横浜地方裁判所 昭和37年(ヨ)130号 判決 1964年2月19日
申請人 金山忍
被申請人 株式会社佐久間鋳工所
主文
申請人が被申請人に対し雇傭契約上の地位を有することを仮りに定める。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
申請人訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決を求め次のとおり述べた。
(申請の理由)
一、被申請人は機械部品の製造販売を業とする株式会社であり申請人は被申請人の従業員であるが、昭和三六年一〇月二八日被申請人から諭旨解雇にする旨の意思表示を受けた。
二、しかし右解雇の意思表示は次の理由で無効である。
(一) 申請人は被申請人の制定した就業規則に定める解雇事由に該当する行為はない。
(二) 申請人は本件解雇の意思表示をうける当時、被申請人の従業員をもつて構成する佐久間鋳工所労働組合(以下組合という)の執行委員長の地位にあり、従来から活発な組合活動を行つていた、本件解雇はこれを理由にするもので、不当労働行為である。
三、そこで申請人は被申請人に対し懲戒無効確認等の訴を提起すべく準備中であるが、その判決確定まで長い間被解雇者として取扱われることは申請人にとつて償うことのできない損害をうけることになるので、この申請をする。
(被申請人の主張に対する認否)
一、経歴詐称の主張事実につき、(1)の事実は認める。(3)の事実中被申請人主張の日にその主張の理由で申請人が駐留軍から解雇されたことは認める。(2)の事実は否認する。(4)、(5)の事実は争う。
経歴詐称が問題とされるのは、労働者の労働力の評価を誤らしめ、職場秩序に大きな支障を与える危険性をもつ場合であり、申請人の場合、保安解雇であつて単に本来日本国憲法上問題とすることのできない思想信条を解雇理由にされたことを詐つたにすぎず、労働力の評価を誤らしめ職場秩序に支障を与える大きな危険性をもつ場合でないから解雇理由には当らない。
また保安解雇の点については昭和三五年五月二五日東京地方裁判所民事第一九部は申請人の請求を認め、解雇は不当労働行為であつて無効であると判断した。申請人も従来から不当労働行為による解雇であると確信していたのであつて、入社に際し「同廠の都合に依り解雇」と記載したのもこのような気持からで、単に解雇理由の表現が若干異るだけであるから、このような事実を解雇理由にすることはできない、しかも被申請人は少なくとも昭和三六年四月ないし五月頃にはこの事実を知つていたのであり、又申請人は約五年にわたり被申請会社に継続して勤務していた。
二、労働協約違反の争議行為の指令率先指導の主張事実について(1)のごとき覚書作成の事実は認める、(2)の事実中被申請人がその主張の如く斡旋申立をしたこと、その主張の日に、時間外就労拒否が行われたこと、その主張の如き残業協定が存在すること(3)の事実中被申請人がその主張のような処分をしたことはいずれも認める、その余の事実は否認する。
春季賃上げ闘争に際して、昭和三六年四月一八日組合は同月二一日午前四時から二四時間時間外就労拒否を行う旨通告したところ、被申請人は争議行為突入の前日である二〇日突然地方労働委員会に調停を申立てた旨組合に通告した。そして被申請人は前記(1)の覚書を組合との間でとりかわすに当り「争議制限に用いない」旨確約していたのであるから、却つて、右の調停の申立こそが、すでに通告され前日にせまつた時間外就労拒否を制限する目的でなされたのであつて、それ自体右確約に違反したものである。従つて申請人が右条項違反の責任を負うものではない。
また右確約の趣旨からすれば覚書に違反した争議行為をしたことを理由に責任を追求できない。仮りにそうでないとしても、右条項は平和条項であつて平和条項違反を理由に幹部の責任を追求できない。
三、欠勤事由の詐称の主張事実について、申請人が被申請人主張の日に欠勤したこと、出廷日が被申請人主張の如く三日間であつたことは認める。
しかし申請人は「裁判のため」と称して休んだのであつて、出廷日以外の欠勤日がいずれも出廷の月であることからも明かなように口頭弁論期日の立証準備のため、当該事件の代理人と打合せ、あるいは代理人の指示に基いて立証準備をするため欠勤したもので欠勤事由を詐称していない。
四、組合業務に藉口した不就業の事実について、被申請人主張の如く二月から九月までの間前後七三日間組合業務を理由に就労しなかつたこと、その主張の如く一一日間の不就業届を提出し、その後四日間に短縮したこと、組合の過去六代の執行委員長には組合業務による不就業がなく多くは就業時間外において処理していたこと、被申請人の検査工が二名であることはいずれも認める、その余の事実は否認する。申請人が組合の中心になるまでは、組合活動はきわめて低調で、就業しないで組合業務をやる必要がなかつたが申請人の力で組合活動が活発になると、おのずから組合業務は多くなり、専従もないため止むを得ず申請人が不就業で組合業務に従事した、また昭和三六年六月一二日専従役員をもうけることについて全員投票を行つたが組合費の増額を伴うことから否決され、「期間専従」(不就業で組合業務に従事し、その賃金を組合が補償する)でまかなうことを決定した。従つて申請人の不就業は労働協約第一六条に基き同一五条の手続を経て、被申請人の承認を得た正当な組合活動である。なお一一日間の不就業届は、必要があつて提出したが会社から短縮してほしいとの要望があり、止むを得ず予定をした組合業務を縮減して四日間にした。
