横浜地方裁判所 昭和49年(ワ)140号
原告
野坂卓見
右訴訟代理人弁護士
佐伯剛
同
陶山圭之輔
(ほか三名)
右陶山圭之輔訴訟復代理人弁護士
若林正弘
(ほか二名)
被告
東洋電機製造株式会社
右代表者代表取締役
石井英一
右訴訟代理人弁護士
今井文雄
主文
被告が原告に対して、昭和四八年一二月一二日付でしたけん責および出勤停止処分が無効であることを確認する。
被告は原告に対し、金七九〇一円を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、すべて被告の負担とする。
この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告)
一 主文第一、四項と同旨。
二 被告は原告に対し、金二〇万七九〇一円を支払え。
三 右第二項につき仮執行の宣言。
(被告)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
(請求の原因)
一 当事者
(一) 被告は、各種機械器具、電車、電気機関車、その他一般鉄道および車輛用品の製作、修理、販売等を主な業とする株式会社で、肩書地(略)に本社を、横浜市戸塚区、同保土ケ谷区、海老名市、京都市にそれぞれ工場を、大阪市、札幌市等に支社ないし営業所を有し、資本金は二〇億二五〇〇万円である。
(二) 原告は、昭和四三年四月一日、被告に入社して、その戸塚工場に勤務し、同工場に勤務する従業員および同工場在勤の本社従業員で組織している東洋電機製造株式会社戸塚工場労働組合の組合員である。
二 原告のビラ配布行為
原告は、昭和四八年一一月二六日午前一一時ごろ、戸塚工場駆動装置組立職場内において、被告の従業員訴外横川利夫に対し、被告の許可なく印刷ビラ(日本共産党東洋電機支部作成の読者ニュースNO・1)一枚を手交し、配布した。
三 懲戒処分
(一) 被告は昭和四八年一二月一二日、原告に対し、「就業規則第一四条に違反する行為があったので、同規則第八八条に基づきけん責および昭和四八年一二月一三日より二日間の出勤停止を命ずる」旨の意思表示をした(以下「本件懲戒処分」という)。
(二) 就業規則第一四条は、「従業員は別に定める手続きを経て許可を得た場合のほか、会社施設内において業務に関係のない印刷物などを配布し、掲示し、もしくは貼紙し、または放送、集会、その他これに類する行為を行ない、もしくは行なわしめてはならない」旨を規定し、同規則第八八条一一号は、右規定に違反したときは懲戒解雇、ただし、情状によっては、けん責および出勤停止、またはけん責および減給に止める、懲戒処分をすることができる旨定めている。
四 本件懲戒処分の無効
(一) 集会・文書活動を禁止する就業規則第一四条は、憲法第一九条、第二一条で保障されている基本的人権を合理的理由なく制限するもので、公序良俗に違反し無効である。
すなわち、印刷物の配布は、組合ないし組合員の情報宣伝活動の最も通常な方法のひとつであり、特に企業内組合においては、企業施設を利用して印刷物を配布することは、組合活動にとって、あるいは組合員個人ないしその所属する団体にとって、欠くべからざる手段となっている。そうであれば、印刷物配布の自由は最大限に尊重されなければならず、合理的理由のない限り、これを一般的に制限することは許されない。しかるに、就業規則第一四条の規定は、一般的、一律に従業員の印刷物の配布等の行為を制限し、なんら合理的理由も示されてはいない。したがって、同条は従業員の上記基本的人権を制限するものであって、公序良俗に反し無効であり、延いてはまた、同条に基づく本件懲戒処分も無効である。
(二) 被告は、従業員が被告の許可を受けずに企業施設内で印刷物を配布することにつき、就業規則第一四条の規定にもかかわらず、従前なんらの注意も処分もしたことがなかった。しかるに、原告に対しては、前記のような特定の政党の印刷物を配布したことをもって同条に触れるとし、本件懲戒処分を強行した。そもそも、たった一枚の印刷ビラの配布行為については、これをチェックするために上司の「注意」はありえても、企業秩序を損ったとして、けん責および二日間の出勤停止処分に付するのが相当とは到底思われない。これは明らかに原告の思想・信条を嫌悪して、他の従業員と差別的取扱いをしたものといわざるをえない。そうであるから、本件懲戒処分は、憲法第一四条、労基法第三条に保障された法の下の平等を侵害し、公序に反して無効のものである。
五 賃金請求
