横浜地方裁判所 昭和56年(行ウ)23号 判決 1985年7月03日
原告 宗教法人大元密教本部
被告 小田原税務署長
訴訟代理人 山崎まさよ 星川昭 青木正存 山本 寧 外二名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し、昭和五三年七月一〇日付けをもつてした同四七年四月一日から同四八年三月三一日まで及び同四九年四月一日から同五〇年三月三一日までの各事業年度の法人税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の各通知処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、その営む収益事業について昭和四七年四月一日から同四八年三月三一日までの事業年度(以下「昭和四八年三月期」という。)及び同四九年四月一日から同五〇年三月三一日までの事業年度(以下「昭和五〇年三月期」という。)の青色の法人税確定申告書に、それぞれ次のとおり記載して申告した。
昭和四八年三月期 欠損金額二九万四〇八八円
昭和五〇年三月期 欠損金額八万〇五四六円
次いで、原告は、修正申告書にそれぞれ次のとおり記載して昭和五〇年一二月二〇日に提出した。
昭和四八年三月期
所得金額 一一億五三九一万五八三六円
納付すべき税額 二億六五四〇万四〇〇円
昭和五〇年三月期
所得金額 六三一万三九六九円
課税土地譲渡利益金額 五八四一万二〇〇〇円
納付すべき税額 一三一三万四三〇〇円
2 その後、原告は、昭和五二年一二月二六日、昭和四八年三月期及び昭和五〇年三月期(以下両者を合わせて「両事業年度」という。)の修正申告書に記載した所得金額の基礎となつた事実に変更があつたとして当該所得金額等をそれぞれ次のとおりとするよう国税通則法(以下「通則法」という。)二三条二項三号、同法施行令六条一項二号に該当することを理由に更正の請求をした。
昭和四八年三月期
所得金額 四億一六二〇万五三二九円
納付すべき税額 九五七二万七二〇〇円
昭和五〇年三月期
所得金額 二四六万八一八六円
課税土地譲渡利益金額 五八四一万二〇〇〇円
納付すべき税額 一二二五万円
3 更に、原告は、昭和五三年五月二二日、両事業年度につき、前記同五二年一二月二六日付け更正の請求と同じ所得金額等とすることを求めて、その理由をいずれも通則法二三条二項一号に該当するとした各更正の請求(以下「本件各更正の請求」という。)をした。
4 渋谷税務署長は、昭和五三年七月一〇日付けで、原告に対し、本件各更正の請求についていずれも更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件各処分」という。)をした。
5 原告は、本件各処分を不服として、昭和五三年九月五日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、右審査請求はいずれも棄却され、原告は、同五六年九月一二日、その裁決書謄本の送達を受けた。
6 なお、原告は、昭和五四年三月二八日、その主たる事務所を小田原市早川一三七五番地の四一に移転したので、その所在地を管轄する小田原税務署長が原処分庁の権限を承継した。
7 しかし、本件各処分は、通則法二三条二項三号、同法施行令六条一項又は同法二三条二項一号に違反し、違法である。
すなわち、原告の本件各更正の請求の理由は次のとおりである。
(一) 原告は、共済土地株式会社(以下「共済土地」という。)に対し、昭和四七年一一月七日、伊東市所在の山林二三万〇八一六平方メートル(以下「本件土地」という。)を代金一一億七〇一四万円で売り渡し(以下「本件売買契約」という。)、同日売買代金内金として二〇〇〇万円を受領していたが、同四九年三月一六日、本件売買契約の買戻特約により、共済土地から本件土地の一部七三二一平方メートルを四四一六万八〇〇〇円で買い戻した。
(二) ところが、共済土地は、本件売買契約による売買代金一一億七〇一四万円から内金二〇〇〇万円及び前記買戻代金四四一六万八〇〇〇円を差し引いた残代金一一億〇五九七万二〇〇〇円を弁済期である昭和五二年一一月二〇日になつても支払わないので、原告は共済土地に対し、同年一二月一〇日までに右残代金を支払うように催告するとともに、同日までに支払いがないときは本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
(三) しかるに、共済土地は原告に対し、昭和五二年一二月一〇日までに前記残代金を支払わなかつたので、同日の経過により本件売買契約は解除された(以下「本件解除」という。)。
