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横浜地方裁判所 昭和56年(ワ)937号 判決 1985年1月23日

原告

有限会社森村工業

右代表者

森村壽

原告

森村和夫

右両名訴訟代理人

中尾正信

江口正夫

被告

石崎泰男

右訴訟代理人

伊豆鉄次郎

補助参加人

安田火災海上保険株式会社

右代表者

宮武康夫

右訴訟代理人

平沼高明

関沢潤

堀井敬一

野邊寛太郎

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一原告会社が昭和五一年九月静雄から別件訴訟を提起され、被告に右事件の訴訟代理を委任したこと、昭和五四年五月九日右訴訟について原告会社敗訴の別件判決の言渡を受け、同月一一日右判決の正本が被告へ送達されたこと、その後原告会社は被告に右判決に対する控訴の提起及び訴訟の追行の一切を委任し、被告がこれを承諾したこと、被告は同月二六日東京高等裁判所に控訴を提起したが、同年七月一八日控訴期間経過を理由に控訴却下の判決があり、同年一〇月三〇日右判決が確定したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがなく、被告本人尋問の結果によれば、原告会社が被告に対して別件判決に対する控訴の提起を委任したのは昭和五四年五月二三日頃と認めることができる。

二そこで請求原因事実4について判断する。

1  <証拠>によれば、昭和五四年五月一一日別件判決の正本が被告に送達されたが、当日被告は不在で、被告の法律事務所の女子事務員が右正本を受領し、被告宛の他の封書等と共に自己の机の引き出しの中に納め、同月一五日になつてこれを被告に渡したこと、その際被告は右事務員から右正本を前日の一四日に受領したときいて、これを信じ、他に右送達の日時を確認する格別の手段をとることなく一五日から二週間内が控訴期間と考えたこと、そして、右一五日か翌一六日に原告会社に対して敗訴判決があつた旨電話連絡した上、控訴することをすすめ、その手続の委任を受けたので、直ちに訴訟委任状用紙を原告会社に送り、一週間位を経過した頃同原告から送られてきた委任状を受取り、同月二六日東京高等裁判所に控訴状を提出したこと等の事実を認めることができる。

2  ところで、訴訟当事者から訴訟委任を受けた弁護士は、委任者に不利益な第一審判決がなされ、その判決正本の送達を受けたときは控訴期間を確認し、これを委任者に通知して控訴期限を徒過しないよう注意を促すと共に、同人から控訴手続の委任を受けたときは自らもこの点に細心の注意を払うべき委任契約上の義務あることは多言を要しない。

しかるに、前記1認定のとおり、被告は女子事務員(被告本人尋問の結果によれば、同事務員は採用後日が浅く、事務に不慣れであつたことが認められる)の言を漫然信用して判決正本の送達日時を確認する手段をとらなかつたため、上記のとおり控訴期間の計算を誤り、控訴期限を徒過したのであるから、これは委任契約上の義務に違反したものといわなければならない。

三ところで、被告の控訴期限徒過による敗訴判決の確定と原告会社主張の損害及び原告和夫主張の物的損害との間に因果関係を肯定するためには、控訴期間内に適法な控訴がなされていたならば、原告会社が控訴審において確実に勝訴できたことを前提としなければならない。

そこで、控訴審において、原告会社の勝訴が確実であつたか否かについて検討する。

1  別件訴訟における静雄の請求の趣旨、原因及びこれに対する原告会社の反論の要旨が前記請求原因5(二)記載のようなものであつたことは当事者間に争いがない。

従つて、争点は、四郎名義の出資持分六三五口の実質的権利者が名義どおり四郎であるか否かであり、別件判決はこれを肯定したのであるが、その控訴審において右結論を覆えし得たか否かが問題である。

2  <証拠>によれば、原告会社は水道、冷暖房、衛生、ポンプ、排水管、浄化槽及び各種管工事の新設、修理の請負などを目的とする有限会社であり、旧商号を有限会社本田工業所と称し(昭和五五年二月二五日現商号に変更)、昭和二九年五月二一日設立され、当初の社員は本田泰次郎、相沢喜好、滝川芳房及び勝又政雄の四名で、出資口数は各五〇口であり、取締役には本田が就任したこと、昭和三五年一月相沢、滝川、勝又の三名が社員を退き、新たに四郎と壽が社員に加わつたこと、その際右両名は取締役に就任し、本田が代表取締役に就任したこと、昭和三九年本田が退任し、同年四月三〇日四郎が代表取締役に就任したことが認められ、<証拠>によれば、原告会社の定款上社員の出資口数は昭和三五年一月の時点で本田が七〇口、四郎と壽が各六五口と記載され、昭和三九年右本田の七〇口が四郎の出資口数に加えられて同人の口数が一三五口と記載され、昭和四四年四月三〇日に原告会社の従来の資本総額金二〇万円が金一〇〇万円増額されて金一二〇万円となり、四郎と壽の出資口数に各五〇〇口が加えられて、それぞれ六三五口及び五六五口と記載されたことは別件訴訟上静雄と原告会社との間で争いがなかつたことが認められる。

