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横浜地方裁判所 昭和51年(カ)1号 判決 1978年9月06日

再審原告

(前訴訟の被告)

三沢淳子

右訴訟代理人

近藤博和

再審被告

(前訴訟の原告)

堀内久雄

右訴訟代理人

宇津泰親

主文

本件再審の請求を棄却する。

再審訴訟費用は再審原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  再審の趣旨

(一)  再審被告を原告、再審原告を被告とする横浜地方裁判所昭和五〇年(タ)第六七号婚姻無効請求事件につき同裁判所が昭和五一年六月一四日言渡した判決(以下「原判決」という。)を取消す。

(二)  再審被告の請求を棄却する。

(三)  本案訴訟及び再審訴訟の訴訟費用は再審被告の負担とする。

二  再審の趣旨に対する申立

(一)  本案前の申立

1 本件再審の訴を却下する。

2 再審訴訟費用は再審原告の負担とする。

(二)  本案に対する申立

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  再審原告の主張

(一)  (再審の対象たる原判決)

再審被告を原告、再審原告を被告とする横浜地方裁判所昭和五〇年(タ)第六七号婚姻無効請求事件(以下「前訴訟」という。)につき、同裁判所は、「再審被告(原告)と再審原告(被告)との間に昭和五〇年二月一五日受付第五八一号をもつて東京都町田市長に対する屈出によりした婚姻は無効であることを確認する。訴訟費用は再審原告(被告)の負担とする。」との原判決を昭和五一年六月一四日言渡した。原判決は、同年同月一五日再審原告(被告)にその正本が公示送達され、同年五月三〇日上訴期間の経過により確定した。<以下、事実省略>

理由

一(再審の対象たる原判決)

再審原告の主張(一)(再審の対象たる原判決)の事実は当事者間に争いがない。

二(本案前の申立について)

再審被告は、「再審原告が再審事由として主張するところは、適法な再審事由に該当せず、却下されるべきである。」旨主張するので、この点につき判断する。

(一)  再審原告主張の再審事由のうち、民事訴訟法四二〇条一項五号、七号の各再審事由の主張については、再審原告において、同条二項所定の「罰すべき行為に付有罪の判決若くは過料の裁判確定したるとき又は証拠欠缺外の理由により有罪の確定判決若くは過料の確定裁判を得ること能はざるとき」に該当する旨の主張を欠くとともに、右同項所定の事由を望むべき証拠は全くないのであつて、再審原告の同条一項五号、七号に基づく主張は、いずれも適法な再審事由に該当しないものというべきである。

(二) 民事訴訟法四二〇条一項三号に規定する再審事由は、確定判決の訴訟手続において代理権の欠缺ある場合に関するものであるが、当事者がその責に帰すべからざる事由で口頭弁論期日に出頭できず、攻撃防禦方法の提出の機会が与えられないまま判決され、その判決が確定したような場合も、同号の再審事由に該当するものと解すべく、同号の規定は、当該当事者のため有効な訴訟追行がなされなかつた場合に再審による不服申立を許容する趣旨をも含むものと解される。

もつとも、再審は、確定の終局判決に対する特別の不服申立制度であつて、法的安定性に対する例外の制度であるから、再審事由の規定は、原則として制限的に解釈すべきものであり、みだりにこれを拡張し又は類推して解釈すべきでないことは勿論である。

そこで、再審原告の「再審被告は再審原告の住所ないし送達先を容易に知り得たにもかかわらず公示送達の申立をなし、再審原告の欠席のまま勝訴判決を得たのであるが、再審原告は前訴訟において過失なく本人又は代理人が口頭弁論に出席できなかつたもので、これは同号の再審事由にあたる。」旨の主張について検討する。

