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横浜地方裁判所 昭和42年(ワ)74号 判決 1968年4月18日

原告

神奈川県鉄工業

健康保険組合

代理人

鈴木孝夫

被告

日野交通株式会社

代理人

松尾黄楊夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一、〇四七、七七〇円およびこれに対する昭和四二年一月二六日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決竝に仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は健康保険組合であり、被告はタクシー営業を目的とする会社である。昭和三六年五月一三日、被告会社のタクシー運転手であつた訴外土志田信幸は、被告会社の営業用乗用自動車を営業のため運行中、同日午後一一時二〇分頃、横浜市鶴見区向井町一丁目富士薬局前道路上において、原告組合の被保険者である訴外清水浩三に衝突し、よつて同訴外人に頭部外傷等の傷害を与えた。したがつて、被告は右交通事故につき、自動車損害保障法第三条所定のいわゆる運行供用者として、右訴外人に対し、その蒙つた損害を賠償する義務がある。

二、訴外清水浩三は、前項記載の傷害の治療を、原告保険組合の被保険者たる資格において請求したので、原告組合は、東京大学医学部付属病院、土田病院、関東労災病院、財団法人三生会病院及び鶴田医院の各診療機関を介して、昭和三六年一〇月二〇日から昭和四〇年九月末日までの間に別表(一)記載のとおり合計金九一二、四五七円相当の医療給付をなし、かつ、別表(二)記載のとおり昭和三七年三月三一日から同年五月八日までの間に、株式会社泰山堂を介して合計金七、八六七円相当の調剤給付をした。

三、また原告は、訴外清水浩三に対し、右傷害につき昭和三七年九月一四日から同三八年三月一〇日までの間に、合計金一二七、四四六円を健康保険法第四五条所定の傷病手当金として給付した。

四、第二項記載の金九一二、四五七円の医療給付、金七、八六七円の調剤給付及び前項記載の傷病手当金一二七、四四六円の給付の合計金一、〇四七、七七〇円は、本来被告が訴外清水浩三に対し、前記不法行為による損害賠償義務の履行として支払うべきものの一部であるが、原告は、前各項の給付と同時に、訴外清水浩三が被告に対し有する損害賠償請求権を右支給額の限度で取得した。(健康保険法第六七条)

五、よつて原告は被告に対し、右損害賠償請求金一、〇四七、七七〇円及びこれが遅滞に陥つた以後である本件訴状送達の翌日である昭和四二年一月二六日以降民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求めるため、本訴に及んだ次第である。

六、被告の抗弁について次のとおり陳述した。

(一)  被告及び訴外清水浩三間に、被告主張の和解が成立し、その和解条項の履行が終つているか否かは不知である。

仮りに、被告主張の通りの和解が成立したとしても

(1)  被告の主張する、訴外清水浩三の被告に対する損害賠償請求権は、元来、治療費を除外してなされていたものであり被告の挙げる和解条項は治療費についての和解を含まないものである。

(2)  仮に、右主張が認められないとしても、被告の主張する和解成立の時期は、昭和四〇年八月一四日であり、原告が健康保険法第六七条にもとづき訴外清水浩三に代位して取得したと主張する損害賠償請求権の代位は、昭和三六年以降継続的に右訴外人になした医療等の給付によつて生じたものであり、したがつて、原告の請求額のうち、昭和四〇年八月一三日までの給付済の金一、〇〇四、五六五円についての損害賠償請求権は、原告のなんらの意思表示をまたず当然に右限度で原告に移転していたものである。よつて、被告および訴外清水浩三間に、いかなる内容の和解が成立したとしても、右訴外人は既に失つた権利について示談をなす何等の権限をも有しないから、被告の主張は失当といわなければならない。

(二)  原告の被告に対する損害賠償請求権は、時効により消滅しない。

被告の消滅時効の主張は、自動車損害賠償保障法第四条、民法第七二四条の適用において、大審院大正九年(オ)第二五九号の判例により、不法行為における損害が継続的に発生する場合においても、時効期間の起算点は、被害者が最初に損害及び加害者を知つた時であるとする見解を前提とするものである。

而して、右判例は、大審院連合部判決(昭和一五年一二月一四日民集一九巻二、三二五頁)においてあらためられ「其損害ノ継続発生スル限リ日ニ新ナル不法行為ニ基ク損害トシテ民法第七二四条ノ適用ニ関シテハ、其各損害ヲ知リタル時ヨリ別個ニ消滅時効ハ進行スル」となつた。

交通事故による傷害は、事故時点において容易には傷害の程度を予測しがたいことは、巷間周知の事実であり、右判例の見解は極めて正当なもので、被告の時効の主張は理由がない。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

原告請求原因事実中第一項記載の事実のみを認め、その余の事実はすべて争う。と述べ抗弁として次のとおり主張した。

一、原告の主張する損害賠償請求権は、東京高等裁判所昭和三九年(ネ)第一、四三六・第二、五〇七号損害賠償請求控訴事件で、昭和四〇年八月一四日裁判上の和解が成立し、被告が訴外清水浩三に、金二、一〇〇、〇〇〇円を支払うことによつて消滅した。すなわち、原告の右請求権は、健康保険法第六七条により被告に対し求償権を行使するものである。右法条によると、「健康保険組合が保険給付を為したるときは、その給付の価額の限度において、被保険者又は被保険者たりし者が第三者に対し有する損害賠償請求の権利を取得す」と規定されており、被保険者(又はたりし者)の損害賠償請求権の存在を前提とし、健康保険組合は給付額の限度において求償権のあることを規定したものに過ぎない。本件においては右のとおり、被保険者訴外清水浩三と被告との間で裁判上の和解が成立し、これが和解条項を履行したのであるから、右訴外清水浩三の被告に対する損害賠償請求権の消滅と同時に、原告の被告に対する求償権も消滅した。

