横浜地方裁判所 昭和61年(ワ)3073号 判決 1988年2月22日
原告
代々木真寿美
ほか一名
被告
みなと運送株式会社
ほか一名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告らは、各自、原告らに対し、各一〇九二万一八四四円及びこれに対する昭和六〇年一二月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和六〇年一二月二〇日午後五時二二分ころ
(二) 場所 綾瀬市上土棚一七六二番地先主要地方道三五号線道路上
(三) 加害車両 大型トレーラー(横浜一一き七九二二)、運転者被告橋本三博(以下「被告橋本」という。)
(四) 被害者 訴外代々木重文(以下「訴外重文」という。)
(五) 態様 被告橋本が加害車両を運転中、自車前方道路左側端を自転車に乗つて走行中の訴外重文に自車を接触させ、転倒した訴外重文を轢過した。
(六) 結果 訴外重文は、右の日時場所において、脳挫滅により即死した。
2 責任原因
(一) 被告会社の責任
被告みなと運送株式会社(以下「被告会社」という。)は、加害車両を所有し自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償補償法(以下「自賠法」という。)第三条により本件事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。
(二) 被告橋本の責任
被告橋本は、大型トレーラーを運転して歩車道の区別のない狭隘な道路を夜間に走行していたのであるから、自車前方、左側方を十分注視し、自車前方道路左側を通行する歩行者ないし自転車の有無に注意しつつ進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、道路前方、左側方に対する注視不十分のまま進行した過失により本件事故を発生させたものであるから、民法第七〇九条により本件事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。
3 損害 四五六六万二二八九円
(一) 逸失利益 二八六六万二二八九円
訴外重文は死亡当時満一二歳であつた。したがつて、満一八歳から満六七歳までの四七年間は就労可能であり、その間の平均年収は四二二万八一〇〇円(賃金センサス昭和六一年第一巻第一表産業計企業規模男子労働者学歴計)を下ることはない。
そこで、右収入のうち生活費その他の必要経費として五〇パーセントを控除し、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益を算出すると次のとおり合計二八六六万二二八九円となる。
422万8100円×(1-0.5)×13.558=2866万2289円
原告代々木重典(以下「原告重典」という。)は訴外重文の父、原告代々木真寿美(以下「原告真寿美」という。)は訴外重文の母であつて、同人の被告らに対する損害賠償請求権を、法定相続分に応じて、各二分の一ずつ相続により取得した。
(二) 慰藉料 一五〇〇万円
原告らは、順調に成長しその将来を期待していた最愛の息子に先立たれてしまつたのであつて、その悲しみや無念さは計りしれないものがあり、それをあえて金銭に評価すれば、原告重典につき七五〇万円、原告真寿美につき七五〇万円を下らない。
(三) 弁護士費用 二〇〇万円
原告らは、原告代理人に対し、既に、着手金及び実費内金として三〇万円を支払い、また、同人との間で本件の報酬を成功額の一〇から一五パーセントとする旨約したが、このうち少なくとも二〇〇万円は本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。
4 損害の填補 二三八一万八六〇〇円
原告らは、自動車損害賠償責任保険より二三八一万八六〇〇円の支払いを受けた。
そこで、3項の損害額から右保険金を控除すると、残損害額は、二一八四万三六八九円となり、原告らの請求額は各一〇九二万一八四四円となる。
5 結論
よつて、原告らは、被告ら各自に対し、各一〇九二万一八四四円及びこれに対する昭和六〇年一二月二〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1(一) 1項(一)ないし(四)の各事実は認める。
(二) 同(五)の事実中、被告橋本が加害車両を運転中、転倒した訴外重文を轢過したことは認め、その余は否認する。
(三) 同(六)の事実中、訴外重文が右の日時場所において即死したことは認め、またその余は知らない。
2(一) 2項(一)の事実中、被告会社が加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していた事実は認める。
(二) 同(二)の事実中、被告橋本が加害車両を運転して歩車道の区別のない道路を走行していたことは認め、その余は否認する。
