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横浜地方裁判所 昭和40年(ヨ)381号 判決 1965年11月15日

申請人

山形鉄也

ほか三十名

右三一名訴訟代理人弁護士

横山国男

三野研太郎

陶山圭之輔

被申請人

西区タクシー株式会社

右代表者代表取締役

竹本行雄

右訴訟代理人弁護士

矢野範二

倉地康孝

高橋茂

主文

被申請人は申請人らに対し、それぞれ別紙目録記載の金員を仮りに支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実

申請人等代理人は主文同旨の判決を求め申請の理由および抗弁に対する答弁を次の通り述べた。

「(申請の理由)

一、被申請人はタクシーの営業をなす会社である。申請人らはいずれもその従業員(乗務員)として勤務し、全国自動車交通労働組合連合会神奈川地方自動車交通労働組合西区タクシー支部(以下これを「第一組合」という)の組合員である。

二、第一組合と、被申請会社との間には昭和三九年六月一二日次の如き賃金協定が締結されている。

(一)  賃金の計算は、前月二一日から当月二〇日までの締切りで当月二五日が支払日。

(二)  賃金は月給制で(1)基本給(本採用者は金二八、〇〇〇円)(2)年功給(毎年四〇〇円づつ加算)(3)歩合給(水揚高月金一〇〇、〇〇〇円未満のときはその七%、金一〇〇、〇〇〇円以上金一一五〇〇〇円未満のときはその九%、金一一五、〇〇〇円以上のときはその超過額の二〇%を加算)(4)深夜割増手当(基準内賃金の六・三%、但し基準内賃金とは基本給、年功給、精勤給、歩合給、および非乗務手当をいう。)(5)家族手当、(6)精勤手当、その他が支払われる。

三、被申請会社は申請人らの水揚高が少いからといつて一方的に昭和四〇年四月分の給料をカツトした。その方法は次のとおりである。

カツト対策賃金は次のものを指す。

(1)  基本給および年功給、休暇等により実際稼働していない日に相当する部分を賃金カツトの対象から除外するため、便宜上一ケ月一三乗務(一乗務とは午前八時より翌午前二時まで乗務すること)を基準とし、基本給、年功給の合計を二六で除した額を右の日額とし、これに各人の実際の稼働日数を乗じたもの、

(2)  歩合給

(3)  家族手当

(4)  深夜割増手当

基準水揚高については、完全就労した場合の一乗務当りの水揚高を金九〇〇〇円とし、これを基準水揚高とした。右計算方法により同月分として被申請会社が申請人らに支給した賃金の明細およびカツト額は別表一のとおりであり前記賃金協定に基き、支払われるべき賃金の明細は別表二の通りである。

四、一般に賃金は労働力の対価とされ、それは労働時間を以て計られる。ストライキによる賃金カツトも、その労務提供を拒否した時間が明確に立証されたとき、その時間に応じて賃金カツトが認められ、右業務不提供の時間の算定が立証されぬ限り賃金カツトをするのは違法である。

又不完全な労務提供たるサボタージユの場合、ロツクアウトしない限り使用者は賃金全額の支払義務を免れない。

本件においては、第一組合は、争議行為として、ストライキ、サボタージユ等は何ら行つていない。それにもかかわらず、被申請会社は単に水揚高が低下したというだけの理由で賃金カツトを行つたものであり、しかもその基準水揚高なるものはどこにも規定はなく、その計算方法も根拠がない。

右の点から本件賃金カツトは労働基準法第二四条に違反し、無効のものである。

五、申請人らはいずれも賃金を唯一の生計の資とする労働者であり、二〇%から五一%におよぶ本件賃金カツトは著るしく生活の不安をもたらすものであるから、至急にその支払いを求める必要性がある。

(抗弁に対する答弁)

抗弁事実は否認する即ち争議行為としてスローダウンを行つたことはない。会社は新役員になつてから、第一組合を破壊する為、暴力団を使つて第一組合員を威嚇し、故意に賃金を遅配したり、会社が第一組合に対して振出した約束手形の支払をしなかつたりしたので、組合員は被申請会社に対し不信の念を持ちその結果水揚高が低下したものである。

第二組合が結成されたこと、役員の交替があつたことは認める。

被申請代理人は、「申請人らの仮処分申請を却下する。申請費用は申請人らの負担とする。」との判決を求め、申請の理由に対する答弁および抗弁を次の通り述べた。

「(申請理由に対する答弁)

一、申請理由第一項中、申請人鈴木正明は昭和四〇年四月二〇日付で解雇され、申請人佐々木秋男、同金井文信は同月三〇日付、申請人三好武男は、同年五月三一日付でそれぞれ退職したので現在被申請会社の従業員ではない。

