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横浜地方裁判所 昭和46年(ワ)1223号 判決 1974年10月23日

昭和四四年(ワ)第六二九号事件原告(反訴被告) 丙川アキ<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 横山国男

昭和四四年(ワ)第六二九号事件被告(反訴原告)

昭和四六年(ワ)第一、二二三号、同年(ワ)第一、二二四号各事件被告 甲野八郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木元子

同 上村恵史

同 高田正利

右訴訟復代理人弁護士 会田努

主文

一  昭和四四年(ワ)第六二九号事件原告が別紙第二物件目録記載の各土地につき、それぞれ四分の一の共有持分を有すことを確認する。

二  昭和四四年(ワ)第六二九号事件原告のその余の請求を棄却する。

三  昭和四八年(ワ)第四一一号事件反訴原告の請求を棄却する。

四  昭和四六年(ワ)第一、二二三号事件被告は、同事件原告から別紙第一物件目録一号記載の各土地の四分の一の共有持分につき所有権移転登記手続を受けるのと引換えに、同事件原告に対し別紙第三物件目録記載の各土地につき所有権移転登記手続をせよ。

五  昭和四六年(ワ)第一、二二三号事件原告のその余の請求を棄却する。

六  昭和四六年(ワ)第一、二二四号事件被告は、同事件原告から別紙第一物件目録一号記載の各土地の四分の一の共有持分につき所有権移転登記手続を受けるのと引換えに、同事件原告に対し別紙第四物件目録記載の土地につき所有権移転登記手続をせよ。

七  昭和四六年(ワ)第一、二二四号事件原告のその余の請求を棄却する。

八  訴訟費用は、昭和四四年(ワ)第六二九号事件、昭和四八年(ワ)第四一一号反訴事件、昭和四六年(ワ)第一、二二三号事件および同年(ワ)第一、二二四号事件を通じてこれを二分し、その一を昭和四四年(ワ)第六二九号事件被告兼昭和四八年(ワ)第四一一号反訴事件原告兼昭和四六年(ワ)第一、二二三号、同年(ワ)第一、二二四号各事件被告の負担とし、その余を昭和四四年(ワ)第六二九号事件原告兼昭和四八年(ワ)第四一一号反訴事件被告、昭和四六年(ワ)第一、二二三号事件原告および同年(ワ)第一、二二四号事件原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  昭和四四年(ワ)第六二九号事件

(一)  原告

1 原告が別紙第二物件目録記載の各土地につき、それぞれ三分の一の持分を有することを確認する。

2 被告は原告に対し、右各土地についての五分の一の共有持分取得登記の抹消登記手続をせよ。

3 被告は原告に対し、右各土地につき、それぞれ三分の一の持分の移転登記手続をせよ。

4 訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  昭和四八年(ワ)第四一一号反訴事件

(一)  反訴原告

1 反訴被告は反訴原告に対し、別紙第二物件目録記載の各土地につき、共有持分五分の一の移転登記手続をせよ。

2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。

(二)  反訴被告

反訴請求棄却

三  昭和四六年(ワ)第一、二二三号事件

(一)  原告

1 被告は原告に対し、別紙第三物件目録記載の各土地につき所有権移転登記手続をせよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

四  昭和四六年(ワ)第一、二二四号事件

(一)  原告

1 被告は原告に対し、別紙第四物件目録記載の土地につき所有権移転登記手続をせよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

別紙記載のとおり

第三証拠関係≪省略≫

理由

第一昭和四四年(ワ)第六二九号事件について

一  請求原因第一項の事実ならびに被告が別紙第一物件目録記載四号ないし九号物件は被告の固有財産であって亡甲野十四郎の遺産に含まれぬと主張したため、昭和三〇年一〇月三〇日亡十四郎の相続人である訴外カネ、原告、被告、甲野一郎、乙山ハルミおよび訴外甲野五郎の間で亡十四郎の遺産であることにつき争のない同目録記載一号ないし三号物件を対象として遺産分割協議がなされたことおよびその結果成立した協議内容のうち、同目録二号物件をカネの単独所有とし、同目録三号物件を五郎の単独所有とする旨定められたことは、当事者間に争がない。

二  ≪証拠省略≫によると、次の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫即ち、昭和三〇年一〇月三〇日の遺産分割協議に際し、先ず分割の方針として、(1)被相続人十四郎よりその生前各相続人が取得した財産は分割に当り考慮しないこと、(2)遺産分割に当っては原則として各相続人の法定相続分を基準とすること、(3)遺産の現況を尊重し、遺産を現に使用している者がその遺産を取得するようにすること、以上の三点を定め、協議の結果、

