横浜地方裁判所 昭和60年(行ウ)26号 判決 1987年12月23日
原告
木村千代子
右訴訟代理人弁護士
横山秀雄
被告
横須賀税務署長
高橋和夫
右訴訟代理人弁護士
横山茂晴
右指定代理人
小林康行
同
赤穂雅之
同
三橋正明
同
三ヶ尻儀三
同
岡村一重
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告の昭和五五年分所得税について被告が昭和五七年七月三一日付でした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分のうち、分離長期譲渡所得金額二八三四万六〇〇〇円を超える部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告の昭和五五年分所得税に関する確定申告、修正申告、被告の更正(以下「本件更正処分」という。)及び賦課決定(以下「本件賦課決定」という。また、右決定と本件更正処分とを一括して「本件各処分」という。)並びにこれに対する原告の不服審査の経緯は、別紙課税処分の経緯一覧表記載のとおりである。
そして、本件更正処分は、別紙の課税処分の経緯一覧表のとおりの原告の修正申告に係る総所得金額一〇〇万〇六〇〇円を総所得金額とし、原告の後記本件売却土地の譲渡代金一億四七八三万八三八〇円から同土地の取得費七三九万一九一九円及び租税特別措置法(昭和五六年法律第一三号による改正前のものである。以下「措置法」という。)三一条二項所定の特別控除額一〇〇万円を控除した一億三九四四万六四六一円を分離課税の長期譲渡所得金額とするものである(なお、原告は昭和五九年二月三日に改めて総所得金額を四五四万八八六〇円とする修正申告をした。)。
2 本件売却土地の譲渡には次のとおり措置法三七条一項所定の特例措置(以下「本件特例措置」ということもある。)が適用されるべきであり、これを適用しなかつた本件各処分は、分離課税の長期譲渡所得を過大に認定した違法なものであり、取り消されるべきである。
(一) 原告は、昭和四〇年六月三〇日に別紙物件目録一記載の土地(以下、一括して「本件売却土地」という。)を取得し、これを原告、原告の長男、次男及び三男の四名が取締役を務める訴外木村金属工業株式会社(以下「木村金属工業」という。)に賃貸して同会社の事業に供していた。同会社は、同土地上に工場を建て金属類の解体加工、精練煉汰業、産業廃棄物並びに一般廃棄物の回収・処理等の業務を行つており、右工場内には騒音規制法二条一項、同法施行令一条、同施行令別表一1のイ、ニ、ホに該当する圧縮機械兼液圧プレス兼せん断機である通称「ギロチン」(以下「本件機械」という。)が設置され作動していた。この間の昭和四三年一二月に騒音規制法が施行され、本件売却土地を含む区域は同法三条一項所定の騒音規制地域に指定された。その上、本件売却土地の周辺が市街地化してくるに伴い、付近住民から木村金属工業に対し、右工場の発する騒音について苦情が寄せられ、また、横須賀市環境対策課からも再三にわたり騒音規制地域外に工場を移転するように要請された。
そこで、原告及び木村金属工業は工場を移転することにし、原告は、本件売却土地を昭和五四年一二月二六日訴外株式会社東食他一名(以下「訴外東食等」という。)に対し、昭和五五年八月二五日引き渡しの条件で合計一億四七八三万八三八〇円で売り渡す(以下「本件譲渡」という。)と共に、昭和五四年一二月二六日訴外大進建設株式会社(以下「大進建設」という。)から騒音規制地域外にある別紙物件目録二記載の土地(以下「本件買換土地」という。)の各共有持分一〇〇分の五九を合計一億一八〇〇万円で買い受け、これを木村金属工業に賃貸し、同社は同地上に工場を建設して本件機械を設置して作動させている。
(二) ところで、措置法三七条一項の表の三号は、個人が、土地等、建物又は構築物であつて、事業の用に供していたものを、騒音規制法二条一項に規定する特定施設(以下「騒音発生施設」という。)の移転又は破棄に伴い譲渡し、これに代わつて、騒音規制地域及び既成市街地等以外の地域に土地等、建物、構築物又は機械及び装置で、騒音発生施設の設置に伴い取得されるものを買換資産として取得した場合には、買換資産の取得費を譲渡益から控除して所得金額を算出しうると規定している。
