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横浜地方裁判所 昭和54年(行ウ)34号 判決 1981年9月17日

横浜市鶴見区馬場町三丁目二四番八号

原告

金井良蔵

右訴訟代理人弁護士

村山幸男

朝野哲朗

横浜市鶴見区鶴見町一〇七一番地

被告

鶴見税務署長

横田種雄

右指定代理人

布村重成

吉岡榮三郎

水庫信雄

中村正俊

白藤茂

佐藤孝一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告の昭和四七年分贈与税について昭和四八年九月一四日付でなした決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分(ただし、いずれも昭和五一年三月一〇日付裁決により一部取消された後のもの)を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、昭和四七年分贈与税について申告をしなかったところ、被告は、昭和四八年九月一四日付で、原告の昭和四七年分贈与税につき課税価格を九五一万四七三二円、贈与税額を四〇一万七七〇〇円とする決定処分及び無申告加算税額を四〇万一七〇〇円とする賦課決定処分(以下両処分をあわせて「原決定処分」という。)をし、原告はそのころ右処分の通知を受けた。

(二)  原告は、被告の原決定処分について昭和四八年一一月一三日被告に対し異議申立てをしたところ、被告は、同年一二月二六日付で、課税価格を八五六万三二五八円、贈与税額を三四九万四六〇〇円、無申告加算税額を三四万九四〇〇円とする異議決定をし、右決定書謄本は、そのころ原告に送達された。

(三)  原告は、右異議決定を経た後の原決定処分を不服として、昭和四九年一月二四日国税不服審判所長に対し審査請求をした。

国税不服審判所長は、昭和五一年三月一〇日付で、課税価格を七八二万六〇〇〇円、贈与税額を三〇八万九三〇〇円、無申告加算税額を三〇万八九〇〇円とする審査裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

2  しかしながら、本件裁決を経た後の原決定処分(以下「本件決定処分」という。)は、課税価格が基礎控除額以下で、原告の昭和四七年分贈与税は零であるのに課税価格を過大に認定した違法があるとともに、後記五4のとおり信義誠実の原則に反した違法がある。

よって、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件課税処分の適法性

(一) 原告は、原告の兄訴外金井孝蔵から昭和四七年一一月二七日に別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を代金一五〇万円で買い受けた。

(二) 被告は、相続税法第七条の規定に基づき、原告が右買入代金と本件土地の時価(金九五三万五三六三円)との差額に相当する金額(金八〇三万五〇〇〇円)を、孝蔵より贈与を受けたものと認定したものである。従って、本件課税処分の課税価格(本件裁決後の金額金七八二万六〇〇〇円)は右差額相当の金額の範囲内にあるから、本件課税処分は適法である。

2  課税処分の根拠

(一) 本件土地の時価について

(1) 被告は、本件土地の時価を「相続税財産評価に関する基本通達」(国税庁長官発昭和三九年六月二〇日付直資五六直審(資)一七、以下「評価基本通達」という。)及び国税庁長官の通達によって東京国税局長が定めた「昭和四七年分相続税財産評価基準」(以下「評価基準」という。)によって評価した。

(2) 本件土地の課税時期の現況は、路線価が設定された二方向の道路に面する角地に位置し、傾斜地(地目は山林)である。このような土地の場合、評価基本通達によれば市街地山林として、次のような宅地比準方式で評価することになっている。すなわち、「市街地山林の価額は、その山林が宅地であるとした場合の三・三平方メートル当りの価額から、その山林を宅地に転用する場合において通常必要と認められる三・三平方メートル当りの造成費に相当する金額として、整地、土盛りまたは土止めに要する費用の額がおおむね同一と認められる地域ごとに国税局長の定める金額を控除した金額に、その山林の地積を乗じて計算した金額によって評価する。」のである。

(二) 本件土地の時価の評価計算

(1) 右方法により次のように評価計算した結果、本件土地の時価は金九五三万五三六三円である。すなわち、次の(2)から(3)を控除した残額に(4)の地積五八〇・四五四平方メートル(一七五・五八坪)を乗じた価額に(5)を乗じて計算した。

