横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)484号 判決 1987年7月02日
原告
古川政雄こと崔健鎬
右訴訟代理人弁護士
野村和造
右同
飯田伸一
右同
永井義人
右同
鵜飼良昭
被告
医療法人博生会
右代表者理事
杉山浩一
右訴訟代理人弁護士
稲木俊介
右同
後藤誠
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は、原告に対し、金八三五四万二三〇三円及びこれに対する昭和五四年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 当事者
(一) 被告は博生会本牧外科病院(以下、「被告病院」という。)を開設する医療法人である。
(二) 原告は昭和五〇年六月一八日、腰部を捻挫して被告病院で完山政雄の名で受診し、同日被告との間で、右腰部捻挫の治療について診療契約を締結した。
なお、原告は昭和五〇年ころから妻の姓である古川を名乗つている。
2 医療事故の発生
(一) 原告は昭和五一年三月一二日被告の理事であり、被告病院の医師である杉山哲次郎医師(以下「杉山医師」という。)から入院を指示された。
杉山医師は、同年四月五日、原告に対し造影剤としてイオフェンジラード(商品名マイオジール。以下「マイオジール」という。)を脊髄腔内に注入して脊髄造影(以下「ミエログラフィー」という。)を行ない(以下「第一回目ミエログラフィー」という。)、更に、右に注入したマイオジールを用いて、同月八日、再度ミエログラフィーを行なつた(以下「第二回目ミエログラフィー」という。)。
(二) 杉山医師は第二回目ミエログラフィーの際、原告を、二〇分間頭部を下にしたままの状態にしておいたため、マイオジールが頭蓋腔内に流入した。
(三) 原告は第二回目ミエログラフィー後病室にもどつてベッドに腰かけたとたん、激しい頭痛におそわれ、以後、頑固な頭痛、味覚障害等の症状が継続し、昭和五四年一月まで痛み止めの注射を続け、現在も就労不能の状態である。
3 被告の責任
被告は原告との間の診療契約の履行について以下のように不完全履行があつたために、前項の身体上の障害が発生したものである。
(一) マイオジールを用いたミエログラフィーの必要性の欠如
マイオジールは、癒着性クモ膜炎や重篤な神経障害等を惹起する副作用があることから、昭和三九年ころから水溶性造影剤が用いられるようになり、同五七年五月三一日以降マイオジールは保険医療に使用すべき薬品としては使用を認められないことになつた。
したがつて、マイオジールを用いたミエログラフィーは、問診、諸検査、臨床所見により椎間板ヘルニアの手術が必要と判断された場合に手術部位を確定するためか、椎間板ヘルニアと脊髄腫瘍等他の具体的疾病との重大な鑑別診断のためにのみ行なわれるべきである。
原告は昭和五〇年一二月一七日関東労災病院において腰椎捻挫であつてヘルニア症状はないと診断されており椎間板ヘルニア摘出手術の必要性はなかつた。
(二) 説明義務違反
前記のようにマイオジールの有害性が指摘されていたのであるから、杉山医師はミエログラフィーの実施に当つて、原告に対し、ミエログラフィーの必要性、実施による得失、マイオジールの有害性について説明してミエログラフィーを行なうことの承諾を得るべきであつたのに、ミエログラフィーについて何の説明もしなかつた。
(三) ミエログラフィー実施上の注意義務違反
マイオジールには前記のような有害性があり、注入後脊髄腔内で可動性を失つていない時期に吸引が行なわれなければ、長期間脊髄腔内に残留して終嚢部に一塊となつて存在し、可動性を失つて脊髄腫瘍を形成するという欠点があるため、マイオジールを用いてミエログラフィーを行なう場合には、頭蓋腔内にマイオジールが流入しないようにし、マイオジール注入後も腰椎穿刺針を抜去せず、検査終了後透視下で腰椎穿刺針により造影剤を吸引除去すべきである。また、再度ミエログラフィーを行なう場合は一〇日ないし一四日の間隔が必要である。