(三) 被告橋本の無過失について
(1) 被告橋本は、加害車両を運転して横浜伊勢原線を用田方面から長後方面に向い進行中、訴外重文を轢過した。しかし、本件事故は訴外重文が自転車で走行中転倒し、被告橋本の運転する加害車両の左前部バンバー部に突然倒れたことによるもので、避けることができない不可抗力によるものであり、被告橋本には過失がない。
(2) すなわち、本件事故現場付近はかなり渋滞していたため、被告橋本は停止、発進を繰り返しながら加害車両を運転していた。本件事故は発進して間もなく発生したもので、事故当時の加害車両のスピードは時速二〇キロメートルであつた。
(3) 本件事故の発生時刻は午後五時二二分ころであるが、一二月下旬であり、この時刻には既にあたりは暗かつた。加害車両は前照灯をつけていたが、事故現場付近には街灯がなかつたため暗く、かつ、訴外重文が乗つていた自転車の前照灯の発電機はセツトされておらず、また、訴外重文は紺色のジヤンパーを着ていたため被告橋本が訴外重文を事故直前に発見するのは著しく困難であつた。
(4) 本件事故現場の道路の幅員は六・八メートルであり、片側の幅は三・四メートルである(うち〇・五メートルの側溝があるから車両の通行できる幅員は二・九メートルである)。
加害車両の車幅は二・四八メートルであり、被告橋本は中央線すれすれに加害車両を寄せて運転していたので、加害車両左端と道路の左端までの空地は約九〇センチメートル(側溝を除くと約四〇センチメートル)という狭さであつた。
右のとおり空地が狭く、訴外重文は、車道を自転車で通過することは困難であつたため、側溝の左側の私有地を自転車で走り、低速度で進行中の加害車両を追い抜いた瞬間、右私有地上にあつたコンクリート製の境界杭の障害物を避けるため、あるいは障害物に自転車で乗り上げたためバランスを失い、右私有地の左側の柾の生垣に衝突し、車道上に転倒しかかり、加害車両の左前部バンバー部に身体が倒れ、落下したところを加害車両が轢過したものである。
また、訴外重文の自転車は、右ブレーキが故障していたもので、同自転車が転倒した原因は、コンクリート製境界杭があつたことのほか、右ブレーキのきかない自転車に乗つていたことによる。
(五) 以上のとおり、被告橋本には全く過失がなく、本件事故は専ら訴外重文の過失によるものであるから、被告らは損害賠償責任は負わない。
3(一) 3項(一)の事実中、原告らの身分関係、権利の承継の事実は知らない。その余は否認する。
(二) 同項(二)、(三)の各事実は否認する。
4 4項の事実は知らない。
第三証拠
証拠の関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1項(一)記載の日時に、同(二)記載の場所で、被告橋本が同(三)記載の加害車両を運転中、転倒した訴外重文を轢過して、訴外重文が右の日時場所で即死したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によると、右死因が脳挫傷であることが認められる。
二 そこで、本件事故の態様並びに被告橋本に右事故につき過失があるか否かにつき検討する。
成立に争いのない甲第一号証、乙第一、二号証、第五号証の一ないし一二、原本の存在、成立に争いのない乙第三号証、事故現場の写真であることが当事者間に争いがなく、被告橋本三博本人尋問の結果により、同人が昭和六一年一月一七日撮影した写真と認める乙第四号証の一、二、右尋問結果によると次の事実が認められる。
1 事故現場は主要地方道横浜伊勢原線上で、右道路は歩車道の区別がなく、幅員が六・八メートル 道路両端に幅員〇・五メートルの側溝が設けられていて、車両の通行可能な道路幅員は二・九メートルの道路で、両側に民家が建ち並んでいた。
また、事故現場から一八・六メートル西側(用田方面)にある交差点から事故現場にかけて道路北側に民家の柾の生垣があつて、生垣と側溝の間は幅員約一メートルの平坦な人や自転車が通行できる未舗装の土地(以下「本件私有地」という。)が続いていた。
2 事故時は日没後で、右交差点付近には水銀灯が設けられていたが、事故現場には照明灯がなく、やや暗い場所であつた。
3 加害車両は大型貨物自動車で、トラクターとトレーラーから成り、全長は一二・三メートル、トラクターの車幅は二・四八メートル、車高は一・四二メートルで、運転席左側にバツクミラー、アンダーミラー等三個のミラーが設置されている。
4 加害車両は事故現場西方の用田方面から東方の長後方面に向つて進行していたが、事故現場付近はかなり交通が渋滞していて、被告橋本は、時速二〇キロメートル以下の速度で、数メートル進んでは停る等、停車・発進を繰り返していた。
5 被告橋本は本件事故発生に気付かず、そのまま進行したが、後続の自動車がクラクシヨンを鳴らしたので加害車両から降り、初めて自己の進行して来た道路上に訴外重文が倒れているのを認めた。