(四) 原告は共済土地に対し、本件土地(ただし、前記買戻分を除く。)の本件売買契約を原因とする所有権移転登記について本件解除を原因とする抹消登記手続を求める訴えを提起し、これに対し昭和五三年二月二二日、右請求認容の判決がなされ、同判決は、同年三月二八日に確定した。
(五) 以上のとおり、本件売買契約は民法五四〇条一項の規定に基づく解除権の行使により解除され、その解除に基づく原状回復義務は判決により確定するとともに、その解除によつて本件売買契約による債権債務はもちろん処分的効果も遡及的に消滅し、本件土地のうち前記買い戻した部分を除いた土地は当然原告に帰属した。
(六) ところで、原告は、本件土地の譲渡による収益の額は、昭和四八年三月期の益金の額に算入し、更に、本件土地の譲渡代金の額のうち本件解除に係る部分の未収譲渡代金一一億〇五九七万二〇〇〇円に係る利息については、本件売買契約に基づいて算定した額を両事業年度の額に算入してそれぞれ申告したので、原告は、これらの申告に係る益金の額に算入した金額を両事業年度の所得金額から減額するように更正の請求をしたものである。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1ないし6の事実は認める。ただし同5の事実中、裁決書謄本が原告に送達されたのは、昭和五六年九月一〇日である。なお、同2の事実中の昭和五二年一二月二六日付けの更正の請求は、同五三年六月七日取り下げられている。
2 同7の事実中、(一)及び(六)の事実並びに原告の本件各更正の請求の理由が(一)ないし(六)のとおりであることは認めるが、その余の事実は知らない。
三 被告の主張
1 更正の請求の制度とは、納税申告書を提出した者が、その申告に係る課税標準等又は税額等が、当該年度の課税標準等又は税額等と異なり、過大であることを知つた場合に、税務署長に対し、その税額等につき更正すべき旨を請求することができるというものであり、通則法二三条一項に原則的な手続規定がおかれているほか、同条二項及び各税法にも定めがある。
同法二三条一項は、更正の請求のできる期間を、当該申告書に係る国税の法定申告期限から一年以内に限る旨一率に定め、同条二項は、当該年度の課税標準等又は税額等が当該年度の納税申告書に係る課税標準等又は税額等と異なることになつた事由のうち特定の事由について、同条一項に定める期間を延長する旨定めており、同条二項は、同条一項に定める期間制限についての特則を定めた手続規定である。
そして、国税の課税標準の額の計算については、専ら各税法の定めるところであり、法人税の課税標準の額の計算は専ら法人税法に規定されているから、更正の請求の場合における課税標準の計算もまた、法人税法に基づいてなされるものであるところ、以下に述べるとおり本件解除により生じた損失については、法人税法上、本件解除の日の属する事業年度の損金の額に算入すべきものとされているので、通則法二三条二項に定めるいわゆる後発的事由が発生したとしても、両事業年度の課税標準の額に変動をきたさないのであるから、更正の請求をすることはできないのである。
2(一) 法人税法は、期間損益計算を前提として各事業年度に帰属する所得金額に課税する建前をとつている(二一条)ので、法人は各事業年度終了時に「確定した決算」に基づいて当該事業年度の所得と法人税額に関する申告書を作成し、当該事業年度の貸借対照表、損益計算書等を添付して提出することになる(七四条)が、この場合の法人の各事業年度の所得金額の計算方法につき、税法上の益金と損金は原則的には企業会計上の収益と費用に基づくべきこと及び収益と費用の額は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」(以下「公正処理基準」という。)によつて算定されなければならない旨規定されている(二二条)。
そして、企業会計原則第二(損益計算書原則)六(特別損益)、計算書類規則四二条(特別損益の部)、財務諸表等規則九五条の三(特別損失の表示方法)の定めに加え、財務諸表等規則取扱要領(昭和三八年蔵理九五八五号大蔵大臣通達)一六〇の二及び同一六〇の三においては、臨時的異常な損失や前期以前の売上げに対する異常な返品等は、企業会計上既往の決算を遡及して改めることはできないので、通常の当期の業績により生じる損金と区別する意味で当該発生年度の特別損益の一部を成す項目である前期損益修正項目等として特別損益に計上するものとしており、法人にあつては右処理基準に従つた会計慣行が定着しているから、これが、一般に公正妥当と認められる会計処理基準というべきである。
ところで、本件解除による本件土地の譲渡益に係る損失は臨時的、かつ、異常な売上戻りであり、また、本件売買契約の代金に対する受取利息に係る損失もまた本件解除により生ずる臨時損失であつて、いずれも前期損益修正損として特別損失に当たるものであるから、右会計処理基準に従えば、いずれも本件解除の日の属する事業年度の損失として計上すべきものであり、したがつて、法人税法においても、二二条所定の当期の損金に計上されることになる。
