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横浜地方裁判所 昭和61年(ヨ)1625号 判決 1994年2月01日

当事者の表示

別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  債務者は、債権者藍和夫に対し、昭和六二年三月一日以降本案の第一審判決の言渡しの日まで一か月二〇万九二〇〇円を(ただし、平成六年二月一日以降の分は毎月二五日限り)仮に支払え。

二  債務者は、債権者岡本明男に対し、昭和六二年三月一日以降本案の第一審判決の言渡しの日まで一か月二二万一八〇〇円を(ただし、平成六年二月一日以降の分は毎月二五日限り)仮に支払え。

三  債務者は、債権者金井四朗に対し、昭和六二年三月一日以降本案の第一審判決の言渡しの日まで一か月二八万五九〇〇円を(ただし、平成六年二月一日以降の分は毎月二五日限り)仮に支払え。

四  債務者は、債権者清水敏正に対し、昭和六二年三月一日以降本案の第一審判決の言渡しの日まで一か月二七万七七〇〇円を(ただし、平成六年二月一日以降の分は毎月二五日限り)仮に支払え。

五  債務者は、債権者遊佐修造に対し、昭和六二年二月一二日以降本案の第一審判決の言渡しの日まで一か月二九万八九〇〇円を(ただし、平成六年二月一日以降の分は毎月二五日限り)仮に支払え。

六  債権者らのその余の申請をいずれも却下する。

七  申請費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一申請の趣旨

一  債権者らが債務者の職員の地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者らに対し、それぞれ、別紙債権目録(略)記載の金員を仮に支払え。

第二事案の概要

本件は、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)のいわゆる国鉄改革に関連して国鉄が設置した人材活用センター(以下「人活センター」という。)に配属されていた国鉄の職員で国鉄労働組合(以下「国労」という。)の組合員であった債権者らが、勤務時間中に管理者に暴行したことを理由に懲戒免職処分を受けたため、右処分は、その前提の暴行の事実がなく、国労を弾圧するためにした不当労働行為であるから無効であると主張して、国鉄改革関連法に基づき国鉄が移行された法人である債務者に対し、その職員の地位にあることを仮に定める仮処分を求めるとともに、右処分後の賃金の仮払仮処分を求めた事案である。

一  当事者等(当事者間に争いがない。)

1  債権者藍は、国鉄の東京南鉄道管理局新鶴見機関区(以下「新鶴見機関区」という。)の運転検修係として勤務していたが、昭和六一年七月五日付けで同管理局新鶴見運転区(以下「新鶴見運転区」という。)の運転検修係兼務の発令を受けて同運転区に設置された人活センター(以下「新鶴見人活センター」という。)の担当に指定され、次いで、同年一一月一日の機構改革で同運転区が廃止されたことに伴い、同日付けで同管理局横浜貨車区(以下「横浜貨車区」という。)の運転検修係兼務の発令を受けて同貨車区の人活センター(以下「横浜人活センター」という。)の担当に指定され、本件懲戒処分当時、同人活センターに勤務していた。

2  債権者岡本は、新鶴見機関区の車両検査係として勤務していたが、昭和六一年七月五日付けで新鶴見運転区の車両検査係兼務の発令を受けて新鶴見人活センターの担当に指定され、次いで、同年一一月一日付けで横浜貨車区の車両検査係兼務の発令を受けて横浜人活センターの担当に指定され、本件懲戒処分当時、同人活センターに勤務していた。

3  債権者金井は、新鶴見機関区の車両検査係として勤務していたが、昭和六一年一〇月一四日付けで新鶴見運転区の車両検査係兼務の発令を受けて新鶴見人活センターの担当に指定され、次いで、同年一一月一日付けで横浜貨車区の車両検査係兼務の発令を受けて横浜人活センターの担当に指定され、本件懲戒処分当時、同人活センターに勤務していた。

4  債権者清水は、同管理局横浜機関区(以下「横浜機関区」という。)の車両検査係として勤務していたが、昭和六一年八月一二日付けで新鶴見運転区の車両検査係兼務の発令を受けて新鶴見人活センターの担当に指定され、次いで、同年一一月一日付けで横浜貨車区の車両検査係兼務の発令を受けて横浜人活センターの担当に指定され、本件懲戒処分当時、同人活センターに勤務していた。

