横浜地方裁判所 昭和55年(ワ)949号 判決 1980年12月25日
原告
金子久子
ほか三名
被告
群馬急送株式会社
主文
一 被告は原告金子久子に対し金一四六万七九〇五円、原告金子信利、同金子正文、同金子久美子に対しそれぞれ金五六万〇六七〇円及びこれらに対する昭和五四年八月一八日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告金子久子に対し金三〇五万八八九二円、原告金子信利、原告金子正文、原告金子久美子に対し各金一六五万五三五〇円及びこれらに対する昭和五四年八月一八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五四年八月一七日午前一〇時五〇分頃
(二) 場所 横浜市戸塚区品濃町一六七八番地先路上
(三) 加害車 普通貨物自動車(群11い五七三八号)
運転者 石田操
(四) 被害者 金子サダ
(五) 態様 加害車は右事故現場を横浜新道方向へバツクしていたところ、同方向へ歩行中の被害者サダの背後から、同車後部を衝突させ、同人を死亡させた。
2 責任原因
被告は加害車を自己のために運行の用に供していたものである。
3 原告らの身分関係
被害者サダの長男亡加藤正美は唯一の相続人であり、原告久子はその妻、その余の原告三名はいずれも右亡正美と原告久子との間の子であり、被害者サダの代襲相続人である。
被害者サダは、昭和三三年夫延太郎と死別し、昭和四八年一人子の正美とも死別したため、その身寄りは原告らのみとなり、以降、被害者サダと原告らとは引続き同居生活を続けてきた。
4 損害
(一) 原告久子は本件事故によつて次の損害を被つた。
(1) 積極損害
被害者サダの葬儀費用 金三五万円
同治療費 金七万五五〇〇円
同看護費 金二八〇〇円
諸雑費 金五〇〇円
文書料 金一三〇〇円
合計 金四三万〇一〇〇円
(2) 慰藉料
被害者サダは事故当時八〇歳の高齢であつたが、非常に健康で、一家の留守を引受け、家事万端を一手に取り仕切つていた。原告久子はこれを前提に横浜高島屋に勤務し、月収約金一〇万円を得ており、被害者とは互いに固い信頼と愛情に結ばれ、扶けあつて一家を守つてきたものであり、本件事故によつて著しい精神的打撃を被つた。右精神的苦痛に対する慰藉料としては、少なくとも金三〇〇万円が相当である。
(二) 原告信利、同正文、同久美子は本件事故によつて各々次の(1)の(ロ)の損害を被り、(1)の(イ)及び(2)の損害賠償請求権を相続した。
(1) 慰藉料
(イ) 被害者サダは、本件事故により死亡したことによつて金一〇〇〇万円を下らない慰藉料請求権を取得した。右原告三名はこれを代襲相続によつてそれぞれ金三三三万三三三三円を取得した。
(ロ) 仮にそうでないとしても、右原告三名が最愛の祖母を失つたことによつて被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、前記金額を下らないのが相当である。
(2) 逸失利益の相続
(イ) 被害者サダの死亡により、原告久子は家事負担が増大し、その収入は半減した。被害者サダの生前の労働価値は主婦たるべき原告久子の客観的労働価値を生産すべき価値として考察されるから、原告久子の労働価値たる月収金一三万九〇〇〇円の約半額の金七万円を下らないものであり、その半額を生活費として控除した月額金三万五〇〇〇円、年額にして金四二万円を下らなかつた。被害者サダはあと三年間は当時の労働に耐えたものと思われるから、そのライプニツツ係数による現価は金一一四万三七四四円を下らない逸失利益がある。
(ロ) 原告信利、同正文、同久美子は、これを代襲相続により、各金三八万一二四八円を取得した。
5 損害の填補
本件事故により、加害車の自賠責保険から金三八〇万〇一〇〇円、被告から金五〇万円計金四三〇万〇一〇〇円が支払われ、右金員のうち、金四三万〇一〇〇円は原告久子の請求権の一部に充当され、残金三八七万円はこれを三等分し、それぞれその余の原告三名の請求権中慰藉料請求権の一部に充当された。
6 弁護士費用
原告久子は、被告が対人損害賠償保険を付していた千代田火災保険会社と本件の賠償交渉を行つてきたが、右会社が十分な賠償請求に応じないため止むなく本件訴訟代理人に本訴提起を依頼し、本訴貼用印紙、郵券代を除いた着手金及び費用として金一五万一二〇〇円を支払い、金六〇万円の成功報酬の支払を約した。
