横浜地方裁判所 昭和38年(ヨ)205号 決定 1963年7月04日
決 定
藤沢市鵠沼一、八一二番地
申請人
瀬下末吉
(ほか三名)
右四名代理人弁護士
柴田博
横浜市中区柏葉九五番地
被申請人
千田幸夫
(ほか五名)
右六名代理人弁護士
畠山国重
同
三輪一雄
東京都新宿区神楽坂二丁目一番地
被申請人
加藤末太郎
(ほか一名)
右両名代理人弁護士
小町愈
同
金田哲之
同
薬袋善次
右当事者間の昭和三八年(ヨ)第二〇五号取締役監査役職務執行停止及び職務代行者選任仮処分申請事件につき、当裁判所は当事者審尋の上、次のとおり決定する。
主文
本件申請を却下する。
申請費用は申請人等の負担とする。
理由
第一、本件申請の要旨
一、申請人等はいずれも株式会社横浜協進産業(以下会社と云う)の株主であるが、会社では昭和三二年四月一二日横浜地方裁判所の仮処分により取締役及び監査役の職務の執行が停止され、これらの職務を代行する者が選出され、以来職務代行者によつて業務の執行がなされてきた。ところで被申請人千田幸夫、同所健一、同早乙女民一、同神野勝寿等は昭和三八年一月二五日同裁判所より会社の取締役及び監査役の選任を目的とする株主総会招集の許可を受け、同年二月二四日臨時株主総会(以下本件総会と云う)を招集し、その席上被申請人千田幸夫、同所健一、同早乙女民一、同木村宗吉、同加藤末太郎、申請人原田玄龍、申請外松本利治を各取締役に被申請人大島利慬、同神野勝寿、同小山五郎を各監査役に選任する旨の決議(以下本件決議と云う)が成立したとして同年四月二〇日右のうち申請人原田玄龍、申請外松本利治を除き、被申請人等につき夫々取締役又は監査役就任の登記手続をした(申請人原田玄龍、申請外松本利治は取締役就任を承諾しなかつた。)。
二、しかし右決議は不存在であり、又は無効であり、又は取消すべき事由がある。
(一) 会社の定款第一六条には、株主総会の決議は発行済株式総数の過半数に当る株式を有する株主が出席することをもつて定足数と定めている。そして当時会社の発行済株式総数は三、四八〇株であつたから一、七四一株以上の株式を有する株主が出席しなければ株主総会は適法に成立しない筈である。ところで本件総会で取締役に選任されたと称する被申請人千田幸夫等の作成にかかる株主総会議事録には「出席株主(委任状共)三六名、この株式数二、〇四〇株」と記載されているが、右出席株式二、〇四〇株のうち被申請人加藤末太郎名義の四一〇株の株式は仮処分により本件総会に対する出席権及び議決権を停止された株式であるから、これを出席した株式の数に算入できず、従つて適法に本件総会に出席した株式の数は右二、〇四〇株から四一〇株を差引いた一、六三〇株であつて総会成立の定足数を欠くこととなる。
右仮処分は、申請人福田快作より被申請人加藤末太郎に対する株式返還請求訴訟を本案訴訟とするもので、右本案訴訟は第一審の東京地方裁判所において昭和三七年四月一二日申請人福田快作勝訴となり、これに対し被申請人加藤末太郎より控訴の申立があつて現在東京高等裁判所に係属中であるが、同裁判所では昭和三八年二月一五日申請人福田快作の申請を相当と認め、「債務者(被申請人加藤末太郎のこと)は別紙目録表示の株式(前記四一〇株の株式のこと)について昭和三八年二月二四日午後一時に招集される株式会社横浜協進産業の株主総会(本件総会のこと)に出席して議決権を行使してはならない。」旨の仮処分をなした。そして以上の本案訴訟の経過及び仮処分の存在は会社の取締役職務代行者に上申してあるので、会社はこれを充分に承知している。
よつて本件決議は、定足数に欠ける株主総会の決議であるから違法である。