杉山医師は、第一回目ミエログラフィー実施の際原告に対しマイオジールを注入した後マイオジールを吸引除去しないで、腰椎穿刺針を抜き、第一回目ミエログラフィーからわずか三日後に第二回目ミエログラフィーを行ない、第二回目ミエログラフィーの際には、原告を頭部を下にしたままの状態で約二〇分間放置し、マイオジールが頭蓋腔に流入する危険に対し何の注意も払わなかつた。
杉山医師が前記注意義務を怠つたため、原告について前記のような身体上の障害が生じたのであるから被告には診療契約上の債務不履行があつた。
4 損害
(一) 原告の症状
原告は第二回目ミエログラフィーの後、激しい頭痛、吐気に襲われ、一時は危篤状態となり二日間点滴を受け、退院時までに体重が六九キログラムから五一キログラムまで減少した。
しかし、被告病院では誠意ある手当がされず麻薬中毒患者扱いされたことから昭和五一年五月一三日被告病院を退院し、横浜市立大学病院(以下「市大病院」という)横浜中央病院、横浜掖済会病院に通院している。
原告には、現在後頭部を針で刺したような鋭い激痛、味覚喪失、記憶力の極端な低下、食欲喪失、性感減退、リンパ腺の腫れ等の症状があり、特に頭痛がひどく、痛み止めの注射なしには過ごせず(但し、昭和五四年一月以降、心臓の極端な動悸、吐気のため右注射を中止している。)、夜も眠れないため通院以外はほとんど横臥しており、入浴も週一回程度しかできない。
(二) 治療費
原告は現在毎月二万円の治療費を出費しており、原告の前記症状は原告が死亡するまで続くと推認される。
原告は昭和一一年二月二五日生まれでその平均余命は三〇年間であるから、その間の治療費はホフマン方式で計算すると四二三万一〇三二円になる。
2万円×12×17.6293=4231032
(三) 逸失利益
原告の腰部捻挫は昭和五一年九月二一日に治癒しており、その後は専ら本件医療処置によつて生じた右身体上の障害の結果就労できず休業している。
原告は貨物自動車運転手として日本自動車運転士労働組合神奈川支部に所属し、同支部の基準賃金により収入を得ていたものであるが、昭和五〇年六月一八日から過去三箇月間の平均賃金は日額六四六五円であつたところ、右支部のランクAの基準賃金は以下のとおり上昇している。
昭和五〇年 六〇〇〇円
同五一年七月 七五〇〇円
同五二年七月 八五〇〇円
同五三年七月 九〇〇〇円
したがつて、原告の賃金も基準賃金にしたがつて上昇するものと考えられるので、これによつて計算すると以下のとおりである。
昭和五一年八月以降同五二年七月まで
八〇八一円
同五二年八月以降同五三年八月まで
九一五四円
同五三年七月以降 九六九七円
原告は六七歳まで稼働可能であつたものと考えられるので原告の逸失利益は以下の合計である六二三一万一二七一円となる。
昭和五一年九月二一日以降同五二年七月末日まで
二五三万七四三四円
8081×314(日)=2537434
昭和五二年八月一日以降同五三年七月末日まで
三三四万一二一〇円
9154×365(日)=3341210
昭和五三年八月一日以降
五六四三万二六二七円
9697×365×15.9441=56432627
(四) 慰謝料 一〇〇〇万円
原告は本件医療事故後市大病院等の病院に通院せざるを得なくなり、治療費の出費を余儀なくされた。
また、本件医療事故により原告は労働能力を奪われ、激しい健忘のためタバコやストーブの火の始末をしないことがあり、妻が常に原告の動静に注意しなければならない状況である。
このような原告の精神的損害を慰謝するとすれば一〇〇〇万円が相当である。
(五) 弁護士費用 七〇〇万円
原告は本件訴訟提起を原告の訴訟代理人らに依頼し、法律扶助協会の扶助を受けて手数料九万円を支払つた。本件訴訟終了後同協会の決定した謝金を支払うことになつているがそのうち七〇〇万円が本件医療事故と相当因果関係がある。
よつて原告は被告に対し、診療契約の不完全履行による損害賠償請求権に基づき八三五四万二三〇三円及び右金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。
二 請求原因事実に対する認否