五、組合規約の改ざん及び規約改正通告義務違反の主張事実について、(1)の事実中被申請人主張の組合規約条項があること、(2)の事実中被申請人主張の如く組合が被申請人に対し通告義務を負つていることはいずれも認めるがその余の事実はすべて否認する。なお組合規約は一部改正されたことがあり、それは改正後ただちに被申請人に対し通告したが、昭和三六年一〇月五日にも念のため再通告を行つた。
六、除名による解雇の主張事実について、申請人が被申請人主張の日に組合から除名されたこと、組合が被申請人にその主張の日に右除名処分を通知したことは認める。その余の事実は争う。
(申請人の主張)
一、被申請人は申請人の組合活動を理由として本件解雇をしたものである、即ち
(一) 組合は終戦後間もなく結成されたが全く名ばかりの存在でほとんど活動することもなかつた、そのため組合員の労働条件は低く、不満がたえなかつた。
申請人は昭和三二年九月入社後、しばらく組合の表面に出なかつたが、組合員の労働条件の低いことに対する不満が極めて強いことから、この要求を積極的に取りあげて活動することを決意し昭和三五年二月の改選期に書記長に立候補し、当選した。
(二) 申請人が書記長に就任以来、組合活動は日一日と活発になりベースアップ闘争、夏期年末一時金闘争と組合は労働条件改善の闘いを進め組合員の労働条件は次第に向上し、組合も有名無実の組合から活動的な組合へと前進した。
(三) 申請人は、書記長就任後欠勤がちの委員長に代つて事実上組合の中心人物として闘いをすすめてきたが、委員長が不在がちで執行部の意思統一が十分できないため、執行委員会は総辞職し、昭和三五年七月二七日、申請人が委員長に選出された。
申請人は委員長就任後労働協約改訂交渉、皆勤手当、生産奬励金の本給繰入、年末一時金の闘いと精力的に活動し、組合は申請人の指導のもとに同年一二月二六日の臨時大会で組合規約の改正、協約改正の件を可決した。
(四) 昭和三六年二月八日の定期大会で、申請人は再び委員長に就任し、同年三月から四月にかけ春闘が闘われ、五月のメーデーの催しには初めて組合が参加し、組合の活動は日、一日と活発になつた、更に六月には一時金闘争が行われ、同月一二日鉄鋼労連関東地方協議会に組合として初めての上部団体加盟を決定した。
(五) 同年一〇月には、年末一時金要求の闘いを進めるため組合は一七日以降年末一時金要求のために討議資料の作成に努め、同月二七日開催された委員会で、一一月一日に臨時大会を開き、一時金要求を決定する方針をたて一〇月二五日、全組合員に「年末一時金要求のために」と題する討議資料パンフレットを配布した。
ところが同月二八日に至つて、会社は申請人に対し、いきなり本件解雇の意思表示をなしたのである。
(六) これは解雇理由それ自体がおおむね組合活動を理由とするものであり、しかもその理由は、いずれも、かなり前の事由であるのに、解雇の通告の時まで何等の警告注意もなかつたこと、右解雇の通告が年末一時金闘争に突入の寸前になされたことなどからみても、本件解雇が申請人の組合活動を嫌悪してなされたことは明かである。
二、被申請人主張の組合の除名処分は次の理由により無効である。
(一) 申請人が解雇されてからも、組合は昭和三六年一一月一日に臨時大会を開催して年末要求を決定し、更に申請人を解雇後も委員長として認めることを決定した。
ところが被申請人は、年末一時金の回答をひきのばす一方、組合に対しては露骨な切崩し工作を始めた。すなわち同月二〇日の臨時大会に際しては、従来会場として組合に使用させていた被申請人会社の講堂の使用を、申請人が参加しないことを条件としない限り貸すことはできないと拒絶し、そのため止むなく組合は鶴鉄健康保険会館で大会を開催しようとしたが、職制を中心とする反組合分子は大会の流会を計つて、組合員に出席しないよう圧迫を加え、大会を流会せしめた。そして翌日、会社は組合の要求を大幅に下廻る回答をして来た。
その頃から、職制を中心とする反組合分子は、民主化同盟と称する団体を結成し、作業中組合員に対し、職制を通じ右団体に加入するよう強要し、加入署名をとり、あるいは連日のように、被申請会社のクラブにおいて組合員に酒食を提供し供応し反組合勢力の拡大に努めるとともに、申請人を支援する組合員に対しては、そのような活動をすると不利益になると宣伝し、作業中圧力を加えた。
更に同年一一月二八日民主化同盟の名で「我々はもう騙されない」と題したパンフレットを公然と組合員に配付し、その中で全く虚偽の事実を述べて申請人を非難攻撃し、積極的に被申請人の意を体する民主化同盟による組合乗取りを開始した。
すなわち、同年一二月一日被申請人の講堂で、申請人の出席ができないまま、臨時大会が開催され、申請人の身分保障に関する事項が討議された際、右討議に立入る前に民同は執行部不信任の動議を提出し、右動議は反対一〇一、賛成九一で否決されたものの、申請人の件は時間切れで遂に討議に至らず、同月四日、右講堂で前同様の理由で申請人欠席のもとに臨時大会が開催されるや、大会成立と同時に民同は退場を宣言して退場し、大会を流会させた。
