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横浜地方裁判所 昭和54年(行ウ)31号 判決 1983年6月29日

原告 北見正一

被告 石渡三郎 外四名

補助参加人 横浜市

主文

一  被告らは横浜市に対し、各自一万六〇〇〇円を支払え。

二  訴訟費用のうち、参加によつて生じた部分は補助参加人の負担とし、その余は被告らの連帯負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一、二項と同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の申立て)

1 原告の訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の申立て)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  原告は横浜市の住民である。被告らはいずれも同市の職員で、昭和五四年八月当時、被告石渡三郎(以下「被告石渡」という。)は同市総務局長、同石井保彦(以下「被告石井」という。)は同市財政局長、同蟹沢光三(以下「被告蟹沢」という。)は同市人事委員会事務局長、同井上三男(以下「被告井上」という。)は同市議会事務局長、同西脇巌(以下「被告西脇」という。)は同市水道局長の職にあつた。

二  被告らは、昭和五四年八月二一日、横浜市から特殊勤務手当として各自一万六〇〇〇円の支給(以下「本件支給」という。)を受けた。

三  しかしながら、被告らはいずれも「横浜市一般職職員の給与に関する条例」(昭和二六年三月三一日制定条例第一五号。以下「本件給与条例」という。)一二条一項所定の特殊な勤務に従事したことはないにもかかわらず、本件支給がされたものであり、本件支給はいわゆる給与条例主義に反する違法又は不当な支出である。

四  被告らは横浜市長(以下単に「市長」ということもある。)が本件支給を命じるに当たり職責によりこれを直接補助したが、その際本件支給が違法又は不当な支出であることを知り又は知り得べきであつたにもかかわらず、これを黙認看過して同市長をして本件支給を命ぜしめ、かつ自らこれを受領したのであるから、故意又は過失により同市に対し各自右支給額一万六〇〇〇円合計八万円の損害を与えたというべきである。したがつて、被告らは同市に対し各自右損害金一万六〇〇〇円を賠償すべき義務がある。

五  又は、被告らは違法な本件支給により法律上の原因なくして各自右支給額と同額の利益を得たのであるから、各自右不当利得にかかる一万六〇〇〇円を横浜市に返還すべき義務がある。

六  原告は、昭和五四年九月二一日付けで、横浜市監査委員に対し、本件支給について地方自治法二四二条一項に基づく監査請求をしたところ、同監査委員は、同年一一月一日付け文書により、原告に対し、右請求は理由がない旨の監査結果を通知したが、原告は右監査結果に不服がある。

七  よつて、原告は、被告ら各自に対し、横浜市に代位して損害賠償請求権又は不当利得返還請求権に基づき一万六〇〇〇円の支払を求める。

第三被告らの本案前の主張

原告は本件支給につき監査請求をしておらず、本訴は不適法である。

一  地方自治法二四二条の二に基づく住民訴訟は同法二四二条に基づく監査請求の対象とされた事項についてのみ提起できるのであつて、監査請求の対象とされない事項については、たとえ監査委員が行政上の配慮から独自の判断で監査をしても、これについて出訴することはできないと解すべきである。

二  これを本件についてみると、横浜市監査委員は原告の監査請求に対して本件支給についても監査を行つているが、原告の監査請求書である横浜市職員措置請求書(以下「本件措置請求書」という。)によると原告は「追加賞与」及び「勤務時間外手当」の支給について監査請求をしたのであつて、本件支給について監査請求をしていないことは明らかである。したがつて、本件支給に関する本訴は不適法である。

三  原告は、監査請求の対象が何であるかは請求書及び証明書類を総合して判断すべきであると主張するが、地方自治法二四二条一項に基づく監査請求は同法施行令一七二条によりその要旨を記載した文書によつてなすべきものとされているのであるから、請求者が監査請求の対象としているのは右請求書に記載された事項に限ると解すべきであり、右請求書に添付された証明書類にたまたま請求書に記載されていない事項が記載されていても右事項をも監査請求の対象とされていると解することはできない。

