横浜地方裁判所 昭和42年(ワ)1093号 判決 1978年9月27日
甲・乙両事件原告 丙事件被告 川崎林園株式会社
右代表者代表取締役 平山孝
甲・乙両事件原告 丙事件被告 川崎国際カントリー倶楽部
右代表者理事長 平山孝
右両名訴訟代理人弁護士 奥野健一
同 松本正雄
同 今井忠男
同 白石健三
同 矢野邦雄
同 吉永光夫
同 野田純生
同 畠山保雄
同 宮武敏夫
同 日上弘三
同 田島孝
同 明石守正
乙事件被告 丙事件原告 川崎市
右代表者市長 伊藤三郎
甲・乙両事件被告 丙事件原告 川崎市長 伊藤三郎
右両名訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎
右訴訟復代理人弁護士 萩原博司
主文
一 (甲事件)
1 川崎林園株式会社ならびに川崎国際カントリー倶楽部の本件戒告処分取消の訴えを却下する。
2 川崎市長が昭和四二年五月一六日川崎林園株式会社ならびに川崎国際カントリー倶楽部に対してなした行政代執行を取消す。
3 川崎林園株式会社ならびに川崎国際カントリー倶楽部のその余の請求を棄却する。
二 (乙事件)
1 川崎林園株式会社ならびに川崎国際カントリー倶楽部の主位的請求をいずれも棄却する。
2 予備的請求のうち、川崎市は川崎林園株式会社ならびに川崎国際カントリー倶楽部両名に対し金一〇億二八三四万円およびこれに対する本判決確定の日の翌日以降右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 川崎林園株式会社ならびに川崎国際カントリー倶楽部のその余の予備的請求を棄却する。
三 (丙事件)
1 川崎林園株式会社は川崎市長に対し、別紙物件目録(三)記載の建物(但し、共同住宅については公簿上「二階建」となっているが、現況は「三階建」である。)を収去して同目録記載の土地を明渡せ。
2 川崎国際カントリー倶楽部は川崎市長に対し、同建物から退去して同土地を明渡せ。
3 川崎林園株式会社および川崎国際カントリー倶楽部の両名は連帯して川崎市に対し、昭和四二年四月二五日以降右土地明渡済みに至るまで一年につき金一三五〇万円の割合による金員を支払え。
4 川崎市のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、全事件をとおして、これを五分し、その一を川崎市長および川崎市の負担とし、その四を川崎林園株式会社および川崎国際カントリー倶楽部の負担とする。
事実
《省略》
理由
一 (乙事件)
1 (争いのない前提事実)
甲・乙両事件の請求原因(一)(当事者等)、同(二)(1)(本件更新不許可処分に至る経緯等)(但し、林園会社が昭和二六年契約に基づき取得したゴルフ場用地の使用関係の法的性質の点を除く)、同(二)(2)(本件更新不許可処分)の各事実は当事者間に争いがない。
2 (本件更新不許可処分の取消を求める訴えの利益の存否について)
市長は、「倶楽部側の本件更新許可申請は、昭和四二年四月二五日から一〇年間本件ゴルフ場の管理継続許可を求めたものであるところ、右申請にかかる期間はすでに経過し、かつ、その後の期間更新については許可申請書の提出すらないのであるから、仮に、本件更新不許可処分の取消判決を得たとしても、右判決により拘束せらるべき市長の更新許可の期間の一〇年は昭和五二年四月二四日の経過により満了し、許可は失効するのであるから、倶楽部側が本件ゴルフ場の管理を継続するために、本件更新不許可処分の取消を求めることは、もはや無意味となり、右取消を求める訴えの利益は消滅している。」と主張し、倶楽部側が、本件更新許可申請後、市長に対し本件ゴルフ場管理許可の申請書を再提出していないことは当事者間に争いがない。
なるほど、公園施設の管理許可申請は、市長の主張のように、都公法五条二項所定の事項を記載した申請書を公園管理者に提出する要式行為であって、右方式による申請がない以上、従前の管理許可期間の経過とともに、右管理許可が自動的に更新されるものではない。
しかし、本件更新許可申請が不許可となっているのであるから、仮に倶楽部側が右申請以降本件ゴルフ場管理許可申請書を市長に対し再提出したとしても、その申請が認められないであろうことは弁論の全趣旨により認められる。のみならず、たとえ本件更新不許可処分が違法であるとして取消され、その判決が確定したとしても、行訴法三三条所定の取消判決の拘束力は、判決が右処分の取消の理由とした点についてのみ及ぶに過ぎないから、市長が改めて本件更新許可申請を認容すべき場合であっても、一般的には、右申請にかかる一〇年間の管理許可期間を認めるべき拘束を受けるものでもなく、市長は、その許可につき、都公法の規定に従い、合理的な裁量により許可期間その他の条件を付することができるのである。
要するに、倶楽部側は、市長が、本件更新不許可処分の取消判決の趣旨に従って改めて許可処分をなした時点において(本件の場合は、都公法五条三項所定の制限により、右許可に付すべき期間がすでに過去のものとなることは明らかであるが)、その期間更新の申請の手続をとることができ、かつ、それで足りると解するのが相当であり、これに反する市長の主張は失当であって、倶楽部側は本件更新不許可処分の取消を求めるにつき訴えの利益を有する。
3 (本件更新不許可処分の適否について)
そこで、本件更新不許可処分の適否について検討する。
(一)(1) 前示1(争いのない前提事実)のほか、同請求原因(三)(1)(イ)の別紙「事実の経緯」(一)(昭和二六年契約について)(1)ないし(3)の事実ならびに同(二)(昭和三六年許可について)(1)の前段の各事実についても当事者間に争いがない(但し、林園会社が昭和二六年契約により取得した本件ゴルフ場用地の使用関係の法的性質につき争いのあることは前示1のとおりである。)。
(2) 右の争いない事実に徴すれば、倶楽部側の本件ゴルフ場管理関係は、少くとも、都公法の制定に伴い制定、施行された市公園条例により、本件ゴルフ場を包含する地域が川崎市の都市公園として設置された昭和三二年四月一日以降は、都公法五条二項(同法附則四項)の規定に基づく、市長の、公園施設たる本件ゴルフ場の管理許可により付与(特許)されたものであるというべきである。
(3) なお、昭和二六年契約に基づく本件ゴルフ場使用関係につき、倶楽部側は、「市有地は行政財産ではなく、右関係は私法上の土地賃貸借契約に基礎をおくものである。」旨主張し、市側は、「行政財産の使用許可に基づくものである。」旨主張する。
前認定の事実によれば生田緑地は、昭和一六年三月二二日、旧都市計画法に基づき内務大臣により川崎都市計画緑地の決定ならびに緑地造成のための都市計画事業決定がなされその執行年度割も定められ、市において計画区域内の私有地約二四万五〇〇〇坪の買収を行なったが、戦時中であったところから右以上に事業は進渉せず、緑地としての整備はなされることのないまま終戦を迎かえ、放置されていた。また、《証拠省略》によれば、右当時、右緑地は谷間の低地部分が農地として耕作されていた(但し、右部分が、自創法により昭和二二年から二三年にかけて市から国に買収されたことは、前認定のとおりである。)ほかは、丘の部分は、うっそうたる山林のままであったことが認められ、市有地として残存した部分が、緑地として一般公衆の使用に供されるがごとき状態ではなく、緑地としての公用開始行為の存在した事実は、本件全証拠によってもこれを認めることはできない。
以上の事実に徴すれば、右土地は、生田緑地として、都市計画緑地の決定がされ、緑地造成のための都市計画事業の遂行として市によって買収されたものであるから、右当時においてすでにいわゆる予定公物たる行政財産としての実質を具備していたものということができる。