5  債権者遊佐は、同管理局東神奈川電車区の電車運転士として勤務していたが、昭和六一年七月八日付けで新鶴見運転区の電車運転士兼務の発令を受けて新鶴見人活センターの担当に指定され、次いで、同年一一月一日付けで横浜貨車区の電車運転士兼務の発令を受けて横浜人活センターの担当に指定され、本件懲戒処分当時、同人活センターに勤務していた。

6  債務者は、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道改革法及び日本国有鉄道清算事業団法に基づいて、承継法人に事業等を引き継いだ後の国鉄が移行された法人である。

7  加瀬輝久は、横浜貨車区区長、萩原恒夫は、同区首席助役であり、森貞夫は、同区助役で東京南鉄道管理局から横浜人活センターの総括責任者を命じられた者であり、堀江勲、今井健浩と磯崎昭寿は、いずれも同区助役で同人活センターの担当を命じられた者である。

なお、堀江、今井両助役は、横浜人活センターの担当を命じられるまで新鶴見人活センターを担当していた。

二  本件懲戒処分(当事者間に争いがない。)

国鉄は、昭和六二年二月九日付けで債権者藍、同岡本に対し、同月一〇日付けで債権者清水、同金井に対し、同月一二日付けで債権者遊佐に対し、それぞれ、別紙懲戒処分事由一覧表(略)記載の理由を示して懲戒免職処分をした。

三  本件懲戒処分当時の賃金(当事者間に争いがない。)

本件懲戒処分当時の賃金月額は、債権者藍につき二〇万九二〇〇円、同岡本につき二二万一八〇〇円、同金井につき二八万五九〇〇円、同清水につき二七万七七〇〇円、同遊佐につき二九万八九〇〇円であり、その支払日は毎月二〇日であった(ただし、債権者らが本件で毎月の賃金の仮払を求めている日は毎月二五日である。)。

四  背景事情(1、2の事実は当事者間に争いがなく、3、4の事実についてもおおむね争いがない。)

1  人活センターの設置

国鉄は、先般のいわゆる国鉄改革の一環として、昭和六一年七月一日、国鉄の全国の総局、管理局の現業機関一〇一〇か所に人活センターを設置した。国鉄当局の説明によれば、この人活センターは、国鉄の企業体質の合理化を進めるために、それまで各地方機関ごとに業務推進チーム等の名称で行ってきていた余剰人員対策を統一的に整理し、国鉄の増収活動、経費節減、新事業分野への進出のための多能化教育等に従事させるために設置するものであるとされていた。

2  人活センターの設置に対する国労の対応

国労は、政府、国会による国鉄の分割、民営化の動きは、国鉄に対する国の施策の貧困や、財界、大企業による国鉄土地の取得の意図を隠蔽し、かつ、膨大な国労組合員を余剰人員の名のもとに「首切り」するためのものであるなどと批判して、分割、民営化に反対する運動を展開し、人活センターに関しても、国労の各支部、分会の役員、活動家と一般組合員を分離し、役員、活動家を差別的に取り扱い、みせしめとすることによって孤立させ、国鉄の分割、民営化に反対する国労の活動を押しつぶそうとする国労排除、国労潰しのシステムであると批判し、その廃止を求める運動を行っていた。そして、個々の組合員に対しても、これらの分割、民営化反対、人活センター廃止要求等の運動を職場闘争という形で日常の職場で実践するよう指導していた。

3  新鶴見人活センターでの状況

こうした背景の中で、新鶴見人活センターが設置され、債権者らはそこに配属されたのであるが、同人活センターへの兼務発令を受けた者(以下、新鶴見人活センター又は横浜人活センターへの兼務発令を受けた者を「兼務職員」という。)は、すべて、新鶴見運転区、東神奈川電車区、弁天橋電車区等の国労横浜支部の拠点職場に勤務していた国労組合の役員や活動家であった。

兼務職員らの仕事は、多数の現場管理者による監視の下に、新鶴見操車場内の草刈りや、廃車になり解体された貨車から外された「日本国有鉄道」のプレートを商品とするためにワイヤーブラシで磨くことといった本来の鉄道業務ではないものであり、このため、運転士のうちの多いものは月六万円の減収となるなどほとんどの兼務職員が減収となった。労働環境も悪く、兼務職員らの控室は、昭和五九年二月以降使用されてなかった部屋で、ダニやこうもりがいたり、雨漏りがしたりするものであった。

