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横浜地方裁判所 昭和62年(ワ)1138号 判決 1988年2月29日

原告

協和化工株式会社

右代表者代表取締役

及川睦雄

右訴訟代理人弁護士

秋田徹

紺野稔

須賀一晴

被告

加藤一

右訴訟代理人弁護士

青木勝治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二二七万九七〇〇円及びこれに対する昭和六二年一月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  主張

一  請求原因

1  貸金債権

原告は、被告に対し、別紙貸付一覧表のとおり金員を貸し付けた。原告は、被告から、同表記載のとおり、右貸金の一部につき原告の製造するハイコンポスター(鶏糞発酵処理機器)について被告が売買契約を締結した手数料等により返済を受けた(右貸金残金を「本件貸金」という。)。

2  返済約束

被告は、原告に対し、昭和六〇年一二月二五日本件貸金のうち一九三万六九〇〇円につき、昭和六一年一二月末日までに返済する旨約し、更に、原被告間において、被告が昭和六二年一月二日本件貸金全額である二三七万七九〇〇円につき今後その支払をなす旨合意した。

よって、原告は、被告に対し、本件貸金のうち二二七万七九〇〇円及びこれに対する昭和六二年一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(貸金債権)の事実は否認する。

2  同2(返済約束)の事実中、被告が原告に対し、昭和六〇年一二月二五日一九三万六九〇〇円につき、昭和六一年一二月末日までに返済する旨約したことは認めるが、その余は否認する。

原告主張の債権は、貸金ではなく、昭和六〇年一二月二五日被告が原告の製造するハイコンポスター売買仲介の仕事を辞めるに当たり、原告が主張した原被告間の債権債務の清算金である。

三  抗弁

1  破産による免責

被告は、横浜地方裁判所に自己破産の申立をし、昭和六〇年五月三一日同裁判所で破産宣告を受け(同裁判所昭和五九年(フ)第六八号)、昭和六一年一一月一八日免責決定を得、右決定は、その後確定した。そのため、本件貸金は免責された。

2  弁済

被告は、原告に対し、昭和六二年一月六日五万円、同月二九日五万円合計一〇万円を支払った。

3  相殺

(一) 被告は、原告に対し、原告のハイコンポスターの売買仲介を行っており、その手数料として、別表(一)及び(二)記載のとおり原告から受領すべき日当八五万円、手数料一四九万円、合計二三四万円の債権を有している。

(二) 被告は、昭和六一年九月一六日ころ、本件貸金と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(破産による免責)は争う。

2  同2(弁済)の事実は認める。

3  同3(相殺)(一)の事実は否認する。

原告は、被告に対し、原告製造の機械であるハイコンポスターの販売の交渉を担当させることとし、その際、機械の販売が成功し、原告と相手方との間に売買契約が成立した場合には、その売買代金の一割を支払う旨の契約をした。ところが、機械の販売交渉は全く業績が上がらなかったため、被告主張の債権は存在しない。

同3(二)の事実は争う。

五  再抗弁

1  免責の不適用

被告は、本件貸金について、破産手続において債権者名簿に記載しなかった。したがって、本件貸金については免責されないものである。

2  債務の承認

仮に、本件貸金が免責されたとしても、被告は、原告に対し、昭和六二年一月二日本件貸金二三七万七九〇〇円について、今後その支払をなす旨の準消費貸借契約を締結した。被告は、任意に本件貸金を承認したうえ、その支払について準消費貸借契約を締結したものであり、この新たな契約については免責の効力は及ばない。

免責を受けた債務は、自然債務とみるべきである。そして、免責後の法律関係は、私的自治の原理により、個人の自由意思に基づいて形成されるべきであり、契約自由の原則が妥当するものであるから、自然債務につき、これを通常の強制履行を求めることができる債権として準消費貸借の合意をすることができるものというべきである。

本件において、原被告が免責後、その自由な意思に基づいて弁済をなすべき旨を改めて合意し、準消費貸借契約をなした場合免責がその時点での法律関係を規律するものであるから、右の合意を免責の趣旨に反するとして無効であるとはいえないものというべきである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1(免責の不適用)の事実については認める。ただし、その効果は争う。

2  同2(債務の承認)の事実は否認する。

七  再々抗弁

免責の不適用の除外

被告に破産宣告の申立をするようすすめたのは、原告であり、被告から、破産手続の進行状況の報告を受けていたものである。したがって、原告は、破産手続を知っており、破産債権を届け出ることはできたのであるから、免責の効力は生じるものである。

八  再々抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因事実についての判断は措き、破産法三六六条の一二による免責の有無について判断する。

(一)  まず、抗弁1(破産による免責)について判断する。

職権による調査によれば、被告は、昭和六〇年五月三一日横浜地方裁判所において破産宣告、同時破産廃止決定を受け(同裁判所昭和五九年(フ)第六八号)、右決定は、その後確定し、昭和六一年一一月一八日免責決定を得、右決定は、その後確定したことが認められる。