そして、「生田大緑地施設一部委託経営に関する契約書」と題する書面(細目書も含む。)の各記載の内容および形式に徴すれば、昭和二六年契約により成立した本件ゴルフ場の使用関係は、契約関係に基づくものと解して支障ないということができる。しかし、右使用関係の客観的性質(すなわち、本件ゴルフ場事業経営のため)或いは信義則上の要請等から一定の範囲の拘束が存在するとしても、右使用期間が満了すれば当然に更新されるという関係にあるものではなく、また右にみたような行政財産(その実質は、公園予定地。)の使用等に関するものとして、成立の当初から既に一定の制約が内在していたものであって、都公法の制定、施行により、これが殊更倶楽部側に不利益に変容を遂げたという関係にはないというべきである。
(二)(1) ところで、公園管理者以外の者に公園施設の設置または管理を許可するか否かは、都公法五条一項所定の要件(当該公園施設が、公園管理者自らが設置または管理することが不適当または困難であると認められるものであること。)の存する範囲内で公園管理者の合理的な裁量に委ねられているということができる。
しかし、右の許可に付せられた期間の満了に際し、これを更新するか否かについては、右の許可期間の定めが、当該公園施設の設置または管理許可の趣旨、目的に照らして不相当に短期のものである場合は、「正当な事由」のないかぎり、相当の期間が経過するまでは、公園管理者において右許可期間の更新が、それ相当の制約のもとに予定されていたものと解するのが相当である。けだし右のような場合にあっては、その許可期間の定めは、通常、公園管理者側において、一応その更新を予定しつつ、右の更新期を機会に、その間の管理状況等を再検討し、必要とあれば右許可条件を改訂する等して公園管理の適正の維持、改善を図る便宜のために付する趣旨のものと解されるのであり、他方右の更新を拒否することは、許可によって付与された権益を一方的に剥奪し、また相当期間の継続を予定してなされたであろう資本の投下等を無意義なものとするからである。
従って、更新が予定されていたにも拘らず、更新拒否された場合の「正当な事由」も実質的には許可期間中の取消(撤回)に類似するものというべきであるから、右につき定めた都公法一一条一項、二項の各号所定の要件の存在がほぼこれに該当するとみて差支えない。
右のように、都公法には許可期間を更新すべく公園管理者を拘束する明文の規定がないからといって、これを更新するか否かが(常に)公園管理者の自由裁量に委ねられているということはできないのであって、右自由裁量処分である旨の市側の主張は失当である。
なお、当事者間に右期間を更新しないことについての了解が存する場合にも、前記「正当な事由」があるというべきであるが、右の了解がないのに公園管理者が、管理許可に際し、一方的にその条件(附款)として、「期間満了の際は更新はしない」旨の、或いは本件返地条項のごとき条項を付加したとしても、公園管理者はその故に右期間の満了時においてその更新を当然に拒否し得るものではなく、右の条項に拘らず、これを拒否するについては、前記「正当な事由」の存在を必要とすると解するのが相当である(このように、右のような条項は、当然にはその文言どおりの効力を生ずるものではないが、さりとて、倶楽部側主張のように「附款として許容されない違法なもの」とまで解すべきではなく、前記「正当な事由」の存否の判断につき、右附款の存在が相手方に一定の範囲において更新拒否についての予測可能性を与えるものとして評価し得るので、一概に法律上無意味なものとは断じ得ない。)。
(2) そこで、次に本件についてこれをみることとする。
元来、ゴルフ場は、その造成ならびに維持、管理に高額の資金の投下を必要とし、また、そのコースを優良なものに育成するまでに相当長期間を要するが、一面、一たん造成されれば適切な管理が行なわれる限り長年月の継続使用に耐え得るものである(《証拠省略》により、これを認める。)。ことに本件においては、前示(一)のような事情の下に、倶楽部側は、自らの費用を投じて本件ゴルフ場用地に造成し(右の過程で、ゴルフ場招致反対を決議し、反対の陳情その他猛烈な反対運動を展開した耕作者に対する説得或はそれ相当の離作料を支払い、これを離作させ、本件ゴルフ場造成にこぎつけている。)、完成した施設を市に寄付した後も、本件ゴルフ場を自らの費用で維持、管理し、自己の事業として本件ゴルフ場事業を経営しているものである。
右のように、市が、生田緑地内の土地を林園会社に提供し、これを本件ゴルフ場として造成せしめ、これが完成後はその施設を寄付させ市の所有とし(都公法施行後は本件ゴルフ場を公園施設として設置し)ながら、倶楽部側が自己の事業として経営するために本件ゴルフ場を管理せしめる趣旨、目的に照らせば、倶楽部側の本件ゴルフ場管理についての当初の一〇年、昭和三六年許可に付せられた三年ならびに昭和三九年許可に付せられた三年の期間はいずれも不相当に短期のものであり、またこれらを通算し当初の昭和二六年四月から約一六年を経過した昭和四二年四月の時点においてみても、未だ相当の期間が経過したものとはいい難い。
(3) 次に、本件においては、前示のように、昭和三九年許可には「三年の期間満了後は本件ゴルフ場を市に返還すべき」旨の返地条項(附款)が付されているので、右許可期間を更新しないことについての了解が当事者間に存したか否かにつき検討する。
《証拠省略》によれば次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
すなわち、市側は、昭和三九年許可に際し、数年来深刻化してきた市の人口急増問題、大気汚染をはじめとする公害問題やこれらを背景とする、「市民および市議会の、本件ゴルフ場を開放して、これを一般市民のために提供せよ。」との強い要求の存在等の社会情勢の急激な変化を考慮し、今回はなお三年間の許可期間の延長を認めるが、その満期である昭和四二年四月を以って管理許可を打切るとの意思を固めた。そして、前記返地条項を独立した一項目として記載した許可書の原案を作成し、倶楽部側との許可条件の改訂交渉の席に臨んだ。これに対し倶楽部側は、右返地条項を付加することに強硬に反対し、市側にその削除を要求し、またその真意を追及したけれども、市側は次回に更新する意思のない旨を表明し、双方相譲らなかったため容易に合意に達せず、数日にわたって交渉がもたれた。市側は、倶楽部側を説得するのに難渋し、右交渉の過程で倶楽部側に対し、「返地条項があるからといって絶対に更新を認めないという趣旨のものでもない。」、「右更新期において、改めて更新の許否を考慮しないというわけでもない。」、「右の意味で、返地条項はいわゆる例文であると考えてもらってもかまわない。」旨を仄めかした。倶楽部側は、右のことやその他の市側の言動に照らして、市側が右条項の挿入に強く拘泥するのは主として市議会対策上の必要のためであり、右条項は例文に過ぎないと受取ってよいものと判断した、その結果、倶楽部側は、右返地条項を独立した一項目とはせず、許可期間を定めた許可条件第一項の末尾に付加するように市側の原案を修正せしめることで了解し、昭和三九年許可を受けた。
右の認定事実に徴すれば、前記返地条項の存在が、昭和三九年許可の期間満了時に、その更新がなされないことについて倶楽部側が了解したことを意味するものではなかったというべきである。
その他本件全証拠によっても、右の更新がなされないことについての了解の存在は認められない。
(4) そこで次に、本件更新不許可処分を適法ならしめる前示「正当な事由」(すなわち都公法一一条二項各号所定要件に準じ、公益上やむを得ない必要)の存否について検討する。
そして、右の要件の存否についての判断は、事柄の性質上、一定の範囲において、公園管理者たる市長の合理的な裁量に委ねられているということができる。しかして、市長の右裁量判断は、その更新の許否が問題となっている本件ゴルフ場の管理許可関係が発現している公益機能と、右関係を撤廃することにより実現されるべき公益機能との比較衡量を中心としつつ、併わせて、右管理許可関係が撤廃されることにより倶楽部側の失うべき権益その他の諸事情を十分考慮する必要があるというべきである。
