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横浜地方裁判所 昭和61年(行ウ)10号 判決 1991年11月21日

原告

乙沢清

右訴訟代理人弁護士

小山勲

小杉公一

右小山勲訴訟復代理人弁護士

小林康志

被告

座間市教育委員会

右代表者委員長

金子惠子

右訴訟代理人弁護士

本多三郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求

被告が昭和五八年一二月七日にした原告を免職するとの処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、座間市立図書館長在職当時に予算を大幅に超過する支出負担行為をしたこと等を理由に被告から懲戒免職処分を受けた原告が、処分事由についての事実誤認、処分手続の不公正と裁量権濫用を主張して、その処分の取消しを求めた事案である。

一  当事者

原告は、昭和四三年四月一日、座間市の事務職員(主事補)として採用されて税務課に配属され、次いで、昭和四六年四月一日、主事に昇任した。

同年一一月一日、座間町に市制が施行され、同日、原告は、民生部交通公害課交通安全係長に昇格し、以後、建設部建設管理課管理係長、総務部契約検査課契約係長、管理部契約用度課契約係長を経て、昭和五五年四月一日、座間市教育委員会(被告)に移り、図書館長に就任した。

同年七月一日、教育委員会事務局付となって司書養成講座に派遣された後、同年九月一四日から再び図書館長に戻った。

(右一記載の各事実は、当事者間に争いがない。)

二  本件処分に至る経過

1  座間市は、昭和五六年四月に、市制一〇周年記念事業の一環として、市立図書館の新館(完成後は本館となる。)を二年後に開館することを決定した。これを受けて、市教育委員会は、市立図書館建設計画をたてるとともに、蔵書について、市立図書館蔵書計画をたて、新館開館時において、本館用に五万三〇〇〇冊の図書を整備することを目標とし、そのために、購入図書数を、昭和五六年度は八二〇〇冊、昭和五七年度は二万九〇〇〇冊、昭和五八年度は一万五〇〇〇冊とすることを決めた。

2  右蔵書計画の実行は、教育委員会事務局の一部署である図書館が担当し、図書館は、右蔵書計画に基づいて新館用図書の選書を行うために図書選定マニュアルを作成した。

図書選定マニュアルには、選定する図書数は、絶版や品切れで購入不能になるものもあることから、整備予定冊数の五万三〇〇〇冊を上回る五万八〇〇〇冊とし、その選定期間は、新館開館前の、図書や資料の整理、移転のための準備期間等を見込み、できるだけ早く選定を済ませるために、昭和五六年五月一日から昭和五七年一月三一日までとすることが定められ、さらに、四人の司書の担当分野や選定冊数も定められた。

また、図書館においては、図書選定マニュアルをさらに具体化した資料収集マニュアルを作成した。

3  市立図書館の図書購入手続は、昭和五七年六月三〇日以前は、座間市物品取扱規則一五条、一六条、一八条、同市予算決算会計規則五三条、五五条により、次のとおりにすべきものとされていた。すなわち、司書は、選書して主査の決裁を得た後、見積書を起案して主査の決裁を受け、物品購入票兼検収調書の物品購入票の部分を起案して主査、館長の決裁を得た上で、用品主管課長の決裁を受ける。主査は、見積書決裁の段階で予算照合をする。用品主管課長の決裁後、経理担当職員は、支出負担行為書を起案して館長の決裁を受ける。右決裁後に、はじめて、司書は、書店に発注して、納品を受け、納品された図書が発注した図書と同じかどうかを確認し(現物検収)、物品購入票兼検収調書の検収調書の部分を起案して決裁を得る。次いで、経理担当職員が支払をする。以上のとおりである。

同年七月一日以降は、同日施行の同市物品取扱規則の一部改正により、用品主管課長の決裁を受けることなく、館長限りの決裁で図書購入手続をとることができるようになったが、その他の手続は従前と同様とされていた。

