一一月八日発行新株式数は記名式額面普通株式三、〇〇〇万株、発行価額は額面以上の価格、払込期日は昭和三六年四月一日、と

昭和三六年三月一〇公募価格は一株につき金一四五円、公募の方法は証券会社に一括買取引受させる、引受証券業者は野村証券株式会社一、〇二〇万株、山一証券、日興証券、大和証券各株式会社各六六〇万株、引受手数料は一株につき金五円、と

する旨それぞれ決議した。

(ロ) けれども、新株発行会社が新株発行について証券会社に対して新株を買取引受させてその引受を与える場合その証券会社は当然株主以外の者であるから商法第二八〇条ノ二第二項の規定に従わなければならないのに、被告会社は、前記証券会社に対し本件新株三、〇〇〇万株の引受権を与えるについて前記条項に基づく株主総会の特別決議を経なかつたし、同社の取締役は株主総会において前記証券会社に本件新株の引受権を与えることが会社の真の利益となる理由を開示しなかつた。

(4) 従つて、本件新株の発行は無効であるから、原告は、被告に対し右新株発行を無効とする旨の判決を求める。

(二)  被告の主張に対する答弁

(1) 被告の(二)の(1)の主張に対し、株式の譲渡により株主権は共益権を含めて包括的に移転されるのであり、株主権中の個々の権義が各別に譲渡されるのでないから、その主張は理由がない。

(2) 被告の(二)の(2)後段の主張に対し、本件新株発行を取引安全保護の理由のもとに有効とすることは次の理由からするも許されない。すなわち

(イ) 商法は、新株発行に関し、第二八〇条ノ一五第一項、第一〇五条第四項、第二八〇条ノ一八、第二六六条、第二六六条ノ三等の規定により、その取引の安全保護に遺憾なきを期しているので、明文を超えて目的論的解釈をするに当つては厳格でなければならない。

(ロ) 株主以外の第三者に発行せられた新株が無効とされるのなら、株式が流通する際株主以外の第三者に発行せられた新株と株主に発行せられた新株とを区別するためその取引の都度会社に照会せねばならない煩を生ずるとの論もあるが、現在の飛躍的に進歩した株主名簿によれば特に照会による煩を来すことはないので失当である。

(ハ) また、一旦新株の発行が効力を生じ会社が拡大された規模で活動を開始すれば、これと取引する者はその規模を信用して取引するのであるから、もし、この後において新株の発行が無効とせられるなら会社債権者の利益を害するおそれがあるとの論も、被告会社の如き世界的大会社については妥当しないからである。

(3) 被告の(二)の(4)の(ロ)の主張に対し、買取引受方式は悪商慣習で法令を潜脱した許すべからざるものであるから商慣習法として適用さるべきでない。

二  被告

(一)  請求原因に対する答弁

(1)(2)(3)の(イ)は認めるが、その余は全部争う。

(二)  原告の請求は次の理由により棄却さるべきである。

(1) 新株発行無効の訴を提起し得る株主の権利はその性質上共益権に属するところ、共益権は人格権であり、当該株主の一身に専属する権利であるから株式の譲渡により移転または継承せらるべきものでない。従つて、商法第二八〇条ノ一五第二項にいう株主とは新株発行前の株主および当該新株式の株主を指し、新株発行の効力発生後株式を譲受けて株主となつた者を含まないと解すべきであるから原告は本訴の当事者適格を有しない。

(2) 仮りに、被告会社の新株発行につき原告主張の如き事実ありとするも、苟くも対外的に会社の代表権のある取締役が新株を発行した以上会社の内部手続違背の事実があつても、その新株発行自体の効力に影響なく、新株の発行は有効なものと解すべきである。

また、新株発行における取引安全を図る必要からするも新株発行を無効とする事由とはならない。

(3) のみならず、被告会社が、野村証券外三社に本件新株三、〇〇〇万株を買取引受させたことは新株引受権を右四社に付与したものでない。すなわち

(イ) この新株買取引受は公募の間接募集の一型態で、証券業者が自己名義で株式引受をしても自己が株主となる意思で自己のために株式を引受けるのでなく、証券会社としては不特定多数の買受人に対し売出す目的で自己の名をもつて株式を引受けるものであるから、この場合の実質上の株式引受人は買受希望の一般公衆である。従つて証券業者の株式引受は発行会社に代つて株式を広く他に分売するための形式的手段に過ぎなというべく、右買取引受は証券取引法第二条に謂う引受であるから右買取引受によつて証券業者に新株引受権を付与したことにはならない。

(ロ) また、買取引受は、公募にあたりその事務簡素化とその便宜のために昭和二四年以降永年実施せられ、商慣習として行われていたのであり、買取引受については法令に規定ない事項であるから商慣習法として商法に優さる効力があるというべくこの商慣習法による買取引受については商法第二八〇条ノ二第二項は適用がないからである。