その余の事実は認める。

二、申請理由第二項は認める。

三、申請理由第三項中申請人ら主張の方法で賃金カツトを行つたこと、現実に支払われた四月分の賃金およびカツト額は別表一の通りであること、右賃金協定に基き、従来の支給方法により計算した同月分の支払いをうくべき賃金の明細は別表二の通りであることは認める。

なお基準水揚高については、完全就労した場合における一乗務の営業収入を金九、〇〇〇円とみなし、これを右の基準水揚高とした。けだし、神奈川県乗用自動車協会の調査によれば、横浜地区における同業他社の四月の一乗務の平均水揚高は金九二五五円であり、又後記被申請会社の第二組合員のそれは金九一七九円であることに鑑み、少くとも平常に勤務すれば一乗務当り金、九〇〇〇円の水揚高はあると考えたからである。又歩合給については、一ケ月の収入金一〇〇、〇〇〇円未満に対してはその七が与えられることになつているが、一乗務平均水揚高が著じるしく低い場合でも七が支給されることは不合理であるから、これもカツトの対象とした。

四、申請理由第四項、第五項は争う。

(抗弁)

一、被申請会社が右の賃金カツトを行つたのは、第一組合がスローダウン、つまり就業時間中乗務しながら、争議行為として営業収入を低下させることを行つたからである。

即ち被申請会社においては、昭和三六年度から多額の損失金が生じ、昭和三九年度三月の決算では、次期繰越欠損金が約二四〇〇万円に達した。そこでこれを再建するため役員の交替が行なわれたが、第一組合は右交替に反対し、会社の建物にその旨記載した貼紙をし、布をかかげたり、前記スローダウンを行うに至つた。その後団体交渉で第一組合は一応役員交替を認めたものの慰労金の支給その他三項目を要求し一五回に及ぶ団体交渉でも解決しなかつた。

その間第一組合内部において組合幹部のかような指導方針に反対し、非難する声が出、遂に三月一九日、新労働組合である西区タクシー労働組合(以下「第二組合」という。)が結成された。第一組合はこれをみるや、四月分の賃金計算の始期である三月二一日から前記スローダウン戦術を一段と強化しその結果同月分の一乗務当り平均水揚高は著るしく低下して、金五、五七八円となつた。

そこで被申請会社は、同年四月二四日の第二一回団体交渉の際、第一組合に対し、右スローダウンは業務の不完全な提供であるから、その程度に応じて四月分の賃金の一部を支払わぬ旨通告したうえ、賃金カツトをなしたものである。

二、争議行為として、労務の提供を完全に拒否した場合にその間の賃金カツトが認められる以上、争議行為として不完全な労務提供がなされた場合にそれに応じて賃金債権が減縮するので、会社がその不完全な部分に相当する賃金カツトをなすことは当然である。

申請人らはストライキの場合に労務不提供の時間の算定が立証されぬ限り賃金カツトをすることは許されぬと主張するが所定労働時間中就労しながら不完全な労務を提供した場合、単に労働時間が経過したという理由だけでその間の賃金全額の請求ができるとすれば労働者は不完全な部分は働かずして賃金の支払いを受けることになつて公平を失し、ノーワークノーペイの原則に反する。申請人らは、サボタージユの場合、労務提供の不完全性を特定しない限り賃金全額の支払義務があると主張するが、タクシー営業は他の産業と異り労務提供に際し、労働者を直接監視監督することは不可能であるから、各労働者の労働提供の度合は営業収入・水揚高により判定せざるを得ないと共に逆に、その度合は営業収入・水揚高に如実に反映するからこれにより労務提供の不完全な部分を特定できる。

右の通り本件の賃金カツトは正当な理由に基き、正当な方法で行なわれたもので、何ら違法はない。」

疎明<省略>

理由

一、被申請会社はタクシー営業をなす会社であること、昭和四〇年度四月二〇日当時申請人らはいずれも被申請会社の従業員(乗務員)として勤務し、第一組合の組合員であつたこと(申請人鈴木正明、同佐々木秋男、同金井文信、同三好武男を除く他の申請人らは現在も被申請会社の従業員で第一組合の組合員であること)昭和三九年六月一二日被申請会社と第一組合との間に申請人ら主張の如き賃金協定が締結されていること、被申請会社は、申請人らの同四〇年四月分の水揚高が一律に低下したので、同月分の給料を申請人ら主張の方法で別表一の通り賃金カツトしたこと、前記賃金協定に基き支給さるべき賃金の明細は別表二の通りであることは当事者間に争いがない。