しかし、実際には、昭和五六年四月以前は、司書が選書して主査の決裁を受けた後、書店に発注し、書店は、図書に図書館用の装備を施して、原簿、目録カード、日付を入れない見積書、納品書と請求書を付けて納入し、司書は、納品された図書が発注した図書と同じかどうかを確認し(現物検収)、その後に、見積書、納品書、請求書を経理担当職員に渡し、経理担当職員は、物品購入票兼検収調書を起案して館長の決裁を受けるとともに、請求書等の書類に日付を入れ、書類検収をしてこれについても館長の決裁を受け、さらに支出負担行為書を起案して館長の決裁を受け、支払をするという方法をとっていた。つまり、本来の手続によらず主査が選書の決裁をした段階で図書を発注していたのであるが、当時の図書館は、公民館の一室に設けられた配架収容冊数三万二〇〇〇冊、閲覧席二五席の小規模なもので、毎年の購入図書数とその代金は僅少であり、たとえ予算を超過して購入しても、少額の予算の流用でまかなえる程度であった。このため、このような、正規の手続によらない方法で処理しても、特に問題となるようなことはなかった。

4  原告は、図書館長に就任した後、蔵書計画に基づく選書について矢部憲一主査と協議したが、その中で、図書の選定の段階から館長が関与することができるようにするため、「図書館閲覧用図書購入の発注について(伺)」(以下「発注伺」という。)という図書館独自の書式を作成し、これによって選書を進めることとした。この書式は、「図書館閲覧図書資料について、別紙のとおり、選定しましたので、発注してよろしいか伺います。」という起案文と発注先、発注冊数、発注日等の記入欄、起案日、決裁日の記入欄、館長までの決裁欄等から成り立っており、この発注伺には、発注する図書の書名、編著者名、発行所名、価額の記入欄から成る複写式の別紙が添付されていた。

また、原告が関与して作成された前記資料収集マニュアルには、図書購入手続が定められ、発注伺の決裁により発注する旨のプロセスチャートが付けられていた。

5  発注伺は、昭和五六年四月から使用されるようになった。発注伺使用後に実際に行われるようになった図書購入手続は、次のとおりである。すなわち、司書四人が各自選書し、四人の間で重複がないかを確認し、書名、全体の冊数及び金額を記載した書面を矢部主査に提出する。矢部主査は、不要と思うものを削除してその書面を司書に戻す。司書は、その書面をもとに発注伺とその別紙を起案し、主査と館長の決裁を受けた後、別紙の複写を書店に渡す。書店は、図書に図書館用の必要な装備を施し、原簿、目録カードを付して納める。司書は、納品された図書が発注伺とその別紙に記載された図書と同じかどうかを確認する(現物検収)。その後、書店から日付の入っていない見積書、納品書、請求書が矢部主査に届けられると、矢部主査は、予算の範囲内の分についてのみこれらの書類を経理担当職員に渡す。経理担当職員は、物品購入票兼検収調書を起案して館長の決裁を受け、書類に日付を入れるとともに、書類検収をしてこれについても館長の決裁を受け、さらに支出負担行為書を起案してこれについても館長決裁を受け、代金を支出する。予算の範囲外の分の請求書、納品書、見積書は、矢部主査が保管しておく。以上のとおりであった。

6  その後、図書館の購入した図書は、矢部主査が発注伺によらずに発注した郷土特殊コレクションの図書や郵便関係の図書などの若干の図書を除き、発注伺によって発注されたが、矢部主査や司書は、発注伺を起案する際に予算照合をせず、原告もこれを決裁する際に予算照合を全くしなかった。このため、昭和五六年度と昭和五七年度には、購入冊数と購入額は、当初の購入予定冊数と図書購入のための予算額をはるかに超えた。すなわち、昭和五六年度においては、購入予定冊数は八二〇〇冊、図書購入のための当初予算額は一六〇九万六〇〇〇円であったが、納入された図書数は一万三八三六冊、その代金額は二五七〇万三九三〇円であった。この代金は、当初予算と他の費目から流用した一万一六三五円とで九一二七冊分一六一〇万七六三五円を支払ったが、残りの四七〇九冊九五九万六二九五円は未払のまま残った。昭和五七年度においては、購入予定冊数は二万九〇〇〇冊、図書購入のための当初予算は一〇〇〇万円であったが、納入された図書数は三万一〇一三冊、その代金額は五〇七四万九七七九円であった。この代金は、当初予算と他の費目から流用した六五六円と九月の補正予算で付けられた二四〇〇万円とで二万二九九〇冊分三四〇〇万六五六円を支払ったが、残りの八〇二三冊分一六七四万九一二三円は未払のまま残った。このようにして、昭和五七年度末の未払金は、一万二七三二冊分の二六三四万五四一八円にのぼっていた。

