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横浜地方裁判所 昭和45年(む)68号 決定 1970年7月07日

申立人 高橋克夫

決  定

(申立人氏名略)

被疑者土屋个夫に対する窃盗被疑事件につき、昭和四五年一月二一日、神奈川県神奈川警察署司法警察員及川清のなした仮還付の処分に対し、右申立人から準抗告の申し立てがなされたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申し立てを棄却する。

理由

一、申立の趣旨及び理由

(申立の趣旨)

被疑者土屋个夫に対する窃盗被疑事件につき昭和四五年一月二一日、神奈川県神奈川警察署司法警察員及川清のなしたタンクローリー(神8せ572号)一台、車検証一通及びキー一個を有限会社八礦石油に仮還付する旨の処分を取消す。

(申立の理由)

株式会社横浜日宝通商(代表取締役土屋个夫)(以下単に日宝通商という。)は、有限会社八礦石油(代表取締役大竹新左衛門)(以下単に八礦石油という。)に対し、日宝通商所有の申立の趣旨記載のタンクローリー一台を使用して利益を得、これによつて日宝通商の債務の支払をなすべきことを依頼して申立の趣旨記載の各物件を引渡したのであるが、八礦石油は、右約旨に添う履行をなさなかつたものであるところ、申立人は、日宝通商に対し、約四八万円のガソリン売掛金債権を有していたので、昭和四五年一月一四日、その代物弁済として右各物件の所有権の譲渡を受けた。

そこで、申立人は、直ちに八礦石油に赴き、同会社の従業員に右趣旨を告げ、その承諾を得て右各物件を受取つた。

ところが、前記八礦石油は、前記土屋个夫を、右タンクローリーの窃盗犯人として、神奈川県神奈川警察署に、右物件の窃盗被害届を提出し、同警察署は、神奈川県川和警察署を通じて申立人に右各物件の任意提出を求め、同警察署警察官江藤某は、申立人に対して、右各物件は申立人の意思に反して八礦石油に還付しないから、保管のため預からせてほしい旨述べたので、申立人は、これを信じて右各物件を任意提出した。

その後、神奈川警察署司法警察員及川清は、右事情を知りながら、申立人に所有権があるのに、これを無視して、八礦石油に対して右各物件について仮還付の処分をなしたものであつて、右処分は違法である。

二、当裁判所の判断

(本件事案の認定)

本件準抗告事件記録、土屋个夫を被疑者とする神奈川警察署長から神奈川区検察庁検察官宛窃盗被疑事件送付記録並びに当裁判所に対する小林勇、高橋克夫及び及川清の各申述を総合すると、次の事実を認めることができる。

前記本件各物件は、もと日宝通商の所有するものであつたところ、昭和四三年一〇月頃、同会社から八礦石油(当時商号を日宝石油販売有限会社と称していたが、昭和四四年三月一五日商号を右のように変更した。)に引渡され、以後、同会社において占有管理し、その業務のために使用してきたが、右引渡については、右両会社間において所有権の譲渡であるか否かについて争があつたけれども臨時株主総会議事録、譲渡証及びこれに添付された譲渡財産目録が存在し、一応所有権を譲渡して引渡されたものであることが認められるのである。

日宝通商は、昭和四五年一月一四日、右引渡は、所有権の譲渡によるものではなく、八礦石油においてこれを使用して利益を得たうえ、その利益を日宝通商の債務の支払に充てるためであり、かつ、八礦石油は右約旨に添う履行をなさなかつたとして、ガソリン売掛金について自己の債権者である申立人に対し、右各物件を代物弁済することを約し、かつ、八礦石油の管理する駐車場から右各物件を持ち去るよう指示した(その際、表題を「記」と表示し、譲渡人として「大口石油代表取締役土屋个夫」と表示する書面が作成された)。

そこで、申立人は、右各物件の所有権をめぐつて、争のあることを知らず、代物弁済を受けたものと信じて右駐車場におもむき、右各物件を持ち去つたのであるが、その際、八礦石油の従業員である運転手に対して、持ち去る旨を告げたのみで、処分権限を有する者の承諾を得ることはしなかつた。

