横浜地方裁判所 昭和60年(わ)250号 判決 1987年4月27日
主文
被告人Aを懲役八年に、被告人B及び被告人Cをいずれも懲役七年にそれぞれ処する。
被告人らに対し、未決勾留日数中六〇〇日を、それぞれその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人三名は、DことEと共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、昭和六〇年一月二二日午後四時四五分ころ、東京都台東区柳橋一丁目一三番一〇号付近路上において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する結晶九・九八一二キログラム(押収してある覚せい剤一〇袋((昭和六一年押第一六一号の1ないし10))はその鑑定残量)を所持したものである。
(証拠の標目)<省略>
(弁護人らの主張に対する判断)
一おとり捜査の主張について
弁護人らは、本件覚せい剤所持の件で被告人らを検挙した捜査方法は、警察当局がおとりを使つて被告人らの犯意を誘発させた違法なおとり捜査であると主張し、(一)右捜査によつて収集された証拠は、違法収集証拠として排除されるべきであるから、被告人Aは無罪である(被告人Aの弁護人ら)、(二)右捜査方法により逮捕・起訴した本件公訴は、適正な手続によらず刑罰権を実現しようとするものであつて、憲法三一条に違反するものであるから、刑事訴訟法三三八条四号により公訴を棄却すべきである(被告人Bの弁護人)、(三)本件所為について構成要件該当性、違法性ないし有責性が阻却される(被告人Cの弁護人)旨それぞれ主張するので判断する。
1 まず被告人らが検挙されるに至る事情について検討すると、前掲関係各証拠によれば次のとおりの事実を認めることができる。
すなわち、
(一) 被告人Aは、昭和五八年一〇月ころ自己の貿易商の商売のため、韓国釜山市に出向いて滞在中、同市のあるホテルの部長のFという人物に、貿易の仕事がうまく行かず損をした話をした際、同人から覚せい剤をキロあたり二〇〇万円ないし二三〇万円で日本に届けられるので、それを売つて儲けてはどうかという話を持ち掛けられ、当時事業の失敗で四、五〇〇〇万円の借金があり儲かる仕事をしたかつたので、日本に帰国後、貿易の仕事を通じての知合いであつたXに右覚せい剤の話について相談したところ、同人から買主として「社長」と呼ばれる人物を紹介され、同人に覚せい剤の売買の話をしてみた。すると、キロあたり三五〇万円で二キログラムくらい買つてもよいとの返事があつたため、被告人Aは前記F部長に一〇〇万円の手付金を渡したが、なかなか覚せい剤が届かないので韓国に様子を見に行つてみると、覚せい剤の買手ということで警察に捕つてしまい、もうこの件は関与するなということで釈放され、結局覚せい剤を手に入れることはできなかつた。
ところで、右「社長」はKと名乗る警察の協力者である民間人で、被告人Aから覚せい剤取引の話を持込まれたX某が、知合の警察官に右情報をもたらした結果、その情報が神奈川県警保安課で麻薬捜査を担当しているG警部のもとに届き、同警部が右情報の真偽を確認するため、覚せい剤の買主を偽装して被告人Aと接触することを依頼した人物であり、警察は社長の従業員という形で私服警察官(H巡査部長)を常に付き添わせて状況を把握するようにしていた。
(二) その後被告人Aは、昭和五九年四月ころ貿易の仕事の件で韓国に行つた際、以前貿易の専門家ということで紹介されていた被告人Bにあい、覚せい剤取引の件でひどい目にあつたと右(一)の経緯を話したところ、同人から、「自分も覚せい剤を日本に届けることができるのでもう一度やつたらどうか。代金の三分の一を前金で渡せば、覚せい剤五〇キログラムをキロあたり二〇〇万円で渡せる。」と言つて誘われたため、帰国後前記X及び「社長」に会つてこの話をしたが、キロあたり二六〇万円で二〇キロか三〇キロまでなら買うという話は出たものの、代金の一部前払の条件が応じられないとして断わられ、この時も覚せい剤の取引は実現しなかつた。なお被告人Bは、釜山在住の台湾人Yと面識があり、右Yが台湾の覚せい剤密売元と関係のある人物と接触していたので、被告人Bとしては右Yと相談のうえで、台湾ルートの覚せい剤を日本で売込もうとして、右のように被告人Aに話を持ち掛けたものである。
