横浜地方裁判所 昭和53年(ワ)1698号 判決 1981年5月15日
原告
牧山照子
右訴訟代理人弁護士
矢島惣平
同
長瀬幸雄
右訴訟復代理人弁護士
久保博道
被告
株式会社光工業製作所
右代表者代表取締役
寺井光男
右訴訟代理人弁護士
小池通雄
主文
一 被告は原告に対し金九五四万七二二五円及びこれに対する昭和五三年九月一五日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は一〇分し、その九を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し金一一五七万二〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年四月一四日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、電気機械器具部品のプレス加工等を業とする被告に雇用され、昭和五一年四月当時、プレス加工の作業に従事していた。
2 事故の発生
原告は、同月一四日午後四時二〇分ころ、横浜市緑区大熊町五四番地所在の被告の事業所において、三〇トン・パワープレス機械(以下「本件機械」という。)によるシールドケースの絞り加工の作業に従事中、押しボタン式の作動スイッチを押すと上型が上死点より下降して、下死点で下型の上に置かれた材料を押圧、加工し、上昇に転じて上死点で自動的に停止するという仕組みになっている本件機械で、下降するはずのない上型が下降して、材料のシールドケースを下型の上に置こうとしていた原告の右手指を押圧し、右手第二、第三指を第二関節から切断する事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
3 責任
被告は、労働契約に基づく安全配慮義務を負担しているところ、次のような具体的な安全配慮義務違反によって本件事故を惹起させたものであるから、原告に対し、債務不履行による損害賠償責任を負うものである。
(一) プレス機械は極めて危険性の高いものであるから、その作動中に従業員の身体の一部が危険限界内に入らないような措置を講ずべきであり、少なくとも安全装置(昭和四九年労働省告示第三六号「プレス機械又はシャーの安全装置構造規格」に規定されたもの)を取り付けておくべきであったのに、被告はかかる措置を講じていなかったし、しかも、取り付けてあった安全装置を取り外していた。
(二) プレス機械は、クラッチ、ブレーキ等制御機能が有効に働くことによって安全が確保されるものであるから、制御のために必要な部分の機能を常に有効な状態に保持しておくべきであるところ、被告は本件機械が従前よりしばしば故障したり制御機能に異常をきたしていたのにこれを放置し、制御機能を常に有効な状態に保持すべき義務を怠った。
(三) プレス機械を使用する事業者は、少なくとも一年以内に一回、定期的に自主検査を行ってその結果を記録し保存すべきであり、また、作業開始前に安全確認のため各種機能につき点検を行うべきであったのに、被告はこれを怠った。
(四) プレス機械を用いての作業に従事させる労働者に対し、雇い入れ時及び作業内容変更時その他必要に応じて、機械の危険性、取扱い方法、安全装置の性能及び取扱い方法、作業手順、作業開始時の点検等につき、十分な安全教育と指導を施すべきであったのに、被告はこれを怠った。
4 損害
(一) 後遺障害による逸失利益
原告は、前記の傷害により、右第二、第三指挫断創(労働者災害補償保険法施行規則所定の身体障害等級第九級に該当する。)の後遺障害が残った。これによる損害額は、次のとおり、金七六八万二〇〇〇円を下らない。
(1) 年令 四四歳(事故当時)
(2) 年収 金一三五万一五〇〇円
原告は、被告でパートタイマーとして稼働し、給与及び賞与として、昭和五〇年には合計金七五万四〇〇円、昭和五一年には合計金七五万一二九二円、昭和五二年一月から八月(退職時)までに合計金四三万六七四八円の収入を得ていた。そして、被告で勤務するかたわら、一家の主婦として家事労働に従事していたので、全女子労働者の平均収入程度を得ていたものとみるべきところ、昭和五〇年度の全女子労働者の平均年収額は金一三五万一五〇〇円である。
(3) 稼働可能年数 二三年
(4) 労働能力喪失率 三五パーセント
(5) ホフマン係数 一五・〇四五
(算式)
1,351,500×35/100×15.045
(二) 慰藉料
原告は、本件事故による傷害及び後遺症により多大の精神的苦痛を受けたうえに、被告が本件事故の原因が全て原告にあり被告に過失はないなどと主張して、本件事故に関する補償につき不誠実な態度をとりつづけていることに対し計り知れない苦痛を受けている。