7  昭和五八年度の図書購入のための当初予算額は、五二〇〇冊分九三六万円にすぎなかったので、同年度の当初予算を全部あててもなお約一七〇〇〇万(ママ)円がまだ未払のまま残ることになったところ、同年一〇月六日、株式会社県央タイムズから若林婁教育次長に対する電話連絡により、図書購入について未払金のあることが市当局に発覚した。

原告は、若林教育次長と川島毅教育委員会事務局参事兼総務課長から、超過購入の原因を明らかにするために、資料の作成等の調査を命ぜられた。原告はじめ図書館の職員は、資料の作成にあたったが、途中、矢部主査は、他の職員とは別に資料を作成することになった。当時は、元教育委員会事務局総務課主幹兼施設係長であった甲田乙治が汚職事件で同月三日ころ逮捕されたこともあり、図書超過購入の問題が明るみに出ると、座間市民の教育委員会に対する非難は高まった。また、市議会は、図書超過購入の問題を、議会を無視した予算の事前執行であるとして重視し、同年一一月一五日には、市長に対して、「図書館建設等に係わる事件の早期対処要請について」と題する文書で、原告に関する諸問題の詳細を早期に明らかにしなければ一二月定例市議会の審議には応じられないと通告した。

同月一八日、座間市職員考査委員会規程が制定され、右規程に基づき、同日、市長の諮問機関として、図書超過購入問題と図書館建設汚職問題を調査するため、助役、市長部局人事主管の管理部長、議会事務局長、教育次長、消防長等を構成員とする考査委員会が設けられ、以後、同年一二月三日まで、事情聴取七回、内部協議四回の計一一回の考査委員会が開かれ、同月七日、考査委員会委員長から市長に対して調査結果が報告された。

8  被告は、昭和五八年一二月一日、原告を教育委員会事務局総務課主幹に配置換えした。

(<証拠・人証略>と原告本人尋問の結果によって認める。)

9  原告は、次の非違行為をした。

(一) 原告は、総務部契約検査課契約係長であった昭和五四年三月ころ、直属の上司の吉山武治契約検査課長と神奈川県庁へ出張した帰途、座間市の建築工事の設計を行っていた紅陽建築設計事務所の青木清社長から飲食の饗応を受けた。

(二) 原告は、図書館長に就任した後の昭和五六年二月ころ、神奈川県庁へ出張した帰途、図書館建設業者である前記紅陽建築設計事務所の青木社長と飲食を共にし、帰路は、同建築設計事務所のチケットにより、タクシーを利用した。

(三) 原告は、昭和五七年六月二九日から同月三〇日まで、甲田乙治教育委員会事務局総務課主幹兼施設係長と福島県郡山市へ出張した際、図書館建設の関係業者であるフジタ工業株式会社に出張経費を負担させ、さらに、被告に対しても出張旅費を請求し、受領した。

(四) 原告は、昭和五八年七月ころ、図書館建設に伴い設置された書架等の製造業者である株式会社天童木工から、私用のため、定価九万六〇〇〇円のテーブルを四万六〇〇〇円で購入した。

(右二の9記載の各事実は、当事者間に争いがない。)

三  本件処分

被告は、考査委員会の調査結果と自らが行った調査の結果とに基づき、昭和五八年一二月七日、原告を懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)に付した。

本件処分の理由は、原告の次の1、2記載の各行為が、地方自治法二三二条の三、座間市予算決算会計規則二三条一項、五三条一項、五五条一項、昭和五七年六月三〇日改正前の座間市物品取扱規則一五条、一六条、座間市教育委員会職員の職の設置等に関する規則四条二項、座間市職員服務規程二条、地方公務員法三〇条、三二条、三三条に違反し、地方公務員法二九条一項二号及び三号に規定する場合に該当するというものである。

1  原告は、図書館長の地位にありながら、図書購入にあたって次のような職務上の義務違反行為を行った。

(一) 原告は、昭和五六年四月以降、座間市物品取扱規則に規定されていない発注伺を独自に作成して、館長の決裁で図書を書店に発注できるようにしたうえ、予算額の確認をすることなく、安易に発注伺を決裁していた。

