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横浜地方裁判所 昭和55年(ワ)404号 判決 1981年3月26日

原告

三浦孝二

被告

延藤孝

主文

一  被告は、原告に対し、金一三〇万一六四七円及びこれに対する昭和五四年七月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その二を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金八四五万七八〇〇円及びこれに対する昭和五四年七月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、次の事故(以下本件事故という。)により傷害を受けた。

(一) 日時 昭和五三年三月一四日午前五時八分ころ

(二) 場所 横浜市金沢区寺前町二丁目二六番地先路上(以下本件道路という。)

(三) 加害者 大型シエパード犬通称くろ(以下くろという。)

(四) 右飼主 被告

(五) 事故態様 原告が通勤のため、原動機付自転車を運転して本件道路を平潟町方面から金沢文庫方面へ向つて進行中、くろが突然右車両に飛びかかり接触したため、右車両が横転した。

(六) 結果 原告は、本件事故により左鎖骨複雑骨折の傷害を負つた。

2  責任原因(民法七〇九条)

被告は、他人に飛びかかる性癖を有するくろを鎖等でけい留し、他人の生命、身体、財産に危害を加えないように飼うべき注意義務があるのにこれを怠り、くろを放し飼いにしていた過失により本件事故を惹起させた。

3  損害

(一) 治療費関係

(1) 治療経過

原告は、昭和五三年三月一四日から同月二九日までの一六日間及び同年八月一四日から同年九月二日までの二〇日間各入院(合計三六日間)、同年三月三〇日から同年八月一三日までの一三七日間及び同年九月三日から昭和五四年三月六日までの一八五日間各通院(合計三二二日間、実日数一三〇日)した。

(2) 治療費 金七二万七五〇〇円

(3) 入院諸雑費 金二万一六〇〇円

入院一日につき金六〇〇円の割合

(4) 付添費 金二八万五〇〇〇円

入院一日について金二五〇〇円、通院実日数一日について金一五〇〇円の割合

(二) 休業損害 金二二五万五二〇〇円

原告は、昭和五三年三月一四日から昭和五四年三月六日までの約一年間就労できなかつたことにより、本来受けるべき年収金二四〇万五二〇〇円(給与月額金一五万四六〇〇円、夏期賞与金二五万円、冬期賞与金三〇万円)のうち、夏期賞与として金一五万円の支払を受けたのみでその余の支払を受けられなかつた。

(三) 後遺障害による逸失利益 金六二〇万二五〇〇円

(1) 後遺障害の内容

左肩関節障害(自動車損害賠償保障法施行令別表等級第一二級第六号に該当)

(2) 症状固定日 昭和五四年三月六日

(3) 算定

原告の前記年収額金二四〇万五二〇〇円を基礎とし、労働能力喪失率を一四パーセント、就労可能年数を症状固定時の年令であり三六才から六七才までの三一年間(ホフマン係数一八・四二)として計算(但し、百円位未満切捨)

(四) 慰藉料 金一六〇万円

(五) 弁護士費用 金四〇万円

4  損害の填補 金三〇三万四〇〇〇円

(一) 労災保険関係

(1) 療養給付金 金七二万七五〇〇円

(2) 休養給付金 金一四二万六四〇〇円

(3) 障害一時金 金三八万〇一〇〇円

(二) 被告の損害賠償内払金 金五〇万円

5  よつて、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記3の損害額から4の填補額を控除した残額金八四五万七八〇〇円及びこれに対する不法行為後の本件調停(横浜簡易裁判所昭和五四年(ノ)第六五号)申立書送達の日の翌日である昭和五四年七月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)ないし(四)及び(六)の事実は認めるが、同1の(五)の事実は否認する。

2  同2の事実のうち、くろが他人に飛びかかる性癖を有していることを否認し、事故当時くろが放し飼いにしていたことは認める。

3  同3の事実のうち、原告が金一五万円の支払を受けたことを認め、後遺障害の等級が第一二級六号に該当することを否認するが、その余の事実は知らない。

4  同4の事実は認める。

三  抗弁(過失相殺)