更に同月一五日前同様講堂で申請人欠席のまま臨時大会が開催されるや、民同は執行部不信任を提案し討論を省略し右提案を強行可決し、直ちにその場で組合の選挙規定の手続を無視して、民同派の委員長、副委員長を選出し、続いて同月一六日に書記長、同月一九日に執行委員を、いずれも選挙手続を無視し、しかも職制の圧力のもとに選出した。このようにして民同グループが組合執行部の多数を占めた。
(二) 民同に属する木村正夫は昭和三七年一月八日査問委員会に対し申請人を懲罰に処するよう告発した。
右告発の内容は申請人が執行委員長在職当時である昭和三六年五月三〇日に組合規約を改正した際「詐術的偽瞞方法」により、民主主義に逆行するよう規約を改正したというのである。
すなわち、新規約により臨時大会の招集に必要な人員は三分の一から、三分の二に改悪されたというのであるが、この点については申請人等旧執行部はすでに昭和三六年一一月二九日文書をもつて右は三分の一のミスプリントであることを明かにしており、又改正提案がなされたこともなかつたのであるから、この点に対する告発は全く事実に反する不当なものである。
また、規約八五条が新設され、緊急事項については、大会の議を得ることなく、全組合員の職場投票によつて決定することとなつた点をとらえて非民主的であるというのであるが、右規定を設けたことの是非は兎も角組合員の支持を得て、正当に改正された点であつて申請人の責を負うべき理由は全くない。
(三) 査問委員会は、懲戒理由が全くないのに昭和三七年一月二七日臨時大会において申請人の除名を提案し、同大会はほとんど討議することなく除名を可決した。
(四)右除名処分は次のような理由で無効である。
(イ) 除名処分そのものが、被申請人の支配介入の結果としてなされたこと、従つて除名処分自体不当労働行為であつて無効である。
(ロ) 前記の如く除名事由そのものが存在せず、また少なくとも除名に価いするものではなく、いずれにしても除名権の乱用であつて無効である。
三、被申請人のなした本件解雇の意思表示は労働協約上の協議義務違反による解雇であつて無効である。
すなわち、労働協約第二五条によると、組合員を解雇する場合は、被申請人は組合と事前に協議しなければならないと定めてあり、本件解雇は右協議をすることなくなされたものであつて右協約の規定に違反して無効である。
被申請人訴訟代理人は「本件申請を却下する。」との判決を求め、次のとおり述べた。
(申請の理由に対する答弁)
申請人が被申請人の従業員であつたこと、及び被申請人が申請人主張の日にその主張の如き解雇の意思表示をしたことは認める。その余の事実は争う。
(被申請人の主張)
一、被申請人が申請人を昭和三六年一〇月二八日諭旨解雇の処分に付したのは次の理由によるものである。
(一) 経歴の詐称
(1) 申請人は被申請人に就職するに際し提出した履歴書に「昭和二七年八月相模原市上矢部横浜技術廠本廠に勤務在荷調べを務む。昭和三〇年一二月同廠の都合により解雇」と記載し
(2) また昭和三二年九月二五日被申請人労務係員沢和夫の右履歴書に基く面接調査に対して申請人は右駐留軍技術本廠の解雇は「米軍の予算関係によるもので、他の一二名と共に解雇された」と述べた。
(3) 被申請人は、申請人が入社後不審な点があるので調査していたところ、昭和三六年一〇月頃被申請人監査役福田耕太郎が労働事件関係の判決集中に偶然、申請人を当事者とする判決を発見し、これにより申請人が駐留軍労務者として雇傭され、相模本廠のインベントリー・ブランチに荷扱夫として勤務していたが、駐留軍が申請人を継続雇傭することはアメリカ合衆国軍隊の保安上危険であることを理由に昭和三〇年一二月一〇日日米労務基本契約の附属協定第六九号第一条aの(2)による保安解雇をされたことを知つた。
(4) そして申請人は昭和三〇年一二月一〇日駐留軍労務者を解雇されたことが所謂保安解雇であることを同三二年九月被申請人に入社する以前に熟知していたにもかかわらず、これを秘匿し「予算上の都合による解雇」と詐称したことは申請人が保安解雇を明かにすることが、被申請人の採否の決定的要件になることを意識して故らに詐称したことは極めて明暸である。また他の一二名と共に解雇されたことも虚偽であり他の一名と共に解雇されたものである。
(5) ところで被申請人の就業規則第六九条第二号には「履歴を詐り、その他不正手段により入社した者」は懲戒として諭旨解雇又は懲戒解雇とする旨を定めており、被申請人が申請人を解雇した理由は保安解雇の理由の存否、保安解雇の当否ではなく、保安解雇の事実の秘匿、詐称であり、その事実の秘匿詐称が入社の採否を決定すべき、労働力は勿論人格、健康、思想、経歴、性向等についての全人格的評価を誤らしめ、その価値判断の誤りが企業秩序、会社の綱紀の維持を困難にならしめる程度に重大であるからである。元来使用者は労働者を入社後においては、その思想、信条を対象として不利益取扱をしてはならないことは勿論であるが、本件経歴詐称は入社に際して被申請人の採否の決定を誤らせるような詐術を用いたものであり、その欺罔がなかつたならば、被申請人は採用前の自由な選択権に基いて採否を決定したことは言うまでもない。即ち本件は真実の経歴が判明したならば採用しなかつた程度の重要な経歴の詐称である。この様な申請人の経歴の詐称は就業規則第六九条第二号に該当する。
(二) 労働協約違反の不法争議行為の指令、率先指導