(二) 原告は、昭和五六年度と昭和五七年度の図書購入について、大幅な予算超過を生じさせたのに、すぐにはこれに気付かなかった。

(三) 原告は、昭和五七年九月に、図書購入のため二四〇〇万円の補正予算を請求していることなどから、遅くとも同月には既に超過購入の事実を知っていたと推認されるが、その事実を知った後も、事の重大性を認識せず、未払金額の正確な把握等の適切な措置をとらず、上司である教育次長、教育長への報告を怠った。

(四) 原告は、昭和五八年三月ころ、部下職員に対して、未払金のあることを口外しないように指示し、予算獲得のためと称して納入済図書を書庫に隠匿してその配架を抑え、同年四月五日、同年七月二二日の市長来館時には、蔵書数を少なく見せかけるために配架済図書を別室へ移した。

(五) 原告は、同年一〇月六日、株式会社県央タイムズの電話連絡によって図書超過購入による未払金の存在を知った若林教育次長から、未払金の存否を確認する質問を受け、当初は強く否定し、同教育次長の追及を受けてようやく事実を認めるなど事の重大性を認識していなかった。

(六) 原告は、右同日、若林教育次長と川島教育委員会事務局参事兼総務課長から、図書の超過購入の原因究明のため資料の作成を指示されたが、自ら資料を作成せずに上司の指示を部下に伝達しただけであり、しかも、上司の指示を正確に伝達しなかったために、資料の作成に時間がかかり、市議会、市長部局に対する報告や関係業者への対応の遅延等の支障を生じさせた。

(七) 原告は、作成を指示された資料の説明を自分ですることができず、部下にさせ、超過購入の原因についても、部下の矢部主査の独断によるものとして、同主査に対する批判に終始し、館長としての責任を全く自覚しなかった。

2  原告は、右二の9記載の各非違行為をした。

(右三記載の事実は、当事者間に争いがない。)

四  本件処分後の事情

1  図書超過購入によって生じた書店に対する未払金は、本件処分後、昭和五八年度の補正予算によって処理された。

2  原告は、昭和五九年一月九日、神奈川県人事委員会に対し、本件処分について不服申立を行い、同委員会は、昭和六一年三月一三日、本件処分を承認する旨の裁決をした。

(右四記載の各事実は、当事者間に争いがない。)

五  争点

原告は、本件処分の取消事由として、次の1ないし3記載のとおり主張している。その主張の当否が本件の争点である。

1  処分事由についての事実誤認

(一) 原告は、発注伺により図書を書店に発注できるようにした事実はない。発注伺は、見積書をとる前に、どのような図書を購入するかを図書館内部で決定し、図書の確保を書店に依頼するためのものであるから、発注伺を決裁しても、それだけで書店への発注を認めたことにはならない。発注伺の作成の趣旨については、その書式を作成する際に矢部主査や司書に説明し、書店にも説明した。

発注伺が用いられる前にも、物品購入票兼検収調書の決裁前に発注がなされていたのであり、発注伺の書式を作成したことによって超過購入が生じたわけではない。超過購入が生じた原因は、矢部主査が、発注伺によって書店に図書を発注し、納入された図書のうち、予算の範囲内の分だけ正規の購入手続をとって支払をし、予算の範囲外の分については、見積書、納品書、請求書等を自らの机の中に隠していたことと、発注伺を用いずに独断で一〇〇〇万円にのぼる図書を選書して発注したことにある。

(二) 原告が超過購入に気付かなかったのは、矢部主査が、予算の範囲内の分だけ正規の購入手続をとっていたこと、納入された図書の一部を、現物検収後箱詰めにして座間市立座間小学校に置いていたことによる。

原告は、昭和五七年六月に補正予算の要求をしたが、これは、超過購入を知った上で未払金を填補するためにしたのではなく、同年度の当初予算を審議した市議会本会議及び常任委員会において、図書館の新館開館が市制一〇周年記念事業の重要施策であるにもかかわらず、配架率が低すぎるとの意見が出されたのに対して、教育次長が、機会あるごとに配架率六〇パーセントを目標に補正予算の請求をしていくとの方針を答弁していたことから、配架率九五パーセントとなるようにするためにしたものである。