1  別紙第一物件目録一号物件は、被告が所有しかつ居住する家屋の敷地となっているため被告が取得する。

2  同目録二号物件は、カネが取得する。

3  同目録三号物件は、五郎が居住する家屋であるので五郎が取得する。

ものとし、なお、被告が右一号物件を取得すると、その価額において被告の法定相続分を上廻ることになるのに対し、原告、一郎、ハルミの三名は何ら遺産を取得しないことになるので、その代償として被告所有の不動産を右三名に譲渡することとし、

4  被告所有の同目録四号物件は、原告が居住する家屋であるので原告が取得する。

5  被告所有の同目録六号(五)および七号(五)の各物件は、一郎居住の家屋の敷地となっているため一郎が取得する。

6  被告所有の同目録六号(六)物件は、ハルミが取得する。

ものとする旨の協議が成立したこと、以上の事実が認められる。

三  そこで、以上認定の分割協議の法的性質につき考えるに、先ず右の如く代償として遺産外の財産を譲渡する方法による分割は、我法上、遺産分割の方法としては許されないものと解する。けだし、遺産分割の方法として実定法上認められるものには、遺産に属する財産自体を分割する現物分割(民法九〇六条)を原則とし、これに準ずるものとして例外的に遺産を換価した上でなす価額分割(家事審判規則一〇七条)および債務負担の方法による代償分割(同規則一〇九条)その他の方法があるけれども、本件の如く代償として遺産外の財産を譲渡する方法による分割は、遺産分割の本来の趣旨から離れ、右債務負担の方法による代償分割と必ずしも同視することはできないからである。

しかし、だからといって本件分割協議が無効であると速断することはできない。けだし、当事者の合理的な意思を探求し、遺産分割と同時に他の財産処分がなされたと解せられるときは、そのようなものとして効力を認めることは何ら差支えないからである。

本件においては、原告は、被告が自己の法定相続分を超える財産の生前贈与を受けていたので、被告の相続分なしとして分割協議をなし、別紙第一物件目録一号物件は原告、一郎、ハルミの三名が各持分三分の一で共有するものと定められたと主張し、被告は、原告、一郎、ハルミがいずれも相続分を放棄し、右一号物件は被告が取得する旨定められたと主張する。しかし、被告が同人の相続分なしとして分割することに同意したとか、原告ら三名が相続分を放棄したことを確認しうる証拠はなく、前認定のとおり原則として各相続人の法定相続分を基準として分割協議がなされたものというべきである。

ところで、遺産分割により相続人は相続開始の時に遡って被相続人から直接に遺産を承継するものとされているが、実際には遺産分割の際に共同相続財産につき共同相続人が有する各共有持分を相互に交換するという過程を経て各相続人の取得財産が定まるのであり、かような遺産分割の実際面に則して本件分割協議を観察すると、前記目録二号物件をカネが単独で取得し、同目録三号物件を五郎が単独で取得した代りに、同目録一号物件につきカネ、五郎が有していた各共有持分を原告、被告、一郎、ハルミの四名に移転し、その結果、右原告ら四名において右一号物件を各四分の一の持分で共有するに至ったが、右一号物件上に被告所有の家屋があるため、右分割と同時に右原告、一郎、ハルミら三名が右一号物件につき有する各四分の一の持分と被告所有の同目録四号物件、同目録六号(五)および七号(五)の両物件、同目録六号(六)物件と夫々交換する交換契約を結んだものと解するのが、当事者の意思にも適い相当と認められるのである。

四  次に、≪証拠省略≫によれば、一郎は被告に右交換契約の履行を求めて昭和三四年横浜家庭裁判所に調停を申立てたが、右調停の経過中に前記目録四号、五号物件が被告の固有財産に属するか、それとも遺産に属するかにつき疑を生じ、右調停は一時中止されたことが認められ、その間右四号五号物件の所有権を廻り共有持分確認訴訟が当庁昭和三六年(ワ)第五九三号事件として係属し、その結果右四号物件は遺産として亡十四郎相続人らの共有と認める旨の判決があり、昭和三九年初め確定したことは、当事者間に争がない。

