横浜地方裁判所 昭和37年(モ)1059号 判決 1962年11月02日
判 決
債権者
内田一二
右代理人弁護士
吉永多賀誠
同
島田徳郎
債務者
八木ワカ
同
八木弘治
同
安藤久枝
右三名代理人弁護士
大類武雄
同
天願俊貞
同
本橋政雄
右当事者間の昭和三七年(モ)第一、〇五九号仮処分異議事件について当裁判所は次のとおり判決する。
主文
当裁判所が債権者、債務者ら間の昭和二七年(ヨ)第七五号不動産仮処分申請事件につき同二七年二月二六日なした仮処分決定は次のように変更した上認可する。
「債務者らは、横浜市中区福富町東通二番の二宅地八七坪三合(この仮換地七〇坪八合八勺)の宅地につき売買、譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。」
訴訟費用は、これを三分し、その一を債権者、その余を債務者らの負担とする。
この判決は第一項に限り、仮りに執行することができる。
事実
債権者代理人は、主文第一、三項同旨ならびに訴訟費用は債務者らの負担とする。との判決を求め、その理由として
一、主文第一項記載の土地(以下本件土地という。)はもと横浜市中区福富町東通二番宅地一三七坪三合(以下旧土地という)の一部であつたが、昭和三六年四月一一日本件土地が分筆され昭和三六年一〇月一五日本件土地につき七〇坪八合八勺の仮換地指定がなされた。
一、債権者は、昭和六年一二月債務者らの被相続人亡八木圧兵衛から本件土地を期間の定なく地代一ケ月金五六円、堅固でない建物所有の目的で賃借し、その西隣地に跨り木造瓦葺二階建病院一棟建物一二九坪一合二勺二階一二一坪六合二勺及び木造亜鉛葺平家建一棟建坪一〇坪を建築所有していたが、右建物は昭和二〇年五月二九日戦災により焼失した。
三、右八木庄兵衛は昭和二五年六月一日死亡した債務者らはその相続人として本件土地の所有者となり土地賃貸人たる地位を承継した。
四、しかし、債務者らは債権者の右賃借権の存在を争い、その土地所有権の譲渡又は質権、抵当権、賃借権の設定等の処分をする虞れがあつた。
五、一方、第一項記載の如く本件土地は旧土地の一部であつたので賃借部分たる本件土地を分筆して仮処分申請すべきであつたが、当時同地は米軍の接収下にあつて実測することが許されなかつたので右旧土地につき昭和二七年二月二六日売買、譲渡、質権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならないとの仮処分を申請し同旨の仮処分決定を得たが、米軍接収解除後、旧土地から本件土地が分筆されたので残地五〇坪につき当庁昭和三六年(モ)第七〇五号仮処分執行処分取消決定を得てその執行を取消した。
六、よつて、先になされた仮処分決定を仮処分物件を本件土地と変更した上認可されんことを求める。
と述べ
七、債務者主張の第二項1は否認する。同2のうち旧土地全部につき仮処分決定を得たことは認めるがその余は争う。
八、債務者ら主張の第二項3のうち本件仮処分決定が頭初債務者として八木庄兵衛を表示したこと、その主張の如く更正決定がなされたことは認めるがその余は争う。即ち、債権者は、八木庄兵衛が死亡し債務者らが相続した事実を知らず、登記簿上の名義人を債務者として仮処分申請をしたものであるから右仮処分決定は何等違法でない。なお債務者らは本件仮処分決定の送達を受けていながら、これに対し何らの異議を述べず、又右更正決定は確定するに至り本件仮処分決定当時に遡つて効力を生じているので最早その違法を主張し得ない。
九、債務者ら主張第二項4に対し、賃貸人は賃借人に対し賃借権の使用収益をなさしめる義務を負担し、賃貸人の目的物処分行為により賃貸借契約が履行不能となり賃借人の権利が消滅することのないようその保全に協力する義務があるし、賃借人は賃貸人に対し賃借権の行使を妨害する結果を招来する法律行為を差し止める権利を有する。又係争物の仮処分は、被保全権利が物権的請求権と債権的請求権とを区別していないからその主張は失当である。と述べ
疏明(省略)
債務者ら代理人は「当庁昭和二七年(ヨ)第七五号不動産仮処分事件につき当庁が昭和二七年二月二六日なした仮処分決定はこれを取消す。本件仮処分の申立は却下する。訴訟費用は債権者の負担とする。」との判決を求め
一、債権者主張事実中第一、三、五項は認める。第二項中土地賃貸借関係は否認する。建物関係は不知、第四項中土地賃借権の存在を争つている点は認める。第六項は争う。
二、前記仮処分決定は次の理由により違法なものであるから当然取消さるべきものである。即ち、
1 債権者は、旧土地につきその主張のような賃借権を有していない。
2 仮に、旧土地につき債権者が賃借権を有するとしても旧土地の一部について有するにすぎず、それが旧土地のいずれの部分に該当するか明確にできるのにこれをしないのみか旧土地の全部につき賃借権があると虚偽の主張をなしその全部につき譲渡禁止の仮処分決定を得たことは違法である。
3 債権者が右仮処分決定を得た当時債務者たる八木庄兵衛は既に死亡(昭和二五年六月一日死亡)していたので、その決定は何らの効力も発生しない。これに対し当庁昭和三六年(モ)第六〇〇号更正決定申請事件において同年五月一二日右債務者庄兵衛の相続人として債務者八木ワカ、同八木弘治、同安達久枝と更正決定をして当事者を変更しているが、当時者の変更の如き裁判の実質を変更する最たるものについて更正決定をすることは許されず違法である。
4 本件仮処分は賃借権を被保全権利として土地の処分、賃借権の設定等の禁止を命じたもものであるが、債権者の有すると称する賃借権は対抗要件をそなえていない債権的請求権に過ぎず、その目的物件の所有者の所有権に基づく処分権を奪うことはできない筈であるから保全さるべき権利関係の内容を超過するような仮処分は許されない。即ち本案判決をもつてしても防止することのできないような効果は仮処分によつて与えるべきでない。
