横浜地方裁判所 昭和45年(ワ)86号 判決 1971年8月12日
原告
佐藤守也
被告
堀英世
ほか一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告らは原告に対し各自金二六、四〇二、〇〇六円及び内金二六、〇一二、二九三円については昭和四五年一月二一日より年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
一、本件交通事故の発生
昭和四二年七月一〇日午前九時五〇分頃、藤沢市藤沢五四五番地先交差点道路上において、被告堀安代(被告安代という)が右交差点を左折するため小型乗用車(相模五サ三、九六三号トヨペツトコロナ、被告車という)を運転進行中、藤沢銀座方面から遊行通り方面へ直進中の原告が運転する第二種原動機付自転車(藤沢市一九、二六六号、原告車という)に接触転倒させて、頭部挫創及び挫傷、頭蓋骨骨折、右大腿骨複雑骨折等の傷害を与えた。
二、被告らの地位
被告堀英世(被告英世という)は、被告安代の夫で、被告車の保有者であり、これを家族の生活の便宜に供していたものである。被告安代は、夫の一般的了解を得て被告車を運転していたものである。
三、原告の病状の推移
本件交通事故のため、原告は原告車と共に、左前方店舗石壁に激突して転倒し、前記傷害を受けた。直ちに、藤沢市別府病院に入院したが、約一五日間も意識が不明であつた。同病院で三回にわたる複雑骨折、右大腿部切開手術を受け、一時右大腿部切断の危険があつたところ、必死の治療により切断だけは回避することができた。
右病院を昭和四三年九月一三日退院し、同日、東京医科歯科大学病院に入院し、同月二一日退院した。しかし、右膝関節及び足関節が硬直し、数度の手術のため、右下肢が六糎短縮し歩行が困難となつた。右病状及び傷害部分は、一旦回復治療にむかつたが、昭和四四年二月二二日骨髄炎が再発し、再度別府外科病院に入院し手術をうけ、同年三月一三日退院した。その後、四月一〇日まで自宅療養し、左記後遺症認定をうけるまで病状不安定であつた。
四、後遺症
後遺症は、病状が固定しないため、その認定を受け得ないで経過していたが、昭和四四年一一月二四日関東労災病院で「足関節制限二分の一以下の可動性、脚長差六糎」という後遺症の認定をうけた。
右後遺症は、自動車損害賠償保障法(自賠法という)施行令別表第八級及び第一〇級に該当する。従つて同施行令第二条によれば第七級の後遺症に該当する。
五、損害
1 入院費
原告は、本件交通事故による入院、通院の治療費金二、〇一七、三三〇円及びマツサージ代金一七、二〇〇円合計金二、〇三四、五三〇円の損害を受けた。
2 付添看護費
数回にわたる手術のための診断の結果、三五五日間の付添人が必要とされたため、その内、最初の入院後二週間は家政婦を雇い、これに対する支払として金二七、五五〇円を支払い、その後の付添人は、原告の妻ひで子がその任務に当り、同人に対して一日金一、〇〇〇円の看護料支払義務を負担したので、その額は金三四一、〇〇〇円となる。よつて、原告は合計金三六八、五五〇円の損害をうけた。
3 入院中の諸雑費
入院中に用した諸雑費は、第一回の別府病院入院中は金一二、〇〇一円であり、第二回同病院入院中及び東京医科歯科大学病院の入院中の雑費明細は不明で僅少であるので一応請求しないこととしても、前記合計金一二、〇〇一円の損害をうけた。
4 通院交通費
本件交通事故による傷害、特に右大腿部の治療の経過は良好であつたが、昭和四五年一月頃より再度右部位の骨髄炎が発生し、同年一月二九日より野村医院に入院し、手術をうけ同年二月一一日退院し、同年三月一六日まで通院して加療した。
原告が、野村医院まで通院するタクシー代は、往復金三六〇円を要し、通院実日数は、昭和四五年一月二〇日より同年一月二九日まで九日間と、同年二月一二日より同年三月一六日までの三三日間、合計四二日間で、右通院費の合計は金一五、一二〇円となる。
5 休業損
(一) 原告は、菓子製造卸業を営み、妻の協力を得て月平均一六〇、〇〇〇円の収入を得ており、妻の協力分四分の一相当の金四〇、〇〇〇円を差し引くと月額金一二〇、〇〇〇円となる。
