横浜地方裁判所 昭和47年(ワ)1563号 判決 1976年11月11日
川崎市川崎区大島三丁目一七番地二
原告
桜井勝男
同
所
同
桜井繁雄
原告ら訴訟代理人弁護士
篠原義仁
同
児嶋初子
同
杉井厳一
同
根本孔衛
東京都千代田区霞か関一丁目一番地
被告
国
右代表者法務大臣
稲葉修
右指定代理人
房村精一
同
剱持哲司
同
戸田健次郎
同
広瀬道雄
同
渡辺信
同
横山邦男
同
今村泰男
同
白井文彦
同
鳥居康弘
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告ら
「被告は原告桜井勝男に対し、金一一万七、六〇〇円及びこれに対する昭和四四年一〇月三〇日より還付金の支払決定の日まで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。
被告は原告桜井繁雄に対し、金一万一、八〇〇円及びこれに対する昭和四四年九月三〇日より還付金の支払決定の日まで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決。
二、被告
主文同旨の判決。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1(一) 原告桜井勝男(以下、原告勝男という)の昭和四一年、昭和四二年、昭和四三年の各年分の各総所得金額は、それぞれ、金四〇万円、金六〇万円、金八九万九、〇六六円であり、したがつて、右各年分の所得税額は、それぞれ、金二万四〇〇円、金四万五、三〇〇円、金六万五、〇〇〇円である。
(二) 原告桜井繁雄(以下、原告繁雄という)の昭和四二年分の総所得金額は、金五〇万円であるから、同年分の所得税額は、金八、三〇〇円である。
2(一) しかるに、原告らが所属していた川崎地区建設組合連合会(以下、訴外組合という)の事務局長小寺邦明は、原告らから委任をうけることなく、原告勝男については、昭和四一年分所得税にかかる期限後確定申告書、昭和四二年分及び昭和四三年分各所得税にかかる各修正申告書を、原告繁雄については、昭和四二年分にかかる期限後確定申告書をそれぞれ作成して、昭和四四年七月一五日付をもつて、川崎南税務署長に対して提出した。
(二) 右期限後確定申告書及び修正申告書(以下、一括して本件申告書等という)には、原告勝男の昭和四一年分の総所得金額が金五〇万円、昭和四二年分の総所得金額が金一〇〇万円、昭和四三年分の総所得金額が金一〇五万円、原告繁雄の昭和四二年分の総所得金額が金六〇万円、と各記載されていたため、原告らの前記各年分所得税額は、本件申告書等記載の前記各年分総所得金額に対応して、別紙(一)の所得税額欄記載の金額となつたうえ、所轄川崎南税務署長は、原告勝男に対して、昭和四一年分の無申告加算税、昭和四二、四三年分の過少申告加算税として、又原告繁雄に対して、昭和四二年分の無申告加算税として、それぞれ別紙(一)の過少もしくは無申告加算税額欄記載の金額を賦課した。
3 そして、原告勝男は、前記2の(二)記載の所得税額及び加算税合計金二四万八、三〇〇円を全額納付し、その最終納付日は昭和四四年一〇月二九日であり、原告繁雄も前記2の(二)記載の所得税額及び加算税合計金二万一、〇〇〇円を全額納付し、その最終納付日は同年九月二七日である。
4(一) しかしながら、本件申告書等は、いずれも原告らの委任なくして小寺事務局長が無断で作成、提出した偽造のものであるところ、右のような偽造申告書等によつてなされた納税申告は当然無効であつて、課税債務発生もしくは確定の効力を発生するに由ないし、又、偽造の本件申告書等記載の前記各年分総所得金額を基礎として賦課された無申告もしくは過少申告加算税の賦課処分は、本件申告書等による納税申告が当然に無効である以上、その処分根拠なくしてなされたものとして当然に無効である。
(二) したがつて、原告勝男については、右納付済税額金二四万八、三〇〇円から前記1の(一)記載の所得税額合計金一三万〇、七〇〇円を控除した金一一万七、六〇〇円が、原告繁雄については、右納付済税額金二万〇、一〇〇円から前記1の(二)記載の所得税額金八、三〇〇円を控除した金一万一、八〇〇円が、それぞれ、法律上租税として納付すべき原因なくして納付された誤納金であるから、被告はこれらを返還する義務がある。
