横浜地方裁判所 昭和43年(ワ)1058号 判決 1974年5月10日
原告 南北産業株式会社
被告 鈴江組海運株式会社
主文
被告は、原告の所有にかかる別紙物件目録記載の汽船第七東南丸に対し、被告の訴外紅和海運株式会社に対する別紙債権目録記載の船舶債権のうち、一の(一)ロ、ハ、(三)イ、二の(一)ロ、(三)イ、三の(一)ロ、ハ、(三)イ、四の(一)ロ、ハ、五の(一)ロ、ハ、六の(一)ホを除く船舶債権に基づく船舶先取特権は、これを有しないことを確認する。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告は原告所有の汽船第七東南丸(要目別紙物件目録記載のとおり)に対し、被告の訴外紅和海運株式会社に対する金五、七八八、二四一円の船舶債権(内容別紙債権目録記載のとおり)に基づく船舶先取特権を有しないことを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
別紙「当事者の主張」のとおり。
第三証拠<省略>
理由
一 原告は海上運送事業等を営み、そのために船舶を所有する者、被告は船舶代理店業等を営む者であること、被告は訴外紅和海運株式会社(以下単に紅和海運という)が運航する原告所有の汽船第七東南丸(要目は別紙物件目録記載のとおり、以下本船という)に対し、金五、七八八、二四一円の船舶債権(内訳は別紙債権目録記載のとおり)を有するとして、昭和四三年五月六日東京地方裁判所に対し船舶競売の申立をなし、同月七日同裁判所より船舶碇泊命令および船舶競売手続開始決定が出されたこと、原告は同月一三日同裁判所に対し、先取特権不存在確認を本案とする右船舶競売手続停止の仮処分申請をなし、同月一七日右手続停止および航行許可の仮処分決定を得たこと、本船は原告が訴外日本近海汽船株式会社に定期傭船に出し、同訴外会社がこれをさらに紅和海運に定期傭船に出し、紅和海運が運航していたこと、別紙債権目録中二の(四)イ、三の(三)ロ、五の(一)ロ、六の(一)ニの債権は存在せず、同目録中一の(一)イ、二の(一)イ、三の(一)イ、四の(一)イ、六の(一)イ、ロの水先料および曳船料債権合計金一〇五、六一〇円については原告が同年五月一五日に横浜地方法務局に弁済供託し、被告がこれを受領して既に消滅していることはいずれも当事者間に争いないところ、原告は、被告の紅和海運に対する前記船舶債権は存在しない、仮に存在するとしても、商法第八四二条に規定する船舶先取特権を生ずる債権ではないと主張するので検討する。
二 証人重田保の証言(第一、二回)によつて成立の認められる乙第一、第二号証、同第三号証の一ないし四、同号証の五の一ないし三、同号証の六の一、二、同号証の七、同号証の八の一、二、同号証の九の一ないし三、同号証の一〇ないし一三、同号証の一四の一ないし四、同号証の一五ないし一八、同第四号証の一、同号証の二の一、二、同号証の三、同号証の四の一ないし三、同号証の五の一、二、同号証の六ないし八、同第五号証の一、二、同号証の三の一、二、同号証の四、同号証の五の一ないし四、同号証の六の一、二、同号証の七、同号証の八の一、二、同号証の九ないし一六、同第六号証の一ないし四、同号証の五の一ないし三、同号証の六の一ないし七、同号証の七の一、二、同号証の八、同号証の九の一、二、同号証の一〇の一ないし三、同号証の一一ないし一四、同号証の一五の一ないし三、同号証の一六、一七、同第七号証の一、同号証の二の一、二、同号証の三、同号証の四の一、二、同号証の五の一ないし五、同号証の六の一、二、同号証の七、同号証の八、九の各一、二、同号証の一〇ないし一五、同第八号証の一ないし三、同号証の四の一ないし七、同号証の五、同号証の六の一ないし三、同号証の七の一ないし七、同号証の八ないし一〇の各一、二、同号証の一一ないし一七、同第一〇号証の一ないし七、同第一一号証の一、同号証の二の一、二、同号証の三ないし五、同第一二号証の一ないし四、同第一三ないし第一五号証の各一ないし五、同第一六号証の一ないし七、証人重田保(第一、二回)、同秋元実、同小倉利雄、同山本大六、同佐々木敬一郎、同小松孝雄、同藪正之の各証言によれば以下の事実を認めることができる。
