横浜地方裁判所 昭和53年(ワ)1649号 判決 1984年10月29日
原告
飯島章
右訴訟代理人
土屋南男
被告
飯島三郎
被告
飯島六郎
被告
飯島あけみ
被告
飯島幾代
被告
有限会社
東輝工業
右代表者
飯島三郎
右五名訴訟代理人
高荒敏明
主文
一 被告飯島三郎、被告飯島六郎及び被告飯島幾代は各自原告に対して金四五二万〇三三八円及びこれに対する昭和五三年九月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告有限会社東輝工業は原告に対して別紙物件目録記載の各物件(但し、二番ベルト式フライス盤二基を除く)を引渡せ。
三 原告の被告飯島あけみに対する請求及びその余の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用中、原告と被告飯島三郎、被告飯島六郎及び被告飯島幾代との間に生じた分はこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余を同被告らの負担とし、原告と被告飯島あけみとの間に生じた分は原告の負担とし、原告と被告有限会社東輝工業との間に生じた分はこれを二〇分し、その一を原告の負担とし、その余を同被告の負担とする。
五 この判決は第一、第二項に限り仮に執行できる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告(請求の趣旨)
1 被告飯島三郎、被告飯島六郎、被告飯島幾代(以下、上記被告三名を総称して「被告三郎ら」という)及び被告飯島あけみ(以下、上記各被告につき、個別的には名のみで呼称する)は各自原告に対して金二〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告有限会社東輝工業(以下「被告会社」という)は原告に対し別紙物件目録記載の各物件(以下「本件機械等」という)を引渡せ。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言。
二 被告ら
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 原告(請求原因)
1 原告は昭和三七年頃より実父の被告幾代から同人所有の建物(横浜市鶴見区上末吉二丁目一三七二番地所在、家屋番号三三四番、木造棒引カラー鉄板葺平屋建工場、床面積129.75平方メートル――以下「工場」という)を賃借し、これを工場兼事務所として使用し、機械部品加工を主たる目的とする飯島製作所を経営して現在に至つている。
被告三郎、被告六郎及び被告あけみはいずれも飯島製作所の従業員として昭和五二年暮まで原告が同被告らを雇傭していた。
2 工場内には本件機械等が設置されており、これらの機械等は全て昭和三七年以降原告が公的融資を受けながら逐次購入してきたものであつて、原告の所有であるが、現在被告会社がこれを占有している。
3 被告三郎ら及び被告あけみは共謀して昭和五二年暮飯島製作所をやめ、昭和五三年一月一七日被告会社を設立し、飯島製作所の取引先に宛てて、飯島製作所が法人化して商号を変更したかの如く通知を出し、原告の有する売掛金を被告会社の名で回収する行為に出たり、更には、工場に被告会社の看板を掲げてこれを占拠し、設置されている本件機械等を無断で使用して、被告会社の営業を開始するに至つた。
4 原告は被告三郎ら及び被告あけみのこのような所為に対して厳重に抗議したが、無視され、一時は原告が本件機械等を使用することは勿論工場に近寄ることすら出来ない状態になつた。
その後、原告は本件機械等の一部を使用できるようになつたが、この間に飯島製作所の信用は失墜し、その主要取引先も全て被告会社に奪われてしまい、結局原告は次のとおり少くとも金二〇〇〇万円以上の営業上の損害を被つた。
5 原告の昭和五二年度の営業上の利益は金三三四万四七四三円であつた。原告は少くとも向う一〇年間は営業を継続する意思があつたから、原告は右一〇年間に合計金三三四四万七四三〇円の営業上の利益を得られた筈のところ、被告三郎ら及び被告あけみの行為により営業を廃止せざるを得なくなり、右利益を失つたことになる。
右金額につきホフマン式により年五分の中間利息を控除すれば次の計算式により金二六五七万三六四八円となる。
3,344,743円×7.9449−26,573,648円
6 以上のとおり、被告三郎ら及び被告あけみは数を頼み、偽計或いは威力を用いて原告の営業を妨害し、その利益を害して原告に右損害を与えたのであるから、民法第七〇九条、第七一九条によりその賠償をする義務がある。
7 よつて原告は、不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告三郎ら及び被告あけみに対し連帯して金二〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、所有権に基づき、被告会社に対し本件機械等の引渡を求める。
二 被告ら(答弁)
1 請求原因事実1のうち、飯島製作所が機械部品加工を主たる目的として工場を使用していたことは認め、その余は否認する。飯島製作所は原告及び被告三郎らによる共同経営の企業であつた。
2 同2のうち、工場内に本件機械等が設置されており、被告会社がこれを占有していることは認めるが、その余は否認する。本件機械等は前記共同経営者の共有である。
