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横浜地方裁判所 昭和39年(レ)17号 判決 1965年11月15日

控訴人 塩本民雄 外一名

被控訴人 増沢源七郎

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人らの負担とする。

三、本件につき当裁判所が昭和三九年三月一四日になした強制執行停止決定はこれを取消す。

四、本判決は前項に限り仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の控訴人らに対する横浜西簡易裁判所昭和三四年(イ)第三五号家屋明渡請求事件和解調書の執行力ある正本に基く強制執行は許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は控訴代理人において

「一、訴外小松鉄蔵は横浜市西区南幸町一丁目一一番地に家屋番号同町五四番の二、木造亜鉛メツキ平家建居宅建坪七坪七合五勺を所有し、昭和二七年七月二一日所有権保存登記をなした。

二、右小松鉄蔵はその後訴外佐藤治郎作より(一)昭和二七年七月二一日金一六〇、〇〇〇円を弁済期昭和二八年三月末日、利息年一割、(二)昭和三三年一二月三〇日金三五五、〇〇〇円を弁済期昭和三四年三月三一日、利息年一割八分の約で借受け、右各債務の担保として右借受の各日右佐藤治郎作の為めに右建物につき抵当権を設定し且つ右各債務の支払を怠つたときはその支払に代えて右建物の所有権を右佐藤治郎作に移転する旨の代物弁済の予約をなし、昭和二七年七月二一日、昭和三四年二月三日の両日それぞれ抵当権設定登記並びに所有権移転請求権保全の仮登記をなした。

三、その後右小松鉄蔵は右(一)の債務につき、元本及び昭和三三年二月一日以降の損害金、右(二)の債務につき元本及び昭和三四年一月一日以降の利息、損害金の支払を滞つていたところ、右佐藤治郎作は昭和三九年五月二七日控訴人民雄に対し、右各債権、抵当権、代物弁済の予約上の権利一切を対価七〇〇、〇〇〇円を以て譲渡し、同日右佐藤治郎作より小松鉄蔵に対し内容証明郵便を以て右権利譲渡の通知を発し、右書面は翌二八日小松鉄蔵に送達された。

四、控訴人民雄は右抵当権設定登記並びに仮登記につき附記登記をなした上、昭和三九年五月二九日右小松鉄蔵に対し、内容証明郵便を以て右代物弁済予約完結の意思表示を発し、右書面は翌三〇日小松鉄蔵に送達された。

よつて控訴人民雄は昭和三九年五月三〇日限り右建物の所有権を取得したので、小松鉄蔵との共同申請により昭和三九年九月八日右建物につき控訴人民雄に所有権移転の本登記を経由した。

五、ところで、右建物と本件建物とは全くの同一建物である。即ち控訴人民雄が所有権を取得した右建物は保存登記の当時さきに叙べた如く、建坪七坪七合五勺であつたが、その後昭和三一年七月頃小松鉄蔵所有の時代に一部増改築され建坪一二坪四合となり、また控訴人民雄の所有時代に右建物の所在地籍が一一番の七であることが判明したので、控訴人民雄は昭和四〇年六月二二日右建物の表示を横浜市西区南幸町一丁目一一番の七家屋番号同町一一番の七木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建店舗兼住宅床面積一二坪四合と変更登記した。

一方本件建物の登記上の表示は横浜市西区南幸町一丁目一一番の六家屋番号同町七一番の三木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建店舗兼居宅床面積一二坪五合となつているが、所在地番、家屋番号、床面積の表示上の相違に拘らず両者同一の建物である。

六、よつて控訴人民雄は本件建物の所有権を現に取得し、控訴人満き江は控訴人民雄の右所有権に基いて本件建物を占有しているものであるから、被控訴人に対して本件建物を明渡す義務はなく、従つて被控訴人が控訴人らに対する横浜西簡易裁判所昭和三四年(イ)第三五号家屋明渡請求事件の和解調書の正本に基いて本件建物に対してなしたる強制執行は違法である。」

と述べ、被控訴代理人の本案前の抗弁、和解の効力に関する主張に対し

「一、被控訴人は控訴人民雄が本件建物の所有権を取得した事実を当審において主張することは訴の変更に当り、しかも請求の基礎に変更ありと抗争するけれども、民事訴訟法第五四五条第三項によれば、執行力の排除を求める原因が数個ある場合はその総べてを主張し得ることを保証されている。控訴人民雄の本件建物の所有権取得は本件訴訟が当審に繋属中に発生した事実であり、この事実は控訴人らにおいて当審で遅滞なく主張した。右事実の審理に多少の時間を要することは不可避的で已むを得ないところであり、これを否定する被控訴人の主張は前記法条の法意に反する。