昭和四二年七月一〇日以降同四四年四月一〇日再度店舗を開業するまで、その間二二ケ月の休業損の合計は、金二、六四〇、〇〇〇円となる。
(二) 昭和四五年一月一六日より三月一六日までの三ケ月間、菓子製造販売業を休業したため、月額金五〇、〇〇〇円の割合により合計金一五〇、〇〇〇円の休業損を被つた。
6 労働能力喪失による将来の逸失利益
原告は前記後遺症のため、右下肢が六糎短くなつたばかりか、関節が自由に動かなくなつた。菓子製造及び卸売は、立作業、運搬等の歩行所作が絶対に不可決である。従つて、原告は少くとも二分の一以上の労働能力を喪失したものと云うべきである。原告の平均月収が金一二〇、〇〇〇円であるので、右労働能力の喪失を二分の一として計算すると、年金七二〇、〇〇〇円喪失することとなる。
原告は、昭和四四年四月現在三〇才であるから、就労可能年数は三三年である。従つて、ホフマン式計算によつて現価を求めると、金一三、八一一、七六〇円となる。
金720,000円×19,183=金13,811,760円
7 慰藉料
(一) 入院慰藉料
原告は、本件交通事故後約一五日間意識を失い、その後昭和四二年一二月までの六ケ月間三回にわたつて大手術を施し、そのため原告は右大腿部切断の恐怖と傷の苦痛のため、その精神的にうけた打撃及びその苦痛はきわめて大きかつた。そのため、この三回の手術が終る間の慰藉料は、月額金一五〇、〇〇〇円の割合で六ケ月間合計金九〇〇、〇〇〇円とすべきである。
更に、退院までの昭和四三年一月一日より同年九月二一日まで、及び、第二回目別府病院入院期間昭和四四年二月二二日より同年三月一三日までの一〇ケ月半は、一ケ月金一〇〇、〇〇〇円の割合で計算し合計金一、〇五〇、〇〇〇円とすべきである。
昭和四五年一月二九日より同年二月一一日までの一四日間の野村医院へ入院中の慰藉料は、金二〇〇、〇〇〇円が相当である。
(二) 後遺症に対する慰藉料
前記後遺症に対する慰藉料は、金二、五〇〇、〇〇〇円が相当である。
8 弁護士費用
原告は被告に対し、本件損害賠償を請求してきたが、被告は、キヤピタル保険株式会社に加入し弁済は可能であると返答していた。しかしながら、当のキヤピタル保険株式会社の経営状態が悪化し、有楽町本社に請求するも全く要領を得ず、一応裁判を提起してもらいたい旨述べるばかりであつた。
本件交通事故は、損害の算定が技術的に複雑であり、又、過失の点も争いがあり、結局弁護士に委任してこれらの処理を委ねるべき事案である。原告は、原告代理人弁護士福岡清と昭和四四年一二月一六日着手金及び報酬、費用等として、請求額の約一割五分弱合計金三、三九〇、〇〇〇円を支払う契約を締結したので、同額の損害をうけることが確実となつた。
9 損益相殺
被告らは、本件交通事故に際し、強制賠償保険より金四〇〇、〇〇〇円その他見舞金及び治療費内入金として金二七〇、〇〇〇円、合計金六七〇、〇〇〇円を支払つたのみである。
本件交通事故による損害額の合計は金二七、〇七二、〇〇六円であるから、これから右の金六七〇、〇〇〇円を差引くと金二六、四〇二、〇〇六円となる。
六、よつて、原告は被告らに対し各自金二六、四〇二、〇〇六円及び内金二六、〇一二、二九三円(別紙計算書のとおり)については本件訴状送達の翌日である昭和四五年一月二一日より民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ旨陳述した。
七、被告らの主張に対し、次のとおり述べた。
1 本件交通事故発生の交差点は被告の主張するとおり、別紙図面の形をした変形交差点である。
原告車の進行方向道路は、優先道路である。原告車進行方向には徐行の標識がないし、交差点フジニユートルコの側は高い壁で見通しがきかない。
別紙図面でみるとおり、原告車が直進するには、道路中央線より右側寄りに入らなければ到底直進進行することはできない。原告車はスピードを落して時速三〇粁前後で本件交差点に進入し、かつ、直進しようとした時、被告車が瞬間的に現われ、いわゆる出合頭に衝突したかつこうになつたのである。