3 同3のうち、被告三郎らが昭和五三年一月一七日被告会社を設立したことは認め、その余は否認する。
4 同4ないし6は争う。
第三 証拠<省略>
理由
第一被告三郎ら及び被告あけみに対する請求について
一<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
1 被告幾代はかねて町工場でフライス盤を扱う工員として働いていたが、昭和一四年一一月横浜市鶴見区市場町で旋盤一台を基に独立して飯島製作所の商号で機械部品の加工業を始めた。原告は被告幾代の長男で、それまで同じく他人の町工場で旋盤工として働いていたが、父の独立に際しこれをやめて父の仕事を手伝うようになつた。昭和一五年三月被告幾代の三男である被告三郎も小学校を卒業し、父の右工場で働き出した。その間被告幾代はフライス盤二台を購入した。昭和一七年七月頃被告幾代は肩書地の同区上末吉二丁目所在の工場を設備機械ともいわゆる居抜きで買取り、翌一八年にかけて移転した。従業員も増え、被告幾代の五男である被告六郎のほか原告の友人三名が加わつた。
2 昭和二二年頃合資会社飯島製作所が設立され、原告が無限責任社員、被告三郎と飯島重雄(被告幾代の次男、以下「重雄」という)が有限責任社員となり、被告幾代は形式上社員にはならなかつたが、事業の実体は従前の被告幾代の個人企業と変らず、経理を始め実権は同被告がこれを掌握していた。昭和二五年頃重雄は被告幾代の工場で働くのをやめて、他人の工場で働くようになつた。
3 しかるに、合資会社飯島製作所は被告幾代の浪費により昭和三四年頃から法人税を滞納し始め、その督促が無限責任社員たる原告の許へ来るようになり、工場内の機械類の差押を受けるようになつたので、親子、兄弟で協議の結果、昭和三七年会社を解散した。
4 原告は工場及び機械類を利用し、妻八重子外一名を従業員とし、自己の個人企業たる飯島製作所として再出発した。
被告三郎及び被告六郎は会社解散後もしばらくは工場で仕事をしていたが、まもなくやめ、他人の工場で働いたり、失業保険金を受給していたが、昭和三八年九月以降順次原告の許で働くようになつた。昭和三九年には他の従業員一名が雇傭され、その後パートタイマーが数名雇傭されたこともあつた。
ところで工場はもと被告幾代の所有であり(<証拠>によれば、工場は昭和五三年二月一七日被告会社へ売渡されたことが認められる)、原告はこれを無償で借受けて使用していた(この点に関し、原告は工場はこれを被告幾代から賃借していたものであり、賃料は給料の名目で同被告に支払つていたと主張し、原告本人尋問においても同旨の供述をする。しかして<証拠>によれば、同被告が昭和五二年一二月まで飯島製作所から給料の支払を受けていたことは認められるが、これが工場の賃料であるとする原告の前記供述はにわかに信用できず、他に前記主張を認めるに足りる証拠はない)。
次に、旋盤その他の機械類は、被告幾代が工場を居抜きで買受けた当時各種旋盤四台、セーバー、ボール盤、工具グラインダー、鋸盤、卓上ボール盤各一台等が設置されており、このほか旧工場から旋盤一台、フライス盤二台が移転された。原告が経営するようになつてから、本件機械等(但し、二番ベルト式フライス盤二基を除く)を購入した。原告及び被告三郎らはこれらの機械を使用して加工作業に従事していたが、機械毎に使用者がほぼ特定されており、また、機械毎に当該機械による加工を注文する顧客も特定されていた。受注、見積は原則として原告がこれを担当したが、次第に、特定機械による加工を依頼する顧客と当該機械の使用担当者との直接の交渉に委ねられるようになつた。そして、被告三郎及び被告六郎の担当機械の顧客が次第に拡大していつた。しかし、受注、製品の納入、加工賃の集金はすべて飯島製作所の名で行われ、製品の納入、集金は原告及びその妻八重子がもつぱらこれを行い、被告三郎らには毎月定額の給料(ほかに諸手当)が支払われた。
5 昭和五一年夏頃八重子を代表者とする横浜商工が発足し、飯島製作所の取引先のうち、峯岸商店との取引を扱うようになつた。一方、そのころから原告の稼働量が減少し、被告三郎及び被告六郎の稼働の比重が増えてきて、同被告らから、飯島製作所を被告三郎らも経営陣に加える会社組織にするようにとの要求が出るようになつた。そこで原告は、会社組織に移行する前段階の試みとして、昭和五二年一月から被告六郎の妻である被告あけみに飯島製作所の経理事務の処理を委ねた。しかし同年一二月頃原告が帳簿類を点検したところ右経理事務処理上不当な点があるとして同被告を追及したことから被告三郎らとの間に対立を生じ、結局原告は会社組織への変更を見合わせることにした。
6 このような経緯を経て原告と被告三郎らとの間に対立が深まり、被告三郎らは重雄とも相談の結果、昭和五三年一月一七日被告会社を設立し、被告三郎が代表取締役に、被告六郎及び被告幾代が取締役に、重雄が監査役に就任した。
7 そして被告三郎ら及び重雄は同月被告会社名及び前記各役員の肩書を付した同被告ら名をもつて飯島製作所の取引先に対し、「会社設立御案内」なる書面を送付し、飯島製作所社員一同によつて被告会社を設立したこと、業務内容は従来の飯島製作所と変りないこと、飯島製作所時代にも増して今後の引立を願いたいことなどを通知した。そして被告三郎及び被告六郎は本件工場内で従前の同被告ら担当の機械を引続き専用して仕事をし、被告会社名をもつて従前の取引先との取引を始めた。