五  ところで、原告と被告間の前記交換契約は別紙第一物件目録四号物件が被告の所有に属するものとして締結されたものであるがもし交換契約当時右四号物件が被告の所有に属せず亡十四郎の遺産であると判っていたならば、原告としては遺産分割の方法によってこれを取得し、被告との間で敢て前認定のような交換契約を締結しなかったであろうことは明らかであるから、右四号物件が実際は遺産であるのにかかわらず被告の所有に属するとの前提でなされた前記交換契約は、要素の錯誤により無効というべきである。被告は、右四号物件は従前から原告が居住していたためこれと同目録一号物件の原告の持分とを交換したのであって右四号物件が何人の所有に属するかに重点をおいた交換ではないから右四号物件の所有権の所在は右交換契約の要素ではないと主張する。成程、契約当事者の所有に属するものとして交換に供せられた物件が実際は第三者の所有に属するものであったような場合には右物件の所有権の所在が法律行為の要素に当らない場合のあることは所論のとおりであるが、本件のように共同相続人間で交換が行われたところ相続人の固有財産として交換に供せられた物件が実際は遺産であったという場合にはあてはまらない理屈であるから、被告の右主張は採用できない。なお、被告は原、被告間の交換契約が無効であれば、遺産分割も無効であると主張するが、原、被告間の交換契約は、同時になされた他の交換契約ならびに遺産分割とは法律上別個のものであるから原、被告間の交換契約が無効であるからといって、遺産分割まで無効となるわけではない。

六  以上の次第で、原告と被告間の前記交換契約は無効であるから、原告は本件土地につき四分の一の持分を有するものというべきである。従って、原告の本訴確認請求のうち、原告が本件土地につき四分の一の持分を有することの確認を求める部分は正当であるが、その余は失当たるを免れない。次に、昭和四七年一一月八日、本件土地につき被告が五分の一の持分を取得した旨の登記がなされたことは、当事者間に争がない。ところで、原告は被告に対し、本件土地についての被告の右五分の一の共有持分取得登記の抹消登記手続および本件土地につき三分の一の持分の移転登記手続を求めているが、前認定のとおり、被告は遺産分割により本件土地につき四分の一の共有持分を取得しているのであり、被告についてなされた右五分の一の共有持分取得登記は被告が実体上有する共有持分の範囲内の登記として有効というべきであるから、原告に対しこれが抹消登記手続をなすべき義務はない。また、原告と被告間の前記交換契約に基づき、その履行として原告から被告に対し、本件土地につき原告が有する四分の一の持分の移転登記がなされたわけではないから、右交換契約が無効であるとしても、被告としては原告に対し、原告の有する右四分の一の持分(原告は本件土地についての三分の一の持分の移転登記手続を求めているが、四分の一の持分を超える部分について理由のないことは叙上のとおりである。)につき移転登記手続をなすべき義務もない。

第二昭和四八年(ワ)第四一一号反訴事件について

一  請求原因第一項、第三項の事実ならびに同第二項のうち、カネが反訴原告主張の日に死亡し、その権利義務を反訴原告ら五名が相続した事実は、当事者間に争がない。反訴原告は、昭和三〇年一〇月三〇日亡十四郎相続人間で遺産分割協議の結果、本件土地を反訴原告が単独で所有することとなった旨主張するが、右事実は認められず、昭和四四年(ワ)第六二九号事件で認定したとおり、反訴原告主張の遺産分割協議の結果、本件土地は反訴原告、反訴被告、一郎、ハルミの四名において各四分の一の持分で共有するに至り、右分割と同時に反訴被告、一郎、ハルミら三名が本件土地につき有する各四分の一の持分と反訴原告所有の別紙第一物件目録四号物件、同目録六号(五)および七号(五)の両物件、同目録六号(六)物件と夫々交換する旨の交換契約を結んだが、同目録四号物件は実際は亡十四郎遺産であるのに反訴原告の所有に属するとの前提でなされたため反訴原告と反訴被告間の右交換契約は要素の錯誤により無効であり、反訴被告は本件土地につき四分の一の共有持分を有するものというべきであるから、反訴被告が本件土地につき五分の一の共有持分を有する旨の保存登記は、反訴被告が実体上有する共有持分の範囲内の登記として有効というべきである。従って、反訴被告は反訴原告に対し、本件土地の右五分の一の共有持分につき移転登記手続をなすべき義務はない。