(二) 会社の定款第一八条には、株主総会の議長は取締役社長がこれに当る、社長事故あるときは予め定められた順位により他の取締役の一名がこれに代ると定めている。そして本件総会開催当時会社は前記のように職務代行者によつて業務の執行がなされていたから、本件総会の議長には代表取締役の職務代行者がこれに当るべきものである。しかるに本件総会の招集権者と称する者のうち申請外奥平貞信は勝手に「司会者」と称し、出席株主の一人から「議長は司会者に一任します。」との発言があるや、総会に諮ることなく当然のように自ら議長となつて開会を宣言した。しかし右経過のもとに議長の席についた奥平貞信は議長としての資格も権限もなく、従つて本件決議は無権限者が議長をつとめた総会における決議であつて違法である。
(三) 本件決議に当り、前記奥平貞信は総会の議長として、たまたま議案につき出席株主の一人より「議長一任で推せんして戴きたい。」との発言があるや、直ちに前記第一項記載の者を取締役ないし監査役に選任すると述べただけで、これらの者につき総会の決議を求めていない。これでは単に取締役ないし監査役の侯補者を指名したにとどまり、その選任決議があつたと云うことはできない。
(四) 前記奥平貞信は、(三)記載のように取締役及び監査役を選任すると述べたのち、引続いて「ここに選ばれた方のうち、本日御出席なく、御引受になるかどうか分らない方がありますので、補欠を選びます。」との趣旨の発言をなし、取締役の補欠に被申請人小山五郎、同大島利慬、申請外奥平貞信を監査役の補欠に申請外大谷七作、同渡辺源吾を夫々選任すると宣した。これによれば、本件決議はその内容が不確定ないし条件付であつて、内容に瑕疵がある決議と云わざるを得ない。
三、以上のように、本件決議には不存在ないし無効ないし取消事由となるべき瑕疵があるので、申請人等は横浜地方裁判所へ株主総会決議不存在確認等の訴(昭和三八年(ワ)第二六九号)を提起したが、右違法、無効な決議によつて選任されたと称する被申請人等が会社の取締役又は監査役として職務を執行することは、会社に回復すべからざる損害を与えるので、本案訴訟の判決確定まで右取締役及び監査役の職務執行を停止し、右停止期間中取締役又は監査役の職務代行者として裁判所が相当とする者を選任する旨の仮処分を求める。
第二 当裁判所の判断
一、申請の要旨第一項に記載の事実は当事者間に争いがない。
二、よつて本件決議の瑕疵の有無につき審究する。
(一) 会社の定款に申請人等の主張のとおり株主総会の定足数に関する定めがあること、会社の発行済株式の総数が申請人等の主張のとおりであること、本件総会の議事録には株主の出席状況につき申請人等の主張のとおりの記載があること、右議事録に記載されている出席した株式のうちに東京高等裁判所の仮処分決定を受けた被申請人加藤末太郎名義の四一〇株の株式が算入されていること、右仮処分は申請人福田快作より被申請人加藤末太郎に対する株式返還請求訴訟を本案とするもので、決定の主文は申請人等の主張のとおりの表現であること、以上の事実については当事者間に争いがない。
しかして右仮処分の効力が本件の主要な争点の一つであるが、この点については次のように考える。申請人等は、右仮処分はその対象たる四一〇株の株式について株主総会に対する出席権及び議決権の双方を停止したものであるから、この株式を出席した株式の数に算入して定足数を計算したことは違法であると主張し、被申請人等は、議決権を停止されただけで出席権を停止されたものではないから、出席した株式の数に算入することは正当であると主張しているが、右仮処分決定の主文(「………株主総会に出席して議決権を行使してはならない。」)を卒直に読めば、これは申請人等の主張のように出席権及び議決権の双方を停止した趣旨と解すべきであつて、出席権を許している趣旨に読むことは正当ではない。そして仮処分裁判所が被保全権利及び保全の必要性を認めたときは仮処分によつて株主の議決権のみならず出席権をも仮に停止することは何等差支えないところである。