6 訴外重文は、長後方面に向つて斜めに、側溝上に腰部、道路内に頭部がある状態でうつ伏せに倒れており、同所から二メートル長後方面の本件私有地内に二〇型の自転車が横倒しになつていた。
そして、訴外重文が倒れていた位置からそのまま本件私有地に入つた場所にある生垣の柾が折れていて、その断面は新しく、同所からやや交差点方面の本件私有地上に、道路と私有地の境界を示す標識の頭が斜に土中から出ていた。
また、加害車両のトラクターの左前部バンパーの下部、左前部フエンダーには数条の真新しい擦過痕があり、左前、後輪タイヤ、左前輪の泥よけに脳しようが付着していて、自転車の右ハンドル握り端、左ハンドル、右ペダル端、前部カゴ等に真新しい擦過痕があり、自転車の前照灯の発電機はセツトされておらず、かつ、右ブレーキのワイヤーがブレーキレバーから離脱していた。
以上のとおり認められ、右認定を左右するに足る証拠はなく、右事実によると、訴外重文は、交差点の付近から本件私有地上を、加害車両と先後しながら無灯火で自転車を走行させるうち、土中から斜に出ていた標識に自転車の車輪またはペダルを接触させる等して自転車の操作を誤り、柾の生垣に衝突してそのまま自転車ごと道路上に投げ出され、折から進行して来た加害車両の左前部バンパーに接触して、自転車は本件私有地内に跳ね飛ばされ、訴外重文は加害車両の前輪にまき込まれ、頭部を加害車両の左前・後輪で轢過されたものと推認される。。
しかるところ、前に認定した事実によると、事故現場は、車両が走行できる道路の幅員が片側二・九メートルに過ぎないのに、加害車両の車幅は二・四八メートルあつたもので、しかも、事故当時は交通が渋滞していて、加害車両は停止・発進を繰り返していたのであるから、被告橋本としては、自車の左側をすれすれに追い抜いていく自転車、単車、歩行者等があることは当然予想することができたもので、バツクミラー、アンダーミラー等により自車の前方・左側方の注視を厳にして運転すべき注意義務があつたものということができ、たとえ、事故現場に照明灯がなく、訴外重文の自転車が無灯火であつたとしても、後続の自動車のライトの明りもあつたことを考えると、被告橋本が左側方の注視義務を怠らなければ、訴外重文が加害車両と先後しながら本件私有地を走行し、運転操作を誤つて加害車両の左前部に倒れかかつて来るのを容易に発見し、事故の発生を避けることができたものと判断されるから、被告橋本には、道路前方、左側方に対する注視不十分のまま加害車両を運転した過失があるものと判断される。
三 したがつて、被告橋本は、民法第七〇九条により本件事故により生じた損害を賠償すべきであり、また、被告会社が加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがないので、被告会社も自賠法第三条により本件事故により生じた損害を賠償すべきである。
しかし、訴外重文にも、日没後、暗い場所を無灯火で自転車を運転し、操作を誤つて自動車の走行する道路内に転倒した過失があり、右事実に本件に顕われた諸般の事情を考慮すると、本件事故により生じた損害につき、過失相殺としてその損害額の五割を控除するのが相当である。
四 よつて、本件事故による損害額について検討する。
1 逸失利益
成立に争いのない甲第二号証、原告佐々木真寿美本人尋問の結果によると、訴外重文は事故当時満一二歳の健康な男子であつたことが認められるから、本件事故にあわなければ一八歳から六七歳まで稼働可能で、その間少なくとも、賃金センサス昭和六一年男子労働者学歴計の年額四二二万八一〇〇万円の収入を得ることができたものと認められ、右金額から生活費として五割を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は次のとおり二八六六万二二八九円となる。
422万8100円×(1-0.5)×13.558=2866万2289円
そして、前掲甲第二号証によると、原告らは訴外重文の父母であり、訴外重文には他に法定相続人がいることが認められないので、原告らは、訴外重文の右損害を法定相続分に従い各二分の一の一四三三万一一四四円宛相続したものと認められる。
2 慰藉料
原告らと訴外重文の身分関係、本件事故の内容、その他本件に顕われた諸般の事情を考慮すると、訴外重文が死亡したことによる慰藉料は、原告ら各自につき七五〇万円をもつて相当と認める。
3 過失相殺並びに損害の填補
原告らの1、2の損害の合計はそれぞれ二一八三万一一四四円であるが、右金額から過失相殺として五割を減じると、原告らの損害はそれぞれ一〇九一万五五七二円になる。しかるところ、原告らが自賠責保険から合計二三八一万八六〇〇円を受領したことは原告らにおいて自認するところであり、右金員を二分の一宛原告らの右損害に充当すると、原告らの損害は全て填補されたことになる。
五 以上によると、原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 木下重康)