横浜地方裁判所 昭和55年(ワ)1240号 判決 1981年4月27日
原告 唐戸照夫
右訴訟代理人弁護士 川村幸信
被告 吉村清
右訴訟代理人弁護士 武田峯生
主文
当裁判所が昭和五五年(手ワ)第八三号約束手形金請求事件について、昭和五五年六月九日言渡した手形判決はこれを取消す。
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は全部原告の負担とする。
事実
第一、双方の申立
一、原告
1.被告は原告に対し、金五二六万八〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年一二月二〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2.訴訟費用は被告の負担とする。
3.仮執行宣言。
二、被告
1.原告の請求を棄却する。
2.訴訟費用は原告の負担とする。
第二、双方の主張
一、原告は、次の約束手形二通(以下本件手形という。)の所持人である。
1.(イ)金額 金二七八万六〇〇〇円
満期 昭和五四年一一月二〇日
支払地 横浜市
支払場所 株式会社第一勧業銀行 横浜支店
振出地 横浜市
振出日 昭和五四年七月一七日
振出人 石原運送株式会社
受取人 大成産業株式会社
(ロ)金額 金二四八万二〇〇〇円
満期 昭和五四年一二月二〇日
その余の手形要件は(イ)の手形と同じ。
2.本件約束手形の第一裏書人欄に大成産業株式会社(被裏書人白地)の記載があり、被告は拒絶証書作成義務を免除して第二裏書人欄に裏書(被裏書人白地)し、第三裏書人欄に株式会社唐戸建設(被裏書人白地)の記載がある。
仮りに第二裏書人欄の被告の裏書が鉛筆によって抹消しても手形法の抹消に当らないし、原告が本件約束手形を取得したときは、抹消した鉛筆の線は消され、被告の裏書は存在していたものである。
3.原告は、本件約束手形を呈示期間内に支払場所に支払のため呈示したが支払を拒絶された。
4.よって原告は被告に対し、本件手形金五二六万八〇〇〇円及びこれに対する支払期日後の昭和五四年一二月二〇日から完済まで、手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
請求原因事実中被告の裏書を除くその余の事実は認める。本件手形の第二裏書人欄に被告が裏書したが、被告の裏書は、第一裏書人である大成産業株式会社に戻す際抹消したものであり、原告は被告の裏書抹消後に本件手形を取得したものである。
三、抗弁
1.本件約束手形は、昭和五四年七月一三日大成産業株式会社不動産開発部長、取締役原明こと小林明から、満期前であるが現金化すると申向けられたのでこれを信じて錯誤におちいり、本件約束手形と外二通の約束手形を交付したが、原明は本件約束手形を現金化をせず、しかもこれを返還しなかった。原告はこれを知って本件手形を取得した。
2.原告が本件手形を取得したのは、原告又は株式会社唐戸建設が大成産業株式会社に対して有していた貸金四〇〇万円の担保のためである。
大成産業株式会社は、昭和五四年一二月頃右貸金の元利合計金一〇〇〇万円を支払ったので原因関係は消滅した。
四、抗弁に対する認否
1.同1の事実は不知。
2.同2の事実のうち、原告が本件約束手形を取得したのは、原告の大成産業株式会社に対する金四〇〇万円の貸金の支払のためであったことは認めるが、その余の事実は否認する。
第三、証拠<省略>
理由
一、請求原因事実中、被告の裏書を除くその余の事実は当事者間に争いがない。
二、本件約束手形の第二裏書人欄に記載がある被告の署名捺印は被告がなしたものであることは当事者間に争いがなく、甲第一、第二号証の各二によれば、本件約束手形の被告の裏書(第二裏書人欄)が、二本の交差線で抹消された痕跡があることは一見して明らかである。
<証拠>によると、大成産業株式会社は被告に対する貸金債務の支払のため本件約束手形外二枚の約束手形を交付していたところ、大成産業株式会社取締役小林明は、社員を介して被告に約束手形を現金化して現金で支払うから返してくれと申入れたこと、そこで被告は本件約束手形と外二通の約束手形を銀行に取立のため第二裏書人に裏書して交付していたものを取戻し、これを小林明に返還したが、被告の裏書を抹消するのを忘れていたことに気付き、直ちに小林明に被告の裏書を抹消するよう連絡したこと、小林明は本件約束手形の被告の裏書を、鉛筆で二本の交差線を引いて抹消したこと、原告はその後に大成産業株式会社から貸金の担保として本件手形を取得したこと、本件手形の被告の裏書を抹消した鉛筆による二本の交差線は現在消されていること等の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
右認定の事実によると、被告の裏書は原告が本件手形を取得する前に抹消されたものというべく、鉛筆による抹消であるからといって、手形法上抹消に当らないということはできない。
仮りに原告が本件約束手形を取得した当時、被告の裏書を抹消した二本の交差線が消されていたものとしても、原告の取得前被告の裏書が一度抹消されたものであることが立証された以上、原告において被告の裏書を抹消した鉛筆による二本の交差線を消したのは権限に基くものであることの立証を要するものと解されるところ、これを認あるに足りる証拠はない。
従って原告の請求は理由がない。
三、よって原告の本訴請求は理由がないので、棄却すべきところ、これと異なる本件手形判決はこれを取消し、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。