翌一月一五日、神奈川警察署は、八礦石油から、前記タンクローリーの窃盗被害届及び告訴状が提出されて捜査を開始したところ、右各物件が申立人のもとにあることが判明したので、同月二〇日川和警察署を通じて申立人から本件各物件の任意提出を得たが、その際、申立人は、話がついたら被害者に返してほしい旨の意見を述べたのみで、仮還付の請求はしなかつた。

一方、神奈川警察署司法警察員及川清は、土屋个夫に対し、右各物件について、日宝通商に所有権があるならば、これを証する資料を提出してほしい旨の依頼をしていたが、右資料の提出を得るに至らず、他方同月二一日、八礦石油から仮還付の請求を受けたので、これを相当と判断し、八礦石油に対して右各物件の仮還付をなしたものである。

(判断)

ところで、押収物の仮還付は、所有者、所持者、保管者又は差出人の請求により、留置の必要が全くなくなつたわけではなくとも、一時留置を解いても当該事件の進行に支障がないと認められる場合になされるものであつて、そうすることによつて、できるかぎり、利害関係人の権利を侵害ないし制限することを避けようとする趣旨である。しかしながら、仮還付をなすべきか否か、又所有者、所持者、保管者又は差出人のいずれに対して仮還付をなすべきかは、裁判所又は捜査段階にあつては捜査機関の自由裁量によるものであるから、その処分が著しく裁量の範囲を逸脱しない限り、妥当を欠くものであつても、違法とはいえない。従つて仮還付を受ける者は必らずしも押収処分を受けた者に限られるものではない。

そして、仮還付は、再び裁判所又は捜査機関の保管に戻されることを留保し、一時的に押収物を返還するものであつて、そのため現実の保管関係に移動を生ずることはあつても、法律上押収の効力には影響がなく、その効力を継続するものであり、又仮還付を受けた者は、その間押収物の保管義務を負うのである。従つて裁判所又は捜査機関が必要とするときは、いつでも仮還付を受けた者から押収物を提出させることができ、仮還付を受けた者は裁判所又は捜査機関から提出を求められた場合には、直ちにこれを提出しなければならない義務を負担するものである。

右のように、仮還付は、終局的処分ではなく、一時的処分であるばかりか私法上の法律関係を確定するものでもないから、押収物について、後に還付され、又は判決に際し別段の言渡がなく、還付の言渡があつたものとされる場合には、別に、利害関係人においてその権利を主張することを妨げるものではないのである。

これを本件についてみるに、本件各物件の私法上の所有関係をめぐつて、日宝通商と八礦石油との間に争があり、その何れの主張が正当であるかは今直ちに確定的に認めることは困難であるけれども、八礦石油が本件各物件を日宝通商から引渡を受けた際、前記のとおりその所有権の譲渡を一応認むべき書面が作成されているので八礦石油を一応所有者と認むべく、同会社はその承諾なくして占有を排除されたものであり、又申立人から本件各物件を任意提出するに際し、話がついたら被害者に返えしてほしい旨の意見が述べられたが、仮還付の請求はなく、却つて前記のように八礦石油から仮還付の請求があつたので司法警察員及川清は、これらの事情を勘案して同請求を相当と認めて、同人に仮還付をなしたものであるから、同司法警察員の自由裁量としてなした本件仮還付の処分は違法ということはできない。

尤も本件については、日宝石油と八礦石油との間に所有関係について争があり、その私法上の法律関係如何によつては申立人が所有権を取得しているやも知れず、従つて仮還付にあたつては、申立人になすべきか、八礦石油になすべきかは慎重に考慮する必要があり、殊に警察が私人間の権利関係の紛争に介入しない意味において、何れに所有権があるか明白でないときは、差出人である申立人に仮還付をなすのが妥当であつて、本件の如く八礦石油になした場合には、妥当性を欠くとの批難を受ける場合もありうることを念頭に置く等の配慮がなされなければならないことは勿論である。ところが、前記司法警察員は、本件処分をなすに当つて、かような配慮をなしたかどうか疑わしく、この点慎重さに欠けるところがあつたといわなければならないけれども、これをもつて本件処分が自由裁量の範囲を著しく逸脱してなされたものとはいえないから、前記判断を左右するものではない。

従つて本件仮還付の処分は、相当であり、本件準抗告は、理由がないから、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項後段を適用して、本件準抗告の申し立てを棄却することとする。

よつて、主文のとおり決定する。

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