大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和58年(ワ)832号 判決 1987年12月18日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 矢島惣平

右同 長瀬幸雄

右同 久保博道

被告 真下商事株式会社

右代表者代表取締役 高橋宏誌

右訴訟代理人弁護士 大橋光雄

主文

一  被告は、原告に対し、金九三九万六七五〇円及びこれに対する昭和五五年八月二一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、三一三二万二五〇〇円及びこれに対する昭和五五年八月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、東京穀物商品取引所の会員であり、商品取引所法に定める主務大臣の許可を受けた商品取引員である。

2  原告は、以下のような被告の従業員の勧誘を受けて、被告に対し、別表(一)売買一覧表記載のとおり、昭和五四年一一月一二日から同五五年八月二一日までの間に、建玉回数にして計二九回の輸入大豆の先物売買取引を委託した。

3  被告の従業員の勧誘

(一) 原告は、右取引開始前には商品先物取引の経験が一切なくその仕組みや実情には全く無知であったところ、昭和五四年一〇月初旬頃、被告の従業員である訴外東某(以下「訴外東」という。)から電話を受け、その数日後原告宅を訪ねてきた同人から輸入大豆の取引を勧められたか、先物取引のことが全く分からなかったことからこれに応じなかった。

(二) ところが、訴外東は、その後何回となく大豆取引を勧めるパンフレットや手紙を原告宅に送ってきたり、毎日のように執ように勧誘の電話をかけてきた。

これに対し、原告は、関心を示さず、パンフレットや手紙は捨ててしまい、電話に対しても断りの返事を続けた。

(三) その後、訴外東は、同じく被告の従業員である訴外桐山共和(以下「訴外桐山」という。)と共に再び原告方を訪れて、二人して原告に対し、大豆取引は絶対に儲かるからなどと述べて勧誘をしてきた。

しかし、原告は、これに応じなかった。

(四)(1) しかるに、訴外桐山は、昭和五四年一一月一一日、再度原告方を訪れ、原告に対し、「大豆は絶対に儲かる。」「絶対に儲けさせてあげますよ。」「決して損のないことだから私と会社を信じて取引してください。」などと述べて執ように取引を勧誘した。

(2) これに対し、原告が儲かる仕組や内容が全く分からない旨答えると、訴外桐山は、「誰でも理解できないのは当然であって、みんな初めは理解できなくとも私と会社を信用して始める。そしてみんな儲けておりますよ。」「完全に理解できてから始めたのでは、この儲かる絶好の時期を逸してしまう。」「私と真下商事を信用してください。絶対にご損はおかけしませんから。」などと述べ、更に「もしこの前私共を信じて三二〇万円ほど預けてくださったとしたら、これこれこのとおり多額の利益が出ていましたよ。」と述べながら、手帳に記載していた値段をもとに電卓を取り出して計算して見せて、あたかも原告が訴外桐山を信用して取引を始めさえすれば必ず同様の利益が生ずる旨誤信させる言動をもって勧誘した。

(3) 又、原告は、先物取引という概念が理解できておらず取引といえば現物取引しか念頭になかったので、買った大豆を売るためにあらかじめ豆腐の製造元とかその他の大豆加工業者に渡りをつけておかなくてはならないのではないかと質問すると、訴外桐山は、原告の誤解を訂正しようともせず「私がいつでも全部売りさばいてあげます。心配はいりません。」と断言するようなことを言った。

(4) そこで、原告は訴外桐山にまかせておけば必ず利益が得られるものと誤信して取引を行うこととし、訴外桐山に三二〇万円を預けて取引の委託をした。

4  先物取引の危険性について

(一) 統計的な損益の確率

先物取引において統計上利益を得る人の割合は、二ないし三割であって、しかも、その中には投機に精通した相場のプロないしはセミプロや当業者が多いことは明らかであるから、一般大衆投資家で利益を得る者の割合は、更に少なく一割にも満たないのが実情である。

(二) 取引の仕組からみた危険性

商品先物取引は、実際の総取引代金に比べて、わずか一〇分の一前後の小額の証拠金で元金の一〇倍もの大きな取引ができるところに特徴があって、一割程度の価格変動で、投下した資金が、二倍になったりゼロになったり、場合によるとそれ以上の損失を蒙ることも少なくないものである。

(三) 売買手数料の仕組からみた損益の確率

先物取引の委託をする場合、顧客は商品取引員に対し、建玉と手仕舞のそれぞれについて利益の有無にかかわらず一定の売買手数料を、本件においては一枚当たりの建玉と手仕舞の各手数料の合計として七五〇〇円を支払わねばならないのであるが、これは、例えば、昭和五四年一一月一二日付の建玉四〇枚についてみると三〇万円となり右取引の証拠金三二〇万円の約九・三七パーセントであって、二ないし三か月に一一回の建玉と手仕舞を繰り返すと、仮に売買損益がプラスマイナスゼロであったとしても証拠金たる元本が確実に消失するといったものである。

ちなみに、本件においては、約八か月間に二九回の建玉と手仕舞を繰り返すことによって、その手数料合計は一二九〇万円にも及んでいる。

(四) 相場動向の判断の困難性

相場変動の要因として一般に指摘されているのは、外部要因として、為替の変動、外貨準備の増減、金融事情、輸出入情報などの一般情勢、財政、経済政策、気象、災害、ストライキなどの社会情勢、国際政治、経済情勢、当該商品の需要(消費、売れ行き、輸出)、供給(生産、収穫、輸入)、在庫情況などその商品に関連した個々の事情などがあり、内部要因として、取引所の市場管理対策、建玉情況などがある。右のように相場の変動要因は極めて複雑かつ多岐に及んでいるので、相場動向を判断するには極めて専門的で高度な知識と経験が必要であり、他に仕事をもった素人が片手間にできることではない。