1 請求の原因1(一)の事実及び(二)の事実のうち原告が腰部を捻挫して昭和五〇年六月一八日被告病院に完山政雄の名で受診したことは認め、原告が古川姓を名乗つていることは知らない。その余の事実は否認する。
2 同2(一)の事実は入院の月日を除いて認める。原告が被告病院に入院したのは三月一一日である。
同(二)の事実は否認する。
マイオジールを移動させるための傾斜は一〇度ないし二〇度であるし、最大傾斜の状態が二〇分も続くことはない。また、被告病院では四月一六日原告の頭部のレントゲン検査を実施したが頭蓋腔内にマイオジールが入つた痕跡はなかつた。
同(三)の事実のうち、原告が検査後頭痛を訴えたことは認めるが、その余の事実は知らない。
ミエログラフィーに際し、腰椎穿刺等の刺激により脳圧が上がり、検査終了後患者が頭痛を訴えることはあるが、一過性のものであつて、長期間続くことはない。
3 請求原因3前文及び後文の主張は争う。
同(一)の事実のうち、マイオジールが癒着性クモ膜炎の副作用を起こすことがあること、昭和五七年五月三一日以降保険医療に使用すべき薬品としては使用を認められないことになつたこと、原告が昭和五〇年一二月一七日関東労災病院において診断を受けたことの各事実は認め、その余の事実は否認する。
原告は、ラセグ症状、下肢の第一趾背屈力低下、下腿の知覚鈍麻、下肢のしびれ感、放散痛等椎間板ヘルニアに伴う症状が高度にみられ、九箇月間に及ぶ薬物療法、温熱療法、はり治療等の保存療法によつても改善されなかつた。これによると原告には椎間板ヘルニアの疑いがあり、手術によらなければ症状の改善の見込がなかつたので椎間板ヘルニアの診断とヘルニアの存在部位の確認のためミエログラフィーを行うことが必要であつた。
第一回目ミエログラフィーでは、原告の第二腰椎と第三腰椎との椎間板に陰影欠損が確認され、同月八日ヘルニア摘出手術を実施する予定であつたが、手術前にヘルニアを再度確認するため第二回目ミエログラフィーを行つたところ、陰影欠損が消失していたため、手術を延期した。
請求原因3(二)の事実は否認する。
杉山医師は、昭和五一年一月一四日に、原告に対しミエログラフィーについて説明したし、第一回目ミエログラフィー施行前にも説明した。
同(三)の事実のうち、杉山医師が昭和五一年四月五日原告に対しマイオジールを注入した後腰椎穿刺針を抜いて、マイオジールを吸引除去しなかつたこと、ミエログラフィーに際しては、マイオジールが頭蓋腔内に流入しないよう注意すべきであることは認め、その余の事実は否認する。
マイオジールは造影能力にすぐれ、油性であるため水溶性造影剤に比べてヨードが血液中に吸収されにくくヨード反応が非常に少ないため刺激性が弱く、副作用が少ないので副作用発生の危険は無視できる程度である。また、マイオジールは徐々に脊髄腔外に排出されるので一〇ミリリットル程度を用いる場合には除去するが、その場合でも除去しうるのは六ないし八割程度であることが多いし、無理に除去しようとすれば髄液まで一緒に吸引することになりかえつて患者に苦痛を与えるため使用量が三ミリリットル以下の場合には吸引除去を行わない。
少量のマイオジールであれば頭蓋腔に流入しても副作用が発生することはない。
杉山医師が原告に対して用いたマイオジールは二ミリリットルであるから除去の必要はない。
また、再度ミエログラフィーを行なう際に一〇日ないし一四日の間隔をおくのは、再度マイオジールの注入をする場合であり、単にレントゲン撮影をするのみである場合にまで右間隔を要するものではない。
4 請求原因4(一)の事実のうち、原告が第二回目ミエログラフィー実施の直後頭痛を訴え(但し、第一回目のミエログラフィーの翌日にも頭痛を訴えた。)、点滴を受けたこと、昭和五一年五月一三日に被告病院を退院したことは認め、危篤状態になつたこと、誠意ある手当がされなかつたこと(但し、杉山医師が鎮痛剤であるソセゴンを原告の要求のとおりには注射しなかつたことはある。)は否認し、その余の事実は知らない。