二、そこで申請人らの四月分の水揚高の一律低下が争議行為スローダウンによるものであるか否かにつき判断する。

<証拠>によれば次の事実が認められる。

「被申請会社は、昭和四〇年一月頃、多額の繰越欠損金負債をかかえ経営が困難になつたため、株式の過半数を譲渡し、役員を交替させて建て直しを計ろうとし、従来の役員代表取締役横尾吉太郎他二名の取締役中右横尾は、取締役会長となり、他の二名はその地位を退き、新たに六名の者が取締役となり経営はこの新役員らの手によつて行われることになつたが、新役員のうち、代表取締役竹本行雄は、右翼団体護国団に取締役山岸敬明は五・一五事件に関係したことがあるため、第一組合は右役員交替に反対の態度をとりビラをはつたり赤旗をたてたりし、更に同社においては前記争いのない事実の通り、賃金体系が一部は基本給、一部は歩合給となつていたため、水揚高を減少させても組合員に支払われる給与にはさ程ひびかぬことから、組合員に損害が少く、被申請会社に損害を多く与える方法として、同月二三日頃から争議行為としてスローダウンを行うことになりその頃第一組合の集会において、執行委員が各組合員に「スローダウンについて、後で組合幹部の責任問題がおきるから正式な指令はしないが十分理解してほしい」旨暗に組合員全員が右の争議行為を行うよう指示し、全組合員もこれを了承し、その結果その頃から次第に乗務員の水揚高が低下しはじめたこと、一月末の団体交渉の結果第一組合は右役員交替を認めることになつたが、従来第一組合と被申請会社には「会社を譲渡又は実質的に経営が第三者に依つて行なわれると一方が認めた場合には会社は組合員に慰労金を支給する。」旨の協定があつたため第一組合は右慰労金の支払いを求めその他労働条件を従前のまま引きつぐことを要求したが会社側がこれを拒否したこととその間同年二月末頃から第一組合員の中に執行部の方針に対し批判的な者が現われ、同年三月一九日それらの者が第一組合を脱退し、山口義英を執行委員長とし、他一三名の者で新組合である西区タクシー労働組合=第二組合を結成したこと、新役員の中には団体交渉の席上、第一組合の支部長山形鉄也らの組合幹部に対し、「第一組合を近いうちにつぶしてみせる」と暴言をはいたりする者もあり、又会社側は第一組合のスローダウンに対抗し組合の弱体化をはかるため賃金の一部遅配をしたり、年末一時金として会社が第一組合に対して振出した約束手形の半分以上を期日に支払わなかつたり、更には第二組合に対してのみ「会社再建協力報償金」名目でその組合員一人に対し金一五、〇〇〇円宛支給したり慰安旅行をさせたりし、陰に陽に第一組合に対する圧迫をしたため、第一組合は会社に対する不信の念をますます強め、同年四月分の給料の起算日である三月二一日頃からさらにスローダウン戦術を強化したこと、その結果昭和三九年一一月ないし同四〇年五月の神奈川県乗用自動車協会横浜支部所属全会社の小型車の一乗務当りの平均運賃収入額は別表三の(一)の通り第二組合の組合員の同年四月および五月のそれは別表三の(二)の通りでいずれも同年四月のそれは金九、〇〇〇円を越えているのに、第一組合員の昭和三九年一一月ないし同四〇年五月までのそれは、別表三の(三)の通りで同年四月分は前二者と比較し著るしく低いこと」

<反証排斥>

結局第一組合は右の経緯で争議行為としてスローダウンを行つたことが認められる。

三、そこで次に本件の賃金カツトが適法か否かにつき判断する。被申請会社においては前記賃金協定により乗務員たる従業員に(1)基本給(本採用者金二八、〇〇〇円)(2)年功給(毎年四〇〇円づつ加算)(3)歩合給(水揚高金一〇〇、〇〇〇円未満はその水揚高の七%、金一〇〇、〇〇〇円以上金一一五、〇〇〇円未満は九%、金一一五、〇〇〇円以上の場合はその超過分の20%を加算して支給)(4)家族手当(5)深夜手当(基準内賃金の六・三%)その他が支払われ、右基準内賃金とは、基本給、年功給、精勤給、歩合給、修理給および非乗務手当であること、本件賃金カツトはとして計算され、基準水揚高は金九、〇〇〇円、カツト対象賃金は、(1)基本給および年功給(但しとして計算)(2)歩合給(3)家族手当(4)深夜手当であることは前記のとおり当事者間に争いがなく、右一乗務当りの基準水揚高金九、〇〇〇円は前顕乙第五、七、八号証、同証人内田潤、同森田益の各証言によれば昭和四〇年四月の横浜地区における同乗他社のそれが金九、二五五円、第二組合員のそれが金九、一七九円であることに鑑み決められたものであることが認められ右認定を左右するに足る証拠はない。

