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横浜地方裁判所 昭和53年(行ウ)39号 判決 1982年11月29日

原告

富井慶佐範

外二九名

右原告三〇名訴訟代理人

木村和夫

三野研太郎

横山国男

伊藤幹郎

三浦守正

山内道生

岡田尚

星山輝男

林良二

飯田伸一

久保田寿治郎

被告

横浜市長

細郷道一

右訴訟代理人

上村恵史

会田努

山崎明徳

大沢公一

北田幸三

被告

横浜市開発審査会

右代表者会長

内藤亮一

右訴訟代理人

内山辰雄

主文

一  原告らの被告横浜市長に対する請求にかかる訴えを却下する。

二  原告らの被告横浜市開発審査会に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

(被告市長に対する請求について)

一被告市長が本件許可処分をなしたことは当事者間に争いがない。

二本案の判断に先立ち、原告らが本件許可処分取消訴訟の原告適格を有するかどうかを判断することとする。

1  取消訴訟は、行政庁の処分又は裁決によつて自己の権利、利益を侵害された者を救済することを目的とし、行政の適正な運営を確保することはその間接的な効果にすぎないと解すべく、それ故に行政事件訴訟法九条は、取消訴訟の原告適格の要件として、「取消を求めるにつき法律上の利益を有する者」に限定しているのである。したがつて、取消訴訟を提起することができる者は、法律に特別の定めがない限り、当該処分又は裁決により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消によつてこれを回復すべき法律上の利益をもつ者に限られると解すべきである。ここにいう法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。

原告らはこの点に関し、「取消を求めるにつき法律上の利益を有する者」を右のように限定して解釈すべきではなく、広く、違法な行政行為により、その個人的利益領域について、一般公衆からは区別された何らかの特別のマイナスの影響を受ける者をいうと解すべきであると主張するが、前記の取消訴訟の目的、機能及び行政事件訴訟法九条の規定の趣旨にかんがみると、原告らの右主張を直ちに採用することはできないといわなければならない。

2  そこで、原告らの主張する、開発区域の周辺の地域に居住する住民として良好な環境を享受し、良好な環境の中で生活するという利益が本件許可処分の根拠法規である都市計画法によつて個人的利益として法律上保護されているかどうかを検討することとする。

(一) 都市計画法は、「都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与すること」を目的とし(一条)、その目的達成の手段として都市計画を定めることとしており、その都市計画は、「農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきこと」が基本理念とされている(二条)。ここにいう「健康で文化的な都市生活」とは、個別的、具体的な利益としての健康で文化的な生活を送る都市に居住する者の個人的利益をいうのではなく、同法の目的とする都市の健全な発展と秩序ある整備という公益の一環であり、かつ、一般的、抽象的利益としての「健康で文化的な都市生活」をさすものである。

そして、都市計画においては、都市計画区域を市街化区域と市街化調整区域に区分して段階的かつ計画的に市街化を図つていくこととし、市街化区域、市街化調整区域の制度の実効性を担保し、都市計画区域内の宅地造成に一定の水準を確保するための手段として都市計画区域における開発行為を都道府県知事(地方自治法二五二条の一九第一項の指定都市にあつては市長、都市計画法八七条二項)の許可にかからしめる開発許可制度が設けられた。

このように、都市計画法二九条の開発許可制度は、同法の目的とする都市の健全な発展と秩序ある整備、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動の確保という公共の利益の実現のためになされるものであつて、開発区域の周辺地域に居住する住民の権利若しくは具体的な利益を直接保護するものではないと解するのが相当である。

なお、都市計画法三条二項は、都市計画の目的を実現するためには、都市住民が積極的に協力することが不可欠であるところから、都市住民の協力義務を規定しているが、右は住民の一般的抽象的な協力義務を宣言したものにすぎないのであり、また、同法一六条及び一七条の各規定は、都市計画を決定するに当たり都市計画案に住民の意見を反映させるために当該行政庁が履践すべき手続を定めた規定であるにすぎず、これらの規定が置かれているからといつて直ちに都市計画法ないし開発許可の制度が、開発区域の周辺地域に居住する住民の個人的な利益を保護したものと解することはできない。

