大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和57年(ワ)2776号 判決 1984年2月24日

原告

山口隆達

ほか三名

被告

神奈川都市交通株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、各自原告らに対し各金一九四、九四六円及び右各金員に対する昭和五五年三月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余は原告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告らに対し各金三、一四一、七四三円及び内金二、八四一、七四三円に対する昭和五五年三月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  右1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年三月一一日午前零時一〇分ころ

(二) 場所 横浜市金沢区六浦一丁目二番三五号先国道一六号線上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(横浜五五う一二五四)

右所有者 被告神奈川都市交通株式会社(以下、「被告会社」という。)

右運転者 被告高橋久(以下、「被告高橋」という。)

(四) 被害者 亡山口キミコ(当時七三歳)(以下、「キミコ」という。)

(五) 態様 キミコが本件事故現場を東側から西側に向かつて横断中、磯子方面から横須賀方面に向かつて時速約六〇キロメートルで走行中の加害車両の前部右側付近ではねられ、骨盤骨折等の傷害を受け、同日午前二時五二分ころ失血死した。

2  責任原因

(一) 被告会社は加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた。

(二) 被告高橋は、自動車運転者として、運転中は制限速度(本件道路については、毎時五〇キロメートル)を守り、絶えず進路前方を注視してその安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのに、これらを怠つた過失により本件事故を発生させた。

3  損害

(一) 葬儀費用 原告ら各自金一五〇、〇〇〇円

(二) 慰藉料 原告ら各自金三、五〇〇、〇〇〇円

キミコは、片眼失明両耳聴力喪失の身体障害者である次男の原告山口勝を扶養扶助していたので、一家の主柱にまさるとも劣らない者であり、原告らの慰藉料は各自金三、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

(三) 逸失利益 金六、二九六、九七三円

キミコは本件事故当時、次男の原告山口勝と生活し、同人の世話をしていた。

(1) 就労可能年数 五・七四年

(本件事故当時七三歳、平均余命一一・四八年)

(2) 年収 金一、八三四、八〇〇円

(昭和五五年賃金センサス第一巻第一表の女子労働者学歴計年齢平均給与額)

(3) 生活費控除 三〇%

(4) 中間利息控除 年五分の割合によるホフマン式

(算式) 一、八三四、八〇〇円×〇・七×四・九〇二八一=六、二九六、九七三円

(5) 原告四名はキミコの子であり、同人の死亡により同人の権利をそれぞれ法定相続分に従つて相続した。その結果、原告らは逸失利益につき各自金一、五七四、二四三円の損害賠償請求権を取得した。

(四) 弁護士費用 原告ら各自金三〇〇、〇〇〇円

原告らは被告らに対する本訴提起並びに訴訟追行を弁護士四名に委任し、弁護士報酬として金一、二〇〇、〇〇〇円の支払いを約し、各自金三〇〇、〇〇〇円ずつ負担することとした。

4  損害の填補

原告らは自動車損害賠償責任保険金として金九、五三〇、〇〇〇円の支払いを受け、各自、その四分の一にあたる金二、三八二、五〇〇円を前項記載の損害の一部に充当した。

5  よつて、原告らは被告神奈川都市交通に対しては自動車損害賠償保障法第三条本文に基づいて、被告高橋に対しては不法行為に基づいて、各金三、一四一、七四三円の損害金及び右各金員の内金二、八四一、七四三円に対する本件不法行為の日である昭和五五年三月一一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

二  請求原因事実に対する認否

1  請求原因1(一)ないし(五)の事実は認める。

2  請求原因2(一)の事実は認め、(二)の事実のうち速度違反の過失は認めその余は否認する。

3  請求原因3(一)の事実は知らない。同(二)の慰藉料額は争い、キミコが原告勝を扶養扶助していた事実は否認する。原告勝の身体障害については知らない。同(三)の事実のうち、相続関係については知らない、その余は否認する。同(四)の事実のうち、原告らが本件提訴並びに訴訟追行を弁護士四名に委任したことは認めるが、その余は知らない。