7 よつて原告久子は被告に対し金三〇五万八八九二円(うち慰藉料請求権については金二三〇万七六九二円の一部請求)、原告信利、同正文、同久美子はそれぞれ金一六五万五三五〇円(うち慰藉料請求権については金二五六万四一〇二円の一部請求)及びこれらに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五四年八月一八日から各支払ずみに至るまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実中、(一)ないし(四)の事実、(五)の事実中、加害車が被害者サダと衝突し、同人を死亡せしめたことは認め、その余は不知。
2 請求原因2の事実は認める。
3 請求原因3の事実は不知。
4 請求原因4の事実中、(一)の(2)及び(二)の(2)の事実は否認し、その余は不知。
なお、慰藉料請求権の相続性は否定すべきであり、又民法七一一条所定のものに当らない原告らに慰藉料請求権を認めるべきでない。仮に認めるとしてもその額は民法七一一条所定のものより低額とすべきである。
5 請求原因5、6の事実は不知。
6 請求原因7の主張は争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因第1項の事実中、(一)ないし(四)の事実及び加害車が金子サダに衝突して同人を死亡させた事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因第2項の被告が責任原因事実は当事者間に争いがない。
三 請求原因第3項の事実は、成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、原告金子久子本人尋問の結果よりこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
弁論の全趣旨によつて成立を認める甲第三号証、原告金子久子本人尋問の結果を総合すると、昭和四八年に一家の支柱であつた原告久子の夫加藤正美が死亡した後、当時中学三年生を頭とする原告信利ら三人の子供たちをかかえた原告久子と、加藤正美の母の被害者サダとは同居して互いに協力し、被害者サダは和裁、原告久子はミシンかけの仕事を行つて生計を支え、昭和五一年ころからは、原告久子が横浜高島屋に勤めることになり、特に昭和五三年ころ正午から午後五時半ころまで毎日勤務することになつてからは、炊事、清掃等家事の多くを被害者サダと原告久子が協力して分担していたこと、本件事故当時被害者サダは七九歳の高齢であり、やや耳は遠くなつていたものの、身体は健康で、二階への上り下りは勿論、歩いて買物に行くなど日常の家事を行うについては全く支障がなかつたこと、被害者サダは原告信利、同正文、同久美子の三人の孫に対しても、原告久子にかわつて面倒を見てやり、かわいがつていたこと、原告信利、同正文、同久美子の三人と被害者サダとの間は親密で、原告信利、同正文が高校卒業後、大学進学をあきらめて就職し、祖母である被害者サダに対して、これから楽をさせてやれると話していたこと、本件事故の後は、原告久子と同久美子が家事を協力して行つていること等の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
四 原告久子の損害について
(一) 積極損害 金四三万〇一〇〇円
(1) 原告金子久子本人尋問の結果及びこれによつて真正に成立を認める甲第四号各証によると、原告久子は被害者サダの死亡に伴い、葬儀関係費用として合計金二三三万五八三五円の支出をしたことが認められ、弁論の全趣旨から少なくとも金三五万円については本件事故と相当因果関係ある損害と認められる。
(2) 原告金子久子本人尋問の結果及びこれによつて成立を認める甲第六号証によると、被害者サダは事故後病院において数時間の治療を受けたが死亡したこと、そのため原告久子は治療費金七万五五〇〇円、看護料金二八〇〇円、諸雑費金五〇〇円、文書料金一三〇〇円を支出したことが認められる。
(二) 慰藉料 金二五〇万円
被告は原告久子は被害者サダとの間に民法七一一条所定の身分関係がないから、固有の慰藉料請求権は生じないと主張する。しかし、同条は死者の近親者に固有の慰藉料請求権を付与したものであるが、右請求権者は同条所定の親・子・配偶者に限定する趣旨ではなく、実質的に考察してこれらの者に準じる特別の事情ある者についても同条を類推適用して固有の慰藉料を請求しうるものと解するのが相当である(最高裁昭和四九年一二月一七日第三小法廷判決民集二八巻一〇号二〇四〇頁)。