原告は、昭和五八年三月ころ、配架率が異常に高いことに気付き、矢部主査に図書購入が予算を超過していないか問い質して、はじめて超過購入と未払金のあることを知った。

(三) 原告は、超過購入と代金未払の事実を知ると、直ちに、矢部主査に、昭和五八年二月末までの代金未払の図書の書名、冊数、金額を調査させ、書店にもそれらの報告をさせ、未払金額の総額や超過購入の原因の把握に努めた。その段階でこれを上司に報告しなかったのは、図書購入については、昭和五五年度以降毎年補正予算措置がとられており、昭和五八年度にも補正予算措置が講じられるものと考えたこと、矢部主査が書店から収賄していると思い、その発覚をおそれたことからである。

原告は、代金が未払の図書を、予想される返品または原告による買取りの便宜を考慮して、それ以外の図書と別の書架または部屋に置いたことはあるが、予算獲得のためと称して納入済図書を書庫に隠匿して配架を抑えたり、市長の来館時に蔵書を少なく見せかけるために配架済図書を別室へ移したりしたことはなく、部下の職員に対して未払金のあることを口外しないように指示したこともない。

(四) 昭和五八年一〇月六日の若林教育次長から原告に対する事実確認の内容は、同日県央タイムズから電話連絡があり、書店から図書館に対する請求がきっかけで、矢部主査が予算を超過して図書を購入し、その未払金が一二〇〇万円にのぼることが判明し、原告がその支払のため親類縁者へ金策に駆け回っているということだが、そのような事実があるかというものであった。

これに対して、原告は、超過購入の判明したきっかけが書店からの請求であることと原告が金策に駆け回っていることは否定したが、超過購入の事実があることは当初から認めていた。

(五) 超過購入の原因究明のための資料の作成について、原告は、正確な資料を作ろうとして部下職員とともに努力し、上司の指示は部下に正確に伝達した。資料作成に時間がかかったのは、作業の過程で矢部主査が虚偽の資料を作成したため再三の修正を余儀なくされたこと、昭和五四年以前の購入図書については図書台帳が不備であったため、現物チェックの方法によらなければならなかったこと等による。資料の説明については、資料作成過程における教育委員会内部での補足説明の際に、原告の館長就任以前のものについて担当職員にさせたことはあったが、考査委員会での説明は原告自身が行った。

原告は、矢部主査に対して責任を追及したことはあるが、これは事実を究明するためであり、責任を転嫁するためではない。

2  処分手続の不公正

本件処分の基礎となる事実についての考査委員会の調査は、冒頭から、正確に応答しなければ警察に回すなどと極めて威圧的かつ強迫的であった。

また、本件処分は、市議会対策や世論対策のために決定されたものであり、このことは、図書の超過購入関係者については、昭和五八年一二月七日に処分がなされ、業者との不祥事関係者については、同月二八日と昭和五九年二月一五日に処分がなされたにもかかわらず、原告については、昭和五八年一二月七日という早い段階で処分がされていること、市長は、同年一一月一八日、原告と市有力者に対して、超過購入問題は矢部主査の責任だが、原告も監督責任を負わなければならず、減給三か月程度の処分は覚悟してほしいと述べ、同年一二月六日には、市有力者に対して、市議会も考査委員会も免職処分にすべきだという意見にまとまっており、市長としてはどうしようもないが、さらに努力する旨を述べていたのに、その翌七日、急遽本件処分がなされたことからも窺い知ることができる。

3  裁量権濫用

公務員に対する懲戒処分は、公務の秩序を維持するために必要最小限度に限定されるべきであり、処分の原因である事由の違法性と処分との間には均衡がとれていることが必要であって、懲戒処分のなかでもとりわけ重い免職処分は、処分の原因である事由の違法性が極めて大きい場合に限定されるべきである。

処分事由1の図書の超過購入について、原告の関与の程度が極めて低く、違法性の小さいものであることは右1に主張したとおりである。

処分事由2の(一)(二)の件は、原告自身が積極的かつ自主的に計画したものではなく、吉山武治(昭和五四年三月当時は、原告の直属の上司である契約検査係長であり、昭和五六年二月当時は、教育委員会事務局総務課長であった。)から強い要請を受けて、断りきれずに同席したものである。

