横浜地方裁判所 昭和55年(行ウ)30号 判決 1981年5月27日
原告 小島滋
被告 川崎市中原区長
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対してなした昭和五五年四月二二日付五五川中市第二五八号及び昭和五五年五月一九日付五五川中市第五五三号及び昭和五五年五月二九日付五五川中市第六八五号及び昭和五五年六月二七日付五五川中市第五五三の二号による各回答が無効であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 本案前の申立
主文同旨
三 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和三六年まで川崎市に居住していたところ、被告に対して、住民票除票の廃棄済証明書の交付申請をした。
2 被告は原告に対し、昭和五五年四月二二日付五五川中市第二五八号及び同年五月一九日付五五川中市第五五三号及び同年同月二九日付五五川中市第六八五号及び同年六月二七日付五五川中市第五五三の二号による各回答(以下これらを総称して「本件各回答」という。)をなした。
3 しかしながら、被告は、昭和三六年度転出者の住民票除票の廃棄済証明書を発行するに必要な公簿(住民票保存簿見出)を現に保管しているのであるから、川崎市における事務処理要綱である昭和四九年一一月二九日付「諸証明の手引」に基づき、原告の適法な住民票除票の廃棄済証明書の交付申請に対して、これを発行しなければならない義務がある。しかるに、右除票の廃棄済証明書を発行せず、これを交付できない旨の本件各回答をなし、しかも、本件各回答には被告において右公簿が存しないという虚偽の事実を記述しているのである。従つて、本件各回答は、前記「手引」及び憲法一五条一項、地方公務員法三〇条、三三条、住民基本台帳法一条、三条の諸法令に違反し、地方自治法二条一五項の「地方公共団体は、法令に違反してその事務を処理してはならない」との規定に反するものであり、同条一六項により無効である。
よつて、原告は被告のなした本件各回答の無効の確認を求める。
二 本案前の申立の理由
原告は、本件各回答の前提となる住民票除票の廃棄済証明書の不交付によつて損害を受けるおそれはなく、また不交付の無効確認を求める法律上の利益を有しないから、本件訴は行政事件訴訟法三六条所定の要件を欠くものである。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2項の事実は認める。
2 同3項のうち、被告が昭和三六年度転出者の住民票除票の廃棄済証明書を発行するに必要な公簿を現に保管しているとの点は否認し、その余の主張は争う。
四 本案前の申立の理由に対する反論
行政行為における公証、すなわち、住民票除票の廃棄済証明書は、川崎市が一般市民に対して、特定人が過去において居住していた事実を証明する効果があり、これを発給しないことは居住の事実のなかつたことを証明する効果を有するのであり、もし過去の居住関係に関する疑惑が第三者に生じた場合には重大な判断基準となるのであり、更に、住民票を基礎とする争訟が惹起された場合には利害関係者の法律行為の判断基準となることもあり、原告の権利義務関係に絶対的な影響を及ぼすものである。
よつて、原告は訴の利益を有する。
五 被告の主張
1 旧住民登録法施行令は、「市町村は、住民票の索引のため、見出票を備える」こと(二条二項)、「住民票の全部を削除したときは、消除された住民票は当該年度の翌年から五年間保存する」こと(七条一項)及び「住民登録に関する届書その他の附属書類は、当該年度の翌年から三年間保存する」こと(同条三項)を規定していた。
昭和四二年、現行の住民基本台帳法が施行されたのに伴い、旧住民登録法は廃止された。住民基本台帳法施行令は、「消除された住民票の保存期間は、その消除された日から五年間とする」こと(三四条一項)、「旧住民登録法施行令の規定による住民登録法の規定による住民登録に関する届書その他の附属書類の保存については、なお従前の例による」こと(附則四条)を定めている。しかし、同法施行令により、旧法施行令に設けられていた見出票については市町村はその作成の法律上の義務がなくなつた。
右の如き法令の改正にかかわらず、川崎市は、他の多くの市町村と同様に、附属書類については実務上の便宜のために五年間保存する取扱いをしている。
2 原告の住民票の消除は、昭和三六年に原告が川崎市から大宮市に転出したのに伴い行われたのであるが、住民票除票及びその見出簿は法令所定の保存期間を超えて事実上昭和五〇年一月五日まで保存され、同日廃棄された。