5  被告の責任

商品先物取引の勧誘をなすについては、前述したような商品先物取引の危険性に鑑み、以下に述べるような、商品取引所法、商品取引所の定款、被告の受託契約準則等において数々の規制が設けられているにもかかわらず、訴外桐山はこれらに違反した勧誘、その継続等を謀り、その一連の行為によって後述の損害を原告に対して与えた。

(一) 断定的判断の提供

商品取引所法第九四条第一項第一号は、顧客に対し利益を生じることが確実であると誤信させるような断定的判断を提供して勧誘することを禁止しているにもかかわらず、前述のように、訴外桐山は、原告に対し、「大豆取引は絶対に儲かる。」「絶対に儲けさせてあげますよ。」などといった利益を生じることが確実である旨の断定的判断を提供して違法に勧誘行為を行った。

(二) 新規委託者保護管理協定違反

昭和五三年三月二九日、全国の商品取引員大会で決議された新規委託者保護管理協定によれば、新規委託者に対して一定の保護育成期間の設定(最低三か月)と受託枚数の制限(原則として二〇枚以下)を定め、各商品取引員はそれぞれ右内容を定めた新規委託者保護管理規則を作成して関係取引所に届出て、その承認を受けるものとされている。そして、被告は、右協定に基づき新規委託者保護管理規約を作成し、新規委託者については当初三か月間は二〇枚を越える建玉をさせてはならないと制限している。

にもかかわらず、訴外桐山は、別表(一)売買一覧表記載のとおり右制限を大幅に越える建玉の取得を原告に勧誘してなさしめている。

確かに右規約においては、新規委託者の書面による承諾がある場合には右制限を越えることが許される旨規定され、原告はその承諾書を作成してはいるが、その際訴外桐山は右承諾書の意味内容について説明しておらず、しかも右承諾書は一ないし二か月日付をさかのぼらせて作成されているのであって、これは右協定の趣旨に反するものである。しかも、仮に新規委託者の承諾があったとしても、右協定の趣旨からすると、別表(一)売買一覧表記載のような大口の、しかも両建といった態様を含む取引を何回も重ねることは許されない。

(三) 両建玉の禁止

全国の商品取引所は、その定款で、商品取引員に対し、商品取引員が受託業務に関し禁止される行為として、同一商品、同一限月について売りまたは買いの新規建玉をした後または同時に対応する売買玉を手仕舞せずに両建するように勧めることを禁止している。

にもかかわらず、被告は、別表(一)売買一覧表記載のように昭和五四年一一月二〇日、合計一六〇枚の買建玉に対応する新たな一六〇枚の売建玉を、又、同年一二月一〇日、三二〇枚の買建玉に対応する新たな三二〇枚の売建玉を、それぞれ原告に建玉させる等両建を勧誘している。

(四) 仮名または他人名義による建玉の禁止

全国の商品取引所は商品取引員が仮名または他人名義等を使用して売買を行うことを委託者に示唆し勧めることを禁止しているにもかかわらず、訴外桐山は、原告に対し、その息子の甲野一郎名義で建玉するように勧誘して建玉させている。しかもそれは、前述の両建分についてなさしめている。

(五) 委託保証金受領前の建玉

被告の受託契約準則第七条、第八条によれば、商品取引員は委託証拠金を受領せず取引を受託してはならない旨規定しているにもかかわらず、被告は次のとおり委託証拠金を受領する前に建玉をしている。

(1) 昭和五四年一一月一二日買付の建玉四〇枚につき同月一四日に委託証拠金の入金

(2) 同月一三日買付の建玉四〇枚につき同月一五日に委託証拠金の入金

(3) 同月一五日買付の建玉八〇枚につき同月一六日に委託証拠金の入金

(4) 同月二〇日売付の建玉一六〇枚につき同月二一日に委託証拠金の入金

(六) 継続的勧誘

訴外桐山は、右のように絶対に儲かると述べるなど断定的判断を提供して勧誘して原告を大量の取引に引きずり込んだ上、損がでるとその損を取り返したいという原告の心情を利用して必ず損を回復するからなどと述べて大量の取引を継続せざるを得なくした。

(七) 受託契約準則第九条、第一五条第四項違反

右準則によれば、商品取引員は、受託証拠金の一部または全部についてはその受託の必要がなくなったときから、売買による差益金については売買の日から、それぞれ起算して六営業日以内に支払わなければならない旨規定しているにもかかわらず、訴外桐山は、これを怠り、例えば昭和五四年一一月二六日の手仕舞による差益金一〇〇万円、同年一二月八日の手仕舞による差益金四四〇万円等を右の期間内に支払っていない。

6  原告の損害

原告は、訴外桐山の不法行為により別表(一)売買一覧表記載の取引を行い損益金及び手数料として合計三一三二万二五〇〇円を支払い、同額の損害を蒙った。

7  被告の責任

被告は訴外桐山の使用者であるから同人の不法行為により原告が蒙った損害について賠償する責任がある。

よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として三一三二万二五〇〇円及びこれに対する昭和五五年八月一八日から支払済まで民法所定の年五分の割合により遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の事実は認める。