処分事由2の(三)の件については、その後、原告は、公務員として不適切な行為をしたと反省し、出張経理を担当していた甲田乙治に、出張経費を負担したフジタ工業株式会社に経費を返還するよう指示したが、同人がなかなか返還しようとしなかったので、昭和五七年一二月、同社の図書館建設事務所にビールを送付するとともに、同社の社員と会食をしてその代金を支払うことにより、清算を済ませた。

処分事由2の(四)の件のテーブルの代金は、原告から申し出て割り引きしてもらったものではなく、天童木工の請求どおり支払ったもので、商取引として不適正とまではいえない。

したがって、本件処分は、原告が実際に行った行為の違法性に比べて重すぎる。

本件処分は、他の職員に対する処分、すなわち、矢部主査に対する処分が三か月の停職処分であり、課長職にあって業者から数回にわたり饗応を受けた乙川一郎座間市管理部職員課長に対する処分が給料の一〇分の一、六か月の減給処分であること、昭和五四年度から昭和五八年度にかけて業者に県外出張経費を負担させていた教育委員会事務局職員三名に対する処分がそれぞれ給料の一〇分の一、二か月の減給処分であることと比較しても重きにすぎ、均衡を失する。

第三争点に対する判断

一  処分事由の事実誤認の主張について

1  図書館においては、市の課長級に相当する館長が支出負担行為者であるとされているが、支出負担行為者が支出負担行為をするにあたって、所定の手続に従い、配当された歳出予算の範囲内で行わなければならないことは支出負担行為者としての当然の職責であるところ、原告は、第二の二の4ないし6で認定したとおり、独自に発注伺の書式を定める等して、正規の手続によらず、予算照合も全くせず、発注伺を決裁し、司書らをして書店に図書を発注させたことにより、歳出予算の範囲を著しく超えて支出負担行為をしたものである。

原告は、発注伺は、見積書をとる前に、どのような図書を購入するかを図書館内部で決定し、図書の確保を依頼するためのものであり、その旨を矢部主査と司書や書店に説明したと主張するが、原告がその説明をしたと認めるに足りる証拠はなく、(人証略)によれば、実際には、矢部主査も他の司書も、原告から、発注伺により決裁をとるように言われ、当初予算で足りない分は、いずれ補正予算でまかなうとも言われていたので、資料収集マニアルに従って、発注伺で館長の決裁を受け、これによって整備計画で定める冊数までは発注してもよいと思い、矢部主査は予算を超えることを知りながら、他の司書は予算のことなど考えもせず、書店に発注し、納入させていたものと認められるから、この事実に照らせば、むしろ、原告は、開館まで日数がないため、短期間に整備計画に定める図書を確保しようとして、予算を超える分はいずれ補正予算でまかなえるとの安易な見込みのもとに、正規の手続を経ず、独自に発注伺による決裁手続を設けて発注させることとしたものとみることができる。

原告は、超過購入の原因は、矢部主査が、発注伺によって書店に図書を発注し、納入された図書のうち、予算の範囲内の分だけ正規の手続で原告の決裁を受けた後支払をし、予算の範囲外の分については、見積書、納品書、請求書等を自らの机の中に隠していたことにあると主張するが、右認定のとおり、矢部主査は、原告から、発注伺により決裁をとるように言われ、当初予算で足りない分は、いずれ補正予算でまかなうとも言われていたので、整備計画で定める冊数までは発注伺で館長の決裁を受けることによって発注してもよいと思い、予算を超えることを知りながら発注していたものであるから、その行為については、矢部主査にも責任があるが、そのような行為に至らしめた責任は主に原告にあるというべきである。

原告は、矢部主査が独断で選書、発注した図書があり、これが超過購入の大きな原因になったと主張する。確かに、郷土特殊コレクション、郵便関係図書といった、発注伺によらないで発注された図書もないではないが、(証拠略)によっても、その代金額は、昭和五六年度から昭和五八年度までの全部で二〇〇万円程度にすぎないから、これが超過購入の大きな原因であるというのはあたらない。