公示送達の制度は、受送達者たる当事者の側において実際上送達の事実を了知し難く、従つてその訴訟追行を行ない難いことを当然予想している制度であり、そのため、公示送達手続による審理にあたつては、通常の送達手続による審理において受送達者の欠席により被ることのあるべき不利益が除外されているのであるから、過失なく公示送達を了知しなかつたため、訴訟追行の機会が奪われたとしても、公示送達の制度が設けられている趣旨からして、これをもつて直ちに同号の再審事由に該当すると解することは相当ではない。しかしながら、公示送達は、送達名宛人の所在不明により訴訟上の書類の送達ができず、訴訟手続の進行が不能になるのを避けるための最後の、補充的な送達制度であり、従つて、当事者が、相手方の送達場所を知つていながら公示送達の申立をなし、又は、送達場所を知ろうとすれば容易に知ることができたのに重大な過失により知らずに公示送達の申立をなし、公示送達の許可を得たうえ、勝訴判決を得たという場合のように、公示送達制度が本来予定していた実質的要件を欠くような場合にまで、過失なくして公示送達を了知しえず、そのため訴訟追行の機会が与えられなかつた当事者に再審による不服申立を拒むのは酷に失するというべきであり、右のような場合には、民事訴訟法四二〇条一項三号を根拠に再審の訴を提起しうるものと解するのが相当である。従つて、再審原告の右再審事由の主張は、右の限度において適法なる再審事由の主張があるというべきである。

(三)  従つて、本案前の申立として本件再審の訴が不適法として却下されるべきであるとする再審被告の主張は理由がない。

三(再審事由について)

(一)  前訴訟の経過

前訴訟一件記録によれば、前訴訟の経過として、次の事実が認められる。

1  再審被告は、再審原告を被告として、昭和五〇年六月二三日前訴訟を提起するとともに、同日再審原告の住所、居所その他送達をなすべき場所が知れないとして公示送達の申立をした。右申立に際し、前訴訟再審被告訴訟代理人弁護士山田重行は、「再審被告共々調査した結果、再審原告は最後の住所である住民票登録の住所(横浜市保土ケ谷区◎◎◎一番地の四一)に昭和五〇年五月一八日限り居住せず、また転出先の屈出もなく行方不明であり、近隣で問合せてもその所在を知るものはなく、さらにまた、横浜市金沢区○○に居住の、再審原告の実母三沢竹子に照会したが所在は判明しないとの回答があつた。」旨上申している。

2  右申立を受けて、前訴訟担当裁判官は、同年九月二六日保土ケ谷警察署長に対し再審原告の所在捜査を嘱託したところ、再審原告は昭和五〇年六月ころ長男英郎と共に最後の住所地から転出し、目下行方不明である旨の回答が昭和五一年一月一六日にあり、そこで同日公示送達を許可する裁判がなされた。

3  その後、訴状その他の文書の送達は公示送達により行なわれ、再審原告不出頭のまま口頭弁論期日が開かれ、昭和五一年三月八日の第一回口頭弁論期日において、訴状陳述、書証の提出、人証の申出及びその採用決定がなされ、次いで同年五月二四日の第二回口頭弁論期日において、証人山際稔の証人尋問、再審被告の本人尋問が行なわれたうえで弁論が終結され、同年六月一四日の第三回口頭弁論期日において判決言渡が行なわれた。

(二)  <証拠>に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(再審原告の住居所)

1 再審原告は、昭和四八年一二月二九日横浜市西区○○○町三番一九号から同市保土ケ谷区◎◎◎一番地の四一所在の再審被告所有家屋に転居し、昭和四九年一月三〇日出生の長男英郎と共に昭和五〇年五月中旬ころまで同所に居住した。その後、川崎市高津区○○一一二四番地青山泰方に転居し、次いで同年九月一〇日ころ東京都世田谷区○○三丁目三〇番一三号青山泰方に転居し、同所には昭和五一年八月末ころまで居住した。その後、現住所である東京都世田谷区○○二丁目一九番五号△△△△ハイツ一〇二号青山泰方に転居した。

(公示送達申立に至る経緯)

2 再審被告は、昭和五〇年四月末ころ再審原告から戸籍謄本を示され、再審原被告が婚姻した旨記載されていることを知り、勝手に婚姻届を出したとして再審原告を難詰した。再審被告が婚姻の事実もなくまた意思もなかつたとして、再審原告に籍を元にもどすよう求めると共に、そのための法的手段をとろうとしていた矢先の同年五月中旬ころ、再審原告は、所有家屋を住まいとして提供してくれていた再審被告に行先を告げることなく、英郎と共に◎◎◎の家を出て川崎市高津区○○の青山泰方(同人は再審被告の友人である。)に転居した。再審原告は、実母竹子には、転居後間もなく転居先の住所、電話番号等を連絡し、その後も、転居の都度、転居先の住所、電話番号等を竹子に連絡していた。

