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横浜地方裁判所 昭和61年(ワ)3550号 判決 1988年7月14日

原告

小町利江

被告

山本イツ子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告に対し、九六万四一四四円及びうち八一万四一四四円に対する昭和六一年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言の申立て

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

発生日時 昭和六一年三月一五日午後四時三〇分頃

発生場所 茅ケ崎市高田五三三番地生協鶴田店自転車置場

加害車両 原付自転車(茅ケ崎市い三六七八号)運転者 原告

被害者 被告

事故の態様 原告が買物をした荷物を自転車の荷台にくくり付けていたところ、背後から来た加害車両が自転車の後部荷台に衝突し、その衝突によつて、原告は転倒した。

2  責任原因

被告は、本件事故当時、加害車両を自己のため運行の用に供していたから、本件事故により発生した損害を賠償すべきである。

3  原告の負傷の程度、治療経過

(一) 負傷の程度

原告は、本件事故により左第二腰椎横突起骨折の傷害を受けた。

(二) 治療経過

(1) 昭和六一年三月一七日から同年八月一八日まで(実通院日数一〇二日)柳瀬整形外科に通院

(2) 右期間中、柳瀬整形外科の指示で同年八月二日、六日、八日に茅ケ崎市立病院に通院、同年八月一一日から一三日まで同病院に入院

4  損害

(一) 治療費

柳瀬整形外科分 四〇万三九六〇円

茅ケ崎市立病院分 三万七二五〇円

(二) 交通費

原告は、昭和六一年四月二五日までの間、柳瀬整形外科の通院に往復タクシーを利用し、その費用として六万一五五〇円を支出した。

(三) 休業損害

原告は、本件事故当時、家庭の主婦として家事に従事し、夫(自営)、長女(大学三年)の三人家族で生活していたが、本件事故により、少なくとも前記入通院日数合計の一〇七日(前記入通院日数の合計は一〇八日であるが、昭和六一年八月六日には柳瀬整形外科、茅ケ崎市立病院の双方に通院した。)間は家事に従事できなかつた。

しかるところ、昭和五九年賃金センサス女子労働者年齢学歴計によると、女子労働者の平均年収は二一八万七九〇〇円であるから、原告は、次のとおり六四万一三八四円の休業損害を受けた。

218万7900円×107/365=64万1384円

(四) 慰謝料

原告は、本件事故により左第二腰椎横突起骨折の傷害を受け、そのため、入院三日間、通院約五ケ月間に及ぶ治療を余儀なくされ、多大の肉体的、精神的苦痛を受けた。

かかる原告の苦痛を慰謝するには八七万円が相当である。

(五) 弁護士費用

原告は、本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に依頼し、第一審判決と同時に一五万円を支払うことを約した。

5  損害の填補

以上の原告の損害の合計は二一六万四一四四円になるが、本件事故に関し、原告は、被告から三七万一七三〇円、自賠責保険から八二万八二七〇円の支払を受け、これを前記の原告の損害に充当した。

6  結論

よつて、原告は、被告に対し、九六万四一四四円及びうち八一万四一四四円に対する本件事故発生の日である昭和六一年三月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  1項の事実(事故の発生)のうち、事故の態様を否認し、その余は認める。

被告は、加害車両を自転車置場に置こうとした際、ハンドルミスから走行の状態になりかけ、やや足早の状態で加害車両に引つ張られるような形となつて原告の自転車に衝突させ、自転車を原告の立つているところとは反対の方向へ倒してしまつた。その時、原告は、荷台から離れ、被告の方を見ていたので、加害車両は原告には衝突していない。

2  2項の事実(責任原因)は否認する。

3(一)  3項(一)の事実(負傷の程度)は否認する。

原告には腰の病気の既往歴があり、原告の症状は、本件事故と因果関係がない。原告の既往歴は椎間板ヘルニアと思料される。

(二)  同項(二)の事実(治療の経過)は知らない。

4(一)  4項(一)ないし(三)の各事実、(五)の事実は否認する。

(二)  同項(四)の事実は知らない。

5  5項の事実は知らない。

第三証拠

証拠の関係は、本件記録中の書証目録、証人目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生

請求原因1項の事実(事故の発生)は、事故の態様を除き当事者間に争いがない。

よつて、事故の態様につき検討するに、成立に争いのない甲第七号証の一、二、第八号証、被告本人尋問の結果により事故状況を再現した写真と認める乙第二号証の一ないし六、原告、被告各本人尋問の結果を総合すると次の事実を認めることができる。