(イ) 《証拠省略》によれば、甲・乙両事件4市側の主張(二)(3)(ロ)(人口の激増、公害問題の深刻化)、(ハ)(公園行政上の必要性)の各事実(但し(ハ)のうち「本件ゴルフ場が都公法所定の公園施設としての要件を欠く」旨の部分を除く。)が認められるほか、次の事実も認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
市が本件ゴルフ場建設の計画に、当初、積極的な姿勢をとった理由の一つとして、日米親善協会の鶴見祐輔らの、日米親善の促進のために、本件ゴルフ場の建設企図に賛同し、当時の神奈川県知事から、市側に対し、右計画の実現に協力してほしい旨の働きかけがあったことが挙げられる(右計画が市の緑地行政遂行等の観点から、市にとっても好都合であった。)。当時においては神奈川県下における唯一のゴルフ場になるはずであったが、その後、逐次、建設されて、県下に多数のゴルフ場が存在するに至った。
(ロ) 他方、《証拠省略》によれば甲・乙両事件の請求原因(三)(1)(ニ)(a)(本件ゴルフ場の有用性)の①ないし③の事実(但し、②の「すでに大衆化しており」の部分を除く。また、③の冒頭「緑地地区を指定する目的」の次に「の一つとして」を加入する。)、倶楽部側は、本件更新不許可処分により本件ゴルフ場における事業経営の続行が不可能となり、右事業の長期間の継続を前提とした、それまでの投下資本の回収が十分であったかは疑問なきにしもあらずである事実が認められ他に右認定に反する証拠はない。
(ハ) そこで、右の認定事実をふまえて、本件更新不許可処分をなすのも「公益上やむを得ない必要」によるものか否かについて検討する。
(a) 本件ゴルフ場は、単に形式的にみるならば、都市公園の効用を全うするため、いわゆる生田緑地内の一角において、当該都市公園(本件公園)に設けられた施設である「公園施設」に該当する(都公法二条二項、同法施行令四条四項((運動施設)))ものであるのみならず、本件更新不許可処分の時点においても、公園施設(運動施設)としての一定の効用を発揮していたことも否定し得ないところである。
しかし、地方公共団体が住民の福祉を増進する目的をもって、その利用に供するために設ける公の施設(地自法二四四条、同法二条二項、三項参照)のうちの一つである公園について、特に都公法が制定され、都市公園の設置、整理等に関する詳細な規定を設け、これを厳格に規律しているのは、現代の都市生活において、都市住民に休息、散策、遊戯、運動等主として屋外のレクリエーションの場(施設)を提供する公園が、極めて重要な機能を営み、都市住民の健康的で快適な生活に必須の存在価値を有するものであること、かつ、それにも拘らず、従前においては、戦災等の歴史的諸事情に加えその設置、管理等に関する統一的な法規を欠いていたことから、必しも十分に右の公園の機能を発揮せしめられなかったことに由来するものである(《証拠省略》により、これを認める。)。右の趣旨からして、地方公共団体としては、新たに都市公園および公園施設(以下本項において単に「都市公園」というは、右両者を指称する。)を設置すべく努めることはもちろん、既存の都市公園についても、可能なかぎりその本来期待されるべき機能を十分に発揮できるよう常に改善の努力をなすべき行政上の責務を負うものであることも当然である。そして、本来、都市公園は一般公衆の自由な使用に供せらるべき性質のものであり、かつ、そのようであって初めて都市公園としての効用が十分に発揮され得るものであることはいうまでもない。
(b) そして、右の観点から考察すれば、前示のように本件ゴルフ場が、都公法所定の公園施設として一定の効用を果しているといい得るとしても、ゴルフ場は、その土地利用の態様等からしてそれ自体公園施設としては極めて変則的、例外的な形態のものである(現に、《証拠省略》によれば、全国の都市公園中、その公園施設としてゴルフ場を設けているのは五、六か所程度に過ぎないことが窺える。)といわざるを得ない。まして本件ゴルフ場は前示のように会員制(右処分当時会員数約二〇〇〇余名((《証拠省略》によりこれを認める。)))のゴルフ場であって、倶楽部側が、本件ゴルフ場の利用につき、前示のように、川崎市民に対し一定の範囲で特典(他に比し低廉な利用料金での提供等)を付与し、その利用の便宜を図っているとしても、極く限定されている。すなわち、市民への解放として、弁論の全趣旨(倶楽部側の準備書面((第二))とこれに対する市側の認否)により、次の事実が認められる。
昭和三六年許可に際し、
市民のゴルフ場使用は週五日(土・日を除く)とし、一日平均一〇名程度とする。料金は一般の半額たる一、五〇〇円とする。
昭和三九年許可に際し、
営業日すべてにつき市民の利用を認めることとし、平均して、平日は二〇名程度、土・日・祭日は一〇名程度とする。平日料金は一、五〇〇円、土・日・祭日についても低廉とする。
旨の取きめがなされた。この結果、昭和三六年九月以降昭和四二年四月までの間「川崎市民入場証による入場者数」は合計一万〇、七七一人であり、そのうち、昭和四〇年は二、四五八人、昭和四一年は三、〇七八人であった。
他面、倶楽部側については、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。すなわち、会員数は、昭和四〇年が二、一三五人、昭和四一年が二、一五三人であり、利用者数は、昭和四〇年が三万三、七五八人、昭和四一年が三万七、四四四人であった。
右認定の数字を対比すれば、全利用者数からみると、川崎市民の利用率は一〇パーセントに満たない事実が判明する。のみならず、「右倶楽部会員の九〇パーセントまでが川崎市民でない。」旨、市側が強調するところ、これを否定し去るだけの立証もないから、ほぼ、右の比率であろうと推認することとする。従って、本件ゴルフ場は、公園施設でありながら、極く限定された人々のみ(人数、利用料金等の面からみても)の利用にしか供し得ないものであることは明らかである。
これに対し、約一五万坪にのぼる広大な面積を有する本件ゴルフ場用地を、市の計画するごとく、一般市民の散策・休息等の場として、その自由な利用に供するとすれば、右土地が公園施設(運動施設)たる本件ゴルフ場として本件更新不許可処分当時において果していた機能に比し、都市公園としてはるかに高い効用を発揮し得ることは容易に推測できる。
また、本件ゴルフ場は、右にみた公園施設(運動施設)としての効用のほかに、いわゆるオープンスペースとして、その存在(自然の空間の存在)自体に一定の範囲の効用があることを認め得るのは前説示のとおりである。
(c) これに対し、川崎市における人口の激増(昭和二六年契約時が約三〇万人、本件更新不許可処分時には約九〇万人余)、公害問題の深刻化(昭和三〇年代には石油コンビナート関連企業進出に伴い、京浜工業地帯の中核的存在となり、公害対策の樹立の急務)、これらの理由による都市公園増設の必要性の増大、それにも拘らず地価の高騰等による都市公園用地取得の困難性等については右(イ)にみたとおりであって、昭和二六年契約当時に比較して、顕著な開発に伴い、本件公園の位置が市の辺地ではなくなってきているとともに、市のおかれた右のごとき社会情勢の急激な変化に徴すれば、市長が、本件更新不許可処分時において、本件ゴルフ場を廃止し、右用地を一般市民の散策・休息の場として、その自由な利用に供し、これを都市公園本来の在るべき姿に近づけその効用を十分に発揮させようとする現実の差し迫った必要性が存在したことは明らかである。