4  請求原因4の事実は認める。

三  抗弁

1  過失相殺

キミコは本件事故当時、老人性痴呆症となり夢遊病者的な精神状態に陥つており、約一五〇メートル先に歩道橋が設置されていたにもかかわらず歩道橋を渡らずに本件事故現場付近を横断しようとして、加害車両と進路前方約五〇メートル先を進行していた車との間をぬう状態で加害車両の直前にとび出したという過失がある。

また、その家族においても、キミコが夜中に目的もなく街中を徘徊することのないように充分に監護をしなかつたという過失がある。

従つて、損害賠償額の算定にあたつては、右のような被害者側の過失を斟酌すべきである。

2  損害の填補

自動車損害賠償責任保険より原告らに対し原告らが認めている額以外に次のような金員が交付されている。

(一) 治療費 金一八四、五四〇円

(二) 雑費 金五〇〇円

(三) 文書料 金一、三〇〇円

四  抗弁事実に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  抗弁2の事実は知らない。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因1(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

1  請求原因2(一)(運行供用者)の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因2(二)(被告高橋の不法行為)の事実について判断するに、被告高橋に制限速度を守らなかつた過失があることは当事者間に争いがなく、更に成立に争いのない甲第四ないし第六号証及び被告高橋久本人尋問の結果を総合すると、本件事故現場付近の道路は右にゆるくカーブしているが、左右の歩道上に約三〇メートルおきに街路灯が点灯しており、深夜でも明るい場所で、前方に対する見とおしは最大限約六〇メートルあること、キミコと衝突する約五〇メートル手前で被告高橋は前方の信号機と案内標識を見たこと、被告高橋は約一七・二メートル手前で車道を横断中の訴外キミコに気付いたこと、そのとき訴外キミコは車道の端から約六・三メートルの位置にいたこと、被告高橋が訴外キミコに気付いてブレーキをかけてから、キミコに衝突するまで約一四・七メートル、停止するまでに約三二・九メートル走行したこと、キミコは被告高橋に発見されてから衝突するまでに約一・一メートル進んでいること、事故当時加害車両の先行車(タクシー)はずつと先の方に行つており、すぐ前を走る車や並行車はなかつたことが認められる。事故当時、加害車両が時速約六〇キロメートルで走行していたことは当事者間に争いがないのは前記の通りであり、その場合の一秒間の走行距離は約一六・七メートルであるから、被告高橋が急ブレーキをかけてから衝突するまでの約一秒間にキミコは約一・一メートル進んでいたことになり、キミコは横断を始めてから被告高橋に発見されるまでに約六・三メートルを約五秒間で歩行している。前方の見通しが最大約六〇メートルであることから、約五秒早く訴外キミコを発見することは不可能であるとしても、約三・五秒早く訴外キミコを発見することは可能であつたし、約三・五秒早く訴外キミコを発見していれば時速約六〇キロメートルで走行していてもキミコに衝突する前に停止することが可能であつたといえる。もつとも証人辻裕は、本件事故を避けるような措置をとることは不可能であつたと証言し、乙第五号証にも同旨の供述記載があるけれども、同証人が運転免許を有しないことは同証人の自認するところであるから、右の判断には十分の信を措き難く、また、被告高橋本人も暗かつたのでキミコをより早い時点で発見することは困難であつたと供述しているけれども、本件道路が深夜でも明るかつたことは前記認定のとおりであり、しかも被告高橋は警察や検察庁で「前方を良く注意していれば、早期にキミコを発見できた。」と供述している(前掲甲第五、第六号証)のであるから、右の弁解も採用できない。

よつて、被告高橋には制限速度違反及び前方不注視の過失があつたと認められる。

三  損害

1  葬儀費用

成立に争いのない乙第六号証によると、原告らはキミコの葬儀を行つたことが認められる。そして、右の支出額を証明する資料はないが、本件事故と相当因果関係のある損害額は、原告ら各自につき金一〇万円を相当と認める。