兼務職員らは、こうした国鉄当局の処遇に抗議し、現(ママ)職復帰を要求するほか、「首切りセンター」と題する職場新聞を毎日発行してこれを配付するなどして、国鉄の分割、民営化反対や人活センター廃止要求の宣伝活動に取り組み、右新聞の拡大を図るとともに、国鉄労働者としての技術、能力を維持、向上させるための具体的要求も行っていた。

4  横浜人活センターにおける本件出来事の直前までの状況

前記のとおり、昭和六一年一〇月三一日新鶴見人活センターは廃止され、同人活センターの兼務職員のうちの最も過激な活動家と目されていた兼務職員らが、同年一一月一日付けで旧横浜機関区構内の横浜人活センターへ配属を命じられ、同月六日午後四時二五分ころ、そのうちの一八名が同人活センターに赴任した。国鉄当局は、それまでの間に同人活センターのまわりを有刺鉄線で囲い、兼務職員らの控室を管理者の監視しやすい事務棟の二階の旧指導訓練室とすることを決めていた(指定詰所)。

指定詰所は、コンクリートで囲まれた北向きの陽の当たらない底冷えのする部屋で、その面積は約四六平方メートルしかなく、その中に長椅子が五つほど置かれているだけのものであった。それは、兼務職員数(二五名)に比べてとても狭いものであった。指定詰所の脇のロッカー室は、約一四平方メートルの部屋にロッカーが並べられているもので、着替えも満足にできないくらいに狭く、そのロッカーは錆びのついた古いものであった。旧横浜機関区の廃止により風呂も使えなくなっていた。

着任後、加瀬区長からこの指定詰所に入るよう指示された兼務職員らは、狭く、暗く、寒く、臭いなどと言ってそこには入らず、同構内の事務棟とは別棟の旧横浜機関区検修詰所(以下「旧検修詰所」という。)へ入った。

これに対して、管理者らは、指定詰所に移動するよう通告するとともに、翌日以降の始業時刻を午前八時二〇分とすることを通告した。国鉄の職員の始業時刻は原則として午前八時三〇分とされ、業務上の都合や通勤事情によりこれを変更することができるものとされており、新鶴見人活センターにおいては、その原則どおり午前八時三〇分とされていた。

兼務職員らは、加瀬区長の右通告を一方的なものと受け止めてこれに激しく抗議をし、この抗議を受けて同区長が翌日は午前八時三〇分とする旨を告げたのに、森助役がこれに反発して、「八時二〇分の決まりを守らなければ否認(欠勤扱いにして賃金カットをする趣旨)にすればよい。」と言って、兼務職員らを挑発する場面もあり、翌七日も、助役らと同日着任した兼務職員を含めた兼務職員らとの間でこうした通告とこれに対する抗議が終日続けられ、国鉄当局は、東京南鉄道管理局の職員や公安職員を待機させて不測の事態に備えていた。

同月八日と九日は勤務を要しない日であった。

同月一〇日も兼務職員らは、午前八時二〇分までには出勤せず、指定詰所への移動をしなかったので、管理者らは、「指定詰所へ集合しなければ否認する。」旨厳しく通告して指定詰所に集合させ、勤務表、班別一覧表、兼務職員の名簿、作業ダイヤ等を配布して、作業ダイヤについて説明をした。兼務職員らは、始業時刻が午前八時二〇分であることの根拠を示すよう要求し、これに対して加瀬区長や萩原助役が応答したが、その際も、そのやり取りの最中に森助役が挑発するように「打切り。」と発言し、怒った兼務職員らが「区長や首席の発言中に打切るとは何だ。」「森、何だ、その態度は。」等と言って同助役に喰ってかかる場面もあった。

兼務職員らは、その説明が終わると旧検修詰所へ戻り、その後も、管理者らは、再三、旧検修詰所へ行き、始業時刻と指定詰所への移動を通告したが、兼務職員らはこれを無視していた。

五  争点

1  その後の同日午後四時一〇分ころから午後四時五〇分ころまでの間に、兼務職員らと助役らの小競り合いがあったが、その際、本件各懲戒処分事由とされる助役らに対する債権者らの暴行があったか否かが本件の主要な争点であり、それに関連する、本件各懲戒処分が不当労働行為に当たるか否か、本件仮処分の必要性があるか否かも争点である。