(一) 昭和四一年五月一六日訴外紅和交易株式会社(昭和四一年一二月に紅和海運株式会社と商号変更)は、訴外鈴江組倉庫株式会社との間で、右紅和海運の運航する船舶が京浜港に入港するときは左記業務を右鈴江組倉庫に委任する旨の契約を締結した。
1 船舶代理店業務
船舶出入港および本船貨物積揚に要する手続ならびにこれに附随する業務。
2 荷役業務
(1) 揚積荷物の船内荷役。
(2) 揚荷物の艀回漕および第二船積換。
(3) 揚荷物の荷捌、陸揚作業および仕訳保管。
(4) 前各項の業務遂行に附随する業務。
(二) 昭和四一年一二月右鈴江組倉庫の代理店課が独立して鈴江組海運株式会社(被告)となり、右鈴江組倉庫の代理店業務および荷役業務一切を承継し、紅和海運はこれを了承した。
(三) 被告は前記(一)の契約に基づき、紅和海運が運航する本船が、昭和四二年五月二三日から昭和四三年二月一二日までに、計六回横浜港および川崎港に入港した際、本船の出入港および碇泊に必要な水先料、曳船料、浮標使用料、綱取料、埠頭料、給水費用、その他の雑費を支払い、荷役作業に伴う荷役料、検数料、ダンネージ料等の費用を荷役業者等に支払つた。その支払いの内訳は別紙債権目録記載のとおりである(但し、同目録のうち、二の(四)イ、三の(三)ロ、五の(一)ロ、六の(一)ニおよび各手数料を除く。)
(四) 被告は本船右船舶代理店業務および荷役業務による被告の出費に手数料を加算して紅和海運にその支払いを請求したが、紅和海運は昭和四二年五月ころより経営状態が悪化していたためにこれを支払わず、右支払に代えて約束手形を振出したが不渡りとなつた。
三(一) 船舶先取特権とは船舶に関する特定の債権者(商法第八四二条)につき、その船舶および附属物に対し認められる特殊の先取特権であるが、先取特権としての性質については民法の先取特権(民法第三〇三条以下)と異るものではなく、右船舶先取特権を生ずる債権の債権者は、債務者のために直接に、商法第八四二条各号に定める費用を支出した者であることを要する。しかし、みずから必要な物品または労力を提供して商法第八四二条各号の費用債権を船舶航行者に対して有する課税権者(三号)、水先案内人、曳船業者(四号)等に限らず、他人をしてかかる物品または労力を提供せしめて商法第八四二条各号の費用を立替え支払つた者をも含むと解すべきである。なぜならば、債務者側からみれば、直接水先案内人、曳船業者等に対して負担する債務につき先取特権が成立しても、債務者の委託により右業者等に費用を立替え支払つた者の償還債務につき先取特権が成立してもその間に差異はなく、債権者側からみれば直接の業者のみに対し先取特権を認め、債務者より委託を受けた者の支払につきこれを認めないのはその差別について合理的根拠を欠き、ひいては他人に委託して前記各費用を支出する便法を禁圧する結果となるからである。
(二) 前記認定によれば、被告と紅和海運との前記船舶代理店および荷役業務契約は準委任契約である(乙第九号証の一ないし五によれば、船舶代理店は業者と船舶航行者との契約につき、航行者の業者に対する債務の支払保証をしている商慣習が存在するかの如きであるが、前記秋元、小倉、山本、佐々木、小松の各証言によればかかる慣習は存在せず業者にとつても直接の債務者は船舶代理店であることが認められる。)ということができるから右契約に基づいて被告が業者等に支払つた費用のうち、商法第八四二条各号に該当するものについては、船舶先取特権が生ずるというべきであり、右費用の紅和海運に対する償還請求権を被担保債権として、右先取特権を行使することができる。
