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横浜地方裁判所 昭和58年(タ)148号 判決 1983年11月30日

原告

X

(一九四三年一〇月一日生)

右訴訟代理人

山口酉

原長一

桑原収

小山晴樹

森本紘章

渡辺実

堀内幸夫

被告

Y

(一九二四年一月一三日生)

主文

一  原告が被告の子であることを認知する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和一七年一〇月、インドネシアにおいて訴外リム・サイ・ニヨと知り合い、同地にて同女と同棲を始めた。

2  リム・サイ・ニヨは、右同棲期間中に被告の子を懐妊するに至り、昭和一八年一〇月一日、原告を分娩した。

よつて、原告は被告に対し、原告が被告の子であることの認知を求める。

二  請求原因に対する認否

すべて認める。

第三  証拠<省略>

理由

一1  <証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定に反する被告本人の供述部分は採用し難く、ほかに右認定に反する証拠はない。

(一)  被告は昭和一七年頃台湾拓殖株式会社の職員であつたが、同年軍政関係要員として、スマトラ島ランボン州に派遣され、同年後半頃から、軍が接収した精米所のうちワイヤラ、グドン、タタアン、クバグサンの各精米所の管理を命ぜられていた。

(二)  一方、中国系人訴外リム・サイ・ニヨ(LIM SAI NIO)は、被告の管理下に置かれたワイヤラ所在の精米所の所有者で右精米所の構内に居住していた叔父訴外リム・サイ・スイに養われていた者(当時二九歳位で夫はいなかつた。)であるが、昭和一七年一〇月頃、日本人である被告と知り合い親密な交際を結ぶに至つた。

(三)  当時、被告は、身分が軍に所属し、また、原地は日本軍占領の軍政施行地区であるため日本国内法上正規の手続による婚姻は不可能な状況にあつたが、事実上リム・サイ・ニヨとともにグドンタタアン地区スレーワンギ、ブネンガハン村所在の一戸の家に移り住みリム・サイ・ニヨをリアンと愛称し同女と夫婦同様の同棲生活を送つた。

(四)  リム・サイ・ニヨは被告と同棲生活に入り間もなく妊娠した。出産が近くなるや、被告は、リム・サイ・ニヨを町の病院で出産さすべく、居住地より約七キロメートル離れたブリンセウの病院に近い、同地方の有力者で、知人であつた訴外ラデイン・スカンダ(R・SUKANDA)の家に一時寄遇せしめた。リム・サイ・ニヨは昭和一八年(西暦一九四三年)一〇月一日ブリンセウの病院で原告を出産した。

(五)  原告は幼少より名前を漢字で書く場合は「X」と書くようリム・サイ・ニヨから教えられ、エックス(X)と名乗り時にはリム・ホー・ホアー(LIM HOEI HOA)と名乗ることもある。

(六)  被告は原告が生れて程なく他地域に転出することとなり、リム・サイ・ニヨは被告との別離を余儀なくされた。

(七)  リム・サイ・ニヨは、被告との生活の思い出の品としてまた原告に対してその成人後父親のことを語り聞かせるため、被告が大切にしていた被告の姉の写真、被告本人の写真、また、被告が日常着用していた衣類、その他の日用品等を今日まで約四〇年間に亘り保存している。

(八)  血液型(ABO式)は、リム・サイ・ニヨがO型、被告がA型、原告がA型である。

(九)  被告は、本件第一回口頭弁論期日において、人相、骨格等いずれからみても原告と自己との間に血縁上の関係があることに疑念が全く生ぜず原告が自己の子であることを承認する旨の陳述をなし、かつ、原告に対して親和感を示していることが窺われるものであるが、被告は日本国内において築いてきた従前の家族関係に対する配慮という一点から任意認知をすることにはなお逡巡していることが明らかである。

2  前項1の各認定事実によれば、原告は被告の子であると推認できるものであつて、ほかに右推認を覆すに足りる事情がなんら認められない本件事実関係の下にあつては、原告は被告の子であるものと認めるのが相当である。