(d) そして、生田緑地内に本件ゴルフ場が造成され供用され初めた昭和二六、七年当時から、公園施設等として発現していた一定の範囲の公益的機能に、本件ゴルフ場の造成・維持・管理にかかわる種々の事情ならびに本件更新不許可処分により倶楽部側の本件ゴルフ場事業の続行が不能となり、倶楽部側は致命的損失を被ることとなること等を併わせ考慮しても、他面、本件ゴルフ場を廃止し、右用地を一般市民のための都市公園として供用すべき公益上の必要性およびこれにより実現し得べき公益機能等とを比較衡量すれば、本件更新不許可処分をなすのも「公益上やむを得ない必要が生じた場合」に該当するとの判断が、都公法の諸規定の趣旨に照らし、合理性を有するものというべきであり、結局本件更新不許可処分には、市長の裁量権の行使を誤った違法はないから、この点に関する倶楽部側の主張は失当といわなければならない。
(三) (聴聞手続欠如の主張について)
次に、倶楽部側は「本件更新不許可処分は、管理許可の取消(撤回)にほかならないから、右処分をなすには予め倶楽部側に対し都公法一一条三項所定の聴聞手続がとられなければならないところ、本件においては右手続がとられていないから、右処分は無効、少くとも取消されるべき瑕疵がある。」旨主張し(甲・乙両事件の請求の原因(三)(1)(ホ))、本件更新不許可処分をなすにつき市長が予め倶楽部側について聴聞を行なわなかったこと、は当事者間に争いがない。そこで、右の点につき検討する。
(1) なるほど、本件更新不許可処分は、その実質において、許可期間中の取消(撤回)に類似するものであり、かつ、本件においては右処分が倶楽部側の有責事由によるものでないから、その要件の存否の判断につき都公法一一条二項の規定が参酌されるべきである。
しかし、右処分の実体的要件の存否の判断につき右のように解するとしても、都公法一一条三項が期間中の許可の取消(撤回)につき、その手続的要件として、予め処分の相手方に対する聴聞を行うべきことを規定しているからといって、当然に本件の場合においても右聴聞の手続をとることを要し、かつ右手続がとられなかったから本件更新不許可処分は無効または違法であると速断するのは相当でない。けだし、聴聞手続の趣旨とするところは個々の具体的な処分の適正を確保するための手段であるから、聴聞の要否、これを要する場合にあってもその方法・内容・その瑕疵が処分の効力等に及ぼす影響等については、各法規の定めや具体的事案の性質、瑕疵の程度等により個別的に決せられるべき性質のものであるからである。
そして、これを本件についてみると、都公法は、前示のように一一条三項に、公園管理者が同法五条に基づきなした公園施設の設置または管理の許可、あるいは同法六条に基づきなした都市公園の占用許可等の、許可期間内における取消等の場合において聴聞を要する旨の規定をおいているのみであり(なお、道路法七一条((管理者の監督処分))三項は、同法三二条に基づく道路の占用許可等の許可期間内における取消等の場合において、都公法一一条三項同様、聴聞を要する旨を規定しているが、河川法七五条((管理者の監督処分))は、同法二四条に基づく河川区域内の土地の占用許可等の取消等の場合においても、聴聞を要する旨の規定はおいていない。)、かつ、右規定は、その方法・内容等につき何ら定めるところのない簡略なものである(その趣旨とするところは、監督処分の内容やその発動せらるべき状況は具体的事案により多種多様であると考えられるところから、これを一律に法令で規定せず、公園管理者において、具体的事案の内容に適合した方法等によりこれをなせば足りる((同条三項但書は「緊急やむを得ないときは聴聞を要しない」旨定める。))こととしたものと解される。)。また、公園施設の設置または管理の許可、あるいは都市公園の占用許可に関する具体的な事案において、その許可に付せられた期間の定め等の許可条件が、不更新の了解の存在を意味するものか否か、許可条件改訂等のためのそれとみるべきか否か、また当該事案において更新を拘束されるべき相当の期間が何年間くらいであるのか等の点、換言すれば当該事案が期間中の許可の取消に準ずべき場合であるか否か、が必しも一義的に明白ではなく公園管理者においてこれを的確に判断することが困難であることが少くないと思われる。このような場合においても、客観的事後的に判断すれば期間中の許可の取消に準ずべき場合であったからといって、公園管理者において聴聞手続を履践することを要し、かつ、右手続を履践しなかったことが独立の取消事由を構成すると解することは、期間中の取消(撤回)に準ずべき場合においても聴聞手続を行うことを要するとする明文の規定がないだけに、公園管理者に難きを強いる結果となりかねず、妥当でないと思料される。市と倶楽部側とは、右(一)(1)にみた経緯により、当初、市長や助役らが林園会社の取締役あるいは監査役となり、現実に証人島田ら市側の関係者も本件ゴルフ場でプレーを楽しむ(《証拠省略》によりこれを認める。)等し、両者は少くとも昭和三九年頃までは極めて友好的な関係にあったこと、また市側は、本件更新不許可処分前の昭和四二年二月頃、本件ゴルフ場用地の返還を受ける準備として(《証拠省略》によれば、昭和三九年許可の施行についての細目の一項として「クラブハウス、キャディハウス、その他の付属施設は期間満了後市に於て必要があれば優先譲渡し、価格は協議により定める。」旨定められている。)、本件建物(クラブハウス、キャディハウス)等倶楽部側所有の建物等について評価査定を行っていたこと(《証拠省略》によりこれを認める。)等の事情に徴すれば、市長は、本件更新申請の許否の判断につき考慮すべき倶楽部側の諸事情を知悉していたものと認められ、他方、これに対置し衡量すべき、前示の本件ゴルフ場を廃止すべき公益上の必要性につき的確に把握していなかったものとも認め難いのであるから、たとえ市長が倶楽部側を聴聞し、資料の提出や意見、要望等の陳述の機会を付与したとしても、市長の本件更新不許可の判断(右判断が適法なものであることは前示のとおりである。)を左右するに足りる資料、意見等を倶楽部側において提出、陳述し得る可能性があったとは認め難いのである。そうとすれば、本件は、都公法一一条三項の規定を類推し倶楽部側につき予め聴聞を要する場合に該当するとは解し難いし、仮にこれを肯定する前提に立つとしても、市長が右聴聞の手続を行なわなかったことをもって、本件更新不許可処分を違法として取消す理由とはなし得ないものと解するのが相当である。
よって、倶楽部側の右主張は、いずれにせよ、失当といわなければならない。
(四) (損失補償手続の欠如の主張について)
次に倶楽部側は、「本件更新不許可処分と同時かその後相当期間内(少くとも、本件ゴルフ場用地明渡を求める以前)に都公法一二条所定の損失補償手続をとることを要するところ、市長は右の手続を履践せず、かつ、右の相当の期間はすでに経過したので、本件更新不許可処分それ自体が失効したものとして、その取消を求める。」旨主張(甲・乙両事件の請求の原因(三)(1)(ヘ))、市長が同条所定の損失補償手続(損失補償についての協議等)をとっていないことは当事者間に争いがない。
しかしながら、公園管理者が、監督処分を受けた者に対し、その損失の補償をなすべき場合において、都公法一二条所定の協議等の手続をとらなかった場合においては、その者は直接裁判所に対し「通常受けるべき損失」の補償を訴求できるのであるから、これがために倶楽部側が格別の不利益を被るものとは解されず、また倶楽部側主張のように解さなければ憲法二九条三項の趣旨に反するものともいえない。要するに、右補償手続の不履行が本件更新不許可処分を失効せしめる原因に該当しないというべく、右の倶楽部側の主張も失当である。
(五) (裁量権の濫用の主張について)
さらに倶楽部側は、「本件更新不許可処分は、裁量権の行使(の仕方)を誤った違法な処分である。」旨主張する(甲・乙事件の請求原因(三)(1)(ト))、しかし、その瑕疵事由として列挙する点についての当裁判所の判断は、いずれも前示(二)ないし(四)に尽きているのであって、これに追加するべきものはなく、右主張も失当であるといわなければならない。
4 (損失補償の請求について)