(二) ところで、都市計画法三三条、三四条は、開発許可の基準を定めるが、同法三三条一項五号は、「開発区域における利便の増進と開発区域及びその周辺の地域における環境の保全とが図られるように」公共施設等及び予定される建築物の用途の配分が定められていること、同項八号及び九号は、「開発区域及びその周辺の地域における環境を保全するため」、開発区域における植物の生育の確保上必要な樹木の保存、表土の保全その他の必要な措置がとられるように(八号)、あるいは騒音、振動等による環境の悪化の防止上必要な緑地帯その他の緩衝帯が配置されるように(九号)設計されていることを、許可基準として規定し、環境の保全をうたうが、このことから直ちに、原告らの主張するように右の各規定が開発区域の周辺地域に居住する住民の環境的利益を個人的な利益として直接保護していると解することはできないものというべきである。

すなわち、右の各規定、都市計画法のその他の規定、同法施行令及び同法施行規則を通覧してみても、環境基準に関する具体的な規定は何らなく、また、何らかの環境基準によつて開発行為を規制しているものと考えられる規定も見当らないのであるから、結局、都市計画法は、開発行為による実際の環境被害の程度とは無関係に、開発行為の規模等によつて一定の措置をとることを要求しているにすぎないものといわざるをえない。更に、都市計画法三三条一項五号及び八号は、環境の具体的な内容を明確に定めているわけではなく、その定める環境の要件は抽象的である。このような規定の定め方並びに、前示のとおり都市計画法の目的及び開発許可制度の趣旨が、都市の健全な発展と秩序ある整備という公共性ないし公益の実現にあることを考えると、前記各規定は、公共の利益としての環境の保全をいうにすぎず、これらの規定によつて開発区域の周辺地域に居住する住民が受ける利益は、右公共の利益としての一般的、抽象的な利益であつて、行政事件訴訟法九条にいう個別的、具体的な法律上の利益として保護されていると解することはできない。

また、同法三三条一項七号は、開発区域内に建築基準法三九条一項の災害危険区域等を含んでいても、開発区域及びその周辺の地域の状況等により支障がないと認められるときは、開発行為を許可することができる旨規定するのであつて、同規定によつて、周辺地域の住民の環境的利益が保護されているものということはできない。

(三) したがつて、原告らの主張する環境上の利益は、都市計画法によつて個人的な利益として保護されているということはできず、同法の目的とする公共の利益の保護の結果として生ずる反射的利益ないし事実上の利益にすぎないものというべきである。

(四) なお、本件開発行為が高速道路予定地を確保していることは当事者間に争いがないが、原告らの主張する高速道路の開通に伴う環境悪化等は、本件許可処分の直接の効果として右高速道路が建設されるものではないから、このことを理由として原告らに本件許可処分取消訴訟の原告適格を認めることはできない。

また、開発行為に伴う工事被害についても、都市計画法が、開発行為の工事施工方法について具体的に規定しているわけではなく、原告らの主張する工事被害は、具体的な工事の施工方法によるもので、本件許可処分によるものとはいえないから、右のような工事被害について民事訴訟上の救済を求めるのは格別、右のような工事被害を被ることを理由として、本件許可処分取消訴訟の原告適格を基礎づけることはできない。

3  原告らの主張する人格権、環境権は、畢竟良好な環境を享受し、良好な環境の中で生活するという利益をその内容とするものであり、前示のとおり右のような利益は、本件許可処分の根拠法規である都市計画法が直接かつ具体的に保護しているものとはいえないのであるから、右の人格権、環境権もまた、同法によつて保護されている権利ということはできない。

なお、原告らの主張する環境権は、憲法二五条、一三条を根拠にかかる権利を直接構成することはできないし、他に、これを認むべき実定法上の根拠はなく、その内容が漠然としていること、それを享有しうべき者の範囲を限定し難いこと等に照らし、環境権なるものを法的権利性を有するものとして承認することは困難である。したがつて環境権の侵害を理由として原告適格を認めることはできない。

ちなみに、高速道路の開設による被害、工事施工に伴う被害による人格権、環境権の侵害を理由に本件許可処分の取消を求める原告適格を認めることができないこと前示2(四)に説示したとおりである。

4  原告らの主張する下水道処理方式の変更に伴う被害についても、本件許可処分の直接の効果ではなく、かつ、都市計画法は、かかる利益を保護するものではないから、本件訴えの原告適格を認める事由とはなりえない。