2  右暴行に関する債務者の主張の要旨は、次のとおりである(債務者の平成五年八月一〇日付け準備書面第一の四)。

一一月一〇日午後四時一〇分ころ、森助役ら五人の助役は、指定詰所への移動を通告するため旧検修詰所に行き、森助役が「向こうの部屋に移ってください。」と通告したが、その際、旧検修詰所内の雰囲気の異様さを感じたので直ちにその場を離れたところ、債権者藍と同岡本が旧検修詰所内から飛び出して来て、「話がある。」、「来ればよい。」などと言いながら、債権者藍が同助役の右腕を抱え込んで引っ張り、債権者岡本が同助役の背中から押して旧検修詰所に連れ込もうとした。

これに森助役が抵抗していると、旧検修詰所内から大勢の兼務職員がその場に集まって来て、同助役を取り囲み、雑言を浴びせるなどして小競り合いの状態となったが、その小競り合いの中で、債権者岡本は、同助役の顔面に唾を飛ばしながら、腕組みをした肘で繰り返し同助役の胸部を突き、債権者金井は、そのころ、同助役を背後から抱き上げる暴行を加えた。

森助役は、旧検修詰所に連れ込まれた場合の危険を察して、助役執務室(旧横浜機関区区長室)に戻ろうとしたが、兼務職員らは取り囲んで戻らせず、この間、債権者藍や兼務職員の佐久間らが同助役に雑言を浴びせて詰問や抗議を繰り返した。

これに対し、同助役が、管理権に基づいて指定詰所への移動を通告しているものであること、兼務職員らと話し合うべき事項ではないこと、助役らは詰所への移動命令を発しうるのであり、兼務職員らはこれに従うべき関係にあることを説明すると、債権者藍ら兼務職員らは、命令発出の法的根拠を言えと迫り、同助役が、就業規則二七条ないし二九条であると答えると、さらに、その条文の内容を言えと迫り、同助役が、「答える必要がない。」と答えると、債権者藍は、「何」、「その態度は。」「ふざけるな。」などと言いながら、同助役の右胸を右手で数回突き、同助役の制服の両襟を両手で掴んで絞り込むようにして前後に揺すぶるなどの暴行を加え、その直後、債権者金井は、同助役の身体を両手で吊り上げる暴行を加えた。

債権者清水は、兼務職員らに取り囲まれている森助役の近くに行こうとした堀江助役を後ろから引っ張ってこれを妨げ、森助役を助けようとして囲みの中に入ろうとした今井助役の背後から羽交い締めにして同構内の鍛冶屋場付近まで連行する暴行を加えた。

同日午後四時五〇分ころ、助役執務室に戻った堀江、今井両助役が、同室内に入り込んでいた複数の兼務職員らに対し、同室を出るように言って排除しようとしたところ、債権者遊佐は、堀江助役の胸ぐらを掴んでソファーに押し倒し、同助役着用のヘルメットを前に引き下げてその後頭部を拳で殴り、さらに、今井助役に対しても、頭部を殴り、顔面を掴むなどの暴行を加えた。

六  証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

第三争点に対する判断

一  暴行の主張にそう各証拠の検討

1  昭和六一年一一月一〇日午後四時一〇分ころから同日午後四時五〇分ころまでの間に、管理者らが指定詰所への移動や始業時刻を通告したことをめぐって、管理者らと兼務職員らとの間に、暴行の点を除いてほぼ右争点に掲げるような小競り合いがあったことは、関係証拠によりこれを認めることができる。

本件に現れた債権者らや兼務職員らの供述関係の証拠はすべてこの間における債権者らの暴行の事実を否定するものである。

暴行の事実に関する債務者の主張にそう主な証拠は、堀江助役作成の各陳述書(<証拠略>)と現認報告書(<証拠略>)、債務者代理人作成の同助役の陳述を録取した書面(<証拠略>)、同助役の刑事事件における証言の調書(<証拠略>)(以下「堀江助役の刑事証言」といい、刑事事件における他の証人の証言も同様に表示する。)と本件の証言、今井助役作成の陳述書(<証拠略>)と現認報告書(<証拠略>)、債務者代理人作成の同助役の陳述を録取した書面(<証拠略>)、同助役の刑事証言(<証拠略>)と本件での証言、森助役作成の各陳述書(<証拠略>)と現認報告書(<証拠略>)、同助役の刑事証言(<証拠略>)、磯崎助役作成の各陳述書(<証拠略>)と現認報告書(<証拠略>)、萩原助役作成の陳述書(<証拠略>)と現認報告書(<証拠略>)である(債務者の平成五年八月一〇日付準備書面の二四、二五頁)。これらは、いずれも供述を内容とする証拠であるから、暴行の事実を認めうるかどうかは、右各証拠あるいは当日の出来事を録取したとされる本件録音テープ(各反訳書と鑑定書、以下同じ。)その他の証拠と対比して、これが信用することができるかどうかにかかっているといえる。

