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横浜地方裁判所 昭和57年(ワ)2707号 判決 1984年10月18日

原告 横浜市

右代表者市長 細郷道一

右訴訟代理人弁護士 塩田省吾

被告 山下治光

<ほか二名>

右被告ら三名訴訟代理人弁護士 梅澤幸二郎

主文

一  原告に対し、

1  被告山下治光は、別紙収去物件目録記載第一の増築部分を収去して、別紙明渡物件目録記載第一の建物を明渡し、かつ昭和五六年七月二六日から右明渡し済みまで一箇月金七一五〇円の割合による金員を支払え。

2  被告板垣静馬は、別紙収去物件目録記載第二の増築部分を収去して、別紙明渡物件目録記載第二の建物を明渡し、かつ昭和五六年七月二六日から右明渡し済みまで一箇月金七一五〇円の割合による金員を支払え。

3  被告吉野年実は、別紙収去物件目録記載第三の増築部分を収去して、別紙明渡物件目録記載第三の建物を明渡し、かつ昭和五七年一〇月一日から右明渡し済みまで一箇月金五三〇〇円の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨及び仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告らの入居の事実

(一) 別紙明渡物件目録記載の各建物(以下「本件各建物」という。)は、原告が建設した瀬谷団地市営住宅の一部である公営住宅である。

(二) 原告は、

別紙明渡物件目録記載第一の建物(以下「本件建物(一)」という。)を昭和三一年三月二六日以来被告山下治光(以下「被告山下」という。)に、別紙明渡物件目録記載第二の建物(以下「本件建物(二)」という。)を昭和二八年六月二八日以来被告板垣静馬(以下「被告板垣」という。)に、別紙明渡物件目録記載第三の建物(以下「本件建物(三)」という。)を昭和二七年八月一四日以来被告吉野年実(以下「被告吉野」という。)に、それぞれ入居許可して賃貸している。

(三) 本件建物(一)及び(二)の一箇月分の賃料は昭和五六年七月二五日当時七一五〇円、本件建物(三)の一箇月分の賃料は昭和五七年九月三〇日当時五三〇〇円である。

2  入居後の被告らの増築

横浜市営住宅条例二三条一項において、入居者は、市営住宅を模様替し、または増築してはならない定めになっているのにかかわらず、入居後、被告山下は別紙収去物件目録記載第一の建物を、被告板垣は同目録記載第二の建物を、被告吉野は同目録記載第三の建物をそれぞれ増築した(あわせて以下「本件各増築建物」という。)。

3  公営住宅建替事業の必要性について

(一) 原告は、国の住宅政策に則り、市民生活の安定と社会福祉の増進を図るため、特に住宅に困窮している低額所得者を対象として低廉な家賃で賃貸し得る公営住宅の建設に努力して来たものであるが、近年地価の高騰が著しいため、公営住宅建設に必要な土地を適当な価額で買収することが極めて困難な状況となって来た。

(二) ところが、横浜市内には、劣悪な居住環境に苦しんでいる住宅困窮者がなお多数あり、昭和五一年から昭和五五年までの五年間において公営住宅に入居申込をした者が延べ二万一九四四世帯にも達しているので、この住宅需要に応ずるため、原告は、昭和四八年に策定された横浜市総合計画及び住宅建設計画法五条に基づく昭和五六年度を初年度とする国の第四期住宅建設五箇年計画に従って、昭和五六年から五箇年間に合計四〇〇〇戸(建替え分一七五〇戸を含む。)の公営住宅を建設しなければならない。

(三) 原告は、右建設目標を達成するためあらゆる努力を払っているが、前記のような住宅用地の入手難の下においては、新規に土地を取得して公営住宅を建設することだけに依存することはできないので、勢い原告所有の既存の住宅団地、特に市街地内のそれを高度に利用して(公営住宅の入居者は低所得者層であり、長距離通勤による経済的負担に耐えられないばかりでなく、夫婦共働きや夜勤、深夜業務等に従事する世帯が多いので、公営住宅の立地はできる限り都心に近い便利な地域に求める必要がある。)、平家建の古い木造住宅を能う限り近代的な中高層住宅に建替え、戸数の増加、居住環境の整備を図る必要に迫られている。