算式

((2)-(3))×(4)×(5)=時価

(7万3,150円-1万2,808円)×175.58×0.9=953万5,363円

(2) 本件土地が宅地であるとした場合の三・三平方メートル当りの価額

((イ)×(ロ))+((ハ)×(ニ)×(ホ))=7万3,150円

(イ) 正面路線価 金七万円

(ロ) 右路線からの奥行距離約二七・五メートルに対応する奥行価格逓減率

〇・九八

(ハ) 側方路線価 金六万五〇〇〇円

(ニ) 右路線からの奥行距離約二一・八メートルに対応する奥行価格逓減率

一・〇〇

(ホ) 側方路線影響加算率

〇・〇七

(3) 本件土地を宅地に転用する場合において通常必要と認められる三・三平方メートル当りの造成費に相当する金額として東京国税局長が定めた評価基準による金額

((イ)+(ロ))÷175.58坪=1万2,808円

(イ) 切土費 金三七万八〇〇〇円

本件土地の切土量は八四〇立方メートルとした。

一立方メートル当りの切土費は評価基準による一立方メートル当りの土盛費(伐採・伐根を必要とする場合)の額と同額の金四五〇円とした。

従って、切土費は金四五〇円に八四〇立方メートルを乗じて計算した金三七万八〇〇〇円である。

(ロ) 土止費 金一八七万九〇七円

本件土地は、正面路線に接する面を除く三方に最高五・五メートルの土止を必要とすると認められるので、土止費は評価基準により金七〇〇〇円に擁壁面積二六七・二七二五平方メートルを乗じて計算した金一八七万九〇七円である。

なお、擁壁面積は次のとおり算出した。

<省略>

(4) 本件土地の地積について

本件土地の地積は、原告が被告に提出した求積測量図写しによって五八〇・四五四平方メートル(一七五・五八坪)とした。

(5) 本件土地の個別的特殊事情による調整

本件土地の個別的特殊事情を総合勘案して(2)から(4)までの評価による評価額から一〇〇分の一〇を控除して本件土地の時価とした。

1-0.1=0.9

3  予備的主張

本件土地の時価については、前記の評価基本通達に基づくべきであるが、予備的に、売買実例価額を基に課税根拠を主張すれば、次のとおりである。

(一) 売買実例価額について

(1) 原告外一名は、本件土地の東側に隣接する横浜市鶴見区東寺尾二丁目三六番畑一一一七平方メートルの内一六五・二八平方メートル(五〇坪)の土地を昭和四九年九月六日の売買取引で三・三平方メートル単価金三五万円、総額金一七五〇万円で買い入れた。

(2) 右土地は、本件土地と隣接していることから、地勢、周囲環境がまさしく同一であると認められるので、右土地の売買実例価額を次に述べるように時点修正のうえ、本件土地の時価の評価上の売買実例価額として引用する。

(3) 訴外財団法人日本不動産研究所の発表した地域別六大都市市街地推移指数表によれば、昭和三〇年三月の住宅地価格を一〇〇として昭和四七年九月及び昭和四九年九月の指数は、それぞれ二八一一及び四一八一であるので、昭和四九年九月を一〇〇とすれば、昭和四七年九月は六七(小数点以下切捨て)となることから、右土地の昭和四七年九月の三・三平方メートルの価額は金二三万四五〇〇円(三五万円×〇・六七)となる。

(二) 本件土地の時価について

(1) 右売買実例価額三・三平方メートル金二三万四五〇〇円は、畑としての素地の価額であるから、本件土地の素地の価額とする。従って、本件土地の価額は、金四一一七万三五一〇円となる。

計算式

A×B=4,117万3,510円

A 三・三平方メートル当りの価額 金二三万四五〇〇円

B 本件土地の地積 一七五・五八坪

(五八〇・四五四平方メートル)

(2) 仮に、右売買実例価額が宅地としての取引例であったとしても、評価基本通達に定められている市街地山林の評価方法によれば本件土地の価額は金三五〇〇万三五一〇円となる。

計算式

A×B-C=3,500万3,510円

A 本件土地が宅地であるとした場合の三・三平方メートル当りの価額 金二三万四五〇〇円

B 本件土地の地積 一七五・五八坪

(五八〇・四五四平方メートル)

