大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)973号 判決 1983年11月29日

原告

藤原節子

被告

貫井正

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し金二二八万三二一六円及びこれに対する被告新日本運輸株式会社は昭和五四年六月六日から、同貫井正は同年同月三日から各々支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金一一九六万二八九八円及びうち金九一二万〇三二三円に対する被告貫井正については、昭和五四年六月三日から、被告新日本運輸株式会社については、同年同月六日から、うち金二八四万二五七五円に対する昭和五八年五月二五日から支払い済みまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、次の交通事故により、頸椎捻挫、右上肢循環障害の傷害を負つた。

(一) 日時 昭和五二年一一月七日午後四時三〇分頃

(二) 場所 相模原市鹿沼台二丁目四番(通称鹿沼台交差点)

(三) 態様 右交差点において、原告運転の普通乗用自動車(相模五六む三三〇四)が千代田方面から横浜方面へ右折し、被告貫井正運転の普通貨物自動車(品川一一あ六二二二)が鹿沼ロータリー方面から横浜方面へ左折し、原告運転の自動車(以下「原告車」という。)の左側面に、被告貫井正運転の自動車(以下「被告車」という。)の前部が衝突した。

2  被告らの責任原因

(一) 被告新日本運輸株式会社は事故当時被告車の保有者であつた。

(二) 被告貫井正は、交差点に進入して一旦停止したあと前方の安全確認をしないで再度進行したため、交差点中央付近で被告車の左折完了を待ちながら、被告車の停止時間が長く、速やかに左折するようにも見えなかつたので、先に右折しようと考えて進行した原告車に衝突したのであるから、過失がある。

3  損害

原告は事故による傷害のため次のとおり損害を蒙つた。

(一) 治療費 二〇五万七〇五八円

原告は、先の傷害により昭和五三年三月七日までの間に治療費一五七万二九八三円を要し、更に同年同月八日から昭和五八年二月九日までの間に四八万四〇七五円の治療費の支出を要した。

(二) 通院費 一八万九四四〇円

一日七二〇円のタクシー代の八二日分(石川整形外科医院)と、一日一万六三〇〇円のタクシー代及び高速道路料金の八日分(虎の門病院)の合計額を請求する。

(三) 入院雑費 一四万一〇〇〇円

一日五〇〇円の割合による二八二日分(虎の門病院及び相模原病院)を請求する。

(四) 付添料 六七万六八〇〇円

一日二四〇〇円の割合による二八二日分を請求する。看護には原告の夫や子供が当つた。

(五) 通信費 五万円

被告新日本運輸株式会社との交渉や、入院中、親族に対する病状報告に電話を利用したので右額を要した。

(六) 休業損害 二一五万六一六二円

原告は事故時菊地税理事務所に勤務し、平均月額一二万一三六〇円の収入を得ていたところ、治療のため昭和五二年一一月八日から昭和五四年四月末日まで全く働けず、その間収入を失つた。一七箇月と二三日分の損害を計算すると右の金額となる。

(七) 逸失利益 六六八万五三八二円

本件事故により、右上肢浮腫、右手指完全伸展不能、右感音難聴、左内耳平衡機能障害、視力減退の後遺症が残り、その労働能力の三五パーセントを奪われたから、六七歳に達するまで一九年間毎月一二万一三六〇円の収入が得られたものとして、中間利息の控除につき新ホフマン方式を用いると次の算式により逸失利益は六六八万五三八二円と計算される。

121,360×12×0.35×13,1160=6,685,382

(八) 慰藉料 五五〇万円

事故に遭つたため二八二日間の入院、一二五日間の通院を余儀なくされ、前記の後遺症もかかえているので、慰藉料として右額を請求する。

(九) 弁護士費用 一一二万〇〇三九円

原告は本訴の追行を弁護士に委任し、手数料、報酬として一一二万〇〇三九円を支払うと約した。

4  損害の填補

(一) 治療費・休業損害

原告は被告新日本運輸株式会社から昭和五三年三月七日までの治療費一五七万二九八三円と休業補償金一一二万円の支払いを得た。

(二) 自動車損害賠償責任保険

原告は自動車損害賠償保障法に基づく保険金三九二万円の支払いを得た。

5  よつて原告は、被告新日本運輸株式会社に対しては自動車損害賠償保障法第三条の規定に基づき、被告貫井正に対しては民法第七〇九条の規定に基づき、各自原告に対し金一一九六万二八九八円及びうち金九一二万〇三二三円に対する本件事故の日の後の日である昭和五四年六月三日(被告貫井正について)及び同年同月六日(被告新日本運輸株式会社について)から、うち金二八四万二五七五円に対する本件事故の日の後の日である昭和五八年五月二五日から支払い済みまでいずれも民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2(一)の事実は認め、同2(二)の事実は否認する。

被告貫井正は交差点に進入するにあたり、交差点中央付近で右折合図をしつつ停止している原告車を確認し、次いで自車左後方の自転車の動静に注意を向け最徐行で左折したのであり、原告車と被告車では被告車に優先進行が許されているのであるから、何らの過失がない。