二、被控訴人はまた和解の創設的効力を論ずるが、控訴人民雄が本件建物の所有権を取得したのは、前記和解成立の後のことであつて、この事実を主張することは何ら和解の効力に牴触するものではない。」

と述べ、証拠<省略>

被控訴代理人において

「一、本案前の抗弁

控訴人民雄の本件建物の所有権取得を根拠とする控訴人ら主張の異議事由は民事訴訟法第二三二条に牴触し許されない。その所以は次のとおりである。即ち

(一)控訴人らは右異議事由を第一審において主張することなく、当審に至つて初めて主張するものである。斯かる異議事由の主張は裁判所の審理に根本的変革を生ぜしめ、相手方である被控訴人の攻撃防禦方法に著しい障害を与える。斯かる新たな主張は請求の基礎に変更を来すものといわねばならない。

(二)控訴人らの第一審における主張は本件建物の所有権が被控訴人に存することを基本とするものであるのに対し、当審における新たな主張は本件建物の所有権が被控訴人になく控訴人民雄にありとするもので、基本的事実の主張を変更するものである。控訴審において斯かる変更が許されるとすると、被控訴人にとつて基礎事実につき第一審の審理を受けることが不可能となり審級の利益を奪われる結果となる。

(三)仮りに控訴人らの新たな主張が請求の基礎において変更がないとしても、斯かる主張は著しく訴訟手続を遅滞せしめるものであつて、民事訴訟法第二三二条第一項但書により許されない。蓋し本件訴訟が提起されたのは昭和三五年五月であつて当審繋属迄に四年有余を経過している。なおこのうえ控訴人らの右主張を許容するとすれば、訴訟はその審理に更に相当の日子を要することとなり遅滞に陥入ることは必定だからである。

二、本案に関する答弁

(一)控訴人らの主張の異議事由のうち第一乃至第四項の事実は不知。同第五項につき控訴人ら主張の七坪七合五勺の旧建物の登記簿上の表示を控訴人民雄が控訴人ら主張の日その主張の如く変更登記したことは不知。控訴人らの主張の建物と本件建物が同一建物であることは否認する。右旧建物は小松鉄蔵が戦災後横浜市西区南幸町一丁目一一番の六に建てたバラツクで、昭和二八年七月三〇日横浜市長のなした土地区画整理法に基く仮換地の指定(昭和三七年九月二一日指定変更により昭和三一年春頃取壊し除去されてしまつたものを小松鉄蔵において建物滅失に因る抹消登記手続を怠つたため、登記簿上残存しているに過ぎない。しかして小松鉄蔵は昭和三一年夏頃仮換地上(乙第一〇号証添付図面(ヘ)の位置)に新らしく本件建物を建築したものである。同第六項は否認する。

(二)仮りに控訴人ら主張の建物と本件建物が同一建物であるとしても、控訴人らは本件建物の所有権が控訴人民雄にあることを理由に、控訴人ら主張の和解の効力を争うことは民法第六九六条に牴触し許されない。

右規定は和解による権利の創設的効力を定めたものであつて、一旦和解において相手方の権利を確認した以上、その後において相手方にその権利の存しないことが明らかになつても、右和解に関与した当事者は最早その和解に於て確認した権利を否定し得ないことを明言する。

本件において控訴人らはその主張の和解において本件建物の所有権が被控訴人に属することを確認しているのであつて、しかも控訴人らの当審において主張するところは畢境右和解成立当時本件建物の所有権は被控訴人になく、小松鉄蔵にあり、控訴人民雄は同人からその所有権を取得したというに帰着するのであるから、斯かる主張が前記法条に反することは明白である。」

と述べ、証拠<省略>………たほか原判決事実摘示と同一であるから、これを茲に引用する。

理由

一、昭和三四年一一月一九日横浜西簡易裁判所において、本件当事者間に控訴人らの主張する如く

(1)  相手方ら(控訴人ら。以下同じ。)は申立人(被控訴人。以下同じ。)に対し本件建物が申立人の所有に属することを確認し且つ相手方らは申立人に対し法律上対抗し得る正当の権原なくしてこれを占有使用しており、即時明渡義務のあることを承認して昭和三五年九月三〇日限り明渡すこと。但し相手方らが右期限内に義務不履行のない場合は、当事者協議の上更に明渡の期間を延長することができるものとする。