(三) 次に昭和五九年一〇月初めころ、被告人Aがたまたまソウルに行つた際、被告人Bが会いに来て、「例の件(覚せい剤取引のこと)は前金なしで日本に届けられることになつた。品物は台湾にある。」などと言つて覚せい剤取引の話を再度持ち掛けてきたので、被告人Aは、帰国後X及び「社長」に覚せい剤の買受け方を申入れたうえ、同年一〇月末ころ検品(覚せい剤の品質を確認すること)のため被告人Bとともに台湾に行き、Yの連絡によつて現地の売手側の人間から取引する覚せい剤の見本をもらつて検品し、取引の話がまとまりかけたものの、被告人Bが、やはり代金は前金でなければ取引できないと言い出したため、前同様に買手である「社長」の方でこれに応ぜず、この時も覚せい剤取引の話は実現しなかつた。
(四) 更に同年一二月五日ころ、被告人Bが日本にやつて来て被告人Aと会い、覚せい剤が一二月中ころに日本に届くので買わないかと言つて話を持ち掛け、被告人Aがこの話をX及び「社長」にしたところ、覚せい剤が届いたら買おうとの話になつたが、一二月一五日ころ成田空港で覚せい剤の運搬人が逮捕されたということでこの話も流れてしまつた。このため、被告人Aは被告人Bを伴い、一二月二〇日ころXと新宿のビジネスホテルで会い、覚せい剤が入手できなくなつた事情を話したところ、Xは被告人Bに向つて、何回も話が流れてしまつて社長に対し面子がないよなどと言つたので、被告人Bは、昭和六〇年一月の中ころ覚せい剤を持つてくるなどと言つた。
(五) その後昭和六〇年一月一五日、ソウルを訪れていた被告人Aのもとに被告人Bから、覚せい剤は日本に到着したので会いたい旨の電話があつたので、被告人Aが同月一七日ソウル郊外のホテルに行くと、被告人Bの他に被告人C(その当時は名前は知らなかつた)と仲介者らしい韓国人風の男(これが前記Yに該当する)がおり、Yの仲介で被告人A、同B、同Cの間で日本においての覚せい剤取引の話が行われ、同月一九日に東京の銀座第一ホテルの中の喫茶店で覚せい剤の見本の受渡しを、二一日に同じ場所で覚せい剤二〇キログラムを、キロあたり二〇〇万円の代金で被告人C側から被告人A、同B側に引渡すことをそれぞれ決めた。
(六) 一方、台湾の高雄市にいた被告人Cは、知人Iから日本で覚せい剤を売つて儲けないかと言つて誘われ、その話に乗つて同人を通じて韓国在住の華僑であるY、Zらを知り、Zを通じて昭和五九年一〇月ころ被告人Bと知合い、自らも香港在住の知人DことEに話をして仲間に誘い入れ、同年一一月下旬から一二月にかけて右I、被告人B、Eと組んで来日し、IやEが手配して台湾から持込まれた三五キログラムの覚せい剤を、東京や大阪で売渡したが代金取立がうまく行かず、大きな損をした結果となつていた。ところが昭和六〇年一月初めころ韓国の右Yから被告人Cの所に電話があり、今度は大丈夫だからもう一度二〇キログラムの覚せい剤を手配して取引してほしい旨話があつたので、同被告人は同月一二日ころ香港のE方を訪ねて右の話を伝え、同人を説得して再び取引に関与することを承諾させ、同人がそのころ台湾の密売元に電話をして、覚せい剤二〇キログラムをキロあたり一一五万円で日本で引渡してもらうことに話を決めた。
そして被告人Cは、前記Yと連絡をとつて同月一六日にソウルに行き、翌一七日Yと落ち合い、同人と共に被告人Bとその連れの日本人らしい男(これが被告人Aであつた。)と会つて、覚せい剤を日本で取引する話をしたが、その内容、結果は前記(五)に既出のとおりである。
被告人Cは、右話が成立した後香港のEに電話をして、日本に行つて東京の蔵前ホテルに泊つて待つように指示し、自らも同月一八日成田空港着の航空機で来日し、蔵前ホテルに赴いて先着していたEと合流した。被告人Cとしては、一〇キロの取引の場合、覚せい剤の代金二〇〇〇万円が入れば、Eを通じて台湾の密売元の方に仕入代金一一五〇万円を支払い、残額を前記Yと話し合つてしかるべき額を自己側に保留し、これをEと山分けにする予定であつた。
