横浜地方裁判所 昭和49年(ワ)1949号 判決 1975年10月28日
原告
小森剛
同
小森聡子
右両名法定代理人
親権者父兼原告
小森浩平
右三名訴訟代理人
濱田武司
被告
吉原産業株式会社
右代表者
吉原三郎
右訴訟代理人
大橋堅固
主文
被告は、原告らに対し、各金四五五万三五七三円及び右各金員に対する昭和四九年四月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その九を被告の、その余を原告らの各負担とする。
この判決は、原告ら勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
(一) 被告は原告らに対し、各金五三九万二八六一円及び右各金員に対する昭和四九年四月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行宣言
二、請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告らの請求は、すべてこれを棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一、請求原因
(一) 事故の発生
訴外小森元子(以下、元子という。)は、次の交通事故によつて死亡した。
1 発生時 昭和四九年四月二七日午後四時二五分頃
2 発生地 藤沢市鵠沼一八六一番地先路上
3 加害車 大型貨物自動車(相模一一さ六六六七号)
運転者 訴外 船原保臣
4 被害者 元子
5 事故の態様 加害車は、通路を右折しようとして大廻りし、道路左側端一杯に車体を寄せたため、右道路横断歩道の左端上に自転車をひいて佇立する元子を、加害車左側部と道路左端のブロック塀の間に挾み込み、更に加害車がそのまま進行したため、同車左側後車輪に元子を巻き込み、同人を轢過した。
6 元子は、右事故により、頭部複雑粉砕骨折、肋骨、骨盤各骨折、左上肢挫滅創等の傷害を受け、即死した。
(二) 責任原因
被告は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保険法(以下、自賠法という。)三条により原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。
(三) 相続
原告浩平は元子の夫、原告剛、同聡子は元子の子であつて、元子の死亡により、それぞれ同人の権利を三分の一ずつ相続した。
(四) 損害
1 元子の逸失利益
金一四九八万八一四一円
本件事故発生時に、原告浩平は湯浅総合サービス株式会社東京支店営業課長の要職にあり、原告剛は小学校に、同聡子は幼稚園にそれぞれ通つていた。
そして、元子は、右原告らの妻及び母として健全なる家庭の育成に励み、当時年令三三才の幸福な家庭の主婦であつた。
家庭の主婦の家事労働は、その労働時間を見ても、睡眠時間以外の全時間の最低一日一五時間に達しその果たす役割から見ても炊事、洗濯、裁縫、子女の教育、親類縁者、近隣との交際、財産の保全管理、家庭経済の運営など多方面にわたり、家政婦の比ではない。これを他人に依頼するとなれば、かなり多額の出費となることは明らかである。主婦は多種多様の家事労働により自らも利益を挙げ、家庭を豊かにしているのである。とりわけ、本件原告らのように、経済的にも中位以上の家庭においては、主婦の家庭内における労働、家庭を維持している努力に対する評価も、一家の柱である夫の収入に見合つて考えられなければならない。
従つて、元子の労働は最低に評価したとしても一日金三〇〇〇円とするのが相当である。一年に三六五日、満六七才まで三四年間を稼働可能として、生活費三〇%を控除し、この間の中間利息をホフマン式で控除すると、同人が死亡によつて失つた得べかりし利益の総額は金一四九八万八一四一円と算定される。よつて、原告らは、前記の相続分に応じ、元子の逸失利益につき、おのおの金四九九九万六〇四七円を相続したことになる。
2 元子の慰藉料 金三〇〇万円
元子は、前記のとおり良き夫、良き子供に恵まれて幸福な家庭を築いてきたものであり、更に将来に対する期待や希望は計り知れないほど大きなものがあつた。その幸福の絶頂から、大型ダンプカーの車輪に轢かれるという痛ましい死を迎えたのである。
よつて、同女がこれにより受けた精神的苦痛に対する慰藉料は、金三〇〇万円が相当であり、原告らは、これを金一〇〇万円ずつ相続した。
3 原告ら固有の慰藉料
各金二〇〇万円
原告らが元子の死亡により受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては、原告ら、おのおのにつき金二〇〇万円が相当である。
4 弁護士費用
原告ら各金三〇万円
5 損害填補
原告らは自賠責保険から金八七〇万九五六〇円を受領しているので、これを三等分して、原告らの各損害賠償債権に充当する。