思うに各種給与のうち従業員としての資格に基き支払われる給与と一ケ月いくらという風に、その労務提供による生産量、出来高に関係なく、一定時間勤務すれば一定額が支払われるもの=固定給とその生産量、出来高に応じていくらという風に支払われるもの=能率給とが区別される。そして従業員としての資格に基づき支払われる給与は、ストライキを理由に賃金カツトはできない。けだし、ストライキは当然後に職場復帰を予定しているものであり、その間従業員としての資格を失うものではないからである。固定給については一定時間働くことがその労働契約の債務となつているのであるから、ストライキによりある一定時間働かなければ、その働かぬ時間に応ずる賃金請求権は発生せず、使用者はこれを支払わなくてよいことは労働契約の性質からいつて当然である、さもなければ労働者は働かずして賃金を得ることになるからである。他方能率給の場合は生産量出来高に応じて支払われるのであるから、ストライキにより一定時間働かなかつたため一定額の生産量が減少した場合は、その生産量に応じて支払えばよいだけの話であり、これに対し使用者は右以外にさらに能率給をカツトすることはできないものといわねばならぬ。けだし争議行為が行われたからといつて、使用者が賃金の支払につき通常以上に有利な立場に立つことはできぬからである。

しからば右のストライキとは異り、形式的には労務の提供を継続しながら、故意に生産量、出来高を低下させるサボタージユの場合はどうであろうか。

右ストライキにつき述べた理は従業員としての資格に基く給与および能率給の場合にはそのまま当てはまる。

固定給の場合はサボタージユの性質からいつてその労務提供の不完全さの割合をストライキのように時間で計ることはできぬがその不完全履行の割合が生産量その他の手段により特定できる限り、それに応じた賃金請求権しか生じないと解すべきであり、その割合は、個々の労務者につきその労務者の争議中の生産量のその労働者の通常の生産量に対する割合として個々に考えるべきである。けだし、争議行為をしたからといつて例えば後者をより高くすることによりその労働者が特に通常より多く働くべきものとされたりしてはならぬからである。

ところで本件においてこれを見るに賃金カツトの対象となした家族手当は、従業員としての資格に基き支払われる給与の性格をもつもの、基本給、年功給は前記固定給の性格をもつもの、歩合給は前記能率給の性格をもつもの、深夜手当は、基本給、歩合給その他を含んだ基準内賃金に一定の割合をかけたものである意味で一部は固定給、一部は能率給の性格をもつものということができる。そして右の内前記の観点から家族手当歩合給および深夜手当中能率給的性格をもつ部分の賃金カツトは違法である。

被申請会社は、水揚高が著るしく低い場合でもその7%が歩合給として、基本給等以外に支払われることは不合理だと主張するが、会社としては、かように従業員(乗務員)に有利な賃金協定を結ぶことによつて乗務員不足の折より多くのより優秀な乗務員を雇い入れることができるのでありしかも右の歩合給は会社と第一組合の合意に基き協定に明記されていることであり申請人らが争議行為を行つたからと言つて、右協定を被申請会社に有利に、申請人らに不利に一方的に破棄することは許されない。

次に固定給につき考える。

本件の如きタクシー業においては、スローダウンによる労務提供の不完全性の算定は、結局その水揚高による他はないと考えられるが、しかしその不完全性の割合については、その業務の性質上、その個々の乗務員のスローダウン中における水揚高のその乗務員の通常の水揚高(平均水揚高)に対する割合と解すべきで後者を、全乗務員につき一律に決めることはできない、というのは一定時間又は一定の距離を走つて得られる水揚高は個々の乗務員の能力、経験その他の要素によりかなりの差が出てくることは予想されるからである。

しかるに被申請会社は労務提供の不完全性の割合を計算するにつき、右の点を考慮することなく全申請人につき一律に一乗務当り当然金九、〇〇〇円の水揚高をあげるべきものとみなし、これを基準に賃金カツトを行つたものであり、各申請人の各平均水揚高がいずれも金九、〇〇〇円以上であると認めるに足りる疏明がないから、本件における基本給、年功給および深夜割増手当中固定給の性格を持つ部分に関する賃金カツトは違法である。

しからば本件賃金カツトはその全部につき違法のものといわねばならない。

四、申請人山形鉄也本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証、および弁論の全趣旨によれば申請人らはいずれも賃金でその生計をたてている労働者であり、本件の二〇%ないし五一%に及ぶ、賃金カツトはその生活にかなりの影響を及ぼすものであることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

五、しからば申請人らの本件仮処分申請をすべて認容することとし訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(久利馨 井野場秀臣 谷沢忠弘)

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