同3第(一)項の事実については、訴外東が原告宅を訪問し輸入大豆についてそれまでの値動きと現状、見通しなどについて話し合ったことは認める。但し、被告の外務員が最初に原告を勧誘したのは昭和五四年八月下旬の日曜日であり、その際、訴外東と同じく被告の外務員であった訴外前田富代喜とが原告宅を訪問して三時間以上にわたって商品先物取引の仕組みやその現状について詳細に説明し、これに対して、原告は興味を示したばかりでなく金(ゴールド)の値動きに関心をもっていて、それを商いたいという意思のあったことを漏らした。

同第(二)項の事実については、商品先物取引の資料や説明書を送付し、数回電話をかけたことは認める。これに対し原告は、明確な断りの意思表示をしたことはなく、かえって、それまでの輸入大豆の値動きが概ね訴外東が予測したとおりであったので、さらに興味を示すに至った。

同第(三)項の事実は否認する。

同第(四)項の各事実は否認する。昭和五四年一一月一一日、原告と訴外東とは、相談の結果、輸入大豆の先物取引について、翌一二日の寄り付き(前場二節)が安寄りであったときは、原告は買建玉することになった。

そこで、訴外東は、同月一二日午前一〇時頃、原告に対し電話で「せり」の情況を通しながら寄付きで買付の注文を出した。そして、その日の夕刻、訴外東は、上司の訴外桐山とともに原告宅を訪れ、取引開始の礼と挨拶をするとともに必要書類を作成して貰った。

同5第(一)項のうち、断定的判断を提供したことは否認する。

同第(二)項は否認ないし争う。建玉は原告の希望に基づき原告の投資能力を考えた上になされたものであり慎重を期するため書面をもってその確認を得ている。

同第(三)項は否認ないし争う。両建の制度は相場が急変した場合に損金をその現状において凍結させそれによって損金を拡大させないための防御方法であって何等違法はない。被告は、この制度の存在について取引の当初から説明し、原告自ら選択したのであって不必要に勧めた事実はない。

同第(四)項は否認ないし争う。一郎名義でなされた取引は原告の税務対策上の問題であって被告の指示によりなされたものではない。その後現実に原告に対し税務署による調査がおこなわれており、その際原告から被告に対し、会社名義の取引に変更してほしいとの申し入れがあり、被告はそれはできないと返答したという事情がある。

請求原因6のうち、差益金及び手数料の合計が三一三二万二五〇〇円となったことは認め、その余は争う。被告は、原告に対し、建玉、手仕舞がなされる毎に報告書を、毎月末に残高照合書をそれぞれ送付し、原告は何等の異議なく右残高照合書を返送しており、また、全取引が終了した後何等の異議なく残金の清算を済ませているから、仮に被告に違法な勧誘が存在したとしても追認によって治癒された。また、訴外ニース交易と委託取引を開始した昭和五五年一月以後の損害については、仮に被告に違法な勧誘行為が存在したとしても、因果関係がない。

同7については争う。

第三証拠《省略》

理由

一  被告が東京穀物商品取引所の会員であり、商品取引所法に定める主務大臣の許可を受けた商品取引員であること、原告が被告従業員の勧誘を受けて別表(一)売買一覧表記載のとおり輸入大豆(以下単に「大豆」という。)先物取引の委託をしたことは、当事者間に争いがない。

二  事実経過

前記当事者間に争いのない事実と《証拠省略》によれば、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

原告は、中学卒業後果物屋や菓子屋等の住込店員として働いた後、昭和三二年頃から個人商店として燻製、ピーナッツなど酒のつまみ類の卸業を営み、昭和三七年頃これを会社組織に改めて(乙山食品株式会社)妻と共に従業員三人を使って経営し、また、右会社と自宅の土地及び建物を所有管理する会社として丙川商事株式会社も経営していたものであるが、これまでに先物取引にかかわったことはなく、わずかに知人から金取引は儲かるという話を耳にした程度に過ぎなかった。

昭和五四年一〇月初旬頃、被告の従業員であった訴外東は原告宅に電話をかけ、その数日後原告宅を訪れた。訴外東は原告に対し大豆先物取引について勧誘したところ、原告は金取引については聞いたことがあるが大豆先物取引には特にいままで興味をもったことがなかった旨述べた。その後、訴外東は、原告に対し、大豆先物取引に関する資料やパンフレットを送ったり電話をかけたり訪問して日本経済新聞などを示して大豆の値動きを説明したりして大豆先物取引の委託をなすよう勧誘した。

同年一一月一〇日頃、訴外東は上司である訴外桐山とともに原告宅を訪れ、二人して「私共を信じてくだされば絶対に損はかけないし、間違いなく儲かりますよ。」「自分は情報源をたくさん持っているから必ず儲けさせてあげます。」「うちの会社はこういう立派な会社だから何も心配することはありません。」などと述べ、また、手帳に記載してあった値段をもとに電卓を取り出して計算してみせて、「もしこの前私共を信じて三二〇万円ほど預けてくださったとしたら、このとおり多額の利益がでていましたよ。」などと述べて勧誘した。そこで、原告は大豆先物取引について理解が充分ではなかったが訴外桐山を信じて取引すれば必ず利益がでるものと信じて、同月一二日からその委託をなすこととした。

同月一二日、被告は、原告の右委託に基づき、寄付きで別表(一)売買一覧表記載取引番号1(以下「別表(一)売買一覧表記載取引番号」を単に「取引番号」という。)の買付をした。