そのため、破産宣告以前の債務は免責されたものというべきである。そうすると、特段の事由のない限り、本件貸金のうち被告の破産宣告(昭和六〇年五月三一日)以前の債権は、仮に存在するとしても、破産法三六六条の一二柱書本文により免責されることとなる。

(二)  ついで、再抗弁1(免責の不適用)の事実について判断するに、被告は、本件貸金(破産宣告以前のもの)があることを知りながら(貸金と考えていたかはともかく)破産手続において債権者名簿に記載することがなかったことは、当事者間に争いがない。

したがって、破産法三六六条の一二柱書但書及び五号本文により、特段の事由のない限り、本件貸金(破産宣告以前のもの)について、免責の効果が生じないこととなる。

(三)  更に、再々抗弁1(免責の不適用の除外)の事実について判断する。

前認定の事実、<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

被告は、昭和五七年原告の製造するハイコンポスターの売買の仲介をするようになったが、以前に営んでいた事業に行き詰まっており、二千数百万円の負債があった。原告代表者にその負債の処理を相談したところ、それだけの負債をもっていたらスタートするのは難しい、自己破産してすっきりした方がいいと、破産宣告の申立をすることを勧められ、当初は、申立を行わなかったが、債権者が催足にくるため仕事が手につかなくなり、前記のように申立をした。そして、破産手続の進行状況も逐一報告し、破産宣告の官報公告の料金も原告代表者に出してもらった。

以上の事実が認められ、原告代表者尋問の結果中、右認定に反する部分は、<証拠>と対比して措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、原告代表取締役は、被告が破産宣告を受けたことを知っていたものというべきであり、破産法三六六条の一二第五号但書により本件貸金のうち破産宣告以前のものは、免責されるものというほかない。

(四)  再抗弁(債務の承認)の事実について、判断する。

前認定の事実、<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

被告は、原告のハイコンポスターの仲介を辞めた後、昭和六一年一月兵庫県神戸市に転居し、会社勤務をしていたところ、原告代表者から、勤務先会社に架電及び手紙があり、本件貸金の支払を催促されたため、会社に知られると立場上まずいと考え、昭和六二年一月二日ころ原告代表者宅に訪れ、話し合いをもったが、原告代表者から原告の債権について、回数は言わない、金額は言わない、誠意を見せろといわれ、抗弁2記載のように原告に送金した(ちなみに、原告は、甲四号証により本訴提起時の被告の自宅住所地(兵庫県神戸市)を知っていながら、本訴提起時に被告の住所地を神奈川県横浜市緑区と記載し、右は不送達になるとして、いきなり被告の就業場所への送達を求めている。)。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、被告が本件貸金につき今後その支払をなす旨の約束をしたものであるというほかない。

原告は、被告が任意にその債権を承諾したうえ、その支払について準消費貸借契約を締結したものであり、この新たな契約については免責の効力は及ばない旨主張する。

そこで、この点につき検討することとする。

破産法三六六条の一二により免責された債権は、全く消滅するものではなく、自然債務になるといわれており、自然債務は、債務者において任意に支払を約束したときは、履行を強制できる債務になるといわれている。しかし、自然債務だからといって、すべて同一の効果を生じるものではなく、それぞれについてその性質についてその効果を判断すべきものというべきであり、破産法による破産者の免責規定は、免責により破産者の経済的更生を容易にするためのものであるから、破産者が新たな利益獲得のために、従前の債務も併せて処理するというような事情もなく、債権者の支払要求に対し、単に旧来の債務の支払約束をし、支払義務を負うことは、破産者の経済的更生を遅らせるのみで何らの利益もないものであり、したがって、破産者にとって何らの利益もない免責後の単なる支払約束は破産法三六六条の一二の免責の趣旨に反し、無効であるものと解するのが相当である(なお、被告は、原告に対し、昭和六〇年一二月二五日一九三万六九〇〇円につき、昭和六一年一二月末日までに支払う旨約したことが認められるが、右は、破産解止後免責前の破産債務の支払約束であるから、破産者にその処分権限はあるものの、前述の理由で免責決定の効力が及ぶと解するのが相当である。)。

(五)  右によれば、本件貸金のうち、別紙貸付金一覧表の昭和六一年六月七日の二万九九〇〇円及び七月一日貸付の五万円合計七万九九〇〇円の債権を除くその余の債権については、破産法三六六条の一二により免責されたものであるというほかない。

二本件貸金のうち免責されない別紙貸付金一覧表の昭和六一年六月七日の二万九九〇〇円及び七月一日貸付の五万円合計七万九九〇〇円の債権について判断するに、抗弁2(弁済)の事実、すなわち、被告が原告に対し、昭和六二年一月六日五万円、同月二九日五万円合計一〇万円を支払ったことは当事者間に争いがないから、仮に、右貸金が存在するとしても、すでに全額弁済ずみであるというほかない。

三右のように、本件貸金は、仮に存在するとしても、破産による免責及び弁済によって、消滅しているものであり、その余の点について判断するまでもなく、原告の主張は理由がないものというほかない。

四以上によれば、原告の求める本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官宮川博史)

別紙貸付一覧表<省略>

別紙(一)、(二)<省略>

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