(1) 被申請人と組合との間において、昭和三六年一月二八日諒解事項と題して「団体交渉において意見が一致せず双方又は一方からの申立により地方労働委員会に斡旋又は調停事件が係属しているときは、その事件が終結するまで実力行為による争議行為を実施せずに、円満な解決に努力すること」との覚書が作成されており、右覚書は双方代表者が署名捺印し労働協約の一部をなしている。
(2) しかるに、申請人は組合の執行委員長として、昭和三六年度の春季賃上げ要求に際し、被申請人が同年四月神奈川県地方労働委員会に斡旋の申立をなし、かつその旨を組合に通告し、現に同地方労働委員会に斡旋事件が係属しているにもかかわらず、右平和条項に違反して組合員に指令し、同年四月二一日及び二二日の二日間延人員二〇三名による残業拒否を実施した。
そして被申請人と組合との間には昭和三五年四月二六日、定時終了後一日四時間以内の残業協定が成立しており、その協定の範囲内である限り残業就労は被申請人の正常な業務の運営であり、これを阻害する残業拒否は争議行為である。
(3) この様な平和条項に違反した争議行為を企画し決議し、指揮指導し執行した組合役員が懲戒責任を負うべきは当然で、被申請人は組合役員にその責任の自覚と反省を促して宥恕しようとしたが申請人はこれを肯んじないので、昭和三六年一〇月二八日申請人に対しては、その他の事項を参酌して懲戒解雇を相当とするところ特に諭旨解雇処分とし、副執行委員長吉川満、書記長小川十郎は夫々戒告処分とした。
(三) 欠勤事由の詐称
申請人は訴訟事件のため裁判所に出廷すると称して、昭和三六年五月一五、一六、一七日、同年六月二八、二九日、同年九月四、一九日それぞれ欠勤したが、調査の結果、東京高等裁判所への出廷は五月九日、六月二九日、九月一九日の三日間にすぎない。五月一五日、一六、一七日の如き常識上訴訟代理人との打合せとは考えられず、またその理由が被申請人への入社前の賃金実態調査というが、何を意味するのか全く不明である。
(四) 組合業務に藉口したと信ずべき不就業の過多
申請人は昭和三六年二月に一日、三月に二三日間、四月に二〇日間、五月に一一日間、六月に五日間、八月に八日間、九月に一日組合業務を理由に就労をしなかつた。そして一〇月に組合業務を理由として一六日から二六日まで一一日間の不就業届を提出したので余り頻度に亘るため具体的な説明を求めたところ何等説明をせず即時四日間に短縮した。しかも組合の過去六代の執行委員長は組合業務による不就労はなく多くは就業時間外において処理していた。
このように申請人が一一日間の不就労を届出ながら具体的説明を求められるや即時これを四日間に短縮したことは、その組合業務が不可欠必須のものでないことの証左である。
(五) 組合規約の改ざん、及び規約改正通告義務違反
(1) 組合規約第八五条に組合の争議の実施は全組合員の直接無記名投票により三分の二以上の多数決によらなければならないと定めてあり、また同規約第八六条に組合規約の改正は全組合員の直接無記名投票により三分の二以上の多数決によらなければならないと定められている。
ところが申請人は右組合規約第八五条及び八六条の「三分の二」は昭和三五年一二月二六日の組合大会において「二分の一」と改正されたと主張してきたがその事実はない。
(2) 仮りに改正されたとすれば、勿論規約の改正は組合の自主的運営の範囲内の行為で会社の容喙すべき事項ではないが被申請人と組合との協約第八条第二項により、組合が規約を改正した場合は組合は会社に対し速かにこれを通告しなければならないと定めてあり、また会社と組合との間にユニオンショップ協定及びスキャップ禁止協定がなされているのであるから、規約改正手続には重大な関心を持たざるをえず、また改正の場合の通告義務は迅速厳格に履行されるべきにもかかわらず昭和三六年一〇月五日までその通告がなかつた。
以上の如く申請人の経歴詐称の点は就業規則第六九条第二号に該当しその他の点は同規則第六八条第一八号に該当するので同規則第六七条第六号の諭旨解雇処分に付したものである。
二、仮りに本件解雇処分に何等かの瑕疵があるとしても、申請人が依然組合員であると主張する組合は昭和三七年一月二七日、組合大会において申請人を除名し被申請人は同日組合から右除名処分の通知をうけた。
よつて、被申請人は申請人に対し既に昭和三六年一〇月二八日解雇の意思表示をしているので特に意思表示をしなくとも、組合との協約第九条により解雇の効力は昭和三七年一月二七日に発生している。
(疎明省略)
理由
一、被申請人が機械部品の製造販売を業とする株式会社であり、申請人が被申請人の従業員であつたが、昭和三六年一〇月二八日被申請人から諭旨解雇にする旨の意思表示を受けたことは当事者間に争いがない。
二、ところで使用者は、実定法上の制限ある場合を除き、一方的な意思表示によつて従業員を解雇することができる所謂解雇の自由を有するが、使用者が就業規則を制定し公表している場合は就業規則は一の法的規範として使用者並びに従業員双方を拘束し、その就業規則に解雇基準の定めがあるときは使用者の解雇権行使も就業規則の定めるところに従つて行使されねばならず解雇の自由もその範囲で制限を受け、解雇が懲戒処分としてなされる場合は就業規則に定める懲戒事由に該当するのでなければ、その解雇は効力を生じないものと解するを相当とする。