(七) 他方、被告人Aは、同月一八日被告人Bとともに大阪空港から日本に入国し、翌一九日午後零時三〇分ころ銀座第一ホテルで、覚せい剤の売手である被告人C及びEから覚せい剤の見本を受取つた後、X及び「社長」と会い(その場に、社長の若い衆に紛したH巡査部長も同席していた。)、覚せい剤をキロあたり二六〇万円で二〇キログラム買つてくれ、代金の他に一〇キログラムなら二五〇万円、二〇キログラムなら三五〇万円謝礼として貰いたいと申出たが、代金・謝礼については申出のとおりとなつたものの取引する数量等については話がまとまらず、翌二〇日再度の話合いをした結果、取引する数量はとりあえず一〇キログラム、取引の日時・場所はその翌日の二一日午後四時、東京駅八重洲口の銀の鈴の所ということに決まつた。なお、被告人A、同Bは資金力がなかつたので、自分らに対する売手である被告人C側と、買手である「社長」側を一箇所に参集させ、覚せい剤の現物と「社長」側が支払う代金を交換させた後、その代金の中から被告人C側に二〇〇〇万円を支払い、差額の六〇〇万円をAとBで山分けするつもりでいた。
(八) 被告人Aは、翌二一日午後一時ころ被告人Bを介して被告人C及びEに取引の日時・場所の変更を知らせたが、被告人Cらはこの変更を承諾せず、結局被告人Bと同Cらの間で取引場所を浅草橋駅と決め、連絡を受けた被告人Aが前記取引場所に赴いて、同所に来ていたX及び「社長」らにその旨伝えたが同人らはこれを承諾しなかつたため、同日の取引は実現しなかつた。なお、その間にEは被告人Cと打合せて、その頃台湾から来て東京に滞在していた台湾の覚せい剤密売元の代理人Jと連絡をとり、取引の話が成立すれば、右Jの所から覚せい剤の現物を持出してこられる状態を調えていた。
(九) その後、被告人らの間で話合いがなされ、被告人AからXを介して「社長」の方と電話で交渉した結果、取引は一月二二日午後四時国電浅草橋駅東口付近で行うこととなり、X及び「社長」が前記H巡査部長の他「社長」の運転手などに紛した警察官二名を伴つて同日時に同所に赴き、同所から更に徒歩五、六分の所にあるベルモンテホテルの地下喫茶室に赴き、すでに同所に来ていた被告人A、同B、同Cらに、持参したボストンバッグの中に覚せい剤の代金等二八五〇万円が入つていることを確認させたところ、被告人Cから別の所に待機していたEに電話で、取引が成立したから覚せい剤の現物を持つてくるように指示がなされたうえ、被告人らは近くの喫茶店に覚せい剤があるのでそこで金と物を交換したい旨申出たので、「社長」と被告人Aをその場に待たせておいて、偽装買手側であるX、H巡査部長他二名の警察官と売手側の被告人B及び同Cが連れ立つて近くの喫茶店○○(これが公訴事実記載の台東区柳橋一丁目一三番一〇号の場所である。)前まで赴いた。すると、同喫茶店から、前記指示に基づきJから受取つていた覚せい剤の入つたボストンバッグを持つたEが出て来て、同バッッグを被告人Bに手渡した。その後、H巡査部長が被告人Bの持つているボストンバッグのつり手の一方を右手で持ち、左手でチャックを開けて中をのぞくと、覚せい剤と思われる白い結晶状のものが入つたビニール袋が見えたので、張込みをしていた警察官らに合図を送つて被告人B、同C及びEを覚せい剤所持の現行犯として逮捕し、ベルモンテホテルの喫茶室で待機していた被告人Aも、間もなく同容疑で現行犯逮捕された。
以上のように認められる。