そして、右三号の規定は、同表の五号のように「当該個人の上欄に規定する事業の用に供されるもの」とか、同表の一四号のように「当該個人により昭和四四年一月一日以前に取得されたもの」とは規定していないし、騒音発生施設の所有者であることをその適用のための要件とはしていない。
このことは、立法趣旨すなわち、措置法三七条一項の表の二号及び三号は、国による住宅環境の改良、整備等の必要から生まれたもので、その実現を誘導するという積極的、能動的な目的をもつて制定された規定であるところからも導かれうる解釈である。
ところで、個人が騒音規制地域内に土地・建物を所有し、騒音発生施設を設置して操業している場合、その権利関係について様々な態様があり、大別すれば、①当該個人が土地・建物及び騒音発生施設を全て所有している場合、②当該個人が土地・建物を所有し、第三者が騒音発生施設を所有している場合(貸工場)、③当該個人が敷地のみ所有し、第三者が建物及び騒音発生施設を所有している場合(貸地)となる。これは、事実上個人経営で事業を行つていても、事業主体を個人名義にするよりも法人にする方が税法上或いは取引上有利であることから、有限会社或いは株式会社を設立して事業を行うものが多いからであり、その場合、実態は右①の場合に属しながら、土地・建物を現物出資する手続及び課税を省く等の必要から、形の上では②又は③によつて行われることが多いのである。
したがつて、仮に本件特例措置が、右①の場合だけに適用されるものとすれば、措置法が移転の誘導を予定する対象企業の多くが、本件特例措置の適用対象から取り残されることになり、立法の趣旨に反する結果となる。
以上から明らかなとおり、措置法三七条一項の表の三号の規定は、譲渡資産の所有者たる個人が騒音発生施設を所有していることを本件特例措置の適用のための要件とはしていないと解すべきである。
(三) しかるところ、原告は(一)のとおりの経緯で本件譲渡をしたものである。のみならず、原告が本件売却土地を売却しない限り、原告又は木村金属工業が本件買換土地を取得することは資金上も不可能であり、木村金属工業が騒音規制区域外に移転するには、原告が敷地を買換えることが不可欠であつたのである。そうすると、本件売却土地の譲渡には措置法三七条一項の本件特例措置を適用すべきである。
(四) したがつて、本件特例措置を適用しなかつた本件各処分は違法である。
3 仮に、本件特例措置の適用のためには騒音発生施設を所有していることが要件であると解すべきものとしても、国税庁の相談官が、次のとおり、騒音発生施設を所有していなくても本件特例措置の適用があるとの回答をしているのであるから、右回答に反した本件各処分は信義誠実の原則に反し、取り消されるべきである。
すなわち、原告は、本件特例措置の適用の有無が木村金属工業の移転の可否に重大な要素となるため、本件売却土地の譲渡について、税理士を介して事前に図書や文献資料を検討し、また、原告の長男訴外木村克己、税理士の訴外河鍋五郎(以下「河鍋税理士」という。)及び同税理士事務所の職員訴外浦塚貞樹に依頼し、同人らに昭和五四年八月ころ、東京国税局税務相談室横浜中分室において、相談官訴外島貫圭吉(以下「島貫相談官」という。)に面会して貰い、木村金属工業の業務内容、敷地所有者、横須賀市から移転を求められていること、原告及び木村金属工業にとつて本件特例措置の適用の有無が重大問題であること及び買い替えをする適当な候補地があることをそれぞれ具体的、かつ、詳細に説明させ、原告及び木村金属工業による土地の買い替えについて、本件特例措置の適用の有無を質問させたところ、同相談官は、本件特例措置が原告及び木村金属工業のいずれにも適用があると回答したので、本件売却土地の譲渡を実行したのである。
さらに、原告は、公認会計士・税理士である訴外浅野浩(以下「浅野税理士」という。)及び前記浦塚貞樹をして、昭和五七年六月一四日、東京国税局税務相談室において、相談官訴外小熊徳雄(以下「小熊相談官」という。)に照会させたところ、同相談官も適用ありと回答し、浅野税理士が被告による本件更正処分のあつた旨を告げると、類似の事案について最近適用した旨回答しているのである。