(四) また、国(建設省)も、建替えにより公営住宅を近代化し、環境の整備と戸数の増加を図るよう指導しており、さらに横浜市が昭和五一年八月に設置した横浜市営住宅問題協議会は同年一〇月既存の老朽市営住宅はできる限り共同住宅に建替えるのが適当である旨の報告をした。

4  瀬谷住宅建替事業計画

(一) そこで、原告は、以上の情況に対応するため、市街地にある老朽木造住宅のうち、土地の効率的利用により建替事業の目的が達成できるものから順次建設に着手することとし、第一段として横浜市瀬谷区南台(旧瀬谷町)にある瀬谷住宅を昭和五五年度以降昭和五八年度までの四箇年計画で中層耐火構造の建物に建替えることとした。

(二) ところで、瀬谷住宅は、瀬谷区内にある相模鉄道三ツ境駅より約一五〇〇メートル(徒歩で一五分ないし二〇分)の所にあって、一五万四〇〇〇平方メートル余りの面積を有し、昭和二六年度から昭和三五年度にかけて建築された木造平家建七三五戸から成る(本件建物(一)及び(二)は昭和二七年度に、本件建物(三)は昭和二六年度にそれぞれ建築された。)が、いずれも既に当該建物の耐用年限二〇年を経過したうえ、外壁が板張りのため相当老朽化していた。

(三) そこで、原告は、昭和五五年度から昭和五八年度までの四箇年計画で、先ず第一期事業として二三一戸を除却し、その跡地(第一期建替工区)に鉄筋コンクリート中層耐火構造の市営住宅合計三五八戸を建設し、第二期事業として一三六戸を除却し、その跡地(第二期建替工区)に同市営住宅合計二八六戸を建設し、第三期事業として一六三戸を除却し、その跡地(第三期建替工区)に同市営住宅合計一六八戸を建設し、第四期事業として一八一戸を除却し、その跡地(第四期建替工区)に同市営住宅合計三八八戸を建設し、現在の全体戸数七一一戸(建設大臣承認時には七一三戸であったが、火災により二戸減失したためその後の実施計画では七一一戸に変更された。)を除却し、新たに一二〇〇戸(建設大臣承認時には一二〇二戸であったが公共施設の増加等によりその後の実施計画では一二〇〇戸に変更された。)の市営住宅を建設する建替計画を作成し、以って公営住宅の戸数の増加、居住環境の整備及び都市の防災性の向上等を図ろうとした。

(四) なお、昭和五五年法律第二七号による改正前の公営住宅法二三条の四第三号本文によると、建替事業により建替えられた戸数は除却すべき公営住宅の戸数の二倍以上でなければならない旨を定められているが、建替えられた住宅の一戸当たりの規模が除却されるべき公営住宅に比して相当に大きい場合や道路、公園等の居住環境の向上に資する都市施設が作られる場合でこれを要求することが困難なときは建設大臣の判断により、同号但書の「その他特別の事情がある場合」に該当し、従前の戸数を超えればよいものとされているところ、本件瀬谷住宅建替計画においては、住宅の一戸当たりの床面積が除却すべき公営住宅に比して相当に広くなるうえ、道路、公園、児童遊園地、集会所等の居住環境に資する都市施設が整備、拡張されるので、従前の戸数を超えれば足りると定める同号但書に該当するものとして、後記のように建設大臣の承認を得た。

5  瀬谷住宅建替事業の経過

(一) 横浜市長は、本件公営住宅につき、昭和五四年一〇月二四日公営住宅法二三条の五第一項に基づき建設大臣に対し前記建替事業計画(請求原因4(三))の承認を申請し、同年一二月三日その承認を得た。