(一) 前述のように、本件更新不許可処分は、実質的には、都公法一一条二項の「公益上の必要の発生」を理由とする本件ゴルフ場管理許可期間中における取消(撤回)に準ずるべきであるから、右処分により倶楽部側が受けた損失については、同法一二条一項の規定を類推適用し、市は倶楽部側に対し「通常受けるべき損失」に該当する範囲の補償をすべきものと解するのを相当とする。
(二) ところで、都公法一二条は右損失の補償に関し、その二項において「公園管理者と損失を受けた者との協議」、その三項において「公園管理者の、自己の見積り額の支払」、その四項において「収用委員会に土地収用法九四条の規定による裁決を申請することができる」等の手続を規定する。そして、倶楽部側と市側とにおいて、右所定の「協議」等の手続をなしていないのみならず、市側に、「協議」や「見積り金額の支払」をなす意思が全くなかったことも弁論の全趣旨より認められる以上、右手続の不履行であるからといって、本訴損失補償請求を不適法とする理由にはならないと解するのが相当である。
なお、収用委員会の裁決を経由していない点である。右都公法一二条三項のように単に「裁決を申請することができる」旨規定しているに過ぎない場合においても、これを「裁決を申請しなければならない」と読み換え、裁決を経由することを出訴の適法要件と解すべきかは問題である。しかし、本件の場合、明文を欠き、都公法一二条一項の規定を類推し、倶楽部側に対する損失補償を認めようとするものであって、右の法律解釈(右請求権の存否自体)が周知されているとはいい難いのであるから、本件においても右裁決を経ることを要するとなせば、倶楽部側に無用の時間を空費させる虞れがなきにしもあらず、収用委員会の裁決を経由していない本件損失補償の請求を不適法なものということはできないと解するのが相当である。
(三) そこで、倶楽部側の本訴補償請求につき順次検討する。
(1) ところで、損失補償の制度は、行政上の適法行為によって私人に生じる損失のうち、当該私人においてこれを受忍すべき範囲を超える「特別の犠牲」について、公平負担の見地からこれを調整しようとするものであり、都公法一二条一項が「許可を受けた者が同法一一条二項の規定により監督処分を発動されたことにより受けた損失のうち『通常受けるべき損失』についてのみ補償を要する」旨を規定しているのも右の趣旨を表わしたものであるということができる。
そして、当該損失が、右の「通常受けるべき損失」に該当するか否かを考慮するについては、都公法五条二項に基づく公園施設の設置あるいは管理の許可のごときいわゆる公物使用の特許にあっては、その撤回(本件にあっては、更新の不許可)は、右特許により私人に対し特別に付与された権益を剥奪するとしても、当該私人をこれにより一般人と同様の地位に引戻すものに過ぎず、またそもそも右の如き特許使用の関係は、当初より都公法所定の公益上の必要が生じた場合は、公園管理者において右許可を取消(撤回)すことにより、一方的に終了せしめられるとの制約の下に成立しているものであって(都公法一二条一項)、全く偶発的に剥奪せしめられる公用収用のごとき場合とは、自ずからその利益状況を異にするものであることを前提にすべきものである。
(2) 第一点、「本件ゴルフ場用地(但し、市有地部分)の使用権、施設利用権喪失に対する補償」請求について。
(イ) 都公法一一条二項、同条一項によれば、本件のごとき公園施設の管理許可は、「公益上やむを得ない必要が生じた場合」は、公園管理者において、いつでも、これを取消(撤回)することができる(なお同法五条一項、二項参照)のである。換言すれば、右管理許可により付与された管理権は、それ自体右の公益上の必要が生じたときには、撤回されるという制約が内在しているものとして与えられているのであるから、右許可を受けた者は、当該公園施設につき右の公益上の必要が生じたときは、原則上、受忍の範囲内として、公園管理者に対し右管理権を保有する実質的理由を喪失し、かつ、右管理者の右許可の取消(撤回)により右権利は消滅するに至るものと解するのが相当である。従って、特別の事情のないかぎり、右管理許可を取消(撤回)された者は、右管理権自体の消滅という損失を受けたとしても、都公法一二条一項所定の「通常受けるべき損失」に該当せず、これが補償を求めることはできないというべきである(最高裁昭和四九年二月五日判決、民集二八巻一号一頁参照。)。
(ロ) 従って、本件更新不許可処分が右の公益上の必要に基づきなされたものと認められる以上、右の特別の事情のなきかぎり、倶楽部側は、本件ゴルフ場の管理権(すなわち本件ゴルフ場用地およびゴルフ場施設の使用権。右は、倶楽部側のいう「本件ゴルフ場用地の使用権、施設利用権」と異ならないと解される。)自体の補償を求めることはできないのである。
(ハ) しかし、右の「特別の事情」として、買戻地五万九、九一二坪に関し肯定され、その補償額は九億円をもって相当とする。
すなわち、当初、生田緑地内にゴルフ場を建設する動向は、倶楽部側のみならず、市側も、昭和二三年五月ごろ、市議会に「ゴルフ場招致特別委員会(委員長は市議会議長が兼務)」を設置してまでも、共共本件ゴルフ場の建設に強力な推進運動を展開した。その一環として、現在の市有地一四万四、五六九坪一〇のうち五万九、九一二坪は昭和二二年いわゆる自創法による農地解放をされるべく市から国に、一旦、買収されてしまったところを、市側と倶楽部側とが、右解放を免れるべく関係機関に陳情説得にあたり或は耕作農民に対する説得に努め、かつ、離作補償料(この殆んどは倶楽部側で負担したであろうことは、《証拠省略》によって認められる昭和二六年契約の際の特約「解放予定の農地の耕作者に対する離作料はすべて林園会社の負担とする。」により推認できる。)等を支払って、耕作者からの強い反対運動を乗り切り、昭和二九年、国から市へ買戻しができた。以上の事実は当事者間に争いがない。なおこの買戻代金(市の負担金)が二万八、五四二円であることは、《証拠省略》により認められる。なお右離作料として、少くとも、当初五〇〇万円以上の出捐をした事実は《証拠省略》により認められる(但し、倶楽部側が出捐した離作料のうち五〇〇万円にかぎり市側も認めている。)。ところで市側において「右のうち二〇〇万円弱の出捐をしている。」がごとき書証と証人林義男の証言等があるけれども、その作成日付が昭和二六年五月と推認されるところ、それより前に、昭和二六年契約が同年四月一〇日に成立しており、その折の特約(すなわち離作料は、すべて林園会社の負担とする。)がすでに成立していたのであるから、それにも拘らず、市側で右二〇〇万円弱を実質的に出捐することは矛盾しているというべく、かつ、この矛盾を解消せしめるに足りる立証もないといわざるを得ない。のみならず、《証拠省略》を参酌すると、市側で右二〇〇万円弱の離作料を右買戻地のために出捐したとは認め難い。むしろ、市側保存にかかる右書証は、市の所有地に帰属せしめる以上、市の出捐によらしめる形式を整えるために作成されたものと推認するのを相当とする。
《証拠省略》によれば、昭和四八年当時における本件ゴルフ場用地の全面積四九九、九四四平方メートル一四(一五一、二三五坪余)の素地価額が一四二億四、三四〇万円であると認められる。従って平均単価として坪当り約九万四、〇〇〇円になることは計算上明らかである。これに右買戻地面積五万九、九一二坪を乗ずると五六億三、一七二万円(万未満切捨)になり、これが右買戻地部分の現存する更地評価額というべきである。弁論の全趣旨によれば、右買戻地部分を確保・維持・形成できたことによる、現在価値が、ゴルフ場用地であると否とに関係なく、右のように高額になったことは、昭和二六年契約当時からみれば、予想外の事実でもあったと推認できる。
《証拠省略》によれば、ゴルフ場建設反対耕作者らに対する説得として、表面上は緑地行政への協力を要請し、真意は、倶楽部側と表裏一体となり、本件ゴルフ場の建設に努力を重ねた結果、右買戻地部分を確保できた事実が認められる。