これを本件についてみれば、前記三で認定した事実によると、原告久子は被害者サダと固い信頼に結ばれ、互いに扶けあつて一家の生計を支えていたことが認められ、原告久子は被害者サダの死亡によつて大きな精神的打撃を被つたことが推認でき、かかる特別な事情がある以上、原告久子は被告に対し、民法七一一条の類推適用により、固有の慰藉料請求権を有するものと認められ、右精神的苦痛に対する慰藉料としては少なくとも金二五〇万円を下らない額と認めるのが相当である。
五 原告信利、同正文、同久美子の損害等について
(一) 慰藉料 各金八〇万円
被害者が死亡した場合、被害者自身は直ちに権利能力を失うものであり、被害者自身が自己の死亡に基づいて慰藉料請求権を取得することは概念上ありえないことであり、これを相続人において相続することもまたあり得ないと解するのが相当であるから、原告らの主位的請求は失当である。
しかし右原告三名は前示のとおり被害者サダの孫に該当するところ、右の者が親・子・配偶者に準ずる特別の事情があれば民法七一一条の類推適用によつて固有の慰藉料を請求しうること前に述べたとおりである。本件においては前記三で認定した事実によれば、右原告ら三名と被害者サダとは実際上親子に準ずる厚い信頼と愛情で結ばれていたことが推認でき、かかる事情に照らせば右原告ら三名に固有の慰藉料を請求しうるものと解するのが相当であり、その額については諸般の事情を考慮すると各金八〇万円が相当である。
(二) 逸失利益の相続 各金六〇万六六三八円
前記二の認定によれば、事故当時被害者サダは主として家事労働に従事しており、これによつて現実の収入はなくても、これを他人に依拠すれば当然に相当の対価を支払わなければならないのであるから、社会的に金銭評価が可能なものであり、逸失利益の算定にあたつては原則として女子雇用者の平均賃金に相当する財産上の収益をあげるものと推定するのが相当である(最高裁昭和四九年七月一九日第二小法廷判決民集二八巻五号八七二頁)。
この点につき、原告久子は主婦たるべき原告久子の平均賃金を算定の基礎とすべき旨を主張するけれども、前記三の認定事実によれば、確かに被害者サダは原告久子が本来なすことが通常と考えることのできる家事を同人に代わつてなしていたと考えられるか、このことから直ちに原告久子の平均賃金に相当する価値を被害者のなしていた家事労働が生み出していたと考えることはできず、あくまで被害者サダ本人の平均賃金を算定の基礎とすべきものと解するのが相当である。
本件においては、昭和五三年賃金センサス第一巻第一表による女子六五歳以上の平均給与額は年額金一三三万六六〇〇円と認められ、これから生活費五割を控除した年額金六六万八三〇〇円が毎月あたりの得べかりし利益であると推定できる。被害者サダの就労可能年数については、当時の年齢、健康状態、家事労働という労働の性質等を考慮すると、これを三年間と推定することができ、そのライプニツツ係数(二・七二三二)により現価を算定すると金一八一万九九一五円となる。
前記原告三名は被害者サダの唯一の相続人亡金子正美の子としてこれを代襲相続によつて各金六〇万六六三八円ずつ取得したものと認められる。
六 損害の填補
原告金子久子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると本件事故による損害の賠償として、自賠責保険から金三八〇万〇一〇〇円、被告から金五〇万円の支払を受けた事実が認められるが、本件全証拠によつても原告ら主張の充当権を行使したことを認めるに足りる資料はないので、右支払は法定充当の規定に準じて各債権額の割合に応じて充当されたものと認めるのを相当とする。
そうすると、原告久子の損害賠償請求権は金二九三万〇一〇〇円、その余の原告三名の損害賠償請求権はそれぞれ金一四〇万六六三八円であるから、これに各債権額の割合で前記支払を充当すると、原告久子の残額は金一一六万七九〇五円、その余の原告三名の残額はそれぞれ金五六万〇六七〇円となる。
七 弁護士費用 金三〇万円
原告久子は原告ら訴訟代理人に本訴を委任したが、本件請求額、認容額、事案の態様、審理の経過等の事情を考慮すると、原告久子が被告に対し請求しうる弁護士費用は金三〇万円と認めるのが相当である。
八 以上により原告久子は被告に対し金一四六万七九〇五円、その余の原告三名はそれぞれ金五六万〇六七〇円及びこれらに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五四年八月一八日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 菅原敏彦)