(二) 同市長は、昭和五六年二月一日同法二三条の五第六項の規定に基づき被告らに対し、右建設大臣の承認により本件建替事業を実施する旨通知した。

(三) 被告山下及び同板垣の居住する本件建物(一)及び(二)は前記第二期建替工区内に、被告吉野の居住する本件建物(三)は前記第四期建替工区内にあり(被告山下の居住する本件建物(一)は建替事業により建設すべき公園予定地とそれに接する道路に、被告板垣の居住する本件建物(二)は団地内にある広場及びこれに接する道路に、被告吉野の居住する本件建物(三)は中高層住宅一棟(A四号棟)の一部、広場、それに接する道路にそれぞれかかっている。)、右建替工事実施のためそれらの建物を除却する必要があるところ、被告らが右建替事業に反対し、移転に応じないので、横浜市長は、同法二三条の六第一項及び第二項に基づき、被告山下及び同板垣については昭和五六年四月二二日に到達し、被告吉野については昭和五七年六月六日到達した各内容証明郵便をもって、被告らに対し、請求した日の翌日から三箇月後である、被告山下及び同板垣については昭和五六年七月二五日までに、被告吉野については昭和五七年九月三〇日までに本件各建物を明渡すよう請求するとともに、同時に、同法二三条の七に基づき前記建替事業により既に建替えられた新住居を被告らの仮住居としていつでも使用できるよう準備した旨通知し、現に仮住居の提供をしている。

(四) また、横浜市長は、同法二三条の九に基づき、被告らを含む瀬谷団地の入居者全員に対し、昭和五二年四月二四日以降説明会を開催するなどして除却すべき公営住宅の入居者の協力が得られるように努め、昭和五四年一二月一八日瀬谷団地居住者の大多数によって構成された瀬谷統一自治会から建替えについての同意を得た。

6  よって、原告は被告らに対し、本件各建物に関する公営住宅法による賃貸借契約の終了に基づき、本件各建物の明渡し、本件各増築建物の収去並びに公営住宅法二三条の六第三項により被告らに本件各建物の明渡義務が発生した日(被告山下、同板垣については昭和五六年七月二六日、被告吉野については昭和五七年一〇月一日)から右明渡しまでの使用料相当損害金(被告山下、同板垣については一箇月七一五〇円、被告吉野については一箇月五三〇〇円の各割合による金員)の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1(被告らの入居)の事実、同2(入居後の被告らの増築)の事実は認める。

2  同3(公営住宅建替事業の必要性)は否認ないし争う。

3(一)  同4(瀬谷住宅建替事業計画)(一)のうち、原告が第一段として横浜市瀬谷区南台にある瀬谷住宅を昭和五五年度以降昭和五八年度までの四箇年計画で中層耐火構造のものに建替えることにした事実を認め、その余は不知。

(二) 同4(二)の事実は否認又は不知。

(三) 同4(三)のうち、本件実施計画で住宅の戸数が一二〇〇戸になったとの点並びに本件建替計画が公営住宅の戸数の増加、居住環境の整備及び都市の防災性の向上等を図ろうとしたとの点は不知。

(四) 同4(四)の事実は不知又は否認する。

4(一)  同5(瀬谷住宅建替事業の経過)(一)、(二)の事実は認める。

(二) 同5(三)のうち、被告らの居住する本件各建物の除却の必要性を争う。原告主張の明渡請求の通知及び仮住居提供の通知のあったことは認める。

(三) 同5(四)の事実は不知。

5  同6は争う。

三  被告らの主張

1  建替えの必要性について

公営住宅法は建替事業についてはその必要性のあることを要求しているところ(同法二三条の三)、(1)横浜市ないし同市瀬谷区内には公営住宅の建設に必要な買収可能の遊休地が多数存在していること、(2)現在は、かつての住宅の絶対数が不足し、住宅の数を増やすことが住宅政策の緊急課題であった時代と違って、住宅の絶対数はすでに充足されていること、(3)横浜市の公営住宅の募集戸数に対する入居応募者数の倍率は年毎に低下の傾向にあり、過去三年間(昭和五四年度ないし昭和五六年度)においては右倍率は四倍以下であるうえ、応募者数をみても一年間においてほぼ三〇〇〇台であって、原告の主張するほど多数の住宅困窮者が存在しているわけではないこと、(4)本件各建物を含む瀬谷住宅は、外観、内容ともに住宅としての機能を失っておらず、今後とも十分にその使用に耐え得るものであって、老朽化していないこと、(5)建替え後の住宅は多層集合住宅(いわゆるマンション、以下「集合住宅」という。)形式の住宅となるが、これは一戸建ての住宅に比し、住環境の整備及び防災性の向上という観点からもかえって劣悪となること、等の諸事情を考慮すると、何ら本件建替えの必要性は存しない。