C 本件土地を宅地に転用する場合において必要と認められる造成費として原告が昭和四八年見積額で主張する金六一七万円

(三) 従って、本件土地の時価を評価するに、売買実例価額に基づき評価すれば、前記の評価基本通達等に基づき評価した被告主張額金九五三万五三六三円を上廻るものであることは明らかであるから、本件処分に違法はない。

4  無申告加算税賦課決定処分の適法性

原告は、昭和四七年分の贈与税の法定申告期限である昭和四八年三月一五日(相続税法第二八条)までに本件贈与税の申告を被告に対し提出すべきところ、これをせず、また、贈与税決定処分があるまでは右申告書を被告に提出することができる(国税通則法第一八条)にもかかわらずこれをしなかった。従って、被告は、同法第二五条の規定により原告に対し本件贈与税の決定処分をしたものであり、期限内申告書(同法第一七条)の提出がなかったことについて原告に正当な理由があると認められないので、同法第六六条第一項第一号の規定に基づきなした本件無申告加算税賦課決定処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1(一)の事実は認める。

同1(二)の主張は争う。

2  同2(一)の事実は認め、被告主張の土地の評価方法は争わない。

同2(二)(1)、(3)及び(5)の事実は争う。

同2(二)(2)及び(4)の事実は認める。

3  同3(一)(1)の事実は認め(2)(3)は争う。

同3(二)及び(三)は争う。

4  同4の主張は争う。

五  原告の反論

1  賃借権の存在

(一) 原告の父安雄は、昭和二七年ころ本件土地を所有者訴外斎藤仙蔵から賃借し、造園業の植樹園として使用してきた。

(二) 仙蔵は、昭和三〇年一月三一日死亡し、訴外斎藤トク、同梅沢キヨ、同東八谷スズ、同斎藤国雄及び同斎藤末一が本件土地所有権を相続し、右相続人らは、同年一〇月二四日孝蔵に本件土地を贈与した。

(三) 原告は、昭和四三年父安雄から造園業を引継ぎ、引続き植樹園として使用すべく、同人から本件土地賃借権を譲受けた。

(四) 賃貸人たる兄孝蔵は、長男でありながら両親の扶養を弟である原告に一切委ねていたため、扶養料を原告と二分の一宛分担し、原告は孝蔵に対し扶養分担請求債権を有し、扶養料は昭和四三年当時一か月金二万円、本件土地売買契約のなされた昭和四七年当時一か月金四万円であり、その半額が原告の孝蔵に対する債権であるところ、原告と孝蔵は、本件土地の賃料を右扶養料分担請求債権と同額として、相殺することにした。

(五) 従って、現実には賃料としての金員の授受はなかったが、原告は、孝蔵に対し、本件土地の賃借権を有していたのであり、昭和四七年一一月二七日の本件土地売買では、右土地の底地権を買ったことになるのである。

2  使用借権の存在

(一) 仮に、右賃借権が認められないとすれば、原告と孝蔵との間に本件土地につき、貸主を孝蔵、借主を原告、使用目的を植樹園等造園業のため、使用期間を原告が右造園業を廃業するまでとする使用貸借契約が存在した。

(二) 土地の時価とは、当該土地について使用貸借関係が存在する場合はこれを前提とした客観的価値を指すものであり、本件土地の時価算定において、原告が使用貸借に基づく使用権を有していたことによる減価修正を行うべきであり、右使用権価格は三割を下らない。

3  本件土地の時価

(一) 本件土地は、南西端から南東端にかけて約六メートルの高低差があるため、これを宅地化するには、三側面にそれぞれ高さ二ないし八メートルの擁壁を造るなどの諸工事が必要であり、右諸工事の結果「のり」の部分八二平方メートルが生じ、これを宅地として使用できなくなる。

従って、宅地造成した場合の宅地として使用できる面積は全体の五八〇平方メートルから右「のり」の部分八二平方メートルを減じた四九八平方メートルであり、時価算出に当りこの面積に単価を乗ずべきである。