右のとおり買戻地部分を市のために確保したことに対する市側と倶楽部側との各寄与度(経済的負担・社会的な尽力等の総体)につき、いずれを重しと認めるに十分な証拠がない。そして本件ゴルフ場用地の一部分として使用してきている事実(但し、昭和四一年四月二五日以降、市有地全域で年額一、三五〇万円が許可条件たる使用料であった事実は当事者間に争いがない。)を参酌し、いずれにせよ結果的には右倶楽部側の寄与なくしては現在の如く確保・維持・形成できなかった右買戻地である以上、右寄与分のうち未償却分として、右現在評価額を基礎にし、かつ、本件更新不許可処分時に遡及推計して九億円を損失補償として認めるのを相当とする。
(ニ) 倶楽部側は、自らの費用で本件ゴルフ場に造成し、右施設(但し、本件建物および動産を除く)を市に寄付していること、等の事情が存在し、また、そもそもゴルフ場事業の経営は相当長期間にわたる継続を予定されてなされるものであるということができるとしても、反面、本件ゴルフ場の特許使用の関係は、極めて高度の公共性を有する都市公園における公園施設の管理許可にその基礎を置くものであること(なお、昭和二六年契約による使用関係成立の当初から、本件ゴルフ場用地は都公法二三条所定の公園予定地たる実質を有していたことは前説示のとおりであって、当時からすでに右使用関係には右用地の特質に由来する制約が内在していたということができるので、)、ゴルフ場自体、公園施設としては極めて異例であり、本件更新不許可処分の理由が、本件ゴルフ場を廃止して、右用地を一般市民の自由な利用に供し、都市公園本来の機能を発揮せしむべき客観的必要性があること、等の前認定の諸事情を考慮すれば、前記倶楽部側の出捐等の事情が存在したとしても、前記(ハ)以外の部分には「特別の事情」が存在しないというべきであるから、倶楽部側の「本件ゴルフ場用地の使用権、施設利用権」喪失自体についての補償を求める主張は、前記(ハ)以外は失当といわなければならない。
(3) 第二点、「倶楽部側の事業用資産の減損に対する補償」請求について。
すなわち、市有地を除く残余の土地は、倶楽部側が、右市有地と一体にして本件ゴルフ場事業経営のために使用する必要から、
訴外矢沢すず外七名所有地二、五五五坪九九を借地し、
林園会社は四、一〇七坪九九の所有権を取得し、
各々、本件ゴルフ場用地の一部に利用している。この事実は当事者間に争いがないか、少くとも明らかに争いのないところである。従って、当初から市有地の使用関係といわば運命共同体としての性質を付着せしめられているものとして倶楽部側の使用に供されていたものなのであるから、右(2)第一点と同様の理由で、そのコロラリーとして、土地賃借権価額および施設利用権価額について、市が倶楽部側に対して、その補償をなすべき義務を負うものではないと解するのが相当である。
(4) 第三点、「本件ゴルフ場用地上の建物等の収去に対する補償」請求について。
クラブハウスおよびキャディハウス(本件建物)は、本件ゴルフ場管理許可に伴う本件ゴルフ場の付属施設として、その設置を市長により許可されていたことにより、倶楽部側が本件ゴルフ場用地上に建築、所有しているものである(但し、登記名義は林園会社の所有である。なお、倶楽部側の本件ゴルフ場事業は、実質的には倶楽部会員の拠出する入会金等を基礎として運営されており、林園会社は、主として倶楽部の財産関係処理の便宜のため、その形式を利用しているものである。以上の点は、《証拠省略》により認められる。)。これらの建物は、許可条件として「期限経過後市において必要があれば優先譲渡し価格は協議により定める。」旨定められているものであるが、市側は林園会社に対し、これらの収去を求め、右買取りの意思がないのであるから、本件更新不許可処分により、倶楽部側において収去を要するものであるところ、これらはいずれも鉄筋コンクリート造地下一階付三階建のものであるから、これを市有地外に移転することは社会通念上不可能というべきであるから、これを取毀して収去せざるを得ないものである。従って、倶楽部側は、右の建物価額に相当する損失および右取毀収去費用に相当する損失を被ることになるが、これらの損失は、前説示の観点から、いずれも都公法一二条一項所定の「通常受けるべき損失」に該当するものと解するのが相当である。
《証拠省略》によれば、クラブハウスの建物価額は六、八三五万円、キャディハウスの建物価額は四、八三三万円、合計一億一、六六八万円であることが認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
倶楽部側は、右建物の取毀収去費用を建物価額の一割相当として一、一六六万八、〇〇〇円を訴求している。
《証拠省略》によれば、本件建物(すなわち、クラブハウスとキャディハウスの双方)の実測床総面積が二、五二五平方メートル余(七六五坪位)であることが認められる。
従って倶楽部側の訴求額が一坪当り一万五、二五〇円位に相当することは計算上明らかである。そして、鉄筋コンクリートの建物の収去についての方法・費用は、新築の場合よりも千差万別で、その値段を算出するのが困難であることも推測できるし、或は単価もコンクリートの立方メートル当りで考察すべきかもしれないが、具体的立証のない本件においては、高騰してきている建築費用或は現存建物価額等から逆に推測して、倶楽部側の請求にかかる坪当り一万五、二五〇円位を取毀して残地を整備するまでの収去費用として肯認しても、その業界の常識的値段の範囲内と推測して差支えないと認められるので、一、一六六万円(万未満切捨)を収去費用として認容することとする。
なお、右の補償をなすべき建物の価額は、本来、本件更新不許可処分により本件ゴルフ場管理関係が終了した昭和四二年四月の時点における価額であると解すべきところ、右の価額は昭和四八年現在の評価額であるが、減価償却と物価の値上り等を総合的に考察すれば、右価額が昭和四二年四月の時点より高額であるとも断じ難く右価額の全額を認容することとする。
(5) 第四点、「経営権の喪失に対する補償」請求について。
右経営権の実体は前記(2)の「市有地部分の使用権」を含む延長線であることは、倶楽部側の主張により認められるところであるから、本件更新不許可処分により倶楽部側が営業廃止等に伴う諸々の損失を受けたとしても内在的制約の範囲内であり、いわゆる「特別の事情」に該当せず、従って、その損失も「通常受けるべき損失」に該当しないものというべきであるから、右補償請求も採用できない。
(6) 結論として、補償すべき額は
(2)の買戻地部分の九億円。
(3)の建物部分の一億一六六八万円。
右建物収去費用分の一一六六万円。
以上合計一〇億二八三四万円となり、この限度において認容するのを相当とする。
二 (甲事件)
1 (争いのない事実)
甲・乙両事件の請求原因(二)(3)(本件戒告処分)、(4)(本件代執行等)の事実(但し本件代執行が未完了であるとの点および打ち込んだ杭の数の点を除く)は当事者間に争いがない。
2 (本件戒告処分取消等を求める訴えの適否について)
(一) (原告適格ないし訴えの利益について)
市長は、「倶楽部側は、本件ゴルフ場管理許可期間満了後も市長の本件明渡命令に違背し、右管理を継続しているところ、右は都公法二五条の規定により犯罪行為に該当し、重大な公序良俗違反行為であり、また倶楽部側は本件ゴルフ場使用のための何らの私権をも有しないから、本件戒告処分等の適否を論ずるまでもなく、倶楽部側は右訴えの原告適格ないし訴えの利益を欠く。」旨主張する。
しかしながら、倶楽部側は、本件ゴルフ場管理許可の更新を得るべく、本件更新不許可処分取消の訴えを提起し右処分の適法性を争っているのであり、また、右更新不許可処分は前説示のように有効であるが、本件戒告処分等の適否は、右更新不許可処分の適否とは別個に考察せられるのであるから、倶楽部側に本件戒告処分の取消等を求める原告適格ないし訴えの利益がないとはいえないのであって、市長の右主張は失当である。