2  先に認定したとおり、原告は、総務部契約検査課契約係長、管理部契約用度課契約係長として勤務していたから、この種の契約事務に通じていたとみられるところ、(証拠・人証略)によれば、発注伺によって発注の決裁をした図書は、昭和五六年四月からの積算で、昭和五六年一〇月には、既に同年度の予定購入冊数八二〇〇冊を超え、昭和五七年八月には、昭和五六年度と昭和五七年度の予定購入冊数の合計三万七二〇〇冊を超え、また、納入された図書の総数は、昭和五六年度は一万三八三六冊、昭和五七年度は三万一〇一三冊にのぼり、いずれも予定購入冊数を著しく超過しており、発注伺に記載された価格の合計だけをみても(発注伺には価格の記載されていないものもあった。)、昭和五七年一月決裁分は、九九七万円余、同年二月決裁分は二六〇〇万円余と高額になっていたことが認められるのであるから、これらの事実に照らしても、原告が昭和五八年三月まで超過購入の事実に全く気付かなかったというのは肯けない。(人証略)によれば、原告が、昭和五七年九月には、図書購入について二四〇〇万円の補正予算を要求し、同年一〇月の翌年度の予算編成の時期に、図書館の備品購入費を減らしてでも図書購入費を確保するという話をし、同月、矢部に対して、図書が多過ぎるという内容のメモを渡し、また、図書が予算をオーバーしているのではないか、図書が予算をオーバーしていることを口外するな、などと言い、同月、加藤司書に対し、発注の中止を求めていることなどの事実が認められるから、この事実も合わせ考えれば、原告は、遅くとも、同月中には超過購入に気付いていたとみるのが自然である。

3  (人証略)によれば、原告は、超過購入の事実を知った後も、直ちに原因究明等の適切な措置をとらず、上司への報告もしなかったばかりか、昭和五八年四月に市長が図書館を視察した際には、配架を少なく見せかけ、予算要求を容易にしようとして、配架済図書を別室に移させ、部下の職員に対し、未払金があることを口外しないように命ずる等して、超過購入について、補正予算などにより未払金を填補し、秘密裡に処理しようとしていたことが認められる。

原告は、上司への報告をしなかったのは、昭和五八年度中に補正予算措置が講じられると考えたことや矢部主査が書店から収賄していると思い、その発覚をおそれたことからであると主張するが、そのことが報告をしなかったことを正当化するものとは思われない。

4  超過購入が発覚した経過は、第二の二の7に認定したとおりであるが、(人証略)によれば、その後、原告は、超過購入の事実そのものについてはこれを認め、上司から命じられた資料の作成にも応じていたものの、事態を十分把握していなかったため、資料の作成に一か月もかかったうえ、その説明も満足にすることができず、早急な解明を求める市議会等の要求に直ちに応じることができなかったこと、また、業者関連の事件については、当初は関係のあったことを否定し、考査委員会の厳しい追及にあってようやくこれを認めるといった態度であり、総じて事の重大性に対する認識に欠けていたことが認められる。

5  以上に判断したとおり、被告が処分事由として掲げた事実は、おおむねこれを認めることができる。ことに、本件処分において重要な事実は超過購入が発覚するまでの原告の行為であり、この点については被告の主張するとおりの事実を認めることができるから、原告の事実誤認の主張は、理由がない。

二  処分手続の不公正の主張について

1  (人証略)と原告本人尋問の結果によれば、昭和五八年一〇月三日ころ元教育委員会事務局総務課主幹兼施設係長であった甲田乙治が汚職事件で逮捕された後、中村孟助役と若林教育次長が座間警察署を訪れ、署長から、原告と業者の関係について、警察が贈収賄の裏付けを取っており、市が原告に対して処分をしなければ、警察が原告について強制捜査をする旨の話を聞いたこと、そこで、考査委員会の席において、原告に対し、市が処分をしなければ、警察が強制捜査に及ぶ可能性があるので、考査委員の質問に正直に答えるようにと告げたことがあったこと、原告は、考査委員会の事情聴取において、業者との関係については否定することが多く、特に、同年一二月三日の事情聴取の際には、業者との飲食の事実を強く否定したこと、このため、考査委員の語気が強くなり、これに対して、原告が、興奮状態になり、警察で調べてほしいと言って反発したことが認められる。しかしながら、そのことをもって、考査委員会の調査が、本件処分を違法とするほどに威圧的または強迫的であったということはできない。