被申請人は申請人に経歴詐称、労働協約の平和条項に違反した争議行為の指令、欠勤事由の詐称及び組合業務に藉口した欠勤の過多、組合規約の改ざん通告義務違反の行為があり、右は就業規則第六八条第一八号、第六九条第二号に該当するので、同規則第六七条第六号により諭旨解雇処分に付したと主張する。ところで成立に争のない乙第六号証によると、被申請人の制定した就業規則第六八条は「従業員で左の各号の一に該当する者は前条の懲戒処分を行う」としその第一八号は「その他前各号の一に準ずる有害な行為又はこの規則に違反する有害な行為のあつた者」を言い、右前各号とは「一火気の取扱を粗漏にした者、二無届欠勤をした者、三私品を作り又は作らせた者、四会社の物品を不正に社外に持出、又は持出そうとした者、五会社で禁止した場所に許可なく立入つた者、六会社の器具、器材等の取扱を故意に粗略にした者、七社内の設備、機械又は器具を故意に破壊し又はこれらの滅失により重大な結果を惹起させた者、八会社の秩序を紊した者、九不正手段によつて賃金を取得した者、一〇正当な理由なく、遅刻又は欠勤が常習的な者又は屡々上長から訓戒を受けても反省の情を認められない者、一一会社の名誉信用等を毀損し、或は損害を与える等の如き行為があつた者、一二故意に他人の作業を妨害した者、一三会社構内で賭博行為のあつた者、一四故意に木型を破損し又はこれを焼却し若しくは取扱粗略に因り紛失した者、一五正当な理由なく上長の指示、命令に反抗し又はこれを侮辱し若しくは上長に暴行或は脅迫を加えた者、一六他人の金品を盗んだ者、一七業務上不正に金品を受授し又は詐取して私利を図つた者」を指し、また前条の懲戒処分とは譴責(又は戒告)、年次有給休暇の削減、減給、役付罷免、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇をいい、同規則第六九条は「従業員で、左の各号の一に該当する者は諭旨解雇又は懲戒解雇にする」とし、その第二号は「履歴を詐り、その他不正手段により入社した者」と規定していることが一応認められる。そこで被申請人の主張する右諭旨解雇の理由が就業規則に定める懲戒事由に該当するかどうか逐次判断する。
(一) 経歴詐称について、
申請人が駐留軍労務者として、相模本廠のインベントリー・ブランチに荷扱夫として勤務していたが、申請人を継続雇傭することはアメリカ合衆国軍隊の保安上危険であることを理由に昭和三〇年一二月一〇日同廠より日米労務基本契約の附属協定第六九号第一条aの(2)に基く保安解雇をされたこと、申請人が被申請人に就職するに際し提出した履歴書には、右解雇の前歴につき「昭和二七年八月相模原市上矢部横浜技術廠に勤務在荷調べを務む、昭和三〇年一二月同廠の都合により解雇」と記載したことは当事者間に争いがなく、その作成の形式から真正に成立したと認められる乙第五、二四、二五号証並びに証人橋谷正二、同沢和夫の各証言を綜合すると、申請人は川崎職業安定所の紹介により被申請人に就職を希望し昭和三二年九月二五日会社の面接選考の際総務課人事係員沢和夫の身上調査に対し相模原市の横浜技術廠本廠を米軍の予算関係により他の一二名とともに解雇されたと申述したことが一応認められる。そして使用者が経歴詐称を懲戒事由とするのは労働者が不正手段によつて就業することを防ぐとともに、使用者がその労働力の評価のみならず人格、性向についての判断を誤り、雇入後の企業秩序に危険が生ずるため、必要によつては、かかる従業員を企業外に排除することにあると解するを相当とする。
ところで申請人が日米労務基本契約の附属協定第六九号第一条aの(2)に該当するとして解雇されたことは前記のとおりであるが、同附属協定第六九号第一条aが、日本国側は、アメリカ合衆国側の保安上の利益を保護するため、次の基準に該当すると認めるに足りる十分な理由のある者は、これを提供しないものとする。(1)作業妨害行為(サボタージュ)牒報行為、軍機保護に関する諸規則の違反又はそのための企画若しくは準備をなすこと。(2)アメリカ合衆国側の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続し、且つ反覆して採用し若しくは支持する破壊的団体又は会の構成員であること。(3)(1)に規定する諸活動に従事する者又は前号に規定する団体若しくは会の構成員とアメリカ合衆国側の保安上の利益に反して行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的又は密接に連繋することと定めていることは当裁判所に顕著な事実である。このように保安解雇はアメリカ合衆国及び駐留軍業務の保安上危険があるとして解雇されたことにあるのであるから、この事実を秘匿し、これを通常の解雇として申述することはその経歴を詐称するものであるといわねばならない。ところで被申請人は右の経歴詐称の事実をどのような機会に知るに至つたかを考えるに、証人橋谷正二、同金泉文治の各証言及びこれらにより真正に成立したことを認められる乙第二四、二六号証によれば昭和三五年五月頃神奈川県企画渉外部労務管理課主事滝村幸雄から被申請人に対し昭和三四年中に同会社が申請人に支払つた給与の額を問いあわせてきたことがあり、さらに、昭和三五年九月から一〇月頃前記滝村から昭和三〇年末から昭和三五年四月迄に被申請人が申請人に支払つた給与の照会をうけるに及び、被申請人としては、右照会が如何なる必要によるものであるかに疑念をもつに至り、被申請人の監査役である福田耕太郎弁護士に調査を依頼したところ、昭和三六年九月か一〇月頃同弁護士から次のような報告があつた。即ち同弁護士は労働関係の判例集中よりたまたま申請人が当事者となつている判決を発見したというのであり、その判決によれば申請人は前職場である相模原市横浜技術廠本廠を昭和三〇年一〇月一〇日いわゆる保安解雇せられたものであるが、申請人はこの処分を不服とし、国を相手として訴を提起したところ、裁判所の判断は右解雇は無効であるから原職に復帰させ、その間の給料を支払えという内容のものであるというのであつた。以上の事実を窺うことができる。
