横浜地方裁判所 昭和59年(ワ)1267号 判決 1986年7月14日
原告 土志田昌彦
<ほか一名>
原告ら訴訟代理人弁護士 野村禮史
被告 石橋恵司
右訴訟代理人弁護士 森卓爾
右補助参加人 東京海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役 松多昭三
右訴訟代理人弁護士 田中登
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一申立
一 請求の趣旨
1 被告は、原告ら各自に対し各金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年六月一六日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二主張
一 請求原因
1 本件事故の概要
訴外土志田直人(昭和四〇年七月二七日生)は、昭和五八年九月一七日午前三時二〇分ころ、訴外甲野太郎(昭和四一年二月一七日生)が運転する普通貨物自動車(横浜四四て九八〇四号、以下「本件自動車」という)に同乗して、神奈川県横浜市緑区長津田町四〇七二番地先道路を、宮の前交差点方面から若葉台方面に向けて進行中、本件自動車が道路左脇の電柱に衝突し、よって、その衝撃により内臓破裂の傷害を負い、このため右同日午前五時一二分、同市旭区若葉台四―一横浜旭中央病院で死亡した。本件事故によって訴外甲野太郎も死亡した。本件事故は無免許運転中の事故である。
2 被告の責任原因
(1) 被告は、本件自動車を保有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償補償法三条に基づき、後記損害の賠償責任がある。本件自動車は、大工道具を積載したライトバンであって、被告主張の建築作業所前の路上で盗難にあったものであるが、同所付近の道路はいわゆる旧道であって自動車の往来も相当にあり、通行が少ない閑静な場所とはいえない。被告には、鍵を差込んだまま扉に施錠もせずに、長時間にわたって道路上に本件自動車を放置しておいた保管上の過誤がある。したがって、被告は、本件自動車について、第三者による運転を容認していたものであって、本件自動車に対する被告の支配は間接的に継続していたとみるべきである。
訴外甲野太郎は、昭和五八年九月一六日午後一〇時過ぎころ訴外乙山春夫から本件自動車を借受けた際、訴外同人から、本件自動車は同人の親戚から借受けたと言われ、ガソリン補給の依頼を受けた。訴外土志田直人は、訴外甲野太郎から勧められ、本件自動車が盗難車であるとは知らずに助手席に同乗していたものである。本件事故の時点で、本件自動車を直接的顕在的具体的に支配していたものは訴外甲野太郎であって、同人が運行供用者であるから、訴外土志田直人は自動車損害賠償補償法三条の「他人」である。
(2) 仮に、自動車損害賠償補償法三条に基づく被告の責任が認められないとしても、被告は、昭和五八年九月一三日朝、前同市緑区恩田町内の建築作業所前路上に本件自動車を駐車するに際し、通りかかった少年に無断で運転されることのないように、少なくとも、点火装置から鍵を抜き、扉に施錠しておくべき注意義務があるのにこれを怠り、朝から、扉に施錠もせず点火装置の鍵を差したまま、長時間にわたって道路上に放置しておいた過失がある。このため、訴外乙山春夫によって本件自動車が窃取され、同人から同月一六日午後一〇時過ぎころ訴外甲野太郎が本件自動車を借受けて運転していた際に本件事故が発生した。訴外土志田直人は訴外甲野太郎から勧められて助手席に同乗していて本件事故にであったものである。被告の本件自動車保管上の過失と本件事故との間には因果関係があるから、被告には、民法七〇九条に基づき、後記損害の賠償責任がある。
3 損害額の算定
(1) 訴外土志田直人は、原告両名の間に生れた次男であって、昭和五五年に横浜市立田奈中学校を卒業し、中華料理店の見習店員、あるいは、原告土志田昌彦経営にかかる印刷工場の見習工員として、ようやく安定して稼働し始めたものであって、死亡当時満一八歳の健康な男子であった。
(2) 訴外土志田直人は、存命であればなお四九年間就労可能というべきであるから、年収相当額金一七四万二三〇〇円(昭和五八年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計男子労働者計小学・新中卒全年齢平均給与額)、控除すべき生活費五割として、民事法定利率による複利年金現価表(ライプニッツ式)に基づく四九年間の中間利息を控除すると、死亡当時における逸失利益は金一五八二万七九二〇円となる。亡土志田直人の遺産は、父母である原告両名が共同相続した。
(3) 原告土志田昌彦は、昭和五八年九月一八日、亡土志田直人のために葬儀を主宰した。その費用のうち少なくとも金七〇万円が填補されるべきである。
(4) 原告両名は、訴外土志田直人の死亡によって、失望と悲嘆のどん底に突落された。その精神的苦痛は各自金六〇〇万円をもって慰藉されるべきである。