同(二)ないし(五)の事実のうち、原告が本件訴訟提起を原告訴訟代理人に依頼したことは認めその余の事実は知らない。主張は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一診療契約の成立
被告が被告病院を開設する医療法人であること、原告が昭和五〇年六月一八日に腰部捻挫により、完山政雄の名で被告病院で診察を受けたことは当事者間に争いがない。
<証拠>によると、原告は昭和五二年一〇月一日ころ以降は古川の姓を称していることが認められ、<証拠>によると、原告は昭和五〇年六月一八日以降同五一年五月まで被告病院において腰の痛みについて継続して治療を受けていたこと、杉山医師が原告の治療に当つていたことが認められ、この認定に反する証拠はない。
以上の事実によると、原告は被告との間で昭和五〇年六月一八日腰部痛の治療について診療契約を締結し、以後引続き右診療契約に基づいて診療を受けていたものと認められる。
二被告病院における医療処置(マイオジール使用によるミエログラフィーの実施)
原告が杉山医師の指示により、昭和五一年三月一一日被告病院に入院し、同年四月五日同医師によつてマイオジールを脊髄腔に注入した上で第一回目ミエログラフィーによる検査を受け、続いて同月八日第一回目に注入したマイオジールを利用して第二回目ミエログラフィーの検査を受けたこと、ミエログラフィーの完了後マイオジールの除去が行われなかつたことは当事者間に争いがない。
なお、被告は注入されたマイオジールの量は二ミリリットルである旨主張するが、<証拠>によると、注入した量は一アンプルで三ミリリットルであつたものと認められ、この認定に反する証拠はない。
三マイオジール注入後原告に生じた障害
<証拠>によると、原告は第一回目ミエログラフィーが行われた翌日(四月六日)から頭痛を訴え始め、特に、第二回目ミエログラフィーの実施直後に頭痛が激しくなつたため、鎮痛剤であるセデス、ソセゴン、アタP、オビスタン等の薬剤の投与を受けるにいたり、頭痛の訴えは原告が退院する直前の五月九日まで続き、鎮痛剤の投与は原告の退院するまで続けられたこと、入院当初及び昭和五一年四月一一日には、原告の体重は六三キログラムあつたが、同月一七日には60.8キログラムに、同月二五日には六一キログラムに、同年五月九日には五五キログラムに減少したこと、同月一二日山口医師が退院してもよい旨の診断をし、翌一三日被告病院を退院したのちも原告は他の病院を転々として診療を受けたが、現在に至るまで原告は頭痛を訴え続けていること、その他、味覚の喪失、記憶力の低下、腰部痛、倦怠感、性欲の減衰等を訴えていることが認められ右認定に反する証拠はない。
四原告に生じた障害とマイオジール注入との因果関係
1 マイオジールによつて生じる障害(副作用)について
<証拠>によると、マイオジールを脊髄、脳室造影のために造影剤として注入した場合において、脊髄刺激症状として発熱、頭痛、悪心、嘔吐、後頭部強直等の症状が、神経刺激症状として神経痛、知覚障害、けいれん等が現われ、数日ないし数週間にわたつて仙尾部の重圧感を訴えることがあり、更にマイオジールが脳室、脊髄内に残留した場合において、マイオジールが非水溶性で、吸収により体外に排出されることが遅いため脊髄腔内に滞留し、あるいは脳室内に滞留することがあり、このような場合に稀にクモ膜炎、脊髄炎を生じることがあり、脊髄腔内でマイオジールが停留し嚢胞化されて髄膜炎を生じ、あるいは馬尾神経の癒着を生じさせ、腰部痛、両下肢痛、倦怠感などの苦痛を訴えた症例が報告されていることが認められ、この認定に反する証拠はない。
2 原告に生じ、あるいは原告が訴えている前記各障害のうち、マイオジール注入の翌日から原告に生じた頭痛については、前掲原告本人尋問の結果によると、マイオジール注入以前には存在していなかつたものと認められこの認定に反する証拠はないところ、右に認定したところによると、マイオジールの注入後脊髄刺激症状として頭痛が生じることがあるというのであり、原告の頭痛が、マイオジール注入(第一回目ミエログラフィー)の翌日から生じており、他に頭痛を生じる原因となるべき事由も認められないから、マイオジール注入の翌日から原告に生じた頭痛は、マイオジールの注入によつて生じたものと推認することができる。