5 よつて、被告に対して、誤納金返還請求権に基づき、原告勝男は、金一一万七、六〇〇円及びこれに対する最終納付日の翌日である昭和四四年一〇月三〇日から還付金の支払決定の日まで国税通則法五八条所定の年七・三パーセントの割合による還付加算金、原告繁雄は、金一万一、八〇〇円及びこれに対する最終納付日の後である昭和四四年九月三〇日から還付金の支払決定の日まで同法同条所定の年七・三パーセントの割合による還付加算金の各支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は争う。
2(一) 同2の(一)の事実中、原告らが訴外組合に所属していたこと、訴外組合の小寺事務局長が昭和四四年七月一五日、原告らに代つて、原告ら主張の内容の本件申告書等を作成して所轄川崎南税務署長に提出したことは認め、本件申告書等の作成及び所轄税務署長への提出が原告らの委任なくしてなされたものであることは否認する。
(二) 同2の(二)の事実は認める。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実中、本件申告書等が原告らの委任なくして偽造され提出されたとの点は否認し、その余の事実は争う。
三、被告の主張
1 原告らに対する課税処分の経緯及び原告らの所得税の納付状況は、別紙(二)記載のとおりである。
2(一) 本件申告書等の作成及び所轄税務署長への提出は、原告らから事前に包括的もしくは個々的に委任を受けた訴外組合の小寺邦明事務局長がなしたものであるから、本件申告書等による原告らの納税申告に原告ら主張の瑕疵はない。
(1) 本件申告書等が作成され、所轄税務署長へ提出された当時、原告らは訴外組合に所属していたものであるが、同組合はその事業の内容の一つとして、組合規約に、「組合員の事業に関する税務財政管理に対する指導」を掲げ、その具体的施策として組合員の記帳、申告の指導を行なつてきた。すなわち、同組合の事務局は、組合員の確定申告書の提出につき、収支明細書と確定申告書のひな形とを各組合員に配布してこれを記入させ、記入の済んだものについて事務局が検討を行なつた後、各組合員自身に清書させ、記載済の申告書を一括して提出したり、あるいは、組合員が確定申告書の記載に不慣れな場合には、当該組合員から資料の提出を受け、確定申告書等の代筆及び提出を行なつてきたが、従来、組合員から何らの異議もなかつた。
(2) ところで、本件申告書等の提出に至る経緯は次のとおりである。
(イ) 所轄川崎南税務署所属の係官が原告勝男の確定申告書を検討したところ、原告勝男は、昭和四三年に土地、建物を取得している事実及び扶養控除に誤り(原告繁雄は所得がありながら原告勝男の扶養親族となつていた)がある事実が認められたので、昭和四四年六月初旬、小寺事務局長の来署を求め、原告らの申告所得金額等について昭和四一年分以降を見直して欲しい旨申入れた。
(ロ) そこで、小寺事務局長は、同月半ば過ぎころ原告両名を組合事務局へ呼び、原告勝男の扶養控除及び原告両名の所得金額を検討したところ、扶養控除の誤り及び所得金額の増加が認められたので、原告両名にその旨を伝えたところ、原告両名から、「それでは修正申告をよろしく頼む。」との依頼を受けた。
(ハ) 小寺事務局長は、原告繁雄の昭和四二年分及び昭和四三年分については、同日中に所得金額を明らかにしたが、原告勝男の所得金額については、なお検討する必要があつたので、原告勝男から収支計算をするための諸資料を預かり、右資料に基づき収入金額・必要経費額を再検討し、所得の増加状況を原告勝男に電話連絡をしたところ、原告勝男は、「それでは、その金額で申告を頼む。」と述べた。
(ニ) そこで、小寺事務局長は、右依頼に基づき原告両名につき本件申告書等を作成し、原告両名から訴外組合が預つていた印鑑を押捺して、同年七月一五日所轄川崎南税務署長へ提出した。
したがつて、小寺事務局長は、原告両名の依頼を受けて本件申告書等を作成、提出したものということができるのであり、仮に、原告らが主張するとおり、組合事務局へ出頭して、小寺事務局長と共に所得金額の検討をしたのが原告勝男のみであつて、原告繁雄はこれに参加していなかつたとしても、原告繁雄は当時自己の所得税の申告をすべて原告勝男に委ねていたのであるから、原告勝男から本件申告書等の作成、提出の依頼があつたことをもつて、原告繁雄からの依頼もあつたということができるのである。