2  慰藉料

成立に争いのない甲第一五号証の一ないし三、原告山口隆達本人尋問の結果を総合すると、原告勝は右目失明両耳難聴の身体障害者であり、キミコが原告勝の日常生活の面倒をみていたことが認められ、この事実と、前記の本件事故の態様、被害者であるキミコの年齢、その他諸般の事情を考えあわせると、原告らに対する慰藉料は各自金二五〇万円とするのが相当である。

3  逸失利益

(一)  前記認定のように、本件事故当時キミコは原告勝と共に生活し同人の世話をしていたのであり、主婦として家事労働に従事していたことが認められる。

(二)  なお、成立に争いのない甲第二、乙第四、第六、第八号証及び原告山口隆達及び被告高橋本人尋問の結果並びに被告高橋の供述により真正に成立したものと認められる乙第三号証を総合すると、訴外キミコは日曜日を間違えたり米を一日に二回注文したりするなどの状態にあり、また、キミコは本件事故当時、サンダルばきで、米の入つた買物カゴと現金四〇円を所持し家族にはキミコが何の目的でその時間にその場所にいたのか不明であること、事故現場の最寄駅は金沢八景駅であり、事故当時、最終電車は出てしまつた後であることが認められる。しかし、以上の事実を総合しても、キミコが本件事故当時老人性痴呆症になつていたとまでは推認できない。

(三)  以上により、キミコは家事に従事することにより、労働不能年齢に達するまで女子雇傭労働者の平均賃金に相当する財産上の収益をあげるものと推定するのが相当である。キミコは死亡時に七三歳であつたことから就労可能年数は平均余命の二分の一相当の五年であると推認でき、この間年額金一、七三五、五〇〇円(昭和五五年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、女子労働者学歴計六五歳以上の平均賃金相当額)の収益をあげるものと推定し得るので、生活費として五割を控除し、ライプニツツ式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、右逸失利益の額は金三、七五六、八三六円となる。

(算式) 一、七三五、五〇〇円×〇・五×四・三二九四=三、七五六、八三六円

(四)  成立に争いのない甲第九ないし第一四号証によると、キミコの相続人は同人の子供である原告ら四名であることが認められる。(よつて、法定相続分に従つて、原告らは各自金九三九、二〇九円の損害賠償請求権を取得することになる。)

四  過失相殺

前掲甲第四号証によると、本件事故現場の道路は、車道の幅員が一五・〇メートルある国道であること、右現場は横断歩道上ではなく、約一四五メートル先に歩道橋があること、制限速度が時速五〇キロメートルであることが認められる。本件事故当時キミコが七三歳であつたこと、事故発生時刻が午前零時一〇分ころであること、キミコは横断中あつたこと、加害車両は時速約六〇キロメートルで走行していたことは当事者間に争いがない。以上の事実を総合すると、本件事故の発生については、被害者であるキミコにも、夜間に幹線道路の横断歩道のない所を横断していたという過失が認められるので、同人の過失は損害賠償額の算定にあたり斟酌すべきであるところ、同人は七三歳の老人であつたこと等諸般の事情(キミコの監護に関する状態を含む。)を考慮すると、過失相殺として訴外キミコ及び原告らの損害の三割を減ずるのが相当と認められる。

五  損害の填補

1  請求原因4(金九、五三〇、〇〇〇円の支払い)の事実は当事者間に争いがない。

2  抗弁2(金一八六、三四〇円)の事実について判断するに、被告高橋久本人の供述により原本が存在し真正に成立したものと認められる乙第一号証によると損害額の計算としては金一八六、三四〇円も計上され支払われた旨記載されていることが認められるが、右書証のみによつては原告らに右金員が支払われた事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

六  弁護士費用

原告らが本訴提起並びに訴訟追行につき弁護士四名に委任したことは当事者間に争いがない。そして、本件事案の内容、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、原告ら各自金一〇万円を相当と認める。

七  結論

よつて、原告らの本訴請求は、被告神奈川都市交通に対しては自動車損害賠償保障法第三条本文の規定に基づいて、被告高橋に対しては民法第七〇九条の規定に基づいて、各金一九四、九四六円及び右各金員に対する不法行為の日である昭和五五年三月一一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の各規定をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三井哲夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例