してみれば、被申請人は本件経歴詐称の事実を知ると共に、その内容である保安解雇なるものについても、一応裁判所による無効の判定の下された事実(尤もその判決が当時既に確定していたか否かは明らかではなかつたにせよ)をも知つたのであるのみならず右経歴詐称の行為から本件解雇の意思表示のなされた昭和三六年一〇月二八日まで四年余を経過し、その間被申請人が右経歴詐称に基く損失(例えば申請人が保安上危険な人物であつたために被申請人が打撃を受けた如き)を蒙つたことについては何等の疎明はない。従つて右経歴詐称は一応形式的に解雇理由としての体裁を有するに止まり、必ずしもこの事由のみが被申請人の本件解雇の真の理由であつたとは認めがたい。
(二) 労働協約違反の不法争議行為の指令率先指導について、
被申請人と組合との間において昭和三六年一月二八日諒解事項と題して「団体交渉において意見が一致せず、双方又は一方からの申立により地方労働委員会に斡旋又は調停事件が係属しているときは、その事件が終結するまで実力行為による争議行為を実施せず円満な解決に努力すること」との覚書が作成されており、右覚書は双方代表者の署名捺印があり、労働協約の一部をなしていること昭和三六年春季賃上げ要求に際し、被申請人が同年四月神奈川県地方労働委員会に斡旋の申立をなしたこと組合が同年四月二一日及び二二日の二日間延人員二〇三名による残業拒否を実施したこと、被申請人と組合との間に昭和三五年四月二六日定時終了後一日四時間以内の残業協定が成立していたことは当事者間に争いがない。
そして残業協定が成立している場合は、その協定の範囲内で使用者は労働者に残業就労を求めることができ、残業業務は使用者の正常な業務の運営といえるから、これを阻害する残業拒否は争議行為と解せられる。
また労働協約により所謂平和条項を定めている場合、かかる条項は労働協約の債務的効力を有する事項であつて、右条項違反は協定当事者間においてのみ直接の責任が生ずるのであつて、右条項に反した争議行為に参加した組合員個人までもがその責任を問われるものではない。従つて組合が平和条項違反の争議行為を行えば使用者と組合との信頼関係を失わせまた企業の秩序を乱すことは明かであるが、仮りに組合員がこの様な争議行為を指令し指導したとしても、それが組合の統制のもとになされていたのであれば懲戒事由に当らないものというべきである。もつともこの様な平和条項違反の争議行為を指令し、あるいは煽動する等することは往々にして組合の統制に反し、正当な組合活動といえない場合があり、かかる場合にはその故をもつて懲戒解雇しうるものと解するのが相当である。
ところで成立に争のない甲第一号証によると、申請人が右春季賃上要求の団体交渉の過程において、かなり強気な態度にあり、争議行為に訴えることに積極的であつたことは一応認められるが、右疎明事実をもつて申請人が組合の統制に反してまで本件争議行為を行なわしめたと推認することはできず、他に本件争議行為につき申請人の行為が懲戒事由に該当すると認めるに足る疎明資料はなく、かえつて成立に争のない乙第八号証、第九号証の一、第一〇号証、甲第一号証並びにその形式から真正に成立したと認められる甲第一二、一八号証を綜合すると組合は昭和三六年四月一五日職場投票において罷業権を確立し同月一七日臨時大会において罷業権を満場一致で承認し翌一八日被申請人に同月二一日午前四時より翌二二日午前四時迄の間所定労働時間を越える者について時間外就労を拒否する旨通告の手続をしていること、被申請人は同月二〇日になつて神奈川県地方労働委員会に斡旋の申立をなし、翌二一日組合に右斡旋申立をなしたことを通告したことが一応認められ、また申請人が組合執行委員長として右時間外就労拒否を指令したことは被申請人の自認するところであるから申請人は組合執行委員長として組合より与えられた権限にもとずき、組合の統制にもとずいて本件争議行為を指令したことが推認される。
以上のとおりであるから申請人の行為は何等懲戒事由に該当するものではない。
(三) 欠勤事由の詐称について、
申請人が自己の提起した賃金請求訴訟事件のため昭和三六年五月一五、一六、一七日、同年六月二八、二九日、同年九月四、一九日それぞれ欠勤したこと、申請人が東京高等裁判所に出廷したのが五月九日、六月二九日、九月一九日の三日であることは当事者間に争いがない。被申請人は申請人が欠勤事由を詐称したと主張するがこれを疎明するにたる資料はなく、かえつて成立に争のない乙第二八号証の一、二、第二九号証、第三〇号証の一、二によると、申請人は昭和三六年五月一五日については裁判の件についての打合せ、同月一六、一七日については五月一五日本人の佐久間鋳工所入職以前の賃金実態調査のため、五月一七日については弁護士との打合せのため、六月二八、二九日については裁判のため、九月四日については高裁賃金請求事件における弁護団との打合せ、九月一九日については東京高裁出廷のためといずれも欠勤事由を明記したうえ欠勤届を被申請人に提出し承認を得ていることが一応認められる、訴訟事件において公判期日に出頭する外弁護士との打合をあるいは事実の調査を要することは経験則に照らして明かである。