同日夕方、訴外桐山は原告宅を訪れ、承諾書、委託註文書等の必要書類を原告に作成させるとともに、「商品取引委託のしおり」および受託契約準則を交付して一応説明し、また、二〇枚を越える建玉をなすについての申し出書を作成させた。そして、原告は、右取引番号1の建玉の委託証拠金三二〇万円を前記乙山食品株式会社振出の小切手で支払った。

同月一三日朝、原告は、訴外桐山から「社長。昨日儲かって今日も間違いなく儲かります。一頭建より二頭建ならば倍儲かりますよ。なんとか三二〇万円都合なりませんか。」などと電話で勧誘を受け、訴外桐山を全面的信頼していたことからその言に従うこととし、買建玉を倍にする旨委託した。被告は、右委託に基づいて取引番号2の買付をし、原告は、その夜原告宅を訪れた訴外桐山に対し右建玉の委託証拠金三二〇万円を前記丙川商事株式会社振出の小切手で支払った。

同月一五日朝、同月一三日と同様に訴外桐山から更に買建玉の枚数を倍にするように電話で勧められ、原告は訴外桐山を全面的に信頼していて損をするなどとは予想だにしていなかったので、その言に従った委託をし、被告は右委託に基づいて取引番号3の買付をし、同月一六日、原告は右取引の委託証拠金六四〇万円を銀行振込で送金した。

同月二〇日朝、原告は、訴外桐山から再び電話をうけ、大豆の値段が下がってしまいそれまでに払った委託証拠金一二八〇万円を失ってしまう恐れがあって、それを防ぐためには更に一二八〇万円を用意してもらう必要がある旨告げられた。原告としては絶対に儲かると言う訴外桐山を信頼して取引を委託していたにもかかわらずそのような事態になったので、話が違うと訴外桐山と散々言い合いになったが、最終的には一二八〇万円の用意は一時的なものですぐに利益があがるというので再度訴外桐山の言を信じることとし、一二八〇万円を支払うことを訴外桐山に伝え、被告は、右原告の申し出に基づいて取引番号4及び5の売付をした。その日の夜、訴外桐山は原告宅を訪れた。その際、訴外桐山は、原告に対し再度書類を作成するように依頼し、原告が「『商品取引委託のしおり』の受領について」と題する書面に自己の姓名を署名したところ、訴外桐山が誰か外の人の名義にして欲しい旨告げたので、原告は、息子の甲野一郎(当時一七歳の高校生)名義に訂正し、受諾書、申し出念書、委託註文書等の必要書類も甲野一郎名義で作成した。同月二一日、原告は、右取引の委託証拠金一二八〇万円を右甲野一郎名義で銀行振込で送金した。

その後、同年一二月八日までの間に、原告は、訴外桐山の勧めに応じて、取引番号6、7、8の各買付を委託し取引番号1、4、5の各手仕舞を委託した。右手仕舞によって利益が出たが(但し、建玉全部を値洗いすると損失になっていた。)、その利益金の支払はなされなかった。

同月一〇日、訴外桐山は原告に対し再び電話をかけ、大豆の値段が下がってしまった旨同年一一月二〇日と同様の内容の話をし、申し訳ないことになってしまったがお客さん方に損をかけっぱなしということは絶対になく必ず取り返してあげるから心配しないように述べた後、新たに委託証拠金として二五六〇万円を支払うように勧めた。これに対し、原告は、訴外桐山に対する信頼を失いかけていたが、ここで手仕舞すると既に払い込んだ二五六〇万円の大部分を失うことになるので、仕方なくその勧めに従うこととした。そこで、同日、被告は取引番号9、10、11、12の各売付をし、翌日、原告は右取引の委託証拠金二五六〇万円を銀行振込で送金した。

昭和五五年一月九日、原告は、訴外桐山からアメリカの大統領がソビエトに対する穀物輸出を禁止しないという発表をしたことから大豆が値下がり状態にあり、まだまだ下がる情況にあるから売建玉を増やすべきだと勧められ、さらに三二〇万円の委託証拠金を支払って取引番号13の売付を委託した。

その後同月一七日までの間に、原告は、取引番号7、8、9、12の各建玉を手仕舞し、同月一七日、被告から利益金二〇〇万円(但し、建玉全部を値洗いすると損失が発生していた。)及び委託証拠金の余剰一〇八〇万円の合計一二八〇万円を受領した。

その頃、原告は訴外エース交易から同じく先物取引の委託の勧誘を受けた。原告としては、訴外桐山がシカゴ市場の動向とか、著名人の言動とか、商社が買いにはいったとか、中国から何か入ったとかといった情報とか、大豆の特報という新聞をもとに勧めるので、それに従って取引していたが、損失が多く、訴外桐山に対する信頼が薄れていたところだったので、被告との取引によって生じた損害を取り戻したいと考え、訴外エース交易に対して委託することとし、同年一月中頃から五月下旬頃まで訴外エース交易に取引を委託し、同社の外務員の勧める相対力指数に基づいて建玉、手仕舞を行ったが、結局二七〇〇万円ほどの損失を蒙った。

その間原告は、被告に対しても取引を委託していたが、それは、訴外桐山の勧めに無条件に従ったわけではなく、訴外桐山の勧めと訴外エース交易の外務員の勧める相対力指数による結果とが一致したときに取引を委託していたのであって、そのような態様で取引番号14ないし26の各建玉をし、限月がきたこともあって取引番号2、3、6、9A、10、11、11A、13ないし17、21ないし26の各建玉を手仕舞した。また、同年三月一三日、被告から委託証拠金の余剰一〇〇〇万円を受領した。