原告は、右和解条項は治療費についての和解を含まないものと言うが、これは強く否認する。右和解調書の条項三において、「本件に関して被控訴人等は名義の如何を問わず他に何等の請求をしないこと。」と規定したのは、和解成立後、治療費が請求漏れになつていたとか、金額に不足があつたとかの申出があつて、再び紛争を惹起することが屡々あるので、これを防止するためである。

二、仮に、原告に損害賠償請求の権利があるとしても被告は消滅時効を援用する。民法第七二四条には、「被害者が損害又は加害者を知りたる時より三ケ年間之を行わざる時は時効により消滅する」旨が規定されている。本件の自動車事故の発生したのは昭和三六年五月一三日であり、訴外清水浩三が損害及び加害者(被告及び被告会社の運転手)を知つたのも同日であるので訴外清水浩三の被告に対する損害賠償請求権は右同日より進行を始め、満三ケ年の経過した昭和三九年五月一二日の満了により消滅時効は完成したものである。

仮に、原告が訴外清水浩三と別個に独立した求償権に基く損害賠償請求権を有するものとし、原告が損害及び加害者を知つた時期を、原告が被害者(被保険者)訴外清水浩三に給付を始めた時としても、昭和三六年一〇月より給付を始めていることは原告の主張するところであるので、昭和三六年一〇月より満三ケ年を経過した昭和三九年一〇月末日には消滅時効が完成し、原告の被告に対する損害賠償請求権は消滅したものである。

(証拠)<略>

理由

原告が健康保険組合であり、被告がタクシー営業を目的とする会社であること、原告主張の日時場所において、被告のタクシーが訴外清水浩三に衝突し、同訴外人に頭部外傷等の傷害を与え、被告がその損害を賠償する義務を負つたことは当事者間に争いがない。

<証拠略>によると、訴外清水浩三は、原告保険組合の被保険者であるため、右交通事故による傷害の治療を、原告に請求したので、原告は請求原因二、三で述べているとおり、合計金一、〇四七、七七〇円の医療給付、調剤給付、傷病手当金の給付を行なつたことが認められる。

よつて、原告は、健康保険法第六七条の規定により、訴外清水浩三が被告に対して有する損害賠償請求権を右支給額の限度で取得したものである。

被告は、本件交通事故による損害賠償請求権は、裁判上の和解により消滅したものと抗弁するので、考えてみるに、<証拠略>によると、右裁判上の和解は、訴外清水浩三の失つた得べかりし収入(利益)と訴外清水トミエ、同清水義晶および同清水ひろ子に対する慰藉料に関して示談がなされていることが認められるから、乙第一号証の和解条項三の「本件に関して被控訴人等(訴外清水浩三、同清水トミエ、同清水義晶、同清水ひろ子)は、名義の如何を問わず他に何等の請求をしないこと」とある「本件に関して」とは、右の、得べかりし収入利益と慰藉料のみを指し、治療費は含まないものと解するを相当とする。したがつて、この点に関する被告の抗弁は理由がない。

次に被告は、原告の本訴請求権は時効によつて消滅したと主張するからこの点について判断する。

不法行為は一回限りであるが、これに基く損害が継続的もしくは間歇的に発生する場合においては、被害者が不法行為に基づく損害の発生を知つた以上、その損害と牽連一体をなす損害であつて、当時においてその発生を予見することが可能であつたものについては、すべて被害者においてその認識があつたものとして、民法第七二四条所定の時効は、前記損害の発生を知つたときから進行を始めるものであるが、当時において通常人の予見することができない範囲の損害については、別個にその発生を知つたときから同条所定の消滅時効が進行を始めるものと解するを相当とする。

前顕甲第七号証(判決)によると、訴外清水浩三は、有限会社大瀬製作所に勤務していたところ、昭和三六年五月一三日本件交通事故の負傷により、同日から昭和三六年一二月末まで同会社を欠勤し、小康を得て、昭和三七年一、二月頃から同年八月頃まで同会社に出勤し、極く軽い仕事に従事していたが、病気再発のため同年九月一一日財団法人三生会病院に入院したまま現在にいたつていること、そして同訴外人は、頭部傷害の後遺症のため、人格水準の低下を来し、廃人同様となつて、労働能力も喪い、将来これが回復の見込のないことが認められる。

そうすると、訴外清水浩三は、昭和三六年五月一三日負傷した当時においては、昭和三七年九月一一日の病気再発や後遺症の発生を予見することができなかつたものと推認できるけれども、病気が再発し財団法人三生会病院に入院するようになつてからは、右後遺症の発生をも予見することが可能になつたものと認められる。従つて、民法第七二四条所定の消滅時効は、昭和三七年九月下旬若くは一〇月上旬から進行を始め、満三ケ年を経過した昭和四〇年九月下旬若しくは一〇月上旬完成したものと解される。

以上の次第で、原告の被告に対する本件求償権も時効により消滅しているのであるから爾余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(石藤太郎)

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