横浜地方裁判所 昭和38年(ワ)156号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決要旨〕不法行為による損害賠償請求権の消滅時効にかんする民法第七二四条の「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」の「損害……ヲ知ル」とは、被害者がその不法行為に因つて損害が発生した事実を認識するをもつて足り、その損害の程度又は数額を認識することを要せず、又「加害者」とは、不法行為者を指すのであるが、さらに同法第七一五条による使用者責任を問う場合には、被害者において不法行為者たる加害者と使用者との間の使用関係の存在を知つた時から、消滅時効が進行するものと解すべきである。判示の事実関係のもとにおいては、家屋収去、土地明渡の訴訟において敗訴の判決が確定したときをもつて、損害が発生したことを認識したものというべく、請求異議訴訟の提起あるいは強制執行は右損害の発生に関係がない。また、右土地明渡訴訟における判示の主張から考えれば、すでに前記使用関係のあつたことを認識していたものと認めるのが相当である。
〔判決理由〕そこでまず、被告らに原告主張のような不法行為があり、原告がそのためその主張のような損害を受けたかについての判断はさておき、被告ら主張の時効の抗弁について検討する。
当裁判所は、仮りに被告らに原告主張のいずれかの理由による損害賠償義務ありとしても、原告の損害賠償請求権はすでに時効によつて消滅したものと判断する。その理由は次のとおり。
民法七二四条によれば、不法行為による損害賠償請求権は、被害者が「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」より三年間之を行わないときは時効によつて消滅すると規定されているが、右の「損害……ヲ知ル」とは、被害者がその不法行為に因つて損害が発生した事実を認識するをもつて足り、その損害の程度又は数額を認識することを要せず、又「加害者」とは、不法行為者を指すのであるが、さらに同法七一五条による使用者責任を問う場合には、被害者において不法行為者たる加害者と使用者との間の使用関係の存在を知つた時から、消滅時効が進行するものと解すべきである。
ところで本件において、原告は、被告早川から本件土地を売渡したことなしとして本件土地所有権に基いて本件家屋収去、土地明渡の訴訟を提起され、本件土地は被告早川の代理人たる被告守谷から買い受けた旨抗争したにかかわらず、原告敗訴の判決が昭和三四年四月五日に確定したことは、さきに認定したとおりであるから、右判決の確定により、原告は本件土地売買契約が有効であつたならば取得すべかりし本件土地所有権を取得することがでぎず、またこれを占有すべき権原なしとして本件家屋を収去すべきものであることが確定されたのであつて、このとき原告はその主張するような意味での損害が発生したことを認識したものというべきである。
この点について原告は、右債務名義に基く強制執行の排除を求めて請求異議訴訟を提起していたから、強制執行を受けない段階において未だ損害ありと考える余地がない旨主張するが、右の請求異議訴訟にあつては、前記確定判決の口頭弁論終結後に生じた事由を異議の原因となしうるに止まり、原告が本件土地所有権を取得することができなくなつた状態をくつがえすことはできないのであるから、原告が請求異議訴訟を提起していたことをもつて、さきの認定を動かす根拠とすることはできず、また現実に強制執行を受けたときにはじめて損害が発生したとする原告の主張の理由がないことは、さきに説明したところで明らかであろう。
一方、被告早川が被告守谷に本件土地の管理を委ねていたことは当事者間に争いがなく成立に争いのない甲第四号証によれば、原告は、被告早川から提起された本件土地明渡請求訴訟において、「原告は本件土地の売買につき正当に被告早川を代理する権限を有する被告守谷から本件土地を買受けた」旨主張したほか、「被告守谷は右売買契約締結の当時被告早川所有の本件土地の管理人としてその保存、利用、改良行為につき代理権を有していたから、原告は被告守谷が代理権を有するものと信ずるに足る理由があつた」旨の主張をしたことを認めることができる。以上の事実に本件弁論の全趣旨を合せ考えると、原告は右訴訟の係属中すでに被告早川と被告守谷との間には単なる代理委任の関係をこえた使用関係があつたことを認識していたものと認めるのが相当である。他にこの認定をくつがえすに足る証拠はない。してみると、原告は、おそくも前記判決確定のときに、被告早川と被告守谷との共同不法行為によるにせよ、被用者たる被告守谷の不法行為によるにせよ、それによつて原告に損害が生じたことを認識し、かつ被告早川と被告守谷との間に使用関係あることも認識していたことになるから、原告主張のいずれの損害賠償請求権も、右判決の確定した昭和三四年四月五日から三年の期間を経過することにより、時効によつて消滅すべきものであつたといわなければならない。しかるに原告が本訴を提起したのが昭和三八年二月二五日であること記録上明らかであるから、原告の損害賠償請求権はすでに時効によつて消滅していたことが明らかである。(裁判官石沢健)