横浜地方裁判所 昭和57年(ワ)74号 判決 1983年10月17日
原告
高谷廣一
右訴訟代理人
三野研太郎
横山国男
木村和夫
伊藤幹郎
三浦守正
岡田尚
星山輝男
林良二
飯田伸一
武井共夫
被告
国
右代表者法務大臣
秦野章
右訴訟代理人
五十嵐啓二
外六名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、二一九一万三五〇六円及びうち一九九一万三五〇六円につき昭和五六年一二月一二日から、うち二〇〇万円につき同五七年二月六日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文と同旨
2 仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五三年六月二二日、東京入国管理事務所(以下「東京入管」という。)主任審査官吉田茂(以下「本件主任審査官」という。)発付の同年六月二〇日付け退去強制令書(以下「本件令書」という。)により、東京入管に収容された後、同月二六日、大村入国者収容所に移送され、昭和五六年二月七日に仮放免されるまで同所に強制収容された(以下、原告の右期間にわたる収容を「本件収容」という。)。
2(一) 本件令書は、原告が出入国管理令(以下「令」という。)二四条四号リに該当するとして発付されたものであるが、原告は日本人であるから、本件令書発付処分はその理由を欠き、違法といわなければならない。
(二) 原告は、本件令書発付処分に不服があつたから、昭和五三年八月一五日、東京地方裁判所に同処分の取消しの訴(同裁判所昭和五三年(行ウ)第一一三号。以下、この訴訟を「前訴」という。)を提起したところ、同裁判所から同処分を取り消す旨の勝訴判決を受け、同判決は、同五六年二月二〇日、確定した。
3(一) 原告は、昭和二四年一一月一二日、朝鮮人である金吉落を父、日本人である青山里野(当時は高谷里野。以下「里野」という。)を母とする婚姻外の子として出生した日本人である。
(二) 原告の出生後、里野は原告を里野の子として届け出ることを権寿元に依頼したが、同人は独自の判断で金吉落を届出人とする出生届(以下「本件出生届」という。)を提出した。
(三) 昭和四一年ころ、原告及び同人の姉和江の外国人登録法違反被疑事件に関連して、金吉落や権寿元が警察において取調べを受け、調書が作成された。これらの者の調書によれば、金吉落は原告を自己の籍に入れることを望まず、里野の籍に入れることを希望していること及び無筆であるので自分は何もしなかつたことを認めていることが明らかである。してみると、本件出生届が金吉落の意思に反し、又は同人の意思と無関係に提出されたものではないかとの疑いが生じる。また、金吉落及び同人から本件出生届の提出を依頼されたという金晃永の前科調書及び外国人登録の記載によれば、本件出生届提出時には、右両名共身柄を拘置されていたかあるいは服役中であつたことが判明し、したがつて、本件出生届は右両名の提出にかかるものではないということができる。
(四) 昭和五三年六月下旬に行われた原告にかかる令に基づく違反調査、審査、口頭審理及び法務大臣の裁決の時点において、前記調書等を判断資料としたならば、本件出生届による認知は無効であり、原告が日本国籍を有する者であることを知り得たにもかかわらず、本件主任審査官はこれらの点を看過して、漫然と本件令書を発付した過失がある。<以下、省略>
理由
一本件令書発付処分及び本件収容について
請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二本件令書発付処分の違法性について
1 請求原因2(二)の事実は、当事者間に争いがない。
2 してみると、本件令書発付処分の違法が訴訟の対象とされ、同処分を取り消す旨の前訴判決が確定した以上、同処分に係る事務の帰属する被告(国)もまた、その既判力の効果として同処分の違法性につき、後訴においてこれに反する主張をすることは許されないものというべきである。したがつて、本訴において、被告は右処分の違法を争うことはできず、右処分は違法といわなければならない。
三本件主任審査官の過失について
1 原告が、昭和二四年一一月一二日、金吉落を父、里野を母として出生したことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告の出生当時、金吉落は朝鮮人、里野は日本人であつて、両者間には婚姻関係のなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 <証拠>によれば、次の事実が認められる。
(一) 東京入管所長は、昭和四六年九月二三日、旧横浜入国管理事務所長から原告に係る令二四条四号リ該当の違反事件の移管を受け、更に同年一一月四日、水戸少年刑務所長から原告につき、原告が横浜地方裁判所において、強姦、傷害、強盗、強盗致傷及び銃砲刀剣類所持等取締法違反により同年八月二二日確定済みの懲役八年の判決を受けたことが令二四条四号リに該当する外国人であつて、同刑務所に在監中である旨の通報を受けた。
