大判例

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横浜地方裁判所 昭和43年(ワ)424号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕過失相殺の判断

(イ)原告が足の治療に専念したかどうかについて。

a原告の受傷は、左足関節捻挫であるから、一般に通院治療を受けることにより、医学上の手当としては十分である。医師が入院をすすめたにもかかわらず原告がこれを拒否した事情もないのであるから、原告が入院しなかつたことを責めるのは筋違いである。

b<証拠>によると、左足関節痛の後遺障害は、骨そのものには異常がないけれども、内部組織特に靱帯の伸縮で痛みがでること。従つて、原告は医師から痛いときは踊りをやめて安静にし、調子がよいときに踊るように指示されていること。原告はダンスの授業時間を制限(この点は前記認定による。)し、過労に陥らないように注意し、昭和四二年一一月頃足首に痛みを感ずるや直ちに横浜市立市民病院で治療を受け、又昭和四四年六月頃には東大病院の整形外科で精密検査を受けるなど、一日も早く快復するよう努力していることが認められる。

cそうすると、原告はダンス教師として、足が生命であることを誰よりもよく知り、これが治療に専念しているのであるから、治療をおろそかにしたとの被告の主張は採用できない。

(ロ)原告が経営不振に対し積極的な防止措置をとつたかどうかについて。

a<証拠>を綜合すると次の事実を認めることができる。

①原告は、「白石ダンス学院」において、競技に出場する選手や、公の席で踊る人等を専ら指導し、初心者やパーティに間に合わせる人などは他の教師の指導にゆだねていた。

②原告が受傷し、十分踊れずその指導力を失つたことから、「白石ダンス学院」の主任教師をしていた弟子が辞職した。

③原告に代るべき教師(後記認定のとおりA級の資格を獲得した教師)や主任教師の後任を補充することは、現在の日本のダンス界においては、極めて困難な状況にある。従つて、これを迎えるには相当の準備と年月を必要とする。

④原告は、前記の後遺障害のため、自己の力だけで「白石ダンス学院」を経営してゆく自信を失い、かつ、教授陣の確保もむずかしくなつたので、尊敬する先輩助川五郎氏に援助を求めた。

⑤わが国のダンス界の泰斗助川五郎氏の原告に対する深い同情と温い配慮により、教授陣の補強が実現した。原告が本件交通事故に遭難して以来不振を続けた「白石ダンス学院」の経理も、一年六月後の昭和四三年九月頃から、以前の状態に復し、順調に発展を見せはじめた。

⑥昭和四四年一月「白石ダンス学院」の名称を「横浜助川ダンス教室」と変更し、教師の定着性がよくなると共に会員も増加し、更に上昇発展の見とおしである。

b以上の認定事実からすると、「白石ダンス学院」が昭和四二年度にダンス教師を増加しなかつたことも一概に責められぬところであり、経営不振に対する努力を失つたとは言えない。

また、昭和四二年度において広告費が減少していることも、原告の自信喪失、教授陣弱体化の時期であつて、これまた責めることはできない。

c<証拠>によると厚生福利費、事務用品費、燃料費の合計額が、昭和四二年度において昭和四一年度よりも金二一六、五三三円増加しているけれども雑費、消耗品費、消耗備品の合計額が金一七三、四六五円減少し、その差額は僅か金四三、〇六八円であることが認められる。従つて厚生福利費、事務用品費、燃料費の増加をもつて、損害発生又は拡大の防止について誠実な努力を怠つたものと断定することはできない。

よつて、この点に関する被告の主張もまた採用の限りでない。(石藤太郎)

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