そして、前記2のとおり、措置法三七条一項の表の三号が騒音発生施設の所有者のみについて適用があるとは通常解釈できず、むしろ、騒音発生施設の所有者でなくとも、同条項の適用を受ける目的で事前に騒音発生施設を設置する等の特殊な場合を除き、敷地の貸主にも適用があると解釈できるのであり、相談官の回答内容もそのことを物語るのである。
これらの諸点を考慮すると、本件特例措置の適用がないとしてなされた本件各処分は、信義誠実の原則に反するもので、取り消されるべきである。
4 よつて、原告は、本件更正処分のうち、別紙課税処分の経緯一覧表記載の修正申告に係る分離課税の長期譲渡所得金額二八三四万六〇〇〇円を超える部分及び本件賦課決定のうち、これに対応する部分の取り消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の冒頭のうち、本件各処分が分離長期譲渡所得を過大に認定した違法なものであるとの主張は争い、その余の事実は認める。
(一) 同2(一)の事実中、原告が騒音規制地域に指定された区域内に所在する本件売却土地を昭和四〇年六月三〇日に取得し、それ(但し、別紙物件目録一の一〇欄記載の土地を除く。)を昭和五五年八月二五日に引き渡す条件で昭和五四年一二月二六日に合計一億四七八三万八三八〇円で訴外東食等に売り渡したこと、原告、原告の長男、次男及び三男が木村金属工業の取締役であること、原告が木村金属工業に本件売却土地を賃貸していたこと、原告が右同日本件買換土地の共有持分一〇〇分の五九を大進建設から一億一八〇〇万円で買い受けたことは認め、その余は知らない。
(二) 請求原因2(二)ないし(四)の主張は争う。
3 請求原因3の事実中、原告の依頼を受けた河鍋税理士が、昭和五四年八月ころ東京国税局税務相談室横浜中分室において島貫相談官に対し資料を提供したうえ措置法三七条一項の適否について相談したこと、浅野税理士が昭和五七年六月一四日小熊相談官に措置法三七条一項の適否について相談したことは認め、その余は否認する。同3の主張は争う。
三 被告の主張
1 原告の所得金額
請求原因1後段末尾カッコ内の修正申告のとおり原告の昭和五五年分の所得税に係る総所得金額は四五四万八八六〇円であり、本件譲渡に基づく分離課税の長期譲渡所得金額は一億三九四四万六四六一円である。
2 本件特例措置の不適用
原告は本件譲渡について本件特例措置が適用されるべきである旨を主張するが、その適用はない。その理由は以下のとおりである。
措置法三七条一項の表の三号は、同条一項本文と併せて通読すれば、「個人が、騒音規制地域内に所有する土地等、建物又は構築物で事業の用に供していたものを騒音発生施設の移転又は破棄に伴い譲渡し、騒音規制地域以外の地域に、騒音発生施設の設置に伴い土地等、建物その他の資産を取得して事業の用に供する場合」に右規定の買換えの特例の適用があると読めるのであり、騒音発生施設を所有しない者が同施設の移転を必要とする理由はないから、本件特例規定にいう買換えは、もつぱら同施設を所有する当該個人について規定したものである。
また、同三七条一項の表の五号の規定において、「当該個人の上欄に規定する事業の用に供されるもの」とされているのは、農業又は林業の用に供される土地等であつても、貸付用のものは含まれないという趣旨のものであり、また、同表の一四号の規定において、「当該個人により取得されたもの」とされているのは、当然のことを表示したに過ぎない。
さらに、原告は騒音発生施設が設置され、事業の用に供されている場合の態様として、三つの場合を大別し、騒音発生施設を所有していない土地の賃貸人であつても本件特例措置が適用されるべきであると主張する。しかし、右主張は、同族会社と同族関係者との関係を念願において、同族会社と同族関係者を一体としてみているものであるところ、同族会社といえども個人から離れた別個独立の経済行為をなすべく設立された法人で、これと同族関係者を一体視して主張すること自体が問題である。また、元来、土地を賃貸する者は、借地人がその土地において行う事業とは直接関係がないのであるから、それにもかかわらず、本件のように貸付土地の譲渡の場合に本件特例措置の適用を認めるとすれば、土地の貸付を業としている個人についても右借置の適用を認めることになりかねない。したがつて、原告の右主張は、到底認められるものではない。