第三  証拠<省略>

理由

一  当事者適格の有無に関する判断

原告が、昭和三六年六月五日被告会社の新株一〇〇株を訴外渡瀬良から譲受けた株主であることは、当事者間に争いない。ところで、原告のように新株発行の効力発生後株式を譲受けた株主は新株無効の訴を提起することは許されないかにつき考えてみるに、被告は新株無効の訴を提起する権利は株主権中の共益権に由来するところ、共益権は人格権であり移転または承継せらるべきでないと主張するが、共益権は自益権を保障するために株主に与えられているものと解せられるから、社員権の譲渡として共益権は自益権と共に移転されるものというべく、原告は、本訴を提起するにつき当事者適格を有するものといわなければならない。(昭和七年五月二〇日大審院判決参照)よつて、この点に関する被告の抗弁は理由がない。

二  新株発行の効力に対する判断

(1)  被告会社が、昭和三六年四月一日新株三、〇〇〇万株を発行するに当り、被告会社の取締役会は、記名式額面普通株式三、〇〇〇万株を発行する、右新株を野村証券外三証券会社に対し公募の方法として一括買取引受させることを決議したことは当事者間に争いない。なお証人(省略)の証言によれば、被告会社が右証券会社に対し右新株を買取引受させるに当り、商法第二八〇条ノ二第二項所定の株主総会の決議を経なかつた事実を認めることができる。

よつて、右証券会社に右新株を買取引受させた場合、新株の引受権を株主以外の第三者に与えることとなり、ひいて商法第二八〇条ノ二第二項所定の株主総会の特別決議を経なければならなかつたかどうかにつき審究するに、(証拠―省略)によれば、野村証券外三社は昭和三六年三月一〇日被告会社との間に被告会社の取締役会の決議に基づき新たに発行する株式三八、〇〇〇万株の内三、〇〇〇万株を一株につき金一四五円で買取引受する旨の契約を締結したこと、従つて、被告会社は右引受契約により証券会社に対し新株引渡義務を負い、若し新株を引渡さなければ契約違反となり損害賠償責任を負うこと、証券会社は右引受契約により発行会社に対し証券会社名義で株式の申込をなし、右証券会社がその株式の原始株主となること、証券会社は買取引受をした株式を売出す義務を負うが、一旦証券会社が原始株主となつた上応募者に対しその株式を裏書譲渡するものであり応募者名義で株式の申込をさせるものでないことが認められ、右認定に反する証拠はない。ところで、新株引受権とは他の者に優先して新株を引受ける権利をいうものと解せられるが、右認定事実によれば、被告会社は、本件新株に関する限り右証券会社に対し右買取引受契約により他の者に優先して引受ける権利を与えたものというほかはないというべきである。従つて、たとえ証券会社が本件新株を売出しの目的を以て引受け売出義務を負うとしても右結論を左右するものではない。果して、そうだとすると、本件新株の引受権は右買取引受により証券会社たる株主以外の第三者に与えたことになるので被告会社は商法第二八〇条ノ二第二項所定の株主総会の決議を経べきであつたのにこれを怠つたものであること明らかである。

(2)  つぎに、被告は買取引受は新株公募に当りその事務の簡素化と便宜のために昭和二四年以降永年実施せられ商慣習として行われて来たのでこの買取引受については商法第二八〇条ノ二第二項の適用はない旨主張するので判断するに(証拠―省略)によれば、買取引受の方式が新株の間接発行の一方法として昭和二三年ごろから行われ始め現在一般化されている事実を認めることができるが、前記認定のとおり右方式が商法第二八〇条ノ二第二項の規定に違反すること明らかである以上商慣習法としての効力を認めることはできないので、この点に関する被告の主張も採用できない。

(3) しかしながら、前記説示のとおり買取引受により本件新株の引受権を右証券会社たる株主以外の第三者に与えることになるのに、商法第二八〇条ノ二第二項所定の株主総会の決議を欠いたとしても、改正商法は会社成立後の株式発行権限を取締役会に委ねているところからみると、新株の発行は株式会社の組織に関することとはいえ、むしろこれを会社の業務執行に準ずるものとして取扱つているものと解せられるから、いやしくも右発行につき取締役会の決議を経た上対外的に会社を代表する権限のある取締役が新株を発行した以上新株の発行自体の効力には影響がなく右新株の発行は有効なものと解するのが相当である。

そして、本件において右新株の発行につき取締役会の決議を経たことは当事者間に争いなく、また右新株の発行が被告会社を代表する権限のある取締役によつてなされたものであることは原告の明らかに争わないところであるから、右新株の発行にあたり、商法第二八〇条ノ二第二項所定の株主総会の決議を経なかつたとしても右新株の発行が無効となるものでないことは明らかであり、その無効宣言を求める原告の本訴請求は理由がないといわなければならない。

(4)  よつて、原告の請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

横浜地方裁判所第三民事部

裁判長裁判官 森   文 治

裁判官 田 口 邦 雄

裁判官 松 沢 二 郎

(署名出来ず)

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