2 被告車は、優先道路に進入するのであるから、一時停止をして左右を確認し、その安全を確かめたのち進入する義務があるものというべきである。
しかるに、被告安代は右義務を怠り漫然と進入したものであるから、これに過失があることは論ずるまでもない。
なお、被告車が警音器を鳴らした点は全く否認する。
仮に、被告車が一時停止をしたとしても、左右の道路の安全を確認しなければならない。すなわち、一時停止して、左右の道路の車両を目で確認することができない位置であれば、耳で様子をさぐつてみなければならない。被告車のエンジンの音があつても、原告車が接近していれば原告車のエンジンの音を聞くことができるはずである。
又、見透しの悪いところであるから、被告車は、左右の道路を見ることができる位置まで一気に進入することをせず、徐々に進入すれば、原告車の方でも被告車を発見し警音器を鳴らして衝突を避けることができた筈である。
車両負担の原則、原告車の優先を考慮すると、被告安代の過失は重大である。〔証搬関係略〕
被告ら訟訴代理人は、「原告の請求を棄却する。訟訴費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁として、請求原因第一、二項の事実は認める。同第三項の事実中、原告が藤沢市別府病院に入院したこと、及び、その入院期間はこれを認めるが、その余の事実は不知、同第四項の事実は不知、同第五項の事実中、被告らが支払つた金額が合計金六七〇、〇〇〇円であることは認めるがその余は不知、同第六項は争うと述べた。
被告安代は無過失の主張を、被告英世は自動車損害賠償保障法(自賠法という)第三条但書の抗弁を次のとおり述べた。
一、被告安代は、被告車を運転して、本件交通事故現場である変形交差点(別紙図面)に進入するとき、速度を時速六粁に減速して徐行し、かつ、左折するため指示器を出し、警音器を鳴らして停車した。
本件交差点は、左右の見とおしが必ずしもよくないので、以上の措置をとつて左右の安全を充分確認していた。
二、ところが、原告は原告車を時速三〇粁以上の高速で運転し、左右の見とおしのよくない本件交差点を徐行することなくそのまま進入した。また、幅員七米ある道路の左端を走行できるのに、右端部分を走行していたのである。
原告は、交差点における徐行義務、左側通行の義務に違反した一方的かつ重大な過失がある。よつて、本件交通事故については、被告安代に過失はなく、原告の一方的過失によつて惹起されたものというべきである。
三、被告車には、構造上の欠陥または機能の障害はなかつた。〔証搬関係略〕
理由
一、争いのない事実
原告主張の日時場所において、被告安代が本件変形交差点を左折しようとして、被告車を運転中、藤沢銀座方面から遊行通り方面に進行してきた原告車と接触し、原告車を転倒させて、原告に対し頭部挫創及び挫傷、頭蓋骨骨折、右大腿骨複雑骨折等の傷害を負わせたことは当事者間に争いがない。
二、被告安代の過失
〔証拠略〕によると次の事実を認めることができ、この認定に反する証人四方勝彦の証言、原告及び被告安代各本人尋問の結果は信用することができない。
(一) 本件交通事故の発生した附近は、通称「新地」という飲食店街で、別紙図面のとおり変形交差点(変形交差点については争いがない。)をなしている。
(二) 道路幅員は、別紙図面のとおり、三本の道路が七米で、一本の道路が六米でありいずれも狭い。路面は平坦でアスフアルトにより舗装されている。
旧地方事務所方面に通ずる道路と、銀座通り方面に通ずる道路の角にフジニユートルコの建物が存在し、旧地方事務所方面からもまた銀座通り方面からも、それぞれ銀座通り方面、旧地方事務所方面の見とおしは全くきかない。
(三) 別紙図面のとおり、フジニユートルコの建物の銀座通り寄りの角から銀座通り方面へ約六米はなれた地点に進入禁止の道路標識が立てられている。本件交差点は車両の交通量が少く、交通整理も行われていない。
(四) 被告安代は、被告車を時速約六粁ないし七粁で運転して本件交差点に差しかかり、旧地方事務所方面から銀座通り方面に左折しようとし、ハンドルを左に切り僅かに曲りかけて、銀座通り方面を見たところ、時速約三〇粁で接近してくる原告車を三、四米の至近距離に発見し、驚いて「あつ」と声をあげると同時に急ブレーキをかけた。