(二) そこで、東京入管入国警備官は、原告につき令二七条による違反調査をしたところ、原告は、昭和五二年四月一四日、同警備官に対し、朝鮮人の父・金吉落と日本人の母・里野との間に出生し、本籍は朝鮮慶尚北道軍威郡軍威面文成洞である朝鮮人であると供述した上で、在留許可を要望し、一方、里野もまた、同年三月二五日、同警備官に対し、原告の出生については右と同旨の供述をしたほか、里野と金吉落は婚姻関係にはなかつたが、金吉落が鶴見区長に対し、本件出生届を提出した旨を供述し、また、原告に対する在留許可を要望した。
(三) 更に、前記調査により、原告の国籍及び経歴について、次の事実が判明した。
(1) 原告は、出生の時から、母里野の氏(高谷)ではなく、父の氏(金)を称し、母里野の戸籍には原告についての記載もなかつたから、何人も原告が朝鮮人であることに疑念を抱くこともなく、昭和三七年三月一九日、金弘一名で鶴見朝鮮初級学校を卒業し、同年四月二日から同四一年一二月二〇日まで、神奈川朝鮮中・高級学校中級部及び高級部に在学していた。
(2) 原告は、昭和四二年二月六日、氏名・金広一、生年月日・一九四九年一一月一二日、国籍・朝鮮、国籍の属する国における住所又は居所・慶尚北道軍威郡軍威面文成洞として、横浜市鶴見区長による外国人登録を受けている。
(3) 水戸少年刑務所に領置されている原告の外国人登録証明書にも生年月日、国籍、国籍の属する国における住所又は居所につき右(2)と同一の記載がある。
(四) 東京入管入国審査官は、昭和五二年四月一九日、原告に係る前記違反事件を引き継ぎ、同年六月二八日、原告が令二四条四号リに該当するかどうかを審査したところ、原告は、国籍、本籍及び出生については前記(二)と同一の供述をしたほか、更に、両親は内縁関係であり、原告自身も父の戸籍に入つている旨の供述をした。
右入国審査官は、同日、原告が令二四条四号リに該当すると認定し、原告に対し、その旨を通知したところ、原告は、同日、口頭審理を請求した。
(五) 東京入管特別審理官は、昭和五三年五月二三日、原告に対する口頭審理を行つたところ、原告は、国籍、本籍及び自己の戸籍につき、前記(四)と同一の供述をした。
右特別審理官は、同日、前記入国審査官の認定に誤りがないと判定し、原告にその旨通知したところ、原告は、同日、法務大臣に対し異議を申し出た。
(六) 法務大臣は、昭和五三年六月一七日、原告の異議申出は理由がないと裁決し、その旨を東京入管所長に通知した。
そこで、本件主任審査官は、同月二〇日、原告に対し、本件令書を発布した。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
3 前記認定のとおり原告は、昭和二四年一一月一二日、朝鮮人である父・金吉落と日本人である母・里野との間の婚姻外の子として出生したものであるところ、婚姻関係にない朝鮮人男子と日本人女子との間に出生した子は、旧国籍法(明治三二年法律第六六号)三条により日本国籍を取得するが、原告の場合には、<証拠>により、横浜市鶴見区長が、昭和二五年二月一六日、原告につき、父・金吉落(本籍・朝鮮慶尚北道軍威郡軍威面茂城洞一九九番地、国籍・朝鮮)と母・金里野(本籍及び国籍・右同)との間の嫡出子長男として、同二四年一一月一二日、横浜市鶴見区小野町一〇番地で出生した旨の届出人父名義の出生届を受理していたことが認められるところ、これによれば、原告は、右出生届の有する認知の効力によつて父の朝鮮戸籍に入り又は入るべき者となり、「日本国との平和条約」(昭和二七年条約第五号)の発効と共に日本国籍を喪失した者と認められることとなる。もつとも、原告の国籍如何は右出生届が有効に成立したか否かに左右されることはいうまでもないところ、<証拠>によれば、前訴判決は、右出生届が金吉落の意思に基づいて提出されたことを認めることができないとして、本件令書発付処分を取り消したことが認められるが、前記認定の原告にかかる違反事件の審査の経緯及び審査の結果判明した事実(2(二)ないし(五)の事実)に照らすと、本件令書発付処分においては原告の朝鮮国籍に疑念を挾むことは極めて困難であるといわざるをえない。なお、原告は、昭和四一年ころの原告及び原告の姉和江の外国人登録法違反事件にかかる金吉落及び権寿元の供述調書(甲第五、第六号証)、金吉落の前科調書(同第七号証)、外国人登録証(同第八号証)をあげて、本件出生届を金吉落が提出したものではなく、また、その意思と無関係に提出されたものではないかとの疑いが生じると主張するが、原告が出生の時から金の氏を称していることは前記認定のとおりであるところ、更に、右金吉落の供述調書(甲第五号証)において、同人は原告の出生届を有村の兄に依頼した旨供述しているのであるから、右の疑いは生じようがない。もつとも、有村の兄と思われる権寿元はその供述調書(甲第六号証)において、金吉落の右依頼の事実を否定し、弟の金晃永が金吉落の依頼を受けて本件出生届を提出したと供述するが、右供述は金吉落の右供述に照らして極めて疑わしく、権寿元が金吉落から右依頼を受けていなくとも、権寿元の右供述によれば、金吉落が第三者に出生届の提出を依頼したことには変りがない。そして、他に右出生届が金吉落の意思に基づくものでないことを疑うべき事情を認めるに足りる証拠は存しない。してみると、右処分時において、前記認定の事実から原告を外国人と認定し、それに基づいて本件主任審査官か本件令書を発布したことはやむを得ないものというべきであつて、右発付処分に過失があるということはできない。
四よつて、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(古館清吾 吉戒修一 須田啓之)