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横浜地方裁判所 昭和55年(ワ)1172号 判決 1984年3月23日

原告

林田敏雄

右訴訟代理人

飯田伸一

輿石英雄

武井共夫

被告

北浩之

被告

宗教法人 天宗

右代表者代表役員

野村照子

右両名訴訟代理人

藤井暹

西川紀男

橋本正勝

太田真人

水沼宏

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一七四一万三九〇四円及びこれに対する被告宗教法人天宗につき昭和五五年七月一六日から、被告北浩之につき同五五年七月一〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和一六年四月二四日生まれの男性であり、被告北浩之(以下被告北という。)は被告宗教法人天宗が経営する野村外科病院に勤務する医師である。

2  診療の経過と後遺症の発生

(一) 原告は、昭和五二年六月二四日午前零時頃横浜市中区花咲町二丁目六一番地路上を酒に酔つて横断中、訴外山神建一運転の乗用車にはねられて負傷し、同日午前零時二〇分頃救急車で野村外科病院に入院した。

(二) 被告北は、同病院の医師として原告を診察したが、レントゲン検査の結果、原告の症状を左大腿骨骨幹部骨折(以下本件骨折という。)、顔面及び左足挫切創と診断し、即日右顔面及び左足挫切創の部位を各二針縫合し、本件骨折については同年六月二七日キュンチャー髄内釘固定観血手術(以下本件手術という。)を施した。

(三) 原告は昭和五四年九月二〇日まで右病院に入院したが、本件手術の予後が思わしくないため、同日退院し、翌二一日横浜市金沢区泥亀町二―八―三所在の金沢病院にて診断を受けた。ところが、本件手術により本件骨折部に埋め込まれたキュンチャー髄内釘が屈曲し、右部位が偽関節となつていたため再度の手術を受けたが、再手術の結果、右患部は治癒したものの左大腿骨骨長が約5.5センチメートル短縮するという後遺症を生ずるに至つた。

3  被告北の責任

被告北は医師として、本件手術を施すにあたつては本件骨折が、いくつかの斜骨折ないしは粉砕骨折であり、治療を誤まると偽関節がおこりやすいとされているのであるから、できる限り骨片を元の位置に戻して鋼線で縛るなどして骨折部を固定し、骨折端相互に十分な接触をもたせることにより、骨端部に十分な血液の供給を確保すべき注意義務があるのにこれを怠たり、漫然と第三骨片の一か所を鋼線で縛つて固定しただけで、右第三骨片上部の小骨片については自然癒合を期待するのみで何らの処置もしなかつた過失により、第三骨片が壊死し、右骨折治癒の障害となつてキュンチャー髄内釘の屈曲を招き、ひいては偽関節を発症し、その結果、前記後遺症を生じさせたものである。

4  損害

(一) 休業補償 四八〇万円

原告は、クリーニング技術者として横浜クリーニング技術者斡旋所等の紹介で諸方のクリーニング店に勤務して一か月二〇万円以上の収入を得ていた。ところが、本件手術の失敗により治療期間が長期化し、通常ならば昭和五二年末までに治癒し稼働できた筈であるのに、その後約二年半を経過しても治癒せず、その間の得べかりし収入の損失は控え目に計算しても二年間分合計四八〇万円を下らない。

(二) 後遺症による逸失利益

九六五万三九〇四円

原告の後遺症は、自賠法施行令中の後遺障害別等級表第八級に該当し、同表によるとその労働能力喪失率は二七パーセントである。そして、原告は三九歳であるが、六七歳までは労働可能であるから、その間の月額二〇万円(二七パーセント)の割合による逸失利益をライプニッツ係数を用いて現価を計算すると、その額は九六五万三九〇四円となる。

20万円×0.27×12×14.898=965万3904円

(三) 慰藉料 八〇〇万円

原告は前記後遺症のため現在高さ2.5センチメートルの装具を足の裏に装着しているものの、長時間、仕事につくことは不可能であり、歩行も不自由なため、自転車の遠乗りなどのスポーツや魚つりなどの娯楽からも疎外される等それらの被害は、原告の仕事のみならず日常生活全般に及んでおり、その精神的苦痛に対する慰藉料としては八〇〇万円が相当である。