その後原告は再び訴外桐山の勧めに従って取引を委託することとなり、同年七月九日、訴外桐山が「為替相場と国際商品(輸入大豆)」と題する資料を示して、アメリカのインディアナ州等の大豆の価格から輸入大豆の国内採算値を算出すると現在の大豆の価格は原価割れしており、こういう場合には最低でもその原価まで戻るのがあたりまえであるから、買建玉を増やすべきであると勧めるので、原告はその勧めに従って同月九日に取引番号27の、同月二三日に取引番号28の、同月二四日に取引番号29の各買付をした。

しかしながら、大豆の価格は訴外桐山の予測したようには推移せず、値下がりを続け、原告は海外旅行先から電話をかけた際訴外桐山からその旨聞かされたため、同年八月二一日までに建玉をすべて手仕舞し、清算金二七万七五〇〇円の返還を受けた。

原告は、以上のような経緯で、被告に対し別表(一)売買一覧表のとおり取引を委託したのであるが、その間一か月に一回程度被告から送られてくる残高照合書に対していずれも相異ない旨の回答書を返送し、また、すべての取引終了後に二七万七五〇〇円を受領するについて何等の異議も述べずに受領確認書を返送した。

三  訴外桐山の行為の違法性

1  先物取引の危険性

訴外桐山の行為の適否を検討するにあたっては、まず先物取引の特殊性について理解しておくことが必要であるところ、《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

商品先物取引とは、ある期間(限月)を経過した後に商品を受渡して終了する取引を意味し、かような経過をたどるケースも多くみられるが、先物取引の特色は転売買戻(反対売買)が自由であるということ、つまり、期日が経過する前に売買契約を解消する自由があるということであり、その場合には差損益金の授受によって売買は決済され商品の受渡はなされない。一般大衆の行う先物取引は、右のうち後者の転売買戻による差損益金の授受によって決済することを当然に予定した投機的取引であって、商品の受渡が不要であって、しかも代金の全額がなくともその一割程度の資金(委託証拠金)で売買できることを利用して、商品価格の僅かな変動によって投下資金に比して極めて高率の差益金を短期間に得ることを意図してなされるのであるが、損益は当然裏腹の関係にあるのであって、商品価格の僅かな変動によって逆に投下資金をすべて失ってしまう危険も常に存するのである。そして、その商品価格の変動要因は、世界的規模における社会情勢、政治情勢、経済情勢、気象条件、需要と供給のバランスその他と極めて複雑多岐にわたるのであってそれを予想することは極めて困難なものであり、しかも、建玉及び手仕舞のそれぞれについて投下資金(委託証拠金)に比して高率の売買手数料(例えば取引番号1の取引においては合計で委託証拠金の約九・二七パーセント)を委託者に対して支払わなければならないのであるから、先物取引というのは、極めて投機性の高い取引であり、それによって利益を得ることは非常に難しいものということができる。それ故、統計上商品先物取引において利益を得る人は三割程度にすぎないものとされている。

2  商品取引所法、商品取引所定款等の規定

《証拠省略》によれば、本項1で認定したような先物取引の特殊性、危険性に鑑み、商品取引所法等において以下のような趣旨、内容の定めがなされていることが認められる。

(一)  断定的判断の提供の禁止

商品取引所法第九四条第一項第一号及び商品取引所定款は、顧客に対し利益を生じることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することを禁止している。これは、商品取引の有利性を強調する余り、相場観測や需給見通し等の問題について断定的判断を与え商品取引において利益を生じることが確実であると信じ込ませることは、商品取引の投機的本質を誤認させることになり正常な営業行為とはいえないとの認識に基づくものである。

(二)  両建及び仮名、他人名義による建玉の禁止

商品取引所は、商品取引所定款の禁止事項として別に指示した事項との規定に基づき、行政当局の要請を受けて、適正な勧誘および受託を求めるため、昭和四八年四月に一二項目の、同五三年八月に二項目を追加して合計一四項目の指示事項を定め、これらに抵触した場合には当該取引員及び外務員に対し取引所が厳しい制裁を課すこととした。

(1) その指示事項の一つとして、両建の禁止、すなわち、同一商品、同一限月について、売または買の新規建玉をした後(または同時)に、対応する売買玉を手仕舞せずに両建をするように勧めることを禁止している。

両建は、取引相場の変動に関係なく、建玉のいずれかが利益となる反面、他方の建玉はその分だけ損勘定となるものであって(理論的にはその建玉も利益を生じた時点で手仕舞することが可能だが、現実にはその可能性は皆無に等しい。)、実質的には両建にした時点で手仕舞したと同様の結果となるもので、委託者にとって、損勘定の認識を誤る恐れが強く、また反対建玉分の委託手数料を新たに負担しなければならないという不利益を生じるものである。確かに、両建は双方から証拠金を徴収されなかった時代には委託者にとって迷ったときに様子をみたり追証拠金を準備するために時間稼するといった利点があったが、現在では前述のような不利益のみであり、その反面、受託者にとっては、当該委託者に手仕舞されるのに比べ、その時点で建玉枚数が増加するのみならず以後取引を継続し手数料収入を確保できるなどの利点のあることから、これが濫用され委託者に不測の損害を及ぼす危険性のあることを慮って、禁止事項とされたものである。

(2) また、右指示事項の一つとして、仮名または他人名義を使用して売買をおこなうことを委託者に示唆し勧めることを禁止している。これは、かような売買が不公正な取引に利用され事故の起こる可能性の高いことに鑑み定められたものである。