(二) 仮に、小寺事務局長が、本件申告書等の作成、提出について、原告らから事前に委任されたことがなかつたとしても、次の事実からして、原告らは、小寺事務局長が自己及び原告繁雄の代理人として本件申告書等を作成し、所轄税務署長へ提出したことを追認したものということができる。
すなわち、原告勝男が、昭和四四年七月一八日組合事務局へ来た際、小寺事務局長は本件申告書等の控を手渡し、所得の増加に比して納税額の増加が著しいのは扶養控除に誤りがあつたためである旨同原告に対し説明したところ、同原告は、「そうだなあ。仕方がない。」と了承の意思を表明した上、小寺事務局長に対し本件申告書等にかかる納税について分納の相談を持ちかけ、その指導を受けたのち、川崎南税務署の徴収課へ出頭し分納を申出た。そして、原告繁雄は当時自己の所得税の申告をすべて原告勝男に委ねていたこと前述のとおりである。
したがつて、小寺事務局長の本件申告書等の作成、提出に関する無権代理行為は原告らによつて追認された。
3(一) 仮に、本件申告書等による納税申告が原告らの委任なくしてなされたものであるとしても、原告勝男の昭和四二年分及び昭和四三年分の所得税及び過少申告加算税として納付された金額は、次の理由により、誤納金とはいえない。
すなわち、川崎南税務署長は、原告勝男の昭和四二年分及び昭和四三年分の所得税につき、本件申告書等の提出後である昭和四五年一月二六日、本件申告書等による修正申告額を上回る金額をもつて更正処分及び過少申告加算税の賦課処分(その内容は、別紙(二)記載のとおり)をなしているから、原告勝男は、昭和四二年分及び昭和四三年分の所得税については、修正申告によつてではなく、修正申告後の右各課税処分によつて確定された金額の租税債務を負担するに至つたのである。したがつて、原告勝男の昭和四二年分及び昭和四三年分所得税については過誤納金は生じない。(右各課税処分が違法として取消されれば格別、そうでない限り、行政処分の公定力からして、原告勝男に過誤納金は生じない。)
四、「被告の主張」に対する原告らの認否並びに反論
1 「被告の主張」1の事実は認める。
2 同2の事実中、原告らが本件申告書等の作成及び所轄税務署長への提出について小寺事務局長に委任したとの点及び原告らが、小寺事務局長の無権代理行為を追認したとの点は否認する。
本件申告書等が小寺事務局長によつて原告らに無断で作成され所轄税務署長へ提出された経緯は次のとおりである。
原告勝男は、昭和四四年六月半ば過ぎころ小寺事務局長から電話で呼出しを受けて、一人で組合事務所へ出向いた。組合事務所での小寺事務局長と原告勝男との面談内容は、税務署から指示されていた、<1>原告勝男と原告繁雄間の関係、すなわち、共同請負か使用関係か、<2>原告繁雄分の扶養控除の適否の二点を中心とするもので、原告勝男は、右<1>の点については、「共同請負ではなく、原告勝男が原告繁雄を雇用している関係であつて、納税申告のとおりである」旨を説明し、右<2>の点については、「原告繁雄を原告勝男の扶養控除に組み入れることが適当でない」ということで小寺事務局長と意見が一致した。
そして、当日、小寺事務局長から、昭和四三年分について修正申告を勧められたが、突然の話でもあり、右小寺から聞かされた税金額が多額であつたことから、即答せず返事を保留した。
ところが、右面談後の同月一八日、原告勝男は、突然組合事務所に電話で呼び出され、税金の納付書等の書類を交付されたため、直ちに税務署へ赴いて、本件申告書等の返還を求めて交渉を開始したが、川崎南税務署々員は応じなかつた。そこで原告らは、その後、小寺事務局長の違法な越権行為に抗議して、訴外組合を脱退した。
なお、原告繁雄は、自己の納税申告については、親方である原告勝男と相談しつつも、最終的には所得内容の確認を行ない、自己の手で納税申告書用紙への記入を行なつていたのであつて、被告主張の如く、原告繁雄が税金に関する事項をすべて原告勝男に一任していた事実はない。
以上の次第で、原告繁雄はもとより、原告勝男も、小寺事務局長に対して本件申告書等の作成及び所轄税務署長への提出を委任したことはない。
3 同3の事実中、被告主張の更正処分及び賦課決定処分のあつたことは認め、その余の事実は争う。
第三、証拠
一、原告ら
1 証人小寺邦明の証言。原告ら各本人尋問の結果。
2 乙第二、第三、第五号証の各一、二、第七ないし第一五号証、第一六号証の一、二の成立は認め、第六号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は否認。
二、被告