3  ところで、有限会社の出資持分の移転は取得者の氏名及び住所並びに移転する出資口数を社員名簿に記載しなければこれをもつて会社その他の第三者に対抗することができず、また有限会社の社員総会の招集通知はこれを発する時の社員名簿に記載ある社員に対してなされなければならないところ、弁論の全趣旨に照らして原告会社には社員名簿の備付がなかつたものと推認されるが、かかる場合でも社員名簿に記載すべき事項が定款に記載されているときは、社員たる身分は右定款の記載に従つて律せられるべきであることは定款変更の手続(有限会社法第四八条)が持分の譲渡承認の手続(同法第一九条)に比してより厳格であることに照らして明らかである。従つて、定款の記載はそれ自体高度の真実性を表現しているものであつて、右記載にも拘わらずそれが真実に合致せず会社或いは他の社員の便宜のために名義を借用したに止まり、当該社員が実質上その地位を有しないものと認めるには、当該社員と他の社員や会社との間で、当該社員により、同人が単にその名義を貸与したに過ぎず、実質上の地位を有するものでない旨を確認した書面が作成されているとか、右書面が作成されるまでもなく右関係当事者間では右の裏実が明らかなものとして了解されていることが客観的に認められる必要があり、そうでない以上、定款記載の出資持分の取得原因を詮索するまでもなく右記載を真実と認めるのが相当である。

4  四郎から原告会社もしくは壽に対して四郎名義の出資持分につき前記趣旨を確認した書面が作成されている事実は認められない。

5(一)  そして、<証拠>によれば、別件判決は、昭和三五年一月頃四郎名義とされた持分六五口は同人の出捐によつて取得されたものでなく、壽のそれによるものであつたと認定したが、他方、当時原告会社が給水工事請負業者として県の指名を受けて営業をするには給水工事責任技術者の資格を有する者を擁している必要があつたのに、従来その有資格者であつた相沢喜好がその頃退職し、原告会社には有資格者がいないことになるため、右資格を有する四郎の同意を得て、その利用を可能にするため右出資持分六五口を四郎名義にしたものと認定したことが認められるところ、この認定は、<証拠>によりこれを首肯することができる。

(二)  次に<証拠>によれば、別件判決は、昭和三九年本田の退任に伴ない同年四月三〇日四郎が代表取締役に就任すると共に従来の本田の持分七〇口を四郎が自らの出捐をもつて取得したことを認定したことが認められるところ、この認定は<証拠>によつてこれを首肯することができる。

(三)  また、前掲甲第一号証によれば、別件判決は、前掲乙第一号証、前掲甲第一〇号証の供述記載及びこれにより成立を認める甲第九号証の七、八により、昭和四四年四月三〇日の増資に要した資金一〇〇万円はすべて壽と森村ノブの調達にかかるもので、四郎は新たにその持分に加えられた五〇〇口についても出捐を負担しなかつたことを認定したが、他方、<証拠>により、四郎は原告会社に対し昭和三五年から昭和四八年一〇月までその営業上必要な給水工事責任技術者の資格や社会的信用を利用させ或る程度は現実に原告会社の事業に協力参画し、また原告会社から昭和四四年四月から昭和四七年一二月までの間、給与の名目で月額金二万円の支払を受け、昭和四七年一月から同年一二月までの持分の配当金として、昭和四八年二月一七日に金二五万四〇〇〇円の支払を受けるなど、会社代表者或いは社員としての地位を主張していたことを認定したことが認められるところ、上記各証拠に照らして右認定はこれを首肯することができる。

(四)  右認定の事実によれば、昭和三五年一月の六五口及び昭和四四年四月の五〇〇口がともに壽の出捐にかかるものであるのに定款上四郎名義に記載されたのは、右(一)及び(三)の事実に照らして、これらが壽から四郎へ贈与されたためとみる余地があるのであつて、必ずしも壽が単に四郎の名義を借用したに止まるものと認めることはできない。そして昭和三九年の七〇口は、前記(二)のとおり、四郎が自己の出捐をもつてこれを取得したものというべきである。

7  以上によれば、結局原告会社の定款に四郎が出資口数六三五口の持分を有する旨の記載があるにも拘らず同人は単に名義を貸与したに止まり実質上の地位を有しないことが関係当事者間で明らかなものとして了解されていたことは到底認められないから、定款の記載どおり、四郎は原告会社の六三五口の出資持分を有したものと認めるのが相当である。

8  証人森村ノブは、四郎は一円の出捐もしていないのであつて、六三五口の出資持分を同人名義にしたのは単に名義を借りただけであると供述するが、にわかにこれを信用することはできず、そのほか本件に顕われた証拠すべてを検討しても、未だ、原告会社が別件判決に対して控訴した場合に勝訴の見込があつたことを認めるには足りない。

四してみると、被告の控訴期限徒過と原告会社主張の損害及び原告和夫の物的損害との間には因果関係の存在は認められず、右各損害の請求についてはその余の点について判断を加えるまでもなく理由がないこと明らかである。

五原告和夫は、原告会社の当時の代表者で被告に別件判決に対する控訴を委任した者として慰藉料金三(ママ)〇〇万円の支払を請求するところ、原告和夫が別件訴訟当時原告会社の代表取締役であり(この点は前掲甲第八号証、乙第一号証により認める)、右訴訟の控訴につき原告会社代表者として被告に訴訟代理を委任したとしても、原告和夫自身は右訴訟の当事者ではないのであるから、被告の控訴期限徒過により右訴訟における原告会社の敗訴が確定しても、そのことにより原告和夫の被告に対する信頼が裏切られたとはいえず、従つて、原告和夫が精神的苦痛を被つたともいうことができない。

よつて、原告和夫の被告に対する慰藉料請求は理由がない。

六よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、第九四条後段を適用して、主文のとおり判決する。

(佐藤安弘 澁川滿 太田武聖)

別紙第一(決議)

一 取締役選任の決議

森村和夫を取締役に選任する。

二 定款変更の決議

定款第六条の出資口数を次のとおり変更する。

森村壽   五六五口

森村和夫   六三五口

別紙第二(損害)<省略>

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