第四請求原因に対する認否

一  請求原因一、二の事実は認める。

二  同三の事実は否認し、法律上の主張は争う。

三  同四の主張は争う。原告は被告らが本件支給を受領した行為をも不法行為であると主張するが、仮に本件支給が違法であつたとしても直ちにこれを受領する行為が不法行為となるわけではないし、また、被告らは後記のとおり市長が本件支給を必要と認め、かつ、横浜市人事委員会がこれを承認しているので本件支給は適法であると確信していたのであつて、これが違法であることを知り又は知り得べき立場にはなかつたのであるから、右受領行為が不法行為であるということはできない。

四  同五の主張は争う。

五  同六のうち、横浜市監査委員が原告に対し、昭和五四年一一月一日付け文書により本件支給についての原告の監査請求が理由がない旨の監査結果を通知したことは認め、その余の事実は否認する。前記のとおり原告は本件支給について監査請求をしていない。

第五被告らの主張

一  本件支給の根拠法令等

本件給与条例一二条一項は、職員が同項各号所定の特殊な勤務に従事する場合には、特殊勤務手当を支給するものと規定し、同条三項は、同手当の種類並びに支給を受ける者の範囲、額及び支給方法を規則で定めるべきものと規定して、右各事項の決定を市長に委任し、市長は「特殊勤務手当支給規則制定権の委任に関する規則」により、更に右規則の制定を同市人事委員会に対し再委任した。これを受けて同市人事委員会は「一般職職員の特殊勤務手当に関する規則」(以下「特殊勤務手当規則」という。)を制定し、同規則二条で特殊勤務手当の種類を定めるとともに、同規則一〇条三項で「市長が特に必要と認めるものについては、そのつど人事委員会の承認を得て、特別業務手当を支給することができる。」と定めた。

二  管理職への特殊勤務手当の支給

1  近年横浜市においては人口急増に伴う行政需要の増大にもかかわらず、職員を増員することを極力抑制し、限られた少人数で行政需要に応じることとして職員配置を見直し、事務、事業の総点検運動を実施し、市政全般にわたる合理化、能率化を図つたために、課長以上の職にある管理職員(以下「本件管理職員」という。)の勤務は、通常の勤務時間を超え、早朝、夜間、深夜、休日にわたることが多くなり、しかもその業務は複雑多岐にわたり、かつ、専門化してその遂行はますます困難となり、その職責は重大化し、これを全うするための精神的緊張や心労は著しく過大なものとなつた。

被告らも本件管理職員の一員として右のような勤務に従事したが、その各人ごとの詳細は別紙特別業務内訳記載のとおりである。

2  そこで、市長は被告らを含む本件管理職員に対し特殊勤務手当を支給する必要があるものと認め、昭和五四年六月九日、給与条例一二条一項八号、特殊勤務手当規則一〇条三項に基づき、横浜市人事委員会に対し、右支給の承認を求め、同委員会は同年七月一八日、これを承認した。これにより横浜市は、同年八月二一日、被告らを含む本件管理職員に対し、一律一万六〇〇〇円の特殊勤務手当を支給(以下「本件一律支給」という。)した。

3  以上のとおりであり、1記載の被告らの従事した勤務について特殊勤務手当支給の必要があると認めた市長の認定には、何ら裁量権の範囲の逸脱、濫用はなく、右認定に基づく市長の横浜市人事委員会に対する特殊勤務手当承認申請、同人事委員会の承認、市長の支給命令は何ら違法はなく、本件支給が違法であるとする原告の主張は失当である。