1 乙第一号証の一、二、第二、第三号証の各一ないし四、第四号証の一、二、第五号証の一ないし四、第六ないし第一五号証、第一六号証の一、二。
2 証人小寺邦明の証言。
理由
一、原告らが所属していた訴外組合の小寺邦明事務局長が、原告ら名義の本件申告書等を作成して、昭和四四年七月一五日付をもつて、川崎南税務署長に提出したこと、本件申告書等の記載内容が原告ら主張のとおりであること、川崎南税務署長が、本件申告書等の記載に基づき、原告らに対してその主張の如き無申告もしくは過少申告加算税の賦課処分をしたこと、原告らが別紙(二)の各納付状況欄記載の年月日に同欄記載のとおり所得税及び無申告もしくは過少申告加算税を納付したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二、原告らは、本件申告書等は、小寺事務局長が原告らに無断で作成して所轄川崎南税務署長へ提出したものであるから、本件申告書等による納税申告はいずれも当然に無効である旨主張するのに対して、被告は、本件申告書等の作成及び所轄川崎南税務署長への提出は、右小寺事務局長が原告らから委任を受けてなしたものである旨主張して抗争するので、以下に検討する。
1 成立に争いのない乙第二、第三、第五号証の各一、二、第七ないし第一五号証、第一六号証の一、二、証人小寺邦明の証言(後記措信しない部分を除く)、原告桜井勝男、同繁雄各本人尋問の結果(但し、原告勝男の後記措信しない部分を除く)ならびに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、証人小寺邦明の証言及び原告勝男本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(一) 訴外組合は、昭和三五年ころ川崎市及び横浜市鶴見区に居住する建設業者及びその従業員の社会的、経済的地位の向上を目的として設立されたものであるが、その業務活動の一環として、同組合所属の組合員に対し納税申告に関する税務指導を行つており、その具体的内容は概要次のとおりであつた。
すなわち、同組合では、組合員の所得税の確定申告書の作成にあたつて、まず、納税申告すべきその年の一二月に納税申告準備のための説明会を開催し、その際に、売上先、仕入先等を記載するようになつている同組合作成の収支明細書(乙第一六号証の一、二)を組合員に配布して、所要事項を記載せしめたのち、翌年一月ころ、同組合の小寺事務局長以下の事務局員が組合員と個別に面談して、右収支明細書の記載について点検または指導を行い、これが終了すれば右収支明細書を組合員に返還し、ついで、同組合で組合員の下書用として印刷した納税申告書用紙(提出用として税務署から郵送されてくる正規の納税申告書用紙と同形式のもの)を組合員に配布して、これに前記収支明細書に基づいて所要事項を記載せしめ、さらにこれを点検した上で、同年三月一五日までに、右下書用納税申告書用紙から提出用の納税申告書用紙に組合員自身をして移記せしめて、これが提出を受け、このようにして組合員から提出された納税申告書を同組合において一括して所轄税務署長に提出するという方法をとつていた。もつとも、右のように、提出用の納税申告書には組合員自身が記載するのを本則としていたが、種々の事情から、例外的に、同組合の事務局員もしくは事務員が下書用の納税申告書用紙に基づいて、提出用の納税申告書を作成することもあつたが、その場合には、当該組合員から個々的に委任を受けるを常としていた。
(二) ところで、訴外組合の小寺事務局長は、昭和四四年六月初ころ、川崎南税務署の係官から、同年三月に同組合が一括提出した確定申告書のうち原告らを含む約二〇件について、「確定申告書の記載内容につき疑義があるので、組合員らと相談の上、善処して欲しい」旨の要望を受けたため、当該組合員らを同組合事務所に呼び出して相談した上、川崎南税務署係官から疑義があると指摘された点について協議し処理して行つた。
小寺事務局長が、川崎南税務署係官から原告らの確定申告について検討するよう指摘を受けた点は、原告勝男が土地を若干購入し家を新築した事実に照らすとき同人の所得額が少ないこと、原告勝男と原告繁雄が共同で事業を経営しているのかどうか等の原告両名の営業における関係、原告勝男の昭和四二、四三年分の確定申告において原告繁雄を扶養控除対象者としているか、原告勝男の扶養控除の適否等の諸点であつたので、同年七月初ころ、原告両名を同組合事務所に呼び出したが、原告勝男のみが出頭したので、同事務局長は、同原告と税務署から指摘を受けた事項を中心として検討を行つた。