(二) 所得税法においては、事業所得の金額はその年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額と定め(二七条三項)、次いで同法三七条一項は「別段の定めがあるものを除き」その所得の総収入金額を得るため直接に要した費用(いわゆる原価)の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(いわゆる経費)の額を必要経費とし、いわゆる原価についてはその年分に生じたものに限らず、総収入金額のうち当該収入金額に対応するものについては他年分に確定したものも当該収入の発生した年分の必要経費とし、いわゆる経費については右経費が確定した日の属する年分のもののみを当該年分の必要経費と定め、更に、同法五一条二項、同法施行令一四一条三号は、右「別段の定め」として、事業所得を生ずべき事業の遂行上生じた売掛金、貸付金、前渡金その他これらに準ずる債権の貸倒れのほか、事業所得の金額の計算の基礎となつた事実に含まれていた行為が無効であるか取り消されたこと(いわゆる後発的事由)により生じた損失は、その事由の生じた年分の損失として必要経費に算入する旨定めている。しかし、同法六四条は、事業所得、不動産所得及び山林所得以外の各種所得については、収入金額若しくは総収入金額の全部若しくは一部を回収することができないこととなつたことなどにより当該収入金額若しくは総収入金額の全部若しくは一部を返還すべきこととなつた場合には、同法施行令一八〇条二項の定めるところにより、当該各種所得の金額の合計のうち、その回収することができないこととなつた金額又は返還すべきこととなつた金額に対応する部分の金額は、当該各種所得の金額の計算上、なかつたものとみなす旨定めているように、所得税法は、必要経費等について権利確定主義を当然に定めているわけではなく、各種所得の金額の計算上、右の必要経費等をどの範囲で認め、どの年分に計上せしめるかは、もつぱら各種所得の金額の計算方法を定める規定に係らしめており、各規定により異なつているのである。
その結果、同法六四条一項に定める収入金額の全部若しくは一部を回収することができないことと、同法五一条二項等に定める売掛金その他これに準ずる債権の貸倒れとか、いわゆる後発的事由により生じた損失とは同一事由による損失であるが、右損失は、事業所得、不動産所得及び山林所得の各金額の計算上ではその生じた日の属する年の必要経費に算入されるが、その他の各種所得の各金額の計算上においては右損失に対応する収入金額はなかつたものとみなされ、右金額は当該収入のあつた年分の収入金額から減算されることになるから、その損失について更正の請求ができることになるのである(同法一五二条、同法施行令二七四条)。
もつとも、所得税法一五二条は、右の場合のほか、通則法二三条の特例として、所得税法六三条の定める事由のうち、いわゆる後発的事由による必要経費の算入について、不動産所得、事業所得又は山林所得に対しても更正の請求を認めているが、これは、同条の規定からも明らかなとおり、事業廃止後に生じた費用、損失についてのものであり、当該費用、損失の発生した日の属する年分の必要経費に算入することはあり得ず、また、その費用、損失をそのまま放置することは、事業を継続している者と比較して過大な課税標準若しくは税額を課する不当なことになることから、これを救済するために設けられたものである。
したがつて、所得税法上においても、事業所得については、事業が継続されている限り、いわゆる後発的事由に基づく更正の請求をなすことが認められておらず、発生した損失はその事由の生じた年分の損失として必要経費に算入し、課税年分に遡つて更正の請求をすることはできないこととされているのである。
法人税法には、前記のような所得税法の規定に相当する規定が存在しないが、所得税における事業所得について後発的事由に基づく更正の請求が認められていない趣旨は、所得が一定の事業により継続的に発生する点にあるものと解されるところ、法人の所得も法人そのものが一定の事業を行う継続企業であるため継続的に発生するものであつて、この点所得税法上の事業所得と何ら変わることがないから、右の後発的事由に基づく更正の請求の点については、法人税においても所得税法上の事業所得におけると同様に解すべきである。
四 被告の主張に対する原告の反論
