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横浜地方裁判所 昭和46年(ワ)729号 判決 1974年12月19日

原告

阿部千代子

外四名

右原告五名訴訟代理人

秋山昌平

被告

稲垣安男

右被告訴訟代理人

渡名喜重雄

被告

神奈川いすゞ自動車株式会社

右代表者

森孝二

右被告訴訟代理人

林武雄

主文

一  被告稲垣安男は、

原告阿部千代子に対して金四八一万三八五七円と内金四四一万三八五七円に対する、

同阿部正治、同阿部正直に対して各金三七一万三八五七円と各内金三四一万三八五七円に対する、

同阿部栄美、同阿部きくえに対して各金五五万円と各内金五〇万円に対する、

昭和四六年六月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告らと被告稲垣安男との間において生じたものは、これを三分しその二を被告稲垣安男の負担とし、その余を原告らの負担とし、原告らと被告神奈川いすゞ自動車株式会社との間において生じたものは、原告らの負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一本件事故の発生

被告稲垣は請求原因1の(一)ないし(四)および亡直美が死亡したこと、被告車両が破損したことを認め、その余は争い、被告いすゞは全て争うので検討するに、<証拠>によつて、請求原因1の(一)ないし(六)の事実が認められる。

二本件事故の加害車両の運転者被告稲垣の過失について

1  本件事故の態様

<証拠>を総合すると、本件事故の態様は次のとおりであることが認められる。

被告稲垣安男は、本件事故当時、訴外有限会社浦崎企業でトラック運転手として稼働していたが、昭和四四年一二月一四日朝、同人の運転担当車両が故障していたため、右浦崎企業の代表取締役社長であつた訴外浦崎博より、本件加害車両(三菱ふそう四〇年式、大型貨物自動車、静岡一さ一一三五)の運転を命ぜられ、右車両で右浦崎企業の業務の一部として、横浜市鶴見区所在の旭ガラス鶴見工場から同市緑区中山の残土捨場まで同工場の廃棄物である練瓦屑を運搬していたものである。

右車両の使用を命ぜられた際、被告稲垣はそれが二、三日前に会社が購入した中古トラックであることを知つていたが、社長の訴外浦崎博より、綿密な車両点検を命じられなかつたため、ブレーキと電気系統の点検のみを為しただけで、荷台のダンプレバー、キヤブオーバ式運転席の留金等の本件加害車両の車種よりして、基本構造に該る右部分の点検を省略していた。

前記練瓦屑の運搬中、被告稲垣は、その第三回目の運搬で中山の現場へ到着した際、荷台をダンプさせるチエンジギアレバー(いわゆるダンプレバー)の具合が悪いのに気がつき、他の車両で同じ仕事をしていいた訴外佐久川昌明と共に、右ダンプレバーの位置確認の点検をなしたに止まつたため原因発見には至らなかつた。

その後、本件加害車両の運転走行を継続再開して、右三回目の運搬の帰途、右中山より約二、三〇〇めートル付近路上を走行中、右側バックミラーにより荷台が約五〇センチ上昇しているのを発見したため、停車したが、運転席から降りずに、後部を見たところ、荷台は正常な位置に下つていたため、自己の錯覚かも知れぬと考え、それ以上の措置は採らず、運転走行を継続した。

右運転再開後、午後四時四八分ころ、本件事故の現場である横浜市神奈川区守屋町三丁目一四番地付近高速道路に差しかかつた際、突如後部荷台が上昇したため、右荷台上部が同高速道路上に約八〇メートルの長さにわたつて設置されていた立体交差橋四本の橋桁下部に次々と接触した。その際、被告稲垣は、右四回の接触の中、二回目までは気付かず、三、四回目の接触の衝撃により一時運転車両の統制をすることが出来なくなつてしまつたため、右車両は高さ約二五センチの中央分離帯を超えて反対車線に侵入してしまつたところ、おりから走行してきた本件被害者訴外亡阿部直美運転の本件被害車両(日産ローレル四四年式、普通乗用自動車、足立五す七三一四)右側面前方部に衝突したものである。