しかしながら、申請人等の主張は、右仮処分の効力が当然に会社に及び会社が名義上の株主たる被申請人加藤末太郎の株主権行使を許してはならない拘束を受けることを前提としているが、この見解には賛成できない。本件のように株式返還請求訴訟を本案とし、互いに株主たることを主張する者同志の間の粉争においてのみなされた出席権、議決権停止の仮処分は、右当事者間において不作為義務を課しただけのもので、右仮処分の当事者ではない会社にその効力を及ぼさないと解するのが相当である。尤もこのように解すると右仮処分の実質的意義は殆ど失われることになるであろうが、それをおそれるならば、会社に対しても名義上の株主の株主権を争い、自己が株主たることを主張する訴訟を提起し、これを本案として会社を当事者にした仮処分を受けることができるし、またそうすべきである。また右仮処分の存在が事実上申請人等を介して会社に通知されていたとしても、それによつて仮処分の効力が違つてくると解することもできないので、結局右仮処分に会社が拘束され、そのため本件総会が定足数を欠くにいたつたとする申請人等の主張は直ちに認めることができない。
(二) 次に本件総会の議長について審究するに、会社の定款第一八条に申請人等の主張のとおり株主総会の議長に関する定めがあること及び本件総会は株主が裁判所の許可を得て招集した総会であることは当事者間に争いがないところ、右定款の規定は取締役(又はこれに代る職務代行者)の招集による通常の株主総会を予定したもので、株主の招集にかかる総会には適用がなく、このような総会においては右規定によらず総会においてあらためて議長を選出すべきものと解する。しかして申請人等は、申請外奥平貞信は総会の選出によらず勝手に議長と称して議事を進行させたと主張するが、むしろ疎明によれば、本件総会において出席した株主(代理人を含む)全員の一致によつて奥平貞信が議長に選ばれ、出席株主及び職務代行者等から何等異議が出されることなく議事が進行したことを一応認めることができるので、この点でも申請人等の主張は認め難い。
(三) 次に申請人等は、議長と称する右奥平貞信が取締役ないし監査役の侯補者を指名しただけで、その者につき総会の選任決議がなされていないと主張するが、しかし奥平貞信が適法な総会の議長と認められることは前認定のとおりであるし、また疎明によれば本件総会において出席株主のうちから取締役及び監査役の選任につき議長に一任する旨の動議が出され、満場一致でこれが可決され、議長の奥平貞信がその席上で申請人等の主張のとおり取締役ないし監査役となるべき者を指名し、被申請人木村宗吉を除くその余の被申請人等が直ちに就任を承諾し(指名を受けた者のうち申請人原田玄龍被申請人木村宗吉及び申請外松本利治は総会に出席していなかつた)、以上の経過において出席株主及び職務代行者等より何等異議が出されなかつたことを一応認めることができる。そうであれば出席した株主は本件総会において議長の指名した者を取締役ないし監査役に選任することに全員異議なくこれを承認したものと一応認められるので、総会による選任がなかつたということはできないと考える。従つてこの点でも申請人等の主張は認め難い。
(四) 最後に申請人等は、本件決議がその内容上条件付ないし不確定だから無効であると云うが、取締役ないし監査役の選任に当つて被選任者が就任を承諾しないことを虞れ、それに備えて補欠者を選任しておくことはその決議を無効ならしめるものではないから、申請人等の右主張も採用できない。
三、以上のように申請人等の本件仮処分申請はその理由につき疎明がないものと云うべく、疎明に代わる保証をもつて仮処分を命ずることは相当ではないと認められるからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり決定する。
昭和三八年七月四日
横浜地方裁判所第三民事部
裁判官 後 藤 文 彦