第六被告らの本案前の主張に対する原告の反論

一  監査請求の対象が何であるかは、請求書及び証明書類を総合して判断すべきである。原告は、本件措置請求書において「横浜市が永年に亘り職員に対する給与について市会及び市民不知のうちに根拠なき支出をしていた」ことについて監査を求めており、これに添付された証明書類である昭和五四年八月三〇日付け朝日新聞にはいわゆる「ヤミ給与」として、昭和五四年八月二一日、課長クラス以上の管理職員には「変動特勤手当」(特殊勤務手当のことと解される。)、係長クラス以下の一般職員には「超過勤務手当」として一律一万六〇〇〇円が支給された旨記載されているのであるから、原告が監査を求めた「根拠なき支出」に被告らを含む本件管理職員に対する本件一律支給が含まれていることは明らかである。

二  被告らは、本件措置請求書によれば、原告が「追加賞与」及び「勤務時間外手当」の支給のみについて監査請求をし、本件支給について監査請求をしていないことが明らかであると主張するが、右措置請求書には、「勤務時間外手当支給」につき横浜市職員全員に一律に一万六〇〇〇円ずつ、追加賞与の支払と同日に支給されたものと説明されており、原告が付した「勤務時間外手当支給」という名称にもかかわらず、右支給に本件一律支給が含まれることは明白である。仮にそうでないとしても、原告が本件措置請求書において立証事項として掲記した事項は例示であつて、本件一律支給を除外する趣旨ではない。

第七被告らの主張に対する原告の認否及び反論

一1  被告らの主張一の事実は認める。

2  同二1の事実は否認する。横浜市の人口が急増したといえるのは昭和二一年から同二三年にかけてであり、その後はなだらかな増加をたどり、殊に本件支給がなされた同五四年前後は過去三〇数年中最低の増加率であつた。しかもその間同市の職員数は増加しているのであるから、本件管理職員の勤務が同年ころにおいて過去に比して特に厳しくなつたということは考えられない。

3  同二2、3の事実は不知。

被告らの主張する同人らの従事した業務は、横浜市が本件訴訟に当たつて調査した結果、はじめて判明したものであり、市長は本件支給当時被告らの従事した業務を把握していなかつたのであるから、右業務について本件支給が必要であると認めたということはありえない。

二  仮に、被告らがその主張する業務に従事したとしても、これについて特殊勤務手当規則一〇条三項に基づき特殊勤務手当の支給が必要であると認めた市長の認定は、以下のとおり付与された裁量権を濫用した違法があり、右認定に基づく市長の横浜市人事委員会に対する特殊勤務手当承認申請、同人事委員会の承認、市長の支給命令はいずれも違法である。

1  横浜市は、昭和五二年、同市職員団体からの期末手当増額の強い要望に応じて、同年六月以降に支給する期末手当につき、「横浜市職員に対する期末手当に関する条例」に基づく加給のほか更に全職員に対し各一万六〇〇〇円の追加支給をすることを意図したが、既に国の期末手当支給基準を〇・一五パーセント超過しており、高額な期末手当の支給に対する社会的非難を考慮して、係長以下の職にある職員に対しては超過勤務手当の名目で、条例上超過勤務手当が支給できない本件管理職員に対しては特殊勤務手当の名目で、いずれもこれを支給することとした。そこで、市長は昭和五二年から同五四年まで三回にわたり被告らを含む本件管理職員全員に対し特殊勤務手当を支給する必要があると認め、横浜市人事委員会の承認を得てこれを支給したものである(本件支給はこの一環としてなされたものである。)。したがつて、市長の本件支給の必要性の認定は脱法的期末手当の追加支給を目的とするものであり、裁量権を濫用したものというべきである。