(5) 訴外土志田直人は、いわゆる好意同乗者であるから、右(2)ないし(4)の各損害額から一割を控除すると、原告土志田昌彦について合計金一三一五万二五七〇円、原告土志田豊子について合計金一二五二万二五七〇円となる。
よって、原告両名は、被告に対し、右損害金の内金として各金一〇〇〇万円及びこれに対するいずれも本件訴状送達の翌日である昭和五九年六月一六日から右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、被告が本件自動車の所有者であることは認めるが、その余の主張は争う。
(1) 本件自動車は、本件事故発生の四日前である昭和五八年九月一三日午後三時三〇分から午後四時までの間に、神奈川県横浜市緑区恩田町内の建築作業所敷地内から、何人かによって窃取された。被告は、右同日午後三時ころ本件自動車の紛失に気付き、同日午後五時ころ緑警察署青葉台派出所に盗難被害届をした。本件自動車は大工道具を積載したライトバンであるうえに、窃取された場所は、道路外の作業所敷地内であり、周囲は人や車の通行が少ない閑静な郊外地であって、本件自動車が盗難にあうことは予測し難い状況であった。また、右同所と本件事故現場は相当隔たっており、近距離ではない。訴外亡両名は、被告所有の本件自動車を盗んで、四日間ほしいままに乗りまわし、被告の本件自動車に対する支配と利益享受を排除していたものである。被告は、本件自動車の所有者であるが、盗難に遭って本件自動車に対する支配を喪失していたから、本件事故当時の運行供用者とはいえない。
(2) 訴外亡両名は、横浜市立田奈中学校同窓の友人であり、いずれも未成年者であって、自動車運転免許を受けておらず、深夜、格別の目的もなしに本件自動車を無免許で乗りまわしているうちに本件事故に遭遇したものである。訴外亡両名が本件自動車を所有者に返還しようとした形跡もない。窃盗犯人ではないとしても、少なくとも、訴外亡両名は、本件自動車が盗難車であることを知り又は知りうべき立場にあった。訴外亡両名は、本件自動車をほしいままに乗りまわし、直接具体的、かつ、顕在的に支配し、被告の本件自動車に対する支配と利益享受を排除していたものである。訴外亡両名は、本件自動車の共同運行供用者にほかならず、自動車損害賠償補償法三条の「他人」に該当しない。
三 抗弁
1 被告は、昭和五八年一一月八日、原告土志田豊子及び訴外甲野松子から、本件自動車損失代金として金三〇万円、工具類の破損休業損失費金二〇万円、右合計金五〇万円の支払を受け、右両名との間で、「以上で以後本件に関し乙(被告)は甲二名(原告土志田豊子及び訴外甲野松子)に対し一切の債権債務の無い事を認めたものである。」。と合意して示談した。
2 右示談は、右支払によって、被告と訴外亡土志田直人及び訴外亡甲野太郎の各相続人との間には一切の債権債務が存在しないことを承認したものである。したがって、仮に、原告両名に対し本件事故による損害を填補すべき責任が被告にあったとしても、右示談がある以上、更に請求することはできない。
四 抗弁に対する認否
抗弁1の事実は認めるが、同2の主張は争う。右示談の対象には、訴外亡土志田直人の人身損害は含まれていないから、被告の主張は理由がない。
第三証拠《省略》
理由
一 本件事故の概要が請求原因1のとおりであって、本件自動車を運転していた訴外甲野太郎、助手席に乗っていた訴外土志田直人の両名(以下「訴外両名」という)が死亡したこと、並びに、被告が本件自動車の保有者であることは、当事者間に争いがない。
しかるに、本件事故発生前、神奈川県横浜市緑区恩田町内の建築作業所付近から、大工道具を積載したまま本件自動車が窃取されたことも当事者間に争いがない。原告らは、訴外甲野太郎が本件自動車を直接的顕在的具体的に支配していたが、本件事故時点の運行供用者は、訴外甲野太郎と被告の両名であり、訴外亡土志田直人は自動車損害賠償補償法三条所定の「他人」であると主張する。
二 被告は、訴外両名が本件自動車を盗んで四日間ほしいままに乗りまわしていたと主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。また、原告らは、本件自動車を窃取した者は訴外乙山春夫であったと主張し、証人甲野松子及び原告土志田昌彦はこれに符合する供述をしているけれども、いずれも伝聞に基づくものにすぎなく直ちに信用できない供述である。他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。被告のもとから本件自動車を窃取した犯人は不明である。
三 《証拠省略》並びに、前掲事実を総合すると、本件自動車が横浜市緑区恩田町地内の建築作業所付近から窃取された日時は、昭和五八年九月一三日午後二時ころから午後三時過ぎころまでの間であって、本件事故発生の四日前であること、被告は、右同日午後六時前ころ緑警察署青葉台派出所に盗難被害届をしたこと、本件自動車が窃取された場所は神奈川県横浜市緑区恩田町三〇二八番地所在の株式会社棟興住宅の作業所敷地内の空地であり、本件事故現場は同区長津田町四〇七二番地先道路であって、両地点の直線距離が約二・五キロメートルであることが認められる。