原告は、本件道路を横断するくろを避げようとして急ブレーキをかけ、その反動で転倒したものであるが、右道路はカーブもゆるやかな場所でくろを事前に発見でき、容易に停止ないし避難できたにもかかわらず、原告は前方不注視又は制限速度(時速四〇キロメートル)超過で進行した過失がある。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実のうち、(五)の本件事故の態様を除くその余の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで先ず本件事故の状況について判断する。

成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一ないし六、第三号証、第一八号証、本件事故現場とその周辺の写真であることに争いのない甲第一二号証、証人吉武照美の証言及び原告本人尋問(第一、第二回)の結果、被告本人尋問の結果の一部並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

1  本件事故は、原告が昭和五三年三月一四日午前五時八分ころ、通勤のため平潟町方面から金沢文庫方面へ向い、夜明前でまだうす暗かつたのでライトを点灯し、原動機付自転車(車両番号金沢区に六一三号)を運転して時速約三〇キロメートルで本件道路に差しかかつたとき、日本製鋼金沢文庫寮(以下文庫寮という。)へオートバイに乗つて新聞配達をしていた吉武について来ていたくろが、突然文庫寮の門から原告の直前に飛出したため、ハンドル操作ないしブレーキ等の回避措置を講ずる間もなく、くろと接触して転倒し、傷害を蒙つたこと、

2  本件道路の両側には人家、寮が立ち並らびその出入口が右道路に面していること、本件道路は原告の前記進行方向からみて文庫寮の門のすぐ手前から左にカーブし、文庫寮の門は道路から約三、四メートル奥へ入つた場所に設置され、しかも文庫寮の周囲は石垣、土手等でかこまれ、その上に植込があるため門の出入口の見通しは極めて悪いこと、本件道路の制限速度は時速四〇キロメートルであること本件道路は午前五時ころであつてもマラソンをする人や新聞配達人等が通行すること、原告は昭和五二年一月から毎朝午前五時ころ右道路を通行していたので、これらの事実を知つていたこと、

3  被告は、くろを昭和五〇年ころから自宅で飼つていたが、午後一〇時ころから午前六時ころまで運動させるためくろを鎖につながず庭に放しておくことが多かつたこと(本件事故当時、被告がくろを放し飼いにしていたことは当事者間に争いがない。)、被告宅の周囲には塀があるが門はないため、くろは早朝新聞配達人等のオートバイや自転車の後を追つて外へ出て、右オートバイや自転車についていき、それらにじやれつくことがよくあり、被告はこのことを知りながら放置していたこと、このことは、横浜市動物保護管理条例第六条一項七号、同条二項一号に違反すること、本件事故当時も、くろは被告宅の近くへ新聞配達に来ていた吉武の運転するオートバイの音を聞きつけてその後を追い、配達先の文庫寮の門の中までついて行つたこと、その後、前認定のように文庫寮の門から飛出して本件事故が発生したこと、

もつとも乙第五号証(吉武作成の証明書)には、「ぼくさえ犬を連れていかなかつたらこんなことにならなかつたと思います。」との記載があるが、証人吉武照美の証言によると、右記載はついて来たくろを知りながらそのままにしていた道義的責任を認めたものであることが認められるので前認定の妨げとならず、又前記認定に反する被告本人尋問の結果の一部は、前掲各証拠に照らして採用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

三  責任原因

前記二の事実によれば、本件事故発生については、原告にも後記のように過失があり、又、くろが吉武の後を追つて行つた先での事故であること(吉武がくろの占有者に当らないことは明らかである。)を考慮しても、被告には、くろのような大型犬を飼う者として著しくその注意義務を怠つた過失があるというべきであり、民法七〇九条により、原告が本件事故によつて被つた損害を賠償すべき責任がある。

四  そこで、原告の損害について判断する。

1  治療費関係

(一)  治療経過

成立に争いのない甲第五号証の二及び原告本人尋問(第一回)の結果によれば、社会福祉法人済生会若草病院において、原告主張のとおりの入・通院をした事実が認められる。

(二)  治療費 金七二万七四六七円

弁論の全趣旨によれば真正に成立したものと認められる甲第九号証によれば、原告は前記入・通院にともなう治療費として、金七二万七四六七円を支払つたことが認められるが、原告が右金額を超える金員を支払つたことを認めるに足りる証拠はない。