(二) (戒告は取消訴訟の対象外であるとの主張について)
市長は、「本件戒告処分は、行政代執行手続の一段階をなすにとどまるものであって、独立した行政処分ではないから、行訴法三条による処分取消しの訴えの対象とはならない。」旨主張する。
しかし、戒告は、義務者に対し既存の義務以上に、新たな義務を賊課するものではないが、代執行令書の発付および代執行の実施の前提要件として行政代執行手続の一段階を構成し、しかも単なる義務の履行の催告的な意味を有するにとどまらず、行政庁が、義務者に対し、指定の期限までにその義務を履行しないときは代執行を実施する旨の意思を表示するものであり、かつ、代執行の実施の段階に入れば多くの場合直ちに執行が終了し、救済の実を挙げ得ないこと等からして、「公権力の行使に当たる行為」(行訴法三条二項)として、これの取消を訴求することができると解するのが相当である。右に反する市長の主張は失当である。
(三) (代執行は完了したとの主張について)
(1) 市長は、「本件代執行の終了により、代執行手続は、代執行法五条、六条に基づく代執行費用の納付、徴収の段階に入ったものであるから、倶楽部側は、本件戒告処分の取消等を求める利益を喪失した。」旨主張する。
本件代執行は、本件ゴルフ場用地の明渡義務の履行に関するものであるから、右代執行が終了したといい得るには、本件ゴルフ場用地の占有が市側に移転したことを要するものであるこというまでもない。
しかるに、前示1の争いのない事実ならびに弁論の全趣旨によれば、市側が立札を立てたり杭を打ち込んだりした段階において本件代執行手続続行停止決定がなされ、これが市側に告知されたため、執行行為は右以上の進展をみなかったというのである。右の事実によれば、本件代執行は、その執行の着手はあったということはできるものの、本件ゴルフ場用地の占有が市側に移転したものと認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はないのであるから、本件代執行が終了(完了)したものということはできない。
(2) そうとすれば、市長の右主張のうち、本件代執行の取消を求める利益がないとの点については、その前提を欠くものであって失当といわなければならない。
(3) 次に、本件戒告処分の取消を求める利益の存否につき検討する。
倶楽部側は、本件戒告処分の取消を訴求するほか、本件代執行の取消をも求めるところである(本件代執行も、行訴法三条二項の「行政庁の公権力の行使に該当する行為」として取消訴訟の対象となるものと解する。)。そして、代執行(の実施行為)は、戒告に始まり代執行令書の発付を経て、その実施により終了する一連の行政代執行手続の最終段階を構成するものであり(代執行費用の納付、徴収の手続は、これに附随するが一応別個の手続と観念できる。)、右代執行(行為)の取消訴訟において、その取消事由として、その固有の瑕疵のみならず、先行処分たる戒告の瑕疵をも主張することができるのであるから、右代執行の取消を訴求する以上、特段の事由なき限り、更に先行処分たる戒告処分の取消を求める訴えの利益はないものと解するのが相当であり、本件においては、右特段の事由は認められない。
よって、「本件戒告処分」のみの取消の訴えは、その利益を欠くものとして不適法たるを免れない。
3 (本案について)
(一) (本件代執行取消請求につき)
代執行法所定の手続によりその履行を確保せられる行政上の義務、すなわち、行政代執行の対象となる行政上の義務は、「他人が代ってなすことのできる行為」をなす義務、いわゆる代替的作為義務に限定せられるので(行政代執行法二条参照)、作為義務であっても不代替的なそれは代執行の対象とはなり得ないと解するのが相当である。
ところで、本件において市長が都公法一一条に基づく監督処分としての本件明渡命令により倶楽部側に賦課しこれを代執行手続により実現しようとする行政上の義務は、本件明渡命令あるいは本件戒告処分に明らかなように、クラブハウス敷地部分を除く「本件ゴルフ場用地の明渡義務」であるところ、右のような人の占有している土地の明渡義務の実現には、実力により義務者の占有を排除し、行政庁にこれを移転せしめることを要するものであるから、右義務は直接強制によってのみ実現の可能な義務であって、行政代執行により実現し得る代替的作為義務に該当しないといわなければならない。
よって、本件代執行は、行政代執行の対象となし得ない義務につき、これを行ったものであるから、違法として取消を免れない。
(二) (物件の撤去請求につき)
右のように本件代執行が違法である以上、右代執行の実施行為の一内容として市側により本件ゴルフ場用地に立てられた立札および打ち込まれた杭等は違法に存置された物件であるというべきである。
しかしながら、前説示のように本件更新不許可処分は適法であり、倶楽部側は本件ゴルフ場管理権を有しないから、その管理権に基づく右物件の撤去請求としても、或は、倶楽部側は都公法二二条により私権を行使することができないのであるから、その占有権に基づく妨害排除請求権の行使としての右請求であったとしても、いずれにせよ右物件の撤去請求を認容するに由なく、他にこれを訴求し得る根拠の主張、立証はない。
よって、右物件撤去の請求は失当として棄却を免れない。
三 (丙事件)
1 (市から倶楽部側に対する市有地明渡請求について)
(一) 丙事件の請求原因(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。
(二) 倶楽部側は「市は所有権に基づき明渡請求できない。」旨主張するので判断する。
市の右請求は、市有地の所有権に基づく妨害排除請求権の行使によるものであるところ、都公法二二条は、「都市公園を構成する土地については私権を行使することができない」旨を規定し、市有地が本件公園を構成する土地であることは、争いのないところである。
ところで、都公法は、都市公園の機能を十分に発揮せしめる見地から、都市公園の管理関係につき特に留意し詳細な規定をおいて、これを公園管理者の統一的、合目的的な管理権の行使に委ねることにより、その管理関係を明瞭ならしめ、所期の目的を達成しようとしているのであり、同法二二条(私権の制限)の規定の趣旨とするところも右の観点から理解されるべきものである。
そして、公園管理者は、本件のような権限消滅後の占有者に対しては、同法一一条一項の規定するところにより、一定の措置をとることができるのである。しかして、右の監督処分を発動するか否か、発動するとして、その処分の種類、内容の選択、決定また処分を発動すべき時期等については、公園管理者の合目的的な判断(裁量)に委ねられているのである。従って、本件においては、公園管理者たる市長から占有者たる倶楽部側に対して右監督処分の一環として明渡請求等を求めることにより、市側は所期の目的を達する関係にある。
そうとすれば、市が土地所有者たる地位に基づく右明渡請求を、都公法が二二条の規定に牴触してまでも肯定しなければならない特段の事情が認められないから、右明渡請求は失当として棄却を免れない。
2 (市長の倶楽部側に対する請求について)
(一) 丙事件の請求原因(一)、(二)の事実ならびに(四)のうち「本件ゴルフ場の管理許可期間の満了により倶楽部側が右の管理権限を喪失した。」との点を除くその余の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
(二) (倶楽部側からの本案前の主張について)
倶楽部側は、「市長は、公園管理権者として、都公法に基づき本件土地、建物の明渡、収去を命ずることができるから、これにつき訴えにより明渡しを求める利益を有しない。」旨主張するので考察する。