1 被告の主張1については、法人税法二一条は、法人税の課税標準であり、同法二二条は各事業年度の所得金額の計算の通則であり、通則法は、国税の基本的事項及び共通的事項を定めるものであり、各種税目の課税標準を個別的に規定できるものではなく、また、課税標準の定めは各税法に規定されるものであつて、通則法の関知するところではなく、課税標準は課税権の発生要件を定めるものであるのに対し、更正の請求は課税権の消滅要件を定めるもので異質の規定である。そして、更正の請求の制度は、納税者の救済のために設けられたものであつて、法人税の場合には、通則法二三条全文、同法施行令六条及び法人税法八二条の規定をもつて完結しているから、通則法二三条二項所定のいわゆる後発的事由により税額が過大になつた場合は、当然に更正の請求が許されるのである。
2 同2(一)について
(一) 企業会計においては、各事業年度の計算は株主総会等の承認を得て確定し、これが一旦確定した以上は、いかなる事由があろうと後日これを再開し、遡及して修正することは許されないので、やむを得ず、前期損益修正項目の特別損益として計上するのであり、これは会計技術上の問題に過ぎないから、いわゆる後発的事由により税額が過大になつた場合には、更正の請求により課税所得を遡及修正するのが公平の原則上当然なのである。したがつて更正の請求は公平原則に基づき納税者救済のために認められた減額修正の権利であり、企業の損益計算が確定しても、それとは別に税務計算上遡及的に再計算することを認めたものである。
また、本来、更正の請求は条文上、「更正の請求をすることができる」とあるように、公平原則に基づき納税者救済のために認められた選択権であるから、納税者が非経常的な売上戻りを前期損益修正として計上した場合には、納税者自ら、過年度の損益計算を遡及修正すべき旨の認識を表わすことになるのであるから、それが通則法二三条二項の更正の請求の理由に該当する場合には、当然その請求を認めるべきである。
(二) 前期損益修正項目(過年度損益修正項目)については、税務上、過年度の所得に還元する損益と当事業年度の所得を形成する損益とがあると一般に解されているが、税務においては、損益の過不足が後の年度において過年度損益修正として特別損益に計上されている場合においても、その損益を計上すべき年度に遡つて処理することを建前としている。
したがつて、たとえば、「計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと又は計算に誤りがあつた」場合にはその期に遡つて減額の更正の請求が認められるのである(通則法二三条一項一号)。
(三) 税法の権利確定主義からみて「貨倒れ」は、債権の実質的消滅の確定によつて認められるのであるから、当然その発生年分の費用とすべきものであり、「値引き」もまた、代金債権の一部消滅が確定したときに計上すべきことは当然である。しかし、「返品」については、経常的な売上戻りは当期の売上控除項目(経常損益計算)であり、臨時異常なものは前期損益修正項目(特別損益計算)である。売上控除項目はその期の損益計算であり、過年度の損益に遡つて更正の請求をする余地はないが、前期損益修正項目についてはその実態に応じ税法の規定に照らして判断すべきものである。
そして、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算される」(法人税法二二条四項)ところの企業の損益は、たとえば、受取配当の益金不算入、寄付金、交際費の損金不算入等のように、税法の規定に従つて加算減算されるのである。すなわち、企業計算による特別損益を含めた当期損益そのものが課税所得になるものではなく、税法の規定に従つて税務調整されるのである。本件特別損失も遡つて減額更正を受ければ、当期分は損金否認をすれば足りるのであり、特別損益に計上したからといつて減額の更正の請求が否定されるいわれはない。
3 同2(二)について
(一) 個人所得はその形態が千差万別であり、企業と家計が未分離であり、会計組織も不備である。したがつてこれを規制する所得税法の規定形式及び内容は法人税法とは全く異なり、所得税法も法人税法もそれぞれ完結した規制体系を持つており、必要な場合には同趣旨の内容でもそれぞれ別個に規定されるはずであり、一方を以て他方を類推する必要をみない。
(二) 所得税法五一条二項、同法施行令一四一条は、その規定の形式を見ても、「計算上必要経費に算入する」とか「事業の遂行上生じたものとする」など同法特有の取扱規定であり、右五一条二項の規定は、税法が権利確定主義をとる以上当然の規定であり、貸倒れ損失も、貸倒れによつて債権の実質的消滅が確定した年の損失とすべきものである。