ところで被申請人は申請人の右行為は就業規則第六八条第一八号に該当するというが、成立に争のない乙第六号証によると被申請人の就業規則第六八条には「従業員で左の各号の一に該当する者は、前条の懲戒処分(譴責又は戒告、年次有給休暇の削減、減給、役付罷免、出勤停止、論旨解雇、懲戒解雇)を行う」としその第一八号には「その他前各号の一に準ずる有害な行為又はこの規則に違反する有害な行為のあつた者」と定めていること、欠勤に対する懲戒事由として同条第二号は「無届欠勤をした者」と、また同条第一〇号は「正当な理由なく遅刻又は欠勤が常習的な者又は屡々上長から訓戒を受けても反省の情を認められない者」と定めていることが一応認められる。
してみれば申請人の右の如き欠勤は同条第二号、第一〇号にはもとより同各号に準じた有害行為又は規則違反について適用される同条第一八号にも該当しないというべきである。
(四) 組合業務に藉口したと信ずべき不就業の過多について、
申請人が昭和三六年二月に一日、三月に二三日間、四月に二〇日間、五月に一一日間、六月に五日間、八月に八日間、九月に一日、いずれも組合業務を理由に就労をしなかつたこと同年一〇月申請人が組合業務を理由に同月一六日から二六日まで一一日間の不就業届を提出したが被申請人の要請によりこれを四日間に短縮したこと、組合の過去六代の執行委員長には組合業務による不就労がなく多くは就業時間外において処理していたことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第一四号証、第一五号証の一ないし五、第一六号証の一、二、第一七号証の一、二、第一八号証の一、二、第一九号証の一、二、第二〇号証の一、二によると申請人は被申請人と組合との間に結ばれた労働協約に定めるところにより就業時間内に行う組合活動に関する手続に従つて、不就業届を提出し、被申請人の承認を得ておることが一応認められ且つ成立に争のない乙第七号証によると同労働協約により組合役員の組合業務並びに組合出張は右手続を経て会社の承認を得たときは欠勤、遅刻、早退或は外出として取扱わず組合活動による不就業として取扱う旨協定していることが一応認められる。
従つて許可を得て組合活動のために就業しなかつた場合は、業務に支障があつても被申請人はこれを受認すべきであるが、これを濫用し、又は組合活動以外の目的に使用した場合まで正当化されるものではないことは勿論である。ところで前記事実をもつて申請人の不就業が組合業務以外の目的に使用されており、または濫用に亘るとは認め難く、他にこのような事情を認めるに足る疎明資料もない。
そうだとすると、申請人の組合活動のための不就業が就業規則第六八条第一八号に該当しないこと明かである。
(五) 組合規約の改ざん、及び規約改正通告義務違反、
(1) 組合規約第八五条に組合の争議の実施は全組合員の直接無記名投票により三分の二以上の多数によらなければならないと定めてあること、また同規約第八六条に組合規約の改正は全組合員の直接無記名投票により三分の二以上の多数決によらなければならないと定めてあることはいずれも当事者間に争いがない。ところで被申請人は申請人が昭和三五年一二月二六日の組合大会で右の「三分の二」が「二分の一」に改正されたと虚偽の事実を主張したというが、組合規約の改正、あるいは規約改正の決議の有無等は組合の内部問題でありその自主的運営にまかされているのであるから、仮りに改正されないのを改正されたと主張公報したとしても、あくまでも組合内部の規律統制によつて処理されるべきであつて、これをもつて被申請人の懲戒事由に該当するいわれはない。
(2) 次に被申請人と組合との間に定められた労働協約第八条第二項により組合が規約を改正した場合は、組合は会社に対して速やかにこれを通告しなければならないと定めてあること、昭和三六年一〇月五日に前記のとおり規約が改正されたことを通告したことは当事者間に争いがない。
そして使用者である被申請人が組合規約の改正の有無に重大な関心を持つことは勿論のことであり、成立に争のない乙第七号証によれば被申請人と組合との労働協約により所謂ユニオンショップ協定及びスキャップ禁止協定がなされていることが一応認められるから、改正の通告義務は厳格に履行さるべきであるが、右通告義務は組合が被申請人に対して負う義務であつて、申請人が組合を代表する地位にあるの故をもつて、直ちに申請人個人の通告義務の履行を遅滞したとして懲戒責任を問う理由は見当らない。
以上のとおり、(二)ないし(五)の各懲戒事由についてはいずれも就業規則第六八条第一八号に該当せず就業規則の適用を誤まつたものというべきであるが、(一)については一応同規則第六九条第二号に該当するといえる。
三、そこで更に進んで不当労働行為の成否について判断する。
(一) 真正に成立したと認められる甲第一八号証によると申請人は昭和三二年九月被申請人に就職、同三三年一一月本工となり佐久間鋳工所労働組合員となり、同三五年二月組合書記長に立候補し当選、書記長に就任、同三五年七月執行委員長となり同三六年二月再選され、本件解雇のあるまで委員長の席にあつたことが認められる。