(2)  相手方らは連帯して申立人に対し昭和三四年四月一日以降本件建物明渡済に至る迄一ケ月金一五、〇〇〇円の割合による使用損害金を毎月末日限り当月分を横浜市中区初音町三丁目六〇番地の申立人代理人弁護士松岡憲方に持参又は送付して支払うこと。但し昭和三四年四月一日以降同年一〇月三一日迄の分合計一〇五、〇〇〇円は昭和三四年一二月三一日限り支払うこと。

(3)  相手方らが申立人に対し前項の昭和三四年四月一日以降同年一〇月三一日迄の損害金一〇五、〇〇〇円の支払又は同年一一月一日以降の損害金の支払を二ケ月分以上各遅滞したときは、相手方らは本件建物につき第一項の明渡猶予期限の利益を失い、申立人より建物明渡及び延滞損害金の請求につき即時強制執行を受けるも異議なきこと。

を内容とする即決和解(同裁判所昭和三四年(イ)第三五号。以下本件和解と称する。)が成立したことは当事者間に争いがない。

二、そこで以下本件和解に関し、控訴人らが異議の事由として主張するところにつき判断する。

(一)  先づ本件和解の前提たる紛争の存否につき検討するに、成立に争いのない甲第一乃至第五号証、第六号証の一、二、第八及び第九号証、乙第一乃至第五号証、原審証人松岡憲の証言により成立を認め得る乙第八号証の一乃至四と右証言、原審証人小松ベン、同小松鉄蔵(但しいずれも一部措信しない部分を除く)、同増沢華子の各証言、原審における控訴人両名(但し一部措信しない部分を除く)、被控訴人各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すれば、本件建物はもと訴外亡小松鉄蔵の所有建物で、控訴人民雄は昭和三一年五月一六日頃右小松鉄蔵との間で本件建物を同人より代金一、〇〇〇、〇〇〇円で買受ける契約を締結し、同年五月一六日、同年七月三〇日、同年八月一七日の三回に亘り小松鉄蔵に対し右売買代金の内金として合計金二〇〇、〇〇〇円を交付し、その頃より同人から本件建物のうち控訴人らの現住部分を賃料毎月五、〇〇〇円の約で賃借し、これを店舗に改造して同所で食堂を経営して来たこと、控訴人満き江と訴外小松ベンはともに夫である控訴人民雄、小松鉄蔵に無断で訴外金允徳より金三〇〇、〇〇〇円を借用し、同人との間で昭和三三年九月九日横浜西簡易裁判所において金允徳を申立人、控訴人満き江及び小松鉄蔵を相手方として(1) 相手方両名は申立人に対し連帯して金三〇〇、〇〇〇円及び内一〇〇、〇〇〇円に対する昭和三三年八月八日以降、内二〇〇、〇〇〇円に対する同月二一日以降月三分の金員を附加して昭和三三年一一月二〇日限り支払う、(2) 相手方小松鉄蔵は申立人に対し右債務を担保するため本件建物に抵当権を設定し且つ右債務不履行の節は何らの意思表示を要せず本件建物の所有権は当然申立人に移転するとの停止条件附代物弁済契約を締結する趣旨の即決和解をなし、昭和三三年九月二日金允徳のため本件建物につき右停止条件附代物弁済契約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由したが、控訴人満き江、小松ベンにおいて右和解に基く債務の履行を怠つたので、金允徳は昭和三三年一二月四日条件成就を理由に本件建物につき所有権取得の本登記をなすに至つたこと、小松鉄蔵は後日右事実を知り弁護士松岡憲に訴訟委任して金允徳を被告として横浜西簡易裁判所に請求異議の訴を提起し、昭和三四年四月三〇日第四回口頭弁諭期日において、金允徳との間で(1) 前記即決和解は無効であり同和解調書に小松鉄蔵が金允徳に対して負担すると記載された債務の存在しないことを確認する、(2) 小松鉄蔵は小松ベン、控訴人満き江が金允徳に対して負担する右即決和解調書に記載と同額の債務を代位弁済することとし、即日金允徳に対し金四七五、〇〇〇円を支払つた、(3) 金允徳は小松鉄蔵に対し昭和三四年五月九日限り本件建物につき金允徳のためになされた所有権移転請求権保全の仮登記並びに本登記の各抹消登記手続をなすべき旨の和解が成立し、これに基いて昭和三四年六月二四日右仮登記及び本登記の抹消登記がなされたこと、これよりさき小松鉄蔵は控訴人らにおいて資力に乏しく、金允徳に対する小松ベン、控訴人満き江の債務を弁済するためには本件建物を他に売却処分して弁済資金を稔出する外なかつたところより、昭和三三年一二月二九日その処分を弁護士松岡憲に一任し、同弁護士は小松鉄蔵の代理人として昭和三四年三月四日控訴人民雄との間の本件建物に関する前記売買乃至賃貸借契約を合意解除した上、同月二八日被控訴人に対し本件建物を借地権とともに代金八〇〇、〇〇〇円で売渡す契約をし、昭和三四年六月二七日被控訴人に対する所有権移転登記を完了したが、然し控訴人民雄において右合意解除、売買内金の清算等につき不満の意を示していたところから、本件当事者間で後日本件建物の所有権の帰属、占有使用関係等をめぐつて紛争惹起の可能性が充分予測されたので、被控訴人から委任を受けた松岡弁護士は昭和三四年五月頃より同年一〇月頃迄の間再三、再四示談の条件を呈示したが、双方の言分に食違いがあつて折合いがつかなかつたため、この点の法律関係を明瞭ならしめるべく控訴人らを相手方として、横浜西簡易裁判所に即決和解の申立をなし、前段認定のとおり本件和解が成立するに至つた事実が認められる。