ここにいう刑事事件とは、本件懲戒処分の事由と同一の事実関係について、森、堀江、今井の三助役の告訴に基づき、昭和六一年一二月三日、債権者藍、同金井、同清水が公務執行妨害と森助役に対する全治約四週間を要する右胸部打撲、右第七肋骨皸裂骨折の傷害、債権者岡本が右森助役に対する右傷害、助役執務室からの不退去、債権者遊佐が公務執行妨害、助役執務室からの不退去、堀江助役に対する三日間の経過観察を要する顔面、後頭部打撲の傷害、今井助役に対する三日間の治療を要する頚椎捻挫の傷害の容疑で逮捕され、債権者金井、同藍、同清水が前記傷害、同岡本が前記傷害及び前記不退去、同遊佐が公務執行妨害、前記不退去、前記傷害の容疑で勾留され、次いで、債権者金井、同藍が森助役に対する公務執行妨害、同遊佐が堀江、今井両助役に対する暴行による公務執行妨害、助役執務室からの不退去の罪で起訴された事件である(なお、起訴された刑事事件は、平成五年五月一四日、いずれも右起訴事実の証明がないとして、無罪の判決がなされ、そのまま一審限りで確定した。また、債権者岡本、同清水は起訴されなかった。)。

2  森助役は、旧検修詰所から助役執務室に至る間に、同助役のバンドにかかわる出来事が二度あり、一度目は森助役のワイシャツの裾がズボンからはみ出したのでバンドを緩めて直したことであり、二度目は森助役のバンドの締め金具が落ちたこと(以下この金具の落ちた出来事を「本件バンド事件」という。)であるが、債権者藍、同金井の暴行は二度目のバンドにかかわる出来事の直前の揉み合いの最中に行われたと述べている。そして、債務者の主張によれば、それは、債権者藍と森助役の間で就業規則二七条ないし二九条をめぐるやり取りのあった直後であるとされている。

しかしながら、堀江助役が兼務職員らの動静を録音しようとして森助役の近くで作動させていたマイクロカセット・テープレコーダーの本件録音テープにはバンドにかかわる出来事は一度しか録音されていないし、他に本件録音テープに録音された本件バンド事件の後にバンドにかかわる出来事があったと認めうる証拠はない。本件録音テープによれば、就業規則をめぐるやり取りは、本件バンド事件の後の出来事であると認められるから、この点で債務者の右主張が成り立たないことになる。森、今井、磯崎の各助役とも、本件バンド事件の後に助役執務室に至るまでの間に暴行はなかったと供述しているから、森助役がいう暴行があったとすれば、それは本件バンド事件の直前の小競り合いの最中でなければならないことになる。

森助役は、その際に全治約四週間を要する右胸部打撲、右第七肋骨皸裂骨折の傷害を受けたとして、これを理由に刑事告訴をしているくらいであるから、真実そのような重い傷害を受ける暴行があったのであれば、その場で痛みを訴え、怒り、抗議するなどの何らかの反応を示すであろうし、その近くにいた助役らの誰かがその暴行やこれに対する森助役の反応を目撃し、何らかの反応を示すはずである。また、森助役のいうような経緯、態様で暴行がなされたのであれば、債権者藍や同金井もその暴行をする際に何らかの言葉を発すると思われる。

ところが、本件録音テープには、その暴行を窺わせるような音声や物音は何も録音されていない。債務者のいうような小競り合いの状況や兼務職員らの罵声、怒号や、森、堀江両助役らの「やめなさい。」「やめろ。」「藍さん、やめなさい。」と言う声は録音されているが、これは債権者藍が旧検修詰所から飛び出してきて森助役を同詰所に連れ込もうとした直後から本件バンド事件のあった後まで続いており、債権者藍、同金井の暴行がなされたとされる時点だけのものではないから、これが債権者藍と同金井の暴行を示すものとはいえない。森助役は、その際に、「暴力をやめろ。」「バンドが切れた。」などと怒鳴ったと供述しているが、その声も録音されていないし、その暴行があれば当然目撃したであろうと思われる磯崎、堀江の各助役もその暴行を目撃していない。