2  本件各建物の除却の必要性について

公営住宅法二三条の六第一項は「事業主体の長は、公営住宅建替事業の施行に伴い、現に存する公営住宅を除却する必要があると認めるときは、」「当該公営住宅の入居者に対し、」「その明渡しを請求することができる。」旨定め、建替事業により現に存する建物を除却するについては除却の必要性を要求しているところ、被告山下、同板垣の居住建物は前記第二期建替工区内に、被告吉野の居住建物は前記第四期建替工区内に存するが、右各建物を除却しなければ公園、道路、広場、住宅等の施設の設置が不可能になるわけではないし、また、右各建物の存在が原告の建替計画を実施するうえにおいて重大な妨げとなっているものではないから、被告らの居住建物を除却する必要性は存しない。

3  分譲(払下げ)期待権の侵害

被告らの入居時において、原告の担当者は被告らに対し本件各建物は将来被告らに分譲(払下げ)する予定である旨を言明しており、また、原告も被告らの入居当時には公営住宅の分譲を認めるという施策を施していたことから、被告らは入居当時から将来本件各建物が被告らに分譲(払下げ)されるであろうという期待をもっていたものであるところ、これを奪い、特段の必要性もない本件建替事業の施行を理由に本件各建物の明渡しを求めることは、分譲(払下げ)を受けられるという期待の下に行動して来た被告らの信頼を裏切るもので、信義誠実の原則に反し、権利の濫用であって許されない。

4  法律不遡及の原則について

被告吉野は昭和二七年に、同板垣は昭和二八年に、同山下は昭和三一年にそれぞれ公営住宅である本件各建物に入居したものであるところ、その後昭和四四年法律第四一号による公営住宅法改正により公営住宅建替事業の規定が新設された。右規定に基づく公営住宅建替えに伴なう明渡請求が容認されるならば、本件各建物での居住及び前記分譲(払下げ)の期待という被告らの有する既存の利益が一方的に奪われることになるのであって被告らが入居した当時の公営住宅法に規定されていなかった建替事業の規定を被告らに適用することは、いわゆる法律不遡及の原則に反し許されない。

5  借家法の正当事由

被告らの本件各建物への入居権は借家法に基づく私法上の借家権であり、本件各建物の明渡請求は賃貸借契約の解約申入に該当するから、借家法一条の二の正当の事由が存在しなければならないところ、前記除却の必要性がない点等の事情に鑑みるならば右正当の事由は存しない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(被告らの入居の事実)及び2(入居後の被告らの増築)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  請求原因3(公営住宅建替事業の必要性)(一)の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができ、同3(二)の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができ、同3(三)の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができ、同3(四)の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができ、右認定事実に係る各事実を総合すれば建替事業の必要性を優に認定することができ、建替えの必要性がない旨の被告らの主張は後記判示のとおり採用できない。

三  請求原因4(瀬谷住宅建替事業計画)(一)の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができ(ただし、原告が第一段として横浜市瀬谷区南台にある瀬谷住宅を昭和五五年度以降昭和五八年度までの四箇年計画で中層耐火構造のものに建替えることにした事実は当事者間に争いがない。)、同4(二)の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができ、同4(三)の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができ(ただし、第一期の除却戸数は二三三、建築戸数は三五四、第二期の建築戸数は二九二と認められる。)、同4(四)の事実のうち、改正前の公営住宅法二三条の四第三号の規定の内容が主張のとおりであることは裁判所に顕著な事実であり、その余の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができ、他に右各認定を左右するに足りる証拠はない。

四  請求原因5(瀬谷住宅建替事業の経過)(一)及び(二)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。同5(三)の事実のうち、原告主張の明渡請求の通知及び仮住居提供の通知のあったことは当事者間に争いがなく、その余の事実(除却の必要性等)は、《証拠省略》によりこれを認めることができ、除却の必要性がない旨の被告らの主張は後記判示のとおり採用できない。同5(四)の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