(三)  新規委託者保護管理協定及び被告の新規委託者保護管理規約

新規委託者保護管理協定は、昭和五三年三月二九日、全国の商品取引員大会において、主務省が受託業務の改善を強く求めたのに対応して、一般大衆の委託を受けてこれを実施する立場にある商品取引員は、いやしくも適格性の低い者を勧誘して不測の事故を惹起しないよう十分な注意をもって顧客を選択する責任と、必要知識の普及啓蒙に努め、顧客の理解を深めるため力をつくす義務を課せられるべきものであるとの認識のもとに、新規取引不適格者参入防止協定及び新規委託者管理改善特別措置基準とともに定められたものである。それは、新規委託者に対して商品取引に関する知識、理解度及び資力等を勘案し適正に売買取引が行われるように助言し保護するため、一定の保護育成期間(最低三か月)及び受託枚数の管理基準(原則として二〇枚を超えないこと。)を設け、かつ新規委託者に係る特別担当班を設置してその管理下に置くこととして社内責任体制の明確化とその的確な実施を期したものであり、各取引員に対し、右内容の新規委託者保護管理規則を定めてこれを厳格に順守することを求めている。被告においては、右内容による新規委託者保護管理規約を作成し、受託枚数の制限については、原則として特別担当班の責任者が適正と判断する枚数以内にとどめその建玉の上限は二〇枚を超えないものとし、但し委託者が希望し、かつ特別担当班の総括責任者(専務取締役)が当該委託者の商品取引に関する知識、理解度及び資力を勘案して適当と判断したときはこの限りではないと規定している。

(四)  受託契約準則

受託契約準則は、委託証拠金を受領せず取引を受託してはならない旨(第七条、第八条)、委託証拠金の一部または全部についてはその受託の必要がなくなったときから六営業日以内に返還しなければならない旨(第九条)、売買による差益金については売買の日から六営業日以内に支払わなければならない旨(第一五条第四項)を規定している。

3  勧誘行為の違法性

もとより、商品取引所法の右規定にはその違反について罰則規定がなく、右定款、協定、規約等は、商品取引員相互間の内部的取決であって、これに違反した場合商品取引所が取引員等に対して厳しい制裁を課するとはいっても、それはいわば自粛措置にすぎないから、右各規定に違反する行為がなされたからといって、委託者との関係において、それが直ちに違法な行為であって不法行為となるということはできない。しかし、右各規定は、本項1、2で認定したように、商品先物取引が極めて投機性の高い特殊な取引であって一般大衆がそれによって利益を得ることが難しく損失を蒙る危険性が極めて大きいことに基づき定められたものであって、その趣旨、内容が、総じて商品取引の適正、公正の確保のため委託者特に新規委託者が不測の損害を蒙らないように保護育成していくことにあるのだから、そうであるとすれば、右各規定は、商品取引員が一般大衆から先物取引の委託を受けるにあたって内部的な行為規範として働くにとどまらず、委託者に対する関係においても注意義務の一内容を構成するもの、すなわち、商品取引員は右各規定の趣旨、内容に則って顧客が先物取引について正しい認識と理解を持ち自主的かつ自由な判断でもって取引を委託して不測の損害を蒙らないように配慮すべき注意義務を負うものというべきである。従って、右各規定の違反の程度が著しく、商品先物取引上相当性を欠き社会的に許容される限度を超え右顧客の自主的かつ自由な判断を阻害するような態様で勧誘がなされたと認められる場合には、その行為は不法行為を構成し、当該勧誘行為によって委託された取引により委託者が蒙った売買手数料、売買損金等の損害について賠償すべき責任を生じるものというべきである。

4  訴外桐山の行為の違法性

(一)  原告の先物取引についての経験、知識、理解力

原告は、先に認定したように二〇年近くも株式会社を経営してきているのであるから、一般の主婦や老人などに比べて現物取引に対する経験、理解力を有していたとはいえるものの、先物取引は、本項1で認定したようにその本質は投機的取引であって現物取引とは本質的にその仕組みを異にするものであり、しかも、当該商品についての相場の変動要因など先物取引に特有の知識が必要であるから、現物取引について経験、理解力があったからといって先物取引について知識、理解力を有していたものと一概にいうことはできない。加えて、先に認定したように原告の経営していたのは株式会社とはいっても実質的には個人商店と異ならない小規模のもので、その内容も酒のつまみ類の卸業であったのだから、この会社経営の過程において、輸入大豆の相場の変動要因に関するものなど大豆先物取引に関連する特別の経験、知識を得たものとも認められない。そして、原告がこれまで先物取引について経験のなかったこと、金取引については興味があったが儲かるという程度の話を聞いていたにすぎなかったことは先に認定したとおりであり、以上によれば、原告は先物取引に対して特別の知識、経験、理解力を欠いていたものということができる。