3 川崎市においては、住民サービスの見地から、住民基本台帳により義務づけられた証明のほかに、地方自治法二条三項一六号の規定に基づいて、昭和四九年一一月二五日に「戸籍、住民票その他の手引」を作成し、これによつて住民票等に関する事項について、住民基本台帳法に定められていない証明をしている。
当然のことながら、右証明は備付の公簿によつて確認することができる事項に限られるものであるが、原告から申請があつた住民票除票の廃棄済証明書については、前項で述べたとおり、すでにその見出票が廃棄されているため、見出票によつて住民票除票の廃棄を確認することができない。更に、証明はいわゆる準法律行為的行政行為であり、法令に基づいて行われなければならないものであるところ、原告申請の住民票除票の廃棄済証明書は法令に規定がない。
従つて、被告は右証明書を発行することができない。なお、このような場合には、現在川崎市に住民票がないことを証明する不在籍証明書を交付することができる。
4 そこで、被告は証明事務にかかる法令の規定に従い、原告に対して本件各回答をなしたもので、右各回答には虚偽の事実はなく、その内容に矛盾するところはないから、本件各回答は適法かつ有効なものである。
第三証拠<省略>
理由
一 本案前の申立について判断する。
1 本件訴は要するに、原告が被告に対して住民票除票の廃棄済証明書の交付申請をしたのに、被告が、原告に対し公簿である住民票除票の見出票が昭和五一年一月五日に廃棄済であるため証明書を交付することができない旨、書面を以て告知したところ、該告知にかかる本件各回答が無効であることの確認を求めるというにある。
そこでまず、本件各回答が、抗告訴訟の一類型である無効確認訴訟の対象となりうる行政庁の公権力の行使としてなされる行政処分に該るか否かを検討する。
2 成立に争いのない甲第五号証、丙第一号証の一、二、第二号証によれば次の事実が認められる。
川崎市においては、地方自治法二条の規定による公共事務としての行政証明とは別に、法令上の明文規定が存しない場合にも、市に備付けの公簿や、又は公簿の備付けがない場合であつても、その事実又は法律関係の存否について市長が認識できるときには、市の行政サービスとして、慣行的行政証明をなしている。住民票除票の廃棄済証明書は、行政先例に基づく証明ではなく、法律条例に定めのない任意の証明として、いわゆる慣行的行政証明の一つとしてなされているものである。そして、右法律条例に定めのない任意の証明については、その種類様式等がまちまちになりうることから、これを一定のものに整理し統一的に事務処理を行う目的で、川崎市においては昭和四九年一一月二五日付「戸籍、住民票その他証明の手引」が作成され、右手引に基づき住民票除票の廃棄済証明書の発行がなされている。
以上の事実が認められる。
3 請求原因1、2項の事実は当事者間に争いがない。
4 右事実によれば、住民票除票の廃棄済証明なるものが、そもそも無効確認訴訟の対象となりうる行政庁の公権力の行使としてなされる行政処分に該らないことは明らかであり、これにより個人の法律上の地位ないし権利関係に影響を及ぼすものとは到底考えられないところである。
しかして、本件各回答は、右廃棄済証明書の交付申請に対して、被告において、その交付に代わるものとして、交付をなしえない旨を理由を付して原告に事実上回答した書面であつて、行政機関としての被告が、法令に基づく義務としてではなく、一般国民に対する奉仕として、誠実な対応をなしたにすぎないものであつて、本件各回答が、無効確認訴訟の対象となりうる個人の法律上の地位ないし権利関係に影響を及ぼす公権力の行使としての行政処分に該るとは解されない。
以上のとおり、本件訴は無効確認訴訟の対象を欠くものであるから不適法として却下を免れない。
5 なお、本件各回答が、個人の法律上の地位ないし権利関係に影響を及ぼすものでないことは前説示のとおりであるから、本件各回答に続く処分は容易に想定し難く、これにより原告が損害を受けるおそれが存するとは考えられないところであり、その他原告が本件各回答の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有するとは到底認められない(行政事件訴訟法三六条)。
従つて、本件訴は訴の利益を欠き、この点からも不適法なものというべきである。
二 よつて、本件訴は不適法であるから、その余について判断するまでもなくこれを却下することとし、訴訟費用については行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条により原告の負担とし、主文のとおり判決する。
(裁判官 小川正澄 三宅純一 清水節)