5  よつて、原告は医師被告北に対し、民法七〇九条に基づく損害賠償金として、被告北の使用者である被告宗教法人天宗に対しては、民法七一五条一項に基づく損害賠償金として、各自金二二四五万三九〇四円から、すでに原告が自賠責保険の後遺症保険金として支払を受けた金五〇四万を差し引いた残金一七四一万三九〇四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告宗教法人天宗につき昭和五五年七月一六日、被告北につき同五五年七月一〇日)から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)、(二)の事実は認める。

同2(三)の事実のうち、原告が昭和五四年九月二〇日野村外科病院を退院しその後金沢病院で診断を受けたことは認め、その余は知らない。

3  同3の事実は否認し、その主張は争う。

原告の本件骨折は、巨大な第三骨片が生じていたため、元来癒合しにくい性質の骨折であり、これに対し被告北は、極めて適切な治療を施したにも拘らず、原告は、安静を保持すべき旨の被告北の指示に従わず、やたらに歩きまわるなどして自ら癒合不全を招来したものであるから、被告北が本件につき責任を問われる理由はない。

4  同4の事実はいずれも知らない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2(診療経過と後遺症の発生)について

1  まず2(一)、(二)の各事実は当事者間に争いがない。

2  同(三)の事実のうち、原告が昭和五四年九月二〇日野村外科病院を退院し、その後金沢病院にて診断を受けた事実はいずれも当事者間に争いがないが、その余の事実、すなわち、被告北の施した原告に対する本件手術が充分でなく、その予後が悪く後遺症の発生したことについては当事者間に争いがあるので次に考える。

(一)  <証拠>によると、次の事実が認められる。

(1) (本件手術の経過)

被告北は、昭和五二年六月二七日、原告の本件骨折部位に、キュンチャー髄内釘を用いる髄内固定手術(骨髄腔をドリルを用いて掘り広げキュンチャー髄内釘と呼ばれる金属のV字形の棒状のものを骨髄内に通して骨折した大腿骨を整復固定する方法による固定術)を施した。その際、右骨折部位の内側には、第三骨片(長さ6.7センチメートル、幅二センチメートル程度)及びその上方に小骨片(長さ1.5センチメートル、幅0.5センチメートル程度)が存した。そこで被告北は、右第三骨片は直径約一三ミリメートルの鋼線で縛つて固定し右小骨片については、これを鋼線で縛ると骨と骨の接触部に鋼線が当たつてかえつて癒合の妨げになると判断して元の位置に置くだけに留めた。更に、被告北は、右固定手術が回旋に対する阻止力に弱い欠点を考慮して、骨盤から左足全体についてギプスによつて固定させてこれを補強した。

(2) (右手術後退院に至る経過)

(ア) 被告北は、本件手術後原告に対し、投薬、注射等本件骨折部位の治療に必要な措置をとるとともに、昭和五二年七月一二日から同年九月一六日までの間に七回にわたつて本件骨折部位に対するレントゲン撮影を行い、右部位の治癒状態に関する経過観察を行つたが、その内容は次のとおりであつた。

(a) 第一回 七月一二日撮影分

整復部位の状態は、良好であり第三骨片も十分整復部位に固定されているものの、小骨片は元の位置より浮き出た状態になつている。

(b) 第二回 七月二六日撮影分

整復部位の状態に変化はなく、仮骨(骨折部の骨癒合の過程で生ずる骨)の形成は認められない。

(c) 第三回 八月一五日撮影分

整復部位の状態に変化はないが、やや仮骨の形成が認められる。

(d) 第四回 八月二六日撮影分

撮影部位が適切でなかつたため、整復部位の状態は不明である。

(e) 第五回 八月二七日撮影分

整復部位について、第三骨片が従前の固定位置よりややずれた状態になつており、仮骨の形成程度も進行していない。

(f) 第六回 九月一六日撮影分

第三骨片の位置のずれが従前より大きくなつており本件手術で埋めこまれたキュンチャー髄内釘の屈曲が認められ、仮骨の形成も進行していない状態であつた。

(イ) このように原告の本件骨折部位の治癒経過は必ずしも良好ではなくいずれ新たな措置を必要としていたが、当時原告は入院時に飲酒する等その行状に患者としての節度を欠いた点があり、また、安静にするようにとの指示に従わず、かえつて反抗的態度をとるようになつていたことから被告北としても原告に手を焼き、両者の間には治療をなすに必要な医師と患者との信頼関係を保てない状態にあつた折から、原告が、自ら野村外科病院を退院することを希望したので、被告北もこれに応じ、原告は昭和五二年九月二〇日、新たに硬性コルセットが完成したのを機にこれをつけて野村外科病院を退院した。