2  先に認定したとおり、当時は、甲田乙治が汚職事件で逮捕された直後でもあり、図書の超過購入問題が明るみに出ると、座間市民の教育委員会に対する非難は高まり、市は市議会からも早期解明を要請されており、また、書店に対しても代金を早急に決裁する必要に迫られていた。こうしたことから、被告は、速やかに実情を調査して、考査委員会から市長への報告が出されたその日に本件処分を行ったものであるが、そのために、原告に対して弁明の機会をあたえないとか、調査が不十分で処分の内容を誤ったというものではないから、事件発覚から処分の日までの日数が少なく、他の関係人と時期を異にして処分がなされたからといって、それだけで手続が違法となるいわれはない。

3  そのほかに本件処分の手続が不公正であると認め得るような事情は見あたらないから、これが不公正である旨の原告の主張は、理由がない。

三  裁量権の濫用の主張について

地方公務員法に定める懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにどのような処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されており、懲戒権者が右の裁量権の発動として行った懲戒処分は、それが社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、懲戒権を濫用したと認められる場合でない限り、その裁量の範囲内にあるものとして、違法とならないというべきである。そして、懲戒権者が右の裁量権の発動として行った懲戒処分の適否を審査するにあたっては、懲戒権者と同一の立場に立って、懲戒処分をすべきであったかどうかまたはいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と現になされた懲戒処分とを比較してそれらが合致するか否かを判断するのではなく、現に裁量権の発動として行われた懲戒処分自体を検討し、それが社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したと認められるかどうかについて判断すべきである。

これを本件についてみると、原告は、整備計画に定める図書については、当初予算になくても、いずれ補正予算でまかなわれるものと思い、予めその発注によって支出することになる予算が確保されているかどうかを確かめることなく、矢部主査に任せきりにして発注伺を決裁しており、矢部主査も他の司書も、原告から、発注伺により決裁をとるように言われ、当初予算で足りない分は、いずれ補正予算でまかなうと言われていたので、整備計画で定める冊数までは発注伺で館長の決裁を受けることによって発注してもよいと思い、矢部主査は予算を超えることを知りながら、他の司書は予算のことなど考えもせず、書店に発注し、納入させていたものである。

このように、原告は、安易に補正予算で埋め合わせることができると思い、本来の会計手続によらず、予算との照合もせず、簡便な方法で漫然と発注を許したことにより、多額の予算外の債務負担行為をしたものであるから、その行為は、支出負担行為者としての基本的注意義務を懈怠した重大な職務違反であるばかりでなく、執行機関にある幹部職員として、議会や住民を軽視し、そのために、本来別の目的に使われるべき予算をもって、書店への弁済をしなければならなくするなどして、市政を混乱に陥れたものであって、その責任は重大であるといわなければならない。また、原告が関係業者と飲食し、その費用を負担させた等の処分事由2記載の各行為は、いずれも、公務の廉潔性、中立性に対する住民の信頼を裏切る行為であり、これまた、その責任は重大である。

原告は、本件処分は矢部主査等他の職員に対する処分と均衡を欠くものと主張する。(人証略)によれば、原告主張の他の職員はその主張のとおりの減給または停職の処分を受け、消防長は諭旨免職に、甲田乙治は懲戒免職になっているが、これらの職員と原告とは職務上の地位も異なるし、非違行為の態様も社会的影響も異なるから、減給や停職の処分を受けた職員があることだけで、本件処分がその職員の処分と比較して重きに失するとはいえない。

以上に述べた原告の責任の重大さにかんがみると、(人証略)と原告本人尋問の結果により認められるところの、処分事由2の(一)ないし(四)の件について原告が第二の五の3に主張するような事情があること、原告は、本件が発覚してから、他の職員とともに夜遅くまで上司に命じられた資料の作成をしていたり、超過購入図書の代金の支払にあてるため、個人で約一八〇〇万円の小切手を用意して弁償を申し出たりしていたこと、図書の超過購入は私利私欲のためにしたものではないこと等の事情を斟酌しても、なお、被告が懲戒処分のうちの免職処分を選択したことをもって、社会通念上著しく妥当性を欠き、処分権者としての裁量権を濫用したものということはできない。

原告の裁量権濫用の主張もまた、理由がない。

四  よって、本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林亘 裁判官 櫻井登美雄 裁判官 中平健)

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