《証拠省略》並びに、前掲事実を総合すると、前記作業所の位置関係は《証拠省略》の朱印のとおりであること、窃取された時に本件自動車が止めてあった場所は、道路端の空地であって、前記作業所の敷地内ではあるものの、道路との間に仕切りもなく立入りに障害のない場所であること、作業所前の道路は幅約六メートルの舗装道路であるが、路面表示はなく、車や人の通行も比較的に少ない道であって、周囲は畑や空地に囲まれ人家が散在する閑散とした地域であること、被告は、昭和五八年九月当時株式会社棟興住宅に大工として勤務していたものであるが、同月一三日午前八時ころから午後四時過ぎころまで前記作業所内で機械を使って刻み作業に従事し、本件自動車は、同日朝の出勤と、昼休みに自宅まで往復使用したほか、前記場所に駐車させていたこと、本件自動車は黄色の自家用小型貨物自動車、いわゆるライトバンであって、電気ドリル、鋸、かんな、ノミといった大工道具を積載したまま窃取されたこと、被告は、同日午後二時ころ車内から工具を出した後、扉に施錠せず、エンジンキーを差したまま前同所に駐車しておいたところ、本件自動車がなくなり、午後三時過ぎにこれに気付き、仕事仲間が使用していないと確認したのち警察に被害申告したこと、その後、被告には、本件事故自体の発生を阻止する手段がなかったことが認められる。
原告らは、本件自動車が盗難に遭った作業所前の道路はいわゆる旧道であって自動車の往来も相当にあると主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。更に、原告らは、被告が本件自動車について第三者による運転を容認していたものと主張するが、被告が扉に施錠せず、エンジンキーを差したまま前記場所に駐車しておいた事実から、原告ら主張どおりに推認することは難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。
四 《証拠省略》を総合すると、本件事故は、未明の午前三時二〇分ころ、制限速度毎時三〇キロメートルの曲線道路を疾走中の本件自動車が道路左脇の電柱に激突し、その衝撃で、運転席の訴外甲野太郎及び助手席の訴外土志田直人がいずれも死亡したという事案であるが、本件自動車に積んであった電気道具、鋸、ノミといった工具も破損し、使用できない状態になったこと、訴外土志田直人は、昭和五八年九月一六日午後八時ころ、女友達を最寄りの駅まで送ると言って自宅から外出し、そのまま帰宅しなかったこと、訴外同人が本件自動車に乗込んだ時刻、場所、並びに、その後本件事故に遭うまでの行動は必ずしも明確ではないこと、訴外両名は、横浜市立田奈中学校同窓の友人であるところ、深更未明に、大工道具を積載した小型貨物自動車(本件自動車)を乗りまわしていて本件事故に遭遇したこと、訴外両名がいずれも未成年者であって自動車運転資格を持っていなかったこと、訴外両名が本件自動車を所有者に返還しようとした形跡はないこと、訴外土志田直人は、昭和五五年に横浜市立田奈中学校を卒業し、中華料理店の見習店員、あるいは、原告土志田昌彦経営にかかる印刷工場の見習工員として稼働し、一応正常な判断能力を有する満一八歳の男子であったことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
五 前記三、四の諸事情に照らすと、被告は、盗難に遭って本件自動車に対する支配を喪失しており、本件事故当時の運行供用者とはいえない。してみると、原告らの自動車損害賠償補償法三条に基づく請求は、訴外土志田直人が「他人」にあたるか否か、訴外同人が本件自動車が盗難車であることを知り又は知りうべき立場にあったか否か、訴外同人が本件自動車の共同運行供用者にあたるか否か等の争点について判断するまでもなく、理由がない。
六 原告らは、被告には、少なくともエンジンキーを抜き、扉に施錠しておくべき注意義務があるのにこれを怠り、本件自動車を駐車放置しておいた過失がある、訴外乙山春夫が昭和五八年九月一六日午後一〇時過ぎころ訴外両名に対し、本件自動車は親戚から借りたものだと説明し、ガソリン補給を依頼した、本件自動車を借受けた者は訴外甲野太郎である、訴外土志田直人が本件自動車に同乗したのは、訴外甲野太郎に勧められたからである。訴外土志田直人は、本件自動車が盗難車であるとは知らなかった、被告の右過失と本件事故との間には因果関係があると主張し、《証拠省略》中にはこれに符合する部分もあるけれども、いずれも根拠があいまいで直ちに信用できない。前掲諸事情、殊に、本件自動車の盗難と本件事故とは、時間的にも場所的にも隔たっていること、被告には本件事故自体の発生を阻止する手段がなかったことに鑑みると、原告ら主張にかかる被告の不作為と本件事故発生との間に因果関係を認めることはできず、他に原告らの右主張を認めるに足る証拠はない。民法七〇九条に基づく原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
七 よって、原告らの被告に対する本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 榮春彦)