三、債権者主張の第八項のうちその主張する更正決定につき即時抗告がなされなかつたことは認めるが、その余は否認する。
と述べ
(甲号証の認否―省略)
理由
第一 被保全権利の存在
一、債権者主張第一項の事実については当事者間に争いない。
二、(疎明―省略)によれば、債権者は昭和六年一二月一日ごろ本件土地を八木庄兵衛から期限の定なく普通建物所有の目的で賃借し右地上等に木造建物を所有していたところ昭和二〇年五月二九日の空襲により焼失したので昭和二〇年七月一二日戦時罹災土地物件令附則第三項同令第三条第一項罹災都市借地借家臨時処理法第二八条借地法第二条の規定によりその借地権の賃借期間は昭和三八年二月三日迄延長されたことが一応認められ、一方右八木庄兵衛が昭和二五年六月一日死亡しその相続人たる債務者らが本件土地の所有権を取得したことは当事者間に争いないので右賃貸人たる地位をも承継したといわなければならないから、債権者が債務者らに対し本件土地につき右賃借権を有することの疎明は十分である。
第二 仮処分の必要性
債務者らが債権者の右賃借権の存在を争つていることは当事者間に争いなく、債務者が本件土地を第三者に譲渡又は質権、抵当権、賃借権の設定等の処分をしようとしているとの債権者の主張は債務者の明らかに争わないところであるから自白したものとみなされる。そして、債務者が右土地を処分するにおいては、債権者が債務者よりその賃借土地の引渡を求めることが困難ないし不能となるであろうことは明らかであるから、債権者の前記権利保全のため債務者の賃借土地に対する権利の処分を禁止する仮処分をなすべき必要があるというべきである。
第三 債務者は、昭和二七年二月二六日当庁が旧土地全部につきなした処分禁止の仮処分は次の事由により違法であるから取消し仮処分の申立を却下すべきであると主張するので審究すると、
一債権者が旧土地全部につき賃借権を有していないとの点は本件土地については第一項認定のとおり債権者が賃借権を有していること明らかであるから少くとも本件土地については被保全権利があるものとして処分禁止の仮処分をすることを妨げるものでない。
二、次に、本件土地につき債権者が賃借権を有するとしても、旧土地の一部について有するにすぎず、それが旧土地のいずれの部分に該当するか明確にできるのにこれをしないで旧土地全部につき賃借権があると虚偽の主張をしその全部につき譲渡禁止の仮処分決定を得たことは違法であるとの主張については、旧土地のうち本件土地については賃借権を有すること第一項において認定したとおりであるから本件土地について仮処分決定を求めることも固より許さるべきである。
三、右仮処分決定時債務者たる八木庄兵衛は既に死亡していたのでその決定は何ら効力を生じないし、その後右庄兵衛の相続人たる債務者らを当事者として更正決定してもかかる更正決定は許されず違法であるとの主張については、仮処分決定当時右庄兵衛が死亡していたこと、債務者主張の如く更正決定されたことは当事者間に争いないところであるが、債権者が仮処分申請当時右庄兵衛死亡の事実を知つていたとすれば勿論相続人を仮処分債務者として表示すべきこと自明の理で、偶々これを知らなかつた為誤つて右庄兵衛を当事者と表示したのに過ぎないから、その当事者を相続人名義に変更することはもとより適法であり、その更正決定がなされ確定した以上(更正決定確定の点も当事者間に争いがない)頭初より相続人に対し仮処分決定が効力を有するものというべきであるからこの点に関する債務者の主張も理由がない。
四 更に本件仮処分は賃借権を被保全権利とするものであるが、債権者の有すると称する賃借権は対抗要件をそなえていない債権的請求に過ぎず、その目的物件の所有者の所有権に基づく処分権を奪うことはできない筈であるから保全さるべき権利関係の内容を超過するような仮処分は許されないとの主張について考えてみるに、債権者の主張する賃借権が対抗要件をそなえないものであつても当事者恒定上必要あるときは処分禁止の仮処分が許されるものと解するのが相当である。のみならず、第一項二に認定したところによれば、債権者は罹災都市借地借家臨時処理法第一〇条所定の借地権者ということができるが、同条所定の五ケ年を経過した後に於ては土地所有者たる債務者らが本件土地を他に処分し、これにつき新たに権利を取得した第三者あるに至るときは借地権は履行不能により消滅を来す虞があるのでかかる事態に対処するためには債務者らの本件土地に対する権利の処分を禁止して借地権者の権利を保全しその実現を可能にするのでなければ前記処理法の規定は空文に等しくなり、その企図した借地権者の保護を完了することができないものといわなければならない。この見地からすれば前記借地権者は占有ないし対抗要件をそなえなくてもその借地権に基づき仮処分によりその所有者の土地処分を禁止することができると解すべきであるから(東京高等裁判所昭和二九年五月一七日決定、同裁判所民事判決時報第五巻第四号第一〇八頁)この点に関する債務者らの主張は理由がない。
第四 債権者は旧土地につき先になした仮処分決定の目的物を本件土地のみに減縮したので(その減縮仮処分の一部取下)については債務者らの同意は要しないというべきである)その限度において債権者の申立は前記理由により相当と認められるから右仮処分決定を主文第一項記載のとおり変更した上認可し、訴訟費用につき民訴法第九二条、第九三条第一項本文を、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所第三民事部
裁判官 田 口 邦 雄