2  本件支給にかかる特殊勤務手当が実質的には期末手当の追加分であることは、次の事実からも明らかである。すなわち、特殊勤務手当は対象業務に従事した実績に応じて一の給与期間の分を次の給与期間における俸給の支給定日に支給する(人事院規則九―七第一一条一項参照)ものであるところ、横浜市においては本件一律支給を含めて毎年一回、勤務の実績を調査することなく(横浜市には、国においてはその作成保管が義務付けられている特殊勤務実績簿及び特殊勤務手当整理簿(人事院規則九―三〇第三四条)の有無すら不明である。また、被告らは別紙特別業務内訳記載のとおりの勤務の実績があると主張するが、前記のとおりこれは、横浜市が本件訴訟に当たつて調査した結果、はじめて判明したものであり、本件支給の際は全く不明であつた。)、本件管理職員全員に対しその在職期間に応じて特殊勤務手当を一律に支給しており、その支給の方法、額等において特殊勤務手当の本来の趣旨に全くそぐわないものである。しかも、右在職期間の区分及びその区分に応じた支給額の比率は期末手当条例二条に規定する三月一日又は六月一日が基準日である期末手当の支給の場合と全く同一であり、右によれば本件支給にかかる特殊勤務手当が期末手当の追加分であることは容易に推認できる。

三  次に、被告らが主張する同人らが従事した業務は、以下のとおり特殊勤務手当の対象とすることができないものであるから、本件支給は違法である。

1  勤務の特殊性のけん欠

(一) 国家公務員についての「一般職の職員の給与に関する法律」(以下「給与法」という。)や本件給与条例にかんがみれば、同条例一二条の特殊勤務手当について考慮されるべき勤務の特殊性は、第一に著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他著しく特殊な勤務であるもの、第二に給与上特別の考慮を必要とするもの、第三にその特殊性を給料(その調整額を含む。)で考慮することが適当でないと認められるものであることを要する。第三の要件についてみるに、給料は、その職務の複雑、困難及び責任の度に基づき、かつ、勤労の強度、勤務時間、勤労環境その他の勤務条件を考慮したもの(給与法四条参照)、給料の調整額は、右勤労条件が同じ職務の等級に属する他の官職に比して著しく特殊な官職につきその特殊性を考慮したもの(同法一〇条参照)であるからその勤務の特殊性は給料(ただし、その調整額も含む。以下同じ。)で考慮するのが原則であり、特殊勤務手当はその勤務の特殊性が給料で考慮されない場合に限り支給されるものである。被告らは前記のとおり管理職の最上級である局長職にあるところ、被告ら主張の同人らが従事した業務は、歴代の局長も携わつてきたもので、右職務に固有のものであるから、その特殊性はその給料において考慮されるべきものであり、これについて特殊勤務手当を支給することはできないというべきである。

(二) 本件支給は特殊勤務手当規則一〇条三項に基づきなされたものであるが、同項所定の特殊勤務手当の対象となる業務は「非常災害の場合」その他これに準ずる予想し得ない事態における業務に限られるべきものであるところ、本件においては被告ら主張の同人らが従事した業務が右のような事態において遂行されたものでないことは明らかであるから、右業務は同項所定の特殊勤務手当の対象となり得ないものである。

2  管理職手当との重複

被告らは給料の一〇〇分の二〇に相当する額の管理職手当の支給を受けているところ、被告ら主張の同人らが従事した業務は管理職に固有のものであり、既に管理職手当において考慮されているものであるから、これについて特殊勤務手当を支給することはできない。被告らは右業務が正規の勤務時間外すなわち早朝、夜間、深夜、休日にわたつてなされたことを強調するが、本件給与条例一八条の二第四項の管理職手当を支給される者に対して超過勤務手当(深夜勤務割増手当も含む。)、休日給、夜勤手当を支給しない趣旨に照らせば、被告らが正規の勤務時間外に勤務をしたからといつてこれについて特殊勤務手当の支給等の給与上の措置を採ることはできない。

四  更に付言すれば、横浜市は本件監査請求の後の昭和五五年においては超過勤務手当、特殊勤務手当名目の全職員に対する一律一万六〇〇〇円の支給をやめており、このことはそれまでの右支給の違法性を同市自ら認めたものと解される。