よつて、被告車の右前角がフジニユートルコの建物から約一米銀座通りに突出したところで、停車したが、停車すると同時に被告車の右前角を原告車と接触させた。原告車は接触したのち、更に八・八米進行し電柱に衝突して転倒した。
2 右認定による事故現場の地形、被告車の進行方向、速度、停止位置からすると、被告安代は法令に定められたとおり被告車を徐行させながら本件交差点にさしかかり、被告車の運転席が、左方の視界を遮つていたフジニユートルコの建物から銀座通りを見とおすことのできる位置まで出た、ほとんどその瞬間に、原告車を発見して急ブレーキをかけ、停車したものと解される。
そうとすると、本件接触事故は、被告安代にとつては、原告車を回避できない不可抗力によつて発生したものであるから、これに過失はなかつたものと言うべきである。
三、原告の過失
原告は、右認定事実のとおり、見とおしのきかない本件交差点において、徐行を怠り、時速約三〇粁で進行し、かつ、進入禁止の道路標識を通過して一方通行でない道路に進入しながら、道路の右端から一米の距離のところを走行したのであるからこれに過失のあることは明白である。
四、原告の主張に対する判断
原告は、原告車の進行道路は優先道路であるから、被告車は、優先道路に進入するにはまず一時停止をし、左右の道路の安全を目で確認することができない位置において耳で様子をさぐり、そして目で確認できる位置まで徐々に前進する注意義務があると主張する。
1 原告車の進行道路には、右認定のとおり、その地点に進入禁止の道路標識が立てられていて、車両は右標識のある地点から銀座通り方面に進入することが禁止されている。しかしながら、この事実により、右標識の地点から遊行通りにかけてまで優先道路であると認めることはできないし、その他これを立証するに足る証拠もない。よつて、原告車の進行道路が優先道路という主張は理由がない。
2 原告は、優先道路に進入するにはまず一時停止をすべきであると主張する。しかしながら、道路交通法第三六条第二項には、非優先道路から優先道路に入ろうとする場合は、徐行しなければならない旨規定されているが、一時停止すべきとは規定されていない。よつて、この点に関する原告の主張もまた理由がない。
3 本件交差点は、交通整理の行われていない交差点で左右の見とおしのきかないものであるから、被告安代は、道路交通法第四二条により徐行すれば十分であつて、原告の主張するように一時停止し、耳で様子をさぐり、目で確認できるまで徐々に前進する注意義務は要求されていないものと解すべきである。
よつて、この点に関する原告の主張はこれまた理由がない。
五、自賠法第三条但書の抗弁に対する判断
本件交通事故の発生について、被告安代に過失がなく、被害者である原告に過失があつたこと前示のとおりである。
本件交通事故発生の状況に関する前記認定事実によると、被告英世の過失の有無や被告車の構造上の欠陥、機能の障害の有無は何等因果関係を有しないこと明らかであるからこれらを論ずるまでもなく免責の抗弁は理由がある。
六、結論
以上により、被告安代は不法行為の、被告英世は自賠法第三条の責任をそれぞれ負わないこと明白であるから、爾余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であるのでこれを棄却する。
訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石藤太郎)
計算書
(昭和45年7月18日請求拡張の部分を除く)
1 入院費 2,009,982円
2 付添看護費 368,550円
3 入院中の諸雑費 12,001円
4 休業損 2,640,000円
5 労働能力喪失による将来の逸失利益 13,811,760円
6 慰藉料
(一) 入院慰藉料 1,950,000円
(二) 後遺症に対するもの 2,500,000円
7 弁護士費用 3,390,000円
合計26,682,293円
損益相殺 670,000円
26,012,293円
別紙図面
<省略>