2 右事実によれば、被告人Aは、捜査協力者であるXあるいは「社長」と接触する以前から、国外の覚せい剤密売ルートを通じて日本に持ち込まれる覚せい剤を、日本で密売しようとの犯意を有していたものであり、また当初のFの持ち掛けた話が流れた後も、被告人Bに覚せい剤取引の話を次々と持ち掛けられてはその話に乗り、積極的に取引の日時・場所・数量・価格の決定に関与し、日本において買手として現われた「社長」に売込もうとしていたものであつて、本件の場合も「社長」らの覚せい剤買受けの承諾は、覚せい剤所持の犯意のなかつた者にその犯意を誘発させたものということはできず、かねてから国外から持込まれる大量の覚せい剤を売つて、大金を得ようとして所持の犯意を有していた者に、その現実化及び対外的行動化の機会を与えたにすぎないものというべきである。弁護人らは、捜査機関及びその協力者が被告人Aに執拗に接触し、覚せい剤の売渡しを勧めた結果、同被告人にその犯意を誘発させたように主張するが、事実の経過は前記認定のとおりであつて、前記「社長」又はXが被告人Aに対し、積極的に覚せい剤を売渡すように働きかけ、同被告人をしてこれに応じて犯意を起こさせたとは認められない。被告人A及び被告人Bは公判廷において、右「社長」又はXから、交渉の過程において、より積極的に、かつ挑発的又は誘発的言辞があつたようにも供述するが、にわかに信用し難い。
また、本件では、被告人らを検挙するに当り、多額の現金を覚せい剤の代金として持参し、被告人らに見せている事実はあるが、通常、覚せい剤取引においては現金と「物」とが引換えになされるのであつて、現金を用意しなければ「物」が出て来ないことが多いうえ、本件においては被告人Aは覚せい剤を現実に所持しておらず、いわゆるネタ元は別人であつて覚せい剤がどこにあるか見当もつかず、代金を見せなければ覚せい剤の現物を持ち出させることは不可能で、検挙も至難の場合であつたと認められるから、見せ金として多額の現金を使つた捜査方法が著しく不公正とまではいい難く、民間人を買手に偽装させたことも、警察官が買手に偽装した場合には、いわゆる「警察官臭さ」を相手に感じ取られ、偽装であることを見破られる可能性が高いため、やむを得ず用いた方法であつたこと、しかも右民間人の協力者は、私服警察官の付き添いの下に、警察側の指示のとおりにいわば手足として動いていたことが認められるから、この点も著しく不公正な捜査方法とはいい難い。
3 したがつて、本件捜査方法はいわゆるおとり捜査の大仕掛のものであつたことは否定し難いものの、この種事犯の特殊性を考え併せると、当該状況下においては捜査上やむを得ない必要な措置であつたと認められ、被告人らは相手がおとりとは知らなかつただけで、自由な意思決定に基づいて行動していたもので、違法ないしは著しく不当な捜査方法であつたとは認められないから、本件捜査が被告人Aの犯意を誘発させた違法なおとり捜査であることを前提とする、被告人Aの弁護人の前記(一)の主張(違法収集証拠)及び被告人Bの弁護人の(二)の主張(公訴棄却)はいずれも採用することができない。
4 次に被告人Cの弁護人の前記(三)の主張(構成要件該当性、違法性ないし有責性の阻却)について検討するに、前記認定のとおり、本件捜査方法は被告人Aに覚せい剤所持の犯意を新たに誘発させたものではなく、所持の犯意を有していた同人にその機会を与えたものにすぎないものであつたうえ、前掲関係各証拠によれば、前記のとおり被告人Cは昭和五九年一二月にもEらと組んで、三五キログラムもの覚せい剤を日本で密売していたもので、その続きとして今回の覚せい剤密売を行なおうとしたことが認められるのであるから、弁護人の主張する、捜査機関と意を通じた者による被告人Aに対する働きかけが被告人Aの犯意を誘発し、ひいては被告人Bの犯意を誘発したものであるとの前提事実自体認め難いものであるし、仮に捜査機関の働きかけにより犯意を生じた場合であつても、その一事をもつて行為の構成要件該当性、違法性ないし有責性が阻却されるものでないと解すべきことは、すでに累次の最高裁判例が示すとおりであるから、被告人Cの弁護人の右主張も採用することができない。
二被告人Aの本件覚せい剤所持について
被告人Aの弁護人らは、被告人Aは本件覚せい剤を現実に所持しなかったのは勿論、覚せい剤売渡しの単なる仲介人であつて、被告人Bとの間で所持の共謀をした事実もない旨主張するので判断する。
