横浜地方裁判所 昭和55年(ワ)1037号 判決 1981年5月25日
原告 伊熊清一
右訴訟代理人弁護士 杉原尚五
右同 須々木永一
被告 神奈川県信用保証協会
右代表者理事 水島秀雄
右訴訟代理人弁護士 村田武
右同 楠田進
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
(当初の請求)
1 被告は原告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地について横浜地方法務局戸塚出張所昭和五一年三月二六日受付第一三七〇二号を以てなされた根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
(訴の交換的変更後の請求)
1 被告は原告に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和五六年二月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(当初の請求及び訴の交換的変更後の請求双方について)
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
(当初の請求)
1 原告は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有している。
2 被告は、本件土地について横浜地方法務局戸塚出張所昭和五一年三月二六日受付第一三七〇二号を以てなされた次の内容の根抵当権設定登記を有する。
原因 昭和五一年三月二四日設定
極度額 金三五〇〇万円
債権の範囲 保証委託取引
債務者 株式会社東商事
根抵当権者 神奈川県信用保証協会
よって、原告は被告に対し、本件土地所有権に基づき前記根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。
後に、昭和五六年二月九日の本件口頭弁論期日に、原告は訴を交換的に変更して
(交換的変更後の請求)
1 本件根抵当権設定登記の被担保債権は、被告が訴外株式会社東商事(以下「東商事」という。)の株式会社太陽神戸銀行に対する債務を代位弁済したことにより取得した求償債権であるところ、原告は被告に対し、昭和五五年四月二二日右求償債権元本一四四一万〇八二七円を支払い、右元本に対する遅延損害金については被告より全額債務の免除を受けた。
従って、右弁済及び免除により本件根抵当権は消滅したので、原告は、本訴提起に先立ち被告に対し本件根抵当権設定登記の抹消登記を請求したところ、被告は、正当な理由なくこれを拒否した。そこで、原告は本訴提起の已むなきに至った。
2 しかして、原告は、本訴提起を弁護士に委任し、そのため弁護士手数料として昭和五六年一月一六日、金五〇万円を支出した。
よって、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、金五〇万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五六年二月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 当初の請求に対する認否及び抗弁
(一)(1) 請求原因1項のうち、原告がもと本件土地を所有していたことは認める。
(2) 同2項のうち、被告が本件土地について、もと原告主張の根抵当権設定登記を経由していたことは認める。
(二) 抗弁
(1) 原告は、昭和五六年一月一二日訴外新渡戸弘志に対し、本件土地を譲渡し、本件土地に関する所有権を失なった。
(2)(ア) 被告は東商事との間の信用保証委託取引により東商事に対して取得すべき一切の債権を担保するために、昭和五〇年一二月一八日訴外代田武雄より同人所有の別紙物件目録(二)記載の土地(以下代田所有地という。)につき極度額金三、〇〇〇万円の根抵当権(以下代田所有地に対する根抵当権という。)の設定を受け、同月二二日横浜地方法務局戸塚出張所受付第五六四六六号をもってその旨の登記を経由した。
そして、東商事は被告との間の同年一一月一三日付信用保証委託契約にもとづく被告の連帯保証のもとに、同年一二月二三日住友生命保険相互会社から金二五〇〇万円を、昭和五一年七月から昭和五五年一二月までに毎月一六日金四六万円(ただし最終回は金六二万円)ずつ割賦支払う、利息は年一〇・八パーセントとし、手形不渡り事故により東商事が取引停止処分を受けたときは当然期限の利益を失い一時に残存債務全額を支払う約束で借り受け、被告の外に訴外小沢勇・小沢静子および物上保証人代田武雄が右債務の履行につき連帯保証をした。ところが、その後昭和五二年八月二六日に当時の残元金二一三二万円につき昭和五二年九月より昭和五六年六月までに毎月一六日金四六万円(ただし最終回は金六二万円)ずつ割賦返済することに返済方法が変更された。
(イ) ついで、被告は前同様東商事との間の信用保証委託取引により東商事に対して取得すべき一切の債権を担保するために、昭和五一年三月二四日原告よりその所有の本件土地につき極度額金三五〇〇万円の根抵当権(以下本件土地に対する根抵当権という。)の設定を受け、請求原因第二項記載の根抵当権設定登記を経由した。