右衝突により、右被害車両は大破し、亡阿部直美は顔面打撲による脳挫傷並びに頭蓋内出血の傷害を受けたため、昭和四四年一二月一五日午後八時五〇分に死亡した。

2  被告稲垣安男の注意義務と過失

右本件事故の態様において認定した事実によれば、被告稲垣は、本件事故発生前に、本件加害車両の運転を命ぜられた際、右車両が二、三日前に購入された中古トラックであると知つていたが、ブレーキ、電気系統のみの点検をしただけであり、また三回目の運搬中、ダンプレバーの不調に気いたが、ダンプレバーの位置の確認をしただけであり、さらに運転走行中ににバックミラーで荷台が約五〇センチ上昇したのを発見した際、停車はしたが、運転席の中から後部を見ただけで、そのまま自己の錯覚かも知れぬと考えて運転走行を継続していたというのである。

かかる場合、自動車運転者、特にダンプトラック等の大型車両の運転者としては、その事故発生の際には特に重大な結果を惹起する可能性が大きいことに鑑み、運転開始時においては、ブレーキ、電気系統に限らず、ハンドル、タイヤ、方向指示器、ライト、エンジン等、また本件加害車両についてはダンプ関係およびキャブオーバー式車両であることから運転席キャビンの固定金具について単に形式的かつ表面的でなく、相当綿密な点検をなすべき注意義務があつたといわねばならず、また、運転走行時においても、いわゆるダンプレバー、ギアーの不調および荷台の突如の上昇という現象に気付いたのであるから、直ちに運転走行を中止し、自動車整備の専門家による綿密な整備点検を受けるべく手段を講ずべき注意義務があつたといわねばならない。

蓋し、自動車運転者としては、自動車が事故の危険性を内包するものであり、かつ、重大な結果発生の危険性を有するものであることからして、運転開始時においては少くともハンドル、ブレーキ、エンジン、タイヤ等の基本構造に系る部分(本件加害車両についでは荷台ダンプのレバー、ギアー、運転席キャビンの固定金具もこれに該当する)については、これらの故障が右危険に直結するものであることは明らかであるから、単に形式的かつ表面的でなく、相当綿密な点検整備をなすべき注意義務があり、また、運転走行時において、右の如き基本的構造に系る部分に不調を発見した場合には、これらの部分に故障の可能性があり、事故に直結することは明らかであるから直ちに運転走行を中止し、綿密な専門家による整備点検を受け、右故障の有無を確認し、故障のある場合は万全の修理整備をなし、未然に右故障による事故の発生を防止すべき注意義務があるといわねばならないからである。

従つて、被告稲垣は、前記の如く、運転開始時においては運転席キャビンの固定金具、ダンプレバー、ギアーの点検を怠つており、また、運転走行時においても、ダンプレバー、ギアーの不調および荷台の突如の上昇という現象に気付き乍ら、自己の軽々な判断により、運転走行を中止することなく、漫然と走行を継続したというのであるから、前記の二つの注意義務を二重に怠つたものである。

よつて、本件事故は被告稲垣の過失によるものであると断ぜざるを得ない。

三被告らの責任

1  被告稲垣安男の不法行為責任

前記の如く、本件事故は被告稲垣の過失により惹起されたことが認められる。

よつて、被告稲垣は民法七〇九条により不法行為者として、本件事故によつて発生した全損害の賠償の責に任じなければならない。

2  被告いすゞの保有者責任もしは運行供用者責任

(一)  加害車両の所有関係および運行支配関係について

<証拠>を総合すると次の事案が認められる。

(1) 訴外浦崎企業は、数台の普通トラックおよびダンプトラック等の大型貨物自動車を使用して、建設資材および残土等の運搬を主な業務とする有限会社であり、代表取締役は訴外浦崎博であり、同人の実父訴外浦崎直政は取締役である。

(2) 右浦崎企業は、その業務上、普通トラックおよびダンプトラックを必要とするので、永年にわたり被告いすゞとの間で同いすゞの平塚営業所を通じて取引関係があり、本件事故当時までに、一〇数回の取引があつたが、その大部分はいわゆる中古車の取引であつた。

右中古車の取引に関して、引渡しを受けた車両を返還したことは一度もなかつた。

(3) 被告いすゞは、昭和四四年一二月初旬、おりから、静岡県田方郡韮山町の土屋登より同月八日に本件加害車両を新車売却と引き換えに下取りする見込みがついていたため、訴外浦崎企業に対して、電話により、年式、車種、車検の残存期間等を説明の上、中古車として購入しないかと引合いをなしたところ、右浦崎企業の取締役であつた訴外浦崎直政が右引合いに応じて現物を見た上での買取りを了承したものであるが、右下取り価格は金四五万円、引合い価格も現状渡しで金四五万円ということであつた。右車両は同月八日に被告いすゞの平塚営業所に運ばれ保管された。