一方原告は同月二九日被告幾代から工場内への立入禁止を通告されたものの、被告三郎らにより従前の原告担当機械の使用を実力をもつて妨害されることはなく、従業員高木某は工場へ立入つて機械を使用していた。
しかし、被告三郎らが使用している機械を原告ないしその被傭者が使用して作業に従事することは事実上著しく困難であつた。
二以上認定の事実によれば、昭和三七年八月に合資会社が解散した後再発足した飯島製作所は原告経営の個人企業と認めるのが相当であり、被告幾代が代表であつたとする旨の同被告の供述や親兄弟の共同経営であつたとする旨の被告六郎の供述はいずれも信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
三ところで、被告三郎らが飯島製作所をやめて被告会社を設立し新たに営業を始めたこと自体は営業上の自由競争として何ら制限されるものでなく違法と目されるべきものではない。しかし、同被告らは共同して飯島製作所の取引先に対し、被告会社が飯島製作所の事業を継承し同製作所の事業体が被告会社へ発展的に解消したかの如く誤解を生ぜしめる通告をし、かつ工場を占拠し、原告所有の機械等の一部を専用して原告による直接または間接の使用を事実上著しく困難にしたのであつて、これは自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害する違法の行為というべきであり、同被告らはこれによつて原告が被つた損害を連帯して賠償すべき義務がある。
なお、被告あけみについては、同被告が被告三郎らと共にいかなる役割、行動をとつたかを知る的確な証拠がないから、同被告に対して共同不法行為責任を問うことはできない。
四そこで原告に生じた損害について考える。
<証拠>によれば、飯島製作所即ち原告の昭和五二年分所得(利益)は金三三四万四七四三円であつたことが認められるが、右金額には被告三郎ら以外の従業員である前記高木及び原告自身の稼働による利益も含まれていると解せられるところ、前記のとおり、被告三郎らによる工場占拠後も従前の原告担当機械の使用が妨害されたわけではないから、原告及び高木がこれらを使用して利益を挙げようとすればそれは可能であり、右利益まで失われたとみるのは相当でない。
しかして<証拠>によれば、飯島製作所の昭和五二年中の全売上額のうち、原告自身及び高木の加工作業による売上額は約一六パーセントを占めていること、同人らの作業には外注作業はなかつたことが認められ、同人らの売上額に対する経費(その他の控除項目を含む。以下同じ)は、全経費から被告三郎らを含む従業員に対する給与及び外注費を除く分について、前記数値と同一の割合を占めているものと推定される。
従つて<証拠>によれば、昭和五二年において原告が飯島製作所を経営して得た所得(利益)金三三四万四七四三円のうち、原告及び高木の作業によつて得られた利益を除いた分の算定は左記計算により金五六万八九六一円となる。
(一) 飯島製作所の全売上額のうち、原告及び高木による売上額を除いた分
19,409,107円×(1−0.16)=16,303,649円
(二) 右売上額に対する経費
〔{15,511,411(経費合計額)+223,277(引当金合計額)}−{6,541,000(給料)+3,808,753(外注費)}〕×0.84+10,349,735(給料・外注費の合計額)=15,734,688円
(三) 利益
16,303,649円−15,734,688円=568,961円
しかして前記一の認定事実及び原告本人尋問の結果によれば、昭和五三年以降も被告三郎らの前記行為即ち工場、機械の占拠及び取引先への通告がなければ、原告は、これらの機械を直接使用しまたは被告三郎らにかわる従業員を新規に雇い入れるなどして少くとも一〇年間は自己の労働による利益以外に飯島製作所の経営による利益として、毎年少くとも右金額程度はこれを取得し得たものと推定することができる。
そこで右金額につきホフマン式により一〇年間の年五分の割合による中間利息を控除して昭和五三年当時の現価を算出すれば、次の算式により金四五二万〇三三八円となることが計算上明らかである。
568,961円×7.9449(係数)=4,520,338円
五以上の次第で被告三郎らは連帯して原告に対し金四五二万〇三三八円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和五三年九月九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきであるから、原告の請求は右の限度で正当としてこれを認容すべきであるがその余は失当として棄却を免れない。
第二被告会社に対する請求について
一被告会社が本件機械等を占有していることは当事者間に争いがない。
二ところで、右機械等のうち、二番ベルト式フライス盤二基を除くその余の物件が原告の所有であることは前記第一、一4で認定したとおりであるが、右二番ベルト式フライス盤二基についてはこれが原告の所有であることを認めるに足りる証拠はない(前記のとおり、これらは被告幾代の所有と認められる)。
三従つて原告の請求は本件機械等のうち二番ベルト式フライス盤二基を除くその余の物件の引渡を求める限度で正当としてこれを認容すべきであるが、その余は失当としてこれを棄却すべきである。
第三総括
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(佐藤安弘)
物件目録<省略>