3 次に、その後に生じ、現在も存在すると訴えているその余の障害について検討する。
鑑定の結果によると、鑑定の当時(鑑定書の提出は昭和五九年一二月二五日)において、原告の頭蓋内、頸椎部、胸椎部、腰椎部のいずれの部位にもマイオジールの残留は認められず、仙椎部に四個の滴状の遺残が認められるが、造影剤吸収のための慢性炎症による肉芽腫などは認められないというのであり、更に鑑定の結果によると、鑑定人において、被告病院が昭和五一年四月一六日に原告について撮影した頭部のレントゲン写真、訴外横浜中央病院が原告について同年五月一三日に撮影した頭部のレントゲン写真を検討しても、頭蓋内にマイオジールが存在することが認められず、また、訴外横浜中央病院が昭和五一年五月一三日に原告について撮影した頸椎部のレントゲン写真、訴外徳州会病院が昭和五五年六月二四日に原告について撮影した頸椎、胸椎各部のレントゲン写真を検討しても、頸椎、胸椎の各部位にもマイオジールの存在することは認められず、訴外横浜中央病院が昭和五一年五月一三日撮影した腰仙椎部のレントゲン写真では、マイオジールは腰椎部から仙椎部にあつて減少し、仙椎部のマイオジールは拡散が認められ、訴外徳州会病院が昭和五五年六月二四日に原告について撮影した腰椎部、仙椎部のレントゲン写真では、更にマイオジールは減少し、根嚢内に残留していたマイオジールは殆んど吸収されて認められなくなつているというのであつて、以上の鑑定の結果によると、原告に注入されたマイオジールが頭蓋内に流入して残留した事実は認められず、頸椎部、胸椎部、腰椎部のいずれについても、マイオジールが通常に吸収される経過以上に長期間にわたつて残留し、身体に障害を生じさせるような侵嚢を生じた事実も認められないというのほかない。
<証拠>によると、原告が、労働災害補償保険法による保険給付請求に関連して昭和五六年五月に石川島播磨重工業健康保険組合横浜診療所の医師で神奈川県労働者災害補償保険審査官である三原鏡医師の診断を受け、同医師において原告の頭部レントゲン写真を撮つて診断した結果、頭蓋底に造影剤の残留していることが認められ、一年間に一ミリリットルの割合で吸収したとしても、更に数年の後遺障害(頭痛)が残るものと判定されていることが認められる。
しかし、右に認定のとおり、その以前である昭和五一年四月一六日、同年五月一三日の二回に撮影されたレントゲン写真において、原告の頭蓋内に造影剤の存在することが認められず、造影剤は腰椎部から仙椎部にあつて減少していたと認められるのであるのに、その後において頭蓋内に滞留しているというばかりでなく、その量が、一年に一ミリリットルの割合で吸収するとしても数年を要するほどの量であるということは理解し難いところであり、右三原医師が撮影したとするレントゲン写真が現存せず、これを直接検討することができないことをも考慮すると、右三原医師の診断をもつて、杉山医師が注入したマイオジールが、頭蓋内に流入し滞留したものと認めることはできない。
また、<証拠>によると、昭和五二年一〇月一日付けで、横浜掖済会病院山部快太郎医師によつて、原告について脊髄造影の後遺症として偏頭痛が認められる旨の、横浜市中区長に対する意見書が作成されていることが認められるが、<証拠>によると、同意見書は、原告の頭痛の訴えに対して投薬した診療について国民保険の診療の適用を受ける便宜のために、原告が、過去に脊髄造影検査を受けた直後から頭痛が始まつた、以前に関東労災病院において脊髄造影の後遺症であろうと言われたことがある旨述べたことに基づいて書かれたにすぎないもので、独自の検査、判断のもとに書かれたものではないと認められるので、同意見書をもつて、原告について、マイオジールが頭蓋内に残留して後遺障害を生じているものと認めることはできない。
他に、原告に生じた前記身体上の障害をマイオジールの注入との間に何らかの因果関係が存在するものと認めるに足りる証拠は見当たらない。
五マイオジールの使用と医療上の過誤