被告は、二日間の出勤停止期間中、原告に賃金を支払わない。しかし、本件懲戒処分は無効なものであるから、右賃金カットも違法であり、被告は原告に対し、カット額七九〇一円を支払わなければならない。
六 慰藉料請求
原告は、違法な本件懲戒処分により、著しく名誉を毀損され、対内的にも対外的にも種々の不利益を蒙って、大きな苦痛を強いられている。すなわち、原告は、有能な社員として他の従業員から厚い信頼を受け、また、熱心な組合活動家として、労働者の権利を守り、生活向上のため日夜努力しているものであるところ、本件懲戒処分により、労務上あるいは組合活動上大きな支障を受ける虞れを免れることができない。一方、被告は、原告の思想・信条を著しく嫌悪し、機会があればなんらかの不利益を課そうと狙っていたものであり、かような目的をもってなされた本件懲戒処分は、原告の労働者としての基本的人権を侵害するものとして、許すべからざるものである。
以上の諸事情を考慮すれば、原告の精神的苦痛に対する慰藉料は金二〇万円が相当である。
七 よって、原告は被告に対し、被告が昭和四八年一二月一二日原告に対してしたけん責および出勤停止処分が無効であることの確認と未払賃金七九〇一円、慰藉料金二〇万円、以上合計金二〇万七九〇一円の支払とを求める。
(請求の原因に対する認否)
一 一項(一)、(二)、二項および三項(一)、(二)の各事実は認める。
二 四項(一)については争う。同項(二)の事実のうち、従業員が許可なく会社施設内において印刷物を配布したことに関し、被告において従前なんらの処分もしたことのないことは認め、その余は争う。
三 五項の事実のうち、被告が原告の出勤停止期間中の賃金を支払わないことおよび賃金カット額が七九〇一円であることは認め、その余は争う。
四 六項の事実のうち、原告が熱心に組合活動をしていることは認めるが、その余は否認する。
(被告の主張)
一 原告の前記行為は、原告が被告の従業員訴外野崎和美と意思を通じ、同人と事実行為を分担し合ってなしたものであるが、被告の確認しえた原告の就業規則違反行為としては、右のほか、次のような印刷ビラ配布行為があり、これも本件懲戒処分の一事由となっている。
(1) 日時 昭和四八年一一月二六日午後五時ごろ。
(2) 場所 戸塚工場守衛所内。
(3) 配布態様 野崎をして守衛の訴外佐渡幸次郎に対し、被告の許可なく印刷ビラ(日本共産党東洋電機支部作成の読者ニュースNO・1)一枚を手交し、配布せしめた。
二(一) 被告は、東洋電機製造株式会社労働組合連合会および同会社戸塚工場労働組合との間で締結された労働協約により、組合活動に伴ない、組合で発行または配布する正規の印刷物の会社構内における配布の自由を保障している(協約一五条)。しかしながら、原告の配布した印刷物は、組合の正規のものでも、また、組合の了解または指示のもとに配布されたものでもない。
ちなみに、東洋電機製造株式会社戸塚工場労働組合の査問委員会は、昭和四九年一月二二日、原告に対し、本件ビラの配布に関して、その内容に組合連合会の中央執行委員会を誹謗する文言が含まれているとして、戒告および右連合会の前期中央執行委員会あての謝罪文の提出を求める旨の裁定を下している。
(二) 被告が就業規則により、従業員に対し許可なく会社施設内において業務に関係のない印刷物の配布を禁じている理由は、社内秩序を維持するためである。けだし、一般に印刷物は大量に作成され、配布される虞れがあるからである。したがって、右のような制限が思想、良心の自由はもとより、表現の自由を侵すものでないことは言を俟たない。
(三) 被告は、従来から、正規の組合活動を除き、会社構内において従業員が許可なく業務に関係のない文書を配布するのを覚知した場合には、注意を与え、右配布を許可または不許可としている。本件懲戒処分が、特に、原告の思想・信条を理由として行なわれたわけのものではない。
(被告の主張に対する認否)
一項の事実のうち、野崎和美が被告の従業員であることは認めるが、その余は否認する、二項(二)、(三)は争う。
第三証拠(略)
理由