そして、東商事は被告との間の同年三月二二日付信用保証委託契約にもとづく被告の連帯保証のもとに、同年三月二五日株式会社太陽神戸銀行より金三〇〇〇万円を、昭和五一年一一月より昭和五二年三月までに毎月末日金六〇〇万円ずつ割賦支払う、利息は年八パーセントとし、期限の利益喪失につき前同様の約束で借り受け、被告の外に前記小沢勇・小沢静子および物上保証人原告が右債務の履行につき連帯保証をした。ところが、その後昭和五二年一月一〇日に前記元金三〇〇〇万円につき昭和五二年三月より同年一二月まで毎月末日に金三〇〇万円ずつ割賦返済することに返済方法が変更され、ついで昭和五二年六月八日に当時の残元金二七〇〇万円につき昭和五二年一一月より昭和五三年一一月までに毎月末日金二〇〇万円(ただし最終回は金三〇〇万円)ずつ割賦返済することに返済方法が変更され、さらに昭和五四年三月二七日に当時の残元金一九〇〇万円につき昭和五四年一一月三〇日に一括して全額支払うことに返済方法が変更された。
(ウ) しかるに、東商事は昭和五四年五月一日手形不渡り事故のため横浜手形交換所で取引停止処分を受け、前記特約により期限の利益を失ったので、被告は前記各金融機関よりそれぞれ関係貸付債権につき代位弁済の請求を受け、
(a) 昭和五四年九月一四日東商事の前記(イ)の借入金債務につき残元金一四四一万〇八二七円を太陽神戸銀行に支払い、
(b) ついで同年一一月二九日東商事の前記(ア)の借入金債務につき残元金一八五六万円および利息金一九七万二五四六円合計金二〇五三万二五四六円を住友生命保険相互会社に支払い、
それぞれ代位弁済した。
(エ) 被告と主債務者東商事および前記関係連帯保証人および物上保証人との間では、信用保証委託契約書をもって、被告の代位弁済による求償関係において被告には負担部分がなく主債務者・連帯保証人および物上保証人は連帯して代位弁済金全額およびこれに対する代位弁済の日の翌日より完済に至るまで年一四・六パーセントの割合による損害金につき被告の求償に応ずべき旨の特約がなされているので、被告は
(a) 前記(ウ)(a)の代位弁済により主債務者東商事連帯保証人小沢勇・小沢静子および連帯保証人兼物上保証人である原告に対し連帯して前記代位弁済金一四四一万〇八二七円およびこれに対する代位弁済の日の翌日の昭和五四年九月一五日より完済に至るまで年一四・六パーセントの割合による損害金を、
(b) 前記(ウ)(b)の代位弁済により主債務者東商事連帯保証人小沢勇・小沢静子および連帯保証人兼物上保証人代田武雄に対し連帯して前記代位弁済金合計金二〇五三万二五四六円およびこれに対する代位弁済の日の翌日の昭和五四年一一月三〇日より完済に至るまで右同率の損害金を、
各求償する権利を取得した。
(オ) ところで、代田所有地に対する根抵当権と本件土地に対する根抵当権とは、ともに被告が東商事との間の信用保証委託取引により取得すべき一切の債権を担保する根抵当権であって、その被担保債権は同一で共通しており、かつ相互の間には民法三九八条の一六の共同担保の登記がなされていないので、両者はいわゆる累積根抵当として被告が東商事との間の信用保証委託取引により取得した前記(エ)(a)(b)の二口の求償債権をそれぞれその被担保債権として担保しているものというべきである。
(カ) しかして、代田所有地に対する根抵当権は、被告が前記(ウ)(b)の代位弁済後、東商事に対して発した「代位弁済通知並催告書」が同社に到達した昭和五四年一二月一九日に取引終了により確定したところ、代田武雄は被告が主債務者東商事に対して有する前記(エ)(b)の求償債権につき同年一二月二五日元金二〇五三万二五四六円、同月二八日その損害金二一万三五三八円以上合計金二〇七四万六〇八四円を被告に支払って完済した。
その結果、代田武雄は、自己の弁済額合計金二〇七四万六〇八四円を連帯保証人小沢勇・小沢静子、連帯保証人兼物上保証人の自己および物上保証人である原告の四名で頭数に応じて按分した金額金五一八万六五二一円の範囲で小沢勇・小沢静子の両名に対してそれぞれ被告の前記(エ)(b)の東商事に対する求償債権を代位取得し、原告との関係では互いに「自己の財産を以て他人の債務の担保に供したる者」に該当するので、残った二名分の弁済額金一〇三七万三〇四二円を代田所有地と本件土地との価額に応ずる範囲で被告の右(エ)(b)の東商事に対する求償債権を代位取得するとともに、その求償債権の担保のため本件土地上に右代位取得した求償債権と同額の確定根抵当権を取得したことになる(民法五〇一条但書五号)。
(キ) 従って、被告は、代田武雄のため、同人が代位取得した求償債権の額に見合う金額を以て本件土地に対する確定根抵当権の極度額の変更登記をしたうえで同人に対し確定根抵当権の移転登記をすべき義務を負っており、そのため本件土地に対する根抵当権設定登記を保有していたものである。
(ク) なお、確定根抵当権の極度額の変更は、根抵当権の変更として根抵当権者である被告と根抵当権設定者である原告との合意によることが必要であるところ(民法三九八条の四・五参照)、原・被告間はそのような合意をえられる状況ではなかったので、被告は、やむをえず極度額の変更をしないで、本件土地に対する根抵当権につき昭和五五年八月八日横浜地方法務局戸塚出張所受付第三七八五四号をもって元本確定の登記をしたうえ、同年八月一九日同出張所受付第三九三五八号をもって代田武雄のため右確定根抵当権全部移転の登記をした。