ちなみに、木村金属工業は、騒音発生施設の移転に伴い、本件売却土地上に設定されていた借地権と隣接する同社所有地(工場敷地)及び建物を処分したが、これについて同社は、法人の場合における買換えの特例の規定である措置法六五条の七第一項三号を適用している。
以上のとおりであるから、騒音発生施設を所有していない原告に本件特例措置の適用はない。
3 本件各処分と信義則
原告は、本件各処分が税務相談における相談官の回答に反し信義則に違反する旨を主張する。しかし、次のとおり、本件各処分は信義則に反した違法なものではない。
(一) 河鍋税理士は昭和五四年八月ころ島貫相談官に対し、本件特例措置が適用できるかを相談したが、同相談官が適用あるとの回答をしたことは明らかでない。さらに、浅野税理士は昭和五七年六月一四日小熊相談官に対し、本件売却土地の譲渡に関して「騒音規制地域内から同地域外への買換えの場合、賃貸土地(底地)に本件特例措置が認められないことは立法趣旨に照らして不合理であるから、本件特例措置の余地はないか」との相談をしたので、同相談官は、同税理士の提供した資料や事実関係を検討したうえ、「本件特例措置は、自己の所有する騒音発生施設の移転又は廃棄に伴い土地等が譲渡された場合に適用されるものであり、本件売却土地は賃貸土地であるから本件特例規定は適用できない」旨回答したのである。
このように、本件特例措置の適用がある旨の相談回答はされていない。
(二) また、そもそも租税法律主義を基本とする租税法の分野において、租税の負担は法律の定めるところに従つて課され、かつ、課税の公平を確保するために法適合性が強く要請されるのであつて、信義則ないし禁反言の法理の適用は特に慎重になされるべきである。したがつて、信義則の適用は、右法適合性の要請に優先してまで納税者の利益保護を図る必要性が認められる場合、すなわち、信義則を適用することが正義、衡平の見地から真にやむを得ないと認むべき事由がある場合に限られるものである。
ところで、税務相談は、税務当局が税務行政の円滑な推進という行政目的を達成するために、税法の解釈及び適用、申告及び申請の手続その他一般について納税者の相談に応じることにより、納税者にこれらの知識を供与するものであるが、事実関係については、質問検査権の行使が前提とされておらず、専ら納税者の提供した資料、申述した内容に依拠せざるを得ないのであつて、必ずしも正確な事実の認定を期待できず、相談に対する回答は、おのずから一般論もしくは仮定的なものとして行われ、相談に係る個別的事案についての最終判断は回答できない場合が多い。したがつて、税務相談における指導等は、一般的、抽象的なものにとどまり、その回答も相談者の主観的、かつ、恣意的な認識による事実関係を前提とした税法適用上の単なる意見表明にとどまり、地方、納税者は税務相談の結果になんら拘束されることなく自己の判断と責任において所得税の確定申告を行うことができるのである。
よつて、仮に原告が税務相説において、結果的に誤つた指導を受けたという事実が存したとしても、そのことのみをもつて本件各処分が直ちに信義則に反し違法となるものではない。
4 本件更生処分の適法性
以上のとおり、原告の昭和五五年分の総所得金額は四五四万八八六〇円、分離課税の長期譲渡所得金額は一億三九四四万六四六一円であるところ、本件更正処分の総所得金額は右前者の金額の範囲内である一〇〇万〇六〇〇円であり、同分離長期譲渡所得金額は右後者の金額と同額であるから、本件更正処分は適法である。
5 本件賦課決定の適法性