(三) 原告勝男との検討の場において、小寺事務局長は、原告勝男に対し、「原告らが共同で請負事業を営んでいるのか、それとも原告らは雇用、被用の関係にあるのか」尋ねたところ、原告勝男は、「原告らは兄弟で、真実は、弟である原告勝男が請負人となつて事業を営み、兄である原告繁雄が右仕事に従事して原告勝男から給料の支払いを受けている関係にあるが納税申告においては原告両名が共同で請負事業を営んでいるとして申告したい」旨希望したため、小寺事務局長は、原告勝男の全収入金額を大まかに原告勝男分六・原告繁雄分四の割合に按分し、そこからそれぞれの必要経費を控除する方法によつて原告ら各自の所得金額を計算することとし、原告勝男から、同原告の土地、建物などの資産を取得した状況及び生活費等について聴取し、その結果を前記収支明細書に記入した。
小寺事務局長は、原告勝男との右のような検討によつて、原告勝男については、土地を昭和四一年中に取得していながら同年分について何らの納税申告をもしていないことが判明したので、同年分について期限後確定申告をする必要があり、昭和四二年分及び昭和四三年分について前記土地の取得・その後の家屋の建直しの出費に比し確定申告所得額が過少であること及び原告繁雄又は同人の家族を被扶養者として申告していたのは誤りであることから、右各年度分について修正申告をする必要があり、又何ら納税申告をもしていない原告繁雄の昭和四二年分について期限後確定申告をする必要があり、同原告の昭和四三年分については給与所得を事業所得に変更するほか、確定申告所得額が過少であることから修正申告をする必要があると判断し、その旨を原告勝男に告げたところ、原告勝男は、小寺事務局長の右申出を了承し、同事務局長に対し、右各年分の所得金額、税額等の計算方を依頼した。
(四) そこで、小寺事務局長は、前記のようにして作成した収支明細書(乙第一六号証の一、二参照)に基づき、かつ、原告勝男との間で合意をみた所得金額算出に関する前記方法に基づいて、原告らの前記各年分の所得金額、税額等を計算し(なお、必要経費中、金額の明らかでないものについては右小寺の推測によつて額を決めた)、原告繁雄についての分も含めてその結果を原告勝男に対して電話連絡した上、提出用納税申告書作成のため同組合の事務所へ出頭を求めたところ、原告勝男は、「仕事が多忙であるので、右計算結果に基づいて納税申告書を作成して提出して欲しい」旨依頼したため、右依頼を受けた小寺事務局長は、本件申告書等(ほかに、原告繁雄の昭和四三年分所得税にかかる修正申告書もあつた)を作成して、同月一五日、川崎南税務署に提出した。
しかし、小寺事務局長は、右計算の結果を原告繁雄本人に対して直接報告したことはなかつたし、同原告から本件申告書等の作成及び提出について直接依頼を受けたこともなかつた。
(五) ところで、原告勝男が小寺事務局長に対して本件申告書等の作成、提出を依頼した昭和四四年七月当時においては、原告繁雄は、原告勝男が実弟であり、かつ、同一住所地に居住している上、しかも、原告勝男に雇用されて給料の支払を受けていた関係から、自己の税金に関する事項についてはすべて原告勝男に一任し、その判断、処理するところに異議なく服する関係にあつた。
すなわち、原告繁雄は、自己の税金に関する事項の処理を、原告勝男が訴外組合ないし小寺事務局長に再委任することも含めて、原告勝男に対し包括的に委任していた。
2(一) 右認定事実によれば、訴外組合においては、提出用の納税申告書は納税者たる組合員自身が記入して作成するのを本則とし、例外的に訴外組合の事務局員らが作成することもあつたが、その場合は個別的に当該組合員の委任を受けていたというのであるから、原告勝男が昭和四四年七月初ころ小寺事務局長と原告両名の所得額等を検討した席において、原告勝男が、原告勝男の昭和四一年分ないし昭和四三年分について、原告繁雄の昭和四二年分及び昭和四三年分について、それぞれ期限後確定申告もしくは修正申告をする必要のあることを了承した上、右各年分の所得額の計算方を小寺事務局長に依頼したことをもつてしては、未だ、原告らか小寺事務局長に対して本件申告書等の作成、提出までも委任したということはできない。