1 ミエログラフィー実施の当否
<証拠>を総合すると次のように認められる。
昭和五〇年六月一八日の被告病院における診察時において、原告には激しい腰痛があつて腰を曲げることができず、第五腰椎の傍脊柱に圧痛がみられたが、腰椎の叩打痛やラセグ症状はなく、自動車の運転はできる程度であり、腰部のレントゲン撮影の結果、脊椎に年令的な変化が認められたため、担当医師は湿布を施し、鎮痛剤と湿布薬を処方したこと、その後、原告は鍼治療を受け、被告病院には来院しなかつたが、六月二七日に来院し、鎮痛剤と湿布薬の投与を受けた。六月二八日以降原告はほぼ毎日被告病院に通院し、マッサージと温熱療法を受け続け、時折、鎮痛剤の投与を受けていた。その間週に一回は杉山医師の診察を受け、七月一九日からは週に二回鍼治療を受けていたが、症状は一進一退を続け、七月二三日にはラセグ症状が両側とも八〇度の弱陽性になり、九月二日には、ラセグ症状が両側とも六〇度の陽性に悪化し、右下腿部の知覚の低下がみられたので被告病院では変形機械矯正術を始めた。同月九日には、腰椎の右傍脊柱の筋肉が突つ張つていることが認められ、一〇月一三日にはラセグ症状は右が六〇度の陽性であつて好転せず、同月二三日にも腰椎の右傍脊柱の筋肉が突つ張つていることが認められた。一一月一〇日に右膝の後側がしびれるようになり、同月二一日ラセグ症状は左側が七〇度の弱陽性であり、一二月八日には、右の座骨神経痛、右下肢の放散痛がみられ、同月一二日にはラセグ症状のほか、右下肢の放散痛、第一趾の背屈力の低下等後記認定のように椎間板ヘルニアにみられる症状が見られるようになつた。杉山医師はこれらの経過、症状から椎間板ヘルニアの疑いを強くし、原告に勧めて関東労災病院において診察を受けさせた。原告が関東労災病院の診察を受けた結果、関東労災病院では原告について、椎間板ヘルニアは認められず腰椎捻挫であると診断し、その診断の結果を被告病院に告げると共に治療方法として保存的療法を続けるように勧めた。被告病院ではこれに従つて温熱療法等の保存的治療を続けたが原告の症状には全く改善が見られなかつた。そこで杉山医師は、翌年一月に入つて原告について改めて椎間板ヘルニアの疑いを強くし、原告を入院させた上で、原告に牽引療法を試みると共に、確定診断のために、マイオジールを用いてミエログラフィーを実施することを検討するようになつた。更に保存療法を続けたのち、同年三月一〇日杉山医師は原告に入院を指示し、同月一二日から牽引療法を始めた。以上の診療経過の上で杉山医師は原告についてミエログラフィーの実施を決し、これを行つた。
以上のように認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
<証拠>によると、本件手術が行われた当時において、造影剤(主としてマイオジール)を使用して行うミエログラフィーについては、その副作用、患者に与える不快感を避けるため、単なる診断の目的でこれを行うべきではないとされる反面、その症状等に基づいて椎間板ヘルニアの診断がなされたが、これを確定して手術の要否、手術部位、手術方法を確定するためにはミエログラフィーが有用であるとする見解が大勢であつたことが認められる。
<証拠>によると、造影剤の副作用を回避する趣旨でミエログラフィーに代るものとして神経学的な所見やレントゲン単純撮影の重要性を主張する見解があることが認められるが、右各証拠によつてみても、ミエログラフィーについて、慎重な判断を必要とするというに留まり、その必要性をすべて否定する趣旨ではないと認められる。他に右認定に反する証拠はない。
ところで、杉山医師は既に死亡しており、同医師が原告についてどのような判断のもとにミエログラフィーの実施を決したかについて、同医師から聞き取ることができず、他にこれを直接明らかにするに足りる証拠は見当たらない。