(二) 宅地造成費については、本件土地の宅地造成には一六〇〇立方メートルの排土及び三側面にそれぞれ高さ二ないし八メートルの擁壁を造る等の諸工事が必要であり、また、南側道路に面する部分は、地盤が軟弱で道路にも亀裂が生じ、その補修、補強も必要であって、昭和四八年一〇月ころ原告が本件土地につき宅地造成費用を業者に見積らせたところ、総額で、訴外神島建設株式会社は金六三〇万円、訴外葵鉄建株式会社は金六一七万円の見積をなした。

従って、最低に見積っても本件土地の宅地造成費は金六一七万円となる。

(三) 本件土地の時価は、被告主張のとおり宅地として三・三平方メートル当りの価格を金七万三一五〇円とし、賃借権割合を六五パーセントとして計算すると、左記のとおり金一七〇万四一四九円となる。

計算式

{(580平方メートル-82平方メートル)÷3.3平方メートル×7万3,150円-617万円}×(1-0.65)=170万4,149円

4  禁反言の法理、信義誠実の原則違反

(一) 原告は、本件土地売買契約締結に先立ち、契約当事者が兄弟であり、本件土地売買により贈与税が賦課されることを危惧し、税務相談のため昭和四七年一〇月下旬ころ訴外林叔郎を伴い、鶴見税務署を訪問した。

(二) そこで、原告は、同署資産税係の山内某に対して本件事実を摘示し、「本件土地を売買する場合、売買価格をどの程度にしたならば贈与税賦課の心配がないか」尋ねたところ、山内は、「金一五〇万円以上の売買価格であれば贈与税は賦課されない」旨教示した。原告は、右職員の回答を信頼し、安心して金一五〇万円で売買契約を締結したのであり、贈与税の申告をしなければならないとは全く考えていなかった。

(三) 原告が金一五〇万円で売買契約を締結したのは、右山内某の指導に基づくものであり、仮に、金一五〇万円では贈与税が賦課されるのでより高額でなければならない旨の指示があれば、原告は右売買代金の決定について充分考慮した筈である。

(四) 一度税務職員が、贈与税の課税は問題とならない旨説明指導した後、贈与税を賦課してくること自体、国民の税務署に対する信頼を裏切る極めて背信的措置であり、被告の贈与税賦課行為は、禁反言の法理ないし信義誠実の原則に反する違法な処分である。

(五) 仮に、右処分が直ちに違法といえないとしても、右経緯により原告は贈与税の申告をしなかったものであって、申告しなかったことにつき正当な理由があり、少なくとも原告に対し無申告加算税を賦課したことは違法である。

六  原告の反論に対する被告の認否

1(一)  原告の反論1(一)の事実は否認する。

本件土地は、原告の母キクが父安雄と婚姻した際、キクの生家である斎藤家から財産分けとして贈与を受けたもので、登記名義を土地区画整理の関係から仙蔵名義に残しておいたにすぎなかったのであるから、このような状況の下で本件土地を安雄が仙蔵から賃借していたとは見られず、その利用関係は使用貸借にすぎないものといえる。

(二)  同1(二)の事実は認める。

(三)  同1(三)の事実のうち、賃借権の譲受は否認する。

なお、本件土地の贈与を受けた昭和三〇年当時孝蔵は中学生であり、安雄の親権に服していたものであって、以後安雄が本件土地を息子孝蔵から賃借し賃料を支払っていたことはなく、また、原告は安雄から本件土地の賃借権を譲り受けたことにつき贈与税の申告をしていない。

(四)  同1(四)の事実のうち、扶養料分担の約束及び相殺の事実は否認する。

(五)  同1(五)の事実のうち、現実に賃料としての金員の授受がなかったことは認め、その余の事実は否認する。

2(一)  同2(一)の事実のうち、原告の本件土地使用権原が使用借権であることは認める。

(二)  同2(二)の主張は争う。

使用貸借契約に基づく使用権は、賃借権と異なり法律上の保護が薄弱であるばかりでなく、借主の死亡によってその効力を失い相続の対象となり得ない権利であり、また、独立して売買の対象とされる慣行も認められない。かような現状においては、使用借権の経済的価値は零とみなされなければならない。