(3) (金沢病院における再手術と原告の後遺症)

(ア) 原告は、野村外科病院を退院した翌日である同月二一日自宅近くの金沢病院に通院をはじめ、同院では当初は簡単な機能訓練を開始したが、同年一〇月一三日のレントゲン撮影の結果、前記キュンチャー髄内釘の屈曲変形と本件骨折部位が偽関節(骨折した両骨端が癒合しないまま治癒してしまつた状態)になつていることが認められたため、本件骨折部位に対する再手術を行なうこととなつた。

(イ) 再手術は、同月一九日右キュンチャー髄内釘を抜き第三骨片を除去し偽関節の部分を削りとりその部分に新たな骨移植を行なつたうえで本件骨折部位をA・Oプレートで固定する方法で行なわれた。

(ウ) 原告は翌五三年七月二五日一度金沢病院を退院したが、右再手術に使用されたプレートのネジが一部欠損したため再入院し、同年一一月一五日右プレートを除去する手術を受け、翌五四年四月三日再退院し、翌五六年四月頃までは同病院に通院し治療を受けていた。

(エ) 原告は、現在右金沢病院での第一回目の手術の結果、左大腿骨の骨長が右足と比較して約5.5センチメートル短くなつているため高さ2.5センチメートル程度の装具を使つてこれを矯正して日常生活を営んでいる。

右認定に反する原告本人、被告北本人の供述部分は前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三被告北の治療上の過失についての判断

原告は、被告北が本件手術に際し本件骨折部位に対する十分な固定を怠つた過失により原告に偽関節を生ぜしめた旨主張するので考えるに、確かに前記認定の事実によると、本件骨折部位に存した小骨片については昭和五二年七月一二日の時点で、また、第三骨片については同年八月二七日の時点で、それぞれ元の位置からずれた状態になつており、また、前掲甲第八号証、第二三号証によれば、医学上の見解として偽関節の原因の一つに骨折部位の不完全な固定が挙げられていること、前掲富田裕の証言によれば、前記金沢病院での再手術に立会つた医師である同人が本件偽関節の原因が本件骨折部位の固定の不十分さにあると判断していることが認められるのであるから、これらを合わせ考えると本件偽関節が生じた最大の原因は結局のところ本件骨折部位の固定または、固定状態の維持が十分ではなかつたことにあることが認められる。ところで、前記認定事実によれば、被告北は本件手術に際し第三骨片を鋼線で縛る方法で固定し、小骨片については鋼線を使うとかえつて癒合の妨げになると判断して元の位置に置くだけに留めたことが認められるところ、前掲富田裕の証言によれば右第三骨片に対する処置は現在の医学常識からみて穏当なものであり、また小骨片に対する処置もこの程度の骨片は通常固定の妨げにならないことからして医学的に許容される範囲のもので、被告北の本件骨折部位の右固定に関する処置は現在の医療水準に照らして首肯するに足るものであり、しかも、前記認定事実によると、被告北は、本件手術に際し、右固定手術を補強するため、原告の骨盤から左足全体にかけてギプスにより固定したことが明らかである。しかるに、前掲乙第四号証及び被告北本人尋問の結果によると、原告は、右手術後、被告北より局部を安静にするように指示されていたのに、これに従わず、被告北が原告に松葉杖によりトイレに行く程度の歩行を許可した昭和五二年七月二八日以前から、勝手に病院内を歩きまわり、右許可後も、ギプスをつけた足に力をかけないようにとの被告北の注意に従わず、時には飲酒のうえ、ギプスをつけた足に重心をかける等の勝手な歩行をして、ギプスを破損する等の行為をし、被告北の担当医としての安静指示を無視するのみか、かえつて、反抗する態度をとつていたことが認められ、また、前掲乙第二三号証及び被告北本人尋問の結果によると、本件のように大腿骨幹部骨折は、本来的に癒合し難い性質のもので、偽関節を招来し易いことを認めることができるから、原告の本件偽関節の発生は、原告の安静無視の行動に基因するものと推認することができ、右推認を覆えし、本件偽関節の発生が被告北の治療上の過失により発生したと認めるに足りる証拠は存しない。

四以上のとおりであるから、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(山口和男 髙山浩平 野々上友之)

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