前顕証人小松ベン、同小松鉄蔵の各証言、控訴人ら各本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

右事実によれば本件和解の前提として本件当事者間に本件建物の所有権の帰属、占有関係をめぐつて紛争が存していたものというべきであるから、この点に関する控訴人らの主張は採用し難い。

(二)  次に本件和解が松岡弁護士の双方代理行為に基くものであるか否かの点に付き検討するに、松岡弁護士が本件和解に関し被控訴人から代理人として委任を受けていたことは右に認定のとおりであるが、然し本件和解当時同弁護士が控訴人らの代理人でもあつたことに付いては控訴人らの提出の各証拠その他本件に現われた全証拠によるもこれを認めるに由ない。尤も成立に争いのない甲第七号証、前顕証人小松ベン、同松岡憲、原審証人河原勝尾の各証言、原審における控訴人満き江本人尋問の結果によれば、松岡弁護士は小松ベン、控訴人満き江の両名がそれぞれ夫に無断で金允徳から金員を借用し、同人との間で即決和解をした件につき右両名から事実上相談を受け、また小松鉄蔵から訴訟委任を受けて金允徳に対し前記即決和解に関する請求異議の訴を提起し、執行停止の仮の処分を得るについてその保証金の一部九〇、〇〇〇円を控訴人満き江に立替支出せしめた事実が認められるけれども、然し右一事を以て松岡弁護士が控訴人らから事件の委任を受け且つその委任関係が本件和解時に存続していたとすることはできない。従つてこの点に関する控訴人らの主張も採用し得ない。

(三)  本件和解が控訴人らの心裡留保によるものであるか否かの点を案ずるに控訴人らが本件和解において内心の意思と異なる意思表示をしたこと、被控訴人本人又はその代理人である松岡弁護士において右事実を知つていたことについては控訴人ら提出の各証拠その他本件に現われた全証拠によるも到底これを首肯し得ないので、右主張も採用に値いしない。

(四)  更に控訴人らの本件和解条項第二項に定める債務の履行遅滞の責任が消滅した旨の主張につき検討するに、前顕証人増沢華子、同松岡憲の各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人らにおいて本件和解条項第二項により被控訴人に対し昭和三四年一二月末日限り支払うべき金一〇五、〇〇〇円の債務の支払を怠つたため、本件和解条項第三項の制裁規定に基き本件建物明渡の強制執行を実施したことを認め得るところ、他方成立に争いのない甲第一二乃至第一七号証によれば、控訴人らは被控訴人に対し本件建物の使用損害金として昭和三四年一一月三〇日金一五、〇〇〇円、同年一二月三〇日金六〇、〇〇〇円、昭和三五年一月三一日金一八、〇〇〇円、同年三月一日金五七、〇〇〇円、同月三一日金一五、〇〇〇円、同年四月三〇日金一五、〇〇〇円をそれぞれ支払つた事実が認められるが、然し既に履行遅滞に陥入つた以上、特に債権者においてこれを免責する意思表示をなす等格段の事情の存しない限り後に履行遅滞に係る債務を履行したからといつて、履行遅滞に基く効果が当然に消滅すると解することはできず、しかして本件において右特段の事情はこれを認めるに足る証拠はない。