3 再審被告は、再審原告に対し婚姻無効の訴を提起すべく、再審原告の所在を調査するため、昭和五〇年五月末から同年六月にかけて再審原告の母竹子に三、四回電話し、「再審原告の住所を知りたい、是非連絡をとりたい。」と伝えたが、竹子の返答は、再審原告から転居先について連絡があつた後も、「再審原告がどこにいるか知らない。」というものであつた。更に、再審被告の代理人である弁護士山田重行が竹子に面会を申出たが断われ、また、同弁護士から竹子に対し、再審被告から再審原告に対し裁判を起こすが再審原告の住所を教えてくれないと同人の不利益になるので住所を教えてほしい旨を電話で照会したが、これに対しても知らないとの回答であつたため、同弁護士は、やむなく前記◎◎◎を再審原告の最後の住所地として、前訴訟を提起すると共に、公示送達の申立をなした。

なお、その後、再審被告は、昭和五〇年九月ころにも竹子に再審原告の住所を尋ねたが、判らないとの返答であつた。(離婚調停申立)

4 再審原告は、昭和五〇年一一月二〇日東京家庭裁判所に夫婦関係解消の調停申立をなした(同裁判所昭和五〇年(家イ)第六四三二号夫婦関係調整調停事件)。右申立書には、再審原告の本籍、住所をいずれも前記◎◎◎一番地の四一と記入し、呼出のための連絡先として当時の現住所であつた世田谷区○○三丁目三〇番地一三号青山方を記入したが、相手方である再審被告には右連絡先を知らせないよう依頼した。

右事件の調査を受命した家庭裁判所調査官は、昭和五一年二月まず再審原告(申立人)から事情を聴取し、その後、再審被告からも事情を聴取すべく、同年三月四日、再審被告方を訪ね、面接した。

右調停事件は、同年三月一七日、管轄家庭裁判所である横浜家庭裁判所に移送する旨の審判がなされた。なお、申立人再審原告の住所を相手方再審被告に秘するため、審判書の申立人住所の記載は、本籍(東京都町田市○○一丁目一二九一番地)と同じとされており、右審判書正本は、同年同月二二日再審被告に送達された。

横浜家庭裁判所に移送後も(同裁判所昭和五一年(家イ)第五七一号)、再審被告は期日に出頭せず、右調停事件は同年八月一一日調停不成立で終了した。

5 再審被告は、右家庭裁判所調査官の訪問を受けて、再審原告が右調査官に何事か相談を持ちかけたことを初めて知り、その後移送の審判書が送達されて、それが夫婦関係調整の調停申立であることを明確に認識するに至つたが、再審原告の住所は依然不明であつた(審判書に記載された同人の住所は、再審被告の実家の住所地を記載した虚偽のものであつた。)。そこで、再審被告は、再審原告の住民票を取り直したり、横浜家庭裁判所に再審原告の住所を尋ねたりしたが、いずれによつても再審原告の住所は判明しなかつた。

6 なお、再審被告は、本件再審訴状の送達を受けて初めて再審原告の現住所を知つた。

<証拠判断略>

(三)  右(一)、(二)の事実によれば、再審被告が◎◎◎から転居後の再審原告の住所ないし送達場所を知つたのは本件再審の訴提起後であつて、前訴訟継続中はこれを知らなかつたものであり、また、前訴訟において公示送達の申立をなした時点、さらには公示送達が許可された時点までに、再審被告が再審原告の住所ないし送達場所を知らなかつたことにつき過失を認める特段の事情も認められない。

ところで、再審被告は、再審原告による調停申立がなされていることを昭和五一年三月中に知つたのであるから、再審被告において右調停申立がなされていたことを前訴訟の裁判所に告知し、同裁判所において再審所在調査をすれば再審原告の住所ないし送達場所が判明した可能性は否定できない。従つて、公示送達の許可がなされた後とはいえ、再審被告が右告知を怠つた点に過失があるといいうるとしても、前記認定のとおり、審判書には前記の経緯により虚偽の住所が記載されていたうえ、再審被告としても、住民票を取り直したり、家庭裁判所に再審原告の住所を問い合わせたりした結果依然再審原告の住所ないし送達場所が判明しなかつたのであるから、右調停申立のあつた事実を裁判所に告知しなかつたことをもつて、再審被告に重大な過失があつたと認めることはできない。

(四)  従つて、前記再審原告主張の民事訴訟法四二〇条一項三号の再審事由を認めることはできない。

四以上のとおり、再審原告の再審請求は理由がないから、これを失当として棄却することとし、再審訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(宍戸清七 三宅純一 桐ケ谷敬三)

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