横浜地方裁判所 昭和55年(ワ)1791号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
一事故の発生
尚が昭和五四年九月一〇日死亡したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告らの長男尚(昭和四五年一二月二一日生、本件事故当時小学校三年生)は昭和五四年九月一〇日午後六時一〇分頃横浜市港北区小机町一七七八番の被告所有地の西側に接する本件排水溝(幅約2.5メートル、長さ約三五メートル、深さ約1.9メートル、本件事故当時の水深約三〇センチメートル)ヘザリガニ捕りに行き、同溝を横切つて渡してあつた幅約一〇センチメートルの角材を渡る途中、足を滑らせて同排水溝内に転落し、水中で立ちあがろうとして被告が同所に設置し使用していた本件水中ポンプ(ツルミハイベビーポンプ、NOHN―一八二九六、型式SB―四〇〇、五一Hz、電圧一〇〇ボルト、単相、出力四〇〇ワット)本体ケースに手が触れたところ同ケースが漏電により帯電していたため感電死したことが認められる。
二漏電の原因
<証拠>によれば、本件水中ポンプの本体から三芯(モーターに接続されている赤、白各相の動力線と、ブラケットに接続されている緑相の接地線)のキャブタイヤケーブルが出ているが、本来なら、右三芯のうち、各動力線はケーブル先端のプラグ(H型二極、モールドタイプ)に接続され、接地線はケーブル先端直前で枝別れして八センチ程単線で伸びたうえワニロクリップに接続されている筈であること、ところが、事故後の神奈川県警察本部鑑識課の検査結果では、本件の場合、右プラグが切り開かれ、その一極(刃)に緑相の接続線が白相の動力線と併せて接続されたうえ切り口を合わせてテープで固定されていたこと、その結果接地線が接続されている刃を電源の電圧側に挿入するように右プラグを電源に差し込むと、接地線を通じて漏電し、本体ケースに一〇〇ボルトの電圧が印加され充電状態となること、及びその他に異常はなかつたことが認められ、右認定事実によれば本件の漏電の原因はプラグの一極に接地線が接続されていたことにあると認められる。
三被告の過失
1 <証拠>によれば、被告の父亡武義は前記被告所有地上のビニールハウスで野菜を栽培していたが、昭和五一年中頃本件排水溝の水を汲み上げて右ビニールハウスに給水するため本件水中ポンプを購入し、これを本件排水溝内に設置して使用していた(但し、雨の日はこれを取りはずして右ビニールハウスに保管した。)こと、昭和五三年七月二九日武義が死亡したので、被告は右野菜栽培を引き継ぐとともに本件水中ポンプを相続により取得したが、その年は使用せず、掃除をして物置に保管し、翌昭和五四年五月頃から武義と同様の方法で使用を始めたこと、同年八月頃本件水中ポンプを本件事故現場の水中にその本体の一部(下部)を没する状態に東岸から吊して設置し、以後このまま取りはずさずに使用していたところ、同年九月一〇日午後六時一〇分頃通電使用中本件事故が発生したこと、被告は本件水中ポンプを使用するに際し、漏電の有無について関心をもつてその点検をしたり、接地線の接地確保はもとより接地線の存否の確認すらしたことはなかつたことが認められる。
2 そこで、右認定の被告の本件水中ポンプの使用に過失があつたか否か検討する。
(一) <証拠>によれば、本件排水溝は第三京浜道路(県道東京野川横浜線)より東方約一二〇メートルに位置し、日頃子ども達のザリガニ捕り等の遊び場となつており、被告も本件事故前少なくとも一、二回は子ども達がここで遊んでいるのを見かけたことがあることが認められる。
(二) <証拠>によれば、本件水中ポンプはその本体の下部を水中に没する状態で作動させるものであるから、これに接触する者は多く身体の一部を水中に没し、しかも接触部が水に濡れた状態なので接触抵抗値が低減するため、ポンプ本体の漏電により感電死する危険は大きいこと、しかも本件水中ポンプと同型の水中ポンプの漏電事故は過去に何度かあつたことが認められる。
(三) <証拠>によれば、本件水中ポンプの取扱説明書にはポンプ運転に際して接地を必ず確実に行なうべき旨、五〇〇ないし一〇〇〇時間毎に定期的に動力線と接地線との間の絶縁抵抗をメガテスターで測定し、これが一〇MΩ(メガオーム)以上あることを確認すべき旨(以下、右検査を「絶縁検査」という。)記載されていることが認められる。
(四) 右認定事実及び前記1の認定事実によれば、被告としては本件水中ポンプに漏電がある場合本件排水溝付近で遊んでいる子どもらが転落その他の原因で本件水中ポンプに接触して感電する場合もあることは十分予見可能であつたというべきであり、他方、およそ電気器具の漏電による危険性並びにその防止の必要性については、今日特別の知識を必要とするまでもなく、殆んど一般の常識に属するといつて過言ではなく、ましてそれが水中で使用されるものである場合については格別のことであり、従つて、その製造業者において構造上既に十分の防止措置を講じている筈とはいえ、なお諸種の原因により事故発生の皆無を保し難いこともまた通常人のよく認識するところであるから、その器具を使用する者はその取扱いについての製造業者の指示に格別の注意を払うなどして、自己についてのみならず、他人についての事故の発生防止に努めるべき一般的な注意義務があるというべきである。まして本件水中ポンプは昭和五一年中頃武義によつて購入された後一度も絶縁検査がなされておらず、かつ同人死亡後約一〇か月間は物置に放置されていたのであるから、被告としては腐蝕その他の原因による漏電について危惧を抱き、点検の必要性を考えて然るべきであつたといつてよく、従つて被告が本件排水溝でこれを使用するにあたつては、漏電の有無を確認するため絶縁検査をし、漏電による接触感電事故を防止するため接地線を接地すべき注意義務があつたといわなければならない。
(五) この点、被告は、その本人尋問において、同人が電気に関する知識に乏しく、又本件水中ポンプの取扱説明書の交付を受けていないので同ポンプの取扱上注意すべき事項を知らなかつた旨供述するが、仮にそうだとしても、上来説示に照らし、被告は製造業者に対して照会するなどの方法によつてこれを習得するよう心掛けるべきであつたのであり、被告供述の右事情は上記注意義務を何ら軽減するものではない。
(六) なお、被告は、本件事故前の使用中本件水中ポンプには何ら異常が認められなかつたのであるから、その安全性を検査する必要はなかつたと主張するが、前記二の事実に照らすと、本件水中ポンプに漏電という異常がなかつたとは到底いうことができず、絶縁検査義務を否定することはできない。
(七) 被告は、本件事故当時水中ポンプは接地線を接地させないで使用するのが普通であつたので被告には接地義務はないと主張するが、右主張事実に沿う被告本人尋問の結果は<証拠>に照らして信用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はないので、被告の右主張は失当である。
(八) 被告は、本件漏電原因が前記二のとおりであつたことを被告において知ることは不可能であつたから、本件事故の発生は不可抗力によるものであると主張するが、前記のとおり被告には絶縁検査義務があり、これを履行すれば本件水中ポンプが漏電することを知り本件事故の発生を防止しえたのであるから、漏電原因を知りえなかつたとしても本件事故の発生が不可抗力によるとはいうことができない。
3 しかるに、被告は、前記認定のとおり、絶縁検査義務を怠つた結果、漏電を看過し、更に接地義務を怠つた結果右漏えい電流をその本体に充満させ、よつて尚を感電死せしめたのであるから、これにより生じた損害を賠償する義務があるというべきである。
(佐藤安弘 小田原満知子 太田和夫)