第八原告の主張(第七、二、3)に対する被告らの反論

労働基準法四一条二号所定の「監督若しくは管理の地位にある者」であつても同法三七条の深夜割増賃金の規定は適用されるのであるから、本件給与条例一八条の二第四項を同項所定の管理職に対し深夜勤務割増手当を一切支給しない趣旨であると解するのは相当ではない。してみれば、管理職手当は深夜勤務の特殊性が考慮されているとはいえず、深夜勤務について特殊勤務手当の支給等の給与上の措置を採ることは、管理職手当に重複するということはできない。

第九証拠<省略>

理由

一  本案前の主張について

1  原告が横浜市の住民であること及び横浜市監査委員が原告に対し昭和五四年一一月一日付け文書により本件支給についての原告の監査請求が理由がない旨の監査結果を通知したことは、当事者間に争いがない。

2  被告らは、横浜市監査委員が昭和五四年一一月一日付け文書によりした監査結果の通知のうち、本件支給にかかるものは、原告の請求がないにもかかわらずなされたものであるから、原告は本件支給について監査請求をしたとはいえず、よつて、本訴は地方自治法二四二条の二による住民訴訟の要件を欠いた不適法なものであると主張する。そこで、原告が本件支給について監査請求をしたか否かを検討する。

いずれも成立に争いのない甲第一、第二、第八、第九、第一四号証及び原告本人尋問の結果によれば、昭和五四年八月二六日付け朝日新聞は、数年来の慣行に従い横浜市が同年六月期末手当の上積みとして同年七月二一日と同年八月二一日の二回に分けて行つた給料〇・一五か月分の追加支給について議会の審議を経ない不明朗な支給方法であると報じ、更に同月三〇日付け同新聞は、横浜市が同月二一日に行つた本件管理職員に対しては「変動特勤手当」(記事中の表現であり、特殊勤務手当を指すものである。)、その他の一般職員に対しては超過勤務手当という名目による一律一万六〇〇〇円の支給について「ヤミ給与」であると報じたこと、そこで、原告は、同年九月二一日、横浜市監査委員に対し、本件措置請求書を提出したが、同請求書には、請求の趣旨として「横浜市が永年に亘り、職員に対する給与について、市会及び市民不知のうちに根拠なき支出をしていた。これは自治体の本質、公正の基礎をゆるがすものであつて、市民として到底看過することが出来ない。貴委員会に於て厳重御監査の上、その適法、違法性を明らかにして、根拠なき支出については、当然これを遡及して回復され、市財政の損害を補填されることを請求する。」、立証事項として「1秘匿せる追加賞与 昭和五三年六月期分より、昭和五四年六月期分迄総額約一八億八〇〇〇万円 2自治省の給与に関する通達書八月三一日付 3勤務時間外手当支給市は職員の勤務状態について、出勤時間については、これを詮議せず、退庁時を過ぎて在庁せる僅少の残務時間を集合したというが、その具体的根拠を明らかにせず、しかも奇怪にも全く残業をしていない者も含めて、全員に画一、平等に一人当たり一万六〇〇〇円宛追加賞与と同日に支給している。本年度約三億三〇〇〇万円、五二年度よりの総額約九億九〇〇〇万円」と記載され、また、右請求書には証明資料が添付されているが、そのうちには前記昭和五四年八月二六日付け、三〇日付け朝日新聞が含まれていること、横浜市監査委員は、右請求書及び添付の証明資料に基づき、昭和五四年一〇月五日、原告の陳述、関係当局から徴した資料の調査及び関係局長等からの事情聴取等を行い、昭和五三年冬期、昭和五四年夏期の期末手当の加給分の支給並びに同年八月二一日の超過勤務手当の支給及び本件一律支給を監査事項としてこれにつき監査を行つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実によれば、原告は、本件措置請求書に立証事項として追加賞与及び勤務時間外手当の支給を記載しているものの、前記昭和五四年八月三〇日付け朝日新聞が報じた変動特勤手当の支給(すなわち本件一律支給)を記載していないので、前二者の支給についてのみ監査請求をしたと解されないではない。しかしながら、前記認定のとおり、本件一律支給を報じた新聞でさえ右支給を変動特勤手当の支給と報じ、また、右報道の趣旨自体、管理職員については変動特勤手当、一般職員については超過勤務手当という名目を異にするとはいえ、その実質は横浜市職員に対し一律一万六〇〇〇円の支給が隠密裡にされたことを指弾するものであるから、まして文具商を営む者であつて、格別横浜市の給与制度に通暁しているとは解し難い原告(原告が文具商であることは、原告本人尋問の結果により認められる。)のした監査請求の対象を検討するに当たつては、本件措置請求書全体を通覧してその意図するところが奈辺にあるかを考究すべきであつて、右立証事項の文言に拘泥するのは相当ではなく、してみると、同請求書記載の前記請求の趣旨、同請求書添付の前記新聞等を総合すると、本件一律支給も監査請求の対象にされたものと認めるのが相当であり(なお、前記認定によれば、前記立証事項自体、その「3 勤務時間外手当支給」の項には、横浜市が職員全員に対し画一、平等に一人当たり一万六〇〇〇円ずつ支給したとの記載があり、右「勤務時間外手当支給」が一般職員に対する超過勤務手当の支給のみならず、管理職員に対する特殊勤務手当の支給をも含む趣旨と解する余地があるのである。)、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。しかして、前記認定のとおり横浜市監査委員は本件一律請求をも監査の対象としたが、このことはまさに右判示を裏付けるものということができる。