(三) 所得税法一五二条、同法施行令二七四条の規定の内容もまた法人税法とは全く関係がなく、事業廃止後の必要経費、事業所得等以外の譲渡代金の回収不能、無効な経済成果の喪失、取り消し得べき行為の取消しの場合などの所得税に限つて必要な特有の事由について、判決確定等を要しないこととし、通則法を超えて救済の拡張を認めたものにすぎないのである。そして、通則法二三条二項は、法律行為に内在する瑕疵である無効、取消しの法律判断は容易ではないので、単なる無効、取消しのみでは更正の請求を認めず、やむを得ない後発的事由として、判決の確定などやこれに類するやむを得ない理由(解除権行使等)があるときにのみ更正の請求を認めているのである。
4 原告は、宗教法人であつて不動産業を営むものではなく、一億総不動産屋といわれた時代にたまたま本件土地を含む伊東市所在の土地を買い入れ、共済土地やその他の者に売却したにすぎないのであり、その後不動産取引は行つておらず、収益事業としては、主として信者対象の出版業を行つているのみであり、それも累年赤字である。原告は本件土地を処分するほかに本件の税を支払う資力はなく、本件土地を処分しようにも現在の経済情勢では買手も見つからないし、右税額以上に売れる可能性も少ない。したがつて、原告にとつて、本件減額更正を受けなければ、本件解除による一一億円の特別損失を埋め合わす機会は永久にないのであるから、本件解除につき、通則法二三条二項所定の要件が満たされる以上、本件各更正の請求は認められるべきである。
五 原告の反論に対する被告の反論
1 原告の反論2(一)について
右主張のうち、更正の請求は公平原則に基づき納税者救済のために認められた減額修正の権利であり、企業の損益計算が確定しても、それとは別に税務計算上遡及的に再計算することを認めたものである旨の主張は、原告独自の見解にすぎない。
すなわち、法人税の課税標準たる課税所得金額は、法人税法の規定に基づき算定して申告するところ、申告あるいは更正又は決定による課税所得金額が同法に定める正当な金額でない場合には、除斥期間が満了するまでは再計算され得るものである。しかし、本件のように契約解除により生じた損失については、同法上、契約解除の日の属する事業年度の損金の額に算入するものとされているのであつて、申告あるいは更正又は決定した課税所得金額を遡及して修正する必要はないのであり、再計算を認めていないことは当然の理である。
また、原告は、納税者が非経常的な売上戻りを前期損益修正項目として計上した場合は、納税者自ら過年度の損益計算を遡及修正すべき旨の認識を表わすことになるのであるから、更正の請求により課税所得を遡及修正すべきである旨主張するが、契約解除に基づく売上戻りについては過年度に遡及して修正する性格のものではない。
すなわち、所得発生の基因となつた当初の売買契約は、その時点では有効に成立した契約であり、右会計事実に基づく収益の計上自体の経理処理に誤りはなく、正当な判断による正当な収益計上である。そして、後に発生した契約解除という後発的事実は、新たな会計事実の発生であり、右事実に基づく損益の修正は新たな損益発生の認識というべきものである。右事実の発生については、会計上も前期に関する修正であると考えることは不当であり、まさに当期の期間損益にかかわらしめられなければならないのであり、法人税法においても二二条の当期の損金に計上することになるのである。
2 同2(二)について
右主張のうち、過年度損益修正項目の部分については、法人税法上、原告主張のような理解及び処理は全くなされていない。
元来、過年度損益修正項目(前期損益修正項目)なる概念は、事柄の内容において直前期以前の損益を修正する項目であつても、企業会計上既往の決算を遡及して改めることはできないので、通常の当期の業績により生じる損益と区別する意味で特別損益の一部を成す項目として考えられた項目である。
したがつて、既往年度における決算を改めるが如き損益は企業会計上存在しないし、当然、法人税法上も同様に右の如き損益は存在しないのである。
また、通則法二三条一項一号の規定は、当該年度の課税標準の額が真実でなかつたため、これを正しい額にするための、いわば訂正のための手続規定にすぎなく、本件のような後発的事由に基づく課税標準の額が変動する場合に関する規定ではないのであつて、前期損益修正とは何ら関わりのない規定である。
3 同2(三)について
返品もその法律的性質は解除権の行使若しくは合意解除であつて、本件のような場合と異なるところはなく、また会計処理上、恒常的に発生するものでその金額が異常なものでないものは、事業経営上経常損失としてその発生した年度の経費として損金に計上され、臨時的で異常な金額のもので前期以前の売上げに係るものについては、事柄の内容において直前期以前の損益を修正する項目であつても、企業会計上既往の決算を遡及して改めることはできないので、通常の当期の業績により生じる損益と区別する意味で当該発生年度の特別損益の一部を成す項目として前期損益修正項目に計上することができるものとされているのであり、右会計処理に従つて当該年度の課税標準等又は税額等が計算されるべきものであつて、いわゆる後発的事由により更正の請求をすることができるということはないのである。