よって、本件根抵当権設定登記は、正当な権原に基づくものというべきである。
2 訴の交換的変更及び右変更後の請求に対する被告の主張
(一) 当初の請求にかかる訴の取下には同意しない。
(二) 訴の変更につき、当初の請求と変更後の請求の基礎には変更があり、かつ右訴の変更は著しく訴訟手続を遅延せしめることが明らかであるから、これを許すべきではない。
2 訴の変更後の請求に対する認否
(一) 請求原因1項のうち、原告が被告に求償債権元本を支払い損害金について免除を受けたこと、原告が被告に本件根抵当権設定登記の抹消登記を請求し被告がこれを拒否したことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。
(二) 同2項の事実は不知。
三 当初の請求に対する抗弁についての原告の認否
1 抗弁(1)項の事実は認める。
2(一) 同(2)項(ア)の事実は不知。
(二) 同項(イ)の事実のうち、被告が東商事との間の信用保証委託取引により東商事に対して取得すべき一切の債権を担保するため本件土地に対する根抵当権が設定されたとの点は否認し、東商事と太陽神戸銀行との間の貸付金に関する返済方法の内容及びその変更の経過については不知、その余の事実は認める。
(三) 同項(ウ)の事実のうち、被告が東商事の太陽神戸銀行に対する債務を代位弁済したことは認め、その余は不知。
(四) 同項(エ)の事実のうち、被告が東商事の太陽神戸銀行に対する債務を代位弁済したことにより求償権を取得したことは認め、その余は不知。
(五) 同項(オ)の主張は争う。
(六) 同項(カ)の事実のうち、「代位弁済並催告書」の到達日時、代田武雄から被告への金員の支払については不知、その余の主張は争う。
(七) 同項(キ)の主張は争う。
(八) 同項(ク)の事実のうち、被告主張の各登記がなされたことは認め、その余の主張は争う。
理由
一 被告は、原告の訴の交換的変更につき、当初の請求にかかる訴の取下には同意しない。従って、当初の請求は依然として係属していることになるので、まず当初の請求の当否について検討することとする。
1 請求原因1のうち、原告がもと本件土地を所有していたことは当事者間に争いがない。
2 抗弁(1)の事実は当事者間に争いがない。
3 そうすると、原告は本件土地の所有権を喪失したものというべく、原告の本件土地所有権に基づく妨害排除請求は、爾余の点について判断するまでもなく理由がないから、原告の当初の請求は失当として棄却を免れない。
二 次に、訴の変更について判断する。
1 被告は、訴の変更に同意せず、右変更は請求の基礎に変更があり、かつ著しく訴訟手続を遅延せしめるからこれを許すべきではないとその不許を申立てている。
2 そこで検討するに、当初の旧訴請求は本件土地所有権に基づく妨害排除請求であり、原告が本件土地につき所有権を有し、被告において本件土地について保有する根抵当権設定登記が妨害に該るか否かが審理の対象であることが明らかである。しかして変更後の新訴請求は不法行為に基づく損害賠償請求であり、しかも、本件土地所有権に基づく物上請求権の代償として損害賠償を請求するというのではなく、原告の主張するところによれば、原告の求めに対し被告が本件土地についての根抵当権設定登記の抹消登記手続に応じなかったので訴訟提起の已むなきに至り、訴訟を弁護士に委任し、そのため弁護士手数料を支出したが、右は違法であり、かつ右違法であることにつき被告に故意過失があるから、弁護士手数料相当の損害賠償請求をするというのであって、審理の対象は被告の登記抹消拒否が違法であるか、故意過失があるか、弁護士に対する訴訟委任及びその手数料の額が相当であるか否か等、不法行為の成立、損害の発生、及びその間に因果関係が存するか否かである。
してみると、当初の旧訴請求と変更後の新訴請求の事実資料の間には、審理の継続的施行を正当化する程度の一体性ないし密着性があるとは認められないから、請求の基礎に変更がないとはいえないと解するのが相当である。
3 なお、原告は、土地所有権に基づく妨害排除請求としての登記の抹消請求と、右請求のために訴提起の已むなきに至った場合の民法七〇九条に基づく弁護士費用の請求とが、同時に又はその後において請求され共に認容された裁判例(昭和五四年一〇月三〇日、東京高裁昭和五二年(ネ)第二四三九号、第二九六一号)があることを引用し、本件訴の変更は請求の基礎に同一性があると主張する。しかしながら、右裁判例は当初から物上請求権に基づく請求と不法行為による損害賠償請求権に基づく請求とが、客観的に併合されて訴えられた事例であるところ、一般に客観的併合の要件が充足される限り請求の基礎の変更の有無にかかわらず、同一訴訟において数個の請求をなしうることはいうまでもないから、右裁判例があるからといって請求の基礎に変更がないとすることはできない。(ちなみに、原告の主張する不法行為による損害賠償請求は、これを独立の別訴として提起すれば、その目的を達しうるものである。)
4 以上のとおり、原告の訴の変更は請求の基礎に変更がないとはいえないから、許されないものといわなければならない。
従って、訴の交換的変更後の請求は、審判の対象とならないことが明らかである。
三 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川正澄 裁判官 三宅純一 清水節)
<以下省略>