3(一)  同3(一)の事実のうち、本件土地は南西端から南東端にかけて約六メートルの高低差があることは認め、その余の事実は不知。時価算出に際し、「のり」部分を減じた面積に単価を乗ずべきであるとの主張は争う。

(二)  同3(二)の事実は不知。

(三)  同3(三)の主張は争う。

(四)  (被告の主張する時価について)

(1) 贈与税は財産の贈与がなされたときに課せられるべきものであるが、相続税法第七条は、贈与の形式をとらず有償譲渡に名をかり、時価よりも著しく低い価額で財産の譲渡をして贈与税又は相続税の回避をはかることを防止するため、著しく低い価額で財産の譲渡がなされたときは、右譲渡がなされた時(以下「課税時期」という。)の当該財産の時価との差額については贈与を受けたものとみなして贈与税を課すこととしている。

右規定は、民法でいう贈与があったか否かはさておき、贈与と同一視し得る法律関係があった場合これに担税力を認めて課税する制度であるから、同法第七条にいう時価とは本来課税時期における客観的交換価値すなわち通常の形態で行なわれる取引価格なのである。

(2) ところで、時価の算定方法については、同法第二二条で、「相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は当該財産の取得の時における時価に……よる。」とされているだけであって、本件の如き不動産の評価の方法について法に直接の定めはない。

時価は、前述のように通常の形態で行なわれる取引価額を指称するものと解せられるが、贈与、相続等は、その性質上取引行為に依らずして財産の移転が行なわれるものであるから、当該財産の価格算定上困難が生ずるのである。一方、相続税及び贈与税は申告納税制度が採られているため、各納税者が取得した財産を個々に評価することとなるが、この評価額をそのまま認めれば、評価の統一性が失なわれ公平の見地から問題が生じる場合があり得ることは明らかである。そこで、国税庁では、評価基本通達を定め、時価の評価が統一的かつ公平に行なわれるよう解決をはかっている。そして、国税庁で定めた評価基本通達によって算定された時価は、一般の取引価格よりはるかに低額に算定されているのである。従って、評価基本通達によって算定したところの「時価」とは、当該財産の通常の取引価格が如何程であるかという見地よりも、むしろ、当該財産が納税者に帰属した結果同人が如何程の利益を受けたとみなすのが合理的であるかとの見地に立って定められているといえる。

(3) 相続税法の建前からすれば、通常の取引価格と納税者に帰属したとみなされる利益の価格とは一致しなければならないが、財産の時価の算定に当り、これがいわば抽象的な価格であるところから、実際に当該財産を通常の状態で取引した場合予想される価格よりも上廻ることがあれば、納税者にとって著しい不利益となることも事実である。そこで、評価基本通達は、納税者の不利益という危険を避けるため精通者意見等を参考とした上、相当程度控え目な価格の算定をしているのであって、右価額が通常の取引価格よりも大幅に下廻るものであることは公知の事実である。従って、評価基本通達によって算定して得た価格を納税者に帰属した財産の価格とみなすことには、十分合理性があるといえる。

(4) 被告の主張する宅地造成費について

本件山林の造成費用は、評価基準による金額によったものであるが、これは、東京国税局において宅地造成費に関する実態調査を実施した結果相当と判断される額を定めたものである。そして、被告の主張する時価は、いわば通常の取引価格たる時価より低廉な価格なのであるから、原告が本件土地を造成するに当ってその造成費用が如何程であったかを考慮する必要はないし、課税時期における時価が問題なのであるから、右課税時期以降に見積った原告主張の造成費を右時価の算定に当って考慮する必要はない。

(5) 原告は、時価の算定に当り、被告が評価基準に基づいて算定した価格より、本件土地の造成に要した費用金六一七万円を控除すべきであると主張する。しかし、被告の主張する時価が前述したとおり通常の取引価格たる時価より低い価格である以上、造成費のみ実際に要した費用を控除すべきであるとする原告の主張は首尾一貫しない。仮に、原告が主張するように、実際に要した造成費用金六一七万円を控除するとしたならば、時価については売買実例価格をもってすべきである。