また、企業計算による特別損益を含めた当期損益そのものが課税所得になるものではなく、税法の規定に従つて税務調整される場合がありうるが、これも、例えば、受取配当の益金不算入は二重課税を回避するためのものであり、寄付金、交際費も税法上正当な範囲では損金として認められており、政策上の目的から一定の範囲以上の金額を損益不算入としているにすぎず、いずれも、法令に基づくが故にできるのである。
4 同4について
原告の主張のとおり、たとえ右の特別損失を回復する機会がなかつたとしても、租税は法令の定めに従つて課されるものであり、新たな課税をし、課税標準等又は税額等を増額する場合はもちろん、右の額等を減額する場合であつても法令の規定によらなければならないのであるから、法令が右の特別損失を回復する方法を定めてない以上、それはやむを得ないところである。
第三証拠<省略>
理由
一 請求の原因1項ないし6項の各事実(但し、5項のうちの裁決書謄本の送達の日が遅くとも昭和五六年九月一二日であること)並びに同7項の事実のうち原告の本件各更正の請求の理由が同項(一)ないし(六)のとおりであること及び同項の(一)、(六)の各事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第七、第八号証の各一、二によれば、請求の原因7項の(二)ないし(五)の各事実が認められる。
二 成立に争いのない甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五三年六月七日、同五二年一二月二六日付けでした両事業年度に関する更正の請求を取り下げていることが認められる。
三 原告は、本件各処分は通則法二三条二項三号に違反し、違法である旨主張するので判断する。
通則法二三条一項は、納税申告書を提出した者が、その申告に係る税額が過大であること等を知つた場合には、その法定申告期限後一年以内に限り、その税額等につき更正の請求をすることができる旨定め、更に、同条二項は、右更正の請求ができる期間につき、右申告期限後においても、判決などにより申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となつた事実に変動を生ずる等の同項各号に掲げる事由(いわゆる後発的事由)が生じた場合には、当該事由が生じた日の翌日から二か月以内に限り、同条一項の更正の請求をすることができる旨定めている。
本件解除は、通則法施行令六条一項二号に定める「申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となつた事実に係る契約が解除権の行使によつて解除されたこと」に当ることが明らかであるから、通則法二三条二項三号に掲げる「やむを得ない事由があるとき」として、本件解除の日の翌日から二か月以内に同条一項の規定による更正の請求をすることができるところ、前記事実によれば、本件各更正の請求は、本件解除の日(昭和五二年一二月一〇日)の翌日から起算して二か月を経過した後の同五三年五月二二日になされているから、手続上不適法であり、原告の右主張は、その余の点について判断するまでもなく、採用することができない。
四 原告は本件各処分は通則法二三条二項一号に違反し、違法である旨主張するので、検討する。
1 通則法二三条二項一号によれば、申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となつた事実に関する訴えについての判決により、その事実が当該計算の基礎となつたところと異なることが確定したときは、その確定した日の翌日から起算して二月以内に、同条一項の更正の請求をすることができる旨定められているところ、本件解除によつて右計算の基礎となつた本件売買契約が遡つてその効力を失うことになるから、本件解除を原因とする本件売買契約に基づく所有権移転登記の抹消登記の訴えもまた、右計算の基礎となつた事実に関する訴えに当たるものと解するのが相当である。
そして、前記認定事実によると、右訴えを認容する判決が確定したのは昭和五三年三月二八日であつて、本件各更正の請求は右確定の日の翌日から二か月以内になされていることが明らかであるから、右各更正の請求は、手続上適法になされたものということができる。
2 前記のような手続上適法な更正の請求がなされた場合において、右請求がその申告に係る税額が過大であるなどの通則法二三条一項各号に掲げる実体的要件を満たしていないときは、税務署長は、更正すべき理由がない旨をその請求をした者に通知することになる(同条四項)。