(三) ところで前記争いのない事実によれば、本船は原告が所有して訴外日本近海汽船株式会社に定期傭船に出し、右訴外会社が紅和海運にさらに定期傭船に出していたものであるところ、原告は、右定期傭船契約は一種の運送契約であつて、商法第七〇四条二項の適用、準用はないと主張し、原告代表者尋問の結果により成立の認められる甲第三、第四号証によれば、右各定期傭船契約書には本契約は賃貸借契約ではない旨規定されているが、右契約の法的性質は右文言のみに左右されるものではなく、右甲号証によれば本船の定期傭船契約は船舶賃貸借と労務供給契約の混合契約と解すべきであり、従つて商法第七〇四条二項の準用によつて、被告は本船の利用によつて生じた船舶先取特権を船舶所有者たる原告に登記なしに対抗しうる。
(四) そこで被告が出捐した個々の費用が商法第八四二条各号に該当するか否かについて検討するに、別紙債権目録中一の(一)ハ、二の(一)ロ、三の(一)ハ、四の(一)ハの埠頭料および五の(一)ハ、六の(一)ホの浮標使用料が同条第三号に、一の(一)イ、二の(一)イ、三の(一)イ、四の(一)イ、六の(一)ロの曳船料、六の(一)イの水先料が同条第四号にそれぞれ該当することは疑いがない。
(五) 次にその余の費用が商法第八四二条第六号の「航海継続の必要に因りて生じたる債権」に該当するか否かについて考えるに、船籍港が原則として当該船舶所有者の住所地とされ(船舶法第四条)、船籍港外で生じた船舶債権の債権者は船舶所有者の陸産に対する執行が困難であつて、船舶先取特権を与えて保護する必要があることからすれば、右「航海」とはある港からある港までの特定の運送航海ではなく、船籍港を出て再び船籍港に復帰するまでの全航海をいうと解すべきであり、本件の債権が発生した横浜および川崎港は本船の船籍港ではなく、中間港である。
次に「航海継続の必要」の意味についてであるが、商法第八四二条六号の船舶先取特権が何らの公示方法もなく、登記された船舶抵当権や同条七号の船員の債権に基づく先取特権に優先する強力なものであることに鑑みれば、その範囲はできるだけ厳格にすべきものであり、出入港および海上航行そのものに不可欠な費用に限ると解すべきである。
(六) これを本件船舶債権についてみれば、船舶先取持権を生ずるのは、出入港に必然的に伴う綱取料(別紙債権目録一の(一)ロ、三の(一)ロ、四の(一)ロ、五の(一)ロ)および海上航行に不可欠の給水費(同目録一の(三)イ、二の(三)イ、三の(三)イ)に限定され、その余の荷役に伴う費用(荷役料、ダンネージ料、検数料、税関料、碇泊中の費用(通船料、交通費その他の雑費)、船舶代理店の手数料は先取特権を生じないというべきである。
(七) ところで被告は、被告が荷役等の費用を支払わなかつたならば、紅和海運は倒産し、本船の航海継続は不可能であつたから、右費用は商法第八四二条第六号に該当すると主張するが、船舶先取特権を生ずる債権の範囲は客観的に定めらるべきものであり、右のような主観的な事情に左右さるべきではないから、被告の右主張は失当である。
なお前記争いのない事実によれば、原告は被告に対し、別紙目録中水先料および曳船料を任意に弁済しているのであるが、証人千葉輝彦の証言によれば、被告の申立により本船の碇泊命令を受けたためそれによつて生ずる被害が大きくなるので、本船の出港許可の仮処分決定を強力に要請する目的で、最も船舶先取特権の発生する可能性のある水先料および曳船料について弁済供託したものであり、右弁済をもつて、その余の費用についても原告が船舶先取特権の存在を認めたものであるということはできない。
(八) 以上によれば船舶先取特権が存在するのは、別紙債権目録中埠頭料、浮標使用料、綱取料(但し、同目録六の(一)ニを除く)給水費のみであり、その余の費用については船舶先取特権を生じないかあるいは既に債権が消滅している。
四 よつて原告の本訴請求のうち、別紙債権目録の一の(一)ロ、ハ、(三)イ、二の(一)ロ、(三)イ、三の(一)ロ、ハ、(三)イ、四の(一)ロ、ハ、五の(一)ロ、ハ、六の(一)ホを除くその余の債権に基づく船舶先取特権の不存在確認を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柏木賢吉 山田忠治 仲家暢彦)