よって、通院期間(二週間毎日通院した。)の精神的苦痛に対する慰藉料として金一五万円、後遺症に対する慰藉料として金二六一万円、その他の精神的苦痛に対する慰藉料として金一〇〇万円がそれぞれ相当であり、合計金三七六万円となる。
(三) 弁護士費用
前記のとおり、被告が本件事故に関する損害賠償について不誠実な態度をとり続けたため、原告はやむなく本件訴訟の追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、その費用として金一〇〇万円を支払うことを約した。
(四) 損害の填補
原告は労災保険の障害補償一時金として金六〇万九四三六円、障害特別支給金として金二六万円、合計金八六万九四三六円の支給を受けた。
5 よって、原告は被告に対し、損害賠償として、前記(一)ないし(三)の合計額から(四)の額を差引いた範囲内で金一一五七万二〇〇〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和五一年四月一四日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1、2の各事実を認める。
2 同3、4の事実中、原告が被告から給与及び賞与として主張の金員の支給を受けていたことは認めるが、その余の事実は否認する。
3 仮に、被告が一定額の賠償責任を負うとしても、原告の逸失利益額は被告から支給を受けていた賃金を基礎に算出すべきであり、全女子労働者の平均収入額によるべきではない。
4 同5の主張を争う。
三 抗弁
1 被告は、事故発生防止に特に注意を払い、新入社員に対しては半年ないし一年間は本件機械を含む動力機械を使用しないように配慮し、また、本件機械の点検を常時行って故障の有無等を調査していたから、本件事故当時押しボタンによる作動装置が故障していた事実はなく、押しボタンを押さないのに上型が下降することは有り得ないし、更に、作業方法についても万一の事故に備え、プレスされる材料を必ず指で左右に挾んで作業するように指導を徹底していた。
2 ところが、原告は材料を上下に挾んで作業をするなど指導に従わず、また、本件機械には手払いの安全装置が付いていたのに、本件事故時にはこれが取り外されていたもので、原告が取り外したものと思われる。
3 このように、被告は安全配慮義務を尽していたもので、本件事故はもっぱら原告の不注意によって発生したものであるから、被告に損害賠償責任はない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実を否認する。
理由
一 事故と責任
1 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
2 その撮影者及び撮影年月日に(証拠略)の結果並びに前記争いがない事実によれば、被告は、本件事故時より約四年前ころ、大型の電動式プレス機械である本件機械を中古で購入して従業員に使用させていたが、本件機械には右購入当時より「押しボタン」式と「手払い」式の二種類の安全装置が取り付けられていたこと、押しボタン式は、手指でボタンを押さなければクラッチペタルを踏んでも機械が作動しないため、プレスの上型がスライドする危険限界内に作業員の手指が入る虞れがない方式のものであり、本件機械の押しボタンはスイッチを挾んで左右に一個ずつあり、スイッチを左右のいずれかに傾ければ傾けた側の押しボタンのみで作動し、傾けなければ両方の押しボタンを押さないと作動しないこと、手払い式は、プレスの上型が下降してくるにつれて、その手前にあるアームが連動し、アーム先端に付いている扇形の棒が横(左右)に動き、上型がスライドする危険限界内に入る作業員の手指等を払う方式のものであること、しかし、手払い式の安全装置は本件事故当時取り外されており、本件事故直後に再度取り付けられたこと、原告は、本件事故当日、本件機械を担当して、押しボタン式装置のスイッチを左側に傾け、左手でボタンを押して操作し、右手でプレス加工する材料(シールドケース)を下型の上に置く作業を行っていたが、午後四時二〇分ころ、右手指で材料を持って下型の上に置こうとしたところ、上型が下降してきて、本件事故が発生し、右手第二、第三指を第二関節から切断する傷害を負ったこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
なお、本件事故当時、本件機械ないし押しボタン式安全装置が故障していたと認めるに足りる証拠はなく、また、原告が本件機械の操作を誤ったと認めるに足りる証拠もないので、結局、何故に上型が下降したかについては本件証拠上必ずしも明確ではない。