したがつて、原告の本訴請求は監査請求を経た適法なものであり、被告らの前記本案前の主張は失当であつて採用することができない。

二  請求原因一、二の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

三  そこで、本件支給の適否について判断する。

1  本件支給の根拠法令について

本件給与条例(甲第三号証参照。以下同じ。)一二条一項は、「職員が次に掲げる特殊な勤務に従事する場合には、特殊勤務手当を支給する。」として、一号ないし八号にわたる特殊な勤務を規定し、同条三項は、「第一項の手当の種類並びに支給を受ける者の範囲、額及びその支給方法について必要な事項は、規則で定める。」と規定し、これを受けて、「特殊勤務手当支給規則制定権の委任に関する規則」(乙第一号証参照)は、本件給与条例一二条三項に基づく規則の制定権は、横浜市人事委員会に委任すると規定し、これを受けて、更に、特殊勤務手当規則(乙第二号証参照。以下同じ。)は、特殊勤務手当の種類(二条)並びに支給を受ける者の範囲、額及びその支給方法(三条ないし一一条)について定め、同規則一〇条三項は、同条一、二項に定めるもののほか、「非常災害の場合その他市長が特に必要と認めるものについては、そのつど人事委員会の承認を得て、特別業務手当を支給することができる。」と規定する。

2  本件支給の経緯について

前掲甲第二、第八、第九、第一四号証、いずれも成立に争いのない丙第一、第二号証及び証人杉本匡(第一、第二回)、同勝俣幹郎の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  横浜市は、昭和五四年八月二一日、一般職員の超過勤務が一日当たり三〇分に満たないため、超過勤務命令簿に記載されずに切り捨てている手当が一か月間に平均一時間四〇分あり、これを年間にすると約二〇時間程度に達しており、この未払分の一部を清算するため、本来なら個々に算定すべきところを、一般職員の平均時間給一三九〇円をもとに、毎月一時間弱、年間一一・六時間の超過勤務をしたとして一万六〇〇〇円を算出して、一般職員全員に対し右額の超過勤務手当を一律支給した。