3  そればかりでなく、その小競り合いは、森助役のバンドの締め金具が落ちたのをきっかけにしていったん終わり、債権者藍が、立っている森助役の前に向かい合うようにしゃがんで、落ちた締め金具を同助役のバンドに取りつけてやったり、債権者金井らが同助役に対して、「森さん太り過ぎているんだよ。」「バンドが短いんだよ。」などと言い、森助役も素直に債権者藍にバンドを直してもらい、同助役のまわりにいた他の助役らも何の抗議をするのでもなく、黙ってそれを見ていた。本件録音テープには、笑い声も録音されている。こうしたその場の雰囲気やその際の債権者金井や兼務職員らの言葉の調子は、森助役のいうような激しい暴行があった直後のものとは思われないものである。

4  今井助役は、債権者藍らが森助役に旧検修詰所に連れ込もうとした後、兼務職員らと森助役との間で小競り合いになっていたころ、廃止された横浜機関区の残務整理に当たっていた職員の杉谷茂から、正門の鍵が閉められていて、職員やプロパンガス業者の自動車が通れず立ち往生していると言われて、助役執務室へ鍵を取りに行くために一時その場を離れているが、その時の状況は兼務職員らによって森助役が旧検修詰所の中まで引きずり込まれて暴力を加えられるような雰囲気ではなかったと述べている。

5  森、今井、堀江の各助役は、本件出来事の翌朝、平常どおり出勤して、跳躍や首の回転を含む激しい運動を伴う「国鉄体操」をした後、東京南鉄道管理局(以下「上局」という。)の職員や公安職員を含めて兼務職員対策を協議している。その際に、前日の兼務職員らの行動が話題になり、今井、堀江両助役は、加瀬区長から診察を受けるように指示されたが、森助役についてはその指示はなく、同助役からの申し出もなかった。今井、堀江両助役は、その時には自覚症状はなかったが、鉄道嘱託医の診察を受け、堀江助役について三日間の経過観察を要する顔面、後頭部打撲、今井助役について三日間の治療を要する頚(ママ)椎捻挫の診断を受けて、その診断書を上局に提出した(これらの診断は、同助役らの主訴に基づくものであって、何の外形的所見も認められないものであった。)。

翌一二日、森助役は、いったん出勤した後、近くの鉄道嘱託医ではなく、わざわざ遠方の知り合いの医院で受傷の原因を告げずに診察を受け、全治約四週間を要する右胸部打撲、右第七肋骨皸裂骨折との診断を受けたうえ、その診断書を上局に提出した。そして、上局の指示を受けて、同月一四日、森、堀江、今井助役らは債権者らを告訴した。ところが、実際には、森助役に第七肋骨皸裂骨折の傷害はなく、同助役の主訴を信じたことによる医師の誤診であり、そのほかに森助役の身体に右胸部に傷害ないし暴行の事実を窺わせる外形的な所見はなかった(右の診断をした医師は、横浜弁護士会長の照会に対し、森助役が休暇をとるために勤務先に提出するものと思って少し拡大解釈して診断書を書いたが、第三者の加害によるものであればもっと厳密な診断が必要であったものであり、後に警察からの電話などで事情を知ってだまされたような気分である旨を回答している(<証拠略>)。

6  堀江助役は、債権者遊佐の暴行の前の助役執務室の状況について、萩原助役が助役執務室に入ろうとしたので、「鍵を開けてはだめだ。中に入られてしまう。」と注意したこと、中に入った兼務職員らに対して繰り返し退去を要求し、同室内に入った兼務職員佐々木を外に押し出そうとして揉み合いになったこと、その揉み合いでマイクロカセット・テープレコーダーが停止の状態となり録音が止んだことなどを述べているが、これらは、いずれも堀江助役のすぐ近くで起きた相当の音量を発する出来事で、同助役が録音していた本件録音テープに録音されるはずであるのに、全く録音されていない。そのほかにも、本件録音テープには、同証言によれば当然録音されるはずの兼務職員らの音声が録音されていなかったり、同証言によれば録音されるはずのない兼務職員らの音声が録音されており、同助役の供述は当時の出来事を忠実に再現しているものではない。

助役執務室での債権者遊佐の暴行について、今井助役は、自己に対する暴行の事実については詳細に供述しているのに、一メートルにも足りない近くで起きたとされる堀江助役に対する暴行については極めてあいまいな供述をしており、堀江助役も、同様に、自己に対する暴行の事実については詳細に供述しているのに、近くで起きたとされる今井助役に対する暴行については極めてあいまいな供述をしている。