しかし、被告病院における原告に対する診療の経過が既に認定のとおりであつたこと、特に<証拠>によると、杉山医師は原告に現れた症状から原告について椎間板ヘルニアの疑いを強くし保存的療法の限界に達しているものとの判断のもとに、原告を関東労災病院の診断を受けさせるに当たつて、手術の要否、転院させて貰えるか否かについても同病院に照会している事実が認められ、関東労災病院の回答を得た後も同病院の意見に従つて保存的療法を続けたが良好な結果が得られないため、その経過を見た上でミエログラフィーの実施に踏み切つていること、<証拠>によると、第二回目ミエログラフィーの結果として、診療録に陰影の欠損なしとの診断結果と共に手術延期の記載があり、更にギブスベッド(成立に争いがない甲第五号証によると、椎間板ヘルニアの摘出手術後に、患者を固定するために必要とするものと認められる。)の作成を指示した記載が抹消されていることが認められる。
これらの事実を総合すると、杉山医師は、原告についてミエログラフィーを実施するについては、安易に椎間板ヘルニアの診断のためだけに採用を決したのではなく、それまでの診察及び治療結果に基づき、原告については椎間板ヘルニアの診断並びに手術によるヘルニア摘出の必要がある旨の一応の結論を得るに至り、その診断の確定と手術の必要性、手術部位の確定のためにミエログラフィーの実施を決したものと推認することができる。この認定を覆すに足りる証拠は見当たらない。
以上によると、杉山医師が、原告についてミエログラフィーの実施をしたことについて、不必要にこれをなしたものということはできない。
なお、ミエログラフィーの結果原告には、摘出を要するような欠損が認められず、手術が中止されたことは既に認定のとおりであり、関東労災病院の診断の結果においても椎間板ヘルニアではないと診断されたことも既に認定したとおりであるからこれらの事実によつて判断すると、原告について椎間板ヘルニアと診断した杉山医師の判断には過誤があつたのではないかと考えられないでもない。
しかしこの点については、<証拠>によると、杉山医師によつて診断された原告における症状(既に認定のとおり)は、椎間板ヘルニアの特徴的な症状に該るものと認められるのであり、前記認定のとおり杉山医師が、関東労災病院の診断結果とその指示に従つて保存的療法を行つた上で、原告に見られた症状に基づいて診断を行つていたのであり、その結果において手術の必要性が認められなかつたことをもつて診断に過誤があつたものとすることはできない。
2 マイオジール使用の当否
<証拠>によると、原告に対しミエログラフィーが行われた当時、マイオジールに副作用のあることが指摘されていたものの、ミエログラフィーの実施の方法について論議されているにとどまり、造影剤としてマイオジールを勧める意見が多く、一般に使用されていた造影剤はマイオジールであつたことが認められ(<証拠>によると、マイオジールの副作用を指摘し、水溶性造影剤の使用を勧める意見があつたことが認められるが、同甲第五号証によると、水溶性造影剤についてもショックをおこすことのあることが指摘されており、水溶性造影剤の使用が一般的になつていたとは認められない。)るのであつて、杉山医師が造影剤としてマイオジールを選択したことをもつて、注意義務違反があつたものとは認められない。
3 マイオジール使用の際の説明義務
前掲原告本人尋問の結果によると、原告はミエログラフィーの実施に先立ち、杉山医師からミエログラフィーを実施する旨の説明を受けたことが認められるが、それ以上に、使用されるマイオジールについて特段の説明を受けたものと認めるに足りる証拠はない。
しかし、<証拠>によると、本件ミエログラフィーが実施された当時においては、マイオジールは刺激性が少なく、粘調度が低いので、後期障害の心配がないものとして多用されていたこと、副作用としては、早期障害としての軽度の頭痛、発熱、腹痛や稀に悪心が認められ、後期障害として特に吸引除去しなかつた場合には、癒着性クモ膜炎、神経麻痺等の障害が生ずるおそれのあること、しかし、このような副作用が発生したり、これらの症状が後遺障害として残ることは稀であるとされていたこと、ミエログラフィーの安易な実施に対しては、批判がされていたものの、椎間板ヘルニアの診断やその他の疾患との鑑別に重要な役割を果たす検査であり、手術に際しては椎間板ヘルニアの存在する部位、範囲を確定するうえで必要であつたため、比較的頻繁に行われる検査であつたことが認められる。