そして、通則法は、「国税についての基本的な事項及び共通的な事項」を定め(同法一条)ているところ、これを更正の請求についていえば、税法の基本的な手続に関して定めているにとどまり、課税の実体的要件である納税義務者、課税物件、帰属、課税標準、税率等については、所得税法(一条)、法人税法(一条)などの各租税実体法がこれを定めているのであつて、通則法の関知するところではないから、通則法二三条一項各号に掲げる税額の過大等の実体的要件が満たされているか否かということについても、右租税実体法の定めるところによるものと解さざるを得ない。
したがつて、更正の請求が手続上適法になされ、租税実体法の規定に照らし、税額が過大であるなどという場合には更正の請求が認められることになるが、課税標準、税額等に変動のない場合には、更正の請求も認められないことになる。
したがつて原告の法人税の場合においても、通則法二三条二項所定のいわゆる後発的事由が満たされたときには、当然に更正の請求が許される旨の主張は、採用することができない。
3 原告が宗教法人であつて、収益事業を営んでいることは原告の自認するところであるから、原告には法人税法が適用されることになる(法人税法二条六号、四条一項但し書)。
したがつて、本件各更正の請求が通則法二三条一項一号に掲げる実体的要件を満たしているかどうかを検討することになるが、それは、法人税法上、後の事業年度において売買契約が解除された場合に、その効果が遡り、当該売買契約が成立した事業年度における課税標準、税額が過大であるということになるかどうかということである。
法人は継続的な企業として永続的な存在であるのが原則(いわゆる継続事業の原則)であるから、その損益計算もまた、その永続的な経済活動を区切り、一定の期間を単位として、その期間毎の損益を計算し(いわゆる期間損益の計算)、それらによつて算出された企業の利益を配当等として分配することになる。そしてこの場合の企業の利益は、企業会計、すなわち、健全な会計慣行に従つて計算されており、また、されなければならない。法人税法もまた、右のような期間損益計算を前提としたうえ、各事業年度(法人の定款等で定める営業年度またはこれに準ずる期間、なお一三条)に帰属する所得金額に課税する建前をとり(二一条)、法人は事業年度毎にその確定した決算に基づいて所得の金額、法人税額等を記載した確定申告書を提出すべきことを定めている(七四条)。
したがつて、税務上の所得計算は、右事業年度に応じた法人の決算を前提とし、かつこれに計上された利益を基礎として算出された所得の金額によつて行われることになる。
そこで、法人税法は、法人の各事業年度の所得金額の計算に関し、各事業年度の所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額と定め(二二条一項)、右益金の額に算入すべき金額につき「別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受けその他の取引で資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額」と定め(同条二項)益金は取引に係る収益であつて、実現した利益は原則としてすべて益金に含まれることを明らかにし、また、右損金の額に算入すべき金額につき、「別段の定めがあるものを除き、<1>当該事業年度の収益に係る売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価の額、<2>右に掲げるもののほか、当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額、<3>当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの」と定め(同条三項)、右<1>の原価は費用収益対応の原則に従い、また、<2>の費用及び<3>の損失は、期間対応の原則に従うこととし、結局、損金には原則としてすべての費用と損失が含まれることを明らかにしたうえ、右事業年度の益金である収益の額及び損金である費用、損失の額については、これを明らかにすることなく、企業会計の実際をふまえ、公正処理基準に従つて計算すべきものとしている(同条四項)。
したがつて、法人税法上、後の事業年度において売買契約が解除されたような場合において、それによつて所得の金額が遡つて変動することになるかどうかについては直接定めることなく、これを公正処理基準に従うものとしたものということができる。