前記認定事実によれば、被告人Aは本件覚せい剤を現実に所持したことはないものの、被告人Cに対しては被告人Bと二人で共同買受人として、社長と称する人物に対しては同じく共同売渡人としての地位にあつて、右二つの取引を各当事者を集めて一時に行おうとしたもので、単なる仲介人ではなく、本件覚せい剤の取引の話が初期の段階から現実化するに至るまでの間、被告人らの中にあつては終始中心的役割を果たしたものであるうえ、日本において覚せい剤の買手を見つけてこれと代金の交渉等をした立場も、他の被告人と比較して優るとも劣るものではなく、その行為により本件犯行時直前には犯行場所の近くにあるベルモンテホテルの喫茶室に、買手の「社長」側に覚せい剤の代金を持参するに至らせ、また持参した代金を確認し、それにより本件覚せい剤がE及び被告人Cによつて本件犯行現場に持出されるに至つたもので、その場で覚せい剤と代金の現金とが交換された場合は、その現金は一旦被告人Aの手に渡つたうえ、韓国側と台湾側の各被告人グループ間で分配される予定であつたと認められるから、これら本件覚せい剤の取引における被告人Aの地位、役割等に徴すれば、被告人Aは、被告人B及び被告人C、更に被告人Cを通じてEとも共謀して、前記喫茶店○○又はその近辺において、被告人B、同C及びEが覚せい剤の現物を持参し、買手の「社長」側が持参した現金と引き換えることをはかつたものであつて、右共謀に基づいて被告人Bら三名が現実に本件覚せい剤を所持したのであるから、被告人Aは右三名の行為を利用して自らも右覚せい剤所持の意思を実行に移したものというべきであり、共謀共同正犯としての責任を免れない。
よつて、被告人Aの弁護人らの右主張も採用できない。
(法令の適用)
被告人三名の判示所為はいずれも刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項一号、一四条一項に該当するところ、いずれも同法四一条の二第二項前段により懲役刑のみを科することとし、その所定刑期の範囲内で被告人Aを懲役八年に、被告人B及び被告人Cをいずれも懲役七年に各処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数のうち各六〇〇日をそれぞれその刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人らに負担させないこととする。
(量刑の事情)
本件は覚せい剤の営利目的所持の事案であるところ、覚せい剤の営利目的所持は覚せい剤の害悪を社会に拡散させる危険性の高い悪質な犯行であるうえ、被告人らが所持した覚せい剤は九・九八一二キログラムと極めて多量であること、被告人Aは日本における覚せい剤の買受人を見つけ、取引の数量・価額・日時・場所等の決定につき積極的に関与するなど、本件犯行において中心的な役割を果たしたものと認められ、被告人B及び同Cはいずれも本件以前に、日本において本件同様の多量の覚せい剤密売に関与していたことが窺われることなどの他、覚せい剤の蔓延が現在深刻な社会問題となつており、ことに本件のような営利目的による多量の覚せい剤所持事犯はその根源をなすものであつて、特に厳しい態度をもつて臨み、その根絶を図る必要があることを考え併せると、被告人らの刑責は相当重いといわざるを得ない。したがつて、本件の場合はおとり捜査による検挙であつたため、覚せい剤が社会に拡散する危険性は当初から少なく、現実に本件覚せい剤は押収されており、拡散するに至らなかつたものであること、被告人らが本件犯行を反省し、今後は覚せい剤には手を出さない旨それぞれ誓約していること、被告人らにはいずれも扶養すべき妻子がいることなど、被告人らに有利な諸事情をできる限り斟酌しても、なお主文掲記の量刑はやむを得ないものと思料する(なお、押収してある覚せい剤一〇袋については分離前の相被告人Eに対する判決中で没収の言渡しがなされ、同判決は昭和六一年三月一四日確定し、右覚せい剤は既に国庫に帰属しているので、本判決においては、没収の言渡しをしないこととする。)。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官和田 保 裁判官植垣勝裕 裁判官並木正男は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官和田 保)