(4) 昭和四四年一二月一一日、訴外浦崎企業の代表取締役訴外浦崎博および同取締役同浦崎直政の両名は右の如く引合いに応じて買取りを了承したので、本件加害車両を見るために被告いすゞの平塚営業所に行き、同いすゞ社員の訴外三ツ谷亨立会いの下、右車両のエンジン、タイヤ等の点検をなしたところ、右エンジンとタイヤに不満足な点があつたため、値引きとタイヤ交換を求めた結果、金四二万円にまで値引きする合意だけが成立し、その際代金は五回の分割払とすることになり、右車両の所有権は被告いすゞにおいて留保することとし、頭金および手付金として金一二万円を小切手によつて支払つた。そして、右同日、右両名は、右車両の引渡しを受けて右浦崎企業の営業所自動車置場まで運んで格納した。ところで、右同日、契約書の作成はされず、車両受領証のみが被告いすゞに交付された。

(5) 本件加害車両(三菱ふそう四〇年式、大型貨物自動車)の新車時の価格は約金四二〇万円であつた。また、前記下取りの当時、同車の車検の残存有効期間は昭和四五年九月まであり、当時、同車と同型の車両の車検費用は約金二〇万円であつた。

(6) 前記の如く、訴外浦崎企業の代表取締役訴外浦崎博は、本件加害車両の引渡しを受けた三日後の本件事故の当日、昭和四四年一二月一四日朝、同企業の自動車運転手であつた被告稲垣安男に対し、本件加害車両を使用して同企業の業務の一部である鶴見区の旭ガラス工場から緑区中山の残土捨場まで練瓦屑を運搬することを命じた。

(7) 本件加害車両の売買契約書(自動車割賦販売並びに使用貸借契約書)は昭和四四年一二月二四日に訴外浦崎企業と被告いすゞとの間に作成されたが、一方本件加害車両の本件事故に関しての自賠責保険の手続は被告いすゞが全て代行している。

以上の事実が認められる。

<証拠判断、省略>他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の認定事実によれば、本件加害車両については、昭和四四年一二月一一日、被告いすゞを売主、訴外浦崎企業を買主として、右両者の間に、所有権留保付の割賦販売契約が成立していたものと推認することができる。

(二)  保有者責任もしくは運行供用者責任

右認定によれば、被告いすゞは単に本件加害車両の所有権の留保者にすぎず、右車両の運行支配者ではなく、運行利益の帰属者でもない。訴外浦崎企業こそが正に運行支配者であり、運行利益の帰属者であると認められる。

蓋し、被告いすゞは前記の如く本件加害車両の割賦販売代金の支払確保のために、右車両の所有権を留保したにすぎないからである。

即ち、自動車の割賦販売においては、売主は契約成立と同時に目的車両を買主に引渡してその使用を許すが、売買代金等の確保のために右車両の所有権を留保することが一般に行われている。右所有権の留保は担保のためであるにすぎないから、その留保された所有権は割賦金の不払いがあつたときにのみその効力を発揮するにすぎない。従つて右車両の運行についての支配権は特段の事情のない限りは、買主にのみ帰属するものと解すべきだからである。

よつて、被告いすゞに対して、自賠法三条に基づく保有者責任もしくは運行供用責任による損害賠償を求める原告らの主張は理由がなく失当である。

3  被告いすゞの中古車販売の不法行為責任

(一)  本件加害車両の販売の態様

前記2の(一)の如くいわゆる現状渡しによる所有権留保付割賦販売であることが認められる。

(二)  本件加害車両の本件事故前の状況

<証拠>によれば、本件加害車両は一一トン積ダンプトラックであり、本件事故前には静岡県の伊豆石材で石材の運搬に使用され、続いて同県の土屋登により砕石運搬に使用されてきた中古車であるが、本件事故前においては、荷台のダンプ装置には特に異常が発見されたことはなく、また、荷台が走行中にダンプレバーに触れないにも拘らず突如上昇してしまうという現象もなかつたことが認められる。