(6) なお、前記五2(二)(5)のとおり、本件土地の時価の評価計算においては、右価格算定の合理性を担保するため、一〇〇分の一〇を減ずることによって、一層控え目な時価を算出しているのである。従って、被告の算定した本件土地の時価は、通常の取引価格より控え目な価格として十分合理性があるものといえる。

4  同4の事実は争う。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  被告の主張について

1  原告が孝蔵から昭和四七年一一月二七日に本件土地を代金一五〇万円で買い受けたことは当事者間に争いがない。

2  被告は、相続税法第七条の規定に基づき、原告が右買入代金と本件土地の時価(金九五三万五三六三円)との差額に相当する金額(金八〇三万五三六三円)を孝蔵より贈与を受けたものと認定したものであり、従って本件課税処分の課税価格(本件裁決後の金額金七八二万六〇〇〇円)は右差額相当の金額の範囲内にあるから、本件課税処分は適法である旨主張するところ、原告は、本件土地の時価を争うので、この点について検討を加える。

(一)  被告が本件土地の時価を評価基本通達及び評価基準によって評価したこと、本件土地の課税時期の現況が路線価が設定された二方向の道路に面する角地に位置し、傾斜地(地目は山林)であったこと、評価基本通達によれば、このような土地の場合、市街地山林として、「その山林が宅地であるとした場合の三・三平方メートル当りの価額から、その山林を宅地に転用する場合において通常必要と認められる三・三平方メートル当りの造成費に相当する金額として、整地、土盛りまたは土止めに要する費用の額がおおむね同一と認められる地域ごとに国税局長の定める金額を控除した金額にその山林の地積を乗じて計算した金額によって評価する」ものであること、本件土地が宅地であるとした場合の三・三平方メートル当りの価額が金七万三一五〇円であること、以上の事実については当事者間に争いがない。

(二)  本件土地の三・三平方メートル当りの造成費について。

原本の存在、成立ともに争いがない乙第一九号証、撮影者、撮影年月日について争いがなく、証人鈴木正孝の証言により本件土地及びその付近を撮影した写真であると認められる乙第二〇号証及び証人鈴木正孝の証言を総合すると、本件土地の課税時期の現況は、路線価が設定された二方向の道路に面する角地の傾斜地(北東から南西方向に走る低い方のほぼ水平な道路面(以下「正面路線面」という。)に接する角切り部分の北端を〇として計測した南東部の最高度五・五メートル)で、樹木が成育していたことが認められ、この事実によれば、本件土地を宅地化させるためには、本件土地の地盤を正面路線面と平準化させるために傾斜部分の切土及びその切土面についての土止め(擁壁)工事を行うことが必要であったものと認められる。したがって右切土費及び土止費をもって本件土地の造成費とすべきである。

(1) 切土費について

成立に争いがない乙第一四号証、第二三号証、証人坂野憲一郎、同鈴木正孝の各証言を総合すると、評価基準には切土費の費目は定められていないけれども、土盛費Bとして土盛りに伴なう地ならし、伐採及び伐根を必要とする場合、高さ一メートルにつき一平方メートル当り金四五〇円の額が定められていること、評価基準による宅地造成費の計算にはいずれも土盛りをするための土砂の採取(切土を含む。)、運搬、盛土及び整地に係る費用を土盛費に含めて扱っていること、以上の事実が認められ、この事実に土盛りは切土した土砂を利用しうるものであることを考え合わせると、本件土地について切土費を見積るについては、右土盛費Bを適用するのが相当であると認められる。

しかして、前掲乙第一九号証、証人鈴木正孝の証言によれば、本件土地を宅地化するための土砂の切土量は八四〇立方メートルであると認められるから、これに前記一立方メートル当りの土盛費四五〇円を乗ずると、本件土地の切土費は金三七万八〇〇〇円となる。

(2) 土止費について

前掲乙第一四号証によれば、評価基準には、土止費として土止めの高さ二メートル未満は側面一平方メートル当り金五〇〇〇円、同じく高さ二メートル以上は上記金額に高さ一メートルまでを増すごとに側面一平方メートル当り金五〇〇円を加算する旨定められていること、成立に争いがない乙第一〇号証、前掲乙第一九号証、証人鈴木正孝の証言を総合すれば、本件土地は、正面路線面に面した部分を除く三方向に最高五・五メートルの高さの土止工事を必要とすること、その擁壁面積は二六七・二七二五平方メートルとなること。