3 ところで、被告は雇用契約に基づき原告を本件機械による作業に従事させていた以上、右作業から生ずる危険が原告に及ぼすことのないようにその安全を配慮する義務があり、具体的な義務として、本件機械がプレス機械であることから、少なくとも、本件機械に安全装置を取り付けると共に、その装置が常に正常に機能するよう整備しておく義務があるものというべきところ、前記認定の事実によれば、被告は、安全装置のうち、押しボタン式のものは取り付けてはいたものの、手払い式のものは、当初本件機械に取り付けられていたが、これが取り外されていたのに(いつ、だれが取り外したか不明であるが、原告が取り外したと認めるに足りる証拠は全くない。)、そのままの状態で放置して作業を継続させていたものであり、前記認定にかかる本件機械とその安全装置の構造、機能及び原告の作業型態からすれば、もし手払い式の安全装置が取り付けられていてこれが正常に機能していたならば、何らかの原因で作業員の予期に反して上型が下降してきたとしても、上型の下降に伴ってこれに連動する手払い棒が作動し、上型のスライドする危険限界内に挿入された手指を払いのけることができ、本件事故の発生する余地はなかったものと考えられるので、原告主張のその余の債務不履行の点につき検討するまでもなく、被告が前記安全配慮義務に違反したものであることが明らかである。
4 従って、被告が安全配慮義務を尽していた旨の主張は理由がなく、被告は債務不履行に基づく損害賠償責任を免れない(なお、本件事故発生につき原告に過失があったと認めるに足りる証拠はないので、過失相殺はしない。)。
二 損害
1 逸失利益
請求原因4の事実中、原告が被告から、給与及び賞与として、原告主張の金員の支給を受けていたことは当事者間に争いがなく、(証拠略)の結果によれば、原告は、本件事故当時四四歳の女性で、被告でパートタイマーのプレス工として勤務するかたわら、夫と子供四人(男子三人、女子一人)の一家六人の家庭の主婦として家事労働に従事していた事実が認められる。ところで、このような立場にある原告の逸失利益を算定するにあたっては、女子の平均賃金を斟酌して、その収入額を定めるのが相当と解するところ、(証拠略)によれば、昭和五〇年における全女子労働者の平均収入額は年額金一三五万一五〇〇円であることが認められる。また、前記のとおり、原告は右手第二、第三指を第二関節から切断、亡失したもので、右は後遺症として労働者災害補償保険法施行規則別表第一の第九級に該当するものと認められるので、右の後遺症の程度、内容、原告の年令、職種等を考慮すれば、原告は、少なくとも本件事故時から六七歳まで二三年間にわたり、三五パーセント程度の労働能力の低下をきたし、そのため得べかりし利益を喪失したものと認めるのが相当である。以上により、ホフマン式計算(係数は一五・〇四五)による中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すれば、次のとおり、金七一一万六六六一円(円未満四捨五入)となる。
(算式)
1,351,500×35/100×15.045=7,116,661.125
2 慰藉料
(証拠略)の結果によれば、原告は、本件事故による受傷のため、昭和五一年四月一四日から同年五月七日まで、村田外科医院にほぼ毎日通院して治療を受けた事実が認められるので、これと前記原告の傷害、後遺症の程度、内容その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、原告が本件事故によって受けた精神的苦痛に対する慰藉料は金二五〇万円が相当である。
3 損害の填補
以上合計金九六一万六六六一円となるところ、原告が労災保険金として合計金八六万九四三六円を受領していることを自認しているので、これを差引けば、金八七四万七二二五円となる。
4 弁護士費用
本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らし、本件事故と相当因果関係にある損害として被告に賠償を求めうる弁護士費用は、金八〇万円が相当である。
三 以上の次第であるから、被告は原告に対し、金九五四万七二二五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年九月一五日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務のあることが明らかである(原告は本件事故日以降の遅延損害金の支払を求めているが、本件は債務不履行を理由に本訴においてその損害賠償を求めていることが明らかであるから、このような場合、民法第四一二条第三項により、債務者は訴状送達による催告によって遅滞の責めに任ずるものと解される。)から、右の限度で原告の本訴請求を理由があるものと認めてこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条の規定をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三井哲夫 裁判官 吉崎直弥 裁判官 嘉村孝)