1  被告は、当日、生協鶴田店に加害車両に乗つて買物に来たが、店舗の前の道路で加害車両から降り、加害車両を押して自転車置場に向かおうとしたところ、ハンドルミスから走行の状態になり、やや足早の状態で自転車置場に向け、加害車両に引きずられるような形で進んで行つた。

2  ちようどその時、自転車置場では、買物を済ませた原告が荷物を自転車の荷台にくくり付けていたが、そこに加害車両に引きずられた被告が進んで来て、加害車両の前部が自転車の後部荷台に衝突した。

3  加害車両は、原告の自転車に衝突した後、店舗の壁に遮られて止まつたが、自転車を原告の立つているところとは反対の方向へ倒してしまつた。

4  原告は、衝突前に進んで来る加害車両に気付き、自転車から離れたので、加害車両にも、倒れた自転車にも当らなかつたが、衝突のシヨツクで其の場にへたりこんでしまつた。

以上のとおり認められ、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分はにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二  原告の受傷と治療経過

成立に争いのない甲第七号証ないし第九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第二号証、原告、被告各本人尋問の結果によると次の事実が認められる。

1  原告は、昭和六一年三月一七日、腰の痛みを訴えて柳瀬整形外科で診察を受けた。その際、原告は、事故の模様を、昭和六一年三月一五日に自転車乗車中バイクに衝突されて、左腰部を強打した旨説明した。

2  柳瀬整形外科では、左第二腰椎横突起骨折と診断し、腰椎用バンドで固定し、同年三月三一日から温熱療法を施行した。

3  原告は、同年六月頃から頑固な左根性座骨神経痛を訴え、柳瀬整形外科では、同月二一日から骨盤牽引、ホツトパツクを施行し、ロキソニン、ビタミジン、ミオナールを投与した。

4  昭和六一年八月一日、柳瀬整形外科では、症状が軽減しないので椎間板ヘルニアを疑い、原告を茅ケ崎市立病院に紹介した。

5  原告は、昭和六一年八月二日に茅ケ崎市立病院で診察を受け、同月六日から八日まで検査のため同病院に入院した。

原告は、同病院では、事故の模様を、自転車を持つて止まつていたところバイクに追突されて荷台が破損した。転倒はしていないが、身体が右上方に曲げられた旨説明した。

同病院の検査では、腰椎横突起骨折の症状は見られず、CT検査によると、第四、第五腰椎間に異常所見があり、原告の症状は、腰椎仮性すべり症による腰椎椎間板症、不安定性腰椎によるものである旨診断された。

6  また、茅ケ崎市民病院の医師の判断では、医学上、事故と腰椎すべり症との間には因果関係は認められない。事故が発症の引き金になる可能性はあるが、その判定は困難であるとのことである。

7  なお、原告は、昭和四八年五月頃から頭の先から左手にかけてしびれがあり、柳瀬整形外科で診察を受け、頸椎後従靱帯石灰化症の診断を受けて牽引療法及び投薬を受けていたが、その間に慈恵医大病院で治療を受け、更に昭和五〇年一〇月から昭和五一年一〇月にかけ茅ケ崎市立病院でも診察を受け、同病院の医師に刺すような痛みがあることを訴えていた。また、昭和五六年頃にも平塚の聖体病院で同じ症状で治療を受けたことがあり、昭和五五年頃には、柳瀬整形外科で梨状筋症候群の治療を受けたことがある。

以上のとおり認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三  本件事故と原告の症状との因果関係

以上に認定の事実によると、原告の腰痛は、腰椎仮性すべり症による腰椎椎間板症、不安定性腰椎によるもので、医学上、本件交通事故とは因果関係を欠くものであり、またその症状は、本件事故の後、柳瀬整形外科において牽引等の治療を受けている間に発生し、増強したものと推認され、仮に医学上事故が発症の引き金に成り得ることが認められたとしても、直ちに本件事故との因果関係を認めることは困難である。のみならず、原告が本件事故後訴えた腰痛も、本件事故の態様、原告が頸椎後従靱帯石灰化症、梨状筋症候群の既往歴があり、脊椎、梨状筋に疾患の素因を持つていたことを合わせ考えると、本件事故によるものと認定することもにわかにできない。

四  結論

そして、他に本件事故と原告の主張する症状との間に因果関係があることの証拠もないので、右事実を前提とする原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であつて棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 木下重康)

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