(二)  先物取引の仕組等についての説明

《証拠省略》によれば、「商品取引委託のしおり」は社団法人全国商品取引所連合会が編集発行したものであり、商品取引の仕組等基本的な事項について平易な言葉で要領よく説明しているものであることが認められ、訴外桐山が原告に対し「商品取引委託のしおり」を交付して商品先物取引について一応説明したことは先に認定したとおりであるから、以上の事実によれば、訴外桐山は先物取引についての説明、必要書類の交付について一見なすべきことを尽くしたようにみえるが、他方、右《証拠省略》によれば、「商品取引委託のしおり」は、その内容を完全に理解したうえ取引の仕組、市場の様子、需要と供給の状態などできるだけ良く理解するよう努力して商品取引に参加することをうたっていて、故に、これを委託取引開始前に、その内容を充分に理解することが可能な時間的余裕をもって顧客に対し交付すべきことが必要であることが認められるのであり、にもかかわらず、訴外桐山が原告に「商品取引委託のしおり」を交付したのは取引番号1の建玉をした後の昭和五四年一一月一二日夕方であって、しかもその翌日の朝には電話で建玉を倍にするように勧誘して取引番号2の建玉をさせ、その翌々日の朝には更に建玉を倍にするように勧誘して取引番号3の建玉をさせていることは先に認定したとおりであるから、訴外桐山が原告に対し「商品取引委託のしおり」を交付したとはいうものの、その時期が不適切であって、しかも短期間に建玉数を倍々にするよう勧誘してその内容を理解する時間的余裕を与えなかった点において不当であり、加えて、原告が建玉、手仕舞を委託するについては全面的に訴外桐山の勧めに従っていたこと、原告が訴外エース交易の勧めた相対力指数という手法を無批判に受け入れ二七〇〇万円の損失を蒙ったことも先に認定したとおりであるから、訴外桐山のなした先物取引についての説明はその内容においても甚だ不充分なものであったものと推認することができる。

(三)  断定的判断の提供

訴外桐山は右のような原告に対して、「私共を信じてくだされば絶対に損はかけないし間違いなく儲かりますよ。」「自分は情報源をたくさん持っているから必ず儲けさせてあげます。」「昨日儲かって今日も間違いなく儲かります。一頭建より二頭建ならば倍儲かりますよ。」などと述べて勧誘をしたこと、原告は訴外桐山を信頼し絶対に儲かると信じて訴外桐山の勧めに従って建玉、手仕舞をしていたことは先に認定したとおりであり、本項3の(一)、(二)で認定した原告の先物取引についての知識・経験・理解力のなかったこと、訴外桐山が「商品取引委託のしおり」を一応交付し説明しているもののその時期において不適切かつその内容において不充分であったことを考え合わせると、訴外桐山のなした右勧誘は断定的判断を提供したものであって、商品取引所法および商品取引所定款に違反するものということができる。

(四)  建玉の枚数、態様

原告が取引委託を開始した昭和五四年一一月一二日から同年一二月一〇日までの約一か月の建玉状況は別表(二)建玉状況のとおりであるが、まず、その枚数についてみると、取引開始が四〇枚であり、その翌日には倍の八〇枚、その二日後には更に倍の一六〇枚、その五日後には更にその倍の三二〇枚となり、その後二八〇枚、三二〇枚と推移し、取引開始約一か月後である一二月一〇日には六四〇枚となっている。そして、《証拠省略》によれば、農林水産省の調べによると昭和四九年、同五一年、同五二年の委託者一人当たりの建玉枚数の平均が約一五枚であること、《証拠省略》によれば、被告が昭和五四年一一月一二日に委託を受けた建玉、手仕舞の枚数は、一〇枚以下が全体の約八〇パーセント弱、二〇枚以下となると全体の約九〇パーセントであることが認められる。右事実に照らすと訴外桐山の勧めに従って原告の委託した建玉枚数は極めて多量であるものということができる。

そこで、その態様についてみると、取引開始八日後の一一月二〇日には限月三月、同四月のそれぞれの建玉について各八〇枚の両建(合計三二〇枚)となっており、この両建状態は一旦解消されて一二月八日には買建玉のみとなるが(但し、枚数は三二〇枚と変わらない。)、その二日後の一二月一〇日には、限月三月の建玉について各一六〇枚、同四月、同五月のそれぞれの建玉について各八〇枚と再び両建(合計六四〇枚)となっている。

しかも、その両建の内訳をみると、別表(二)建玉状況から明らかなように、原告名義の建玉と訴外甲野一郎名義の建玉とが両建になっていて、しかも取引の委託内容及び訴外甲野一郎名義の使用は訴外桐山の勧めに従ったものであることは先に認定したとおりであるから、右は両建するように勧めた点及び他人名義を使用して売買を行うことを委託者に示唆し勧めたものである点で商品取引所の指示事項に違反するもののみならず、形式上名義を別にすることで両建となることを故意に隠蔽する悪質なものであって、前述の建玉枚数が多量であることも考え合わせると、右両建および他人名義の使用を禁止した商品取引所の指示事項に著しく反するものといわざるを得ない。

(五)  新規委託者保護管理協定、同規約違反

原告は新規委託者であって訴外桐山の勧めに従って委託開始後三か月間に二〇枚の制限を超える建玉をしたことは先に認定したとおりであるから、右協定及び規約に従えば、原告を特別担当班の管理保護下においてその責任者が適正と判断する範囲内の建玉枚数にとどめ、二〇枚を超える建玉をなす場合には原告が希望しかつ特別担当班の総括責任者が原告の商品取引に関する知識、理解度及び資力を勘案して適当と判断することを要するのであるが、本件全証拠を検討するも、被告の特別担当班が原告を保護管理したこと及び特別担当班の総括責任者が原告の商品先物取引に関する知識、理解力及び資力を勘案して二〇枚を超える建玉をすることを適当と判断したことを認めるに足りる証拠はなく、加えて、《証拠省略》によれば、訴外桐山は右協定及び規約の内容、趣旨について十分理解しておらず、顧客の書面による申し出があれば二〇枚の制限を超える建玉を認めることができ、その枚数については顧客の希望と資力によって決まるものと考えて原告に対し取引委託の勧誘をおこなったこと、原告の資力については訴外桐山が原告宅を訪問した際に見た原告宅の状況、商売の様子、委託証拠金の拠出の様子から判断したにすぎなかったことが認められ、以上の事実によれば、訴外桐山は、原告に対し右協定及び規約の求める管理保護をほとんど行っておらず、その内容、趣旨を著しく逸脱した行為をなしたものということができる。