原告の昭和五五年分の所得税は、本件更正処分により四四四七万円増加することになるところ、原告には、右納付すべき税額の計算の基礎となつた事実について、国税通則法(昭和五九年法律第五号による改正前のもの。以下「通則法」という。)六五条二項に定める正当な理由が認められないから、同条一項により、右金額に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した過少申告加算税二二二万三五〇〇円を負担すべきで、これと同額の本件賦課決定は適法である。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1前段の課税の経緯及び同1後段のとおり原告の昭和五五年分の総所得金額が四五四万八八六〇円であること、分離課税の長期譲渡所得の収入金額となる本件売却土地の譲渡代金が一億四七八三万八三八〇円、取得費が七三九万一九一九円、特別控除額が一〇〇万円であることは、いずれも当事者間に争いがない。
二1 そこで措置法三七条一項の規定についてみるに、同規定は、個人が事業の用に供している騒音発生施設について騒音発生施設の譲渡又は廃棄に伴つて譲渡したものについて特例措置の適用を認めるというものであつて、その文言に照らすと、特例措置の適用は、騒音発生施設の移転又は廃棄を決定した者が、これに伴つて譲渡したものについて生じるものと解される。そして、特例措置は、本来課せられるべき税負担を、特別の配慮から軽減するものであるから、その解釈、適用は、税負担公平の原則から厳格になされるべきものであつて、安易にこれを拡張して解釈することは許されないところであるから、その適用は、右の場合に限られるものと解するのが相当である。
また、本件特例措置は、騒音規制地域からの騒音発生施設の排除を実現するために、騒音規制地域内の騒音発生施設を廃棄し、あるいは他に移転しようとする者に対して、課税上の優遇処置を講じてその負担を軽減し、これを容易にするための立法措置と解されるところ、その趣旨に照らすと、本件特例措置は、騒音発生施設について、廃棄又は移転を決定するについて法律上の権限を有する者が移転、廃棄に伴つて譲渡したものについて適用されるものと解するのが相当である。
原告の主張するところによると、騒音発生装置の敷地である本件売却土地の所有者で賃貸人であつた原告が、本件売却土地を譲渡して、規制地域外に騒音発生装置の敷地を買い替え、買替地を騒音発生装置の所有、使用者であつた木村金属工業に提供(賃貸)したことによつて、木村金属工業所有の騒音発生施設の移転が実現したというのであり、そうであるとすると、原告は本件騒音発生施設の移転について、これを援け容易にした者ではあつても、これを決定し、行つた者ではなく、その敷地の譲渡について措置法三七条一項の特例措置の適用を受けることはできないものというべきである。
2 つぎに、原告は、措置法三七条一項の表の二、三号の立法趣旨からすると、事実上個人経営の企業が税法上ないし取引上の理由から有限会社又は株式会社として騒音発生施設を所有して事業を行い、個人がその設置してある建物及び土地を所有して右法人に賃貸している場合もあり、そのような場合に本件特例措置を適用しないと立法目的を達成し得ない旨主張する。なるほど、木村金属工業は、原告、原告の長男、次男及び三男が取締役をしている会社であること、原告が木村金属工業に本件売却土地を賃貸していたことは当事者間に争いがないところであるが、個人と法人は明確に峻別すべきであり、いわゆる同族会社であつても、その同族関係者と法人とは必ずしも利害関係が一致するわけではなく、個人と法人を一体化することはできず、また、措置法も個人企業については三七条一項において、法人については六五条の七第一項において、騒音規制法に基づく特別措置を規定しているのであり、個人と法人を同一視し、その所有形態を曖昧にしたうえで本件特例措置を適用することはできない。原告の右主張は、前提において失当であり採用できない。このことは、原告において本件売却土地を譲渡して資金を捻出しなければ、騒音発生施設を有する木村金属工業が騒音規制地域外に工場を移転することが事実上資金的に困難であつたとしても、変わるところはない。
3 以上のとおりであるから原告の本件売却土地の譲渡については本件特例措置の適用はないというべきである。