3  請求原因3のうち損害額については争いその余の事実は知らない。

原告は本件交通事故以前からうつ病の治療のために虎の門病院に通つていた。そこで、事故による諸症状として原告が主張するもののうちには既応症の影響があると考えられる。また、原告の主張する後遺症は、既に昭和五三年八月五日に症状固定し発現しているから、その後の時期にかかる治療費等の出捐は、本件事故との因果関係の相当性を欠く。

4  請求原因4の事実は認める。

三  抗弁

1  被告らは、本件事故当時、被告車の運行に関し注意を怠らなかつた。

2  原告には過失があつた。第一に原告と被告貫井正とでは、左方優先の原則により同被告の通行が優先する。また、原告は被告車内の同被告の動静を十分確認していながら、見込発進したものである。

3  被告車には構造上の欠陥も機能の障害も無かつた。

4  仮に被告貫井正に過失があつたとしても、原告にも右の過失があつたから過失相殺がされるべきである。

四  抗弁事実に対する認否

抗弁事実は否認する。

理由

一  請求原因1、同2(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(二)の事実について判断する。

1  いずれも成立に争いがない乙第四、第五、第六号証、原告、被告貫井正各本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  被告貫井正は、被告車を運転して、鹿沼ロータリー方面から横浜方面へ左折すべく、時速約四〇キロメートルで鹿沼台交差点に接近し、減速して左折準備をした。交差点にかかつたころ、自車左方の安全を確認するため顔を左方に向け、徐行した。

(二)  原告は、千代田方面から横浜方面へ右折すべく、同交差点に接近し、対向車が二台続いて左折したのに続き前方から左折合図をしつつ走つて来る被告車を認め、その速度が相当に大きいと感じ、これに先を譲るため、交差点中央付近に出て一旦停止したが、被告貫井正が左方を向いたままで、一向左折完了する気配が見えないので、横浜方面片側二車線のうち第二走行帯に進入するため走り始めた。

(三)  被告貫井正は、交差点に接近する際、右折合図をしつつ交差点中央付近に停止している原告車を認めたが、徐行し、左方の安全確認をした後は、前方の安全には何ら注意を払うことなく、進行し、自車前部を横浜方面道路の第二走行帯上に進出させ、原告車(2ドア)の左側面ドアの後部に衝突させた。

2  原告本人の供述中には、被告車が高速で接近し、交差点角で急停止して長時間にわたり発進しようとしなかつたとする部分があるが、被告貫井正がさような運転態度に出たことを納得させる事情を認めるに足る証拠がなく、被告貫井正も本人尋問において、原告本人の右供述にかかる事実を全く否定していることにてらすと、にわかに措信し難い。

3  その外には右の認定に反する証拠はない。

4  さて、右の事実をもとに判断するのに、被告貫井正には過失があると認むべきことは明らかである。被告貫井正が左方の安全確認をすべきなのは当然であるが、そのために前方の注意を怠つてよいことにはならない。また、左方優先を言うが、片側二車線の道路において、左折車がその第一走行帯に進入しようとするときに、右折車が第二走行帯へ入ろうとするのは、現在の運転の常識によれば責めることはできない。無論、左折車の車体が長ければ、左折にあたり第二走行帯をも使用せざるを得ないことになるのは明らかであり、右折車もこれを心得るべきではあるが、その場合左折車の前方注視義務は一段と高められるとするのが相当である。

他方、原告の不注意も大きいと言わなくてはならない。被告車の運転手が左を向いており、左折車優先の原則に信頼していることが明らかである以上、右折車運転手としては、相手方が左折の意思を放棄したと認められない限り譲らなくてはならないし、仮に左折のため不相当に長い時間をかけていることが明らかで、交通渋帯の因ともなりかねないというのであれば、警音機の使用も禁ぜられないからである。原告は十分の根拠もなく、自車の動きをすべて被告車の注意にまかせて発進したものと認められる。

三  請求原因3の事実について判断する。

1  治療費について

いずれも成立に争いがない甲第二号証の一ないし三、同第九号証の一ないし一〇、同第一〇号証の一ないし八、同第一一号証の一ないし三八、同第一二号証の一ないし四、証人藤原友治の証言、原告本人尋問の結果及び当事者間に争いがない事実によれば、原告は、本件交通事故の結果受けた傷害の治療のため、石川整形外科医院、虎の門病院分院、相模原中央病院に次のとおり入通院し、昭和五三年三月七日までの間に治療費一五七万二九八三円を要し、その後更に昭和五八年二月九日までの間に四八万四〇七五円の治療費の支出を余儀なくされたことが認められる。