(三)  本件事故の直接原因たる走行中における荷台の突発的上昇の原因

<証拠>によれば、本件加害車両が走行中、荷台が突如上昇した原因は、PTOレバー(荷台を上下させるための油圧装置の動力源であるギヤーポンプの作動を「接」「断」するためのレバー)が「接」の状態になつたまま走行していたため、ギヤーポンプが回転作動していたところ、車台スプリングのへたり(弾力性の減耗)と運転席キャビンの固定金具のセット不良による固定の不完全さとが重なつたため、走行中、車体の上下動が激しくなつてしまい、その結果、タイヤがダンプレバー(荷台上下のための油圧装置のバルブコックの切り換えのためのレバー)のロッド(レバー操作を伝えるための金属性の腕木)にぶつかり、その際の衝撃により、ダンプの油圧装置のバルブコックが上昇側に入つてしまい、その結果として荷台が上昇したためと認められる。

(四)  中古車販売上の売主の注意義務と過失

(1) 中古車販売の態様と注意義務と過失

(イ) 中古車はその名の如く、新車と異なり、一旦使用されたものであるため、程度の差こそあれ、機械部品の減耗、磨滅により性能低下の危険を内包しているものであることは公知の事実である。

(ロ) かくてこの様な中古車の販売には、二つの態様においてなされているのが一般であり、一つは、整備点検を売主側においてなした上で販売する方式であり、もう一つは、いわゆる現状渡しといわれる方式で整備点検は専ら買主側で行うものである。右の販売方式の相違は必然的に販売価格に反映されていることも公知の事実である。

(ハ) 右前者の方式による販売の場合、売主はいわゆる設計ミスによる自動車整備の専門家といえども通常発見し得ぬ隠れた構造上の欠陥を除いては、販売車両の全でにわたり整備点検をなして、安全な車両であることを確認して販売すべき注意義務がある。

蓋し、この場合、買主側において点検、整備、修理をなすことが予定されていないからである。従つて、自動車整備の専門家としての点検(オーバーホールを含む)をなす限りは発見可能である部分の故障により事故が発生した場合、通常それが販売後の原因による故障であることを売主側において証明しない限りは売主に右事故の責任があると解される。

(ニ) 右後者の方式による販売の場合、売主は引渡しに当つて、少くともエンジン、ハンドル、ブレーキ、タイヤ、方向指示器、ライト、荷台等の基本的部分の外見的な点検とその作動点検をなし、万一、右部分に不調、故障を発見した場合にはその点につき買主に告知し、その点の整備、修理を促すべき注意義務がある。

蓋し、この場合、買主側において点検、整備、修理をなすことが予定されているからである。従つて、右部分につき右の点検をなして、右告知義務を果せば、右剖分の故障による事故にいても、売主は責任を負わないと解すべきである。

(2) 本件加害車両の販売上の売主の注意義務と過失

中古車の販売が一般に右(1)のどちらの方式でなされているかはさておき、前記認定の如く、本件加害車両は右後者の方式により販売されたものであるが、前記の如く被告いすゞは引渡し前に右(1)の(ニ)の点検をなしたうえ、引渡しに当つても、買主に同様の点検をなさしめていることが認められるから、その注意義務に懈怠があるとは解し得ない。さらに、前記認定の如く本件事故の遠因の一つたる車台スプリングのへたりは、右の如き点検によつては発見出来ない性質のものであるが、使用年数によつては当然予想し得るものであるから、この点につき告知しなかつたからといつて右注意義務に違反したものとはいえない。また、運転席キヤビンの不完全固定は、固定金具のセット不良によるものであるから、固定金具そのものの不良でない限り、売主の右注意義務違反によるものとはいえない。

よつて、被告いすゞに対して、民法七〇九条に基づく中古車販売上の注意義務違反たる不法行為による損害の賠償を求める原告らの主張は理由がなく失当である。

四損害<省略>

五被告安男の積極的主張<省略>

六弁護士費用<省略>

七結論

よつて、原告らの被告らに対する本訴各請求は、被告稲垣安男に対し、原告阿部千代子は金四八一万三八五七円と内金四四一万三八五七円に対する、同正治、同正直は各金三七一万三八五七円と各内金三四一万三八五七円に対する、同栄美、同きくえは各金五五万円と各内金五〇万円に対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四六年六月一五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるこれを認容し、その余の請求ならびに被告いすゞに対する請求はいずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(杉山修)

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