三次に、本件各処分が信義則に反した違法なものであるか否かについて検討する。
原告は、原告の依頼を受けた河鍋税理士らが、昭和五四年八月ころ、東京国税局税務相談室横浜中分室を訪れ、島貫相談官に対し、本件売却土地の所有関係及び譲渡、本件買換土地の取得、木村金属工業の業務内容等を説明したうえ、本件特例措置の適用の有無について質問したところ、適用がある旨の回答を得たので、木村金属工業の移転を決断し本件売却土地を譲渡したのであり、また、原告の依頼を受けた浅野税理士が昭和五七年六月一四日東京国税局税務相談室において、小熊相談官に対し本件特例措置の適用の有無を照会したところ、適用ありとの回答を得たのであるから、被告がこれに反して本件特例措置の適用がないとして本件更正処分を行うことは、原告が右相談官の回答を信じて本件売却土地を譲渡したことからして、信義則に反する旨主張する。
ところで、租税法律主義を採用している現行法制下においては、被告主張のとおり、税はすべて法律に従つて課され、しかも税負担の公平の見地から法適合性が強く要請されるのであるから、信義誠実の原則ないし禁反言の法理は、右適法性の要請に優先して納税者の利益を保護すべきことが正義、衡平の見地からやむを得ないと認められる場合に限られると解すべきである。
これを本件についてみるに、まず、原告は、税理士を介して東京国税局税務相談官に対し、本件売却土地の譲渡に関して本件特例措置の適用の有無を尋ね、適用ありとの回答を得たため本件売却土地の譲渡に踏み切つたというのである。(なお、原告主張のうち昭和五七年六月の小熊相談官による税務相談というのは、本件売却土地の譲渡があつた昭和五四年一二月よりも後のことであるから、右税務相談の結果本件譲渡を決定したという関係にはなく、信義則違反の問題を生じさせるものではない。)しかし、税務相談は、課税当局が納税者に対して税法の解釈、運用又は申告及び申請の手続に関して相談に応じこれらの知識を供与するもので、課税権を具体的に行使するものでも課税当局の公式見解を表明するものでもなく、専ら納税者の便宜を図る趣旨のものである。そして、事実関係については納税者の申述内容や提出資料を前提とするものであり、相談に対する回答は自づと仮定的一般的なものにならざるを得ない。このような税務相談の特質に照らすと、原告が税務相談で得た回答が仮に原告主張どおりのものであつたとしても、そこには自づと不確定要素が入り込んでいるといわざるを得ず、しかも、納税者たる原告は、税務相談が右のとおりのものであることを多かれ少なかれ承知していたと推認できる。そして、前述のとおり原告及び木村金属工業は付近住民及び横須賀市から移転方を要請されたというのであるから、右の税務相談の結果は本件譲渡を決定付けるのに一定程度寄与したかもしれないものの、その主因であつたとは認め難い。そうすると、本件において、課税の公平を犠牲にしてまで税務相談での結果を信頼した納税者たる原告の利益を保護すべき特段の事情があるものとは未だ認め難いのである。
したがつて、仮に原告が税務相談によつて得た知識に基づき、本件売却土地の譲渡に本件特例措置の適用があると判断し、その後に被告が右税務相談の回答に反した本件各処分を行つたとしても、それが、信義誠実の原則に違反する違法なものとして取り消されるべきであるとは認められない。
四以上のとおり、原告の分離課税の長期譲渡所得に本件特例措置を適用することはできないから、右譲渡所得金額は一億三九四四万六〇〇〇円(1億4783万8380円(譲渡代金)−739万1919円(取得費)−100万円(特別控除額)=1億3944万6461円、1000円未満切り捨て)となり、本件更生処分には、原告の分離課税の長期譲渡所得金額を過大に認定した違法はない。
また、原告に通則法六五条二項所定の正当な理由を認めるに足りる証拠はないから、本件賦課決定に原告主張の違法はない。
五よつて、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官川上正俊 裁判官岡光民雄 裁判官西田育代司)
別紙課税処分の経緯一覧表<省略>
別紙物件目録一、二<省略>