二1  ところで、認知の要件の準拠法は、法例一八条一項の規定するところであつて、父に関しては被告の本国法である日本国の民法により定められることは疑いないが、子に関しては原告の国籍が必ずしも判然としないので一考を要する。原告代理人弁護士山口酉提出にかかる原告所持のインドネシア共和国政府発行の旅券、同山口酉作成の昭和五八年八月一九日付調査報告書及び西井絹子作成の同月二〇日付報告書(国籍について記述したもの)によれば、原告は昭和五八年六月七日に日本国に入国したが、その際所持していた旅券には PASSPORT FOR ALIENS(外国人用旅券)と記載されていて、かつ「Kebangsaan dikatakan Stated nationality」と不動文字で印刷された欄には「CINA」と記入されていること、旅券に添付されている出入国カードの国籍欄には無国籍と記入されていること、及び、原告代理人弁護士山口酉が関係官署(外務省大臣官房査証課)に赴き聴取したところ「CINA」という記載は国籍を示すものではなく人種を明らかにする程度の意味しか持たず日本国の関係官署が右の如き旅券を呈示された際には無国籍として扱つているとの回答を得たことが認められる。右事実によれば、原告は国籍を有していないというほかなく、法例二七条二項により認知の要件につき子である原告についてはその住所地法であるインドネシア共和国民法が準拠法ということになる。そして、インドネシア共和国民法はその第一二章第三節に非嫡出子の認知について規定を設けているが(なお、同節は「中国人以外の外国系東洋人に適用しない、中国人には適用する。」との注記を設けて、いずれの住民グループに適用されるかを明示している。)、同節中の、第二八〇条に「非嫡出子の認知により、その子とその父または母との間に親族関係が生じる。」、第二八三条に「姦通または近親相姦により生まれた子はこれを認知することはできない、但し後者については第二七三条に規定の場合はこの限りではない。」(第二七三条「総督の特免がなければ、結婚できない父母から生まれた子は、結婚証書による以外の方法で嫡出子となることはできない。」)、第二八七条に「父の捜索はこれを禁ずる。但し刑法二八五条ないし第二八八条、第二九四条または第三三二条に規定の場合は、犯罪の行なわれた時が妊娠の時と一致するとき、利害関係人の請求により犯罪者がその子の父であることを宣告できる。」、第二八八条に「母の捜索はこれを許す。この場合、子は自身が母の生んだ子と同一であることを証明しなければならない。書面による参考証拠がある場合を除き、子は証人により証明することはできない。」、第二八九条に「第二八三条により認知が許されない場合には子は父または母を捜索することはできない。」との各規定を置くほか、第一四章親権の章下にある第三二八条には「適法に認知された非嫡出子はその父母を扶養しなければならない。この義務は相互に負い合うものとする。」と規定されている(財団法人日本インドネシア協会発行(昭和四三年)の「インドネシア民法典」所収)。ところで、右各規定が現在どのように適用されているかについてであるが、これを調査してみるに、ある文献 (Bergmann/Ferid, Inter-nationales Ehe-und Kindschaftsre-cht, S. 16, 1976 Verlag f〓r Stan-desamtswesen GmbH&CoKG・Fran-kfurta.M.)によれば「子供法(Kinds-chafterecht)については現在では一九七四年第一号の婚姻法Ⅸ〜〓章による。この婚姻法に反しない限り、さらに民法Ⅷ〜〓項の規定が適用される。(中略)非嫡出子は民法的関係においては母に付く(婚姻法第四三条)婚姻の前に父であることが法律上有効に認知されている条件の下では後に婚姻することにより子供が嫡出とみなされるに至る。父であることの承認は婚外子(いわゆる私生児)についてのみ可能である。これに対し不貞あるいは近親相姦によつてもうけられた子供については父であることの承認は許されない。新しい婚姻法によれば非嫡出子の法律上の地位に関する規制はまだ決定されていない特別の政令に留保されている。」とあることからすると、前記民法典の各規定はなお有効であつて当該事案について適用されるものであるといえる。また、前掲書(S.12.)によれば、インドネシア共和国においては一般に国際私法上本国法主義を採用していて、親子関係についても例外でないことが窺われる。

2 更に進んで考えてみるに、前掲記のインドネシア共和国民法第二八七条の規定するところによれば、原告は本件の如き認知の訴を提起できないということとする。しかしながら、本件の具体的事案に即して考えてみると、本件は我国における私法的社会生活とかなり密接な牽連性があるばかりか、審理を遂げた結果原被告間に血液上の父子関係が存在することが明らかとなり原告が法律上被告の子であるとの結論が得られれば、そこに親子関係が確立し、それに伴つて実質的な親子関係が展開し社会生活の各分野において相互の権利・利益が擁護されるのであるから、如何に法制の違いを強調し或いは同国民法中親子関係に関する関連規定全体を検討した(インドネシア共和国民法第二六七条には「なんらかの身分を主張する訴えは民事裁判官に限りこれを取扱うものとする。」と定められていて、身分確認請求の訴えの制度の存在が示唆されるが、その内容は詳らかでないし、婚外子の保護は必ずしも十全でないと考えられる。)としても、本件につき原告の住所地法であるインドネシア共和国民法に準拠して認知の訴を永久に許さないとすることはなおわが国の親子法を支配する福祉の理念に反する結果を招来し、ひいてはわが国の公の秩序又は善良の風俗に反するものというべきである。してみると、本件に関しては原告の住所地法であるインドネシア共和国民法第二八七条の適用は排除されるべく、原告の本訴請求は日本国民法第七八七条に照らして許容すべきものであるといわなければならない。

三以上のとおりであつて、前叙によれば原告が被告の子であることもまた証拠上認められるから、原告の請求は理由がありこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (高山浩平)

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