(六)  以上に基づき訴外桐山の行為が不法行為を構成するものであるかを判断するに、訴外桐山の行為は、「商品取引委託のしおり」の交付についてその時期において不適切、その態様において不当であり、先物取引についての説明も不充分であった上、商品取引所法及び商品取引所定款の断定的判断の提供の禁止の規定に違反し、商品取引所の指示事項である両建の禁止及び他人名義による取引の禁止の定めに著しく反し、新規委託者保護管理協定及び同規約の各定めを著しく逸脱するものであって、商品先物取引上相当性を欠き社会的に許容される限度を超え原告の自主的かつ自由な判断を阻害するような態様の勧誘のものであったものということができ、原告は右のような訴外桐山の勧めるままに建玉、手仕舞していたのであるから、訴外桐山の行為は原告に対する不法行為を構成するものということができる。

四  被告の責任

先に認定したとおり訴外桐山は被告の従業員であり、右被告の行為は被告の事業の執行についてなされたことは明らかであるから、被告は使用者として訴外桐山が右不法行為により原告に与えた損害を賠償すべき義務がある。

五  原告の損害

原告が訴外桐山の勧誘によって大豆先物取引を委託し、それにより売買損金一八四二万二五〇〇円及び委託手数料一二九〇万円の合計三一三二万二五〇〇円を被告に対し支払ったことは先に認定したとおりである。

しかし、原告が「商品取引委託のしおり」を受領していること、右しおりが商品取引について平易な言葉で要領良く説明しているものであって、これを読めば商品取引の基本的な事項について理解することができるようになっていて委託者としても市場の様子、需要と供給の状態などについてできるだけ良く理解するように努力すべきことが必要であることがわかるようになっていること、にもかかわらず原告が訴外桐山の相場見通し、絶対に儲かるとの言葉を安易に鵜呑みにしその勧めるままに取引を委託し、原告自ら大豆先物取引、その相場変動要因等について理解に努めようとはしなかったこと、原告が小さいながらも二〇年近くも株式会社を経営し現物取引については経験、知識、理解力のあったことも先に認定したとおりである。以上のように、原告の現物取引についての経験、知識、理解力をもってすれば、右「商品取引委託のしおり」を仔細に検討して、およそ売買取引というものは現物取引であろうと先物取引であろうと損益は裏腹の関係にあるのであって絶対に儲かるなどということは有り得ないこと及び先物取引が危険性の大きい投機的取引であってしかも輸入大豆の相場変動を予測して利益を得るには多くの専門的知識を必要とすることを容易に理解できたにもかかわらず、原告は訴外桐山の勧誘を鵜呑みにして取引を委託し、委託証拠金を追加していったのであり、原告のこのような態度が損害の発生及び拡大に重大な原因を与えたということができる。

したがって、原告に生じた損害のうち七割を原告自身の過失によるものとして相殺するのが相当と認められ、原告の支払った右売買損金及び売買手数料合計三一三二万二五〇〇円からその七割である二一九二万五七五〇円を控除した九三九万六七五〇円が原告の被告に対して請求しうる損害額ということができる。

なお、被告は、原告が残高照合書に対して異議なく回答書を返送し、かつすべての取引終了後清算金を受領するについても異議なく受領確認書を返送しているから、これは追認として作用し訴外桐山の行為に何等かの瑕疵があったとしても治癒されたと主張するので、この点につき付言するに、そもそも被告の負う責任は不法行為責任であって追認ということは考えられないものであるのみならず、右回答書及び受領確認書を返送する時点において、原告は訴外桐山及び被告の行為が不法行為を構成するものとの認識があったものとは認められないから、右回答書及び受領確認書の返送は瑕疵を治癒するといった性質のものということはできず、被告の右主張は採用することはできない。

また、被告は、原告が訴外エース交易と委託取引を始めた以後に原告に生じた損害は訴外桐山の行為と因果関係を欠くとも主張するが、訴外桐山の違法な行為は、商品先物取引上相当性を欠き社会的に許容される限度を超え、原告の自主的かつ自由な判断を阻害するような態様でなされた勧誘行為にあるから、この行為との間の因果関係がなくなったといえるためには、原告の自主的かつ自由な判断が回復されたことが必要であるところ、先に認定したように、原告が訴外エース交易との取引開始中に訴外桐山に対してなした取引の委託は、訴外桐山の勧めに無条件に従っていたわけではないとはいうものの、訴外エース交易の勧めた相対力指数という合理性の乏しい手法による結果と一致するか否かということのみによって委託の有無を判断していたにすぎなかったのであり、しかも、被告との取引委託を継続していたのもそれまでに被告との取引で生じた損害を何とか取り戻そうとするあまりのことだったのであるから、右期間における取引委託が原告の自主的かつ自由な判断によりなされたものということはできず、被告の右主張は採用することはできない。

六  結語

以上によれば、本訴請求は、不法行為に基づく損害賠償金のうち九三九万六七五〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和五五年八月二一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙橋久雄 裁判官 木下重康 田中寿生)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例