二  次に、予備的請求原因につき検討するに、反訴原告が昭和三〇年一〇月三〇日以降、本件土地を自主占有していたことは、当事者間に争がない。そこで、本件土地の自主占有の始めにおいて、反訴原告が本件を反訴原告の単独所有であると信ずるにつき過失がなかったか否かの点につき判断する。≪証拠省略≫によれば、亡十四郎は昭和五年四月一日別紙第一物件目録四号家屋の敷地である東京都○○○区○○○×丁目×××番宅地六三坪をその所有者である訴外人より一郎名義で賃借し、その頃その地上に自己の資金を以て右四号家屋を建築し、そこに一郎を居住せしめていたこと、十四郎は右家屋の建築届を反訴原告名義でなしたが、登記手続はしていなかったこと、反訴原告は建築届が反訴原告名義でなされていたことから、右家屋が反訴原告の所有に属すると主張し、昭和三〇年一〇月三〇日の遺産分割協議も右家屋が反訴原告の所有に属するとの前提でなされたこと、以上の事実が認められる。しかし、右認定のような敷地賃借の経緯および右家屋の利用状況などからみて、十四郎としては、将来右家屋を一郎に譲渡する意思で、一郎のために建築したが、現実に譲渡する前に死亡したので、右家屋は十四郎の遺産に属していたものと認めるのが相当であり、反訴原告が単に建築届が自己の名義でなされていたことのみによって右家屋を自己の所有に属するものと信じたことについては重大な過失があるといわなければならない。ところで右家屋が反訴原告の所有に属するということは、反訴原告と反訴被告間の右家屋と本件土地の四分の一の持分との交換契約の要素に当り、この点に関する錯誤が右交換契約の無効原因となることは前説示のとおりであるから、反訴原告において交換に供せられた右家屋が反訴原告の所有に属すると信じたことにつき重大な過失のあった場合は、反訴原告がたとい右交換契約により右家屋と交換に反訴被告から本件土地の四分の一の持分権を取得したと信じたとしても、そのように信じたことにつき反訴原告に過失がなかったとはいえない。以上の次第で、本件土地の四分の一の持分については、反訴原告が本件土地を自主占有した始めにおいて、これを有するものと信じたことにつき無過失であったことは認められないから、反訴原告が本件土地を一〇年間自主占有したことにより反訴被告が本件土地につき有する四分の一の共有持分を時効取得したとの主張は認めることができない。従って、右取得時効に基づく反訴原告の予備的請求も失当というべきである。

第三昭和四六年(ワ)第一、二二三号、同年(ワ)第一、二二四号事件について

一  請求原因第一項の事実、同第二項のうち、昭和三〇年一〇月三〇日亡十四郎相続人間で遺産分割協議がなされた結果、別紙第一物件目録二号物件をカネの単独所有とし、同目録三号物件を五郎の単独所有とする旨定められた事実ならびに同第三項のうち被告が別紙第一物件目録六号および七号物件につき原告主張のとおり分筆登記をした事実は、当事者間に争がない。

二  そして、昭和四四年(ワ)第六二九号事件で認定したとおり、昭和三〇年一〇月三〇日の遺産分割協議の結果、別紙第一物件目録一号物件は原告一郎、同ハルミ、被告、アキの四名において各四分の一の持分で共有するに至り、右分割と同時に原告一郎、同ハルミ、アキら三名が右一号物件につき有する各四分の一の持分と被告所有の別紙第三物件目録記載物件、別紙第四物件目録記載物件、別紙第一物件目録記載四号物件と夫々交換する旨の交換契約を結んだことが認められるので、被告は原告一郎、同ハルミに対し第三目録土地あるいは第四目録土地につき夫々所有権移転登記手続をなすべき義務がある。ところで、被告の右各所有権移転登記手続義務は、原告一郎、同ハルミの別紙第一物件目録記載一号物件の各四分の一の持分について所有権移転登記手続をなすべき義務と同時履行の関係にあるから、被告は原告らが右義務を履行するまで前記各所有権移転登記手続義務の履行を拒むことができ、ただ原告らの右一号物件の各四分の一の持分についての所有権移転登記手続義務の履行と引換えにのみ右第三目録土地あるいは第四目録土地につき所有権移転登記手続をなすべき義務があるにすぎない。

第四結び

よって、昭和四四年(ワ)第六二九号事件原告の請求は主文第一項の限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、昭和四八年(ワ)第四一一号事件反訴原告の請求は失当であるからこれを棄却し、昭和四六年(ワ)第一、二二三号事件原告の請求は主文第四項の限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、昭和四六年(ワ)第一、二二四号事件原告の請求は主文第六項の限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田忠治)

<以下省略>

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