また、堀江助役と兼務職員佐々木との揉み合いでその後の録音が途絶えたものでないとすると、その点についての堀江助役の供述が疑わしいだけでなく、以後の状況特に肝心の債権者遊佐が暴行を加えたとする時の状況がなぜ本件録音テープに残されていないのかという疑問が残る。

7  本件録音テープには、本件出来事とともに、加瀬区長、萩原、森、堀江、今井各助役その他の者が兼務職員対策を打ち合わせた際の様子が録音されており、その中には、森助役の「やつら、今のところ、沢山いるんでね、動かないんですよ。七、八、九という日程ね。その関係もあるんで、一応、公安関係の人、残っていただいてね。」「それ以外は、ここにいていただいて、うちの方は、繰り返しやりますから、しばらくやっている間に、いなくなったなという感じで、でも、ここに一応隠れてもらってね、(笑い声)、それで、何かあったときには、すぐ、飛び出してもらう、そういう形で、むしろ、あの、やられる部分を現認してもらうように、うちは仕向けますから、ちゃんとね、そういう形でいこうと思いますけれども。どうですか。」とか、別の者の「じゃ、きょうのところは、繰り返し、業務指示に従いなさいと言っておいて、何か事象があったら、寄ってたかってみんなで現認すると、そういうことですね。」とか、さらに、森助役の「むしろ、うちのほうは、隠れていてね、やつらにやらせるようにしますから、その中で、今度、決定的なやつをね。」といった発言が録音されている。

この録音をした堀江助役は、当初、本件録音テープは、一〇日の出来事が重要であったから、その後使用しないようにメモを付けて書庫に保管したと述べていたが、その後、本件録音テープにこの兼務職員対策の協議が録音されていたことが判ると、本件録音テープは一一日にも使用したとその供述を翻しているのである。このようなことから、その録音の協議がいつなされたかは証拠上必ずしも明らかでないが、堀江助役が当初述べていたように、一〇日の本件出来事以後は本件録音テープを書庫に保管していたのであれば、この発言は、本件出来事よりも前になされたことになるが、本件出来事より前に公安職員をも含めてこうした準備をして仕向けたにもかかわらず、特に、堀江助役は、国鉄当局からマイクロカセット・テープレコーダーを貸与されて、新鶴見人活センター当時からこれをポケットに隠して兼務職員らの動静を録音しており、本件当日もその録音を担当していたにもかかわらず、何ら客観的な証拠が得られず、助役ら以外の供述証拠も得られなかったことになり、ひいては、証拠に残せるような兼務職員らの暴行がなかったのではないかとの疑いを抱かせることになる。また、堀江助役が後に述べたように、その録音がなされた時期が一一日であるとすれば、これらの発言は、一〇日には、兼務職員らが挑発に乗らなかったのか、現認に失敗したのか、いずれにしても森助役らにとって所期の結果を得られなかったために、「今度決定的な」ものをとろうとしてその発言をしたのではないかとの疑いを抱かせることになる。

8  以上のほかにも、各助役の供述には次のような傾向が見られる。すなわち、森助役は、債権者岡本の暴行について、唾を飛ばしながら云々と述べてあたかも故意に唾を吐きかけたかのような印象を与えるが、子細に検討すれば、債権者岡本が近くで激しく喋るために唾が飛んだというものであって、故意に唾を吐きかけたというものではない。今井助役は、債権者清水の暴行について、当初は、斜め後ろから羽交い締めにされたと述べていたが、後に、両腕をかかえるように腕のあたりを両手で押さえたと供述を後退させているし、その際に、「清水、お前は暴力だぞ。」などと叫んだというのに、同助役の近くで堀江助役が録音していた本件録音テープには全くそのことが録音されていない。堀江助役は、助役執務室に入った兼務職員らに再三退去を命じたのに退去しなかったと述べているが、本件録音テープに録音されているのは、「出てよ。ほら。」とか「だめだよ。ここは。」といった言葉でしかない。これらに限らず、各助役の供述は、肝心の点をいずれも誇張して表現しており、これは、先に述べた、森助役らが、自ら仕向けてまで兼務職員らを処分しようとする意思を有していたことの現れとみることができる。