(1) まず、市長の本訴請求中、倶楽部側に対する本件建物からの退去、倶楽部側に対する本件土地明渡の各請求についてみると、なるほど倶楽部側主張のように、市長は、公園管理権者として都公法一一条に基づき、その監督処分の一内容として、倶楽部側に対し右各請求と同旨の命令を発することができるのである。
しかしながら、市長の右命令により倶楽部側に賦課される行政上の義務は、いずれも代替的作為義務ではないから、前説示のように、代執行法の手続によりその履行を確保するに由なく、かつ、右義務については、現行法上他に行政上の強制執行手段が認められないのであろう。
また、右土地明渡等請求は、市長の公園管理権に基づく請求として、公法上の法律関係に関する訴え(当事者訴訟)たる性質を有するが、右は本件ゴルフ場管理関係の終了による原状回復請求としての明渡等請求であり、私法上の賃貸関係等の終了による返還請求としての明渡等請求と、その本質において異るところはないから、右請求権の実現については民訴法所定の方法によることができると解するのが相当である。
そうとすれば、市長は、右の各請求をなすにつき訴えの利益を有するものというべきである。このように解した結果、行政庁に直接強制の方途を与えることとなるからといって、「基本的人権の尊重を建前とする現行憲法の精神に反する。」旨の倶楽部側の主張はあたらないといわなければならない。
(2) 次に、林園会社に対する本件建物収去請求について市長は、公園管理者として都公法一一条に基づき、林園会社に対し右請求と同旨の命令を発することができる。のみならず、右命令により林園会社に賦課される行政上の義務である本件建物除却義務は、代執行法の手続によりその履行を確保することができる義務であると解される。そうとすれば、特段の事由なきかぎり、市長は右請求につき訴えの利益を有しないものというべきである(最高裁昭和四一年二月二三日判決、民集二〇巻二号三二〇頁参照)。しかしながら、本件においては、市長は、倶楽部側に対し、公園施設たる本件ゴルフ場の明渡を訴求しているのであり(右訴えが適法であることは前説示のとおりである。)、本件建物は右ゴルフ場の付属施設として存置せしめられている関係上、本件ゴルフ場明渡請求にいわば付加した形でその収去が訴求されているものと認められ、かつ、右請求が付加されたために裁判所の審理上の負担が特段加重されるものとは認め難いこと、また、そもそも右のような行政代執行等の行政上の強制執行は、行政客体に義務を賦課した行政庁みずからが、一方的にその要件の存在を認定して執行を行う、いわば行政権内部での自力救済の制度であるところ、他面行政庁が裁判所によって請求権の存在についての確認を受け、権利の強制的実現を図ろうとすることに国民の権利保護という観点からみれば、不都合はないというべく、右の「特段の事由」について、しかく厳格に解する必要はない。
従って市長の林園会社に対する本件建物収去請求についても、その訴訟利益を肯認して差支えないと解すべきである。
以上のように、倶楽部側の右主張は、いずれも失当であって当裁判所は採用しない。
(三)(1) 本件更新不許可処分が適法であることは前説示のとおりであるから、倶楽部側は、昭和四二年四月二四日の経過により本件ゴルフ場管理の権限を喪失したものである。
(2) (同時履行の抗弁について)
前説示のように、倶楽部側は市に対し、一定額の補償請求権を有する。そして、右補償金の支払時期についてみるに、私人保護の観点からは、補償の事前払い、少くとも同時補償が望ましいということはいえよう。しかし、多種多様な情況の下での行政上の(適法)行為がなされ、従って私人に生じる損害も、それ対応する種々のものであり得るから、常に一律に事前補償ないし同時補償を要するとすることは、不可能あるいは不適切である場合も少くない(例えば河川法二二条一項、道路法六八条一項参照。)のであって、結局補償金支払いの時期をいつにするかは、立法政策の問題であるというべく、事前ないし同時補償でなければ憲法二九条三項の趣旨に反するとはいえないのである。
そして、これを都公法についてみると、同法一一条二項に基づく公園施設管理許可の取消に伴う損失の補償については、同法一二条の規定するところであるが、同条項には補償金の支払いの時期について特に定めるところはない。たとえば、同条三項が申請を認める土地収用法九四条の規定による裁決にかかる補償金については、事前払いを定める同法九五条の規定の適用がないのである(かえって、都公法一二条二項において補償についての「協議」、三項前段において「自己の見積り金額の支払」を規定しているところ、これは、同法がその反面、監督処分の実現と、補償とを分離し別個に解決することを予定しているものとも解されるのである。)。また、本件において特に右と別異に解すべき事由は認められない。
よって、右の倶楽部側の同時履行の抗弁は失当であるといわなければならない。
(3) (留置権の抗弁について)
留置権の基礎は、公平の原則にあり、同時履行の抗弁権と趣旨を同じくするところ、右(2)にみたように、土地明渡と本件更新不許可処分による損失の補償とは同時履行の関係に立つものではないから、留置権の主張もその基礎を欠くものであって、右主張は採用のかぎりでない。
(4) よって、市長に対し、林園会社は、本件建物を収去して、倶楽部は、本件建物から退去して、市有地明渡の義務を負うというべきである。
3 (市の倶楽部側に対する不当利得返還請求について)
(一) 倶楽部側に市有地使用権がないことは右乙にみたとおりであり、丙事件の請求原因(五)(使用料相当額が一か年一三五〇万円である。)事実は当事者間に争いがない。
(二) そうとすれば、倶楽部側が右不当利得相当額を供託しているとしても、それはあくまでも「使用料」そのものとしての供託であり、その故に倶楽部側のもとに利得が残存していないということはできないから、右についての倶楽部側の主張は失当である(なお、市の右請求が都公法二二条の規定に牴触するものでないことは、前説示から明らかである。)。
(三) よって、倶楽部側は連帯して市に対し、市有地明渡済みに至るまで、一か年につき金一三五〇万円宛の使用料相当額の支払義務を負うというべきである。
四 (結論)
以上のような次第で、
1 甲事件については、本件戒告処分取消の訴えを却下し、行政代執行取消の訴えを認容し、立札等の物件撤去請求を棄却する。
2 乙事件については、本件不許可処分取消請求および別紙目録(一)の土地について本件ゴルフ場用地としての使用権確認請求(主位的請求)を棄却し、損失補償請求(予備的請求)のうち合計金一〇億二八三四万円とこれに対する本判決確定の翌日以降右支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容し、その余の請求を失当として棄却する。
3 丙事件については、市長から林園会社に対し本件建物(クラブハウス、キャディハウス)を収去して、倶楽部に対し同建物より退去して、各々市有地の明渡を求める部分を認容するとともに、倶楽部側が連帯して市に対し昭和四二年四月二五日以降右土地明渡済みに至るまで一か年につき金一三五〇万円宛の使用料相当の不当利得金の支払うべき義務の履行を求める部分も認容すべく、しかし、市から倶楽部側に対する本件建物についての収去・退去土地明渡請求は失当として棄却を免れない。
4 訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を適用して、総費用の五分の一を市側の負担とし、その余を倶楽部側の負担とする。
5 乙、丙事件につき、各々仮執行の宣言を求めている部分があるけれども、諸般の事情を参酌し、これを付さないのを相当とする。
6 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 龍前三郎 裁判長裁判官加藤廣國は退官により、裁判官川勝隆之は転官により、各々署名押印することができない。裁判官 龍前三郎)
<以下省略>