以上のとおりであるとするならば、その施行方法や、稀に起ることのある副作用についてまでも説明する義務はないものと解するのが相当であり、その説明がなされたとしても、原告によつてこれを拒否し、結果の発生を回避したことを期待できる事情にあつたとは認められないというべきであるから、杉山医師が原告に対し、ミエログラフィーの施行方法やマイオジールの副作用について説明しなかつたことをもつて、杉山医師に注意義務違反があつたとは言えない。
4 ミエログラフィー実施上の過誤
まず、脊髄のミエログラフィーにおいて、造影剤が頭蓋内に流入することのないように注意すべきであることは被告の認めるところである。
原告本人尋問の結果中には、第二回目ミエログラフィー実施の際、頭部を下にしたままの状態で二〇分ほど置かれた旨の供述がある。しかし、第二回目ミエログラフィーが実施された日から八日後に被告病院が撮影したレントゲン写真を検討した結果、原告の頭蓋内にマイオジールの残留が認められないことは既に認定のとおりであり、そうであるならば、ミエログラフィーの実施上の過誤によつて、マイオジールが原告の頭蓋内に流入したものとは到底認められない。
次に、原告はマイオジールを使用して行うミエログラフィーは、一〇日ないし一四日の間隔を置いてなすべきであつたところ、これに違反してなされた旨主張する。
<証拠>中には、原告主張の趣旨の記載が認められるが、その記載によると、記載の趣旨は再度マイオジールを注入する場合についての注意であつて、先に注入してあるマイオジールを使用して行う場合については該当しないものであると解される。他に原告主張の注意義務を認めるに足りる証拠は見当たらない。
更に原告は、ミエログラフィーの終了後マイオジールを吸引除去すべきであつたところ、杉山医師はこれを怠つた旨主張し、杉山医師が原告についてミエログラフィーを完了した後マイオジールを吸引除去しなかつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、本件ミエログラフィーが実施された当時において、ミエログラフィー終了後副作用を避けるためにマイオジールを吸引除去することが望ましいとされていたことが認められる。
しかし、原告について生じた身体上の障害のうち、マイオジールの残留による障害についてこれを認め難いことは既に判示したとおりであつて、マイオジールの吸引除去について杉山医師の過失の有無を検討する余地はない。
しかも、<証拠>によると、本件ミエログラフィーが実施された当時において、マイオジールは、吸引除去した場合においても、注入した全量を除去することは困難であり、マイオジールの刺激性は比較的弱く、後遺障害を生じることも稀であり、吸引除去によつて早期副作用に及ぼす影響も大きいものではないのに対し、吸引により患者に与える苦痛や不快感が大きいとされ、このような点から、注入されたマイオジールの量が少量である場合に吸引除去することには疑問を呈する見解もあつたことが認められ、原告に注入されたマイオジールの量が三ミリリットルであつて、少量であること(<証拠>によると、脊髄腔造影におけるマイオジールの使用量は二ないし六ミリリットルあるいはそれ以上とされていたと認められる。)を合わせ考えると、杉山医師が原告についてミエログラフィーの実施後マイオジールを吸引除去しなかつたことをもつて、医療上の過誤とすることはできない。
以上のとおりであつて、原告に対するマイオジールの使用について、その判断、処置のいずれの点においても、杉山医師に過誤があつたものと認めることはできない。
六結論
以上のとおりであるから、その余の点について判断をすすめるまでもなく原告の請求は理由がないものというのほかなく、よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官川上正俊 裁判官上原裕之、同石栗正子は、いずれも填補につき署名、押印することができない。裁判長裁判官川上正俊)