一 請求の原因一項(一)、(二)(被告の概要および原告の地位)、同二項(原告の無許可ビラ配布行為)および同三項(一)、(二)(本件懲戒処分の存在および就業規則第一四条、第八八条一一号の規定)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 被告は本件懲戒処分については、請求の原因二項の事実のほか、原告が被告の従業員野崎和美をして、昭和四八年一一月二六日午後五時ごろ、戸塚工場守衛所内において守衛の佐渡幸次郎に対し、被告の許可なく印刷ビラ(日本共産党東洋電機支部作成の読者ニュースNO・1)一枚を手交し、配布せしめた事実もその一事由になっていると主張する。そして、野崎が被告の従業員であることは当事者間に争いがなく、(証拠略)を総合すれば、野崎が上記の日時ごろ、上記の場所において守衛の佐渡に対し、被告の許可なく上記のビラ一枚を配布したことが認められる。しかし、進んで、野崎の右の行為が、原告において同人をして就業規則第一四条にいわゆる印刷物の配布を「行なわしめ」たもの、換言すれば、原告が同人を具として右行為に使役したもの、あるいは、同人をそそのかして右行為を実行せしめたもの、と見うるかについては(人証略)も未だこれを証するに足りないものであるし、他にこれを肯定するに足る的確な証拠も見当らない。
そうすると、野崎和美に関する事実は、原告に対する本件懲戒処分の効力ないし当否を判断するについて、斟酌すべき事由たりえないといわなければならない。
三 本件懲戒処分の効力について
(一) 原告は、就業規則第一四条の規定は、憲法第一九条、第二一条に反して無効である、と主張する。
一般に労働者は、その勤務する事業場または事務所内における行動については、使用者の有する右事業場等の一般的な施設管理権に基づく適法な規制に服さなければならない。もっとも、憲法は思想・信条の自由(一九条)を保障し、さらにその具体的な行動形態としての表現の自由(二一条)を基本的人権として保障しているから、使用者の右管理権に基づく労働者の行動規制も無制限であることをえず、管理上の合理的理由がないのに不当な制約を課する場合には、あるいは公序良俗に反するものとして、あるいは管理権の濫用として、その効力を否定せられることもありうるというべきである。しかし管理権の合理的な行使として是認されうる範囲内における規制であるかぎりは、これによって、就業時間中はもとより休憩時間中における労働者の行動の自由が一部制約されることがあっても、有効な規制として拘束力を有し、労働者がこれに違反した場合には、規律違反として労働関係上の不利益制裁を課せられてもやむをえないものと解さなければならない。
以上の観点からすれば、前記就業規則第一四条は、従業員の企業施設内における印刷物の配布等につき、従業員自身の行為あるいはこれと同視しうる行為を被告の許可にかからしめ、もって制肘を加えてはいるが、そのために同条が無効であると解することはできない。けだし、企業施設内における従業員の印刷物の配布・掲示、放送、集会等の活動は、その方法、規模、態様の如何によっては職場の規律、能率に支障を及ぼすことは充分に予測されうるところであるから、これが全くの自由、無制約な恣意のままに許されるものではなく、叙上の制限は、施設管理権の合理的な行使として是認される範囲内のものといいうるからである。しかしながら、印刷物の配布、掲示、放送、集会等が職場の規律、能率に及ぼす影響も、その場所、時間、回数、内容あるいは企業側の対応の仕方などによりさまざまなものがありうるから、前記表現の自由保障の規定をも勘案較量すれば、許可のない印刷物の配布等につき、そのすべての場合に労働者の責任を求めうると解することは相当でなく、労働者の右の如き行動によって、現実に経営秩序が乱されて業務の正常な運営が阻害される場合、すなわち現実に就業の規律、能率が妨げられる場合、または、かような結果を招く虞れが著しい場合の違反行為に限って問責できる、と解すべきである。
(二) しかして、(証拠略)に徴すれば、被告と東洋電機製造株式会社労働組合連合会との間に締結されている労働協約第三八条は、組合員の懲戒解雇(ただし、情状によって、けん責および出勤停止またはけん責および減給に止める)事由を定め、その一三号は、「会社の許可を得ないで会社施設内において業務に関係のない印刷物などを配布し、掲示し、もしくは貼紙し、または放送、集会、その他これに類する行為を行ない、もしくは行なわしめたとき。ただし、この場合、組合活動に関するものは除く。」と定めている。そこで、労働協約はもとより就業規則に優先した効力を認められるから、本件懲戒処分の事由とされた原告の無許可ビラ配付行為は協約にいう「組合活動に関するもの」にあたらないか、あたらないとすれば、右行為は前叙のような経営秩序びん乱等の結果をもたらすものではなかったか、または、かかる結果を招く虞れの著しいものではなかったか、が検討されなければならない。