(三)  入院諸雑費 金二万一六〇〇円

原告の入院中の三六日間少なくとも一日について金六〇〇円の諸雑費を必要としたことが認められる。

(四)  付添費

成立の争いのない甲第一七号証によれば、原告は、左鎖骨骨折により昭和五三年三月一四日手術を行ない、同日から同年五月九日までギプス固定し、又、左鎖骨偽関節により同年八月一五日手術を行ない、同月一六日から同年一〇月一七日までギプス固定し、右ギプス固定中は多少は日常生活に支障があつたものと推測されるが、原告の利腕は右であり、前記傷害の部位、程度からして付添を要する程のものであつたとは認められず、原告の付添費の請求は失当である。

2  休業損害 金二二五万五二〇〇円

成立に争いのない甲第五号証の一、原告本人尋問(第一回)の結果により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一、二及び同本人尋問の結果を総合すれば、原告は本件事故当時、鮮魚の卸商を営む有限会社丸栄に勤務して月額金一五万四六〇〇円の給与を受け、これに賞与を加えると年間金二四〇万五二〇〇円の収入を得ることができたことが認められるところ、原告は本件事故のため昭和五三年三月一四日から症状固定日である昭和五四年三月六日までの約一年間就労できなかつたことにより、右金二四〇万五二〇〇円のうち、昭和五三年六月一〇日に夏期賞与として金一五万円の支払を受けた(原告が金一五万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。)のみで、その余の支払を受けられず(原告は、昭和五四年一月一六日をもつて前記勤務先を退職しているが、これは就労不能を理由とする解雇によるものである。)、その差額と同額の損害を被つたことが認められる。

3  後遺障害による逸失利益 金一八七万五一九〇円

前掲甲第五号証の一、原告本人尋問(第一回)の結果により真正に成立したものと認められる甲第八、第一六号証及び同本人尋問の結果を総合すれば、原告には本件事故による症状が昭和五四年三月六日固定したが、後遺障害として左肩関節障害が残存し、通勤途中の事故のため、労働者災害保障保険法の後遺障害等級一四級に認定されて確定した事実が認められるので、自動車損害賠償保障法施行令別表等級第一四級に該当するものと認めるのが相当であり、右後遺障害の部位、程度、労働省労働基準局長の労働能力喪失率表の記載等の諸事情を考慮すると、原告は右後遺障害のためその労働能力を五パーセント喪失し、それは症状固定時の年令である三六才から就労不能となる六七才までの三一年間継続するものと認められるから、原告の前記年収額を基礎として右後遺障害による逸失利益をライプニツツ式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金一八七万五一九〇円(円位未満切捨、以下同じ。)となる。

2,405,200×0.05×15.5928=1,875,190

4  慰藉料 金一五六万円

原告の前記入、通院の状況、後遺障害の内容、程度等の諸事情を考慮すると、慰藉料の額は金一五六万円と認めるのが相当である。

5  過失相殺

前記二の認定事実によれば、原告は本件道路を通行する際、道の両側の人家、特に見通しの悪い文庫寮から住人等が右道路上に飛び出してくる場合のあることをも予側して、制限速度(時速四〇キロメートル)を相当程度減速しつつ人家、特に文庫寮の出入口付近に注意して進行し、不測の事態が発生したときは直ちに事故発生の回避措置をとるべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、文庫寮の門から人等が右道路上に飛び出してくることはないものと軽信してこれに対する注意を怠り、しかも減速もしないで時速約三〇キロメートルで漫然進行した過失により本件事故に遭遇したものであることが推認され、右過失が本件事故の発生に寄与した割合は三五パーセントと認めるのを相当とし、賠償額を定めるについてこれを斟酌すると、前記原告の損害額合計金六四三万九四五七円から三五パーセントを減じた金四一八万五六四七円をもつて賠償を求め得る額と認めるのが相当である。

6  損害の填補 金三〇三万四〇〇〇円

原告が請求原因4記載のとおり合計金三〇三万四〇〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、これを原告の損害額に充当すると、その残額は金一一五万一六四七円となる。

7  弁護士費用 金一五万円

本件事案の内容、審理経過、請求額、認容額等に照らすと、原告が本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は金一五万円と認めるのが相当である。

五  そうすると、原告の被告に対する本訴請求は、金一三〇万一六四七円及びこれに対する不法行為の後である昭和五四年七月一日から完済に至る民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原敏彦)

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