(五) 結論
よつて、原告らは被告に対し、各金五三九万二八六一円及び右各金員に対する本件交通事故発生の日の翌日である昭和四九年四月二八日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
請求原因(一)ないし(三)の事実はいずれも認める。
請求原因(四)の1の事実のうち元子が事故当時三三才であつた点は認めその余は知らない。同2ないし4の事実は知らない。とくに、主婦の労働力の評価及び生活費控除率については、これを争う。同5の保険金受領の事実は認める。
三、被告の主張
被告は、元子の葬儀関係の費用として合計金一三四万九一二六円を支払つている。通常、元子のような地位にある者については、総計金三〇万円程度が交通事故と相当因果関係ある葬儀関係費用とされている。従つて、これを超過する金一〇四万九一二六円の支払い分は、実質的には葬儀関係費用以外の原告らの損害に対する支払いと見るべきものであり、この点は慰藉料の算定にあたり、事情として充分斟酌されるべきである。
四、被告の主張に対する認否
元子の葬儀関係費用として、被告主張の金額が支払われた事実は認める。
第三 証拠<省略>
理由
一事故の発生及び責任原因
請求原因(一)項及び(二)項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二損害
(一) 元子の逸失利益
金一六三七万〇二八〇円
1 <証拠>によれば、元子は、昭和一五年一二月一七日生れで、本件事故当時三三才であり(当時の年令は当事者間に争いがない。)、高校を卒業した後、昭和三七年六月原告浩平と婚姻して、同原告との間に長男原告剛(昭和三九年一一月一六日生)及び長女原告聡子(昭和四三年七月一四日生)を儲けたこと、本件事故当時、原告浩平は湯浅総合サービス株式会社に勤務して、同社のサービス課営業課長として年収約三五〇万円を挙げ、また、原告剛は小学校に、原告聡子は幼稚園にそれぞれ通い、元子は、右原告らを擁して精神的にも経済的にも安定し、心身ともに極めて健康であつたこと、そして、元子は、家事に専念するかたわら、原告剛の学んでいる小学校のPTA役員なども勤め、幸福かつ充実した日常生活を送つていたこと、が認められる。<証拠判断略>
2 ところで、主婦の家事労働は、夫の家庭外での労働と別個に営まれ、その労働能力は、夫の家庭外での労働とは別個独立の財産上の利益を生ずるものとして、右夫の収入とは別個独立に評価されてしかるべきものである。
しかして、家事労働に専念する主婦は、その有する労働能力をすべて家事労働に振り向けているわけであるから、右家事労働が、何らかの機会に既に具体的な金額の形で評価されているとき、そうでなくても、個別的な評価が可能と考えられるときを除いて、一般には、平均的労働不能年令に達するまで、女子雇傭労働者(パートタイムを除く)の平均的賃金に相当する財産上の収益を挙げるものと推定するのが適当であり、従つて、主婦が死亡した場合には、その主婦は、死亡により、右のような財産上の収益を失つたことになるといわねばならない。
そうだとすれば、元子の家事労働につき、その具体的数値による評価に関し何ら主張立証のない本件では、同人の逸失利益は、叙上の平均賃金に準拠して算定されるべきが相当である。
3 1に認定した事実に基づけば、元子は、六七才まで三四年間は稼働し得たはずであり、その間、同人は、毎年労働省労働統計調査部の賃金構造基本統計調査(昭和四八年)による新高卒女子労働者(パートタイムを除く)の、三〇才以上の者の各年令別平均賃金(きまつて支給される現金給与額を一二倍し、これに年間賞与その他特別給与額を加えたもの)に、公知の事実である昭和四九年の賃金上昇率32.7パーセントを加算した額を下らない財産上の収益を挙げえたものと推認され、かつまた、その間、生活費等として右収益の三割の支払を余儀なくされるものと推認される。以上を基礎として、元子の逸失利益の昭和四九年四月二八日の現価を、ライプニツツ式により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、それは金一六三七万〇二八〇円と算定される。(内訳は別紙計算表記載のとおり)
(二) 元子の慰藉料