9  このようにみてくると、右助役らの供述は、バンド事件の直前に同助役らと兼務職員とが小競り合いをした際や助役執務室で兼務職員の入室をめぐって債権者遊佐と堀江、今井両助役との小競り合いの際に身体が触れたことを誇張して、故意に暴行をしたかのように述べているのではないかとの疑いを拭い去ることができず、たやすく信用することができないから、これらの証拠をもっては、債権者らが故意に債務者主張の暴行をしたと認めるには十分でない。

二  本件懲戒処分の効力

以上の次第で、債務者主張の債権者らの暴行の事実は、いずれもこれを認めることができない。当時、債権者ら兼務職員が助役らに激しい抗議や詰問をして小競り合いをし、身体が触れるようなこともあったが、本件懲戒処分は、そのことを理由とするものではなく、債権者らが助役らに直接暴行を加えたことを理由とするものであることは、懲戒処分理由書の処分理由から明らかであるのみならず、当時東京南鉄道管理局総務部長としてこの処分を実質的に決めた力村周一郎も、債権者らについては助役らに対する暴行の事実だけで十分であるとしてこの処分をし、この抗議や詰問、小競り合い等に加わった他の兼務職員については、停職又は減給の処分をしたと述べている(<証拠略>)ことからも明らかである。そうすると、その暴行の事実が認められない以上、これを理由とする本件懲戒処分はその処分事由を欠き、無効であるというべきである。

三  賃金額

本件懲戒処分当時に債権者らが債務者から支給されていた賃金の額が債権者ら主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

債権者らは、本件懲戒処分がなければすべてJR各社に採用されたはずであるから、JR各社設立後の賃金額はJR各社の賃金表に従って算定するのが合理的であると主張するが、債権者らが本件懲戒処分を受けなかった場合に当然にJR各社に採用されるであろうと認め得る疎明資料はないから、その主張は理由がない。

四  保全の必要性

債権者らは、いずれも債務者から支給される賃金を唯一の生活の資とする労働者であって、蓄えもなく、資金カンパなどで生活を支えているものであり、本案の確定を待っていては回復し難い損害を被るおそれがあると認められるから、本件懲戒処分時における賃金額の限度で仮払仮処分をする必要がある。

債権者らは、債務者から社宅の明渡訴訟を提起されていることなどを理由に、債務者の職員の地位にあることを仮に定める仮処分をも求めるが、右仮処分は、いわゆる任意の履行に期待する仮処分であるところ、右主張の理由だけでは、このような仮処分をする必要があるとはいえないし、他にその必要があるといえるような特段の事情は認められない。

五  結論

以上の次第で、債権者らの申請は、本件懲戒処分後の昭和六二年三月一日(ただし、債権者遊佐については、同年二月一二日)から本案の第一審判決言渡しの日まで本件懲戒処分当時の賃金額による賃金の仮払を求める限度で理由があるものと認めて、保証を立てさせないでこれを認容し、その余を却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林亘 裁判官 飯塚圭一 裁判官 柳澤直人)

<別紙> 当事者目録

債権者 藍和夫

債権者 岡本明男

債権者 金井四朗

債権者 清水敏正

債権者 遊佐修造

右債権者訴訟代理人弁護士 鵜飼良昭

同 野村和造

同 福田護

同 岡部玲子

同 岡田尚

同 星山輝男

同 伊藤幹郎

同 飯田伸一

同 武井共夫

同 小島周一

同 三浦守正

同 横山国男

同 木村和夫

同 林良三

同 森卓爾

同 小口千恵子

同 山田泰

同 影山秀人

同 中村宏

同 佐伯剛

同 星野秀紀

同 小野毅

同 陶山圭之輔

同 陶山和嘉子

同 宮代洋一

同 湯沢誠

同 森田明

同 藤村耕造

同 渡辺利之

同 小池貞夫

同 小川光郎

同 根本孔衛

同 杉井厳一

同 篠原義仁

同 児島初子

同 岩村智文

同 西村隆雄

同 南雲芳夫

同 古川武志

同 鈴木義仁

同 増本一彦

同 中野新

同 中込光一

同 三竹厚行

同 滝本太郎

同 岡村三穂

右岡田尚訴訟復代理人弁護士 坂本堤

右鵜飼良昭訴訟復代理人弁護士 高田涼聖

債務者 日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長 西村康雄

右訴訟代理人弁護士 中村勲

同訴訟代理人 室伏仁

同 杉山利信

同 渡辺彦徳

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