4 企業会計原則は、その性格上、公正な会計慣行を要約し、成文化したものであるが、これは、昭和二四年七月経済安定本部企業会計制度対策調査会によつて定められ、これを基礎として、昭和二五年に証券取引委員会によつて、財務諸表等規則が制定され、その後、同三八年に企業会計原則及び財務諸表等規則の一部修正がなされ、これが会計慣行として実際界に定着していることは公知の事実である。企業会計原則第二の一は「損益計算書は、……一会計期間に属するすべての収益とこれに対応するすべての費用とを記載して経常利益を表示し、これに特別損益に属する項目を加減して当期純利益を表示しなければならない。Aすべての費用及び収益は、その支出及び収入に基づいて計上し、その発生した期間に正しく割当てられるように処理しなければならない。」旨定め、更に同原則第二の六、財務諸表等規則九五条の三に加え、計算書類規則四二条等においては、企業会計上臨時的異常な損失も前期以前の売上げに対する異常な返品等は、前期損益修正項目等として特別損益に計上すべき旨定められていることからも明らかなように、企業会計原則等は、法人の収益及び費用、損失について発生主義(いわゆる権利確定主義)を建前としているものということができる。
そして、成立について争いのない乙第一号証の一ないし四によれば、法人の場合には、企業会計上、継続事業の原則に従い、当期において生じた収益と、当期において生じた費用、損失とを対応させて損益計算をしていることから、既往の事業年度に計上された譲渡益について当期において当該契約の解除等がなされた場合には、右譲渡益を遡及して修正するのではなく、解除等がなされた事業年度の益金を減少させる損失として取り扱われていることが認められる。
以上の事実によれば、法人の所得の計算については、当期において生じた損失は、その発生事由を問わず、当期に生じた益金と対応させて当期において経理処理をすべきものであつて、その発生事由が既往の事業年度の益金に対応するものであつても、その事業年度に遡つて損金としての処理はしないというのが、一般的な会計の処理であるということができる。
右のような処理は、継続的に多種多様な益金、損金が発生していく企業の実態に即しており、また、所得税法においては、事業所得者の場合には、例えば、事業所得を生ずべき事業の遂行上生じた売掛金、貸付金、前渡金その他これらに準ずる債権の貸倒れ、商品の返戻又は値引き、あるいは、事業所得の金額の計算の基礎となつた事実に含まれていた行為が無効であるか取り消されたことによつて生じた損失は、その事由の生じた年分の損失として必要経費に算入するものとされている(同法五一条二項、同法施行令一四一条)ことに鑑みても、公正処理基準に適つたものであるということができる。
そうすると、法人の所得の計算につき、法人税法二二条四項は法人の当該事業年度の収益の額及び費用、損失の額についていわゆる権利確定主義を採つており、それが公正処理基準であるものということができる。
5 以上の次第であるから、本件解除によつて本件売買契約に基づく代金債権及びこれに附随する利息債権が消滅しても、それは本件解除をした事業年度の損金に計上すべきものであり、本件売買契約の譲渡益を計上した昭和四八年三月期並びに同売買代金に対する利息を益金として計上した両事業年度の経理処理及び納税義務には何らの影響を及ぼさないことになるから、本件各更正の請求は通則法二三条一項所定の税額の過大等の実体的要件を欠くものといわざるを得ない。
四 原告のその余の主張もまた、結局は、法人の場合について、通則法二三条二項一号の要件が満たされさえすれば、更正の請求が認められるべきであるということに帰し、採用することができない。
なお、付言するに、法人の所得の計算について、受取配当の益金不算入、寄付金、交際費の損金不算入等の措置が講じられていることは原告の主張するとおりであるが、かかる措置も、租税政策上または経済政策上の理由から公正処理基準の例外を定めた規定(法人税法二三条、三七条、租税特別措置法六二条等)に基づくものである。
そして、本件のように、契約の解除等がなされた事業年度においては十分な益金がないために、当該事業年度に損金処理をしたのでは納税者の救済にならないというような場合には、法人税法は当該納税者が青色申告者であれば、将来五年間にわたつて欠損金の繰越算入をすることができる旨定め(五七条)、あるいは、前年度へ欠損金を繰り戻すことができる旨定め(八一条)、その救済を図つている。したがつて、本件において、原告が右のような方法によつても救済を受けることができないとすれば、それは法人の所得の計算についてその収益及び費用、損失を計上すべき事業年度につき、前記説示のとおり、法人税法がいわゆる権利確定主義を採つていることによるものであり、他に特段の定めがない以上、救済されない結果になるとしてもやむを得ないものといわざるを得ない。
五 よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 古館清吾 吉戒修一 河野泰義)