52・11・8―53・4・1 石川整形82日通院

52・12・14―53・4・4 虎の門5日通院

53・4・11―53・9・9 虎の門152日入院

53・11・1―54・6・1 虎の門10日通院

54・6・12―54・6・14 相模原3日入院

54・6・15―54・7・10 虎の門26日入院

54・7・23―54・8・24 虎の門4日通院

54・8・30―54・9・12 虎の門14日入院

54・9・26―57・7・9 虎の門14日通院

57・7・22―57・10・16 虎の門87日入院

57・11・6―58・2・9 虎の門12日通院

被告は、症状固定後の治療費は、治療費としては事故との因果関係に相当性を欠くやに言うが、確かに、成立に争いがない甲第三号証の一、二、原本の存在に争いがなく、証人藤原友治の証言によりその成立を認める甲第六号証、同第七号証によれば、昭和五三年八月五日には、右手尺骨、正中神経領域の知覚頓麻、右手指完全伸展不能の症状について、完全な回復は可能性が少ないとの判断、昭和五四年四月一九日には左音感難聴、左内耳平衡機能障害について機能回復の見込は無いとの判断が担当医によつてなされ、昭和五三年一一月八日ころには後遺障害等級の査定(九級一〇号)もなされたことが認められるが、他方、証人藤原友治の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告に頭痛、めまいなどとして残る症状は重篤であり、右の時期の後も失神転倒して骨折することもあつたことが認められるのであり、かような場合に、少なくとも保存的治療は必要性を否定し得ず、事故との因果関係に相当性を欠くとは言えない。

成立に争いがない甲第一三号証によれば、原告は、本件事故に遭う以前からうつ状態を訴えて虎の門病院にて加療を得ていたが、事故により症状は増悪し、その結果めまい、難聴の症状も現われて来たことが認められる。従つて、既応症の影響が無いとは言えないが、損害の算定にあたり、その寄与度を考慮しないことが公平でないと言い得る程に明瞭な関係を認めるに足る証拠はない。

2  通院費について

証人藤原友治の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は一人の歩行が危険な状態で、治療のため通院するのにタクシーを利用せざるを得ず、少なくとも一八万九四四〇円を要したことが認められる。

3  入院雑費について

原告が治療のため二八二日間の入院を余儀なくされた事は右1に認定したとおりであり入院一日当り少なくとも五〇〇円の雑費を要することは経験則上明らかであるから、原告は入院雑費として合計一四万一〇〇〇円を要したものと認める。

4  付添料について

入院に伴う通常の看護の範囲を超えて付添人を要したか否、その程度についてはこれを適確に定めるに足る証拠はないから認められない。

5  通信費について

交通事故に伴い当事者間に事後の権利関係の調整のために交渉が必要であることは明らかであるが通常要すべき範囲ではこれを各自の負担として、損害賠償を認めないのが相当である。本件において被告の応答が尋常でなく、そのため特別に通信費を要したと認めるに足る証拠はないし、親族との通信に要する金員はこれを雑費として別途考慮ずみであるから認められない。

6  休業損害について

原告の事故による受傷の程度、入通院の事実、症状固定についての医師の判断は先に述べたとおりであり、これによれば原告は事故から一七箇月目の昭和五四年四月六日までは少なくとも治療専念のため稼働し得なかつたものと認めるのが相当であり、原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認める甲第四号証によれば、原告は菊地税理事務所に昭和五二年七月二〇日から勤め始め、事故前三箇月間に月平均一二万一三六〇円の収入を得ていたことが認められるから、事故が無ければ、右の期間同程度の収入をあげ得たものと推定すべく、休業損害は二〇六万三一二〇円と計算される。

7  逸失利益について

原告の前記症状から推して、原告は、本件交通事故により、その稼働能力の三五パーセントを、控え目に見ても昭和六四年四月六日まで奪われたと考えるのが相当であり、前項記載の昭和五四年四月六日ころに右の症状は固定していたと認むべきである。

事故がなければ右の期間一箇月当少なくとも一二万一三六〇円の収入を得られたものと推定すべく、中間利息の控除を年五パーセントのライプニツツ式により行うと、次の算式により逸失利益は三九三万五八四三円と計算される。

121,360×0.35×12×7.7217=3,935,843

8  慰藉料について

入通院の期間、後遺症の内容等を考慮し、原告が本件交通事故により受けた精神的苦痛を慰藉するには少なくとも四五〇万円を要するものと認める。

9  弁護士費用

原告が訴訟の追行を弁護士に依頼したことは当裁判所に顕著であり、事案の性質上止むを得ないことであると認められるが、諸般の事情を考慮すると、八〇万円を以てこれに当てるのを相当な金額と認める。

以上によれば、原告の蒙つた総損害額は一三六八万六四六一円となる。

四  抗弁について

被告の免責の抗弁は既に判断したところから理由のないことは明らかであるが、原告にも重大な過失があり、損害の認定にはこれを斟酌すべく、前項の合計額から、過失相殺としてその三割五分を減ずるのが相当である。

請求原因4の事実は当事者間に争いがない。

五  結論

以上によれば、原告の請求は、二二八万三二一六円とこれに対する年五分の割合による遅延損害金の範囲内で認容すべきところ、右金額は、請求拡張前の請求額の範囲内であるからこれに対する本件事故の日の後の日である被告新日本運輸株式会社については昭和五四年六月六日から、被告貫井正については同年同月三日から各々支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条の各規定を、仮執行の宣言について同法第一九六条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三井哲夫 曽我大三郎 加藤美枝子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例