五  被告らは、本件建替事業には必要性がない旨主張するので判断する。

まず、被告らは、横浜市ないし同市瀬谷区内に公営住宅の建設に必要な買収可能の遊休地が多数存在していることをもって本件建替事業の必要性を否定するが、一般に、住宅政策上、公営住宅を増設するに当たり既存の公営住宅を建替えるか、新規に土地を取得して新しい公営住宅を建設するかは、行政当局がその財政事情や取得すべき土地の住宅用地としての適格性等諸般の事情を考慮して、その裁量において判断すべき事柄であり、しかも建替事業の必要性は、既存住宅の居住環境の整備、同用地の効率的利用等をも考慮して決せられるべきものであり、かつ近年横浜市及びその周辺における地価が高騰し、瀬谷住宅の用地に相応するような大規模住宅用地を入手することが容易でないことは公知の事実であることを勘案すれば被告らが主張するように遊休地が存在していたとしても、そのことによって何ら本件建替事業の必要性が失われるものではないというべきである。

次に、被告らは、すでに住宅の絶対数が充足され、住宅困窮者は存在しない旨主張するが、《証拠省略》によれば、こと横浜市において、劣悪な居住環境にあって公営住宅に入居する必要があり、これを希望する者が多数あることは既に認定したとおりであり、横浜市において公営住宅の設置が現状をもって足り、増設の必要性がないものと認めるべき証拠は何ら見当たらない。

本件各建物を含む瀬谷住宅の建物が建替えを要する程に老朽化していない旨の主張については、《証拠省略》によれば、被告らの居住する本件各建物がいまだ住宅の用に堪えられない程に老朽化しているものでないものと認めることができるが、公営住宅の建替事業において建替える必要性があるか否かの判断は、当該建物を居住の用に供するために生ずる維持、保全のための費用、居住性等に、当該住宅用地全体の効率的利用の点も併せ総合的になされるべきもので、単に居住の用に供することができない程に老朽化していないというだけで建替事業の対象として建替えの必要性がないということはできないものであり、すでに判示のとおり本件各建物が建築以来すでに三〇年を超え、瀬谷住宅の他の建物もすべて、一般に木造住宅の耐用年限と考えられている二〇年を超えていること、《証拠省略》によると、瀬谷住宅の建物は老朽化しているため、住居として維持するためには多くの修理費を必要とするに至っていたものと認められることの各事実に照らしても本件各建物を含む瀬谷住宅の建物は相当老朽化しているものとして建替えの必要性を認めることができる。

更に、被告らは、集合住宅にすることは、既存の一戸建形式の住宅に比して、かえって住環境、防災の上から劣悪となる旨主張するが、集合住宅と一戸建住宅との間に、建物の居住上一長一短があることは否定し難いにしても、公営住宅の建替事業は、一団かつ多数の住宅を対象とし、耐火性、多層性が要求され(公営住宅法二三条の四)、限られた土地の合理的高度利用が必要とされる(同法二三条の五)のであって、集合住宅形式がとられることは避け難いところであり被告らの主張するところはこの点を考慮に入れないで、居住者としての都合、主観に基づくものというべきであって採用の限りではない。

六  被告らは、本件各建物を除却しなければ公園、道路、広場、住宅等の施設の設置が不可能になるわけではないし、また、右各建物の存在が原告の建替計画を実施するうえにおいて重大な妨げとなっているものではない旨主張するが、建替事業は、単に個物の建物の建替えを目的とするものではなく、一団の土地に集団的に多数存在している住宅を、一体として、土地の合理的な高度利用を考慮のうえ事業計画が実施されるもので、本件建替事業においても、《証拠省略》によると、瀬谷住宅用地を一体として、建替えるべき建物とともに、道路の整備、遊園地、集会場その他の公共用施設を配置していることが認められるのであって、その対象区域内に、従前の建物が残存すること自体、建替事業に重大な支障を生ずるというべきであって、それ以上に本件各建物の存在によって本件建替事業が具体的にどのような支障を生ずるかについて問題にする余地はないと解するのが相当である。しかも、《証拠省略》によれば、本件建物(一)は第二期工事区内の公園予定地内に、本件建物(二)は同区内の道路及び緑地予定地内に、本件建物(三)は第四期工事区内の建物敷地及び道路敷地予定地内に各存在し、右各建物の存在によって原告の建替計画の実施に重大な障害がもたらされていることが認められる。