(二)  前記のとおり、一般職員に対して一律一万六〇〇〇円の超過勤務手当を支給することに伴い、横浜市長は、本件管理職員についても、近年行政需要の増大に伴い、時間外勤務をしているにもかかわらず、管理職手当が他市に比して低額であることを理由に、本件管理職員の従事した業務につき、特殊勤務手当規則一〇条三項の特別業務手当の支給が必要であると認めて、昭和五四年六月二九日、横浜市人事委員会に対し右支給の承認を申請し、右申請書において、支給対象を、昭和五四年六月一日及び同年八月二一日に在職する職員のうち、本件管理職員及び大学、高校等の教員とし、支給額を、右職員の在職期間に応じ在職三か月以上の者につき、一万六〇〇〇円、同二か月一五日以上三か月未満の者につき、一万二八〇〇円、同二か月以上二か月一五日未満の者につき、一万一二〇〇円、同一か月一五日以上二か月未満の者につき、九六〇〇円、同一か月以上一か月一五日未満の者につき、八〇〇〇円、同一五日以上一か月未満の者につき、六四〇〇〇円、同一五日未満の者につき、四八〇〇円の額とし、支給理由を、本件管理職員にあつては、今日の行政需要の増大に伴い、その事務は複雑多岐にわたり、かつ、専門化の傾向にあるため、この事務の迅速な処理を行うには、正規の勤務時間以外にも勤務しなければならない実情にあると上申した。しかして、右支給承認申請事務を担当した横浜市総務局人事部労務課長杉本匡は、右申請書の補足説明として、同市人事委員会職員課長勝俣幹郎に対し、本件管理職員の勤務内容につき、全部局的には、人口急増により行政需要が増大したうえに、職員定数の見直し業務、事務事業の総点検運動の業務、昭和五三年四月の市長交替による予算の組替業務、公共事業の促進(上半期における七割の事業執行)にかかる業務、区民の集いの設営にかかる業務が重なり、また、特定の部局をみると、例えば、教育委員会においては、市立帷子小学校の統合問題にかかる業務、道路局においては、「横浜ベイブリツジ」の建設にかかる業務がそれぞれ加わり、正規の勤務時間外特に深夜においても勤務しなければならず、しかもその勤務の困難性が増している旨説明した。しかしながら、横浜市長は、右支給承認申請に際し、本件管理職員各自につき、特殊勤務手当支給の対象となるその従事した勤務の内容、実績を調査しなかつたのでこれを把握しておらず、結局横浜市人事委員会に対する説明は、右の程度に止まり、支給を受けることとなる職員各自の従事した勤務の内容、実績については明らかにされなかつた。

しかして、横浜市人事委員会は、同年七月一八日、右支給を承認し、横浜市は、同年八月二一日、本件管理職員に対し、本件支給を含む本件一律支給を行つた。

(三)  なお、横浜市は、昭和五四年にした右の本件一律支給と同規模、同額、同名目の支給を既に昭和五二年、五三年にも実施していたが、本件管理職員に対する特殊勤務手当の支給は昭和五四年をもつて打ち切りとなり、以後支給されていない。

3  右認定事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、横浜市長は、本件支給の必要性の認定に際し、被告らの従事した勤務がしばしば正規の勤務時間外、特に深夜に及んだこと、すなわち、深夜に及ぶ超過勤務を業務の特殊性として重視し、横浜市人事委員会も右市長の認定を是認して本件支給を承認したものと認められる。そして、「横浜市一般職職員の管理職手当に関する規則」(乙第四号証参照。以下同じ。以下「管理職手当規則」という。)及び証人杉本匡の証言(第一回)によれば、被告らはいずれも局長職にある者として給料月額の一〇〇分の二〇の支給割合の管理職手当の支給を受けていることが認められる。