5  次いで、原告らの主張する同意権、情報公開を受ける権利について検討する。

(一) 原告らの主張する国民主権、民主主義の原理、住民自治の権利、住民主権、憲法三一条、二五条、一三条、九二条は、いずれも抽象的な原則ないしは国政上のプログラム規定であつて、これらから直ちに、本件許可処分のごとき行政庁のなす個別的処分に対する住民の同意権なるものを認めることはできず、その他実定法上住民の同意権なるものを認むべき根拠はない。

原告らは、開発行為の許可のためには関係住民の同意を要するとの慣習法が存すると主張するが、原告らの主張するような内容の慣習法が存在することを認識する根拠となる事実を認めるに足りる証拠はない。

(二) 更に、原告らは、被告市長が京急及び原告らに対し、付近住民の同意を本件開発行為を許可するための要件とする旨言明し、京急もこれを承認したと主張するが、仮にかような事実があつたとしても、都市計画法は開発行為の許可に当たり関係住民の同意を要する旨の規定を何ら置いていないのであるから、被告市長の右のような行為は法律によらないで開発行為の許可の要件を加重するものであつて効力を有しないものといわざるをえず、したがつて、またこれにより原告ら住民に開発行為の許可に対する同意権が付与されるいわれもないといわなければならない。

また、原告らは、被告市長と京急の右行為を公法上の合同行為類似の行為であると主張するが、公法上の合同行為とは、公共組合の設立のような公法的効果の発生を目的とする複数の当事者の同一方向の意思表示の合致によつて成立する公法行為を指称するものであるから、被告市長と京急との間に前記の合意がなされたとしても右行為をもつて公法上の合同行為類似のものと解することができないのはいうまでもない。

(三) 原告らの主張する開発行為に関する資料、情報の公開を受ける権利ないし利益は、これを認めうべき法的根拠がなく、都市計画法もかかる権利ないし利益を保護していると解する余地はない。

6  以上によれば、原告らの主張する権利ないし利益は、いずれも行政事件訴訟法九条にいう法律上の利益に該当しないから、本件取消訴訟の訴えの利益の有無について判断するまでもなく、原告らは本件許可処分取消訴訟の原告適格を有しないものといわざるをえない。

(被告審査会に対する請求について)

一本案前の主張について

原告らが本件許可処分を不服として被告審査会に対し審査請求をしたことは、当事者間に争いがない。

被告審査会は、本件裁決の取消を求める訴えが不適法である旨主張するが、原告らは、本件裁決が原告らの資料の提出をまたずになされた違法がある旨主張し、その手続的違法を主張しているのであるから、本件裁決の取消を求める訴えを不適法ということはできず(被告審査会の資料の提出に関する主張は本案に関する主張である。)、また、行政事件訴訟法一〇条二項の規定に違反して原処分の違法を主張しても、そのことにより裁決取消の訴え自体が訴訟要件を欠くに至るものではないと解せられるから、被告審査会の右主張はいずれも理由がない。

二本案について

請求原因2(一)及び3の各事実はいずれも当事者間に争いがないところ、原告らは、被告審査会が、口頭審査期日において、処分庁及び原告らに対し、資料の提出を求めたにもかかわらず、原告らからの提出を受けないまま、右期日の翌日に裁決をしたことが違法である旨主張するが、審査請求に対する審査の進行手続につき行政不服審査法には格別の定めはなく、裁決庁の裁量によらしめていると解せられるから、仮に原告らの主張するような事実があつたとしても、審理を終結するか否かは被告審査会の専権に属するところであつて、右事実をもつて直ちに裁決が違法となるものではない。(なお、原告らが本件審査請求についての口頭審理期日までの間に行政不服審査法二六条本文により資料(証拠書類又は証拠物)を提出する機会があつたことは弁論の全趣旨(昭和五三年五月一日審査請求、同年六月二九日口頭審査)に照らして明らかであり、同被告が同条但書の規定に基づいて、原告らに対し資料を提出すべき期間を定めたものでないことは原告らの主張自体に徴して明らかである。)

そうすると、原告らの右主張は理由がない。

原告らのその余の主張は、原処分の違法をいうものであつて行政事件訴訟法一〇条二項の規定に照らして理由がないことが明らかである。

よつて、原告らの同被告に対する請求は失当である。

(結論)

以上の次第で、原告らの被告市長に対する請求にかかる訴えは、原告適格を欠く不適法な訴えであるから、その余の点について判断するまでもなく、これを却下し、原告らの被告審査会に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(小川正澄 志田洋 竹内民生)

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