七  次に、分譲(払下げ)期待権の侵害の主張について判断するに、なるほど、《証拠省略》を総合すれば、(1)被告らの入居に際し、当時の原告の入居事務担当者が被告らに対し、将来本件公営住宅は入居者に分譲(払下げ)になる旨説明したこと、(2)公営住宅法の立法当初は入居者に公営住宅を払下げる方向での施策がとられていたこと、(3)横浜市内においてもこれまで入居者に公営住宅を分譲(払下げ)した例があること、(4)現在でも住宅政策ないし立法政策の問題としては、入居者に公営住宅を分譲(払下げ)した方が良いとする意見もあること、(5)被告らは右担当者の説明等を信じて今日まで本件各建物は分譲(払下げ)になるものという期待を持ち続けて来たことが認められる。

しかしながら、右担当者の説明は、払下げの時期及び代金等につき特に確定的な条件を示してなされたものではなく、正規の手続により決定されたところに基づいてなされたものとも認められないから、右説明は単に原告における公営住宅の運用に関する一般的な実情ないしは方針を説明したものに過ぎず、このことは被告らにおいても十分理解し得るところというべきであるから、これが原告をして本件各建物を被告らに分譲すべき法律上の義務を生じさせるものでないことはもとより、被告らに対し、本件各建物の分譲について、法律上何らかの保護が与えられる程の期待を生じさせたものとは認め難い。また、公営住宅について、或時期において、これを居住者に売渡す方針がとられ、実施されていたとしても、それは、その当時における住宅事情、住宅政策によってなされるものであって、これをもって他の居住者に対し、同様に売渡しがなされることの、法律上保護されるべき期待を与えるものではないし、その後の住宅、土地に関する事情の変化によりこれを変更することが許されないものでもない。

以上のとおりであるから原告の被告らに対する本件各建物の明渡請求は何ら信義誠実の原則に反するものではないし、権利の濫用にも当たらない。

八  被告らは、現行公営住宅法における建替事業の規定は被告らが本件各建物に入居後に施行されたものであるから法律不遡及の原則により被告らには適用されない旨主張するが、公営住宅は、国及び地方公共団体の住宅福祉施策として建設し運用されるもので、これに供せられる土地、建物は公の財産として、右運用の趣旨に則って利用されるべきものであるから、居住者が居住を認められたことによって有する権利も、当然に右運用の趣旨に則って保護と制約を受けるべきものである。したがって、公営住宅について、その維持管理上の必要、住宅福祉施策の基礎となるべき事情の変化等合理的な理由の存するときは、既存の住宅を建替えることができ、その限りにおいて居住者は居住について制限を受けるべきものであって、このことは、公営住宅法に建替えについて規定が設けられているか否かによって異るものではない(もっとも、居住者に対し予め一定の期間居住を保障し、あるいは一定の期間建替えを禁止する趣旨の約定ないし定めがある場合はこの限りでないが、このような約定ないしは定めがあったものとは認められない。)というべきであり、昭和四四年法律第四一号による公営住宅法の改正によって設けられた建替事業に関する規定は、建替えを行う場合の具体的基準、手続を定めたに過ぎないものであって、何ら右法改正前の居住者らの有する既存の権利を奪い、遡及して不利益を及ぼすものではない。

よって、法律不遡及の原則に反する旨の被告らの主張も採用できない。

九  被告らは本件各建物の明渡請求には借家法一条の二の正当の事由が必要であると主張するが、公営住宅の使用関係について、借家法の規定が適用されるべきものではないと解されることは既に判示したとおりであり、本件明渡請求は、公営住宅法の建替事業に関する規定にしたがってなされるもので、《証拠省略》によると、原告は、被告らに仮住居を提供し、建替住宅への将来の入居を保障する等居住者の権利保護に充分の配慮をしているものと認められるのであって被告らの主張は理由がない。

一〇  以上の事実によると、原告が被告らに対し、賃貸借契約の終了を原因とし本件各建物(被告らそれぞれの占有部分。)につき、各増築部分を収去して原状に回復したうえ明渡しを求める請求は理由がある。

一一  被告らが、本件各建物の明渡義務を生じた当時における本件各建物について定められた使用料が一箇月につき、被告山下、同板垣については各七一五〇円、同吉野については五三〇〇円であったこと(請求原因1(三))が当事者間に争いがないことは前示のとおりであるから、被告らに対し、本件各建物の明渡義務を生じた日以降明渡済みまで、それぞれ右使用料相当の損害金の支払いを求める原告の請求も理由がある。

一二  よって、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、仮執行宣言の申立については、相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川上正俊 裁判官 上原裕之 荒木弘之)

<以下省略>

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