算式

<省略>

がそれぞれ認められるので、右擁壁面積の合計に評価基準より得られる本件土地の場合の擁壁面積一平方メートル当りの土止費の単価金七〇〇〇円を乗じて計算すると、本件土地の土止費は金一八七万九〇七円となる。

(3) ところで、原告は、造成費については原告において業者に見積らせた額を採用すべきであるとし、その額は少なくとも金六一七万円を下らない旨主張するけれども、前記本件土地の三・三平方メートル当りの価額は、いわゆる路線価方式による価額であって、これが土地の現実の取引価額よりはるかに低額であることは公知の事実であるから、これより控除すべき造成費についてのみ市場価額によったのでは公平を失することが明らかといわねばならず、また、証人坂野憲一郎の証言によれば、前記評価基準は東京国税局が昭和四六年秋ごろ東京都区内、三多摩地区、神奈川県、千葉県の四地区について行った実態調査によって得られた数字の平均値を、「建設物価」及び「積算資料」という月刊誌に掲載された統計と比較、検討して算出したものであることが認められ、この事実によれば、右は合理的に算出された相当な金額ということができる。したがって、この点についての原告の主張は失当である。

さらに、原告は、本件土地の正面路線面に面する部分は地盤が軟弱で道路にも亀裂が生じ、その補修、補強が必要であると主張するが、証人鈴木正孝の証言によれば、いわゆる路線価には、その地域の共通の特質がすでに反映されており、本件土地の場合も地盤が軟弱であることも考慮されて決定されているものと認められるので、この点についての原告の主張も失当である。

(4) 右の(1)、(2)をもとに本件土地を宅地に転用する場合において通常必要と認められる造成費を算出すると三・三平方メートル当り金一万二八〇八円(小数点以下切捨て。以下同じ。)となる。

算式

{37万8,000円(切土費)+187万907円(土止費)}÷175.58(当時者間に争いがない本件土地の地積、単位坪)=1万2808,446円

(三)  乗ずべき地積について

本件土地の地積が五八〇・四五四平方メートル(一七五・五八坪)であることは当事者間に争いがなく、これをもって乗ずべき地積とするのが相当である。

原告は、宅地造成の結果、本件土地には「のり」の部分八二平方メートルが生じ、これを宅地として使用できなくなるので、これを減じた四九八平方メートルが乗ずべき地積である旨主張するけれども、仮に、いわゆる「のり」部分が生ずるとしても、本件山林そのものの面積に異動を生ずるものではなく、あくまでも課税のために市街地山林の価額を算定するのであって、宅地として利用することを前提とするものではないから、この点についての原告の主張は失当である。

(四)  本件土地の個別的特殊事情による調整割合について。

証人鈴木正孝の証言によれば、本件土地の時価の評価計算について、造成後の本件土地の地盤と側方路線が付されている道路面とに高低差を生ずることから、評価の安全性を考慮して、評価額の一割を減じて控え目な算定をしたものであることが認められる。