(二) 前記甲第一八号証及び成立に争のない甲第一号証、乙第八、一〇号証真正に成立したと認められる甲第三、一九、二〇、二一、二二号証並びに証人吉川清(第一回)の証言及び同証言によつて真正に成立したと認められる甲第一四号証によると次の事実が認められる。
(イ) 申請人が組合役員に就任する以前の組合にあつては、組合活動が低調で、組合役員もいわゆる職制にある組長等が多く就任し、会社組合的な性格が強く、従業員は残業時間が多いなど労働条件が悪いため職場に不満が多かつたが組合が積極的にこのような不満を取上げ改善して行く意欲にとぼしかつた。
(ロ) 申請人が書記長に就任すると当時の執行委員文化部長吉川清等と組合の中心になり、組合員の不満を積極的に取り上げ、組合の団結を呼びかけ機関紙「鋳友」を発行宣伝活動を強めるとともに地域、同一業種の労働条件と比較のうえ組合員の労働条件の水準を引き上げ、賃上げの配分については考課、調整等会社側によつて自由に配分できる部分を制限し合理的な配分方法に切り換える方針をたて、昭和三五年四月組合の臨時大会でべースアップ一割、定期昇給一割の要求を決定し、斗争という言葉を初めて用いるなど組合が春季斗争の態勢を取つたこと、このようなことから組合執行部内に対立が生じ総辞職となり、申請人が執行委員長に選任されたこと、
(ハ) 申請人が執行委員長に就任後は、前記活動方針に従い、職場及び外部企業の賃金等の労働条件の調査を実施し、また関東地区業種別協議会の発足、鶴見地区金属共斗会議の参加、鉄鋼労連関東地方協議会加盟決議等外部団体との交流を積極的に行つたこと、
(ニ) 昭和三六年四月の春季賃上定期昇給要求の紛争においては、組合は創立以来の盛上がりをみて、罷業権を確立し、時間外就労拒否を行つたこと、この団体交渉の席において申請人が被申請人に対し友誼団体の立入を承認することを要求し被申請人がこれを断つたため、友誼団体の立入りを承認しない限り、団体交渉を打切るとの強い態度をみせ退場したことについて、被申請人は「組合員諸君へ」と題する印刷物を配り申請人の態度について組合員に批判と協力を求めたこと、
(ホ) 組合は同年一〇月、年末一時金要求のための資料作成に努め、執行委員会を開催し、あるいは「年末一時金のために」と題する印刷物を組合員に配付するなど年末一時金要求の準備をしていたところ、同月二八日突然被申請人の工場長佐久間嵩より前記のとおり解雇通告の交付をうけたこと、
(三) してみると、本件解雇は就業規則による諭旨解雇の形をとつており、一応経歴詐称については形式上就業規則第六九条第二号に定める懲戒事由に当るが、前述の如く被申請人はこれをもつて解雇の主たる理由となしたものとは認めがたくかえつて被申請人が申請人を解雇するに至つた真の理由は、被申請人が前記の如く申請人の活発な組合活動をなしたことによるものであつて、申請人を被申請人の企業から排除するとの意図にもとずいてなされたものと推認される。
このような意図に基づきなされた被申請人の申請人に対する本件解雇の意思表示は労働組合法第七条第一号に定める不当労働行為として無効である。
四、被申請人の除名による解雇の主張について
組合が昭和三七年一月二七日組合大会において申請人を除名したこと、被申請人が同日組合から右除名処分の通知をうけたことは当事者間に争いがない。
ところで成立に争のない乙第七号証によると被申請人と組合との間に結ばれた労働協約第九条には「会社は組合から除名された者或は脱退した者を解雇する。但し解雇が会社にとつて経営上重大な支障になると認められる場合には、会社は組合と充分協議した上その処置を決定する」と定められていることが一応認められる。右協定条項は、組合が組合員を除名した場合被除名者は直ちに従業員たる地位を失うものと解すべきでなく、除名により使用者である被申請人が被除名者を解雇する義務を負い、被申請人が被除名者に対し解雇の意思表示をなし、これが被除名者に到達することによつて、初めて従業員たる地位を失うものと解するを相当とする。
被申請人は既に昭和三六年一〇月二八日申請人に対し解雇の意思表示をしたので、特に意思表示をしなくとも右労働協約第九条により解雇の効力は同三七年一月二七日発生したと主張するが、意思表示は特にその効力の発生が将来の事実に係つていない以上、その後生じた事実によつてさらにその効力が補充せられるものではないと解せられ、従つて被申請人の主張はすでにこの点において失当である。
五、以上の如く、被申請人が申請人に対してなした本件解雇の意思表示は不当労働行為によるものとして無効であるから、申請人と被申請人の雇傭契約関係は存続し、申請人は被申請人の従業員たる地位を有するものというべきである。
六、そして申請人本人尋問(第二回)の結果によれば、申請人には資産もなく本件解雇により職を失い内職によつて家族四人の生計を賄つていることが一応認められ、本案判決確定を待つことは申請人にとつて償うことのできない損害を蒙ること明かである。
よつて、本件仮処分申請は理由があるので認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九五条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 高橋栄吉 小木曽競 新矢悦二)