ところで、(証拠略)によれば、労働協約第一五条は「組合活動に伴う印刷物の会社構内における配布は、組合で発行または配布する正規の印刷物に限る。」と規定しているが、本件ビラが東洋電機製造株式会社戸塚工場労働組合の正規の印刷物でも、また、同組合の了解あるいは指示のものに配布されたものでもないことについては、原告もこれを明らかに争わない。しかしながら(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を動かすに足る証拠はない。
1 戸塚工場内には、昭和四八年当時、「日本共産党東洋電機支部」と称する非公然の組織が存在し、原告も同支部の一員であった。
2 右支部は、昭和四八年一一月二五日ころ、同年の年末一時金闘争に関する同支部の見解と独自の闘争方針等を記載した「読者ニュースNO・1」と題するビラ(<証拠略>)を、日本共産党機関紙「赤旗」の購読者および同党支持者を対象として配布すべく、数十枚作成した。
3 原告が横川利夫に配布したビラは右「読者ニュースNO・1」のうちの一枚であるが、原告は同人にビラを配布するにあたっては、これを使用済みの封筒に入れてホチキスで止め、「慎重に扱って下さい」と申し述べて手渡した。横川はビラを受け取ると、これをそのまま服のポケットに納めて作業を継続し、手を休めたのは僅か一分位であった。
4 横川は、当日の昼休み、同僚二、三人と共に本件ビラを読み、その内容には事実に反する部分があるなどと話し合ったものの、職場において特段の異変は生じなかった。そして、同月二九日に東洋電機製造株式会社戸塚工場労働組合の臨時組合大会が開かれ、その席上、横川ほか一名が本件ビラについて発言し、記載内容の誤りを指摘するなどしたが、結局、組合役員から組合としては関知しない旨の答弁がなされ、このビラに関する質疑は一〇分ほどで終了した。ところが、約一週間後に、横川は戸塚工場総務課に呼ばれ、本件ビラ受領の顛末について聴取を受けた。
(三) 以上の事実に基づけば、本件ビラの配布は「組合活動に関するもの」ではないけれども、原告の行為は、その態様、規模において、また、ビラの内容にも照らし、未だ被告の職場秩序を乱したり、生産活動を阻害したりするものでなかったことは勿論、その虞れの著しいものでもなかったと断ずるのが相当である(人証判断略)。もっとも、原告の本件ビラ配布行為に関しては、ビラの内容に前記労働組合連合会の中央執行委員会を誹謗する文言が含まれているとして、昭和四九年一月二二日、戸塚工場労働組合の査問委員会において、原告に対し戒告および連合会の前期中央執行委員会あての謝罪文の提出を求める旨の裁定が下されたことは、原告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものと見做す。しかし、右の事実は、原告の行為が組合における統制違反行為として、その内部に紛議をもたらすものであったことを示してはいるけれども、直ちに本件ビラの配布によって戸塚工場における就業の規律、能率が阻害されるに至ったこと、あるいはその虞れが著しかったことを推認させる資料ともなし難く、したがって、右の事実の存在は叙上の判断を妨げるものとはいえない。
(四) してみれば、原告の無許可ビラ配布行為は、未だこれを問責しうる職場規律違反とまでは目し難く、結局、本件懲戒処分は、被告において、就業規則第八八条一一号の適用を誤ったことに帰し、無効たるを免れないというべきである。
(五) そして、原告としては、本件懲戒処分の存在により、将来にわたって昇給、昇格等につき不利益な取扱いを受ける虞れがあるものと解されるから、その無効を確認する利益があるというべきである。
四 賃金請求について
被告が、原告の出勤停止期間中の賃金を支払っていないことおよび支払われていない賃金額が金七九〇一円であることは当事者間に争いのないところ、本件懲戒処分が無効であることは前認定のとおりであるから、被告は原告に対し、右賃金カット額七九〇一円を支払うべき義務がある。
五 慰藉料請求について
本件懲戒処分が無効であることは前認定のとおりであるが、右の処分に至った経緯、処分内容など本件に顕われた諸般の事情を勘案すれば、原告が本件懲戒処分を受けたことによって蒙った精神的苦痛は、その処分の無効確認の裁判を受けることによって充分に慰藉されるものと解される。そうであれば、さらに金銭をもってこれを補填する必要はないものというべく、したがって、その余の判断を俟つまでもなく、この点に関する原告の請求は理由がない。
六 よって、原告の請求は、昭和四八年一二月一二日、被告が原告に対してしたけん責および出勤停止が無効であることの確認ならびに被告に対し賃金として七九〇一円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中田四郎 裁判官 本田恭一 裁判官 杉本正樹)