(五)  以上の点を総合して考慮すれば、本件土地の時価に関する被告の評価は、合理的な根拠を有しかつ妥当なものと認められる。

三  賃借権の存否について

原告は、父安雄が本件土地につき有していた賃借権を譲り受けた旨主張するけれども、原告の存在及び成立に争いがない甲第一〇号証(後記措信しない部分を除く。)、成立に争いがない甲第四号証、乙第五、第一五、第一六号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第二一号証及び原告本人尋問の結果(第二回、なお後記措信しない部分を除く。)を総合すると、本件土地はもと訴外斎藤寅松が所有していたものを、同人の長男仙蔵が大正一四年三月一四日、家督相続により取得したもので、仙蔵は、妹のキクが昭和三年に安雄と婚姻する際、嫁入り仕度代りに財産分けとしてこれを同女に贈与したが、土地区画整理地であったため整理組合の組合員しか所有できなかったので、登記名義は組合員であった仙蔵に残したままにしておいたところ、昭和三〇年一月三一日、仙蔵の死亡によって同人の相続人である妻トクほか四名の名義となり、その後、同年一〇月二四日付贈与を登記原因としてキクの実子孝蔵名義にこれが所有権移転登記手続がなされたこと、キクの夫である安雄は昭和二七年ころから本件土地を家業である造園業のための植木畑として使用していたこと、原告も昭和三九年ころから安雄を手伝うようになったが、昭和四三年ころからは原告が中心となって造園業を行うようになり引続き本件土地を植木畑として使用してきたこと、この間、安雄あるいは原告から孝蔵への権利金や地代交付の事実もないこと、以上の事実が認められ、この事実によれば、安雄あるいは原告の本件土地の利用関係は、金井家の夫婦あるいは親子、兄弟間の利用関係というべきであって、前記認定のとおり右利用関係につき権利金地代等の交付もなかったことに鑑みると、右利用関係は使用貸借にすぎなかったものというべきであり、安雄が地代として毎年末に仙蔵に数千円支払っていた旨及び両親の扶養料と借賃とを原告と孝蔵との間で相殺する約定があった旨の原告本人尋問の結果(第二回)の一部及び前掲甲第一〇号証の一部並びに安雄が区画整理地の売出しに当り本件土地を直接購入した旨の乙第二二号証の記載はともに措信し難い。従って、本件土地につき原告が賃借権を有していたとの主張は理由がない。

ところで、使用借権は賃借権と異なり、法律上の保護が薄弱で、借主の死亡によってその効力を失い、相続の対象ともなり得ない権利であり、独立の取引の対象ともされないものであるから、その経済的価値は零とみるのが正当である。したがって、右使用借権をもって本件土地の時価を評価するに当っての減額を必要とする要素と考えることはできない。

四  本件土地の時価の評価計算

以上認定の事実により、前記二2の方法によって次のとおり評価計算した結果、本件土地の時価は金九五三万五三六三円となる。

算式

{7万3,150円(本件土地が宅地であるとした場合の3.3平方メートル当りの価額}-1万2,808円(本件土地を宅地に転用する場合において通常必要と認められる3.3平方メートル当りの造成費)}×175.58(本件土地の地積、単位は坪)×0.9(本件土地の個別的特殊事情による調整)=953万5,363.2円

しかるに、原告は、前記のとおり本件土地を金一五〇万円で譲受けたのであるから、これは相続税法第七条の「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けたもの」といわなければならず、その差額金八〇三万五三六三円を原告は孝蔵より同条にいう贈与を受けたものというべきであり、したがって本件裁決後の課税価格がこれの範囲内にある本件課税処分は適法である。

五  無申告加算税賦課決定処分の適法性

成立に争いがない甲第一号証及び弁論の全趣旨を総合すると、原告が昭和四七年分の贈与税の法定申告期限である昭和四八年三月一五日までに本件贈与税の申告書を被告に対して提出しなかったこと、贈与税決定処分があるまでは右申告書を被告に提出することができるにもかかわらずこれをしなかったこと、したがって、被告は、国税通則法第二五条の規定により原告に対し、本件贈与税の決定処分をしたものであること、以上の事実が認められ、この事実によれば、本件課税処分による贈与税の税額に一〇分の一の割合を乗じて算出した金額に相当する本件無申告加算税賦課決定処分は適法であったことが明らかである。

なお、原告は、本件土地売買契約に先立ち、税務相談のため鶴見税務署を訪問したところ、係官山内某から、金一五〇万円以上の売買価額であれば贈与税は賦課されない旨教示されたと供述(第二回)するが右供述は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第二号証に照してたやすく措信し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はないので、原告の禁反言の法理、信義誠実の原則違反、正当理由の存在の主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。

六  結論

以上の次第であるから、原告の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三井哲夫 裁判官 吉崎直弥 裁判官 嘉村孝)

物件目録

横浜市鶴見区東寺尾二丁目三六番地

山林 (登記簿上)五七八平方メートル

(現況)五八〇・四五四平方メートル

以上

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