(二) しかしながら、原告勝男は、その後、前記の如く所得額、所得税額等の計算を了した小寺事務局長から電話で、右計算の結果(原告繁雄に関する分も含む)を告げられた際、右計算の結果に基づいて原告ら名義の期限後確定申告書もしくは修正申告書を作成して提出するよう依頼した(原告繁雄は自己の税務の処理を原告勝男に一任していたことは前認定のとおり)のであるから、小寺事務局長は、原告らから本件申告書等の作成及び提出を委任されたものというべきである。
(三)(1) 原告らは、原告両名とも小寺事務局長に対し本件申告書等の作成、提出を委任したことはない旨主張し、原告勝男本人は、右主張に沿う供述をしているのであるが、右原告勝男本人の供述は、証人小寺邦明の証言に照らして措信できない。殊に、同証人の証言及び原告勝男本人尋問の結果(但し、後記認定事実に反する部分を除く)ならびに弁論の全趣旨によつて認められる次の事実に徴しても、到底措信できない。
すなわち、右証言及び供述ならびに弁論の全趣旨によれば、小寺事務局長が本件申告書等を提出した後の昭和四四年七月一八日、原告勝男が訴外組合の事務所に呼び出され小寺事務局長から原告らに関する本件申告書等の控及び納付書を手渡された際、小寺事務局長が本件申告書等を税務署に提出したことについては何ら抗議することなく、ただ、同局長に対し、税金の分割払ができるかどうかを尋ね、同局長から、「税金の分納制度というものがあるので、詳しいことは税務署へ行つて聞いてみるよう」教えられ、同日、川崎南税務署を訪れ、同署係官に対して 分納制度の適用を受けたい旨申出たところ、同係官から、資産の調査を行う旨告げられたのに激し、一転して、「本件申告書等は原告らに無断で作成、提出されたものである」と主張して、その返還を要求するに至つたことが認められる。
(2) 又、原告らは、原告繁雄は、自己の申告については、親方である原告勝男と相談しつつも、最終的には自己の責任において所得内容の確認を行い、自己の手で納税申告書への記入を行つていた旨主張し、原告繁雄本人は、納税申告時には、親方(原告勝男)と二人で相談して書く旨及び昭和四三年分確定申告書(乙第五号証の一、二)は自らこれを記入した旨供述しているのであるが、同原告は、税金関係のことは全部原告勝男に一任していた旨の供述をもしているのであるから、納税申告書は原告勝男二人で相談して書く旨の原告繁雄の前記供述は措信しがたく、又、前出乙第三号証の一、二、原告両名の各本人尋問の結果によれば、原告繁雄は訴外組合の正組合員ではないので、確定申告書作成、提出についての訴外組合との交渉は専ら原告勝男を通じてなしていたこと、原告勝男の昭和四三年分所得税の確定申告書(乙第三号証の一、二)は訴外組合の事務員に代筆してもらつたことの各事実が認められ、右事実に原告繁雄の昭和四三年分所得税の確定申告書である乙第五号証の一、二の記載の体裁を併わせ考えると、昭和四三年分所得税の確定申告書は自らこれを記載した旨の原告繁雄の前記供述も措信することができない。そして、他に原告繁雄が原告勝男に対し、自己の税金に関する事項の処理を包括的に委任していたとする前記認定を左右するに足る証拠はない。
(四) したがつて、本件申告書等のうち原告勝男に関する分、すなわち原告勝男の昭和四一年分所得税にかかる期限後確定申告書(乙第一号証の一、二)、昭和四二年分及び同四三年分所得税にかかる各修正申告書(乙第二号証の三、四及び乙第三号証の三、四)は、いずれも小寺事務局長が原告勝男からの直接の委任に基づいて作成して、提出したものというを妨げないし、又、本件申告書等のうち、原告繁雄に関する昭和四二年分所得税にかかる期限後確定申告書(乙第四号証の一、二)は、同局長か原告繁雄の委任を受けていた原告勝男から再委任を受け、それに基づいて作成して、提出したものというを妨げない。
すなわち、本件申告書等は、すべて、原告らが自ら作成して、提出したと同一の効果を有する有効なものである。
三、以上の次第であるから、本件申告書等による納税申告の当然無効を理由とする原告らの本件誤納金返還請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中村盛雄 裁判官 長門栄吉 裁判長裁判官立岡安正は退官につき署名捺印できない。裁判官 中村盛雄)
別紙(一)
<省略>
別紙(二)
課税処分の経緯
(一) 原告勝男関係
(イ) 昭和四一年分
<省略>
(ロ) 昭和四二年分
<省略>
<省略>
(ハ) 昭和四三年分
<省略>
<省略>
(二) 原告繁雄関係
昭和四二年分
<省略>