そこで、被告らに対し、管理職手当のほかに、深夜に及ぶ超過勤務を理由として特殊勤務手当を支給することができるか否かについて検討する。横浜市における管理職手当とは、本件給与条例一八条の二第一項によれば、「管理または監督の地位にある職員に対しては、その職の特殊性に基き」支給されるところ、右手当の趣旨は、職務内容の特殊性(部下職員を指揮監督することにより担当業務の運営、管理を行う等の職務に困難性及び高度の責任が伴うこと)及び勤務形態の特殊性(しばしば正規の勤務時間外に勤務することがあり、その実績を時間で計測することが不適当であること)に着目して支給される手当であると解されること、横浜市においては、管理職手当を支給される者は、管理職手当規則四条所定の者を除き、超過勤務手当(深夜勤務割増手当を含む。)、休日給、夜勤手当を一切支給されない(本件給与条例一八条の二第四項)こと並びに被告らは局長職にある者として当然管理職手当のほかは右の諸手当を支給されないことを併せ考えると、被告らが仮に正規の勤務時間外において勤務したとしても、その勤務に対する手当は管理職手当ですべて考慮されていると解すべきであり、被告らの従事する勤務が正規の勤務時間外、たとえそれが深夜に及ぶものであつても、それにつき特殊勤務手当を支給することは管理職手当と重複する結果となり、許されないと解するのが相当である。

被告らは本件給与条例一八条の二を管理職手当を支給される者には深夜の割増賃金を一切支給することができないと解することは相当ではなく、管理職手当と特殊勤務手当は重複しないと主張するが、本件給与条例一八条の二第四項は、管理職手当を支給される者に対しても、超過勤務手当(午後一〇時から翌日の午前五時までの深夜勤務割増手当を含む。)、休日給及び夜勤手当を支給することを許すところ、管理職手当規則四条によれば、右の者は、同規則別表第二記載の者に限られているのであつて、管理職とはいえその支給される管理職手当の支給割合は給料月額の一〇〇分の八と低いのに対し、被告らの管理職手当の支給割合は前記のとおり一〇〇分の二〇と格段に高いことからすると、被告らに対する管理職手当は深夜勤務割増手当に相当する額をも含むものと解するのが相当である。

以上のとおりであつて、特殊勤務手当規則一〇条三項は、同項所定の特殊勤務手当(特別業務手当)の支給の必要性の認定に市長の裁量権を認めているけれども、管理職手当と特殊勤務手当の併給を是認する結果となる前記市長の支給の必要性の認定は裁量権の行使に重大な過誤があり、違法であるといわなければならない。

4  また、本件支給を手続的にみても、本件給与条例一二条、特殊勤務手当規則の規定の趣旨に照らせば、特殊勤務手当は個々の職員の具体的な勤務の実績に対応して支給されるものと解すべきであるから、これを支給するについては、その従事した勤務の実績を個別に的確に把握することが、手続上不可欠の条件であるといわなければならないところ、前記2(二)で認定判示したとおり、横浜市長は本件一律支給承認申請に際し、被告らを含む本件管理職員各自につき、本件一律支給の対象となるその従事した勤務の実績を何ら調査把握することなく支給の必要性があるものと認定し、また、横浜市人事委員会も支給を受ける個々の本件管理職員の勤務実績を問い質して確認することなく承認を与えたものであるから、市長の右認定及び横浜市人事委員会の右承認には手続上重大な瑕疵があり、無効であるといわなければならない。被告らは、同人らが従事した特別業務の内訳を具体的詳細に主張し、乙第五号証中には右主張に沿う記載部分があるが、証人杉本匡の証言(第一回)によれば右業務の詳細は本訴提起後の調査により把握されたものであつて、もとより横浜市長の前記認定及び横浜市人事委員会の前記承認の際には何ら明らかにされていなかつたことが認められるから、右主張は前記支給手続上の瑕疵の認定をいささかも左右するものではなく、失当であるといわなければならない。

四  してみると、本件支給は無効な横浜市長の前記認定及び横浜市人事委員会の前記承認に基づく違法なものであるから、法律上根拠のないものというほかはなく、したがつて、被告らは各自横浜市の損失により不当に取得した利得額一万六〇〇〇円を横浜市に対し返還すべき義務があるというべきである。

五  よつて、その余について判断するまでもなく、原告が選択的に求める損害賠償請求、不当利得返還請求のうち、後者の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条民事訴訟法八九条、九三条、九四条を各適用し、仮執行宣言の申立てについてはその必要がないものと認め、これを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川正澄 吉戒修一 太田和夫)

別紙特別業務内訳<省略>

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