(別紙)当事者の主張<省略>
(別紙)債権目録
金五、七八八、二四一円也
但し、京浜港に於て、鈴江組海運株式会社が、紅和海運株式会社の運航する汽船第七東南丸のために支出して取得した左記債権
一 昭和四二年五月二三日乃至二五日横浜寄港分
(一) 港費
イ 曳船料 八、一〇〇円
ロ 綱取料 四、九八〇円
ハ 埠頭料 一七、九九一円
(二) 貨物費
イ 荷積荷役料 五四一、一八六円
ロ ダンネージ料 八一、四〇〇円
ハ 検数料 三七、〇二六円
ニ 税関料 一、五〇〇円
(三) 船費
イ 給水費 三、九〇〇円
ロ 船上電話代 四、五〇六円
ハ 通船料 五、〇〇〇円
(四) 雑費
イ 郵便代 九、六七八円
ロ 電報料 七九五円
ハ 長距離電話代 一、一六六円
ニ 交通費 六、一二〇円
ホ 手数料 六五、六四四円
小計 七八八、九五六円
二 昭和四二年七月八日乃至一二日川崎寄港分
(一) 港費
イ 曳船料 三四、一五〇円
ロ 埠頭料 二九、九八五円
(二) 貨物費
イ 揚荷役料 一四〇、八四八円
ロ 船艙清掃料 七三、一〇〇円
(三) 船費
イ 給水費 九、九七五円
(四) 雑費
イ 電報料 五、五〇一円
ロ 交通費 一六、二六〇円
ハ 手数料 二四、七五〇円
小計 三三四、五六九円
三 昭和四二年九月五日乃至七日横浜寄港分
(一) 港費
イ 曳船料 一六、二〇〇円
ロ 綱取料 四、三五〇円
ハ 埠頭料 一一、九九四円
(二) 貨物費
イ 積荷役料 一八四、七八五円
ロ ダンネージ料 一五〇、〇〇〇円
ハ 検数料 六、〇二八円
ニ 税関料 三、六五〇円
(三) 船費
イ 給水費 一三、六五〇円
ロ 船上電話代 二、三八九円
(四) 雑費
イ 郵便料 九、一二八円
ロ 電報料 四一六円
ハ 長距離電話代 二、八一四円
ニ 交通費 四、四〇〇円
ホ 手数料 三六、二〇〇円
小計 四四六、〇〇四円
四 昭和四二年一〇月二七日乃至三〇日横浜寄港分
(一) 港費
イ 曳船料 一六、二〇〇円
ロ 綱取料 四、三五〇円
ハ 埠頭料 二三、九八八円
(二) 貨物費
イ 積荷役料 六一六、五五一円
ロ ダンネージ料 六八四、六〇〇円
ハ 検数料 四六、六七八円
ニ 税関料 七、五五〇円
(三) 雑費
イ 郵便料 九、一九五円
ロ 電報料 九二一円
ハ 長距離電話料 二、一三八円
ニ 交通費 八、八二〇円
ホ 手数料 六七、七〇〇円
へ 船荷証券用印紙代 八四〇円
小計 一、四八九、一三一円
五 昭和四二年一二月一九日乃至二一日横浜寄港分
(一) 港費
イ 通船料 二二、四〇〇円
ロ 綱取料 四、五五〇円
ハ 浮標使用料 二、五〇〇円
(二) 貨物費
イ 荷積荷役料 二八一、八一八円
ロ ダンネージ料 三七一、七〇〇円
ハ 検数料 一二、六五〇円
ニ 税関料 三、六五〇円
(三) 船費
イ 通船費 一八、三〇〇円
(四) 雑費
イ 郵便料 八、九一九円
ロ 電報料 一、一一六円
ハ 手数料 三九、〇八九円
ニ 船荷証券用印紙代 一二〇円
小計 七六六、八一二円
六 昭和四三年二月一二日乃至一三日横浜寄港分
(一) 港費
イ 水先料 一八、八一〇円
ロ 曳船料 一二、一五〇円
ハ 通船料 二五、六七五円
ニ 綱取料 五、〇〇〇円
ホ 浮標使用料 五、〇〇〇円
(二) 貨物費
イ 積荷役料 八五七、四三六円
ロ ダンネージ料 八七九、六四〇円
ハ 検数料 四〇、六八八円
ニ 税関料 四、二五〇円
(三) 船費
イ 通船料 一六、二〇〇円
(四) 雑費
イ 郵便代 九、二二五円
ロ 電報代 六六二円
ハ 長距離電話代 二、七五六円
ニ 手数料 八五、〇七七円
ホ 船荷証券用印紙代 二〇〇円
小計 一、九六二、七六九円
右総合計 五、七八八、二四一円
(別紙)物件目録
船名 第七東南丸
種類 汽船
船籍港 静岡県清水市
船質 鋼
総屯数 壱九九九屯五〇
純屯数 壱弐〇四屯弐壱
船主 南北産業株式会社
機関の種類及び数 発動機壱個
推進器の種類及び数 螺旋推進器壱個
進水の年月日 昭和三七年八月