加之、本件においては和解条項第一項に定める明渡期限も既に到来しており同項但書に定める期間伸長の合意を認むべき証拠もないので、畢竟この点に関する控訴人らの主張も理由がない。

(五)  最後に控訴人民雄の本件建物の所有権取得を根拠とする主張につき按ずるに、右事実は控訴人らが当審に至つて初めて主張するところであり、被控訴人はこれを民事訴訟法第二三二条に牴触する訴の変更であるから許されないと抗争するので先づこの点につき審究する。

民事訴訟法第五四五条に定める請求異議の訴は債務名義に表示された請求に関する実体上の事由を根拠として債務名義の執行力を排除し、これに基く執行を違法ならしめる判決を求める訴訟法上の異議権に基く形成の訴と解すべきであるが、当該異議の訴の請求原因としては(1) 債務名義に表示された請求権そのものの全部又は一部の不存在、不帰属を主張するもの(和解の場合は和解自体の無効の主張をも含む)と、(2) 請求権の態様としての条件の成就や期限の到来を争うものとに二分され、同条第三項に所謂数個の異議とはこれを指すものであつて、右異議の原因を更に理由あらしめる具体的個別的事実としての攻撃防禦方法を意味するものではないと解するのが相当である。而して同項に「債務者ガ数個ノ異議ヲ有スルトキハ何時ニ之ヲ主張スルコトヲ要ス」とあるは、叙上の意味における請求原因を異にする数個の異議の請求間に別訴の禁止を定めた趣旨であると解すべきであるとともに、他方数個の異議の請求は同時に併合して又は訴の変更の許容される限度において追加的に併合して提起し得る旨を規定したものと解すべきである。換言すれば、同条項は請求原因の同一なる一個の請求について民事訴訟法第一三七条の例外としての攻撃防禦方法の同時提出を強制したものではなく、攻撃防禦方法に関しては同法第一三九条、第二五五条の制限に反しない限り事実審(従つて控訴審を含む)の口頭弁論終結に至る迄何時でもこれを提出し得るものといわなければならない。

本件について見るに控訴人の主張するところは、これを煎じつめれば後述の如く本件和解において確認された本件建物の所有権は被控訴人になく、従つてこれに基く建物明渡請求権も当初から存在しないというに帰着するのであつて、異議の請求としては右判示(一)乃至(三)の主張と同様、右(1) の債務名義に表示された請求権の不存在を請求原因とする異議の請求の範疇に属し、且つ右(一)乃至(三)の主張とともにこれを具体的に理由づける事実主張としての攻撃防禦方法の一つに過ぎない。従つて斯かる事実を新たに主張することは単なる攻撃防禦方法の追加的提出にほかならず、新たなる異議の請求の提起、換言すれば訴の追加的変更には当らないので、民事訴訟法第二三二条違反の有無を論じる余地はない。して見るとこれを訴の変更であるとして同条牴触を云々する被控訴人の主張は失当である。しかして控訴人らの主張するところによれば、控訴人民雄が本件建物の所有権を取得したのは昭和三九年五月三〇日その登記を経由したのは同年九月八日というのであるから、右は本件訴訟が当審繋属後に発生した事実を主張するものであり、従つて民事訴訟法第一三九条に所謂時機に遅れた攻撃防禦方法の提出であるとも言い得ない。