原告らは、元子が本件事故死によつて取得した慰藉料請求権を相続取得したと主張する。しかし、生命侵害の場合に、死亡者本人について、同人が致命傷を受けたことによつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料請求権が発生し、かつ、これが同人に帰属することが認められるとしても、精神的苦痛というものは、当該人格に固有の、極めて主観的色彩の強い損害といわねばならないから、延いて、その賠償のための慰藉料請求権もまた、通常の金銭債権とは異なり、それ自体高度に個性的、人格的、主観的色彩の濃い権利として、被害者の一身に専属する性格を帯びたものと解すべきである。そうだとすれば、右慰藉料請求権は、加害者が被害者の請求に応じ、一定額の慰藉料の支払いを約した場合のように、その個人的、主観的色彩が褪せて、通常の金銭債権と同視しうるほどに客観化したと認められるような特別の事情のある場合のほかは、その本質上、相続の対象にはならないと解するのが相当である。また、被害者が即死した場合には、慰藉されるべき主体はその場で失われ、被害者自身において、慰藉料請求権を取得するということはありえない理であり、帰するところ、右慰藉料請求権を相続人が承継取得することもない。この場合には、単に、民法七一一条の適用ないし類推適用によつて、遺族がその固有の権利として、慰藉料請求権を行使する場面があるにとどまり、右慰藉料額の算定に当つて、請求者の蒙つた精神的苦痛として、被害者即死の状況その他が考慮されねばならず、かつ、それをもつて足りるといわなければならない。
本件においては、前述のように、元子が交通事故によつて即死したことは当事者間に争いがなく、従つて、原告らの前記主張は採るをえないというべきである。
(三) 原告ら固有の慰藉料
各金一七〇万円
<証拠>によれば、本件事故の際、原告剛及び同聡子は元子の近傍に居り、母元子が遭難した悲惨な現場を目撃して、大きな衝撃を受け、このため、右原告両名ともに、事故後は口数も少なくなり、明るさを失ない勝ちであることが認められる。右事実に、本件事故発生の状況その他本件口頭弁論に顕われたすべての事情を勘案すれば、原告らが元子の死亡したことによつて受けるべき慰藉料額は、各金一七〇万円とするのが相当である。
(四) 損害の填補
請求原因(三)項の事実は当事者間に争いがないから、原告らは、それぞれ元子に生じた(一)の損害金一六三七万〇二八〇円につき、相続分に応じて各金五四五万六七六〇円の賠償債権を取得したことになり、これに(三)の慰藉料金一七〇万円を加算すれば、被告に対して、各金七一五万六七六〇円の債権を有することになる。しかし、原告らが本件事故に基づく損害につき、自賠責保険から、金八七〇万九五六〇円を受領したことは、その自ら認めるところであり、特別の立証がない以上、右金員は叙上の損害賠償債権に原告ら主張のとおり充当されたというべきであるから、結局、原告らは被告に対し、各金四二五万三五七三円の損害賠償請求権を有するといわなければならない。
(五) 弁護士費用 各金三〇万円
弁論の全趣旨によれば、被告において本件損害賠償の任意の弁済をしないため、原告らが弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起追行を委任し、相当額の費用、報酬の支払いを約したことが認められるところ、本件訴訟の経緯、認容額等に鑑みると、原告らおのおのにつき、金三〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害として被告の負担すべきものとみるのが相当である。
三結論
よつて、原告らの本訴請求は、被告に対し、各金四五五万三五七三円及びこれに対する本件交通事故発生の日の翌日である昭和四九年四月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(中田四郎 江田五月 清水篤)
計算表
(きまって支給する
現金給与額)円
(特別給与額)
円
(昭和49年
春闘賃上げ率)
(生活費控除)
(ライプニッツ係数)
円
34才(62,900×12
+197,900)
×1.327
×(1-0.3)
×0.9523
=842,750
35~39(64,900×12
+199,800)
×1.327
×(1-0.3)
×(5.0756-0.9523)
=3,748,168
40~44(72,900×12
+235,800)
×1.327
×(1-0.3)
×(8.3064-5.0756)
=3,333,010
45~49(77,300×12
+256,000)
×1.327
×(1-0.3)
×(10.8377-8.3064)
=2,783,027
50~54(78,500×12
+255,500)
×1.327
×(1-0.3)
×(12.8211-10.8377)
=2,206,250
55~59(77,300×12
+232,500)
×1.327
×(1-0.3)
×(14.3751-12.8211)
=1,674,616
60~64(73,400×12
+217,300)
×1.327
×(1-0.3)
×(15.5928-14.3751)
=1,242,084
65~67(65,900×12
+178,600)
×1.327
×(1-0.3)
×(16.1929-15.5928)
=540,375
合計16,370,280円