よつて進んで控訴人らの右主張の内容の当否につき判断するに、成立に争いのない甲第二六及び第二七号証の各二、第二九号証、第三〇乃至第三七号証、官署作成部分は成立に争いがなくその余は当審証人佐藤治郎作の証言及び弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第一九乃至第二四号証、第二六及び第二七号証の各一、第二八号証、右証言により成立を認め得る甲第二五号証と右証言及び当審における控訴人民雄本人尋問の結果によれば、訴外亡小松鉄蔵はもと横浜市西区南幸町一丁目一一番地家屋番号同町五四番の二木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅床面積七坪七合五勺を所有し、昭和二七年七月二一日右建物につき所有権保存登記を経由したこと、右小松鉄蔵は訴外佐藤治郎作より(1) 昭和二七年七月二一日金一六〇、〇〇〇円を弁済期昭和二八年三月末日、利息年一割、(2) 昭和三三年一二月三〇日金三五五、〇〇〇円を弁済期昭和三四年三月三一日、利息年一割八分の約で借り受け、右借受けの各日佐藤治郎作に対し右建物につき順位一、二番の抵当権を設定し、且つ弁済期に右各債務の支払を怠つたときはその支払に代えて右建物の所有権を佐藤治郎作に移転する旨の代物弁済の予約をなし、昭和二七年七月二一日及び昭和三四年二月三日佐藤治郎作のため、右各抵当権設定登記並びに所有権移転請求権保全の仮登記をなしたこと、佐藤治郎作は昭和三九年五月二七日控訴人民雄に対し、右(1) の貸付金一六〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三三年二月一日以降の損害金債権、右(2) の貸付金三五五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三四年一月一日以降の利息、損害金債権並びに右各抵当権、代物弁済予約上の権利一切を金七〇〇、〇〇〇円の対価を以て譲渡し、右譲渡の日佐藤治郎作より小松鉄蔵に対し内容証明郵便で右譲渡の通知を発し、右通知は昭和三九年五月二八日右小松に到達したこと、控訴人民雄は右抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記の附記登記を経た上、昭和三九年五月二九日小松鉄蔵に対し内容証明郵便で代物弁済予約完結の意思表示を発し、右書面は翌三〇日小松に到達し、控訴人民雄は昭和三九年五月八日右建物につき所有権取得の本登記を経由したこと、その後控訴人民雄は昭和四〇年六月二二日右建物の表示を横浜市西区南幸町一丁目一一番地の七家屋番号一一番の七木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建店舗兼居宅床面積一二坪四合と改める変更登記をなしたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

そこで更に右建物が本件建物と同一建物であるか否かにつき判断するに前顕証人佐藤治郎作、当審証人小松ベンの各証言中、両者同一建物であるかの如き供述部分が存するが、右は成立に争いのない乙第九号証と対比して遽かに措信し難く、却つて右乙第九号証によれば、控訴人民雄が所有者を取得したと称する建物は昭和三一年頃取壊し除去された事実が認められる。

して見ると右建物は単に登記簿上残存しているに過ぎないことになるので、右建物が現存し且つ本件建物と同一建物であることを前提とする控訴人らの主張は失当である。加之、仮りに控訴人らの主張するように、右建物が本件建物と同一の建物であるとするならば、本件建物には二重登記が存し、後になされた被控訴人の方の登記は無効となり、(前顕乙第一号証によれば、本件建物には昭和三三年七月五日小松鉄蔵のため所有権保存登記がなされたことが明らかであり、その後昭和三四年六月二七日被控訴人のため所有権取得登記がなされたことは前示認定とおりである。)控訴人民雄は本件建物の所有権を以て被控訴人に対抗し得る理となるが然し控訴人らは既に本件和解において本件建物の所有権が被控訴人に属することを確認しているので、今更本件建物の所有権が控訴人民雄にあることを主張することは本件和解の効力に牴触し許されない。

蓋し本件和解は訴訟法上の合意の面とともに民法上の和解契約の面をも帯有するところ、民法第六九六条によれば、和解契約において当事者双方が一定の係争事項について一方の権利に属することを合意した以上後に至つてこれと異なる確証が現われた場合でも、相手方の権利を確認した当事者は最早その権利の存否を争い得ないことが明らかであり、しかして本件において控訴人らの主張するところによれば、控訴人民雄は本件建物の所有権を本件和解成立時における被控訴人の所有権を基点としてこれより取得したというに非ずして、最初の所有者である訴外小松鉄蔵より直接取得したというのであるから、中間の本件和解成立時における被控訴人の本件建物所有権を否定することになり、斯かる主張は正に民法第六九六条の禁遏するところだからである。して見ると控訴人らのこの点に関する主張も畢竟採用し難い。

三、以上明らかな如く、控訴人らの本件請求は理由がないからこれを棄却すべくこれと同旨に出でた原判決は相当であつて本件控訴は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担に付いては民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文、強制執行停止決定の取消及び仮執行宣言の点に付き同法第五四八条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 久利馨 藤浦照生 谷沢忠弘)

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